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20.続・獣が来りて炎を吹く_side02

「グッガァ……ッ、逃がさねえって言ったハズだぜ、爆裂女ァ!!」


 彼は少し苦しそうにしながらも、私に襲い掛かってきましたわ。ワタクシは危険を感じ咄嗟に後ろに跳び退きましたが、どうにも速度が遅い、それもそのハズ。


(速度強化が切れている!?パヤージュが!?エメリーがやられましたのっ!?)


 ワタクシの身体を包んでいた緑色の光、風魔術による速度強化の効果がいつの間にか切れていました。風魔術の強化魔術は水魔術と違って掛けっぱなしで戦闘をしたりとは行きませんから、直ちにパヤージュ達二人がやられたとはならないんですけれど、二人に何かあったのは確実。

 とまあ、そんな心配をしている暇はワタクシにも与えられていないのですけれど。


「速いっ!?」

「遅ぇっ!!」


 速度強化が切れた事によって軽い跳び退きとなってしまったワタクシの後退は、カールによって瞬時に距離を詰められました。そして間髪入れずに相手の振り上げた右手の爪、これの斜めからの振り下ろし。


「ガルルァァッ!!」

「このっ!!」


 ですがワタクシは左手にありったけの闘気を込めて、大きな破裂音と共に相手の右手振り下ろしを自分の左拳で弾きます。


「何ィッ!?」

「甘いっ!!」


 そのまま闘気を込めた右掌打をカウンター気味にカールの腹に一撃。


「グボォッ!?」


 ワタクシのカウンターを受け、よろけながら地面を後ずさるカール。


「これでまだ倒れないんですの?今日はヤケにしぶといですわねえ」


 そう言ってトンットトンッと後ろへステップしつつカールとの間合いを開けるワタクシ。


(速度強化は切れたとは言え、マースの天恵魔術は健在。しかし今直ぐにでも防御陣地の救援に向かいたいところですが、コイツを外に置いて言ったら今度は騎兵隊が全滅しますの。ええいっ!こちらを立てればあちらが立たず!ああもう、じれったい!!)


 ワタクシは目の前の赤い闘気に包まれたカールに脅威を感じ、やむを得ずここで相手を迎え撃つことに。


「その赤い闘気、どんなアイテムを使ったかは知りませんがそのような付け焼刃など、ワタクシには……」

「足りねえ、まだ足りねえってのか。だったらよぉ……」

「何を?腕輪?」

「ククッ、コイツは憤怒の腕輪っつー流着物だそうだ。命と引き換えに俺に力を与えてくれるんだとよ」

「命と引き換えですって?」


 カールが右腕に付けた金色の腕輪を左手で摘まみ、カチカチと何かをずらしていますの。


「目盛りを3から5に合わせた。俺の半分の命を使う。ハハハッ、いいぞ、力が湧き上がってくる……ッ!」

「赤い闘気が、勢いを増して……っ!?はーーっ、すぅーっ!?」


 カールの赤い闘気の増幅具合を見て、ワタクシは急遽4回目の集気法を実行しましたわ。ええ、一目見てわかる程度にこちらの闘気量の方が不利でしたので、こちらも闘気を高めなければ負けかねません。

 しかし、ワタクシが4回目の集気法での闘気の高まりを感じる前に、相手は飛びかかってまいりました。


「殺してやるッ!!」

「速っ!?ぐっ!?」


 相手の右蹴りを体勢を低く取った左腕で受け止めるワタクシ。ですが先ほどよりもずっと重い一撃と衝撃に、カウンターが間に合いません。


「殺してやるッ!!殺してやるッ!!同胞と!トローノ義兄貴(アニキ)の仇だ!!爆裂女ァ!」

「ぐっ!?このっ!?先王のトローノはっ!ワタクシがやったワケではっ!!無いでしょうにっ!!くぅっ!?だああっ!??」


 カールに何故か諸々の仇扱いされていることに反論しつつ、左右上下、自在に相手から次々に繰り出される乱打に、防戦一方となるワタクシ。


(速いっ!それに一撃が重いっ!このままではやられますのっ!)


 防御しているハズの両腕から骨の軋む音が聞こえてきます。このままではジリ貧どころか、防御している腕ごと持って行かれかねません。


(だったら!濁流から清流に、戦い方を変えるまで!)


 ワタクシはカールの乱打を防御しつつ、戦いの形を変えます。濁流の拳から、清流の拳へと。相手の攻撃を受けるのではなく、受け流す。


「何っ!?何だっ!?」

「はっ、それっ、右っ、左っ、左っ、上っ、はいっ!」


 カールの攻撃の軌道を、両腕と全身を使って僅かに角度を逸らし、衝撃を清らに流れる川の様に受け流す。お母様が得意としたもう一つの武術ですの。力で劣る相手には全力の闘気で相手を押しつぶす濁流の拳を、力で勝る相手にはすべてを受け流す清流の拳を。


「ガルルァァ!!??クソッ!!なんで届かねえ!?なんで平然としてやがるっ!?」

「考えが甘いっ!力で勝っているからと言ってっ!それだけで勝てるほどっ!ワタクシは甘くは無いですのよっ!!せいやぁっっ!!」

「がふぁっ!?」


 相手の乱打を捌き、隙を見てのカールの顔面への左手掌打でのカウンター。清流の拳でのカウンターは濁流の拳の時に比べれば軽いモノですが、ヒットしたのが顔面と慣ればそれはまた別の話。特にルプス族は長い鼻が弱点となりますから、この程度の一撃でも十分に相手を怯ませる事が出来ますわ。


「ぐぅっ、ごっ、ごのぉっ!?」

「あらあら可哀想に、立派な長い鼻から鼻血が垂れていますわよ?そのままでは地面が汚れますから、その小汚い毛皮で拭き取って見るのをお勧めしますわ」

「で、でめえっ!!」


 鼻への一撃を喰らい怯みつつ鼻血を垂らすカールを煽りながら、またトトンッと後方にステップして間合いを離すワタクシ。


(両腕がジンジン痛みますわ。受け流すと言っても限度がありますわねえ。かと言って力もスピードも相手の方が上。このままじゃ逃げるのもままなりませんの。サティ、無事でいて……?)


 チラリと後ろを確認すれば、まだ結界は存在していました。結界を張ったのがサティな以上、結界が残っているという事はどうやらサティはまだ無事な様子。防御陣地の中がどうなっているかまでは気を配っている暇がありませんが、中の誰かがサティを上手く守っているのでしょう。


(結界は有る、であればサティはまだ無事。お父様かショーンか、それとも他の誰かか。兎に角上手くやっているようですの。となれば心配するべきはワタクシ自身。マースの天恵魔術が切れる前に、カールを倒さなければ。でももうあと何分?3分?2分かしら?)


 ワタクシの当面の心配は、マースの天恵魔術の時間切れ。天恵魔術によって底上げされた全身の身体能力が元に戻れば、目の前の赤い闘気のカール相手に嬲り殺されるのは目に見えています。


(マースが防御陣地から連れ去られている以上、天恵魔術の更新は不可能。ならば残った時間で、いいえ、次の一撃でケリを付けるしかない)


 またカールが右腕に付けた金色の腕輪を左手で摘まみ、鼻血を啜り上げながらカチカチと目盛りをずらしていますの。


「ぐ、ずずっ、半分で届がねえなら、9だ、目盛りは9、9割の俺の命を使うっ!」

「この期に及んで目盛りを10にしない辺り、余裕?なのかしら?死ぬ気で掛かって来るワケではありませんのねえ?」

「るせぇ!!俺は死ねねえんだ!姉貴を一人にするワケにゃいかねえんだよ!!」

「はーーっ、すぅーっ、あらあら、意外と姉想いなんですのね?てっきりもっとドライな関係かと。見直しましたわ」

「クソが!言ってろ!」


(5回目!これで全開!!)


 カールを煽りつつ5回目の集気法を決めるワタクシ。橙色に光るワタクシの身体と、赤く闘気で燃え盛るカールの身体。色違いですが、似たような闘気の輝きを放つ互いの身体。


「見直しはしましたけれど、長々と付き合ってる義理もありませんの。次で最後にしてあげますわ」

「上等だガルァ!!テメエの肉引き裂いてその首をジゲーレの町中に晒してやるよッ!!」


 ワタクシは態勢を低く取り、清流の拳でカールを迎え撃つ構えを取る。


「あらやだ怖い、では代わりにワタクシはアナタの小汚い毛皮を綺麗に洗ってから絨毯に加工してお部屋で使ってあげますわよ?」


(相手を煽れるだけ煽る。怒りに身を任せた戦い程、見極め易いモノはありませんわ)


 意図的に相手を煽るのも戦法の内ですの。煽って煽って、相手の視野を狭くする。怒りに視野の狭まった相手は戦いのパターンが単調になります。パターンが減れば減る程、こちらは対処し易くなるワケですわね。パワーとスピードで負けている上に残り時間も無い以上、手段は択ばずですの、汚いもクソもありませんわ。


「こ、このクソ女……!!」

「ああ、あとはガレリアの毛皮も隣に並べてあげましょう。小汚い姉弟仲良くワタクシの部屋の絨毯として使ってあげますわ。感謝しなさいな」


 ワタクシがガレリアの事を言った瞬間、カールの眉がピクッと動き、表情を硬めましたの。


「……なんつった?今なんつった?姉貴が?姉貴を汚いと言ったか?」

「あら?聞こえませんでしたか?ガレリアもアナタも、姉弟揃って薄汚いと言ったのです。まあ絨毯にするにしても、まずは洗浄オイルとぬるま湯でキッチリ洗ってあげますわよ?じゃあないとワタクシが病気になってしまいますでしょう?」

「……けんな……ざけんな……ふざッけんなッッッ!!姉貴が薄汚いだとッッ!?ざけんなァァーッ!!!」


(あら?どうやら逆鱗に触れた様子。ガレリアの事は本当に慕っているみたいですわねえ)


 カールは赤い闘気を燃え上がらせたまま、全身の毛を逆立て、牙を剥きだしにして、ワタクシを憤怒の表情で睨みつけ叫ぶ。


「姉貴はなっ!トローノ義兄貴(アニキ)が倒れた後も!俺達の為に身を粉にして動いてくれてんだぞ!?あのロカ相手にやりたくも無いゴマをすって!身体まで差し出して!!今だってそうだ!!全部ルプス族の、俺達の為に動いてくれてる!!チビ達の将来の為に戦ってくれてる!!」


(あのガレリアがそんなことを?……いえ、戦いに私情も同情も無用)


 カールのそんな怒りと慟哭が混じりあったような叫びを聞き、ほんの少しですが複雑な思いを持ってしまうワタクシ。ですけれど、戦いにおいてそんな迷いは死に繋がります。ワタクシはガレリアに向けた感情を即刻投げ捨てましたの。


「それを小汚いだとっ!?薄汚いだぉっ!?ふざけんじゃねえッッッ!!!」


 そんなワタクシの前で、怒り狂ったカールが右手の腕輪の目盛りをカチリと全開にしましたの。すると彼の燃え上がる赤い闘気がより一層膨れ上がりましたわ。その闘気量に思わず気圧されてしまうワタクシ。


(これはっ……少々煽り過ぎましたわね)


「あらあら?死ぬ気は無いのではありませんでした?」

「テメエは殺すッ!!姉貴の名誉の為に殺すッ!!俺の命に代えてでもテメエを殺すッッ!!!」


 怒りに燃え盛るカールの赤い闘気。ワタクシとカール、さっきまでほぼ同等だったハズの闘気量は、今や憤怒の腕輪を全開にし、文字通り命を燃やすカールの方が一段上に。

 そして考える暇も与えられず、カールは襲い掛かって来ましたわ。


「ガアァァルルァァァァーーーッッッ!!」

「くっっ!!??」


 咄嗟に後退しながら清流の拳の防御の型をするワタクシ。ですが、


「ラァァァーーッッッ!!」

「ぐっ!?ぎゃあああぁっっ!!??」


 予想よりもずっと速く重いカールの一撃。相手の蹴りを受け流そうとしたハズのワタクシの左腕は、受け流す余裕も無く左腕の骨ごと左の肋骨まで無残に折れ、そのままケリの勢いでワタクシの身体は左側の廃屋に吹き飛ばされます。


「がはぁっっ!?」


 廃屋の壁に背中から叩きつけられ悲鳴を上げるワタクシ。一瞬意識が飛び、真っ暗に眩んだ視界。その拍子に情けなくもそのままストンと地面に尻もちを付いてしまう。

 勿論、そんな隙だらけな状態のワタクシを相手が逃すワケも無く、瞬時にワタクシへの追撃のため接近するカール。


(やられるっ!?)


 頭上に迫るカールの攻撃の気配を察し、ワタクシは死を覚悟しましたわ。

 ですけれど、むざむざ死んであげる程ワタクシ御人好しではありませんのよ?


「だあっ!!」


 咄嗟に右手で掴んだ地面の砂、左に身体を回転させカールの攻撃を回避しつつ、砂を頭上の相手の顔面目掛けてぶっかけましたの。


「ウッ!?」


 こちらの思い通り、砂で目潰しを喰らって怯むカール。


(怒りに任せた戦い程!見極め易いモノはないっ!!)


 悲鳴を上げたいほど痛む折れた左腕と左肋骨を根性で我慢しつつ、即座に立ち上がるワタクシ。


「テッ、テメエッッ!?」


 まだ怯んでいるカールの胴体目掛け、右腕に全身全霊の闘気を込めて、思いっきり前へ踏み込んで濁流の拳での"肘撃"。


「遅いっ!!」

「ギャインッッ!!??」


 ワタクシの肘撃をモロに胴体に受けて、犬っぽい悲鳴を上げて前方に吹き飛ぶカール。彼はシュベルホ村の中央にあった古びた井戸に背中からぶつかり、動きを止めました。

 勿論この機をワタクシが逃すハズもありません。


「機は今!とどめっ!!」


 ワタクシは折れた左腕をぶら下げたまま、前方に居るカールの元へと走り出し、全身全霊の闘気を右手に込めます。


(この一撃で終わらせるっ!)


 そして目前に迫ったカールの前で思いっきり大地を踏みしめ、効き手の右腕をきっちりと引いた後、


「掌打ぁぁぁぁっっっ!!」


 掛け声と共に目の前のカールの顔面目掛け、右手の掌打を叩きこみもうとしましたわ。そう、ワタクシは眼前に迫ったカールに、掌打を叩きこもうとしたハズでしたの。


(えっ?)


 ワタクシの目の前に居たハズのカールはいつの間にか居なくなっていました。カールだけで無く、井戸も、景色も。いえ正確には、ワタクシの見ている光景が、数エールト程真横にズレているようでしたわ。先ほどの井戸はワタクシの視界の遥か隅っこに映っているのみ。


「がふっ!?」


 同時に自らの身体が空中を飛ぶように吹き飛ばされている事に気付きます。そのまま吹き飛んだワタクシは、近くにあった廃屋に向かって飛ばされ続け、


「がはっ!?ぐぅっっ!?」


 勢い余って廃屋の壁を突き破り、そのまま廃屋の中へ。受け身なんて取る暇も無く、廃屋の床を勢いに任せてゴロゴロと地面を転がるワタクシの身体。


(なに?)


「あ゛っ?」


 仰向けに倒れたまま、突然起きた不可思議な現象に目を白黒させる事になるワタクシ。ですが直ぐ、腹部に走る強烈な激痛に気付く。Uの字にベッコリと凹むワタクシの腹、破滅的な一撃を喰らったワタクシの内臓は、衝撃をモロに受けてダメージを負い、次々と悲鳴を上げ出します。そうして間も無く喉を込み上げてくる熱い液体を感じ、


「お゛ぐっ!?お゛げぇ゛ぇ゛ぇ゛っっっ!!??」


 さっきまで自身の内臓だったモノが、真っ赤な血となってワタクシの口から噴き出しましたわ。


(なに、が?)


 ワタクシは暗転しそうな意識の中、なんとか状況を把握しようと視線を動かします。


(な、に?井戸、前に井戸が、カールが居たハズなのに?なぜ?暗い?天井?家?家の中?なぜ吹き飛ばされて?)


 大いに混乱している思考のまま周りを見渡して見たところ、ワタクシが居たのは廃墟の家の中。暗い暗い家の中で、仰向けに寝転がって、暗い家の中に横から差し込む光を見ている。あれは窓では無い、玄関でも無い、もっと大雑把で、大きな穴から差し込む光。あれはワタクシが吹き飛ばされて廃屋の壁に開けた大きな穴から差し込む光。

 そんなワタクシに、家の外から聞こえてくる男達の声。


「おい、起きろカール。随分とやられていた様だが?」

「ぐっ!?……エクウス族か?チッ、今頃来やがって……」

「ブラグだ、ブラグ・サン・エクウス。覚えておけ」

「ふんっ、ブラグさんよ、助けて貰ってわりぃが、この通り、俺はもうそうは長く生きられねえんだわ」

「憤怒の腕輪か、まさか全開で使うとはな。命が惜しくは無かったのか?」

「姉貴も仲間も命張って戦ってんだ、俺一人惜しんでなんかいられるかよ」

「フ、その気概や良し。では俺はその姉貴とやらの援護にでも向かうか」


(ブラグ?獣人?エクウス、族?)


 ワタクシ、ブラグなどと言う名前は勿論、エクウス族などと言う獣人種族すら聞いたことがありませんでしたの。


(ジェボードの、獣人?エクウス族なんて、居なかった、ハズ……まさか、新しい?)


 ふと頭を過った、新しく流着した種族と言う可能性。昨日今日流着した種族であれば、ワタクシが知らない種族でも当然。


(でもこんな、強さ、ありえ、ない……)


 負傷していたとは言え、カールにとどめを刺そうとしていたワタクシに全く気配を悟らせず、身体ごと家の中にブチ込む程の打撃と、一撃で内臓を潰すような強烈な衝撃を与える攻撃を与える相手。ワタクシは、マースの天恵魔術込みであれば、ジェボード国王の雷帝ロカ相手でも引けを取らない自信はあります。勝ち目は薄いにしても、負けないで時間を稼ぐくらいはやってみせますのよ?でも、今回の相手は格が違う。


(これ程の、相手が、数日の間にジェボードに、流着し、ボーフォートに、侵入し、ワタクシ達を、狙って、来た?)


 驚異の相手に思考を巡らすワタクシでしたが、段々と意識が薄れて行こうとしているのを感じました。


「コヒュー……コヒュー……」


 気づけば自身は虫の息。いつの間にやらマースの天恵魔術の効果も切れ、最早身体を動かすことも敵わず。仰向けに倒れたまま、暗い天井を見つめるだけ。


(くるしい……きもちわるい、です、わ……)


 全身の痛みと苦しみが混じりあって、気持ち悪さがワタクシの頭を蝕む。

 そんな時、何モノかが近づいてくる足音。


「……見つけたぜぇ、爆裂女ァ!」


(カール……?)


 最早視線しか動かせないワタクシの目に移ったのは、赤い闘気を纏ったままのカールの姿。


「ぁっ……」

「同胞と、トローノ義兄貴(アニキ)の仇、それに、姉貴を侮辱した罪だ。キッチリ払ってもらうぜぇ……」


 近づいて来たカールに胸倉を掴まれ、持ち上げられるワタクシの身体。


「ぁぐ……」

「テメエのトドメはキッチリと刺す。ボーフォートの連中は瀕死で放っておいても魔術とやらでいつの間にか回復しやがるからよぉ……」


(こんな、ヤツ、に……)


 身体が持ち上げ羅られたまま、カールの爪がワタクシの胸間に当てられましたの。そのままワタクシの身体へとズブズブとめり込んで行くカールの手。


「ぁ゛っぁ゛っ、ぁ゛ぁ゛~~~っ」

「ははっ、なかなかイイ声上げんじゃあねえか、ボーフォートの爆裂女」


 カールの手は、肉を切り裂き、骨を砕きながら、ワタクシの胸間へと突き刺さって行く。ワタクシの胸から赤い血が溢れカールの腕と、ワタクシの狩り装束を汚していく。もう何の抵抗も、悪あがきも出来ないワタクシは、胸を貫く獣人の手の熱さを感じながら、ただ哀れな喘ぎ声を上げ続けるのみ。


「だがな、これで仕舞いだ」

「……ぁ゛っっっ」


 カールの手はついにワタクシの身体を胸から背中へと貫き、ワタクシはカールの腕1本で吊られることになります。胸と背中から溢れた血が、ワタクシの身体を伝って地面に滴り、血だまりを作っていく。ワタクシの全体重が折れた肋骨に掛かり、本来であれば悲鳴を上げる程の激痛が走るハズですけれど、もうそんな痛みも感じられず、


(おねえさま……マース……サティ……ケリコ……おとうさま…………おかあさま…………)


 薄れ行く意識の中に頭に浮かぶのは、親しい人達の顔。ボーフォートの戦士として、いつか戦場で死を迎えることは覚悟していました。ですけれど、いざ死ぬとなると、


(やっぱり、しぬのは、こわい……ですわ、ね……)


 もう戦士では無く、ただの一人の人間として、酷く心細く、酷く恐怖に怯える。次第に目の前が真っ暗になって行き、最早あるのは胸を貫く熱い感触のみ。それすらも、段々と熱さを失っていく。


「……魂はヴァルキリーにでも、拾ってもらえよ」


(さいごに、きくのが、コイツのこえ、なんて……)


 そして今際の際に、カールの声を聞き、


(さいあく、ですわ……)


 最悪の気分になりながら、ワタクシの人としての命は、そこで潰えたのでした。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。


キートリー嬢はいくら虐めても良い。

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