別れとポークビーンズ
纏わり付くような雪の降る森の中を、スノーシューで走ってた。
木々は夏以外は雪が降り続ける世界に適応して1本1本が巨人みたいに大きい。
俺は、子供でも使える軽量ライフルを担いで必死で母さんの後に付いてゆく。
俺が遅れたり転んだりすると、母さんが俺を助けようとする。俺は必死で走るしかない。
先に多目的キャタピラ車で公道に向かった人達や、鳴き鹿で同じルートを先行した人達のグループがどうなったかはわからない。
鳴き鹿の足跡や、たまに死んだ鳴き鹿やその乗り手の死骸は見掛けたりはした。白魔に集られてた。
「ギィギィギィッ!!!」
「ジジジジッッ」
「フェー、フェー、フェー・・」
今、追ってきているのは枝から枝に飛び渡る胴の長い獣型の白魔『ノビカリ』、ムカデみたいで毒のある白魔『ゾロムシ』、火を吹くキノコの白魔『ヒョットコダケ』の3種だった。
白魔は普通、同種以外と協力して狩りをしない。ノビカリ、ゾロムシ、ヒョットコダケは近付き過ぎるとすぐ共喰いを始めていた。
それでも一緒に追ってくる。このエリアで白魔の大繁殖が起きて、餌が足りないんだ。
俺達の地下街も護りの障壁を数に任せて破られて襲われた。
今朝、偵察隊の生き残りが帰って報せてくれなかったら、たぶんほとんど全滅していたと思う。
それでもあまり助からなかったけど。
「ガキどもと若いヤツらを優先するっ!! それ以外は歯ぁ食い縛れっ!!! 10分は持たすぞっ?!!」
たまたま近くにいてホールに救援に来てくれた『1級公社兵』のラバタが後ろの方で吠えた。
左目をヒョットコダケの火で焼かれたらしく、そっちは潰れてた。痛そう。
年を取った大人達は一瞬、黙ったけど、すぐに、
「オオオォォーーーッッッ!!!!」
雄叫びを上げて、前に走るのを止めて、『後ろ』に武器を持って走りだした。
母さんも立ち止まってしまった。
「母さん? ダメだよ」
「・・ユキヒコ。先へゆきなさい」
「嫌だっ!」
母さんは俺を抱きしめた。血の臭いがした。俺は確認しようと身を離した。脇腹の辺りに血が滲んでいた。
「母さんっ」
「ゆっくり眠れる場所を見付けたら、そこを大事にしてね」
「母さんっ!」
母さんも、中量ライフルを手に、もう乱戦になってる後ろに発砲しながら走っていった。
俺が追おうとすると、強く肩を捕まれた。
幼馴染みのナツミだった。左の頬に傷ができてる。
「ナツミっ、離せよっ!!」
ゴッ!!!
俺もヘルメットしてるけど、ナツミもヘルメットしてる。ヘルメット越しに思い切り頭突きをされた。
倒れるかと思った。
「ミフユさんの命、無駄にしたいなら行けば? あたしは生きるよっ!」
ミフユ、母さんの名前。
ナツミの目には涙の後が凍ってた。ナツミの家で助かったのはナツミだけだ。
ナツミは前へ走り出してしまった。
母さんは、白魔達の乱戦の中、見えなくなっていた。
ラバタがスノーシューも履かずに、風の力があるらしい水晶粉練りの剣を振り回して白魔達を次々殺してゆくのが目立ってた。
歳を取った大人達は次々犠牲になってる。それでも白魔達を抑え切れなくて、いくらかこちらの追跡を始めるヤツらも出てきていた。
「チクショーっ!!!」
俺はバカみたいに泣いて、『前に』走りだした。
先に行ったわりにはモタモタしていたナツミに追い付いた。
「ユキヒコっ! ママのオッパイ吸いに行ったんじゃないの?」
「うっさいぞっ?! 次言ったら女でもひっぱたくからなっ!」
「暴力はんた~いっ!!」
俺はナツミを追い抜く勢いで走りだした。泣いてられないっ。
ナツミはモタモタしてたクセに急に速く走りだして、横に並んできた。
「この先の古い篝所がまだ使えるみたいっ」
「行こうっ!」
白魔は篝所を嫌う。白魔避けの『水晶粉』を混ぜて火を焚けばさらに避けられる。
前方にも、脱落した鳴き鹿のグループの人達の死体に寄せられた白魔はいる。
俺達は時々軽量ライフルを当てずっぽうに撃ちながら、今、襲われてダメだった人達を1人も助けられずに、篝所へ駆けていった。
小一時間後、奇跡的に雪が止んで雲の間から日が差した。
白魔達は篝所の護りと、日に焼かれることや一ヵ所に集まり過ぎて共喰いになり過ぎることを嫌って立ち去り始め、俺達はどうにか助かった。
このエリアの大繁殖の鎮圧には2ヶ月掛かった。
各地からラバタ以外にも(ラバタはあの後、一度も会えてないが生き残ったらしい)1級公社兵が何人も集められたけど、手が足りなくて、傭兵公社の下位兵や近くのホールの自警団もたくさん動員して、どうにか収まった。
原因はこのエリアの主だった霜の巨人が古傷が原因で衰えて死んでしまって、その死骸を白魔達が食べた結果らしい。
俺とナツミの移住先は二転三転としたけど、結局随分遠い、『ニョ区4番ホール』になった。
俺達はそこで『少年少女勤労福祉隊』に入って、タダ働きする代わりに施設での寝泊まりや食事、最低限度の教育を保障された。
基本的には何でも屋だけど、俺は清掃や洗濯や簡単な宅配の仕事が多く、ナツミは飲食やダンスパフォーマンスや介護の仕事が多かった。
勤労福祉隊には数え年で15歳までしか居られない。
俺もナツミも、進路なんて考える間もなく(月数回の休日はクタクタで、2人とも施設の小汚いタコ部屋でずっと眠るばかりだった)年月を過ごして、いつの間にか除隊期限4ヶ月前になっていた。
今月中に進路を決めないと、運営(4番ホールの福祉課)が勝手に決めてしまう。
俺は、傭兵公社の選考試験を受けることにした。
月の最期の休日を合わせて、俺とナツミはホールの『北面外部展望台』へゆくことになった。
勤労福祉隊では男子寮と女子寮は別だが、共有スペースはあるし、敷地も同じだ。週に4~5回は顔を合わせたし、毎日顔を合わす週もあった。
施設維持の草刈りとか、補修作業とかは男女合同だ。年に数回、男女共同参加のイベントもある。
だけど、休日を合わせて2人で出掛けるのは初めてだった。
多くは水平の位置に見える疑似日光灯をぼんやり見ながら、俺達は作業ケーブルカーに乗っていた。
俺達が暮らすホールは穴だから、穴の縁近くにはケーブルカーやロープウェイがよくある。
作業ケーブルカーは事前に予約が必要で身分証も出さなきゃならないけど、勤労福祉隊の孤児達は無料で乗れた。
まぁ作業ケーブルカーだから、作りが重機みたいに無骨で油臭く床が土まみれなのが難点だ。暖房も無い。
「なんか、お姫様みたいな格好してるな」
「言い過ぎでしょ? お姫様見たことあんの?」
「無い」
ナツミはふわふわした帽子を被って、ふわふわしたコートを着ていた。
施設のロビーで待ち合わせした時、コートの下に『これからパーティーにゆくの』みたいな服を着ていた。
靴もヒールがあるヤツ。アクセサリーも付けてたし、髪も気合いの入った編み方してるし、香水も林檎とかミントみたいな匂いのするヤツを付けてる。
化粧もなんとなくしてる感じだ。
左の頬の傷はそのまま残っているけど、相当レベル高いと思う。
俺は施設の仲間から『このブルゾンとデニムはヴィンテージだ! 女子がビビるぜっ?』と勧められたヤツを借りて着てるだけだ。
あと他の仲間に、理容室の下働きの仕事で盗んできた整髪料を付けられて、オールバックにされた。
空気抵抗が減った気がする。
「寄付される服にそんなのあったっけ?」
「違う。こういうの得意な子がいるから、御飯の時に好物あげたり、嫌な作業代わってあげたり、その子のことイジメる子を裏でシメてあげたりしてやってもらった」
「・・お前、女子寮のボスなのか?」
「ナンバー7くらいね。これくらいがちょうどいいんだよ。他の子の面倒までは見なくていいから」
「ナツミ。お前、クールだな」
「ありがとうユキヒコ。あんたもその親指みたいな髪型、クールだよ」
「まあなっ!」
俺達はそれから、嫌いな施設職員とももうすぐお別れだとかなんとか話し、北面外部展望台に着いた。
外部展望台は、長い冬季、豪雪と白魔の勢力が高まり過ぎて殆んどホールの外に出られないホール住人の『精神衛生の改善』を主旨としてホールのあちこちに設置されてる。
施設はカフェ、レストラン、売店、博物館コーナー、白魔を祓う水晶の原石展示、外気体感室(寒いだけ)なんかもあるが、やっぱり展望台だから、ホールの外から見ると見張り台になっている高所から水晶粉練りの多重防護ガラス越しに外の景色を見れる。
無料で双眼鏡も借りれた。
「あ、ノビカリ、ゾロムシ、ヒョットコダケがいるよ? あんたの仇、勢揃いっ!!」
暖房が入ってるから、コートを脱いで、帽子も畳んでバッグにしまって、いよいよお姫様な格好のナツミは、そんなことを言う。
「別になんとも思ってない。アイツらはただの『動物』だよ」
「傭兵公社の試験、受けるんでしょ?」
「待遇いいから。それに俺、商売向いてない。性格暗いし、下働きをずっと続けるのも気が滅入るよ」
「もっと他にあるんじゃないの?」
「もう決めたから」
言い方が意固地になった。だけどもう取り消せない。
「・・あたしはナイトクラブに誘われてんだ。この美貌っ! を評価されて」
話は聞いてた。
「・・『ポロコロ』っていう豆料理屋が、確か募集してた。そっちの方がよくないか?」
「豆料理屋ぁ? なんであたしが?」
「別に。募集してたから」
「ふーん」
あとは雑談ばかりになった。念入りに歯磨きして出掛けたけど、特には何も起きなかった。
それからナツミと2人で出掛けることはもう無く。話す機会も少ないくらいだった。
約2ヶ月後、傭兵公社の選考試験当日になった。
施設を出たらもう、ナツミと会うことも無くなるかもしれないな。漠然と、そう思っていた。
試験初日は筆記なので、講堂の試験会場の自分の席に向かった。
「・・・あ、ここか」
俺の席は通路奥だったが、ちょうど右隣の通路側の席に先客がいた。しまったな、逆側の通路から入ればよかった。
「後ろ、すいません」
先客は無言で椅子を引いてくれた。たぶん同年代の女子で、口元までマフラーで覆っていて髪を下ろして顔がよくわからない。
まだ冬だが講堂はストーブが2ヶ所で焚かれていて、そんなに寒くない。寒がりなのかな?
俺は『親切だったけど、髪垂らし過ぎマフラー女子』の左隣に座った。
「?」
後ろを通った時も感じたが、薄く香水を付けてるなこの女子。林檎とかミント系。寒がりで、お洒落好き、か? なんか嗅いだことある香りだ。
まぁ変態みたいになるから、やたら嗅いで確認したりしないけど。
「・・?」
いや、待て。何かがおかしい。なんだこの違和感は??
「・・・」
「・・・」
なんだ? 冷や汗をかいてきたっ!
「・・??」
「・・遅っ」
「え?」
振り向くと、マフラーをグイっと下げて左頬の傷を見せてきたっ。
「あっ!」
髪をかき上げてヘアゴムで纏める。
「あたし」
「ナツミっ!」
声が大きくなって他の受験生の注目を集めてしまった。声を落とす。
「何やってんだよっ」
「ナイトクラブは面接で速攻スケベな下着、着せられそうになってバックレた」
「うっ・・ポロコロは?」
「ユキヒコ、あたしはね。親に食べ物にむやみ文句は言わない、と言われて育てられたけど」
ナツミは、カンニング防止の衝立から身を乗り出すようにして顔を近付けてきた。
「豆料理苦手なんだ」
・・それは、悪かったよ。
3ヶ月後、俺とナツミは他の教練生と傭兵公社の教練所屋外施設で障害物走をしていた。
結局体力勝負なので女子教練生は少ない。1割弱くらい。同じメニューだ。
教官の檄が飛ぶ。
「どしたぁっ?! ビチグソどもぉっ!! そんなへっぴり腰で白魔からこのエリアを護れんのかぁっ?! オラっ、声出せぇっ!!」
「サイファーっ!!!」
謎の伝統の掛け声。
「走れ走れ走れぇーっ!!! 声ぇーっ!!」
「サイファーっ!!!」
まぁ、体力教練はこんなんばっかだよ。
そんな調子で午前のいくつかの教練を終え、冬以外は水しか出ない(!)シャワーを済ませた俺は、食堂でナツミと落ち合った。
今日もランチメニューは『ポークビーンズ定食』だ。週3~4回は出てくる。アレルギーじゃない限り選べない。
ボリュームはあるし栄養剤も付いてて、軍隊食って感じで俺は嫌いじゃないけどさ。
「・・・」
沈黙する教練着のナツミ。
「まぁアレルギーってワケじゃないし、生きてれば色々あんじゃない?」
自分のポークビーンズを食べながらテキトーなことを言ってみる。
「黙ってっ! 今、対話を試みてるからっ」
「対話?」
「『豆』との対話だよ」
「・・それな」
俺はナツミの対話時間を尊重することにした。
そんな感じで(?)、母さん。俺はゆっくりはできてないけど、なんとか暮らしてます。
取り敢えず年に何人かいるらしい、教練事故死者にならないことと、就学手当てが少し出るから、購買で時々ナツミに何か好物買ってみようと思います。