鳴き鹿と冬鬼花
鳴き鹿は白魔でもないのに夏以外は雪に閉ざされた世界に完全に適応している。
多目的キャタピラ車が普及するまで数百年続いたらしい『致死的文明停滞』に人類が絶滅せずに済んだのはこの鳴き鹿によるところが大きかったようだ。
「モゥーアッ!!」
低音で力強く鳴きながら、湿地を、小川を、ぬかるみを、飛ぶように駆けてゆく。
鳴き鹿は『氷雪走り』だけでなく、洪水期のあとの湿った北半球の7月の大地を駆けるのも大得意だ。
「ヤバいっ! ナツミっ、俺っ、『鳴き鹿を走らせるだけの仕事』に転職したいっ!!」
「そんな夢みたいな仕事あったっけ?」
少し離れた位置で自分の鳴き鹿を走らせてるナツミが呆れてインカムで応えてきた。
俺達は午前中、担当エリアの休眠状態の『龍』の状態チェックをして回っていた。
楽な仕事だが、移動距離があるので鳴き鹿に乗って行う。
龍は日陰に作った巣穴で眠っているので、気球船ではわかり辛い。7月に入ると空の気流が激しくなって気球船を操り難いという事情もあった。
と、この作業のサポートに入ってる3級公社兵の班から連絡が入った。
「・・地区で『分体竜』が発生っ! 比較的大型で、ベースは『ノビカリ』です」
ナツミがハンドサインで一旦、通信を切るように伝えてきたけど、
「わかりました。すぐ向かいます」
俺はそう応えてから通信を切った。
「ムキになってない?」
「ナツミが変な気を遣うからだろ?」
「ほら、ツンケンしてるっ!」
「ノビカリがなんだっ、って話だよっ! それっ」
俺は鐙を入れて、鳴き鹿を急がせた。ただ鳴き鹿は急がせると『そんな馬鹿な』というルートを取ってしまうところがある。
俺の鳴き鹿は周囲の大木の水をたっぷり含んだ苔で覆われた幹の表面を跳ね駆けだした。
「どこ走ってんの?!」
「鳴き鹿に聞いてくれっ!!」
付いては来てくれるナツミに文句を言われながら、俺は鳴き鹿を駆って分体竜が出たというポイントへ向かった。
「先の袋小路まで追い込みました、多少はダメージを与えましたが、傷自体はもう回復していると推定されます」
「わかりましたっ。あとは俺達」
「ちょっと、先に鳴き鹿に水を飲ませてあげないと!」
「ああ、そっか」
担当の3級公社兵の班と合流したが、そう言えば『給水』してない。
鳴き鹿は万能な乗用獣のようで『渇き』に酷く弱い性質もあった。特に夏季は驚く程、水を飲む。
この為、下流に流れ尽くす上に巨大な木々が吸う等して水が森から引いてしまい、さらに気温の上がる8月は実戦運用し辛くなる。
とにかくすぐ近くの綺麗な水溜まりに顔を寄せてやると、凄い勢いで水を飲みだした。
「こっちまで喉乾いてきたわ」
「そだな」
俺達も水筒のハーブ水を飲んだ。塩と蜂蜜酸味の強い果実の果汁も仕込んである。早朝、第3食堂でジムコにも手伝ってもらって他の2級同期皆で作ったヤツ。
隊服は『軽装武装』で、また夏服仕様だったけど、暑いことは暑い。そもそも今の人類はこの世界に適応し過ぎて『暑さ』には弱いらしい。
鳴き鹿と共に水分を補給した俺達は袋小路に向かった。
「・・いた。思ったより大きい」
巨大な樹木に囲まれた袋小路の日陰に、2足歩行のトカゲのようなシルエットの巨大な怪物がいる。多数のイタチのような獣の融合体だった。
分体竜はなんらかの経緯で龍本体から分かれて、巣から離れて徘徊している白魔の集合体だ。
弱って意識も混濁しているけど、白魔の塊な上に破損させない限りは暑さや日光への耐性が残っていて殺し難い。
「降りた方がいいね」
ナツミの言う通り、騎乗銃撃だけでは倒し切れそうにない。
俺達は鳴き鹿から降りて、鳴き鹿は離してやった。『鹿笛』を吹けば鳴き鹿は戻ってくる。
「大きいし、しぶといけど、基本はノビカリだから。落ち着いてね」
「わかってる」
俺があと3歳くらい若かったら、気遣って肩に手を置いてくれたナツミの手をうるさがって払ってしまったろうけど、俺はあと一年で成人になる数え年『17歳』なのでグッと堪えた。
・・俺達は配置についた。インカムは音に反応されるので基本的には切る。アイコンタクトで合わせる。
「こっちだっ!!」
まず俺がマカを込めた拳銃の連射を撃ちながら木々の物陰から姿を出す! 狙いはノビカリ竜の両足っ。
マカを込めてもすぐ再生するが陽動にはなった。
ノビカリ竜がこちらに気を取られた隙にナツミが『走力』にマカを使って接近し、水晶粉練りの手榴弾を3つ投げ付け、飛び退く。
ドドドンッッッ!!!!
ノビカリ竜の体はほぼ崩壊したが、比較的形が残った右腕右肩頭部の右半分は激しく這いずってナツミの方に、下半身は俺の方に走って来た。
死に難く、身体の端々まで意思がある。分体竜の面倒なところっ!
俺達は無理に戦わず、射撃で威嚇しながら事前に確認していた日向に誘い込む。
「ギィギィッッ!!!」
「ギギィッッ!!!」
ダメージを受けて余計まともな判断はできない。時折ノビカリ特有の『身体を伸ばす攻撃』をしてきたが、粗い狙いで簡単に躱せる。
日向まで・・誘い込んだっ!!!
「ッッ?!」
「ッギ?!!」
勢いよく飛び込んできた分割したノビカリ竜は一気に日に焼かれる。ダメージと竜としての形態を保ててないから耐性が落ちてる。
加えて、反転した俺達が竜の『接地面』を撃ち、その場に縫い止めた。
「ギ、ギ・・」
「ギィ・・」
ノビカリ竜は日に焼かれ滅び去った。
「上手くいったっ!」
「当然でしょっ!」
安全を確認したのか、鳴き鹿達も笛で呼ばれるまでもなく、茂みの中から姿を表してきた。よしっ。
まぁ休眠龍をただ見て回る任務に俺達が配置されているのは、こういったワケだ。分体竜の発生率自体は低いんだけどさ。
「おーいっ!! 上だよっ!」
近くまで来ると、夏期補修工事中の支柱に支えられた頭上の篝所からボグが叫んできた。他の同期メンバーも顔を出す。
支柱の陰には同期メンバー達の鳴き鹿が繋がれていた。
「皆、早いな」
「上がるタイミングで竜出ちゃったからね」
俺達も鳴き鹿を繋いで、係の人に餌も頼んで、上の篝所に仮設階段で上がっていった。
白魔を避ける水晶粉練りの建材で造られた篝所は、夏期や洪水で雪が流されたりしない限り、上物だけが雪の上に顔を出している。
雪の無い今は伸縮構造の支柱が剥き出しだ。
支柱周辺には雪の重さを電力に替える水晶機器が仕込まれていて、それで雪の積もり具合に合わせて篝所を『上』に押し上げたり、設備を維持してる。
浄火を焚く燈台もあった。文明が後退していた頃はこの浄火燈台だけが頼りだったそうだ。
「ユキヒコっ! ナツミっ! ジムコの弁当速く食べようよぉ」
「ジムコ君ちゃんにもこの景色を見せてあげたいですねっ!」
取ってくれていた眺めのいい席で(公社関係者で混んでる)、ノッカとエミソンがウキウキと物資班に届けてもらったはずのクーラーボックスから『ジムコ弁当セット』を取り出して、テーブルに拡げていた。
「温かいスープもあるようですよ?」
「シャーベットも頼んどいたからなっ!」
「お前ら本当に『食』に貪欲だな」
食事は簡単でいいタイプのルンボーは今朝も『特製ハーブ水作り』に駆り出されたことをボヤいていた。
「現場で全員揃うの気球船ぶりくらいだし、いいじゃんっ? あたしのシーフードミックスサンドある?」
機嫌よく座るナツミ。
「ジムコの料理は評価高いんだな」
俺も隣に座った。
「・・料理はねっ!」
ゼロ距離で凄まれてしまった。怖っ。
それから俺達は、虫除けの効果まである高所の篝所から景色を楽しみながら和やかに昼食を済ませた。
「・・さて、午後は冬鬼花か。教練所の実習じゃ散々だったけどよっ!」
顔をしかめるナッシド。去年、俺達は1級公社兵に付いて冬鬼花討伐の実習を受けていた。
「今年も教練生達が来てたよ? のんきにしてたけど、今年も『コレ』で教練辞退者続出だろうね・・」
哀れみの表情を浮かべるボグ。
「俺らも俺らで、自分の班で気張ろうぜっ!」
「サイファっとく?」
俺に続いてナツミが笑って提案したので俺達は顔を見合せ、
「サイファーーっ!!!」
気合いを入れといた。
冬鬼花、『ニーベルングの花』とも呼ばれる奇怪な花で、夏に芽吹き、秋に咲き、冬に実を付け、春に死ぬ。
花粉は白魔を強化し、凶暴化する。実は自身の繁殖の為の物ではなく『白魔の主となる白魔の仔』を実らせる。
白魔の仔同士は縄張りを巡ってめちゃくちゃに争い、勝ち残った者が老いて衰えた現行の主に挑んで『代替わり』を行う。
この争いは苛烈で、そのエリアの人類は相当な被害を受ける。
逆に言えばこれを阻止すればそのエリアの白魔と白魔の主は徐々に衰え『完全制圧』も可能となる。
冬鬼花討伐は傭兵公社の夏の最重要案件の一つだった。
俺はナツミ、ボグ、ルンボーと組む。俺がコマンダーになった。
「『遮音インカム』命だから。壊れたら予備の耳栓してすぐ下がってな」
「了解」
俺達は耳当てのあるガッチリ固定される形の遮音インカムの調整をしていた。
鳴き鹿は接近もさせられないので後方支援の5級公社兵の担当班に預けてある。
目標である俺達の班が担当する冬鬼花の『芽』は眠っていた。前衛芸術作品のような体長十数メートルはあるソレは『花畑』の中央に生えている。
芽に近付けば近付く程、花々は奇怪なモノとなり、芽の周囲は完全に食人植物と化している。
花畑には夏の日差しが差し込んでるが、冬鬼花とその眷属に日光や月光は利かないっ!!
「砲隊の2段攻撃後に一気に畳み掛けるっ!! 突入と離脱時以外は指示は無いっ! ナツミは自分の判断で狙撃よろしくっ」
「任せてっ!!」
俺達は配置についた。分体竜程簡単にはいかないっ。俺は冷や汗をかいた。
「・・撃てっ!!!」
3級公社兵で構成された砲隊の向かって正面の部隊が砲隊のコマンダーの指示で一斉に迫撃砲を撃つっ! いずれも水晶粉練りの通常弾だ。
命中っ!! 眷属は消し飛び、本体も傷付くっ。
続けて向かって側面からも迫撃砲が撃たれるっ! 今度は閃光弾とナパーム弾だ。怯ませ、燃やすっ!! ここで、
「サァアアアァァーーーッッッ!!!!」
『大口を開けて』、遮音インカムを付けても頭の芯に響く引き裂く叫び声を開ける冬鬼花。
同時に無数の『蔓』を伸ばして正面と側面の砲隊に超高速範囲攻撃を放つが、控えていた重武装の4級公社兵の『盾隊』が大型盾にマカを込めてどうにか受け、その隙に砲隊員は後方に離脱っ。
蔓は伸び切った!
「突入っ!!」
俺は叫び、俺、ボグ、ルンボーが走力にマカを全振りして突進するっ!
冬鬼花は撃たれ、焼かれて結晶で覆われた核部分が露出している。
半ばまで来た所で、手筈通り、ルンボーが振り返って、水晶粉練りの太刀で『引き戻された』蔓を斬り払うっ!
接近すると、大口で俺達を一呑みにしようとしてきたが、ボグが両手持ちの水晶粉練りの大戦鎚で『顎』を殴り付けて弾き始めるっ。
「セァアッッ!!!」
俺はハチェットにマカを最大に乗せ、核を覆う結晶を殴り付け、大きくヒビを入れ、結晶を蹴って飛び退いた。
同時に離脱して足場に上がって中量ライフルに持ち替えた砲隊がヒビの入った結晶に一斉射撃を始める。
「離脱っ!!」
「サァアアアァァーーッッッ!!!!」
また叫ばれ!めちゃくちゃに暴れられながら、俺達は方々に散って離れるっ! 盾隊も慌てて離脱している。
結晶が剥がれるが、核は硬いっ。だが、
カツゥウウーーーーンッッッ!!!!
激しく発光する水晶粉練りの弾丸が冬鬼花の核を撃ち抜いた。
ナツミだ。樹上でずっと重量ライフルを構え、マカを練って狙いを定めていた。
「キィイイイイーーーーーッッザァーーーーーーッッッッ!!!!!!」
もう勘弁してくれっ、という断末魔を上げ、冬鬼花の芽は枯れて滅びていった。
4級兵の数割と3級兵の一部はこの断末魔で昏倒させられてる。
教練所の生徒達が相手するのは小型の芽で、1級兵の手際もいいが、叫び自体は喰らうので、毎年地獄の実習になってる。
「・・え~と、全員生きてる?」
「なんとか」
「近接だけて倒したいものだ」
「あたしの狙撃バッチリだったでしょ?」
どうにか任務完了だった。
鳴き鹿に乗って、一旦昼食を食べた篝所に戻っていた。後方支援員の話ではナッシド達も仕止めて篝所に向かっているらしい。
さすがに今日は疲れた。
と、前方に鳴き鹿に乗ったフツネさんを発見した。
「シズモリさんっ!!」
「シズモリ氏っ!!」
うっ、ルンボーも食い付いてきた。
「・・急いでる」
フツネさんはなぜか急激に鳴き鹿を速く走らせて去ってしまった。
「えー??」
「なぜだ??」
「実習の引率終わったばっかで疲れてたんじゃないかな?」
「あんた達の『邪心』を見抜かれたんじゃないの?」
くっ、挨拶しようと思っただけなのにっ! 俺達が篝所に着くと、ナッシド達は先に着いてたけど、既にフツネさんの姿はどこにもなかった。
「まぁ、補給隊からサイダー買ってきてやったから、2人とも飲めよ?」
俺とルンボーは話を聞いたナッシドに哀れまれ、瓶サイダーを奢ってもらった。
母さん、久し振りに見たフツネさんに挨拶できなかったのは残念だったけど、担当区の仕事をきっちりこなせました。
雪の降らない夏は皆、気を緩ませがちだけど、夏にしっかり仕事しておけば俺達のホールみたいな事故は避けられると思います。
現役でいられる限り確実に役目を果たして『ゆっくり』でも、地上を人に暮らし易い環境にしてゆきたいです。