タンクと葬送曲
サポートに来てもらってる3級兵の消耗が激しい。
僕、ボグ・ドネスは4番ホールの管轄として僻地に派遣されていた。
季節は10月下旬。屋外任務の難度は上がってる。
想定していた活動限界を1時間短縮しよう。タンクも寄せておこう。
「電信で、タンクに」
「はい」
通信補助機を背負ってる隊員に話し掛ける。マスクとゴーグル越しに彼もゲッソリとしていた。
「ピックアップを目的地ギリギリにズラします。ドライバーからのクレームは僕が対処しますんで」
「ふっ、お願いします」
隊員は苦笑して、長距離電信を打ち始めた。と、
「発見しましたっ! 位置は・・」
先行隊から位置情報の修正が入り、僕らも氷雪走りで急行した。
現地には食い散らかされた白魔の群れの死骸と、戦闘の後があった。
半日は時間が経っているようで、既に小型の無力な別種の白魔が死骸集っていた。
「この雑な喰いっぷりと戦いっぷり、狩りの規模、やっぱり口鬼だね」
トロルは白魔を狩る白魔。それ自体は他の白魔と同じ別に普通の生態だが、トロルの飽食ぶりは度を越えている。
「個体数は?」
3級でも手練れ揃いの先行隊に聞いた。
「この群れを襲ったのは十数体程度。北北東に移動してます。しかし、このエリアでの白魔の『減少』からすると・・」
「だね。トロルの『過剰繁殖』起きちゃってるね」
僕は耳当ての霜を払いながら言った。せめて10月前半に気付けていたらな・・。
本館に帰ってきたボグがトロルの過剰繁殖を伝えて騒ぎになっていたけど、私、エミソン・ネイリーは第3食堂でアイスココアを飲んでいました。
お茶菓子はブラックベリーティラミス。一口フォークで食べると程好い苦味と甘味が拡がります。
「また腕を上げましたね、ジムコ」
「それは向かいのケーキショップから仕入れてるよ? あのオジサンが腕を上げたんじゃない」
「ふふん」
「・・・」
近くのカウンターにもたれていたジムコは面倒臭そうにお盆を持ち替えました。
「聞いて欲しそうだから聞くけど、どうしたの? その頭?」
私の頭はチリチリのパンチパーマになっていました。
「ついさっき、違法にホール内で『電気鼠タイプの白魔』を繁殖させていた業者を摘発してきたところです」
「ああ、アレ、地下闘技場で人気だもんね・・」
「ヤケクソになった業者に電気鼠白魔の群れをけしかけられて散々なことになりましたけど、仕事は完璧にこなしましたよ?」
「あ、そう・・ストレートパーマ、掛けないの?」
私はココアのグラスを置き、ジムコ君ちゃんの方を振り向きました。
「『髪が痛み過ぎて無理』って美容院で断られましたぁっ?! これから数ヶ月っ! 私はどうしたらよいのですかぁーっ??!!」
泣くしかないっ。この後、ノッカと合流したら死ぬ程イジられることも確定しているのですっ!!
「いや、知らないけど。取り敢えず目立たない程度にカットして、普段は帽子でも被っときなよ?」
「どどどどっ、どーゆうカットでっ?! 帽子はどんな物をっ!!」
ジムコに詰め寄る私っ。仰け反るジムコっ!
「近いよっ? パンチパーマの始末なんて知らないけどっ、君、眼鏡の主張も強いから、どーやっても『足し過ぎ』にはなるんじゃない?」
「引いて下さいぃ~っっ!!!」
必死でジムコにしがみつく私っ! 細くて掴まり易いっ!! なんか『レベル高い香水』付けてらっしゃるしっ。
「ぎゃーっ?! パッドは掴まないでっ! おバカ眼鏡っ!!」
「ジムコ君ちゃん様ぁ~っ!!」
取り敢えず、こんな髪でもカットしてくれる美容院を紹介してもらい、ジムコの帽子コレクションの一部も安く売ってもらうことになりました。
命拾いです・・。
ボグの報せの3日後、トロル討伐隊が組まれた。トロルは『餌』が無くなるとホールを襲おうとしたり、主の仔まで喰おうとして始末に負えねぇことになる。殺るしかねーよ。
俺、ナッシド・ストーンハンドは休日返上で討伐隊に召集された。
話が急過ぎて、他の2期同期で参戦してるのは元々担当してたボグと、髪型変えたエミソン、それから今朝辺境任務から帰って来たばかりなのに乗ってきたルンボーだけだ。
「10月の末になると『厳冬化』進んで1級を各地から集めないと手、出せなくなっちゃうからさぁ」
指揮を取るのは1級公社兵のミラード・ベラ。軽薄な感じで苦手なタイプだぜっ!
俺達は格納室に15人くらい詰め込めるタンク10両を止めた公道脇の駐車スペースにいた。早朝突貫工事で除雪してスペースを作ってる。
「追加調査で相手は60体以上いるのがわかっちゃってる。そのままカチ合うと消耗戦になるんで、まずは住み処に砲撃・・」
ミラードによる、実際、現地について再調整された作戦解説は続いた。
口振りは軽かったが、3級兵だけでなく、俺達2級兵が近接戦をするのも嫌っているようだった。意外と保守的なタイプなのかもしれねぇな。
「・・ユキヒコから聞いたよ? 転職するんだって」
俺はボグと同じタンクだった。クッソー、速攻で言い触らしてやがるぜっ、ユキヒコっ!
「・・再来年な。彼女が調理師なんだよ」
「お弁当屋とかカフェとか?」
ボグは話が早ぇな。
「いや、パン屋。俺はあんまりあれこれできねぇから。1つだけ集中したいかな、って」
「接客をあんまりしたくないんじゃないの? ふふっ」
「いやまぁ・・それも正直、ある」
「ナッシドだしね」
「んだよっ、それっ!」
俺達はそんなことを話しながら、目標地点に向かっていった。
マズい。マズいマズいマズいっ!! 2級以上の兵員が足りないじゃんかよっ! 3級ばっかり寄越されてもさぁっ。
オレ、ミラード・ベラは内心めちゃくちゃ焦ってたっ。
トロルが60体以上いんのにっ、『1級兵オレだけ』とかっ! タンクはドライバーも砲手も揃えられたけど、除雪が済んだ公道が遠過ぎっ、少な過ぎっ!!
「ミラちゃん、今回は損害出るよ。減らしてこう」
ベテランのタンクドライバーが話し掛けてきた。このタンクにはオレとドライバーと砲手と通信兵しか乗ってない。全員馴染みの顔ぶれだ。
「・・やるだけやってみっからさっ! 通信繋いでっ」
「あいよっ」
「東面隊と南面隊は、合わせて砲撃っ!! 当ててけよぉっ!!!」
オレはインカムに怒鳴った。威厳無いのは自覚してるよっ、コンニャローっ!!
砲戦が始まった。俺、ルンボー・ミネータとなんか変な髪型になってるが言わないでおいてやってるエミソンはまだ砲撃しまくるタンクの中だっ。
座ってるだけっ! くっっ。指揮を取ってるミラードって1級兵がやたら白兵戦を嫌ってる。
「落ち着いて下さい、ルンボー」
「んんっ?」
「合理的だと思いますよ? この戦術は」
兜からはみ出しているチリチリ毛を気にしているエミソン。
「そうか? タンクと別動でカチ込むのがセオリーだろ?」
「2級はそれでいいですけど、3級兵がそれだとどんどん死んじゃいます。トロルですよ? ルンボーは強いから弱い人の基準に鈍感過ぎますよ」
「鈍感っ? そこまで言うなよ・・」
俺だって傷付くぞっ??
「もうすぐ砲戦で追い切れなくなります。私達の出番ですよ?」
エミソンが言った側から
「3番車、白兵戦準備っ!! 手負いが8体前後行ったよっ! タンクは支援砲撃構えっ」
ミラードのガキっぽい声の通信が入ったっ。
「来たぁっ!!」
「全員、歩兵はあくまでタンクの砲撃で仕止める陽動だと忘れないで下さいっ」
「俺は仕止めるぞっ?!」
「ルンボーっ!! 皆を守りなさいっ!」
「ううっ・・・了解」
正直エミソンとサシで組むのは苦手だ・・。
とにかく俺達の班11名は後方ハッチの空いた格納室から飛び出していった。
あと・・3体、のはずっ!!
「デァアアーーッ!!!」
僕は水晶粉練りの大戦鎚で、デタラメな頭身の異様に口が大きい体長4メートルはある猿のようなトロルの1体頭部を粉砕した。
既に手負いだったからなんとかなってるようなもんだよっ。
「ボグっ!! 公道側だっ」
「サイファーっ、行くよっ!」
インカムに入ったナッシドの声に応えるっ。
僕達5番車の隊は『除雪後に除雪されたと気付いたトロル』に周囲の巨大化樹木の枝を公道に落とされて、予定の地点にタンクを配置できなかった。
さらに通信兵が最初に殺され、そこからはもう、泥沼・・
「1体仕止めたが最後のが粘ってやがるっ!」
公道の近くに駆け付けると、ナッシドが生き残りの3級兵3人を率いて、巨大化してる『松の木』に登って、枝から枝に飛び移るトロルに銃撃していた。
「『松』ってのがよくないねっ。残念だけど、タンクまで引こうっ! タンクのアンテナで状況を報せようっ」
「いやっ、アイツもう片腕なんだよっ! 落とせるぜっ」
隊員をたくさん殺されて完全に頭が血に昇ってるっ。もう仕事の辞め時を決めたから、余計に感情を優先してしまっているのかもしれない。
「ダメだナッシドっ!『実を付ける木の樹上』を取られてるっ。松は」
「ヂィッッヒィーーーッッッ!!!!」
片腕のトロルは、奇声を上げて信じ難い行動を取った。
逃げた先の巨木の枝先の巨大な松の実に飛び付き、回転させて枝からもぐと、落下しながらそれを大きく振りかぶった。
ナッシド達は落下する的になったトロルに銃撃して致命傷を与えたが、『報復』を優先したトロルは大き過ぎる口で嗤ったように見えた。
全員は無理だ。僕とナッシドとも距離はあったが、マカを込めれば間に合うっ!
血塗れの片腕のトロルは、落下しながら、ナッシド達に向かってフルパワーで巨大な松の実を投げ付けた。
ナッシドは避けたけど、他の隊員は為す術無く松の実に潰されてミンチにされた。そして、『松の実』は強く打ち付けられると実が『弾ける』。
ナッシドにも6個くらいの砲弾のような松の実が襲った。事前の銃撃と飛び退くことにマカを使い切ってしまっているし、ライフルじゃ2個程度直撃を防ぐのが精一杯だ。暴発リスクもあるっ。
僕はナッシドの前に飛び込み、大戦鎚で松の実を打ち払ったけど、当てられたのは4個だけだった。
ドドッッッ!!!
腹を胸に衝撃を受けて、僕はナッシドを巻き込んで吹っ飛ばされた。
そのまま雪壁に突っ込んだようだった。
「オイっ! オイっ! ボグっ!!!」
「・・・」
随分出血し、血も吐いたが、痛みというより熱く、同時寒気が襲ってきた。視界が暗くなる。
保険に入っておいてよかった、とか、妹と弟に資産管理できるのか? とか、頭によぎる。
「・・君が、僕でも、同じことする」
顔に液体の粒がいくつも落ちた。ナッシド、泣いてるよね。
「お前なら、こんなことになってねぇよっっ。また、半端、やっちまって・・俺っっ」
これは良くないな。色々、言っておきたい。でも、もう、
「・・ナッシド、皆、いるから」
ああ、もっと、上手く言えたな。本館の医療棟の、いつも三つ編みの女の子、可愛かったな。名前なんて言うんだろう? ジムコのピラフ食べたい。意外と、僕、助かって、笑い話に・・・ああ、
公社の合同葬儀はそれなりにしっかりした物だ。遺骨の引き取り手の無い隊員も少なくないからかもしれない。
ボグ以外に14名が殉職した。喪服は灰色だ。公社で用意してくれる。葬儀の後、大きなダクトの下のホールの火葬場で、公社付きの楽団の演奏を聞きながら煙を参列者で見送る。
ボグの妹と弟は大泣きしていた。親族は他にいないらしく、弁護士と施設の職員が困惑気味に対応していた。
2級の同期も皆、泣いていたけど、エミソンとナッシドは特に酷かった。
指揮をしていたミラードという男は石のような顔で立っていた。
たまたまホールにいたフツネさんや他の数名の1級兵はほぼ全員途中で帰っていった。
4番ホールは火葬の後で食事を振る舞う習慣があるので、今頃ジムコは目を腫らしてその手伝いをしてるんだろう。
「ナッシドを支えよう。アイツ、繊細だよ」
「・・うん。全部、覚えとこうね」
俺とナツミの指先だけで手を取り合って、ボグ達が焼かれる煙を見上げていた。