17話 アクシリアと禁忌
「聖母君……ですか?」
なんてことだ。
「スレイブ・フロンティア」を全クリしたオタクでも知らない名称が出てきた……。
「ヴァニラ様のお母様であるアクリシア様は元々神に使える神嬰族の末裔としてお生まれになられた方でした。特に魔法力においては旦那様をも上回る才能を有しておられたのです」
エリクス以上の魔法力……。
「神の使いとして名が広まるのを嫌い、神嬰族は名を伏せながらそれぞれ別名義を冠しながら人間界で過ごしていたそうです」
「しかしこの一族には逃れられない運命の縛りがあった」
「運命の……縛り?」
「はい。それはその神嬰族と『ある者』との間で交わされた呪いでもあった……」
何故か胸騒ぎが収まらない……。
なんでこんなに脈が早くなる……!?
「子孫を残した者は男女に関わらず必ず4年以内に死亡するという恐ろしい呪いです」
この時、胸騒ぎの原因はなんとなく推測できた。
運命を呪う魔法を使える奴なんて……この世にあいつしか居ない。
「その法因術者は――魔王……『アルカディウス』ですか?」
「――!? なぜあなたがその名前を!?」
元々あいつを倒すゲームだったしな。
というかそれしかあり得ないのだ。
「いえ、たまたま通りかかった爺様方に言い伝えを聞いただけです」
呪いの王『アルカディウム』
たしかに奴の呪縁魔法ならば一定の法則性さえ設ければいくらでも人間の運命にも干渉できるはず。
平均レベルが89オーバーだった俺らでもパーティー、アイテム総動員でやっと倒せたし、そこらへんの呪縁魔法とは質が桁違いのはずだ。
「神嬰族は魔王の呪いに対抗すべく、神嬰族の末子は結婚や出産をせずに出家し、神嬰族の伝統と習わしを後世に伝えるという絶対の掟を作りました」
なるほど。
俺の家庭みたいに二人姉弟だったら、姉貴が結婚し子供を産んで子孫を残し、死んだ姉貴の子供を俺が育てると言ったものか。
マリナは一つ大きく深呼吸し、心を整える。
「アクリシア様には一人のお姉様が居ました。彼女は長女として習わし通り人間界で子供を出産しこの世を去った。しかし、この時アクリシア様は禁忌を犯したのです――」
「禁忌……?」
「ある男性と恋に落ちてしまったアクリシア様は駆け落ちしその間に子供を授かった」
「それって……まさか……!」
「はい。それがヴァニラ様なのです。しかし呪いのことを知らされていなかったエリクス様は大変心を痛めてしまい、それ以降屋敷でアクリシア様の話はご法度となったのです」
「魔王に対抗するには神の使いである神嬰族の力が必ず必要になる。それにも関わらずアクリシア様は旦那様との愛を優先した。そんな利己的な事実をノーデンタークとしては決して漏らすことなど出来るはずもないというのもご法度の理由ですかね」
この時、俺はただただマリナの言葉に耳を傾けることしか出来なくなっていた。
幼少期にこれほどまでのストーリーが展開されていたなんて。
もしかしたら俺は「スレイブ・フロンティア」を全クリしただけで、この世界について何も知らないのかもしれない。
そう考えただけで少し怖くなった。
「話が少し横にずれましたね……。旦那様はヴァニラ様に神嬰族であり聖母主として崇められたアクリシア様の力が本当に継承されたか確かめるために今回の討伐遠征に私を同行させたのです」
「――二人だけでお話ししてずるい……」
突然後ろから可愛らしくい声が聞こえてきた。
その声の持ち主は真っ白なパジャマ姿でぬいぐるみを握りしめている。
「ヴァニラ様! 起きていらっしゃったのですか?」
眠そうな目を擦りながらヴァニラはコクリと首を縦に振る。
「シュント……ヴァニラよりマリナさんの方が好きになっちゃった……?」
「何をおっしゃいますか。今はマリナさんとヴァニラ様の魔法成長について褒めていたところです!」
分かりやすくパァっと笑顔になる。
「ほんと? ヴァニラがんばった?」
「ええ。ヴァニラ様に守っていただかなければ私は今日スープすら食べられなかったでしょう」
この子に自信をつけさせたい。守りたい。
しかし……この子が背負っている運命はもしかしたら俺が想像していた、経験したものよりずっと残酷なのかもしれない。
「さ、夜も老けてきましたね。我々も寝ましょう」
マリナの号令で皆それぞれのテントに入っていく。
『スレイブ・フロンティア』での冒険初日はこうして幕を閉じた。