スライムとシーフードヌードル
12月になると、特殊な任務が発生するようになる。教練所の頃も実習で参加した『終わり無きルーチン作業』っ! それは・・
「2班、回り込んでっ! 3班遅いっ! え~と・・そこの女子2人っ!! なんでスカートタイプの教練服着てんのっ?! 後ろ下がってっ!!」
俺はその教練所の実習に『特別指導官』として参加しているっ! 実習内容は・・
「きゃーっ?!」
「なんでこっちばっかりっ??」
特定の教練生が『ヤツら』に狙われるっ。ヤツらは『体液を吸い易そうな穴』『刺激臭』に敏感だっ!
体液云々は敢えてコメントを差し控えるが、刺激臭に関しては事前に散々『気を付けろ』と言っておいたにも関わらず、『香水の使用』『香りの強いシャンプー等の使用』『直前にニンニク料理等を食べる』『ちゃんと風呂に入ってない』のミスを犯した者達が多いっ! 勿論全員減点っ!!
「減点対象者は全員下がってっ! 干物にされるぞっ?!」
と、ポヨ~~~ンっ!!!
緊張感の無い挙動でヤツらの内、3体が弾んでこちらに駆けてきたっ。
『デカいグミみたいな形状』『流動するがゴム毬のようでもある半透明の身体』『なんかアロエみたいな臭いがする』っ!!
この『1年掛けてホール上部の断熱天井層にジワジワ侵食してくる』厄介な白魔っ!! その名もっ!!!
「『スライム』っ!! 往生しろやーっっ!!!」
俺はマカを込めたハチェットで纏めて3体切り裂いたっ!! ヤツらは核を損傷するとすぐ倒せるが、弾力があるので『気合い』で倒すっ!
「お~っ!!!」
拍手しだす教練生達。
「グランピクシー先生、『スライムハンター』になったらいいんじゃないですかぁ?」
確かにそういう職業はあるっ! 年1、年末年始しか仕事はないが、どこのホールもスライム侵食の規模が大き過ぎて公社や自警団だけではどうしようもないので民間業者を起用している。
概ね気楽な商売だとも思う。だがっ!
「君達っ! これ『実習』だからねっ?! 見てないで参加っ! 減点するよっ?!」
「減点減点、ってさ」
「彼女が作ってくれた朝食の目玉焼きに『焼き加減、違うよね?』ってねちっこくクレーム入れるタイプだよねぇ」
「聴こえるように言うのやめてくれないっ?!」
ヤバいっ、『指導力』が足りてないっ! このままでは『実習崩壊』してしまうっ。
「スライムを狩る時はこうっ! そしてこうっ!!」
取り敢えず効率的な狩り方の手本を見せるみるが、
「・・・」
反応、薄っ?! ええっ?? 俺、指導優しい方だよっ??
そんな具合に悪戦苦闘してっ! どうにか教練生向けの『下位個体スライム狩り』の実習指導を終えた・・胃が痛いっっ。
「あ~っ、疲れたっ! 俺、指導官絶対向いてないっっ」
「ウチもぉー、去年の特別指導官、キーキー言い過ぎって思ってたけど、生徒達っ、マジ言うこと聞かないしぃっ!」
「俺はビシッと指導してきたが、実習終わった後で『今はそんな時代じゃない、もっとソフティーにっ!』って運営に怒られたぞっ?!」
俺、ノッカ、ルンボーは午前中で実習担当を終えて、第3食堂に来ていた。
ナツミは別の通常任務。エミソンは中位個体のスライム処理。ナッシドは事前の講習の時点で態度の悪い教練生相手にバチギレしてしまい、担当を外されていた。
暫くして、
「は~い、ピラフセット! ドリンクはユキヒコはコーラ、ノッカはシナモンバナナジュース、ルンボーはグリーンティのシロップ抜きっ! 召し上がれ」
俺達は神妙に一例してからピラフセットを食べだした。ボグがよく第3食堂で頼んでいた。
「ナッシドとエミソンがいると、ちょっと頼み難いんだよな」
「当日、参戦してたもんねぇ」
「俺もだぜ?」
「ルンボーは『そこら辺の石っころ』みたいなメンタルしてるからいいんだよぉ」
「だな」
「酷ぇこと言われてるぞ・・」
「でも、寂しくなったよね」
ジムコは喪に服して12月になるまで『うさみみバンド』を自粛して、地味な『猫耳バンド』を付けていた。
俺達は食事の手を止めて、またしんみりしてしまった。と、
「あれぇ~? 君達、ホント仲良しねぇ」
第3食堂に、制服を着た事務方でフツネさんの友達のリョーコ・ラジンさんが入ってきた。
「相席いーい?」
「あ、どうぞ」
「聞きながら既に座る体勢じゃん」
「さっ、こちらですっ!」
「友達に媚びをうってもフツネさんに効果無いと思うよ?」
「ジムコっ、余計なことは言わなくていいっ!」
「はい、お邪魔。あれ? 君達、オーダーまでお揃いなのっ? 萌えちゃうわっ」
座ってピラフセットが目に入ったらしいリョーコさん。
「いやその、ボグの好物だったんで・・」
「ああ、そゆこと。・・じゃあ、私も頼んでいいかな?」
「どうぞ」
「ジムコちゃんお願い。ドリンクはホットコーヒーで」
「はーい」
リョーコさんは一瞬、目を細めて俺達を見た。単に同じ公社の先輩というより、完全に同業の先達の顔だった。
リョーコさんは煙草に火を点けてから、話し出した。
「ナッシド・ストーンハンド君、3級に降格するか、辺境ホール専属になるかもしれないよ?」
「え?」
実はそんな噂はあった。
トロル討伐戦での判断ミスは軽い物ではなかったし、その後も感情的になることが多く、任務の人的被害やその可能性にも過剰に反応して諸々上手く回らなくなっていた。
「もう少しキャリアがあるか、何か『ツテ』があれば2級のまま公社系の民間警備会社に転籍できたりもするけど、ナッシド君は・・ちょっち厳しいね」
リョーコさんは、俺達に煙が掛からないように薄い煙を吐いた。
「ナッシド、再来年には退職するつもりだったんですよぉ」
「3級でも民間で4~5年勤めれば同額程度稼げるだろう? 筋の悪い所でなければリスクも小さい。あいつは公社に拘る必要無いよ」
ルンボーは思い切ったことを言い出した。
「事務の方ではそれを勧めてんのよ。辺境専任は現地ホールで便利使いされて帰還率下がりがちだし」
確かに、辺境のホールは統治が荒いか、シンプルに貧困で行政が回らないところが多い。
「本館に籍置いたまま3級に降格されるのもキツいでしょ? あの子、元々同期の3級の子達と上手くいってなかったみたいだし」
「・・・」
これに関しては、俺達は顔を見合せてしまった。
ボグの件があるまでは、ナッシドも落ち着いていたけれど、教練所時代は同期と揉めがちで、3級以下の同期とは殆んど和解できていないと思う。
リョーコさんの分のピラフも来ると、ナッシドの処遇に加え、今年のスライムの動静、フツネさんのマル秘プライベート情報等をジムコも交えて話した。
そうして食事も終わって解散しようかという頃、スライム狩りに白魔教徒が抗議しているという話から、俺はふと話を切り出した。他意はなかった。
「8月にラバタさんを見掛けたんですよ、白魔教徒のデモをこっそり見てる感じだったんですけど」
「こっそり見てるではなく『監視』だろ、あれは」
そう言えばルンボーもその場にいた。どこにでもいるな。
「ラバタって、どのラバタさんよ?」
「いや、俺の出身のヒムロ区の公社の1級兵だった人です」
リョーコさんの顔付きが変わった。
「『隻眼』のラバタね。風使いの」
「はい、俺のホールが襲われた時に左目を・・」
「彼は気を付けた方がいいよ? ラバタ・ペイルウェイは退役後に『ニーベルング狩り』に参加している」
「ニーベルング狩りっ?!」
「過激派じゃーんっ」
「超保守派という見方もあるがな」
ニーベルング狩りというのは、氷の氣に適応してしまった『ニーベルング』と呼ばれる人々のコミュニティを排斥する急進的グループだ。
・・自分も公社兵になったからわかる。俺達のホールが崩壊したあの時、単独で、命懸けで戦ってくれたあのラバタが、狭量な思想活動に傾倒した。というのはちょっと信じられなかった。
午後からの取り零しの中位スライム狩り任務が、俺とエミソンの班が遅れて、上がるのが夕方になってしまった。
今日はジムコが早上がりの日なので、ジムコのいない第3食堂に行く気にはならず、俺とエミソンは比較的まともな物が売ってる一階の購買へ向かっていた。
中庭を通ると近道になる。中庭には巨大化していない『普通の』木々が植えられている。
「ナッシドは今日はどうしてるんです?」
「指導官がキャンセルになったからって、タンクの整備の手伝いに派遣されたみたいだ」
「『肩叩き』が露骨ですね・・」
「それは言い過ぎだってっ」
エミソンはボグの葬儀の後、髪を短く切ってしまい、今はベリーショートで通すようになった。
ジムコのお下がりの帽子を被り、眼鏡も縁の薄い物に変わった。
有給を使って『白兵戦演習』を繰り返し受けているみたいで、すっかりシャープな見た目に変わっている。
『エミソンが思い詰めることない』と皆、言ってやりたいが、どの立場で? って話で、実際強くなれば帰還率は上がるワケでもあって、誰も何も言えない具合だった。
「ところで今年の『星神祭』は皆で・・あっ」
先にエミソンが見付けた。中庭の先の寒椿の前にフツネさんがいた。花を見ていたようだが、向こうも気付いてこちらを振り返っていた。
「話してゆくなら私も同伴します。ナツミと『友達』なのでっ!」
「いや、別に」
俺はエミソンとフツネさんに軽く会釈して、向こうも無言で少し頷いて、そのまま2人で通り過ぎた。
途中、振り返りたくもなったけど背中に『視線』も何も感じなかったから、間抜けな感じになるのが怖くて振り返れなかった。
前みたいになんか避けられる、ってことはなくなったんだけどなぁ・・
翌日、午前中っ! 俺とナッシドと4番ホールに戻ってきていたナツミは1級公社兵のミラードの班に配属され、上位個体のスライム狩りに参戦していたっ!!
断熱隔壁の結構下層まで抜かれてるっ! ここらで仕止めないと、避難勧告やらなんやらややこしいことになるっ!!
「ゴポパァアアーーーっっ!!!」
叫ぶ上位スライムは大型で『竜と人の中間の上半身』の形態を取っていた。
炸裂する泡のブレスを吐くし、翼で旋風を起こすし、腕をびよ~ん、とデタラメに伸ばして殴り付けてくるし、何より意外と素早く身軽で弾力が物凄いっ!!
攻撃が当たらないし、当たっても2級の俺らじゃ全然通らない。
「2級の仲良しトリオちゃん達は威嚇射撃専念ね。跳弾注意で、役割分担して3人目で当てるんだよ? わかってる?」
水晶高含有の専用武器『グレイブ・ククノチ』に植物の根や蔓を絡ませながら、ミラードは挑発するように言ってくる。
「言われなくてもっ!」
ナッシドは興奮していた。ミラードを意識し過ぎだ。判断も、動きも、マカの練りも全て甘くなってる。
俺とナツミは目配せし合って、射撃順をナッシド、俺、ナツミ。から、俺、ナツミ、ナッシドに変えることにした。
初撃は大雑把な陽動に過ぎないが、マズ過ぎると意味が無くなる。3撃目は当てなきゃならないが、時間は取れるから準備時間は取れる。
俺はハンドサインで伝えた。ナッシドは一瞬、複雑な顔をしたが、了承してくれたようだった。
まず俺が上位スライムの着地点を狙って中量ライフルで撃つっ! 空中で身体を腕を伸ばして梁を掴んで身体を引き寄せ、着地点を変えて避けるスライムっ。
変えた先に正確に銃撃するナツミ。梁を離して、避けられたが少し掠った。スライムは宙でほぼ無防備になる。
ナッシドが撃ったっ! だが焦って『撃ち気』がダダ漏れ過ぎて反応され、宙で身体を『輪』の形に変形されて躱された。
「くっ?!」
「十分っ!!!」
真上から飛び込んできたミラードが、スライムの輪の上部にあった核を切断する形でグレイブ・ククノチを振り抜くと、上位スライムは元の形に戻ろうとしながら爆発的に生え出した植物に身体を侵食されて滅ぼされた。
ミラードは身軽に梁を飛び越え、ナッシドの元に降りると、グレイブ・ククノチの穂先をその眼前に向けた。
「今のは『たまたま取り返せるミス』だったけど、これからも『偶然』に頼って生きてくつもりなら、どんな仕事でも1人で完結する物にしたらいいよ。その方が君も平和だよね?」
「・・っっ」
ナッシドは項垂れてしまった。
退社後、俺とナツミはナッシドを第3食堂じゃなくても、と食事に誘ったが、「悪いな」と断られてしまい、俺達は仕方無く、近くのシーフードヌードル屋に入った。
「ミラードさん、わざわざナッシドを今日の班に指名したくらいだから、思うところはあったんでしょうけど、言い方がね・・」
「1級の人は大体変わってるからさ」
2人で汗をかいて養殖シーフードヌードルを食べていた。
「また『誰かさん』の話?」
「違う違う」
以前のようにこの話題でピリッとすることはもうなくなっていた。
「・・星神祭は皆で御祝いするんだよね?」
豚骨スープの絡んだワカメをペロっと食べながら何気に言うナツミ。
星神祭は年末に星を祭る祭日だ。世界がこうなる前から伝わる祭日だけど、由来がなんなのか? 伝わってない。
「うん。年内は特に異常無さそうだから、皆、夜は休めるんじゃないかな? ナッシドとモチヨさんも来てくれたらいいけど」
無理かな、って思ってる。一回、ジムコも含めて女子だけで、モチヨさんと食事回でも開いてみちゃどうかとも思ってる。
「外泊しようか?」
「ん?」
ガイハク? 何を言われたかよく聞き取れなかった。
「終わったら外泊してみようか? あたしと、あんたで」
ナツミは豚骨スープのコラーゲンとシーフードのアミノ酸で肌がツヤツヤしている。
「・・あ~」
来たか。確かに、俺達は『交際している』はずだ。
「外泊、な」
おうむ返しっ! 自分の愚鈍さに気絶しそうだぜっ。
「今からだと普通、ホテル予約難しいけど、公社で抑えてる待機用の部屋あるじゃんか」
「いやそれはっ!」
フロア単位で関係者だらけだぜっ?
「なんならあたしは男子寮だって行くよ? 外泊できんの? あたしとっ!」
ヌードルの湯気の向こうから、挑むように真っ直ぐこちらを見てくるナツミ。寮って、もはや外泊じゃなくて内泊だしっ、俺は戦慄するより他無かった!!