フライドビーンズと水晶のコイン
凍傷は軽かったから、氣の運用と軟膏で大体なんとかなった。ちょっとチリチリするくらい。
ユキヒコの右足も酷い凍傷ではなかったみたい。良かった。またあの人に助けられてたけど・・
まぁよし! 切り替えよっ。
「なぜ俺がこんな所にっ。チッ!」
ジガのヤツが舌打ちしてる。着替えろ、って散々言われたのに結局ニーベルング狩りの軍服着て来てるし。
ラバタさんは別として、ニーベルング狩りの人達全般こういうとこある。
ナイトクラブの騒動から一夜明けて、公社とニシパコーポレーションの協議はまだ続いてる。
それでも、もうコソコソする必要の無くなったあたし達は『ニーベルングのコミュニティー』に来ていた。
「なんか、前時代的、だな・・」
ユキヒコが植物が多く植えられた、古風な建物が並ぶコミュニティーの町並みを見ながら呟いてた。何かの花? の香の匂いもした。
9番ホールの中心、商業区の外れにエアポケットのようにある自治エリア。ここに残ってるのは穏健派だけらしい。
今、ニョ区の中でニーベルングのコミュニティーはもうここだけ。
「ウチ、ピンときたよぉっ? ここは『美味しくて珍しい物』絶対あるねぇっ」
「ワージャさんも連れて来たかったですね」
すぐ観光モードになれるノッカがうらやましい。最近、眉間に皺寄りがちなエミソンもノッカの気分が伝わって少し気楽に見えた。
あの人とワージャさんは別件で動いてるみたいで、代わりにミラードさんが来ている。
訪問はコミュニティーの方から打診してきた。ニーベルング狩りまで大量に9番ホールに入り込んじゃってるしね。
「こういう環境でパン屋やりてーな」
「都市部の方が儲かるだろうがな」
来た側から手持ち無沙汰な気配のナッシドとルンボー。
あたし達は調査部じゃないから、正直来ても見物くらいにしかできないけど、調査部だけより『押し出しが利く』からと引っ張り出された感じもあった。
「ニシパからたんまり金をせしめてるのにこんな童話みたいな暮らし・・嘘臭いよ」
童顔で『美少年』って顔してるのに吐き棄てるように言うミラードさん。そういえば口悪い。
9番ホールのニーベルングは元から人材供出と白魔の使役、提供で巨額の支援を受けてる。
少なくともここのニーベルング達には『革命』みたいな物の必然性は無い。むしろ迷惑なんじゃないかな?
あたし達はローブや仮面はしてないけど、青と白を基調とした服を着たコミュニティーの住人からの冷ややかな視線を感じつつ、ほんとに童話みたいな半ば木と一体化したコミュニティーの長の家に着いた。
「・・『決起』に賛同した者達はコミュニティーを去ってゆきました。我々も困惑しています」
コミュニティーの長は疲れ切った顔で話しだした。
「神民信仰など、ほんの二十年程前まではまともに信じる者もわずかだったのです。ですが、ある時から仮面を付けた言葉巧みな者達が熱心に布教を始めて・・」
長は老けて見えるがよく見るとせいぜい50代くらいなのかもしれない。
「どういうワケかニシパが活動を後援したので、最初はニシパとの付き合いで集会に顔を出していたのですが、若者を中心に徐々に感化される者が増えてしまい、ここの住人の半数は行ってしまいました」
コミュニティーの住人の平均年齢が高く見えたのは気のせいじゃなかったみたい。
「環境の変化を怪しんで他のホールに去る者をいくらかいましたが・・」
長は一瞬、ユキヒコを見た気がした。え?
「あんた達さ、自分達は関わってない、って顔してるけど、わかってんの? もう9番ホール以外じゃ居場所無いよ?」
ここまで大人しく聞いてたミラードさんが詰めだした。
「ここもニシパが潰れたら終わりだかんね? 話は他の区にも伝わってる。傍観し過ぎでしょ?」
「吹雪の前触れの、一陣の雪風を知ったとして、それで吹雪が収まるでしょうか?」
長が疲れ切った顔でも怯まず応えたから、
「くっ・・言い回しが独特なんだよっ!」
ミラードさんも捨て台詞気味に言い返すしかなかった。
それから長は、延々とコミュニティーの衰退とニシパとの齟齬に付いて語り続けていた。
聞いてる方が気が滅入ったよ・・。
ニーベルング達は公的な話? をした後で茶を振る舞う習慣があるらしい。
俺達ニーベルング狩りだけならともかく、公社の連中といる今、毒を盛られることはさすがに無いだろう。あっても、臆したと思われるくらいならば飲むっ!
茶は紅茶を、コミュニティー中で焚かれてる花のような香と同じ臭いのするハーブで割った物だった。好みで氷砂糖やコンデンスミルク、シナモン粉を入れるようだ。
俺は氷砂糖1つとシナモン粉を入れた。コンデンスミルクの原料はおそらく白魔の乳だろう。冗談ではないっ。
茶菓子はフライドビーンズだった。先にスパイス液に浸した乾燥豆を揚げて、塩を振っている。甘く調理した物を出す習慣は無いようだ。
これが、かつて流浪の民であるニーベルング達の行動食であったことは知っている。安く、栄養があり、腐り難く、かさ張らない。豆を食う種の白魔を手懐けるのに使ったらしい。
今でもこうして茶菓子に出すのは伝統なんだろうが、ヤツら特有の執念深さを感じないでもない。
「・・・」
口に入れてみると予想通りの味だ。俺はさほど飲まないが、酒に合いそうだ。ハーブ臭い茶にも合う。
「・・・」
公社兵達は呑気に寛いでいた。
1級の、女みたいな顔の歳のよくわからないミラードとかいうヤツは「もう少し聞き出す」とニーベルングの長周辺の者達に食い下がって 残っているので、この場には、俺以外は2級兵だけだ。
「モチヨに持って帰りてぇな」
「持って帰りゃいいだろ? 俺はタンク用のゲロ袋持ってる、使うか?」
「ゲロ袋かよ・・」
上役がいないので余計に学生のような様子になっている。チッ! こんなヤツらの目付け役を押し付けられるとはっ。ラバタさんも気にし過ぎだ。
公社本営と1級の動きだけ追っていれば十分だろうにっ。と、
「・・はぁ、やっぱ進まないよ」
ナツミとかいう女がフライドビーンズを食べ切れず、顔をしかめていた。ふんっ。
「仕方無いよ、無理に食べることない」
「うん・・」
どうもこのナツミと、ユキヒコは付き合ってるな。手近な所で済ませたもんだ。
無視してもよかったが、俺も退屈にしている。少し構ってやろう。
「豆が食えないのか? 飢饉で最初に死ぬクチだな」
「うるさいなっ、食べられないワケじゃないよっ!」
頬に勇ましく傷があり戦闘では中々良い動きをしていたが、どこか『場違い』な印象もある女だ。間近で見ると思ったよりも疲弊したようでもあった。
大方、貧しい生まれで、身を立てるつもりで公社に入ってみたらなまじ適性があった為に引っ込みのつかない立場になった、といったところだろう。男が絡んでいるのならなおさら面倒なことだ。
俺は、このジガ・リュウタニはっ! 露悪趣味ではない。方針を変え、この間の悪い女の労をねぎらってやることにした。
「豆が食えないならこれを食うといい」
俺はニーベルング狩りの糧食の一種の『生姜堅パン』の小袋を差し出してやった。極めて硬いが、油分を含むので熱い飲み物と合わせると食べ易い。
「え? くれるの??」
ナツミは戸惑ってユキヒコの方を見た。お? そうか、それもそうか。
「ああ、もらっときなよ」
「そう? じゃあ」
「いやっ、やめたっ!」
俺は堅パンを引っ込めた。
「ええっ? なんだよっ?!」
俺はニーベルングの、給仕をしている老婆に向き直った。
「この女は豆が苦手らしい、他に茶菓子はないか?」
「塩クッキーでよろしければ」
「それを頼む」
老婆は下がった。
「わざわざ頼まなくても」
ナツミは恐縮しているようだった。
「ユキヒコ、とかいったな」
俺はユキヒコと対峙した。すっトロい野郎だ。
「うん、何?」
「何ではない、お前がさっさと頼めば済むことだ」
「・・だね。ごめん、ナツミ」
「いやいいよっ。ジガっ! 余計なお世話だからっ」
「さっきのニーベルングの長も言っていただろう? 先触れの雪風を知っても吹雪は止まらない、と。たかが『豆』と侮らないことだなっ、クククッ」
ユキヒコは見る間に項垂れ、ナツミは怒りで真っ赤になった。
「あんたなんかにっっ」
「まぁまぁ落ち着きなってぇっ!」
「貴方も気紛れにかき回さないようにっ」
ノッカとかいう露出魔と、エミソンとかいう眼鏡が間に入ってきた。
「ふふん」
俺は大人しく引っ込んでやることにした。『善行』とは敵を作る物だ。ニーベルング狩りの活動で骨身に染みている。
「教練所の頃のナッシド感あるな」
「俺はあんな意固地じゃねぇ」
誰が意固地だっ、チッ!
茶を飲んだ後、ミラードさんの『聞き込み』が長引いてるようで、少し自由行動になった。
ナツミはジガに煽られて機嫌が悪くなってしまい、取り敢えずノッカとエミソンに任せてきた。
ナッシドはコミュニティー内のパン屋を見て回るといい、ルンボーは水晶武器の工房を見にいった。
ジガは「部屋は信用ならない」と言って、長の家の屋根の上に登って昼寝を始めた。猫か。
「茶菓子は失敗したなぁ・・」
俺はボヤきながら特に目的無くコミュニティー内を歩いていた。
「・・・」
妙な気分だった。見たことあるような景色だ。まぁ『昔風』の街並みだから、ということもあるんだろうけど、漂う香の匂いが強いこともあって、自分の記憶の中に入り込んでしまったような非現実感があった。
「君、こっちに来なさい」
突然、30歳前後くらいの男のニーベルングが1つの空き家らしい、傾いた家の戸口から言ってきた。
「え?」
随分、ショートカットした話し掛け方だな。妙に親しい感じもするし??
「なんッスか?」
「この家を見ておくといい」
男はさっさと空き家の中に消えてしまった。ええ? 俺が若い一般人の娘なら全力で逃げて通報案件なんだがっ?
「会話が噛み合ってない気がしますけど?」
俺は一般人の娘ではないので、一応水晶含有のハチェットな柄に手を掛けながら、空き家に入っていった。
そこは長い年月放置され、植物多いこのコミュニティー特有の環境のせいで家の中まで植物に飲み込まれ掛けていた。
植物の間に、ベビーベッドや赤子向けの玩具の残骸が見えた。何か、鼓動が速くなる気がした。
「・・年に数回ここに寄る度に手入れはしているんだが、そろそろ限界だった。今、君が来てくれて良かったよ、ユキヒコ君」
男はアルバムらしい物を持って、植物を掻き分けるようにして家の奥から出てきた。
「貴方は?」
ハチェットを構える俺に男は苦笑して、
「私はセキレイ・グランピクシー。君の母、ミフユ・グランピクシーの弟だ。君の、叔父だね」
「っ?」
確かに、言われてみれば母さんなんとなく似ている気はするけれど??
「まぁ、いきなり言われても困るか。これ、アルバム見てみて。覚えてないだろうけど、君はこのコミュニティーに2歳までいたんだよ」
叔父だというセキレイさんは俺に古びたアルバムを差し出してきた。俺は、受け取ることは受け取った。
「?? 待って下さいっ。その・・母さんは」
「そう、ニーベルングだ。ずっと隠して暮らしていただろうけどね」
俺は混乱するっ。母さんがニーベルング??
「でも俺はっ」
「君は『ハーフ』だから。ニーベルングの力も引き継がなかった。それでよかったよ。もし、君まで氷の力を得ていたら、事態は余計複雑になっていた」
「え?? いやっ、・・ほんとですか?!」
肩をすくめるセキレイさん。
「取り敢えずアルバムを見てみて」
俺は近くに隆起していた植物の根に腰掛け、アルバムを開いた。この表紙・・たぶん知ってる!
そこには徐々に大きくなる赤子と、まだ若い、今の俺と変わらないくらいの母さんと、それから母さんより若いまだ少年のセキレイさんやニーベルングの人々が写っていた。
母さんや赤子は青と白の民族衣装を着ていた。
「正直、こういう写真はいくらでも捏造できる。信じるかどうかは」
セキレイが言い終わる前に俺はアルバムに涙を溢していた。
「ユキヒコ君・・」
「覚えてる・・思い出しました。最後の方の、2歳ぐらいの記憶はありますっ!」
記憶の中のこの家はまだ植物に侵食されず、広々としていて、自分の視点は低かった。しかしはっきり思い出せた。
俺は、生まれ育ったヒムロ区7番ホールにどこかよそよそしい印象を抱くことがあった。母がいつも疲労感を抱えてる気もしていた。
それを母子家庭だから、と思っていたけど、長年の胸のつかえが取れた気がした。
「姉さんは、君のお母さんは色々立場が複雑だったんだ。それはわかってあげてほしい」
「・・あの、でも俺の『父親』は? ニーベルングではなかったんですよね?」
アルバムには父とみられる写真は1枚もなかった。
「ああ、『彼』はニーベルングじゃない。まだ生きているよ。近い内にきっと会うことになる。その時、彼からお母さんのことを聞くといい」
母、父・・。突然のこと過ぎて上手く考えは纏まらなかったが、
「はい。必ず」
俺が見詰め返すと、セキレイさんは目元をギュッと絞るような表情をした。
「君には、これも」
セキレイさんは俺に水晶のコインを差し出した。受け取ると氷のように冷たい。
「強力な白魔を召喚できる。グランピクシー氏族と契約しているから、君にも使えるはずだ。ただし、使用は一度きり。注意するといい」
「・・セキレイさん、貴方は俺達の味方なんですか?」
「どちらでもない。私や、私の仲間達は事態の破局を回避したいだけだ。ニーベルングの中にはそのような者達もいる。それは覚えておいてくれ」
セキレイさんは背を向けた。
「出自のことは黙っているといい。ユキヒコが今日まで無事で、私は嬉しかったよ。それだけでも、姉さんの選択は報われた」
そう言い残し、セキレイさんは植物に飲まれようとする俺の生家を去っていった。
「・・母さんがニーベルング。父さん、は、生きてる・・・」
俺は木の根に腰掛けたまま、氷のような水晶硬貨を見ながら呟き、不意に、
「っ!!」
コミュニティーに立ち込める香やお茶に使われたハーブの匂いが冬鬼花の臭いと同じと気付き戦慄を覚えた。
ニシパコーポレーション本社に乗り込む段取りを概ね組めたが、その前に演習を兼ねて軽く現状確認が必要だった。
私とワージャは、ミラードとニーベルング狩りの少年を含むユキヒコ達を、ニシパが買い上げている工業区の外れのジャンク置き場の一角に呼び付けていた。
「『アレら』が目標だ。ただし、戦闘になれば停止している物も動きだす。生物ではないが、水晶コアに擬似的なマカを宿している。探知しておけ」
「了解っ」
我々はジャンクの陰に隠れ、ジャンク山に囲まれるようにしてできた広場を徘徊している機械の塊のような疑似生命体『ジャンクアーマー』達を伺っていた。
「ニシパが廃棄した旧型が勝手に起動している程度のモノだけどさ、参考にはなるぞ?」
ワージャはレイスパイダーを拡げてワクワクしているようだった。彼女は昔から変わらない。
「ニーベルングのコミュニティーの聞き込みっ、要領を得なくてイライラしてたからっ、ちょうどいいよっ! フツネさんっ」
ミラードも変わらないが、この子の場合は少し考え物だ。
「ナツミ、緊張するね」
「・・そだね」
なにやらピリついた気配を出しているユキヒコとナツミ。またか。全く、煮え切らないなっ。腹が立・・ってはいないが、気に障る。『職場』ではもっと淡々としていろっ。
「フツネさん、そろそろ」
後方支援組のエミソンに急かされた。ぬっ?
「相手は戦闘になれば音声探知と言語理解までする個体も混ざっている。後方支援組は粛々と狙撃を」
「了解っ」
「では・・殲滅するっ!」
まず私のハボリムの火炎弾とワージャのレイスパイダーの熱線で数を減らすっ!
続けてエミソン、ナツミ、ナッシドの後方支援組の狙撃支援を受けながら近接組がミラード以外は銃撃しながら突貫しだしたっ。
「繁るよっ!」
ミラードがククノチで地を打ち、植物の根を繁らせ、停止状態から動きだした物も含めジャンクアーマー達の動きを封じた。
そのまま一気に畳み掛けるっ。ユキヒコは大胆な割に詰めが甘い。油断ならない。
ユキヒコは・・無事だな。
ユキヒコは・・無事だな。
ユキヒコは・・無事たな。と、
「見過ぎだぞっ?!」
突然、ワージャがレイスパイダーを脚として使って跳び跳ねて目の前に飛び込んできて驚かされた。
「うっ、戦況確認だっ!!」
「『戦況』の範囲狭過ぎだぞっ。ま、いいけどさっ!」
ワージャは大人しく戦闘に戻っていった。全く、時々予想を越えた接し方をしてくるから心臓に悪い。
・・ジャンクアーマー達は火器や、工具の用な武器で対抗してきたが、問題無く掃討できた。ユキヒコも特に怪我無し。よしっ。
「全員問題無いな? 予定では午後6時にニシパの本社で会長に会う。不測の事態も大いにあり得る。気を引き締めてゆけっ」
「サイファっ!」
「またそれか、どういう意味だ??」
教練所の掛け声にニーベルング狩りの少年は困惑していたが、我々はジャンク置き場からも見えるニシパ本社ビルを見据え、対面に備えた。