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夏のホラー2022

祝福

作者: 尾手メシ

 ドアを開けて短い廊下を抜け、部屋の電気を点ける。途端にがらんとした殺風景な室内が白く照らされた。右の壁際にベッドが一台設置してあるだけで、その他には家具は何もない。乱雑に置かれたダンボールが四個、窓には真新しいカーテンが下がっている。

 何もない室内を見ると、気分が浮き立ってくる。今日からここは自分の家、自分の城だ。新しい生活に不安がないわけではないが、それよりも楽しみが先に立ってくる。インテリア雑誌をさんざん眺めて、考えに考えて決めた内装イメージは完璧のはずだ。注文している組み立て式の家具は週末には届くことになっている。それまでが少々不便だが、後に待つ楽しみを思えば、その不便さも良く思えてくるから不思議だ。

 まだ荷物が入ったままの引っ越しのダンボールの一つに買ってきたコンビニの弁当とビールを載せ、別のダンボールの蓋を開いて愛用のラジオを取り出した。

 黒いラジオ。四角いレトロなデザインのお気に入りである。レトロな外観の割に今風のBluetooth搭載型であり、ラジオを聴くだけでなく、スマホのスピーカーとしても重宝している。

 早速ラジオをコンセントに挿して電源を入れた。ザーザーという波の音を聴きながらチューニングダイアルを回した。どんな番組が放送されているだろうか。面白い番組が見つかるといいが。ワクワクしながらダイアルを回すが、一向に波の音以外は聴こえてこない。右に左にダイアルを回してもザーザーという音だけである。AM放送からFM放送に切り替えてダイアルを回してみても、やはり番組は聴こえてこない。

 電波の入りが悪いのだろうと思った。どこかに電波が入ってくる場所はないかと、ラジオを持って部屋の中をウロウロする。あっちに移動し、こっちにラジオを向けてとしてみるが、相変わらずの波の音。そうしてベッドの上にラジオを持っていった時、ふいに波の音が止まった。

『オメデトウ』

ラジオから声がした。低い男の声。ようやく電波を拾ったのかと思った。

『オメデトウ』

『オメデトウ』

『オメデトウ』

『オメデトウ』

男の声を皮切りに、子供の声、老人の声、女の声、何だかよく分からない声、様々な声で聴こえてくる。

 壊れたように祝福を繰り返すラジオ。ぎょっとして体が固まった。

「あ、ありがとう」

それは、無意識だった。混乱する頭で、祝福されたら礼を返すという、半ば反射的な行動だった。

 礼を言った瞬間、ラジオが沈黙した。一瞬の静寂が部屋を包む。次の瞬間、拍手が鳴り響いた。四方八方、壁と言わず、天井と言わず、床と言わず、あらゆる場所から怒涛のように拍手が鳴り響く。

『オメデトウ』

『オメデトウ』

『オメデトウ』

ラジオからは再び祝福の声が繰り返される。音量を増したラジオの声は割れており、ともすれば怒鳴っているようでもあった。

「ありがとう、ありがとう、どうもありがとう」

 負けじと怒鳴り返した。もう、やけくそだった。大声で礼を言いながら部屋の中を移動する。挿さっていたコンセントを思いっきり引き抜いた。

 ラジオが静かになった。あれだけ鳴り響いていた拍手の音もピタリと止んだ。部屋に平穏が戻る。

 力が抜けて床にへたり込みながら、余りに幸先の良い出来事に頭を抱えた。ベッドは左側に移動しよう。とりあえず、それだけは固く決意した。

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