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防毒マスクとクリームソーダ

5月に入ると、ホールの緊急排水設備や、外周部の普段あまり人の行かない場所なんかの調整作業が本格化する。

傭兵公社的には『染み込む性質』の白魔の巣窟になっている封鎖区画の掃討任務が始まる。

主な討伐対象は『苔型』『菌型』『根型』の3種類。苔と菌は毒気を撒き散らすので始末の負えない。

作業工程は3段階で、まず5級公社兵と自警団の専門チームが『軽度汚染区画』の掃討を行う。

次に3級公社兵のチームと2級公社兵が率いる4級公社兵の混成チームが『中度汚染区画』の掃討を行う。

俺は中度汚染といっても白魔の数はそう多くなく、代わりに『凍結現象』の多い区画の担当になった。


「敵の物量も強度も大したことないですっ! 落ち着いて、足元を確認して下さいっ!!」


こういう環境だと、氷雪走りの習得が甘い4級公社兵の人達の転倒事故のフォローが大変だった。

・・午前中には中度汚染区画の掃討は済んだ。


「あ~っっ、疲れた。というか4級の人達年上ばっかりだっ! 気まずいっ」


ホールの外れに造られた『仮設隔離拠点』に俺達同期の2級男子の控え室がある。

任務の性質上、俺達自身に感染拡大リスクがあるので、作業が全て終わるまで基本隔離されてる。

移動も隔離車両(ホール内のまともな道路を通るので別にキャタピラじゃない)。

俺は控え室に入ると防毒マフラーとゴーグルを外した。毒よりマフラーの薬品臭で具合悪くなりそうだ。


「こういう任務は若年は上手くいかないから、通常業務に回されてるんだろうね」


ボグも疲れ顔だった。


「俺、格下の同期と折り合い悪ぃしな」


格下に限らず、俺らとも最初の頃は険悪だったナッシド。


「集団戦の指揮官役(コマンダー)は戦った気がしない」


不満そうなルンボー。教練所の頃はコマンダーでも勝手に突進して、しょっちゅう教官に絞られていた。


「午後からの重度汚染区画戦に参加できなくてごめんね。僕は複合ワクチンには適応してるけど、緊急治療薬はアレルギー出ちゃうから」


申し訳なさそうなボグ。

重度汚染区画での活動資格はその両方に適性があること。適性があればサポートで3級公社兵が同伴することもあった。


「その分、中度汚染区画の取りこぼしの処理、頼んだぜ?」


「単純掃討作業だろ? 羨ましいな」


「終わったら『クリームソーダでさっぱり会』するからなっ! 予約してっからなっ」


ナッシドは意外と甘党だ。終わったら女子同期も一緒に人気のクリームソーダ専門店でお疲れ会を開くことになっていた。

仕事を始めてみて、俺達がやたら『~会』を開くのはストレスなんだろうな、と思ったりもする・・

時間になり、俺達3人はボグと別れ、ノッカとエミソンと合流し、移動用の隔離車両に向かっていると、


「ユキヒコっ!」


ナツミが駆けてきた。ナツミはワクチンにアレルギーがあって重度汚染区画戦に参加できない。


「これっ」


差し出してきたのはこの間、第3食堂の窓からブン投げたフツネさんの軟膏の容器だった。


「マジ? 見付けたの??」


「高さと距離と方向は覚えてたから、ただ拾われて売られちゃってたから、時間掛かったわ」


「買い戻したんだ」


「それはもう、いいから。ちょっと、カッとしちゃったけど・・」


ナツミはグッと胸を張った。


「この『ナツミ・ウッドハープ』は器、小さくないっ!」


「・・肩も強いし、器も大きいか。頼もしいぞっ、ナツミ!」


俺は笑ってしまう。


「当然っ! 任務、気を付けなよっ」


「そっちもっ」


俺はナツミと別れ、隔離車両に乗った。



到着したのは4番ホールの南西の縁外周部の古い隔壁で構成された区画。

後方支援を含め、多数の隔離車両が停まっていた。

降りると、防護服を着て手に携帯スピーカーを持った担当の公社の担当運営員(たぶん非戦闘員)が、中のインカム越しにスピーカーで俺達に話し掛けてきた。

隊員がインカムを切ってたり、通話に関しては周波数がバラバラだったりするからだ。


「え~、毎年のことなんで。今期の重度汚染の突入区画は4ヶ所だけです。皆さんは同期だけで班を作って、この『バハ・4・1区画』を頼みます。こちらマップと資料。異変、マスクの破損があった場合はすぐ戻ってもらって大丈夫です。今日は人が多いんで」


「4ヶ所って少ないですね」


「1級の方々に、手の空いた時に間引きしてもらってるんですよ」


「あー」


フツネさんもやってるんだろな。淡々と。

とにかく、俺達は任されたバハ・4・1区画に向かった。

と、途中で近い区画に向かうらしい、年上の2級公社兵の『ジロモン』とかち合ってしまった。

40代前半のこの男、いい話を聞かない。


「オイオイっ! エリートルーキー様達のお出ましだぜっ?!」


「どもっ、失礼します」


たまたま俺が先頭歩いてたけど、逆に良かった。同期メンバーは取り扱い注意物件が多い・・


「4級からコツコツ這い上がってきた俺みたいな底辺ロートルは眼中に無ぇってかっ! オイっ、話そうぜっ?! オイっ!!」


「・・酒臭ぇなっ!」


横切る時に、ナッシドが『引っ掛かった』。


「ああ? ガキっ! 消毒だろうがっ」


「飲まねぇと、仕事できねぇならっ」


ここで、俺とルンボーとノッカとエミソンが左右からナッシドの腕を掴んだ。相手はもう水晶練りのハチェットに手を掛けてる。


「行こう、ナッシド。失礼します」


「ハッ! お行儀いいこったっ!! テメェらもいつか知るっ! 俺達が使い捨てのコマだってなっ!! 意味なんか無ぇんだよっ!!!」


俺達はやり過ごし、そのまま目的の区画近くまできた。電気式の疑似マカ障壁の障壁が多重に張られてる。

端に通り抜け用のトンネル型の通路が仮設されていた。

俺達は黙って、装備を確認し、ゴーグル一体型の耳まで覆う防毒マスクを取り付けた。

最後に相互のインカムを確認する。


「親父がアル中でヤク中だったんだよ。癇に触っちまって・・。さっきは手間取らせたな」


無線越しに弱ったナッシドの声が聴こえた。ジロモンはアル中かもしれないが、ヤク中ではないような? と思いつつ、


「いいって、皆、公社に来るくらいだから、色々だよ」


と、応えた。実際、色々だ。

俺達は通り抜け用通路を抜け、バハ・4・1区画に入った。

俺達はエミソンをコマンダー、俺がその護衛として、他の3人がエミソンの指示の元、効率的に重度汚染区画を攻略してゆく。特にトラブル無し。


「調査部の予測通りなら、この先が最大の(コロニー)です。2種から3種が均衡を保って『互いを餌』として提供し合っているはず」


菌型、苔型、根型白魔は無機物からも栄養を取れるので、そんな生態であっても繁殖できる。


「頼んだよぉ? コマンダー!」


「指示はざっくりでいい」


「景気よく行こうぜっ!」


さらに進むと、隔壁の柱の一部を管理しやすい用に、作業通路以外の床が無い蜘蛛の巣のような広大なスペースを見下ろせるポイントに出れた。

猛毒の『カバネガラミ』、近接攻撃性が高い『マシラゴケ』が絶妙な距離を保ってコロニーを形成している。


「『目視方位取(もくしほういど)り』は?」


目視方位取りというのは、実際の方位ではなく、目印になる基点を『12時の方位』と設定する位置取り法。

個別の簡単な方位指示は上下前後左右で大雑把な物になる。

移動を伴う作戦行動なんかでも使い難いが、今回は有効そうに見えた。


「ドロドロに詰まっていますが、あの大きな換気扇を『12時』としましょう。ユキヒコ、この位置なら私のフォローは大丈夫です。ナッシドと組んで下さい。2人は射撃でルンボーとノッカの支援を。先制後、最初にカバネガラミを殲滅、続けてマシラゴケですっ!」


「了解っ!!」


エミソン以外の俺達は、梁伝いに走って移動し、位置に付いた。


「開始ですっ!」


2つのコロニーに向け、水晶粉練りの銃弾に『炸裂』のマカを込め、中量ライフルを次々と発砲しだす俺達っ!


ドドドドドドッッッ!!!!


まずは頭数を減らすっ!!


「ノッカ2時周り、ルンボー11時周りで突入っ! ユキヒコとナッシドは遊撃しつつ後ろへっ!」


ノッカとルンボーはライフルを梁に置いて支持通りのルートで飛び降りていった。

俺とナッシドも下がりながら撃つ。


「ナッシド、マシラゴケから見え易い位置です。9時の死角でカウンターっ! ユキヒコはカバネガラミ威嚇専念っ!」


エミソンの言った通りに、マシラゴケが『圧縮苔玉』で鉄骨を削る勢いでナッシドに投げ出した。危なっ!

だが、エミソンはナッシドなら凌げると判断してる。俺はカバネガラミへの射撃に専念した。

ノッカは強く発光する『ハチェット二刀流』でカバネガラミを薙ぎ払い。ルンボーは発光する『太刀』を自在に操って滅していった。凄い制圧力っ!

俺は均等な支援射撃を心掛けた。

程無くノッカとルンボーがカバネガラミのコロニーを壊滅させ、一方で移動後もナッシドによるマシラゴケへの押さえ込みが限界になった。


「ナッシド、梁が落ちます。3時に位置替え。ユキヒコは前に調整しながらマシラゴケを威嚇。ノッカとルンボーは一旦高い位置を取って、配置等を確認っ!」


速攻でナッシドが今まで乗っていた梁が落とされた! 俺達はエミソンの指示に従う。


「ノッカは右手、ルンボーは左手、ナッシドはノッカを、ユキヒコはルンボーを支援っ!」


ルート取りも近接の2人の状況把握も良く、全員の火力が集中してる点でもあとは流れ作業だった。


「お疲れ様ですっ! これで、・・きゃあっ?!」


銃声っ!


「エミソぉンっ?!」


「どしたっ?!」


「敵かっ?!」


「エミソン! 通信できるかっ?」


「・・大丈夫です。カバネガラミが一体、登ってきてました。倒しました」


俺達は安堵した。



メインルートは通したが、この区画全ての掃討が済んだワケじゃない。だが、マスクの使用限界や皮膚感染や脱水症のリスクを考慮するとここまでだった。

入口付近まで来ると、後方支援の4級公社兵からインカムで連絡が入った。


「ジロモンさんが担当区画の掃討に失敗したようだ。中盤辺りから連絡がつかない。協力願えるか? マスクの替えは用意できる!」


俺達は顔を見合せたが、こういった場合、『断る』選択肢はあまり無い。次の任務で逆の立場になるかもしれないから。頷き合った。


「了解です」


代表してエミソンが応えた。

現場に向かい新しいマスクを装備した。簡易消毒と水分補給は既に済ませてる。

後方支援員から話を聞く。


「メインルート前半は3級選抜で確認済みだ。君達も中盤まででいいよ。発見できなければ一旦封鎖して、明日、今日参加していない2級選抜に探索してもらう」


冷淡なことを言うんだな、と。


「中の状況はどうでした?」


「ロートル1人で担当できるくらいだから重度汚染でも大した区画ではないんだよ。大方、また酒でも飲んで入って、うっかりマスクを破損させたんだろ?」


「しかし、いくらなんでも1人で担当するのはムチャでは?」


1級でもマスクが破損すれば危うい。


「あんなヤツ、誰も組みたくないよ」


防護服を着たスピーカー持ちだが、公社兵らしい後方支援隊員は吐き捨てるように言った。



ジロモンの担当区画実際小規模で単調な構造の区画で、たまたま菌系白魔達ばかりが巣食って毒性が高まった為に重度汚染認定されただけのことのようだった。


「見棄てられたヤツの最後はこんなもんさ」


インカム越しにナッシドが呟く。俺達は下手なことは応えず、通路を進みメインルート中盤域まであっさり到達した。


「・・っ!! いましたっ! 酷いっ」


複数の菌型白魔に寄生されたマスクを失い白眼を剥いたジロモンが呻きながら歩み寄ってくるっ!

周囲に菌型白魔を多数引き連れる形になっている。


「見ろっ! 脇っ腹っ」


ルンボーが鋭く指摘した。カビ(?)まみれのジロモンの左脇腹にはペンシル型の緊急治療薬の投薬器が突き刺さっていた。


「寄生される咄嗟に、自分で刺したんだろねぇ。腐っても2級だよ。どうするぅ?」


エミソンを振り返るノッカ。


「・・っっ、ナッシド以外は威嚇して下さいっ!!」


俺達は素早く発砲を始めた。


「俺以外ってなんだよっ?!」


「公社規定でも現状のリスクの点でも、即、介錯すべきところですが、ナッシドっ! どうしたいですか?! すぐに提案して下さいっ!!」


拳を握り締めるナッシド。


「ああっ! こんなヤツっ。・・1回だっ。1回だけアタックさせてくれっ!!」


「わかりましたっ。ノッカとルンボーは露払いっ! ナッシドは治療薬をっ! ユキヒコはナッシドのフォローをっ! 私はナッシドがミスしたら、即座に目標を狙撃しますっ!!」


「了解っ!」


「ここは教練所式でゆきましょうっ!!」


「サイファアアーーッッ!!!!」


俺達は吠え、ノッカとルンボーが突進し、ナッシドと俺が続いた。


「仕事増やしてんなよっ?!」


攻撃の構えを見せる変わり果てたジロモンに飛び込むナッシドを、ライフルでは回転が足りないのでマカを込めた拳銃の速射でフォローする俺っ!


「オラァアアアーーーッッッ!!!!」


ナッシドはジロモンの攻撃を掻い潜り、ペンシル型緊急治療薬を胸部に打ち込んだっ!!!


「ヒィイイイィーーーッッッ?!!!」


寄生していた菌型白魔達は慌ててジロモンから離れ、速攻でノッカとルンボーと俺に殲滅された。


「撤収っ! 撤収ですっ!!」


水晶粉練りの手榴弾を投げ付け、俺達は痙攣するジロモンを引き摺るようにその場を離れた。



「・・余計な、ことしやがって、ガキ、ども・・」


防護服を着た医療班に担架で運ばれながら毒づくジロモン。長期のリハビリが必要なダメージだ。引退だろう。

ナッシドはさっき他の年配隊員から買い取っていた蒸留酒の小瓶をジロモンの担架の顔の隣に置いた。


「迷惑な酔っ払いだったが、これからはただの酔っ払いだ。もう、好きにしろよ」


「・・畜生っっ、くそっ! くそぉ・・・」


ジロモンは泣いて、担架で運ばれていった。



そのあと、俺達は念入りな消毒、洗浄、検査を経て、夕方(疑似日光灯は相応の明るさと色味になる)ようやく解放され、私服に着替え、ナツミとボグと合流し、件の人気クリームソーダ屋に向かった。

当然、ナッシドの奢りになった!

ナッシドは乾杯の挨拶もそこそこに、まずスプーンでアイスを2口3口食べ、まだそれが口にある内にストローで一気にグラスの2分の1くらい夢みたいな色の甘いソーダ水を飲んだ。


「ぷはぁーーーっ!!! 甘味が沁みやがるぜっ!! ほらっ、オメェらもっ! 飛ぶぞ?! へっへっへっ!!」


ナッシドの空元気ぶりは、皆、スルーしてやることにしていた。


「そんな一気に食べて飲んだら頭キーンってなるぞ?」


「というか、コレ、晩御飯なの? 美味しいけど」


俺とナツミも苦笑し、落ち着いてクリームソーダを味わった。



母さん、『ゆっくり』は赤の他人から不意に与えられることもあるようです。この仕事の『終わり』についてもちょっと考えてしまいました。

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