30話 嫌われ者
「――な、なんだ!?」
俺は急いで風呂から上がるとろくに体を拭くことなく着替える。
嫌な予感しかしない。
確実に裏切り者が存在するタイミングでの爆発音。
「訓練場の方か……!」
音がした方角から推測するにおそらく訓練場が現場だろう。
大急ぎで訓練場に駆けつけ、重厚に作られた扉を思い切り押し開ける。
「あら。シュント君……どうかしたのかしら?」
「あれー? シュントもこいつみたいに遊んで欲しいのかー?」
「――! シュント君……」
爆発に巻き込まれたのだろう。
血を流し横たわるヴァニラのローブは黒く焦げあがっていた。
そんなヴァニラの顔を足でぐりぐりと踏み躙るデビスの両手には双剣、一歩引いたように立つファナはロッドを持っている。
「――奥様。これは……どういう事ですか?」
なんとか怒りを堪えながら自分を最終ラインで制御する。
「見てわからないかしら? 旦那様が不在の間に『母親』である私が訓練を監督しているだけよ? あ、勘違いしているようなら断っておくけれど私は何も手出ししていないわ。全ては子供同士の『遊び』よ」
太々しい態度で腕を組みながら説明するエマの姿は「スレイブ・フロンティア」プレイ時に何度も見た光景だった。
「――デビス様……お願いします。ヴァニラ様から足をどけてはいただけませんでしょうか……? そうでなければ私はあなた方を傷つけてしまうでしょう」
俺は怒りを抑えるように頭を下げる。
「なんだそれ。でもまぁ見習いの執事君がお願いするんだもんなー。使用人の意見は聞いてあげろってのはお父様からも言われてるし」
ダラダラと喋るデビスの足がヴァニラの顔からようやく離れる。
しかし、顔から足を離した瞬間だった。
「はい。パスするぜー」
デビスはどかした足でそのままヴァニラを俺の方目がけて蹴り上げたのだった。
訓練場の硬い地面に受け身もなく擦れ滑るヴァニラは爆発の影響か全く意識が無い。
ああ、こいつらはもう俺が信じたノーデンターク一族では無いのだろう。
今思えば原作通りだったかもしれない。
当主であるエリクスの前だけいい格好していた、こいつらを少しでも信じた俺が馬鹿すぎたんだろう。
「――おい、ガキども。そんでオバさん」
「――な! 貴様執事見習いの分際で夫人である私にとその子供になんという口の聞き方を!」
「ふふ……分かってたのになぁ。お前らがゴミ人間だって……でももしかしたらこの子の為になるかもって思っちまった」
【沈黙魔杖】を静かに構える。
「まま。ここは俺がやるよ。躾がなってない使用人には名門ノーデンタークの力を見せつけてあげないと」
デビスは双剣を構える。
「ええ、良いけれど殺してはダメよ? 旦那様に説明するのが手間だからね」
頬に嫌な皺をほくそ笑むエマに、先日の誕生日会で見せた優しい表情を重ねる。
――「ね? 私あの子に嫌われてるの……だからあの子の事は任せるわ」――
あの時、俺は内心嬉しかった。
もしかしたら俺がこの世界に転生した事で何かの因果律が変動して、ヴァニラが普通の幸せを手に入れることが出来るかもしれないって。
「――こいよガキ。ぶっ潰してやる」
「――へぇ」