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パックゼリーとビールとチョコバー

冬季強行行軍用のタンクであたし達は4番ホールに向かっていた。

大きさは普通のタンクと変わらないけど、この強行タンクは迷彩障壁と除雪耐寒に特化させてあるから、格納スペースが狭い。

あたしの乗ってる2号車にはあたし、ノッカ、エミソン、ミラードさん、ジガが乗っていた。

なんだかな、って組み合わせっ! まぁユキヒコはあの人と別のタンクに乗ってるからその点はちょっとホッとしたけど・・

また、あたしはミラードさん以外は2人一組でやってる見張り番の時間になってて、相方は・・ジガっ!

なんだかな、って組み合わせっ!!

暫くは互いに無言で探知機や白黒で超見辛いモニターを見詰めていた。

でもなんか、だんだんムカムカしてきた。あたしは小声で話し掛けた。


「・・言い方強くない?」


「?」


あたしが言い出すと、ジガはわけがわからない、という顔をした。


「昨日、だよ。給仕のお婆さんに、やれっ、みたいな」


「・・ニーベルングのコミュニティーの時の話してんのか? そんな言い方してないだろ? 普通に言っただけだ。要件はハッキリ言わないと対応し難いだろ? というかなんだ? ついさっきみたいな口振りで、しつこいな、お前!」


「っ!」


カチーンっ!! やっぱコイツ、嫌いだっ。


「『豆』の話はね、いい? 豆の話はさっ。あたしとユキヒコの間で『歴史』があるんだよっ、それを横から『オイっ、乾パンだっ!』『オイっ、塩クッキーだっ!』ってさ」


「だからそんな言い方してないだろ? お前の間が悪くて、彼氏の段取り悪いからって俺に当たるなよ? 面倒臭いなっ、チッ!」


至近距離で舌打ちしやがったっっ。


「嫌いなんだよっ」


「奇遇だなっ」


「もう話さないっ!」


「黙ってろよっ!」


それから8分くらい沈黙だった。クッソ~~~、なんだぁああ?? コイツぅううっ、話してると学力がどんどん下がる感じがするっ!!


「・・あたしとユキヒコは同じホールで育ってさ、あ、ユキヒコは途中で引っ越してきたんだけど」


「?? 話すのか? なんだ? お前??」


くっ、負けないっ。


「エリアで白魔の過剰繁殖が起きて、あたし達のホールは崩壊しちゃったんだよ。あたしの家族と、ユキヒコのお母さんも死んじゃった」


「・・で?」


無。みたいな顔を向けられた。嘘だろっ?


「オイっ!! 反応オカシイだろっ! 同情しろよっ?!」


「するかっ、可哀想ぶるヤツは虫酸が走るっ! さっさと辞職して、大人しい仕事でもやってっ、夜中に手記でも書いてろっ!!」


「なっ・・なんでそんな酷いことが言えるのっ?!」


泣けてきたわっ。


「うるさいなぁっ! ここ学校じゃないよっ?!」


さっきまで可愛い顔で毛布にくるまり、目をつむって『尊いもふもふのナニカ』になっていたミラードさんが起きだした。1級の人、五感が鋭いっ。


「すいませんっ」


「コイツが突っ掛かってきたんだっ」


「ちゃんと画面見てっ、ボリューム抑えてっ!」


「・・了解」


声が揃ってしまった。ゾワゾワするっ。


「あんたのせいで怒られたっ」


「知るかっ」


また7分くらい沈黙になった。


「・・・最近、というか、ユキヒコといて、なんか重たい気はするんだよね。たぶん、お互い。こう、関係性が重なり過ぎて」


「待て。なんだ? お前、俺に恋愛相談する気か? 正気か??」


「聞くだけ聞けよ。壁になったつもりでさ」


「壁じゃねーよ。チッ」


あたしはそのまま、ユキヒコとの噛み合わない部分や、仕事の疲労が中々抜けないことや、福祉隊の頃の苦労話を延々とした。

ジガはユキヒコみたいに、優しく聞いてくれない上に『お前は幼馴染みに全部おっ被せて済まそうとしている』『事務方に転属しろ』『働いていればいいから楽だったんだろ?』と立て続けに容赦無くて、あたしはなんだか笑ってしまった。

ハッキリ言われ過ぎて、肩の力が抜けた気がする。なんかテロリストやってるし、変なヤツ。



ワージャは『こういう話』は苦手だ。フツネと歳あまり変わらないけど体質的に身体が大人になり難いみたいで、それもあってこういう感覚がよくわからない。

フツネはワージャとタイプは違うみたいだけど、こういう話は苦手みたいだったから、そういった意味では『同志』だと思っていたんだけど、とうとうこういう話をする時が来てしまった。

ワージャとフツネは隊列の殿を走る小型の冬季強行行軍用タンクに乗っていた。格納スペースは凄く狭く、今は2人しか乗っていない。本当は交代で起きてモニターや探知機を見るけど、ワージャは毛布にくるまって起きていた。


「ワージャ、寝ろ。4番ホールに戻ったら気象宮(きしょうきゅう)対策が始まる。それなりに疲れてもいるだろう」


フツネはパック入りのゼリー栄養食を飲んでいた。


「ユキヒコが好きなのか?」


「ゴホッ! ゴホッ!」


むせるフツネ。


「なんだ急にっ?! ユキヒコには彼女がいるのだぞ?」


「それはフツネの『好き』と関係無いぞ?」


「・・・」


フツネは顔を赤くして俯いてしまった。


「・・私は目下の見込みはあるが危なっかしい者に過保護になる所が以前からある。私は年下趣味なのかもしれない」


「ユキヒコはど真ん中だったのか?」


「・・下品ではない所が良い、と思う」


フツネはそのまま消えてしまいそうなくらい、小さくなってしまっている。こういう話の当事者になると、こんなことになるのか・・致死性の病だっ!


「ホールに戻ったらリョーコ達にも相談した方がいいも思うぞ? ただ『交通整理』しない内に、変なことにならない方がいいぞ?」


「・・うん」


「それから仕事中はちゃんとしないとダメだぞ? 危ないぞ?」


「ああ、それは本当に、失敗したと思ってる。どうしていいかわからなくなってしまって・・」


仕事に関しては本当に打ちのめされてしまったようだ。ずっと完璧だったもんなぁ。


「告白・・したら、ガッカリさせないだろうか?」


「そんなのどうでもいいぞ? 整理がついたら、ドーンっ! と行ったらいいと思うぞっ?」


ワージャはフツネの肩を掴んで言った。ワージャの(マカ)を分けたいっ!


「うんっ、ありがとう! ワージャ」


フツネは泣いてしまった。


「ただ、ワージャは小説や漫画や映画や舞台やラジオドラマで色々見たり聞いたりしてきたが、男子というのは『思った程じゃない』ことも珍しくないみたいだぞ? 時に『撤収判断』も必要だぞ?」


「わかった。・・これも、闘争だなっ!」


「そうだっ、ユキヒコを討ち取るんだぞっ?! サイファっ!」


「さ・・さいふぁ」


言い方可愛い。ワージャはフツネを抱き締めてやった。


「もう~、ほんとフツネはサイファ云うの下手だなぁ」


「いや、教練所の頃からこれは苦手で・・」


フツネは滅多に思い出話に乗ってこないけど、この後は久し振りにお互いの教練所時代の話をした。

ワージャは子供の時に1級兵になったから結構先輩だけどねっ!



4番ホールに帰ってから今、身体の空いている2級兵を集めて戦略会議になった。

仕切りはウキツグさんだった。


「気象宮と銀水晶遺跡はどうも世界中にあるようですが、当面はニョ区以外の事情は無視します」


投影機でニシパで獲得した他の区で発掘されていた気象宮や銀水晶遺跡の資料を次々と気短に映してゆくウキツグさん。

資料自体は全員手元にあるので、そこまで戸惑うことはなかった。


「気象宮は銀水晶で起動する浮遊神殿です。天候操作し、再凍結を『可能』とします」


会場にどよめきが起こった。


「ニーベルング達が獲得した銀水晶はわずかではありますが、既にニョ区内上空に気象宮を浮上させていることが確認されています。不完全な形でも『カマす』つもりでしょう」


望遠撮影された、ニョ区に浮いているという気象宮の写真もスクリーンに写された。


「これの阻止にあたっては」


それから、ウキツグさんの話はかなり細かい範囲へと入っていった。

会議の後、俺、ナツミ、ナッシド、ルンボー、ノッカ、エミソンはなんとなく集まる形で廊下を歩いていた。


「空飛ぶ神殿を攻略することになるとはなぁ」


「攻略しても神殿墜ちたら全滅だよねぇ?」


ナッシド、ノッカと続けて話して全員ゲンナリしてしまった。


「神殿自体の着陸は可能らしいけど、まぁピックアップ隊に期待しよう・・」


『中空でのピックアップ』のノウハウは公社にほぼ無いけどさっ。

と、ここで、


「お~いっ! ユキヒコっ、ナツミっ!!」


リョーコさんだった。パンプスで元気よく早足で歩いてくる。

来てすぐ俺とナツミの肩を抱き寄せてきた。


「有給、ギリ調整できたっ! 今夜から、明日の午後9時までねっ!! ちょっちタイトだけど、楽しんでねっ。一回事務局来てねっ。じゃ、よろしくぅ~」


言うだけ言って、去ってゆこうとして、一度俺の方を振り返るリョーコさん。


「あ~、ユキヒコ君」


「はい?」


「ん~、まっ、いいやっ! 楽しんできてっ」


リョーコさんはそのまま立ち去ってしまった。


「オープン過ぎるのも考えものだな」


「計画的に適切に行動すべきですよ?」


「温泉か?」


「軟膏も持ってったらぁ? ひひっ」


「・・・」


「・・・」


前々から揃って有給申請はしていたけど、俺達は赤面するしかなかった。



急も急だったが温泉の、予約は取れた。

内風呂にまず別々に入ることになって今度は先にナツミが入り、次に俺が入った。

部屋のラジオは切ってある。2人とも『ユカタ』という単物着物を着て布団の上に座って対峙していた。

布団の周囲にはゴム製品、旅館のサービスのほぐし水、軟膏(フツネさんにもらった物ではない!)、箱ティッシュが置かれていた。

灯りは枕元の物だけだった。


「今日は、ティアラ付けてないけど」


「うん。・・大丈夫?」


ナツミはしきりに自分の髪を触って落ち着きがなかった。


「なんか、急で。ちょっと間が空いたから」


「少し話す? ビール飲んじゃおうか?」


「飲むっ!」


俺は広縁に置いてある小さな冷蔵庫からビールを取り、テーブルからツマミになりそうな豆以外の塩菓子と栓抜きとコップを取ってきた。

しばらく飲みながらあまり仕事のことは避けて話していたけれど、不意にナツミが大きくため息を突いた。だいぶ酔ってるようにも見えた。


「ユキヒコはやっぱりいいなぁ。言葉が柔らかい。落ち着いて、考えが纏まって、なんだか自分が賢くなる気がする」


「ナツミは元々、座学とか得意じゃんか?」


「あたしもそう思ってた。でも、それは『ユキヒコとよく話すあたし』というドーピング選手みたいなもんだった気がする」


「何それ?」


独特な例え。やっぱ酔ってるな。


「あたし、全部ユキヒコにおっ被せてる?」


「そんなことないよ」


「仕事、辛い気がしてきた。事務に移ろうかな?」


「事務が楽ってことはないんじゃないかな? リョーコさんなんかを見ても」


「福祉隊の時、ずっと働かされて、お金くれないし、辛かった!」


「・・酔ってるね。でも、その時があったからナツミは」


「ユキヒコっ! どうしてちゃんとしたことばっかり言うんだよっ」


ナツミは泣き出してしまった。ええ? 俺は、取り敢えず自分とナツミのコップも取ってテーブルに置いた。


「ナツミ、落ち着いて」


俺はナツミの両腕を取ったが、ナツミは両手で顔を覆ってしまった。


「・・ユキヒコはさ、『自分よりちゃんとした、いざとなったら助けて喝を入れてくれる幼馴染み』を期待してるんだよっ」


「ナツミ?」


「ホールから逃げ出す時、ミフユさんが戻っちゃった時、お姉さんぶってカッコつけなきゃよかった。『一緒に来てくれないともうあたしも生きていけないっ!』て泣き喚いて、呆れさせて、あんたに母親を諦めさせて連れていけばよかった」


・・ずっと、傷付けてきた? 俺は、目の前が真っ暗になったような衝撃を受けた。


「ごめん、ナツミ」


腕を掴んでいた手の力が抜けた。ナツミはそっと、俺の手を解いた。

それからそっと、両手で俺の頬に触れた。


「ユキヒコ、あたしじゃなかったね。ごめんね」


ナツミは俺の口にキスしてから、俺の前髪をかき上げて額にキスをした。


「ティアラ、今度返すから」


ナツミは立ち上がり、着替えて、気が付くと部屋のどこにもいなくなっていた。

俺は湯冷めで身体が冷えきってしまったから内風呂に入り直して、泣いた。



公道を強引に拡張して伸ばした先に造られた大型の仮設篝所に俺達はいた。周囲のいくつも水晶含有の管理塔(かんりとう)を建てが、延々続く吹雪と豪雪を完全に払えない。

今はまだ1月の末、真冬の屋外活動は無理に無理を重ねた物だった。

物見台から双眼鏡を上空に向けると気象宮が見えた。

永く、地中に埋まっていた飛行神殿。完全に補修が済めば銀水晶を動力源として、気象を自在に操るという。時間は無かった。


「ユキヒコ」


振り返るとラバタさんだった。俺の顔を見て、一瞬、意外そうな顔をして近付いてきて並ぶと、唐突にチョコバーを差し出してきた。自分はもう噛ってる。

煙草臭いし、チョコ臭い。


「なんでチョコバーですか?」


呆れたけど受け取って、噛る。思ったより、苦いヤツだ。


「俺はチョコが好きなんだよ。自己愛が強いからな」


「世界中のチョコ好きの人に対する風評被害になりそうですよ?」


「ちょっと見ない間に、お前、いい顔するようになったな。何人かフラれたか?」


「何人もいないですよ? 1人です」


「ナツミちゃんかぁー」


心底残念そうにするラバタ。


「いやぁ、俺は余計なこと色々言い過ぎたかもな。久し振りに会ってな、話して、揃って無防備にしてるからさ、オッサン特有のお節介のスイッチ入っちまってよぉ。悪かったなぁ」


兜越しの頭をわしゃわしゃとされた。この人のこういう感じ、なんだろな? 妙に反抗したくなったりもするんだけどっ。

取り敢えず片手でやんわり手を頭から退けた。


「別にラバタさんは関係無いですっ。随分楽にしてますけど、明日の突入、大丈夫なんですか?」


「問題無いぜ? ニシパからもあれこれ接収してやったからなっ! それよりユキヒコ」


「なんッスか?」


「色々あるが、お前はお前で頑張れ! いい女もどっかにいるからなっ。ハッハッハッ!!」


ラバタは笑ってチョコバーを噛りながら詰め所の方に歩き去っていった。


「・・どっかってどこだよっ?」


俺がイラっとしながらやたら苦いチョコバーを噛っていると、


「モォーアっ!!!」


鳴き鹿の声と気配が下方からした。物見台から見下ろすと、鳴き鹿に乗った2人の騎影が視界に飛び込んできた。

2人とも防寒マスクをしているけど、1人はレイスパイダーを背負っているからワージャさんだ。

もう1人は小柄だが、シルエットや仕草や静かなのに燃えるようなマカの気配ですぐわかった。

その人はマスクを取った。


「フツネさんっ!」


呼び掛けると、片手をヒョコっと上げて返してくれた。見たことない反応っ! おおっ?

これにマスクしたままのワージャさんが爆笑したらしく、フツネさんは何か抗議して、すぐマスクを被り直して篝所の建物の下の方に鳴き鹿に入っていってしまった。

ワージャさんは片手とレイスパイダーのアームを軽く俺に振ってから、フツネさんの後を追っていった。

偵察に行ってたんだろな。


「ふふっ」


手酷く失恋したけど、フツネさんの変わった反応も見れたし、今日はラッキーってことでいいや。

明日は明日でやるだけやってみるさ。

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