10話 教育と躾
数分後、ミルボナはエリクスの許可が得られたと言いヴァニラと俺を訓練場まで案内する。
訓練場か……あるのは知ってたけど入るのは初めてだな。
「シュント。さっきも言ったけど旦那様のご機嫌を損なう発言だけはしないようにするんだよ? 特にアクリシア様の話題は絶対にしないようにね」
ヴァニラはアクリシアと聞くと顔を下に向ける
「はい。心得ています」
そして訓練場の重厚な扉の前に着いた。
訓練場ということもあって扉の作りは頑丈に作られているのだろう。
聖騎士として名高いエリクスの魔法の衝撃にも耐えうるのかもしれないな。
「旦那様! 失礼いたします。ミルボナでございます。ヴァニラ様並びに執事見習いのシュントを連れて参りました」
「――入れ」
扉の奥から低く太い3文字が返ってくる。
ミルボナが扉を開けると、そこには若々しいエリクスの姿があった。
ヴァニラと同じシルバーのロングヘア、腰に堂々と携えた名刀アイテムの【スピリア】がきらりと光り、冷たくこちらを睨み付ける鋭い目はあの頃と変わらないが、将来を知っている分やはり若く見えてしまう。
実際には40歳手前なのでおじさんに分類される年齢だが、凛と立つエリクスからは凄まじい生命力をビシビシと感じる。
「――貴様か。愚娘が拾ってきた執事見習いとやらは」
細く鋭い【スピリア】をおもむろに手に取りながら、エリクスは俺と目線を合わせてくる。
うひぁー。
やっぱり最強の名を欲しいままにしていたエリクスの貫禄半端ねぇ。
俺は片膝をつき、頭を下げながら挨拶する。
「旦那様、この度はお会いできました事大変嬉しく思っております。ヴァニラ様に救われたこの命。ノーデンターク一族のためにどうぞお使いください」
「ふん。弱者の命なんぞいくらあっても同じ事。ノーデンタークは常に強者であり続けなければならない」
純粋に突き詰めた強者の思想か……こいつと戦った時もそんな事言ってた気がする。
「話は終わりだ。ヴァニラ今日こそはノーデンタークの名を冠する者として恥じない戦いをしてみせろ」
「……はい。お父様」
ヴァニラはボロボロになった魔杖をポケットから取り出す。
「では旦那様。我々はここで失礼いたします。お嬢様も訓練がんばってくださいませ」
「うん。ミルボナ婆様ありがとう」
「――シュントもまたね」
その瞬間、パシンと乾いた音が鳴った。
右頬を抑えるヴァニラとまるで鼠でも見るように娘を見下した父親。
「何を勝手に話している……? お前のような無能がノーデンタークの後継者など……なんと情けない」
「ご、ごめんなさい……お父様」
あの有名ロボットアニメのオマージュではないが、俺は生まれてから一度も親にビンタなんてされた事がなかった。
そもそもヤンキーや陽キャみたいに人に迷惑をかけるような言動をしなかったってのもあるが、俺の両親はまずは話を聞いてくれて、互いの意見をぶつける機会をくれた。
教育とは人間が人間を育む行為であり、サーカスのライオンに行う鞭による暴力で理解させる躾とは違う。
しかし、今俺の目の前で起こった行為は完全に後者だ。
可愛い愛娘の可能性を否定し、あろう事か女の子の大切な顔に暴力を振るうなんて……!
それも被害者が俺の推しヒロインときたら怒りを抑えれそうにない。
しかし、腑が煮えくり返った俺はなんとかエリクスに一礼するとミルボナと共に訓練場から退出する。
「――旦那様もあそこまでしなくてもいいのにねぇー。レディーをぶつなんて考えられないわ。シュントあんたは女性に優しく出来る人になるんだよ」
文句を垂れながらツカツカと廊下を進む。
「……? ちょっと聞いてるのかい? まずはアタシみたいな大人なレディーで練習しな――あれ? シュントー! どこいったんだいー?」
ミルボナが振り返ると、そこには居るはずの子供の姿がない。
ごめんミルボナさん。
俺行かなきゃいけない場所があるんだ……!
隠蔽魔法を付与した俺は姿無き執事として主の元に向かう。