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19.お馬さんのお嫁さん_05

「じゃあじゃあ、アタシのせいでボーフォートとジェボードがまた戦争になっちゃったり?」

「千歳姉様はボーフォートの民ですから、ボーフォートがジェボード国王の命を狙ったとなれば、まあ……」

「げえっ」


 アタシの質問に言いにくそうな顔をしてマースが答える。そんなマースの返答を聞いて青い顔をして悲鳴を上げるアタシ。自分のせいで2国間で戦争が始まってしまうかもしれないのだ。アタシは当然青ざめる。


「とは言え、あちらはあちらでルプス族がボーフォート領主である父上を狙って来ていますし、このエクウス族のジェボード国王が直々にボーフォート領に侵入して来ている以上、千歳姉様がやらなくてもいずれ戦う事になっていたとは思います」

「ええ……アタシはメグを助けたいだけなのに。なんでこんな事に……」


 困った事になった、と頭を抱えるアタシ。


「ただ、先に休戦協定を破って来たのはあちらです。恐らくお師匠様とメルジナの巫女が動くと思います」

「お師匠様って、フラ爺?フラ爺がなんで?」

「三国協定です。お師匠様、と言うか、伝心の魔女フライアは、メルジ島三国協定の調停者なんです」

「あー、そう言えばフラ爺はこの世界で中立だとか言ってたっけ」


 マースの言う事にアタシはフライアの言葉を思い出す。


『私はこの世界で常に中立なの。昔の私はそりゃ好き放題やってたけど、今の私には立場ってものがあるのよ』


 昨日の朝、メルジナの女神像でフライアと通信した時の言葉だ。ただ、中立であるフライアがどの程度メルジ島三国への影響力を持っているのかよくわからない。


「それで調停者に?でもなんでフラ爺単独でそんな強い力を持ってるの?」

「はい、お師匠様は伝心の魔女、兼、メルジナの巫女として三国協定の調停と管理をしていますが、同時にメルジ山の支配者でもあります。お師匠様は悪魔の力を除いても、魔術では無い魔法を行使出来る奇跡の人でありますし、さらに配下のメルジナの巫女達はお師匠様に次ぐ実力者の集まりです。メルジ島三国が束になって掛かるなら兎も角、どこか一国が単独でメルジ山を攻めたしても手痛い打撃を受けて追い返されるだけなのは確実。そしてお師匠様達に歯向かい弱体化したその一国は他の二国から攻められるとなれば、どこの国もおいそれと手は出してきません」

「フラ爺が、この世界のパワーバランスの中心にいるんだ……?」


 昨日の朝、フライアにメルジ島の地図を見せられた時、メルジ島はエペカ国、エッゾ国、ジェボード国の三国で成り立っているとはフライアに聞いていた。その島の中央にデカデカとそびえ立っていたのがメルジ山だ。そう言えばメルジ山には国境線が書かれていなかったけど、まさかフライアが実質支配していたとは。


(道理でキートリー達が協定違反がどうのこうのって拘るワケだ。このメルジ島は、実質的に三国じゃなくてフラ爺、と、メルジナの巫女?の集団を含めた四国で回っているようなモンじゃない。しかもフラ爺の集団が実質のトップ。そりゃあどこもおいそれと逆らわないよねえ)


 アタシはこの世界のパワーバランスを理解し始めて膝を打った。フライアをトップに、他のエペカ国、エッゾ国、ジェボード国の三国が睨み合いを続ける、そんな世界。そんな世界でちょくちょく小競り合いと言うか戦争が起きているのがよくわからないけど。どこか国同士を戦わせたい連中でもいるんだろうか?


「はい、お師匠様達が中心の世界です。で、協定に違反した国にはメルジナの巫女より相応のペナルティーを与える事となっています。なので今回も戦争回避の為にあちらから何か働きかけをしてくれるとは思います」


(メルジナの巫女達って、フラ爺がメルジナ本人なの知ってるんだろうか……?いや、これツッコミ入れたらまたマースが落ち込みそうだからやめとこ)


 アタシはフライアが女神メルジナ本人なのは知っている。何せ女神様本人、フライア本人から直々にメルジナ教をでっちあげた事を告げられているから。ただマースにまた自分の信仰していた神様が、悪魔で魔女のお爺ちゃんなフライアである事を告げれば落ち込むのは目に見えていたのでアタシは黙って置く。


「です、けれど……」

「けれど?」

「やっぱりジェボード国王をやっつけちゃったのはマズイです」

「あーあーきこえなーいー!」


 アタシのやらかしを言いづらそうにしながら目を逸らして告げるマース。アタシは聞きたくないと両手で耳を塞ぎ首を横に振るが、まあ聞いてからやったことろで意味は無い。


「千歳姉様、聞こえないフリしたって駄目です」

「はい、すみません……」


 マースにガシッと両手を掴まれて塞いだ耳から手を離される。素直に謝るしかないアタシ。マースはこういうところ歳不相応にしっかりしてるんだから困る。


「ただですね、このジェボード国王まだ生きています。本人も昨日流着したばかりと言う事でこの世界の常識をよくわかっていないようですし、幸い千歳姉様に好意を持っているようで、まだ当人との話し合い次第ではなんとかなるかもしれません」


 マースが足元でシワッシワになっているスリクさんを指差して言う。


「ただ、千歳姉様を嫁に、と言う話は個人的に、絶っ対っに!許せませんが!」


 マースがキレ気味にビシッ!ビシッ!っと力強くスリクさんを指差して言った。よっぽどスリクさんにアタシを取られたくないらしい。そんなマースが可愛らしいと同時に嫉妬してくれているのが嬉しくて、ちょっと笑ってしまうアタシ。


「ふふっ、そんな力いっぱい言わなくても。まあいいや、わかった。とりあえずスリクさんと交渉してなんとか穏便に済ませて貰えるよう頼めばいい感じ?」

「はい、そんな感じでお願いします」


 スリクさんと交渉、と言えば聞こえはいいが、実際アタシがやれることなんて真摯に謝るか、色仕掛けくらい。


(交渉、交渉ねえ?正直色仕掛けとかはアタシのガラじゃないから避けたいんだけど、ぶっちゃけスリクさん相手ならコレが一番手っ取り早そうなのがまた困っちゃうんだよねー。吸精してる時もスリクさん結局アタシの事受け入れてくれちゃったし、そもそも嫁になれ宣言貰ってるし、アタシも状況的に仕方が無かったとは言え嫁になりますとも答えちゃってるし……)


 地面に膝をついてシワシワなままのスリクさんをマジマジと見つめるアタシ。吸精用の餌としては最上位に当たるくらい好物なスリクさんだけど、人として見てもそれ程嫌いじゃない相手だ。


(確かにそのまんま馬な顔面は違和感あるけど、スリクさんよく見れば愛嬌のある顔しているし、身体はアタシよりずっとおっきいし、ビビりはしたけど話していて嫌な感じは無かったし、心も身体も優しく接してくれるなら、ちょっとくらいは。悪魔化したアタシなら耐えられる、よね?……って、ダメダメ、何考えてんのアタシは、欲求不満すぎるでしょうが)


 自分の中に湧き上がってきた邪念を振り払うように首を振るアタシ。アタシはスリクさんの身体を見まわしつつ、いつの間にかスーッと何気なくスリクさんの股間の方に目を向けていた。目に焼き付いていた彼の巨大なイチモツ。人間体のアタシなら耐えられないけれど、悪魔化していれば問題ないし受け入れてもいいかもしれない、などと言う思いは邪念もいいところなので忘れる事とする。

 それで肝心のスリクさんだけれど、呼吸はしているが目を開く様子は無い。


「スリクさん、スリクさーん?」


 彼の長い耳元で声を掛けてみたが反応はまるで無し。このままでは埒が明かないのでマースに聞いて見る。


「スリクさん完全に気絶してるんだけど、治癒魔術とかで治せない?」

「うぅーん、外傷があるワケではないので効くかどうか……とりあえずやってみますけれど」

「お願い」


 アタシのお願いを聞いて、マースがスリクさんの前で杖を掲げて魔術の詠唱を始める。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って彼の者の傷を癒せ、ヒール!」


 -キィィィン-


 青く光るマースの杖。ほんのり光るスリクさんの身体。


「どう?」

「うーむ、ほんの少しだけ膨らみが戻ったような気はしますけれど」

「うん、まだシワシワだね。……吸い過ぎたかな」


 マースの治癒魔術でスリクさんの身体に僅かに膨らみが戻ったモノの、とてもじゃないが完治とは言い難い。人間体のままとは言え、アタシが全力で吸精したのだ、吸精耐性なんてあるワケも無いスリクさんは大分耐えた方だと思う。


「ダメですね……起きてくれそうにありません」

「はぁー、だめかぁ……」


 溜息を吐きつつマースと共に天を仰ぐアタシ。なんとか他にスリクさんを直す手立てはないモノかと思考を巡らせていた時、マースが何かを思いついたような声を上げた。


「あっ、千歳姉様、アレを、サラガノに貰ったアレ!アレが効くかもしれません!」

「アレ?んー?……ああ!アレか!」


 マースの言葉にパシンと自分の手を叩いたアタシ。アタシは自分の黒装束のポケットを弄り、マースの言ったアレを探す。そしてすぐに出てくる例のアレ。


「えっと、確か右ポケットにー、あったよ!強壮剤!」


 アタシのポケットから青い宝石の付いたガラス瓶取り出した。これはこの世界に流着した初日にサラガノから貰ったスタミナ回復薬だ。爽やかな匂いと不思議な光で身体を包み、嘘みたいに疲れを取ってくれる魔法の小瓶。キートリーがメグ救出作戦の契約書に報酬として要求するくらいの貴重品だ、きっと役になってくれるに違いない。

 アタシは小瓶を揺らして中身の液体をチャポチャポと音を鳴らし、まだたっぷりと中身があることを確認する。この分なら当分は使用できそうだ。キートリーに渡す前に使い切ってしまう事も無さそう。

 そのまま強壮剤のフタを開け、小瓶を自分の鼻元に近づけゆっくり息を吸う。


「ん、何度嗅いでもいい匂い」


 アタシの身体が仄かな青い光に包まれ、心地よい匂いとともに疲労がすぅーっと軽くなっていく。疲労が抜ける気持ちよさで思わず目を瞑りながら両手を広げ伸びをするアタシ。


「んんーっ、気持ちイイ~」


 -パリパリパリッ-


「んっ?」


 突然耳元に聞こえてきた静電気の弾けるような音に、アタシは伸びをしながら眼を開けた。


「千歳姉様!髪が……」

「髪?アタシの髪?……おおっ?」


 マースの指差す先、アタシ自身の髪を手に取って見てみれば、銀色になっていた髪色がパリパリと弾けるような音を立てつつ根本から毛先に掛けて色が元の黒色に変わって行っている。


「おお、おおおー?おおおー!アタシの髪が戻ったぁ!」


 ルロイとの戦闘後、深淵の闘気のせいで銀色のロングヘアになっていたアタシの髪が、元の黒髪に戻った。ただ長さはロングヘアのままだ、邪魔くさいのは変わらない。

 とは言え、アタシは直観的に再び悪魔への変身が可能になった事を悟る。アタシの中の何かが、たっぷり充電されたのを感じた。


「アタシ、完・全・復・活!!よっしゃー!!」


 思わず興奮気味に立ち上がってガッツポーズを取る。ぶっちゃけ有れば有ったで忌々しい悪魔の力だけど、異世界で生き抜くには無きゃ無いで困る悪魔の力。有難いやら有難迷惑やら。


「復活おめでとうございます、千歳姉様」

「おめでとうございます?千歳様?」

「あっ、ありがとうねマース。はい、マースとロシュくんもどうぞ」


 座ったままのマースとロシュくんがアタシを見上げながらパチパチと軽く手を叩いている。そんな少年二人を見てアタシはちょっと興奮しすぎたかなと恥ずかしくなり、誤魔化すようにまたスッと座り直してマースとロシュくんに小瓶を差し出した。


「助かります、千歳姉様。んー、良いですねこの匂い」

「は、はい、頂きます。ん、良い……匂いです……」


 アタシの差し出した小瓶の匂いを嗅ぎ、少年二人の身体が仄かな青い光に包まれる。光が収まった頃にはすっきりしたような表情の二人がそこに居た。どうやら彼らの疲れもキッチリ取れたようだ。


「ブルルッ」


 そんなアタシの後ろから聞こえてくる、私にも頂戴よと自己主張しているような馬の鳴き声。


「え?グラングラも?」

「フゴフゴ」


 グラングラがアタシの肩に顎を乗せて小瓶の匂いを嗅がせろと要求してくる。グラングラのでっかい鼻が開いたり閉じたりして見てて面白いのだけれど、アタシが今持っているモノは魔力が込められているけれど、恐らく人間用の香水だ。鼻の良い馬に匂いのキツイ香水なんて嗅がせても大丈夫なもんだろうか?

 そう思いマースに目線を合せて確認を取ってみる。


「大丈夫?これ香水だよ?嗅がせても問題ない?」

「グラングラにですか?魔術的なシロモノですし、恐らく大丈夫だとは思います。と言うかグラングラが嗅いでダメだったら同じ馬なこの馬獣人にもダメかもしれませんし。そうだ、ロシュ、君はどう思う?馬丁(ばてい)としての君の意見を聞いておきたいんだけど」


 マースが隣りのロシュくんに目線をやり、彼に意見を聞く。


「えっ?馬に香水ですか?は、はい、馬は匂いの強いモノは嫌がるので止めた方が良いと思いますけれど、今回はグラングラが自分から嗅いでみたいって言ってるようなので、ちょっとなら大丈夫……だと思います」


 いきなりマースに意見を聞かれ、少々戸惑いつつもマースに促される形で口を開いたロシュくん。だが、彼の馬の専門家としての視点からとりあえずちょっとなら良いと許可を頂いた。


「はえー、なるほど」

「ブルルッ」


 ロシュくんの意見に膝を打っていたアタシの肩上に顎を乗せたまま、大丈夫だって言ってるでしょと言わんばかりに鼻を鳴らすグラングラ。香水を嗅ぎたい馬なんて聞いたことが無いけれど、まあ異世界の馬なんだからそんな馬も居るんでしょ。と言う事でグラングラの鼻先に小瓶を近づけるアタシ。


「んじゃ、グラングラ、これどうぞ。ちょっとだけだよ?」

「フスーッ、フスーッ」


 ほんの少しだけ嗅がせるつもりが、グラングラは勢いよく息を吸い始めた。アタシの肩先に見えるグラングラの鼻が盛大に広がっては閉まる。


「ねえ吸い過ぎじゃない?全然ちょっとじゃないよ?」


 グラングラのでっかい身体が仄かな青い光に包まれた。グラングラが小瓶の匂いをあまりにも勢いよく吸っては吐くを繰り返すモノだから、流石にちょっと心配になってきたアタシ。だがグラングラ当人はヤケに調子が良さそうだ。


「ブルルルッ、ハブッ」


 元気よく鼻を鳴らした後、短くくしゃみをしたグラングラ。


「あはは、やっぱり匂いがキツかったみたいです」


 グラングラの反応を見て苦笑するロシュくん。どうも匂いが強すぎたのか、グラングラは唇を捲り上げて歯茎を見せる変顔をしていた。多分フレーメン反応と言うヤツだと思う。臭いときに猫とかもやるヤツ。


「うん、まあそんな気はした。グラングラも臭いなら嗅ぐのやめなさいよ」

「ハブッ、ハブッ」


 アタシはくしゃみを続けるグラングラの鼻先から小瓶をどけて、匂いを嗅がせるのを止めた。グラングラの変顔を見てるのは面白いが、グラングラの鼻がダメになったら可哀想だ。


「まあでも元気は出たみたい?馬にも効果あるんだね。じゃあスリクさんにも効くかな?」


 と、アタシが小瓶をスリクさんの鼻元に近づけようとしたその瞬間、


 -ザァァッ-


 異様な雰囲気と共に、辺り一面の景色が白く染まった。そしてマース達も風も音も一斉に止まり出す。


「スリクさん?」


 アタシはスリクさんがまた時間を止めたのだと思い彼を見てみたが、スリクさんは気絶したままだ。起きている様子は無い。

 そして体感にして約1秒も無く、


 -サッ-


 直ぐに何事もなかったかのようにまた周りの景色が色を取り戻し、空気も音も動き出す。


(短い!?)


 アタシは今の一瞬の時間停止で察する。時を止めたのはスリクさんではない、他の何モノかだと。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。


万能回復薬になりつつある謎香水。

香水を馬に嗅がせるのはダメですぞ。

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