19.お馬さんのお嫁さん_04
「スリクさーん!!??」
割と真面目に気絶したスリクさんを心配して彼の名前を叫んだ。
ただ彼はシワシワになって気絶しては居るモノの、呼吸はしているし、何より彼の口から魂も出ていない。顔を近づけてじっくり観察したが、満ち足りた表情で気絶している。どうも彼の命に別状は無いようだ。アタシがそこまで心配する必要も無いみたい。
「ん-?スリクさん生きてる?生きてるね?ならいっか!?」
一先ず安心したアタシは彼の身体の上から降りて、隣で正座する。気絶したまま幸せそうな顔をしているスリクさん。そんな彼の顔を見て彼の命の味を思い出し、ちょっとした悪戯心を込め、アタシはスリクさんのお腹に指を当てる。
「えっへへへ~♥名前書いちゃえ~♥」
そして満面の笑み浮かべながら彼の腹に"ちとせ"とひらがなで自分の名前の印を刻んだ。別に本当に身体に跡が付くほど刻んだワケじゃない、彼の体毛をかき分けてちょっと指でなぞっただけ。
なんでこんな事をしたかと言われれば、単純に所有欲が湧いたから。今のアタシはスリクさんの事を特にお気に入りな美味しい命持ちのエサと認識している。ちょっと前まで彼の力に脅威を感じ、どうやってやり過ごそうかとか、彼のモノになってマースたちだけでも逃がそうかとか考えていたのに、よくもまあここまで認識を変えられるモノだと自分でも感心する。
「スリクさん、御馳走様でした!すっっっごく美味しかったです!また吸わせてくださいね♥」
アタシはスリクさんの前で、両手を合わせてご馳走様の挨拶をした。
「けぷっ」
(滅茶苦茶美味しいし、闘気のバチバチも凄いし、量も多かった……あれかな、身体が大きい人だからかな?味は基準はなんだろ?もしかして強い人ほど美味しかったり?)
軽くげっぷをしながらそんなことを考えるアタシ。顔がゆるゆるに緩んでいて、さっきまでのつらい経験はどこへやら、アタシは至福の笑みでお腹も心も満たされた幸せな気分でいっぱいだった。
が、ここで冷静になるアタシ。途端に猛烈な羞恥心が湧いて来て、赤面しながら頭を抱えた。
「んがぁー!?」
(アタシは痴女か!?何が"絶対に逃がさない♥"だー!?もうそんな年齢でも無いでしょうがアタシはぁ!?って言うかそもそもこういうのはアタシには似合わないんだよー!!)
アタシはスリクさん相手に色仕掛け染みた行動に出た事を後悔した。年甲斐もなくハメを外し彼の上でやりたい放題したのだ、これが恥ずかしくてしょうがない。現代日本に居た時もこんなことはやったことが無かった。身長的に相当巨体な部類に入るアタシがあの擦り寄りっぷりをしたところで、相手をビビらせるか引かれるだけだ。そんなのは分かっていたので普段は努めてマイルドに、穏やかに過ごして居たと言うのに、ここ、オードゥスルスに来て本性が出たとでも言うのだろうか?
「千歳姉様!?頭を!?ケガですか!?」
「大丈夫ですか?」
心配そうな表情をしつつ、トトトっと座ってるアタシの傍に寄って来るマースとロシュくん。
「あっ、大丈夫、気にしないで、気持ちの問題だから」
二人とも頭を抱えて恥ずかしがっているだけのアタシをケガをしていると思ったらしい。アタシはスッと顔を上げて、さも何もありませんでしたみたいな表情で二人に返答する。
「え?あ、はい。えーと、この獣人、千歳姉様が倒したのですか?」
アタシの平気そうな顔を見て納得してくれたのか、マースは足元のスリクさんを見て言う。
「えっ?まあ倒したと言うか、ダメ元で足掻いた結果と言うか……」
スリクさんを倒したつもりはない、ダメ元の吸精が思いのほか上手くハマっただけだ。彼が最初からアタシを潰す気で来ていたらこう上手くは行かなかっただろう。
そんな時、アタシの意識の中で聞き覚えのある声がした。
(ニ゛ャッ!?)
「んっ!?ちょっと待っててねマース」
「は、はい?」
アタシは不思議そうな顔をするマースを待たせ、目を瞑って自分の頭の中に意識を集中する。
(どこ!?ここどこニャノ!?もしかしてここが天国!?)
ケリコの声だ。反応の無かった彼女の魂だったが、どうやら無事に起きたらしい。
(ケリコぉ~♥起きたんだぁ~よかったぁ~)
(千歳サマ!?なんで千歳サマの声が聞こえるニャッ!?もしかして千歳サマが神サマっ!?)
(違うよー、アタシは悪魔サマだよ~)
(ニ゛ャッ!?)
そんなアタシの冗談を聞いてケリコは吃驚したのか尻尾をブワッと膨らませた。彼女の魂はただ寝ていただけらしく、割と元気そうだ。
その後、アタシはケリコにアタシが彼女が起きるまでの一通りの出来事と、彼女がヴァルキリーとして転生出来る可能性をケリコに告げた。
(ごめんねケリコ、アタシが貴女を殺しちゃったから……)
(ニャン?良いニャ良いニャ、アレはジェームズ……ルロイ?ともかくアイツが悪いニャよ。千歳サマは気にすること無いニャ。転生とかよくわからニャイけど、またキートリーサマ達と会えるニャら、別に気にしなくて良いニャ……クァ~~……千歳サマ、眠いニャ……転生まで眠ってて良い……?)
(うん、良いよ。助けてくれてありがとうね、おやすみ、ケリコ)
ケリコはアタシに殺された事を責める様子も無く、安心したのか長い尻尾をクルンと丸めてアタシの意識の中で眠り出した。転生の機会が来るまで眠るんだそうだ。苦労人な人生歩んでいる割にはかなりマイペースな彼女。まあ猫だし可愛いからヨシ。
そうして外へ意識を戻したアタシ。
「マース、ケリコの魂、大丈夫みたい。転生まで眠るって」
「転生……?あっ、ヴァルキリーの身体に移る事ですか。それなら安心です」
アタシの転生と言う言葉に少し首を捻ったマース。確かに転生云々の詳細な話はマースにしていなかったかもしれない。ただ今の一言でマースは大体察してくれたようだ。理解が早くて助かる。
さて、すっかり落ち着いたアタシ達。目の前にはシワッシワになったスリクさん。そしてそれを囲むように座るアタシとマース。何故かマースの後ろに隠れてるロシュくん。それに完全にリラックスした様子で座ってアタシの顔に顔を擦り付けているグラングラ。
「いったいなんだったんですか、この馬獣人?」
「あっ、スリクさんの事?この人はねえ……」
不可解そうな表情を浮かべて目の前のスリクさんを杖でツンツンつつくマース。
そんなマースにアタシはスリクさんの素性を聞いた限りで明かした。
「時間停止能力者、ですか、ふーむ」
顎に手を当てて考え込む仕草を取るマース。恐らく何かしらの対抗手段を考えているのだろうけれど、いくらマースとは言え、時間停止されたら対抗するも何も無さそうなモノだけれど。
「マース様、コイツが前戦キャンプの……」
「あっ!?そう言えばスリクさん、同胞?を解放して回ってた言ってた!」
ロシュくんが前戦キャンプの事に言及し、アタシもスリクさんが家畜の馬達を解放しつつキャンプまで来ていた事を思い出す。
「えぇっ!?じゃあロシュ、キャンプの被害は!?」
マースが焦った表情をしてロシュくんに聞き返す。そりゃそうだ、キャンプにはセルジュさん達の様な非戦闘員も残っている。マースが彼らの無事を心配するのも当然。
が、ロシュくんの答えは意外なモノだった。
「グラングラが逃がされた、だけです」
「……何?もう一回言ってほしい」
「えっと、丁度僕がグラングラの世話をしていた時に、突然コイツが現れてグラングラの馬留めを壊してしまい、そうしたらグラングラが吃驚して走り出してしまって、僕は思わず手綱を握って……僕ごとそのままここに来ただけ、です」
「それだけ?」
「それだけです」
「……」
ロシュくんの報告を聞いて、マースは拍子抜けしたのか黙ってしまった。
「あはは、まあ他に被害も無かったのなら、良いんじゃない?丁度襲った当人もここでこうやって気絶してるんだし」
アタシもセルジュさん達が無事だと分かり、ほっと安堵する。
「ブルルッ」
「あー、そうだね、グラングラ。よしよし、アンタは怖かったんだもんねー、大丈夫大丈夫」
グラングラが鼻を鳴らし、私は怖かったんだゾ、と主張をしてきた。アタシはそんなグラングラの顔を手でぽんぽん叩いて宥める。
「同胞を解放するって、もしかして本当に家畜の馬達を野に解き放っているだけなのか?コイツの行動原理がよくわからない……」
難しい顔をして頭を捻るマース。スリクさんの考えなんて、アタシだってわからない。ただ思っていたよりも敵対的では無いと言うか、友好的とまでは言わないけど、そこまで凶悪な感じでも無い。
「んん、なんか釈然としませんけど、それなら良いです」
何かまだ附に落ちない感じの表情のマースだけど、とりあえず一旦納得したらしい。マースはすっと立ち上がり、シュベルホ村の方を向いて言う。
「この馬獣人の事は一旦置いておきましょう。それよりも今はシュベルホ村の父上達の方が……ん?ちょっと待ってください千歳姉様」
マースが何か思い出した風にアタシに向き直る。
「えっ?何?マース?」
「さっきこの人が雷帝ロカを倒したって言いませんでした?」
「雷帝?わかんないけど白いライオンのロカって人をシメたとは言ってたよ?」
アタシの返答を聞いて、何故か青ざめてムンクの叫びみたいな表情をし出すマース。
「えっと、千歳姉様」
「なぁにマース?」
「ジェボード国には一番強いモノが国王になる風習がありまして……」
「ああ、最初にケリコの素性をマースに教えて貰った時に聞いたような」
「はい、で、雷帝ロカはジェボードの国王だったワケでして」
「うん」
「この馬獣人がロカを倒したのであれば、この人がジェボード国の現国王です」
「へ~、スリクさん王様なんだ?……えっ?」
アタシはマースを見たまま動きを止める。鈍いアタシもおおよそ察した。
「……じゃあアタシは、スリクさん、余所の国の王様を誘惑して押し倒して、命を吸って、味わって、挙げ句自分の所有物にしようとした、感じ?」
「残念ながら、その通りです……」
「ヒエッ」
今度はアタシが青ざめてムンクの叫びみたいな表情をするハメになった。
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