2話 憧れとの出会い
「……ん? ここは……?」
体を起こし周りを見渡す。
「――なっ……!」
そこには、さっきまでいたはずの駅のホームの面影など一切ない美しい風景が広がっていた。
燦々と降り注ぐ太陽。
視界一面に広がる青々とした綺麗な芝生としっかり実った葡萄畑。
その奥には立派な中世ヨーロッパ風の巨大な屋敷が見える。
どう見ても俺がさっきまで居た東京の景色ではない。
――しかし
俺は何故かこの風景に見覚えがあったのだ。
「……これって」
発売から何千時間もダイブし、没頭した俺だけのVR空間。
そう。まさにここは俺が命をかけてプレイした大作RPG『スレイブ・フロンティア』の世界そのものだったのだ。
「ねぇ、なんでうちのお庭で寝てるの?」
可愛らしいクマのぬいぐるみを抱きしめた女の子が不思議そうに質問する。
庭……?
もしかしてここはあのどデカい屋敷の敷地内なのか?
「ご、ごめんなさい! すぐにどっか行くので許してください!」
――!!?
なんだこの声!?。
俺は思わず高くそして幼い自分の声色に思わず困惑する。
「だめだよ! そんなにおケガしてるのに」
ふと目線を体に向けると二つの衝撃的な事実を知る。
まず一つ目は何故か身体中に切り刻まれた傷があり、今も絶えず出血している。
しかし、二つ目の事案がその驚きを軽くかき消した。
「ーーな、な、なんだよ……これ……」
なんと俺の体は小さな男の子サイズに縮んでいたのだ……!
見窄らしく色のくすんだ布切れに身を包み、出血する俺に女の子は優しく語りかける。
「だいじょうぶだよ。ヴァニラがきみを絶対守ってあげるからね」
女の子は両手に持ったぬいぐるみを芝生に置くと、俺の小さな頭を優しく撫でる。
「だいじょうぶ。こわかったね……」
心配そうに俺を見つめる女の子の掌から伝わる小さな温もり。
ーーえ?
今なんて言った……?
「き、君……なんて名前?」
思い出したかのように身体中を駆け巡る激痛に耐えながら質問する。
「あたしヴァニラ! ヴァニラリア・サラ・ノーデンターク!」
その瞬間、庭の奥から成人女性の声が聞こえてきた。
「ヴァニラリア様! こんな場所まで走って行かれるなんて……! ほらまた転んでワンピースが台――」
奥から走ってきたのはTHEメイド服姿の女性。
しかし、血だらけの俺を視界にとらえた瞬間大声を上げる。
「キャャァーー!!! お、お嬢様! 早く離れてください!」
しかし、女の子は至って冷静にメイドにお願いをする。
「――マリナさん。この子を助けてあげてほしいの」
「――!? 何とおっしゃいました……?」
「この子をうちで助けたいの」
「で、でも素性の知れない者を屋敷に入れるなど……旦那様に何と説明すれば……」
女の子の突飛なお願いに困惑するメイド。
「――ともだち!!」
女の子は突然大きな声で4文字のひらがなを叫ぶ。
呆気に取られたメイドはただその単語を繰り返す。
「――ともだち……? 」
「うん! ヴァニラのお友達なら家に入ってもいいでしょ?」
「――ふぅ……。ええまぁ……それなら」
一つ小さなため息をついたメイドの女性は、渋々しい顔をしながらも俺を背中におぶる。
「では私がこの男の子を運びます。ヴァニラリア様は先に屋敷に戻り、主治魔法医にベッドと救急手当の用意をするように言ってくれませんか?」
「うん! わかった!」
泥んこになったワンピース姿でぬいぐるみをしっかり握りしめた女の子は元気よく屋敷に向けて駆けていく。
「……ありがとうございます」
出血の痛みで掠れる声でなんとかお礼を言えた。
「ここはノーデンターク様が代々所有する由緒正しき領地。正直私はあなたのような素性も知れない子供を屋敷に入れるのは反対です」
まぁそうだろうな……。
子供とは言え血だらけの人間が自分家の庭に寝転がっているなんてただのホラーだ。
「――しかし」
「……しかし?」
「あのお利口なお嬢様が初めて私にワガママを言ったのです。多少の嘘でも目を瞑りますよ」
この人……本当はあの子の友達ではないことを気づいていたのか……。
「本当にあの方に似てお優しく育って……」
この時、後頭部しか見えない俺でもメイドさんの潤んだ声を聞き、どんな表情をしているか何となく予想できた。