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ホットチョコレートと地下要塞

シミウオ騒動の後、凍傷まみれの俺は医療棟で軟膏と包帯まみれにもされた上に、公社の調査部に2時間あまりネチネチとニーベルングの女との会話の内容を繰り返し聞かれ続けた。

最悪だっ。ニョ区から離れるように促されたことは黙っといたけど・・


「失礼します」


生半可動けたので呼び付けられていた聴取室から出ると、


「ユキヒコっ!」


「遅いわぁ」


廊下でナツミとノッカが待っていてくれた。

ノッカは私服に無理やり隊服のベルトを巻いて、拳銃とハチェットだけ携帯したカジュアルな銀行強盗みたいな格好をしている。


「ナツミ、ノッカ。待っててくれたんだ。他の皆は?」


「エミソンはホール内の事後処理。ルンボーはホール外の追跡隊に入った。よくやるよぉ」


「ナッシドはもう帰ったね。とっくに日付変わってるし、体調悪いみたいだったから。モチヨさんが本館まで迎えに来てた」


「あれは寮には帰らないだろうねぇ」


「そこはいいでしょっ」


「ふふっ。あ、ジムコは?」


こういう場合、第3食堂はずっと開いてるし弁当も作る。召集入ってるんじゃないかな?


「食堂。結構イライラしてるから要注意だよぉ?」


イライラしてんだ・・


「ユキヒコ大丈夫なの? なんかグルグル巻きにされてるけど」


ちょっと笑ってしまってるナツミ。オイっ。


「ああ、大丈夫。これくら」


ここで俺達3人はいきなり後ろから抱え込まれたっ! 唐突に煙草とコロンのニオイがするっ。(マカ)で隠してた??


「っ?!」


「よぉっ! 勤労少年少女達っ」


いきなりゼロ距離だが、この眼帯の男っ。


「ラバタっ?!」


俺とナツミは声を揃えた。


「いや、誰だよぉ??」


ノッカは初対面か。


「ちょいと、ホール出禁のテロリストのオジサンと話さねーか? ホットチョコレート奢ってやんぞ? ハッハッ」


子供の頃のホールの崩壊の時の印象が強過ぎて、知り合いみたいな感覚になってたけど、よくよく考えてみたら俺もナツミも、ラバタとまともに口を利くのは初めてだった。



第3食堂はもうすぐホールが夜明けの照明に切り替えるこんな時間でも、混み合っていた。

厨房ではやはり弁当を大量に作っているようだった。


「お待たせしましたぁっ。ホットチョコレート4つ! 塩クッキーもどうぞぉ」


「お、クッキー付くか」


「ありがと、ジムコ」


「頑張ってね」


「ちょっと疲れてるくらいがセクシーだよぉ? ヒヒッ」


「はーい。じゃあねっ」


私服にエプロンをして、申し訳程度にうさみみバンドを付けたジムコは足早に去っていった。


「甘いなっ! オッサンには酒より毒だぜ」


軍服は着たままだがすっかりくつろいで、ホットチョコレートを飲み、添えられた塩クッキーを齧るラバタ。


「クッキーしょっぺぇな。・・で、なんの話する? ニーベルングか? お前らのホールの話か? 転職や恋愛相談にも乗るぜ? ハッハッ」


俺達は顔を見合せた。


「まず、仕事で。ラバタさん、ニーベルング達はなんのつもりなんですか? 再凍結がどうとか言ってましたけど?」


ナツミにも、離れるように言われたことを伏せていたがそれ以外は医療棟に入る前に既に話していた。ノッカにも伝わっているはずだ。


「言葉通りだろ? 再凍結はニーベルング達の『神民信仰(しんみんしんこう)』の用語だ」


「神民信仰ぉ? あっ、美味っ!」


ここのホットチョコレートを初めて飲んだらしいノッカ。実は俺も初めて。甘っ。


「宗派によってバラつきはあるが・・世界は一度凍結されかけ、もう一度、今度は完全に星ごと凍結される。その時、氷の力を持つニーベルングが力を持たない『旧人類』を救済する。・・ってヤツだ。願望だな」


と、ここで、ガシャーンっ!! 厨房の方から皿が大量に割れる音がした。


「もぉーっ! 知らないからっ」


洗い場に溜まってしまった皿の山が崩れたらしい。ジムコが半ベソかいてキレていた。


「あーあ、ウチちょっと行ってくるわぁ。アチチっ」


席を立つ前にホットチョコレートを飲み干そうとして熱過ぎて諦めるノッカ。


「いや、俺達も」


「そだよ」


「いいって! 自分のホールの話とかするんだろぉ?」


「あ、うん・・」


「ノッカ、ごめんね」


「さっきの再凍結がどうとか、話が難しかったから後でわかり易く説明してねぇ~」


ノッカは塩クッキーを咥えて、厨房で泣いて怒ってるジムコのレスキューに向かった。


「いい子だな」


「そッスね」


「・・・」


変な間が空いた。


「ニーベルングの方はこっちも情報は少ない。こんなもんだ。ヒムロ区7番ホールの話をするか? その前に、これやる」


ラバタは木の実を2つ、俺とナツミの前に転がした。


「懐かしいだろ?」


「クルルの実だっ!」


俺達は声を揃えてしまう。クルルの実は俺達が出身したヒムロ区では冬によく食べていたが、ニョ区ではそういった食習慣が無く、高価な珍味食材の類いだった。


「いいんッスか?」


「安く買えるホールで買った物だ。気にすんな」


俺達は懐かしくて、齧り付いた。


「っ! これこれっ」


「甘酸っぱ苦青臭ーいっ!」


喜ぶ俺達に片目を細めるラバタ。


「ヒムロ区と言えば、最近はな」


ラバタは話題を変え、近年のヒムロ区や、7番ホール跡の様子を話してくれた。

俺達は興味深く聞いていたが、


ギュルルルルルっっ!!!!!


突然、ナツミの腹が鳴った。冷や汗かいてる。


「ナツミ?」


「ユキヒコっ、ちょっと、久し振りにクルルの実食べたら当たっちゃったみたいっ。御手洗い、行ってくる・・ラバタさん、失礼しますっ」


ナツミは必死の形相で席を立っていった。


「大丈夫かよ・・」


「あの子もいい子そうだな、ナツミちゃん。付き合ってるのか?」


「あ、はい。一応」


もう昨夜か、惜しかったっ!


「・・ユキヒコ、お前にいくつか忠告してやる」


ラバタは冷めたホットチョコレートを飲み干した。


「なんッスか?」


「まず、お前はお前が思ってる程、『普通』じゃないよ?」


「え?」


俺、わりと『その他』っぽいと思ってるんだけどな??


「普通のヤツは、運良く生き残ったら命を惜しんで、傷付いていても平穏な暮らしを選ぶもんだ。人に与えられた命なら、なおさらな」


「・・はい」


『その憎しみを、恐れている』フツネさんの言葉を思い出した。


「ナツミちゃんは違うぜ? あの子はお前を助けに来ただけで、それから、自分の境遇を打破しようともしたんだろう。お前に無い思考だ」


「そッスね」


なんか、俺に厳しくない? ラバタっ。


「いいか? ユキヒコ。女についてだ。『夢の女』『手に触れられる女』という『区分』があるっ!」


「女?? 区分??」


また急に変わったっ。酔っ払ってないよな??


「想像してみろ」


「・・・」


取り敢えず、ナツミとフツネさんを思い浮かべていた。


「お前は今、ナツミちゃんを手に触れられる女。もう一人のどっかのべっぴんさんを夢の女。と過程したんだろうが、それは逆だ。ナツミちゃんの方が夢の女だ!」


「ナツミが夢の女??」


「お前とナツミちゃんは根本的に道がズレている。だが、お前から見て、眩しいんだろう? 夢の女、ってのはそんな物だ」


「え~・・」


どうしろと?


「夢の女を掴むにはお前はお前の運命を降りて、その女へ続く道を選ぶしかない。例え叶わなくてもだ。何しろ、『夢』だからな」


観念的だなぁ。というか、退職勧められてる??


「ラバタさんは夢の女を選んだんですか?」


ラバタは片目で面白そうに俺を見た。


「まぁなっ。勿論、滅びる覚悟だ。上等だぜ。俺は夢の女に賭けるぜっ!」


「・・そッスか」


いい歳して、なんかこっち恥ずかしくなってきた。


「あ、じゃあ、手に触れられる女はどーなんッスか?」


流れ的にはフツネさんだが、定義にハマってない気がする。


「そこも勘違いするな。ヤマアラシって知ってるか? あのトゲトゲの」


「ああ、絶滅した動物ですね。白魔にはそれ系のヤツ、結構多いですけど」


「ヤマアラシ同士は上手くいかねーもんだ。互いに刺しちまうからな。同じ運命に乗っかってる女は、手強いぞ?」


なんか、これはこれで気恥ずかしい感あるな。でも俺はそんなフツネさんと対等じゃないし、そもそもそういう対象じゃない。


「・・いや、それじゃ誰とも付き合えなくないですかっ?」


俺もなんとなく冷めたホットチョコレートを飲み干したが、底の方が思いの外濃くて苦いっ。


「つまり、合コンで名前覚えられないくらいの()にしとけ、ってことだ。安心しろ、向こうも覚えてないからな?」


煙草を吸いだすラバタ。


「いやっ、どんな結論ですかっ?! 台無しッスよっ!」


ラバタは笑って煙草を吸ってる。あ、これは暇な大人に絡まれてるパターンだなっ。

俺はナツミが戻ってき次第、ジムコの手伝いに入ることを決心した。


「ユキヒコ」


「なんッスか?」


「これをやる。抜いてみろ」


鞘に入った、一振りの短刀を俺の前に置くラバタ。


「え? なんで??」


俺は困惑しながらも短刀を抜いた。


「っ!」


水晶高含有の武器だった。水? 大気? そんなマカを感じる。


「そいつにゃ『霧』の力がある。『那須丸(なすまる)』って刀だ。お前の特性と合ってるだろう」


「俺の特性、霧なんッスか?」


2級だから固有の属性武器は持ってなかった。


「自分の身を守るだけじゃ二流だかんな? ユキヒコ」


ラバタは灰皿で煙草を消し、伝票を取って立ち上がった。


「それからナツミちゃんには『2級にしちゃ隙が多い』って伝えとけ」


会計カウンターへ去りだすラバタ。


「え・・あっ!」


クルルの実っ。


「ちょっ? 何やってんッスか! ラバタさぁんっ?!」


ラバタは笑って軽く振り返るだけだった。


「ったく! なんなんだあの人っ」


俺は那須丸を改めて構え、軽くマカを込めてみた。


シュウウウゥ・・・ッッ!!!


思ったより大量にマカが出て慌てて解除した。ヤッベっ。


「なんで俺に? というかなんで俺の特性知ってたんだ??」


わけがわからなかった。



そのまま年末、なし崩しで滞在しているニーベルング狩り達が勝手にホール内を嗅ぎ回ることに苛立つ公社の調査部が『なぜ、このホールが襲われたか?』と、あちこち調べ回った結果、件の封鎖エリア下の4番ホール地下に『旧時代の要塞』らしき物を発見した。

ニーベルング狩り達は独断無許可で先行して調査を始め、教会は禁忌だと騒ぎ、白魔教徒達はデモを始める等、状況は混乱。

公社は正式に調査を始めたが、まずは1級兵が投入された。

そうして年が明け、俺の凍傷もすっかり治り、那須丸の使い方も覚えた頃、ようやく俺達2級兵も地下要塞調査が命じられた。

俺達はホールの地面のさらに下にある、既に仮説篝所の組まれている要塞入り口前の広場に集められていた。

小型の多目的キャタピラ車(タンク)も16台停められている。途中までは使えるらしい。

ニーベルング狩りの一団も来ていて、ラバタの姿もあった。


「今日のアタックに関してはワタシ、ウキツグ・ジンドウが総指揮を担当します。注意点はいくつかあるけど、取り敢えず、コレですね」


ウキツグさんは配下を促して、人間並みに大きな素焼きの人形みたいな物の残骸を投げ出させた。


「機械ではないようです。水晶を含有した自立型の兵器でした。公社はコレを『守護型自立水晶器物兵器群』と呼んでいますが、長ったらしいので我々は『素焼き』と呼ぶことにします」


超略すじゃん?


「壊れた物や、起動しない物もいますが、要塞内に多数配置されています。どうも我々は『敵』見なされますね。白魔ではないので高温、日光、水晶物質その物には特段効果は見られません。コアの破壊を主眼として立ち回って下さい」


既に聞かされはしたが、実物を見ると、まだ要塞未突入組は緊張した。俺達もだ。


「・・では、隊ごとの振り分けとニーベルング狩りとの連携は」


ウキツグは細かい指示に入った。俺達に関して要約すると、俺とナツミはウキツグ隊。ナッシドとノッカはミラード隊。ルンボーとエミソンはフツネ隊に振り分けられた。技師や学者も同行する。

・・いよいよそれぞれの隊のタンクに乗り込む前に、同期で集まってパック入りのゼリー状栄養食をストローで飲んでいた。


「2級としてはコレが最後の任務かもな」


「ガスマスクする任務苦手だよ」


「人形を斬っても、つまらんな」


「変質者の意見ですね?」


「ラバタさんに『 クルルの実の件』の抗議するタイミングないかなっ? 絶許っ、なんだけどっ!」


「というか、この要塞なんだよ?」


「それを調べにゆくのですが」


ウキツグさんがヌッと現れた。


「どうも、いい流れではありませんねぇ。ニーベルング達に便利使いされなければよいのですが・・」


痩せたウキツグは呟き、電気系が復旧されて意外と明りのある要塞内を見詰めていた。

明かりを受けたウキツグさんはギョロっとした目も相まって劇画タッチだった。


「ま、いいでしょう。ユキヒコ・グランピクシー。マスクの破損には気を付けることです」


めっちゃ、顔を近付けて話してくるウキツグさん。


「了解ですっっ」


俺は仰け反って応えたが、普通のこと言われただけだった。顔と挙動が怖いッス、ウキツグさん・・・

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