気象宮と幻 前編
地上から、閃光が走った。
ニシパから接収した銀水晶の欠片を用いる収束熱線照射機の光。1発撃つと照射機が焼け付いてしまう。
白黒のモニター越しに見るその光は一閃で気象宮の疑似氣障壁を打ち破った。
気象宮の四隅にあった塔の形をした障壁展開機が負荷で破裂、崩壊、炎上する。
「・・全機、突入」
公社の入隊式以来に聞くニョ区公社司令の声の通信を合図に、全特殊飛翔船は気象宮へと突入を始めた。
この飛翔船もニシパから接収した物だけど飛行士はニシパの社員。見張りは付けてるけど、信用するしかないっ。
「なんか来たぜっ?!」
狭い格納スペースでナッシドが言った。俺、ナッシド、ウキツグさん、それから『筒状情報体』という機械でできた子供の背丈くらいの柱のようなニシパ製のサポート機器は、格納スペースにシートに固定されて詰め込まれている。
使い棄て前提の強行突入型の極小型タンクの中だ。飛翔船は各一機ずつこのタンクと待機車を収納して飛んでいた。
「当てられなくても弾幕だけは張って下さい」
「了解っ」
淡々と言ってくるウキツグさんに俺とナッシドは冷や汗をかいて応える。
飛行士の数が足りなくて、飛翔船の7種類の火器の内、3種類を有線で、タンクの中から俺達がしなきゃならない。
精度が低い上にラグがあるが、筒状情報体がある程度は修正してくれる。
ウキツグさんは追尾榴弾、ナッシドは後方威嚇燃焼弾、俺は下部回転機銃っ!
「大体タンクと一緒と思えばっ」
ヤケクソだっ。
俺達の飛翔船に向かって来ている白魔は4枚の翼を持ち冷たい石礫を吐く怪鳥型白魔『ノバカモリ』。
地上戦なら単体でも強力な白魔だ。空中戦するハメになるとは・・ううっ、7体も来たっ!
「っ!」
まず2体がウキツグさんの追尾榴弾で、さらに1体が前方機銃で撃墜されたっ。ノバカモリがこんな簡単にっ?
だが、残る5体のノバカモリも一斉に石礫のブレスを吐いてきたっ!
飛翔船は疑似マカ障壁を張りつつ回避行動を取るっ。
「うおおっ?!」
旋回されて上下が混乱するっ!
「ユキヒコっ」
「サイファっ!」
ナッシドに促され、ブレスを抜けて安定化した上下が安定した飛翔船の下方に、周り込む軌道を取ったノバカモリ2体に対応するっ!
俺の技量じゃ1体だなっ、対象を絞って、回転機銃で追い縋るように掃射して撃ち抜き、1体仕止めたっ。
抜けた1体はナッシドに任せるっ。
「うらぁっ!」
後ろに付いて直接攻撃する構えのノバカモリに後方威嚇燃焼弾をたんまり撃ち込むナッシド。
ノバカモリは焼き払われて墜ちていった。
残3体の内、2体は交錯時の他の迎撃で墜ち、最後の1体は後続の飛翔船に撃ち落とされた。
「よしっ!」
「カチ込むぜっ」
気象宮に迫っていた。
「制限時間は40分です。30分を過ぎればどのような状況でも撤収開始。爆撃は神殿後部中央から始まります。ニシパの社員に温情など無いと心得なさいっ」
「サイファっ!!」
飛翔船はエアブレーキ後に前方バーニア噴かせて急減速し(吐きそう)、浮遊する気象宮上に他の機体と共に飛来し、神殿外周部全面にワラワラいた白魔に容赦無く空爆して焼き払った。
「掃討完了。揚陸を開始する」
ニシパの飛行士の冷徹な声の通信の後、低空浮遊飛行していた飛翔船のハッチが開き、最初に俺達のタンクが飛び出し、続けて離脱通信用の待機車両が飛び出した。
待機車両は文字通り外周部で待機する。
神殿を穏便に着陸させられない場合、想定している離脱方法は3種類。
1、自力で落下傘。2、待機車に積んでるモーターグライダー。3、余裕があれば飛翔船によるピックアップ。
3はまず無いだろうし、2も待機地点までの帰還が難しい。よって揚陸組は1前提で全員落下傘装備を背負うっ!
「ルートが別れるまでは同士打ち注意ですっ!」
「了っ、のおおっ」
「サイっ、わわっ」
着地からの爆走で返事があやふやになった。
通常タンクの機銃は機体上部の回転座席から直撃ちするが、筒状情報体の命中補正のおかげでタンクの中から撃てるように改造している。
俺が前方機銃、ナッシドが後方機銃、ウキツグさんは前方主砲と後方威嚇爆雷を担当。ドライバーは信用できる公社のベテランだ。運転席にはナビ担当も乗ってる。
他のタンクと共に障壁と扉を主砲連打でぶち破り、俺達はあっという間に神殿内に入り込んだ。
「ふぅわわっ?! 舌噛みそうだよぉっ」
「ノッカっ! 味方撃たないでねっ?」
突入からタンク同士が近くなってて、その上全機フル加速で制御が甘いから、同士打ちリスクが高くなってる。
あたしは爆走するタンクの砲主としてノッカとミラードさんと共に群がる白魔群を蹴散らしていった。
後ろに積んでる筒状情報体ってのがいい仕事してくれるっ!
中にはトロルのようなタフな白魔もいるけど、タンクが速過ぎてついてこれてない。
「というかさぁっ、ニシパの会長っ! ニーベルングの出生率が急増してる、って言ってたけどさぁっ」
ノッカが玩具のような操縦桿を操りながら話す。
「50年もしたらっ、ウチら少数派になっちゃって、ウチらの子供や孫が裁判掛けられちゃうかもぉっ? テロリストの一族めっ、って!」
「多数決取るから無差別テロしていい、ってことにはならないよ。させないしっ!」
「おっ? ナツミ、正義の味方っぽいっ!」
「そんなんじゃないよ。あたしなんて大したことないから・・けどっ、 気に入らないって話っ!」
「2人っ、集中してんのっ?!」
ミラードさんのイライラが溜まってたっ。
「サイファっ」
俺達は白魔を蹴散らしながら、爆走してゆき、ルートの分岐ポイントまできた。
ここで全機、3機ずつ4つのルートに別れる。ニシパで獲得した気象宮の資料だけではどのルートがもっとも効率的に最深部の動力フロアにたどり着けるか判然としなかった。
あんまり賢くないけど、どのみち40分で制圧できなければ丸ごと爆撃してしまうから、あたし達は全てのルートにタンクを進めることになっていた。
担当のルートに、あたし達のタンクが次々と入っていったっ!
崩れた氷の欠片を派手に乗り越えタンクで入れる最終到達点まで来た。
「マスクとゴーグルと落下傘確認だぞ? 情報ナントカ体も降ろすぞっ」
筒状情報体な。途中、他のタンクは被弾して離脱していったから俺達ワージャ隊だけが残っていた。
ワージャ隊はワージャ氏、俺、エミソン、ジガ、筒状情報体だった。格納スペースが少々狭くなってる。
フツネ隊がよかったな、と・・
「鳴き鹿を持ち込めたら楽だったでしょうね」
装備を固めてタンクの外へ出て、最初にエミソンがいった。ゴーグルの下にさらに角張った眼鏡をしている。ふふん。車外はだいぶ凍結化して通路も狭くなっていた。
停めたタンクは迷彩障壁を張るが、ドライバーとナビ役の3級兵も外へ出た。
まぁ場合によって対人になるし砲主のいない状態で車内にいるリスク高そうだからな。
地下要塞の素焼きなどはパターンで動いてくれたが。
「なるべく近い所で隠れるが、ヤバくなったら脇のルートからとっとと逃げるっ。タンク目当てで戻るなら必ず通信で確認してくれ」
ドライバーはそう言って3級兵と共に、その場を離れ、通路上部の割れ目のような所へ登りだした。
「たぶん戻らないけど、気を付けるんだぞぉ~。さて、ワージャ達も行くぞ?」
「了解っ!」
全員駆けて進みだした。時間は無いっ。
「ピピ、大気環境ニ問題アリマセンガますくノ使用ヲ推奨シマス」
筒状情報体だ。ローラーとサポートバーニアで走ってる。
「急に喋りだしたな」
「元々歩兵用らしい。処理に余裕ができたんだろう。ナツミと付き合ってるのか?」
「っ?! 脈絡無さ過ぎだろっ?」
「ルンボーを援護しますっ。ナツミはユキヒコと温泉旅館で何があったのですっ?!」
「知らねーよっ! 付き合ってもねぇしっ」
「先日、第3食堂で2時間も話していたとジムコが証言している」
「ネタは上がっているのですよ? 吐けっ!」
「ぐっっ、あのお喋りウサギっ! たまたま時間が合っただけだっ」
「吐け」
「吐けっ!」
「チッ! だからっ! アイツはあんまり大きくミスせずここまで来たのと、子供の頃色々アレだったのがまだ大変なんだよっ。一方的にワーワー言ってるのを聞いてるだけだ。ただの『壁』だっ」
「壁、だと?」
物は言いようだ。
「性的なことを考えているのではないですか? 飢えた山犬のようにっ」
「何も考えてないっ! 勘弁しろっ。なんだ山犬ってっ?」
「お喋りもいいけど、お迎え来たんだぞ?」
ワージャ氏は前方に染み出してきた上位スライム群に、速攻でレイスパイダーの熱線を浴びせながら言った。多いなっ、スライムっ!
「尋問はまだ終わってませんからねっ?」
「自分がゴロツキだって自覚しとけよっ、ジガっ!」
「サイファっ、って、言っときゃいいのかっ?!」
俺達もワージャ氏に続いた。
我々の中央ルートは完全に氷雪に覆われた。事前に想定はされていたがもっとも厳しいルートで、隊で残ったのは私とラバタだけだ。
ツムジガシラが群れで現れていたっ! 主にかまいたちと、尾による攻撃を捌きながら私はハボリムで、ラバタは風の水晶高含有武器『スピンキャリバー』でこれに対抗した。
「・・・」
ラバタは終始飄々と振る舞っている。道中、ニーベルング狩りの仲間を失っても動じた様子は無かった。
元はヒムロ区傭兵公社の司令候補にまでなっていた男だ。どういう意図で行動しているのか?
それに、どこか既視感のある風貌でもあった。なんだ??
「何か、俺の顔に付いてるかい?」
「いやっ・・ニシパの会長の話、どう思う? 直に、世界中のニーベルングが決起する、各区のセントラルホール地下の銀水晶遺跡も掘り起こされて『区間抗争』も起こる。予言めいたことを」
焦って、ラバタに聞いてもしょうがないことを聞いてしまった。
「予言というより現状認識だろう。その上で連中はコントロールがしたい。事態に介入する大義名分はいくらでも作れるさ」
「・・単純に考えていたのかもしれない」
「ん?」
私は最後のツムジガシラを焼き払った。
「公社の任務は動物的な闘争で、白魔と戦って、文明を守り、拡大させてゆく。ただそれだけを考えていた。今でもそこに人の意思が介在するのは不純で、違和感がある」
ラバタが溜め息を吐いてすぐに氷雪の上を走りだしたので、私も続く。
「真っ当だよ、君。フツネ君。新しい玩具にはしゃいで他の区の治世にちょっかいかけよう、だの。今度は自分達が報復する番、だの。つまらない話さ。・・まぁその辺のトラブル抜きにしても、近年人類の白魔への対応力が上がって、自然のバランスが崩れてきた点はあるがな」
「自然? この凍り掛けた世界が?」
私の産まれたホールは主候補の仔達の争いに巻き込まれて滅びていた。『自然』によるものだ。
「これはこれでもう摂理が回っちまってるだろ? 白魔の完全掃討に成功した区は温暖化が進んで、虫鼠害、疫病が必ず流行る、白魔の出ない土地では水晶も産出されなくなる。化石燃料は古代人類がとっくに掘り尽くしてんだぜ? 海老や藻から取る燃料だけでやっていけるか?」
「ニシパのような先進企業が技術提供すればいいっ」
「白魔の代わりに大財閥に蹂躙されるだけさ。変わらないよ」
「じゃあ、お前はなんの為に戦ってきたんだっ?! 公社を辞めてまでっ」
らしくない、とは思わない。私は『火』のマカに適応している。感情的だから冷静でいようとしてきた!
「俺はロマンチストなんだ」
「何っ!」
ラバタが笑っていたから頭に血が昇った。
「夢の女に逢いたくてな。おっと、物理的に会う、ってそんな話じゃないぜ。難しいんだよ。女には女の夢が有ってな。そこの『最後の景色』に、間に合わねーかな、てさ」
「・・もういい。ラバタ、私はお前が全く理解できないっ!」
「そりゃどうもっ! おっ? どうやらこっから本番らしいぜっ?!」
前方の氷雪を割り、地響きと共に巨大な白魔が姿わ現したっ!
巨人の顔を持つ巨木の白魔『スノー・トレント』だった。
「主候補の仔まで使役するのかっ?」
「いや、ニーベルングの使役には限りがある。コイツを通せば、際限無く雑魚が涌くってこともなくなるかもなっ!」
「ファ・・・ゴゥッッ!!!!」
スノー・トレントは猛吹雪吐いたっ。私はハボリムの火炎弾で道を開け、そこからラバタがスピンキャリバーで旋風を放ってスノー・トレントの口を激しく損壊させた!
「俺の夢の為に命を懸けてくれっ、フツネ君っ!」
「断固拒否するっっっ!!!!」
なぜかっ? こんなロクデナシに誰かの面影を重ねてしまったことに酷く腹が立ったっ。
「筒状情報体はもうダメですね。大気検知器の電源を入れておくように」
さっきの戦闘で思い切り被弾してしまった。途中まで一緒だった他の隊ともはぐれていた。
「資料通りなら動力フロアまであと一息だぜ? 気張ろうぜ、ユキヒコ」
ナッシドは左腕な傷を負っていた。顔色は悪い。
「ああ」
俺達は「サイナラ、サイナラ」と言う筒状情報体の電源を切ってやった上でその場に置いて、先へと駆けだした。
通路の凍結化はかなり進んでるが氷雪で覆われる程じゃない。この先の広間を抜ければ後は動力フロアまで直通だ。
戦闘にも隔壁爆破にも使える強化爆雷も結構残ってるし、行けるっ!
「っ!」
広間へと通じる通路は直線の上り坂で、隠れる場所が無かった。俺達は直線への入り口の辺りで止まった。
「ここは」
ウキツグさんが指示を出し掛けると、
「昇ってきなさいっ! 来ないのなら白魔をけしかけるっ!!」
加工された音声の女の声がした。加工された状態のこの声に聴き覚えがあった。鼓動が速くなる。
「ようやく対人戦かよっ。つーか、ニーベルング達、全然姿表さねーな」
「・・面倒ですね。ここにきて通路が狭過ぎます」
ウキツグは無言で強化爆雷を1つ掲げ、もう片方の手で俺の那須丸を指差した。全員頷き合うが、俺はなんだかふわふわしてきた。
ラバタは強化爆雷のスイッチを入れ、直線通路の先へと投げ込んだ。
ドォオオオンンンッッッ!!!!
爆破後、狭い通路を越え炎はこちら側にも来たが、俺が那須丸で起こした霧で壁側に低い姿勢で寄った自分達を覆ってやり過ごし、炎が抜けると俺達は素早く広間へ走った。
特に帯電したウキツグさんは神速だった。俺とナッシドが広間に入ると、もう甲殻亜種のトロル4体と放電しながらカンナで斬り結んでいたっ。
そしてトロル達の背後の溶けかけてまた再凍結しつつある氷塊の上には、
「・・ニョ区から離れなさいと忠告したはずです。ユキヒコ」
水晶高含有レイピアを2本、双手持ちして、白と青のローブを身に纏い、仮面を付けた女のニーベルングが立っていた。