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覚悟と遠投

1年間の教練所のトレーニングに耐え、無事卒業できた俺とナツミは『2級公社兵』に成れた。

今年の教練生で2級に成れたのは7人だけ。俺、頑張った・・。

いや正直食ってくだけなら3級で十分かと思ったんだけど、ナツミのヤツがホイホイ上位クラスに上がっていったから、『ナツミの部下』になりたくなさ過ぎて、俺は必死だった。

2級公社兵は最初の1ヶ月は研修生扱いで、主にニョ区4番地下街(ホール)の管轄の辺境域で、『指導官』の1級公社兵に付いて仕事の基本を教わる。

俺は『フツネ・シズモリ』という20代中盤の女性に付いてとある辺境域に来ていた。

この辺りは個体数は少ないが結構手強い白魔が出る。

俺はフツネさんと『ツムジガシラ』を追っていた。

長い植物のような尾と、熊のような胴、旋風で覆われた(白魔の中には物理的には意味不明な形態の個体も少なくない)頭部を持つ白魔。

近くのホールの簡易障壁を破ってホールの主権テリトリー内をウロウロしている。入り込んだのは偶発らしいが、『人の味』を覚えて積極的に狩りを行っていた。

テリトリー外に『放逐』するだけでは済まず、狩るしかない。だが強過ぎる為、ホールの自警団ではお手上げだった。


「挟撃する。状態と特性を見誤るな」


「ツムジガシラは『かまいたち』と『尾による雪中からの攻撃』ですねっ。把握してますっ!」


「・・・」


フツネさんは無言で足音も無く雪の上を駆け、巨木の森の中に消えていった。


「無口だよなぁ」


俺も明るい方じゃないが、移動中、平気で3時間くらい無言なのはホント胃が痛い。

俺は、別方向に雪の上を駆けた。俺もフツネさんもスノーシューを履いてない。『氷雪走り(ひょうせつばしり)』という3級以上の公社兵の基本技だ。

2級ならなおさらだ。足に『(マカ)』を込めて走るこの技の修行を俺は死ぬ程頑張った。

理由は『ナツミが速攻覚えてたから』。・・ナツミ、適性高くね?

ツムジガシラに追い付いた。


「クィーイッ! クィーイッ!!」


雪上を走りながら威嚇してくるツムジガシラ。

もう少し近付けば首を振る予備動作から、かまいたちを放ってくる。さらに近付くと尾を雪中に刺して伸ばし、死角から突き刺してくる。

実際戦うのは初めてだが、有名な白魔だからバッチリ予習済みだ。いけるっ!

セオリー通り、水晶粉練り弾丸を込めた中量ライフルを構え、ボルトを操作する。

弾丸にマカを込めれば攻撃力が増すが、今は走りながら走っている相手を撃つ。

俺は視力と両腕の繊細の動作にマカを上乗せした。


タァンッ!!


ライフルが火を吹き、水晶の武器特有の発光現象を伴う弾はツムジガシラの横腹に当たった。

ツムジガシラの毛皮が頑丈で、中量ライフルで通常弾を使った場合、ゼロ距離で撃たない限りほぼ弾かれる。

だが、水晶練りの弾丸はこの距離でも毛皮を抜けるっ! 脂肪と筋肉までか? 内臓まではいかない。骨折させられていたらラッキーだっ。


「クィーイっ!!!」


激怒したツムジガシラは走る方向を変え、こちらに突進してきた。よしっ!

一気に相手の間合いになり、かまいたちを撃たれた。わかっていれば避けられるっ。俺は雪の上を転がって避けた。

『氷雪受け身』『氷雪側転』『氷雪ハンドスプリング』等々、一通りできるっ!

起き上がった時には次弾装填済みだ。もう一発、ツムジガシラの胸部に打ち込む。突進の勢いを削ぐ。

それでも間合いは狭まったので、ツムジガシラは尻尾による雪中からの死角攻撃を放ってきた。

初見だったらヤバかったかもしれないが、先人達が『べらぼうに殺され続けて』看破しているっ! 俺は難なく躱した。

もう近過ぎる。ライフルをわかり易い場所に投げ捨て、水晶粉練りのハチェットを抜く。

マカを込めて発光させる。水晶の武器はマカ等のエネルギーが付加されると発光する。

かつて地上にあった鉱物としての『水晶』とは別物らしい。宗教家は『神の加護』といい、学者は『星の抗体』という。

どっちにしろっ!!


「セェアッ!!」


直接引き裂きにきたツムジガシラの左腕の攻撃を避け、カウンターで切断っ! さらに大きく飛び退きながら水晶粉練りの手榴弾を絶叫して仰け反る相手の懐に投げ付けてやった。

よっぽど『腹一杯』だったのか? 膨らんだ腹をしていた。

炸裂発光する手榴弾っ! ツムジガシラは腹を破られ、後方に吹っ飛ばされた。


「やったか?! というか、挟撃じゃ・・」


周囲を見回したが、フツネさんの影も形もない。気配ゼロ。

毎度のことだが、インカムも切られてる。フツネさんとは『通信確認』以外で通話したことないっ。


「いつもの『いきなりテスト』だな。上等だぜっ!」


俺はマカで放り捨てたライフルを引き寄せて取り、装填してゆっくり動きを止めたツムジガシラに近付く。

尾の先は雪中に入れていない。頭部の旋風も止まった。


「・・・」


冷や汗をかいて、ライフルを構え、心臓のある、胸部左寄りに続けて2発、同じ箇所を撃って心臓を貫通させた。

少なくともツムジガシラの『心臓』のマカは消え、念の為、探知した『脳』のマカも消えていた。


「死んだ、な。・・シズモリさーんっ! 退治しましたよぉっ!! あと、テストでも普通にブラフ入れるの止めて下さーいっ。これで何回」


俺がどこかで見ているはずのフツネさんに抗議を始めると、


「クゥゥィイイーーッッ!!!」


ツムジガシラの腹の穴から、血の塊のような小さな旋風が飛び出し、俺に突進してきたっ!

なんだ?! 小さい。本体ではない。次弾装填してない。捨ててハチェットを抜くか? マカで動作を加速させて装填した方が早いか? いや、一旦避けるべきだ。意味がわからない。

小さい、腹、膨らんでた、・・仔、


「っ?!」


俺は衝撃を受け、全ての判断が遅れた。マズいっ! 近っ、


ボッ!!!


軽い銃声が後方でして、燃え盛る弾丸が小さな血の旋風を正確に撃ち抜いた。血の旋風は焼け焦げて身体に穴を空けられた小さな獣になって雪の上に落ちて息絶えた。


「・・うぅっ」


俺は吐いてしまった。

後ろから軽い足音が近付いてくる。


「『ユキヒコ・グランピクシー』。顔を上げろ」


俺はハンカチで口元を拭いてどうにか顔を上げた。

フツネさんが銃口付近に炎を灯した高水晶含有の拳銃とナイフの一体になった武器『ガンナイフ・ハボリム』を手に歩み寄って来ていた。


「今の世界では、人類は当然とは存在できない。これは闘争。道理は無い。敗れれば我々は凍り付き、雪の下で朽ち、滅び去るのみ」


かつて無い程、多くを話すフツネさんは俺の隊服の襟を掴み、軽々と引き上げた。


「お前はより下級の者達を指揮せねばならない。ただ一地域のことであっても、お前の足が竦めば、延いては何百、何千、何万もの人々が死ぬことになる。『覚悟』が必要なのだ。ユキヒコ」


「・・はい。すいません」


「・・・」


襟から手を話すフツネさん。俺の方が背は高い。少し間、間近で真下から睨まれる形になった。


「・・首筋をかまいたちで切られている」


フツネさんは軟膏が入っているらしい、小さな容器を投げるように俺に渡すと、


「返さなくていい。『よく効く軟膏』だ。絆創膏を張っておけ。凍傷で裂けるぞ?」


と言い捨て背を向けた。


「ありがとうございますっ」


歩き出し、無線で後方支援の地元ホールの自警団と連絡を取り始めるフツネさん。

俺はよく効くらしい軟膏の容器を手に、なけなしの自尊心をポッキリ折られ、しばらくその場で雪混じりの寒風に吹かれていた。トホホ・・



そんな具合に、俺達同期生は全員辺境研修を終えた。

公道をゆく、帰りの多目的キャタピラ車(タンク)で途中から2級同期の男子4人と一緒になった。

俺を含め、4人全員わかり易く落ち込んでいた。


「みんな、どうだった? 俺、ボロボロ・・」


話を振ってみる。覚悟は一旦置いて、『みんなダメだった』ことを確認したいっ!


「指導官がイケイケな人で、自分の人として小ささが骨身に染みたよ・・」


温厚で天然パーマなボグ・ドネスはガックリとしていた。水晶の武器との相性はいまいちだが、それ以外の成績は全て平均より少し高いタイプ。


「俺の実力が、若干空回りした。指導官にゃガキ扱いされるしよっ!」


教練所ではイキり散らしていたナッシド・ストーンハンド。成績はオールマイティーだったが、協調性に難があった。


「戦闘以外の細々とした仕事が多いのには閉口した。また指導官が気長な人物でな」


戦闘に関する適性は突出して高く、今期生でトップだったが、いわゆるバトルマニアで、何度か放校されそうになっていたルンボー・ミネータ。


「大変だったよなぁ」


俺達、同期男子4人はタンクの格納室で道中、愚痴りに愚痴り倒していた。不毛っ!



4番ホール到着後、辺境帰りということもあって念入りに洗浄、着替え、検疫、報告、諸手続きを終え、その日は休日になった。

他の男子はそれぞれ予定があったので別れ、俺は傭兵公社本館の第3食堂に向かった。タンクの無線が入る所まで来たところでナツミとは連絡を付けていた。

第3食堂はカフェ形式になっている。


「ユキヒコ」


「ナツミ」


同期の2級女子の他の2人も来ていた。


「手近な所で済ませ過ぎぃ~」


絶対ブランデーを大量に入れてる紅茶のカップ片手にウザ絡みの気配を見せるノッカ・フルシアード。隊服を着崩してる。

学業と態度に難はあったが、水晶武器への適性が高く、戦闘センスもあった。


「『済ませる』っ?! えっ? まぁっ! えっ? どういうことですかっ?!」


反応が過剰な眼鏡娘、エミソン・ネイリー。戦闘適性は低いが、成績抜群で、『指揮官役(コマンダー)』の適性が高い。


「別に『済ませて』ないから」


「ただの幼馴染みだっ!」


「は?」


「ん?」


席に着くなり変な感じになった。取り敢えず、『うさみみバンド』を付けた同年代くらいの性別不詳給仕の『ジムコ』を呼んだ。


「は~い。ユキヒコ君、久し振りだねぇ。元気してた?」


「微妙」


「微妙なんだっ」


「うん。コーラと、ミックスピザと、ポテトと、このサラダ。ポテト大盛でっ!」


「はーい。一杯食べて、ゆっくりしてねっ! ユキヒコ君っ」


と、去り際に俺の頬にキスしてゆくジムコ。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・いや、違う違う」


「なんだぁーっ? 今のサービスぅっ?! ウチ初めて見たんだけどぉっ??!!」


荒ぶるノッカっ。


「知らん! 知らん!」


「待って下さいっ、解析が追い付きませんっ! つまり、ハッ! 二刀流??」


暴走するエミソンっ。


「一回落ち着け」


「別に、どうでもいいけど」


どうでもいいわりにナツミの視線が絶対零度っ!


「あんた、『たまたま聞いたんだけど』、担当はフツネ・シズモリさんか。美人だよね。なんか、ミフユさんにタイプ似てるし」


「似てねーしっ!」


何を言い出すんだよっ。母さんとフツネさん両方をクサされた気分だっ!

まず、フツネさんの『人間性の高さ』を女子達にわからせる必要があるな。

俺はフツネさんから頂いた、よく効く軟膏(実際凄い効いて傷痕も無い)の容器をテーブルの上に置いた。


「見ろっ! これは俺が任務で怪我した時にフツネさんが譲って下すった、極めてよく効く」


ナツミは物も言わずに容器を掴むと、ツカツカと第3食堂の窓の方へと歩いていった。


「ナツミ? 待て、話し合おう」


ナツミは窓を開け、


「年増にほだされてんじゃないよぉーーっ!!!」


最大のマカを込めてっ! ナツミは薬の容器を投げ棄てたっ。


「ちょおーーいっ?! ナツミぃーーーっ?!!」


容器には水晶粉が含まれていたから、マカに反応し、フツネさんの軟膏は流星のように輝いてホールの見果てぬ彼方へと消えていった。



母さん、店で『ゆっくりしてね』とはよく言われますが、色々大変です。取り敢えず、ナツミの肩はかなり強いようです・・

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