巨人と王冠
粉雪の中、まだ浅い雪の上を鳴き鹿で駆ける。
丘になっている下方に白魔ヒョットコダケの群れが一列になって歩いているのが見えた。
以前ならどこかカッとするような心持ちを感じていたし、それが完全に無くなることは今後も無いだろうけど、感情が、遠い。
過去に害された敵で、相容れない。だが、アレも生き物で、アレらの世界で生きている。
仕事にしてまだ半年も経っていないが、散々白魔達を戦って、そういった事実の認識の情報が、俺の個人的な恨みの上に覆い被さって、恨みに触れられない程、遠くなってゆく。
来年の洪水期まで降り続ける雪の働きに似ていた。白く、深く、積もり続ける。
ナツミには色々言い繕ってきたけど、俺はやっぱり白魔を憎む心を直接始末する為に公社兵になったんだと、受け入れるしかない。
ただ、復讐ではなく了解したかったんだと思う。
その為には戦うしかなかったけど。
「ユキヒコ! 異常は?」
インカムにナツミの声が響いた。
「無い。この区画の白魔の配置、規模、動きは例年通りだよ。そろそろ、篝所に戻って引き継がないか?」
「そうね。午後の最初の便でホールに戻ろっか」
数ヶ所の篝所を巡回している帰還用のタンクの便に間に合いそうだった。
俺は鳴き鹿を反転させた。
「モォアッ」
小さく泣いて、近くの氷壁を軽々と駆け上がって越えだす鳴き鹿。
「ナツミ」
「何?」
「もうすぐ誕生日だよな?」
「ああ、まぁ」
「なんか買うよ。何がいい? 他のメンバーと被らないようにしないとだな」
インカム越しにナツミが苦笑する声がした。その笑いもすぐに止んだ。ん?
「・・あのさ」
「何? 貯金なら結構あるぜ? 普段、同期と集まらないとなんも使わねーから」
「そうじゃなくてさ」
「うん?」
巨大化した木々の森に入る。時折、白魔とも遭遇するが、相手にしない。白魔の方も、特段理由が無いのにわざわざ突っ掛かってくるような種はむしろ少ない。
「今月ね、『たまたま聞いたんだけど』」
「うん」
「・・フツネさんも誕生日らしいよ」
「ふうん?」
何か深刻な話をするのかと思ったら、拍子抜けした。
「そうなんだ。また近い内に合う機会があったら御祝い言った方がいいよな?」
「プレゼントはしないの?」
「俺が? フツネさんに?」
そこまで親しくない。8月のプールでの騒動以降会う機会もなかった。
「別にあげないよ?」
「そう、そうなんだ」
「うん、そうだよ。ナツミ、なんかヤキモチ妬くよな? フツネさんに」
冗談っぽく言ったけど、すぐに返答がなくて正直焦った。
「・・妬けるくらいならいいけど、なんか、あたし自信ないんだわ」
「何を」
「じゃ、後で篝所でね」
通信を切られてしまった。
「ええっ?」
俺は困惑しながら、雪の中から頭を出して威嚇してきたゾロムシを鳴き鹿に飛び越えさせた。
タンクで4番ホールに戻って、簡易検疫後に公社の本館で報告と打ち合わせして、今日はそれで退社になった。午後6時過ぎ。速い方かな? まぁ朝も早かったけど。
「あれ? ナツミ。ユキヒコは?」
あたし達が本館に戻ったことは知ってたらしいジムコが聞いてきた。ジムコは今日もうさみみバンドしてる。武装、だね。
あたしは3番食堂に来ていた。8月のプール件以降、なんとなく話し易くなってる。
「2番食堂で待ち合わせしてる」
「ここ3番食堂だよ? なんか飲む?」
「ちょっと『間』が欲しくて。ホットレモネードちょうだい。小さいグラスで」
「はーい」
ジムコはあれこれ聞かず、厨房に入っていった。
あたしは持ち手付きの小さなグラスでホットレモネードを飲んでから、ユキヒコを待たせてる2番食堂に行った。
「夏が終わって外で雪が降りだすと、ホール内の温度も下げだすあたしら人類は律儀だよね」
待ち合わせてからあたしとユキヒコはトラムに乗っていた。私服で2人でいると、仕事が嘘みたいだった。
午前中、虫の居所が悪かったらしい中型の白魔に襲われてハチェットで頭をカチ割ってやったけど、あっちの方は夢みたいだよ。
「季節感を失うとホール全体の神経症の発症率が上がるらしいぜ? 単純にホール外作業の時の寒暖差で身体を壊すリスク対策でもあるらしいけど。暖房節約してる、って話もあるな」
「いーやっ、律儀なんだよ。我々はっ!」
「ま、それでいいけど」
あたしは横目でユキヒコを見る。もうすっかり子供じゃない。数え歳で17だもんね。あたしの方が先に誕生日来ちゃうけど。
あたしは知らず知らずの内に、自分の左頬の傷痕に触れた。いつか、これは私の御守りになっている。
この傷の事実が、あたしをユキヒコの側に居させる。
この御守りは呪いみたいに、あたし達を繋いでる。
「ナツミ、次の駅だよ」
「うん」
私達はトラムを降りた。
ちょっと高い婦人向けの商品が売ってる通りの近くの駅で降りて、ナツミと歩く。
時々だが、ナツミはナーバスな空気になる。
あまり考えないようにしているけど、ナツミの俺に対する感情や、俺がナツミに対する感情は、恋とか、そういった物とは少し違う気がしていた。
執着、とまでは言わないけど。俺達は孤児だから、お互いがいないと自分の『背景』が薄まって、不安になるのかもしれない。
そんなことを考えていると、あまり会話も弾まず、婦人向け商品の通りまで来た。
「あれ、ナッシドじゃない?」
ナツミが言うので見ると、隊服のままのナッシドがふっくらした体型の同年代の女の子と歩いていた。
向こうも気が付き、バツの悪い顔をしてからこっちに歩いてきた。別に来なくてもいいのに、らしいな、ナッシド。
「仕事終わりに彼女とデートだ。文句あっか?」
「別に無いけど?」
「隊服着替える時間も惜しかったの?」
「っせぇなぁ」
ソッポ向くナッシド。
「モチヨ・ユゲタです」
ふっくらした女の子は少し恥ずかしそうに挨拶してきた。ナッシドとモチヨさん。いいバランスに見えた。
買うつもりなかったけど俺達4人はこの通りでも特に高い、ティアラの専門店に冷やかしで入ってみた。
「これはお姫様だよっ」
「ホントですねっ」
興奮して煌びやかなティアラを眺めるナツミとモチヨさん。
微笑ましいけど、俺とナッシドは手持ち無沙汰になって、ティアラのショーケースから離れた王冠をモチーフにした柱時計のコーナーに来ていた。と、
「お前、いいのか?」
ナッシドが俺にヘッドロックを仕掛けてきて小声で話してきた。
「何が?」
「フツネ・シズモリには行かないんだな?」
「なんでシズモリさん? 全く脈無いし、凄い人だな、ってだけだよ。まだルンボーの方があるんじゃない?」
「バーカ、あいつはただのファンだよ」
ざっくりルンボーを切り捨てるナッシド。酷っ。
「俺にはお前の方が、まだある、って見えたんだけどなぁ」
「無いって」
俺はヘッドロックを解いた。
「どっちにしろ、ナツミはいいヤツだからな。幼馴染みだからって、適当なことすんなよ?」
「ナッシド、お前はどっちに対して煽ってんだよ?」
「へっへっへっ。まぁな。あ、それとな」
「なんだよ、まだあんのか?」
俺はファイティングポーズを取った。茶化しも程々までだぜ?
「違う違う。俺、転職するかもしれないぜ?」
「・・何?」
急に話変わり過ぎだろっ?
「いや、そんなすぐの話じゃないけどなっ。金も貯めたいし・・言い触らすなよ?」
「おい、ナッシドっ」
ナッシドは一方的に話を打ち切って、ナツミとモチヨさんの方に戻ってしまった。
なんだよっ。勝ち逃げみたいな話題の振り方だぜっ!
3日後、念入りの事前調査を経て、俺達4番ホールの傭兵公社は一大作戦を仕掛けることになった!!
「指揮を取るフツネ・シズモリだっ! 今年、この区画の次の主候補の『仔』が2体が活性化しているっ! 発生その物の阻止失敗はもはや致し方ないが、無秩序な仔同士の交戦の発生は断固避けたいっ!!」
俺達選抜隊の3級以上の公社兵は全員、作戦地近くの篝所に集まっていた。
「そこで、雪崩を利用するっ!! 仔の内の1体は万年雪の層近くをねぐらとしているが、この層は夏期に温かい水が流れ込み空洞や氷結の甘い層を噛んでいる。そこを起爆するっ!!」
こんなに喋るフツネさんは初めてだ。倒れるんじゃないかと、思えてしまう。
「主候補の2体は常に互いを牽制し合っている。1体が大きな雪崩に飲み込まれ、有利となればもう1体が黙ってはいないっ!! このホールから遠いねぐら付近で、争わせ可能ならば両者弱体化させるっ!」
作戦としては『姑息』だが、直接手を出すと『敵』と認定されてよりマズいことになる。仔対策は潰し合いの誘導が常套手段だった。
「各自持ち場につき、不測の事態に備えてくれっ!!」
「了解っ!!!」
俺達はそれぞれの持ち場に向かった。
鳴き鹿は主候補の仔を恐れるので途中までしか使えない。
俺は担当の観測地の巨大樹の天辺付近で眠る主候補の仔『ノーザングリフォン』を双眼鏡で見ていた。標準的なタンクより倍はデカい。
「正直、見張ってるだけだよね?」
俺達同期だけの回線でボグが珍しくおちょけてきた。
「なんかの拍子に近くのホールの方に転戦されたら面倒、って話だろ?」
「止められる気がしないんですけどぉ?」
ノッカも通話に入ってきた。
「もう1体いますからね」
エミソンは緊張している声だった。コマンダー特化だから、戦闘員として配置される任務は苦手なんだろな。
ツーッ!!
メイン回線の告知音後に、
「爆破を開始するっ。各自備えろっ!」
フツネさんの声が響いた。その直後、
ゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!
爆破音というより地響きが起こり、ノーザングリフォンが起きると同時に万年雪の層が雪崩を起こし、ノーザングリフォンを飲み込んだ。
「ゲェエエエーーーンッッッ?!!!」
慌てるノーザングリフォン。並みの生物なら圧死した上に擂り潰されるところだが、這い出してきた。凄い生命力だっ。
ノーザングリフォンは完全に万年雪から脱出し、傷付いた自らの羽根等を確認し始めた。そこへ、
「ガァアアーーーッッッッ!!!!」
もう1体の主候補の仔、『アイスワイバーン』が飛来し、鋭い尾を閃かせ、ノーザングリフォンの顔面を斬り付けたっ!!
鮮血っ!! そこから血塗れの乱闘になったっ。
「おおおっっ?! すげぇっ」
「ユキヒコっ、離れてても巻き込まれないようにねっ!」
「ナツミもなっ!」
ナツミはかなり離れた位置にいる。通信が通るのは通信補助係の3級兵がアンテナ機材を背負って各所に配置されているからだった。
「ガァアアーーーンンンッッッ!!!!」
死闘の末、アイスワイバーンが鉤爪でノーザングリフォンの頭部を握り潰し、完勝したっ!!
満身創痍のアイスワイバーンは屠ったノーザングリフォンをおもむろに喰い始めた。仔は仔を喰って回復し、また強化してゆくっ!!
「グロいけど、やっぱとんでもねーな主クラスになると」
「・・白兵戦は厳しそうだ」
さすがのルンボーもアレと斬り合いは勘弁らしい。
だが、これを見届ければ後は周囲への事後影響調査だけだ。と、思っていると、
「総員退避っ!!! 3級はマカを高め、『凍死』を避けよっ!!」
フツネさんの通信が鋭く入った。えっ??
戸惑っていると、食事に夢中だったアイスワイバーンの頭部に巨大な『氷の手斧』が投げ付けられ、絶命させられたっ!! 続けて周囲に猛吹雪が起こり、その吹雪に乗って、アイスワイバーン達よりもさらに大きな女の巨人が現れたっ!!
「霜の巨人っ!!!」
現行の、このエリアの主だった。
俺達は氷のマカをはらんだ猛吹雪の中、決死の思いで離脱していって。凍死による隊員の死者8名、凍傷による重軽傷は多数。
まだ代替わりはしない、その意志のフィボルクの『狩り』に利用された形だった・・
どうにか4番ホールの本館に戻り、慌ただしい後処理に追われた後の深夜、ようやく身体の空いた俺は特別にまだ開いてるらしい第3食堂に行って何か食べてから寮に戻ろうと廊下を疲れた身体で歩いていた。
前方の照明の切れた下で暗くなっている長椅子に小さな人影が座っていた。一瞬、子供かと思ったが、こんな時間のこんな場所に子供はいない。
近付いてみるとフツネさんだった。泣いてはいない。だが、疲れ切った顔をしていた。
「・・ユキヒコか。期待した程の人物ではなかったろう? 私は」
「別に。誰が担当しても今日のはどうしようもないですよ。それに撤退指揮の手際や最初の配置が良かったから被害が・・ここまでだったんだと思います」
「同期や知人が無事だったからそう言える。指揮してゆく立場が上がってゆけば、必ず犠牲を抱え続けることになる。1級公社兵は『負け続けて』なる物だ。お前は凡庸に見える。母の幻影を探して戦いに来たか? 絶望しない内に退社するといい。ここはもっと、鈍感な人間が勤める場所だ。あの人の好い幼馴染みも、連れ出してやれ」
「・・意外とよく喋りますよね」
俺は長椅子の一番離れた端に座った。
「この世から怖い物が無くならないないな、って思うですよ? ほら、白魔の勢力の弱まって余裕の出てきたホール同士ってなんかつまんない理由でいきなり戦争始めたりするじゃないですか? 普通の仕事してたらその職場に変な人がきて放火したりする事件もありますし、他にも、色々、無くならないんですよ。だったら」
俺はフツネさんの方を振り向いた。怯えているように見える。
「どの怖い物と向き合うか、それくらいは自分で決めたいな、って」
「それがここか? お前は、短慮に死んでみせた母を憎んでいるのではないか? その憎しみを、お前は恐れている」
俺が言わせている、と思った。
「ですね。そこを越えたいですね。まぁ負けるしかないのかもしれませんが」
フツネさんは椅子から立ち上がり、俺が歩いてきた方に歩きだしたが、俺を通り過ぎると、一度立ち止まった。
「目下のお前に当たって済まなかった。私のことは見下してくれ」
フツネさんは歩き去った。
「見下しませんよっ!」
そう呼び掛けるのが精一杯だった。
誕生日、ユキヒコはちょっと頑張った服を着ればギリギリ似合いそうなシンプルなティアラを買ってくれた。値段はそこそこ。
「いいの?」
「うん、似合ってるよ」
「今、隊服着てるよ?」
タンクのドッグの屋上に来ていた。仕事の合間に時間を合わせて落ち合っていた。
「ナツミが居てくれてよかった」
「何それ? なんかのフラグ?」
冗談めかすと、ユキヒコは私を向き直った。なんだか知らない大人の男性に見える。少し、怖く、見えた。
ユキヒコはあたしの左頬の傷に触れ、それからあたしにキスをした。
ホールの空調温度か? 屋上にいたからか? なんだかとても冷たい、唇だった。