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スパークリングワインとスピンアタック

俺達2級同期6人とニーベルング狩りの男、それから1級兵のワージャ・パーカーさんは、ガスで煙る、ニョ区『9番』ホールの『産廃処理区画』の外壁を降りていた。

夜ということもあるが居住区画でもなんでもないこの区画は、疑似日光灯を消して夜間作業に必用な電灯を灯しただけの大雑把な照明管理のみだ。

特に重要施設でもないので警備が厳しいということはないが・・とにかく環境が悪いっ!


「連日タンクで揺られてからのフルガスマスク装備でロープワークか・・」


「なんか、壁がヌメってるしね」


俺もナツミもげんなりして、ロープで壁を降りていた。上にサポートで入ってる3級兵がいて、ロープ等は回収してくれる。


「潜入って、ホールに入るところからって思わなかったよぉ」


普段露出多めの自前のアレンジ隊服は役に立たず、ここでは肌を保護する為にサイズの合わない産廃処理区画の作業着を着るハメになって動き難そうなノッカ。


「2級以上の公社兵がホールに入ったのに所在不明になったら怪しまれるぞ? このホールもニーベルング狩りは出禁だし」


ワージャさんはレイスパイダーと一体型の防護服を着て、ロープは使わず、レイスパイダーのアームから鉤爪を出して壁面をガシガシ歩いていた。


「大義を心得てないのだっ」


マスク越しでもわかる不満顔のニーベルング狩りの男。


「ニーベルング狩り出禁つってんのに目立つ服着てきやがって・・」


赤と黒の派手な軍服を来たニーベルング狩りの男に呆れるナッシド。


「ポリシーか、単に着替えを持ってなかったのでしょう」


最近、受け答えの厳しさが増してきたエミソン。ゴーグルの下に掛けてる眼鏡のデザインもなんか角張ってきてる。


「そのナントカとかいう会社にとっととカチ込んだ方が話が早い気もするがな」


身も蓋も無いことを言い出すルンボー。

ワージャさん以外はそれぞれ不毛な思いを抱えながら、毎年作業員の1パーセント前後が中毒症で死ぬというクソみたいな仕様の9番ホール産廃処理区画の外壁を降りていった。



買収済みの作業員の手引きで、産廃処理区画と隣接した貧民区画に入った俺達は、公社がキープしているアジトの1つで消毒と風呂と簡易検査と食事と着替えを済ませ、年季の入ったトラックの荷台に乗り込んだ。

風呂に入ったばかりだが、全員メイク道具で軽く汚しを入れている。服装は『貧民区の労働者風』だ。

ワージャさんはレイスパイダーのアームを2本、本体から切り離して大きめの薄汚れたコートの中に仕込んでいた。

ニーベルング狩りの男もさすがに他のメンバーと同じような格好をしていたが、よせばいいのに赤と黒のスカーフの左腕に結び付けていた。しょうがないヤツ。


「ウチら売られてゆくんだね・・」


「言うと思いました」


「あ、見えてきた!」


俺は思わず荷台から身を乗り出した。貧民区画の先には工業区、平民区、そして富裕区を兼ねた商業区があって、その煌びやかな街の中心に一際大きなビルが建っていた。


「アレが『ニシパ・コーポレーション』の本社ビルだぞ? 実質、9番ホールを仕切ってるのはヤツらだからな。公社も手出しし難い」


棒状糧食を噛りながら話すワージャさん。


「俗物だ。いや、元凶か。ニーベルングなど、放っておけばただの流浪民だったのだっ」


「ジガ、このホールでは80年程前まではニーベルングは奴隷だったんだぞ? だから、ヤツらは『取り引き』した。流浪さえ許されないホールがある。今でも、世界中に」


ワージャは糧食片手にニーベルング狩りの男、ジガに諭すように言うと、ジガは目を逸らした。


「不幸は凶行の言い訳にならない。『手段』と『動機』を与える者を見逃してはおけないっ」


「ま、それはそう。・・このトラック、足が遅いのと尾行の確認をするから次のアジトまで時間掛かる。皆、寝ておくんだぞ?」


言うなり、ワージャさんはゴロリと横になった。寝心地は酷いが、皆、それに従った。ナツミが手を握ってきたので、振り返ると、ナツミは思ったより疲れた顔をしていた。


「おやすみ、ナツミ」


「うん」


俺もナツミの手を握り返した。

教練所で女子の中で総合成績トップだったけど、今どんどん強くなってるエミソンや、ずっと変わらず一定でいるノッカとは違う。戦う度にたぶんナツミは消耗してる。

ラバタの話を思い出してなんだか胸がザワついた・・ナツミがここにいるのは、これで合ってるんだろうか?



数時間後、俺達は本職の調査部が仕込んでおいてくれたナイトクラブに潜入していた。

合成ではない天然葡萄原料のスパークリングワインが気泡がグラスで弾ける。

おふざけでグラスタワーを作ったりもされる。

貧民区の住人の多くは天然葡萄を口にすることは一生無いだろう。まぁ、それでも廃棄物処理区に追いやられ1年後生きてるか怪しい者達よりかはマシかもしれないが・・

俺とナッシドとジガはボーイ。ルンボーと先に入っていたフツネさんは黒服の警護係。

他の女子メンバーは接客キャストだった。ミラードさんは別件に行っていて、いない。

ナツミはミニドレス姿。エミソンは眼鏡のままスカートタイプのタイトスーツ姿。ノッカは下着みたいなミニワンピース姿。

ワージャさんは上半身は凄い露出のロングドレスで、レイスパイダーの2本のアームはスカートの中に仕込んでいた。

フツネさんもハボリムを腰の後ろに携帯している(ナイフが邪魔でジャケットの中にはしまえないらしい)。

他のメンバーも軽量拳銃や短剣型の水晶含有武器を携帯している。

俺もボーイの格好は他に仕込めないので左右のスラックスの裾に辺り拳銃と那須丸を仕込んだ。


「聴こえるか?」


フツネさんから通信が入った。全員通信機は付けている。ボーイ組と黒服組はそのままクラブのインカムに似せた物を付けていた。

キャスト組はイヤリングやピアス、チョーカーやネックレスに通信機を仕込んでいたが、他の班と比べると自由は利かない。


「直にニシパの幹部が店に入る。ニーベルング側は既に裏口から個室に通されている。後は手筈通りだが、被害はなるべく避けろ」


それで通信は切れた。

上位の公社兵をこれだけ投入して、今さら聞き込みをするワケじゃなかった。

ニシパ・コーポレーションが過激派のニーベルングを後援しているのはほぼ確実。だが、ニョ区で最も財力のある9番ホールには公社でも手出しし辛い。

まず『切っ掛け』を作る必用があった。

・・来た! 警護や取り巻きに囲まれてニシパ・コーポレーションの幹部がクラブに現れた。


「正面だ。あとはニーベルング狩りのアホども次第だ」


「なんだとっ」


通信でルンボーが余計なことを言うのでジガが役割を忘れて噛み付いたが、とにかく状況は進行っ。メンバー全員に緊張が走った。

幹部はVIPルームに取り巻きと共に入った。

VIPルーム回りの接客、警護はニシパに顔の知れた者達で行われるが、メンバーは全員それとなくVIPルーム近くに移動する。

ここで店内に、服装はそれなりだがジガ同様に腕に赤と黒のスカーフを結び、楽器のケースを持った異様に目付きの鋭い鍛えた身体の一団が、強引に店内に入ってきた!

話の通っていない不運な黒服が止めに入るが容赦無く叩きのめされてゆくっ。騒然となる店内。同時にVIPルームの脱出ルートは裏口から入ったニーベルング狩りの者達によって塞がれたはずだ。

黒服役のフツネさんとルンボーは巻き込まれないギリギリの位置を取る。

入店で引っ掛からなきゃ後はどうでもいい、ぐらいの雑さのニーベルング狩り達の1人が楽器ケースから水晶含有鞭を取り出し、1撃壁越しにVIPルームに打ち据えて壁を抉った。


黄白(おうびゃく)を貪るニシパの豚どもっ! ニーベルングとの結託は明白っ。法無き愚劣なホールに代わって我らが誅するっ!! 貴様達の愚行は200年前のヴォルテ条約の不履行に始まり、主権を履き違え」


壁を抉るところまではグイグイ行ったが、口上を始めたニーベルング狩り。

正直、そこまで細かい段取りをニーベルング狩り側と相談できてないので『演説』にギョッとさせられたが、思ったよりあっさりVIPルーム前まで来れてしまったから『間』が持たなくなったんだろう。なんか歴史語りだしてるし・・

と、壁を突き破って口鬼(トロル)が2体が姿を表し、続けて小型の白魔達がVIPルームから溢れ出したっ! 逃げ惑いだす客達っ。店員も黒服以外は逃げ出した。


「神民の解放は何人にも止めさせはしないっ!!」


派手な装飾の青と白のローブを着たニーベルングとその配下も崩れた壁から姿を表した。

一気に白魔達がニーベルング狩りに襲い掛かり出した。

これに、俺達も合わせるっ! まずフツネさんとワージャさんがハボリムと2本のレイスパイダーを放って、トロル2体な頭部を吹き飛ばしたっ。

それでも乱戦は止まらず俺達も参戦したが、フツネさんは声を張った。仕事に関しては結構、声を張る人だっ。


「ニョ区公社だっ!! テロ計画の通報により参じたが、白魔は滅するっ! これを弄する者も看過はしないっ!! 火急ゆえ、ニーベルング狩りは優先外とするっ」


冷静に聞くと言ってる内容はめちゃくちゃだが、ホール間に条約はあっても法は別。

つまり勢いが肝心っ。瑕疵(かし)があるならなおさらっ!


「デタラメを言うな公社っ、捕らえるならテロリストどもだろうっ?!」


裏口からも軍服を着たニーベルング狩りが突入してきたので、慌てて引き返して来たらしいニシパの幹部がニーベルング達に隠れるようにして吠える。


「どの口が言ってるんだぞっ?!」


切り離したレイスパイダーの結合部に持ち手を出して持っているワージャさんが、ニーベルングのリーダー格が腕にした地下要塞でも見た白魔召喚用と見られるアクセサリーとニシパ幹部達の足元を正確に熱線で焼き払った。

ニーベルング達は怯んだ程度だったが、ニシパ幹部は飛び上がっていた。


「ユキヒコっ!」


「おうっ」


俺とナツミはニーベルング達を抑えに掛かった。他のメンバーはそれぞれ白魔達に引っ掛かってる。フツネさんとワージャさんも白魔を殺到させられていた。

ニーベルングのリーダー格に付いてる配下は2人、2人ともローブの裾から水晶含有金属片を溢れだしてそれを大鎌と火炎放射機のような武器に変えた!

水晶武器の扱いに関してはニーベルングの方が上だ。おそらく扱う能力自体が俺達より勝ってる。

この点だけ見ても選民思想をくすぐられてしまうのも致し方ないと思えてくる。


「ミニドレス、似合ってるっ!」


「フツネさんの黒服見惚れてなかったぁっ?」


「それはそれっ」


インカムの個人回線で軽口を叩きながら間合いを詰めるっ。ニシパ幹部は取り巻きと共に慌てて離れた。

ナツミは大鎌、俺は火炎放射機、いやニーベルングなら吹雪放射機か? を担当するっ。


「公社の犬っ!」


「ワォーンっ!!」


ニーベルングが吹雪放射機で冷気を吹き付けてきたが、俺は犬の遠吠えで返しながら、那須丸で作った『霧の大鉈(おおなた)』で冷気ごと吹雪放射機を断ち割って相手を怯ませた。


「キェエエッ!!」


大鎌使いは奇声を上げながら(マカ)で発光させた冷気を纏った刃でナツミを斬り付けたが、ナツミは跳び上がってヒールで相手の顎を蹴り付けて脳震盪を起こさせ、着地する前に拳銃で両肩を撃って無力化させた。

俺も接近して相手の腕を払ってこめかみに那須丸の柄頭を打ち込んで昏倒させた。

残るはリーダー格のみ。


「下手な芝居を打ったなっ!! 許さんっっ!!!」


リーダー格も袖の下から出した水晶武器の金属片を・・ええっ?!


「デカっ?!」


「質量どーなってんの??」


リーダー格は石の柱のような冷気を纏った『棍棒』を出現させた。重さは発生したのか? リーダー格の両足が軽く床にめり込むっ。


「神民のっ! 神民によるっ! 神民世界の実現っ!! ニシパもその踏み台に過ぎないっ。ニーベルングに進化できない猿どもはぁああーーーっ!!! デェリィイイイーーーーッッットォオオッッ!!!!!」


犬の次は猿かよっ、リーダー格はクソデカ棍棒を叩き付けてきたっ。大振り、だがっ。


ドォオオオーーーンッッ!!!!


叩き付け床を叩き割ったクソデカ棍棒は周囲に猛吹雪を放ったっ。厄介な特性っ!

俺は那須丸の霧で防げたが、


「きゃああぁーーっ?!」


ナツミは吹っ飛ばされたっ。


「ナツミっ! イテっ?!」


気を取られ隙に、モヒカン毛を持つぬいぐるみの芋虫のような白魔、『ホウガンムシ』の回転体当たりで那須丸を弾かれてしまったっ。

代わりに右足のスラックスの裾から拳銃を取ろうとしたら、振動と共に右足周辺を霜で固められてしまったっ。

リーダー格がクソデカ棍棒を床に打ち付けて冷気を床伝いに俺の右足まで通していた。ニッと嗤うリーダー格。


「ヤバっ」


「猿が猿の心配をして動揺するとは何事かぁーーーっっ??!!!」


リーダー格は吹雪を纏うクソデカ棍棒を右足を固定された俺に振り下ろしてきた。辺りがスローモーションに見えた。

ああ、マズったな。こんな『大事の前の小事』くらいの任務で、あんな白魔の中でも最弱の部類の虫に致命打入れられるとはさ。

だが、この場の流れはもうできてる。任務自体は達成だろう。それに俺が消えたらナツミが公社に残る理由も無くなる。

・・いや、どうなんだろう? 俺はそんな大層な人間なのか? ただの幼馴染みだろう? ナツミはナツミの意思で公社に残るんじゃないか? いやいやっ! それもなんか俺が死んだから辞められなくなった、みたいじゃないかっ?

なんだコレ? ・・めんどくさいな。いっそ全然他人で、教練所で知り合っただけだったらどうだろう? ただの同僚の死、か。いや、ただ、ってことは無い。ボグだって衝撃だった。それでも、余計な私情は入ってこないはず。

まぁ接点薄そうだしな。ホテルで未遂とか無いだろ? まず誕生日にティアラとか渡さない。・・誕生日にティアラ?! いやいやいやっ! 初プレゼントだぜ? いくら幼馴染みでもっ、付き合ってなかったしっ。俺、怖っ。

あー、色々恥ずかしくなってきた。母さん、『ゆっくり』は結局見付けられなかったよ。ただあの女のニーベルングと、急にあれこれアドバイスしてきたラバタはなんだったんだろうな?

いや、もう、棍棒近くなってるし、今それ思い出さなくてもいいか。俺は俺であれこれやった。あとはもう、ボグと2人で反省会でもしよう。

ま、フツネさんならこの段でも闘争を


ガァアアアンンンッッッ!!!!


吹雪の棍棒は燃え盛るハボリムのナイフに受け止められたっ!

炎は周囲のほとばしり、右足の霜を解かし、俺の髪を少し焦がし、近くにいたホウガンムシに「ぎゃっぴーっ?!」と悲鳴を上げさせて焼き滅ぼしたっ。

フツネさんだっ!!


「貴様っ、よくも私の・・」


「・・・」


「・・・」


ん? なんだこの間??


「??」


ニーベルングのリーダー格も、台詞の途中で固まったフツネさんに困惑しだした。


「・・・・辺境研修時担当した今期の2級卒業生をっ、殺害しようとしたことに関しては度し難いっっっ!!!! と言っているだろうがぁああーーっ!!!!!」


いや、今急に言ったと思いますけどフツネさんっ?!

とにかくハボリムを介して炎のマカを猛烈に高めたフツネさんは、発砲一撃で吹雪の棍棒を打ち砕き、続けて燃える左の拳でボディストレートをリーダー格のどてっ腹に撃ち込んで吹き飛ばし、ローブの下に着込んでいた防護ベストに風穴を開けて昏倒させた。


「・・フツネさん、ありがとうございました。しょっちゅう助けられますね」


フツネさんはやや顔を赤らめて少し振り返り、


「辺境研修時担当した今期の2級卒業生っ! もっと鍛えろっ。人間相手でも、闘争は闘争だっ!!」


なんか名前、呼んでもらえなくなったな、と思いつつ。


「うッス」


で、吹っ飛ばされ凍傷を負ったナツミはジガがリカバーして助け起こしていた。おうっ?

ちょっとガチャ付いたが、ニーベルングを倒したことで、白魔達は常温の環境で勢いを失い、すぐ戦闘に復帰したフツネさんと、ワージャさんとニーベルング狩り達によってあっという間に駆逐されていった。

ニシパ幹部達は他の2級同期達が手早く取っ捕まえていた。うむ。

あとは公社とニシパとの交渉次第、か。

時間があればそもそもこんな荒っぽい手段は取らなかったんだろうが、状況の整理に失敗すればどうなるかわかったもんじゃない。

特にニョ区の再凍結計画の全容だけは掴まなければならなかった。

つか、ジガっ。とっととナツミから離れんかいっ!! 医療班とチェンジだぁっ!

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