19.お馬さんのお嫁さん_03
「あ゛~♥」
(あ゛っ、あ゛ぁ~、アタシ終わったわ~、内臓破裂チャレンジ決定だわ~、バイバイマース、キートリーにアタシの代わりにメグを助けてねって言っておいてね)
ついに嫁になれ宣言を頂いてしまった。アタシだって相手は選びたいのでお断りしたいところだったけれど、ここで下手に拒否って機嫌を損ねられ、じゃあ皆殺しだとかなったら助かるモノも助からない。絶対の暴力で脅されている今のアタシに選ぶ権利は無い。だがこのまま素直に内臓破裂破裂チャレンジするのも避けたいのでアタシは彼に提案する。
「あの、一ついいですか?」
「ん?なんだ?」
「アタシ自分より力の無い人は恋愛対象にならないんです♥だから……」
ニヤリと笑いつつ近くの木の側によるアタシ。今アタシが行ったことは真っ赤な嘘でこれからやることの方便だ。現にマースはアタシより腕力で劣るけどアタシは彼の事が大好きなワケで。
さてアタシは右手で握り拳を作り、橙色の闘気を纏わせた右手で、後ろ手のハンマーパンチを近くの木に打ち込んだ。
「セェェェイッ!!」
-ボッ-
-バキィィッッ!-
-ミシミシミシッ!-
-グシャアッ!-
アタシのハンマーパンチを喰らった1本の木は幹から横にバッキリと折れ、音を立てて倒れた。何故か白い色だった木がアタシが触れた時だけ色が元の木の色に戻り、倒れてアタシの手から離れた時にまた真っ白に戻ったのが非常に気になったが、今はスリクさんの反応を見るのが先だ。
「んふふっ、スリクさんは今のアタシより強い力を持ってますか?」
(これでビビったり諦めてくれたりしないかな)
人間体のままでも闘気込みの力にはそこそこ自身はあったので、ちょっと得意げに鼻を鳴らすアタシ。正直、彼からジェボード国の現国王をブッ倒したと言う事を聞いている以上、望み薄なのはなんとなく察しているが、これで引いてくれれば御の字である。アタシは彼の反応を待つ。
「ほおー」
感心したような顔でアタシを見ているスリクさん。
(んっんー、全然ビビってないですね?)
案の定、アタシの闘気パンチの威力を見ても彼は余裕そうな態度を取っていた。スリクさんはそのまま近くの木の傍に寄り、
「この木を吹っ飛ばせばいいんだな?」
とアタシに確認を取りながら、アタシと手に橙色の闘気を纏わせた。その闘気だが、アタシの闘気と比べても明らかに色が濃い。
(何その闘気!?アタシどころか、キ、キートリーより濃いじゃないっ!?)
一瞬でヤバイと分かる程の闘気の濃さ。スリクさんは手どころか、全身に揺らめく炎のような闘気を纏い、両腕を突き出した中腰の体勢で、吠える。
「こおおおおお!!」
そして揺らめく闘気の中、彼の両腕が一瞬、ブレたように見えた。
「驚嘆羅漢蹄!!」
-ズババババッ!!-
-バギバギバギバギャァッ!!!-
-ドドドゴンドゴンドゴォォッ!!!!-
スリクさんの叫びと共に周囲に轟く轟音。スリクさんの前の地面を、木の高さを容易に超えるほどの大津波となった闘気が走る。彼の闘気の津波に飲み込まれ、森が次々と粉々に破壊されて行く。
「あっ……あっ……」
スリクさんの一撃を見たアタシ。あまりにも絶大な力を目にしたアタシは、青ざめた表情で、驚きを跳び超えて最早声にならない。
-ミシィッ-
-グシャッ!-
遠くの方で倒れ損ねていたらしい最後の木が倒れる音がした。アタシの見ている前で、おおよそ100メートルくらい遠くの木までもが一斉に吹き飛び、そこらが更地になってしまう。そして更地になった森浮かぶいくつかの煙玉。恐らくは巻き込まれた何モノか、多分ゴブリンの魂だろうけど、あんなのを喰らっては死ぬのも当然。身体だって残ってるか怪しい。時の止まった世界の中、何にも認識できないまま身体が突然消滅する事になった彼ら。恐らく自分が死んだって事すら理解できていないだろう。
「ふう、こんなところでどうだ?」
涼しい顔をしたままアタシに向き直るスリクさん。
(ダメだ、アタシが悪魔化したって、勝てない)
彼の力を目の当たりにし、アタシは心の中で敗北を認めた。観念した、逆立ちしたって敵わない程の力の差を見せつけられた。アタシはこの人と絶対に敵対してはならない、勝ち目は無い。身体が万全であろうと、悪魔へ変身しようと、今のアタシでは絶対に彼には勝てない。
(ルロイのヤツ、何が"貴女の悪魔の力ならばジェボードの王座を奪う事など容易い"よ。こんなの勝負にすらなるか怪しいでしょうが)
心の中でルロイに悪態を吐きつつ、アタシはスリクさんに敵わない事を認めた。敵わないなりに今後の身の振り方も決めたアタシは、光の消えた目で諦めの表情をしてスリクさんの側に寄り添う。
「あはは……スリクさん、アタシを貴方のお嫁さんにしてください……」
「おっ、いいのか!?」
「はい、その代わりなんですけど……」
「なんだ千歳?嫁の頼みならなんだって聞いてやるぞ!!」
「アタシはどうなっても構いません、だからそこの子ども達と、グラングラは見逃してあげてください……」
「別にどうもするつもりもないが……まあいい、わかった」
「ありがとうございます……」
交換条件を飲んで貰ったと判断したアタシは、彼の大きな身体に両腕を回した。折角マース達を見逃して貰ったのだ、アタシから目を離させないよう、マース達に危険が及ばないよう、アタシから積極的に彼に絡んで行く。アタシ自身はもうどうにでもなれだった。
彼に抱き着きながらアタシは思う。
(顔がモロに馬だけど、アタシよりおっきいし、筋肉はムッキムキだし、パワー凄いもさっき見せてもらった通り、頼りがいは十分。顔以外は、好み、かな)
自分を言い聞かせるように彼の良いところを探すアタシ。顔が思いっきり馬面を飛び越えてそのまんま馬なスリクさんだが、アタシを小娘扱い出来るレベルの巨躯で、真っ当に愛してもらえるなら悪くない。だが、
(これは流石に無理だよぉ……)
アタシの太ももに当たる彼の熱く火照るイチモツは、アタシが受け入れられる許容サイズを遥かに超えている。悪魔化している時のアタシなら内臓破裂しても再生できそうだが、今の人間体のアタシでは死ぬ、間違いなく。
(メグ、ごめんね、貴女を助けられそうに無いよ。アタシここでスリクさんに……いや、まだ、まだだ、アタシには手がある。ダメ元で、やらないよりかマシ。ダメならこのままスリクさんにお腹破られて死ぬだけだ、やってみる価値はある)
諦めてヤケっぱちになったアタシだが、アタシには最後の切り札が残っていた。ダメ元覚悟でアタシは、そのままスリクさんの長ーい口に口付けした。
「んっ……」
「むほっ、ブルルッ」
スリクさんの唇が上下共に豪快に開き、アタシの鼻と顎まで見事に生暖かい感触で包んでくる。唇が開いちゃってるならじゃあアタシはどこにキスしてるんだって話になるが、正解は彼のクッソ長い舌だ。彼の舌はとても長く、アタシの口から侵入し、喉辺りまでディープに舐めに来ている。
「えぅっ、おぇっ」
(苦し、喉、奥まで来てる)
おかげでアタシは容赦なく嘔吐く。喉を舌でベロンベロン舐められればこうもなろう。だが、逆に考えれば、これは相手も直ぐには舌を抜けないという事である。おかげでアタシは容赦なく切り札を使える、悪魔に変身不可能なアタシでも彼に対抗出来る最後の手段。
(アタシの切り札、口からの吸精!使わせてもらうから!!)
アタシは嘔吐きながらスリクさんの舌を喉で掴み、口から思いっきり吸精を発動させた。
-ギュゥゥゥン-
「んっ、んっぐっ」
「んおっ?おっおっおっ?」
舌をビクンビクンさせるスリクさん。そして同時に流れ込んでくる彼の濃厚なココアな感じの甘い命の味、バチバチとお腹で弾ける彼の闘気の味。
(うっわ、すっご!?お腹で闘気のカーニバル始まってる……あれ?美味しい?嘘、これ、美味しい??やだ、これ、もっと欲しいかも)
アタシは予想外に美味しいスリクさんの命の味に夢中になり、彼の命を吸いながら、喉で掴んでいる彼の長い舌を更に奥に奥にへと飲み込もうとする。
「んっー♥んぅぅ♥」
「お゛ーぉーっ♥お゛ーーーっ♥」
唸り声なのか喘ぎ声なのかわからない野太い呻き声を上げつつ、逃げだそうと舌を引き抜こうとするスリクさん。だけどアタシは彼を逃がさない。彼の身体に回した両腕にありったけの闘気を込めて、彼をもっとこちらへと抱き寄せる。アタシの舌で、彼の長い舌を絡めとる。
-ジュルルルルッ-
(こんな美味しい人、サティさん達以外にも居るんだ♥)
完全にやる気になったアタシは、口から舌から、彼の命をどんどん吸い上げる。彼の首に回した右手から、背中に回した左手から、同時に命を吸い上げる。
アタシに抱き着かれ、そのままアタシを上にしてドサッと地面に倒れることになるスリクさん。はらりと広がる銀髪ロングになっているアタシの長い髪。
「ぢゅばっ♥じゅるるるるる♥」
「お゛お゛っ♥お゛お゛お゛お゛っ♥」
(ヤバい、スリクさん美味しいよお♥ガチで好きになりそう♥)
スリクさんに割とマジ惚れし出したアタシ、ただし、所謂愛とは程遠い感情、だけれど。
「お゛あ゛っ♥あ゛っあ゛っあ゛っ♥あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
-じゅぽんっ-
「んっ?きゃっ!?」
スリクさんが両腕で自分の口からアタシの口を無理やり離す。唾液の糸を引き離れる舌と舌。
「はーっ、はーっ……千歳っ!お前っ!?」
「スリクさん、ダメだよぉ♥続きしよ♥ねっ?吸わせて♥スリクさんの命、アタシに吸わせてよぉ♥」
スリクさんの上で火照った自分の身体を彼に摺り寄せ、舌なめずりしながら蠱惑的な表情をするアタシ。スリクさんはそんな完全に出来上がったアタシの目を見て動揺し、困惑の表情をしている。
「なんなんだ!?千歳、お前、お前っ!?なんなんだ!?いったいっ!?」
「あはっ♥スリクさん、悪魔って知ってる?アタシね、悪魔なの♥それもとびきりのヤツ、ね♥」
完全にトリップしてハイテンションになっているアタシは、自分が悪魔である事をさらりとスリクさんに打ち明ける。
「悪魔だとっ!?」
「そう、アタシは悪魔。スリクさんはね、悪魔に魅入られたんだよ?アタシ、良い匂いでしょ?これもアタシの悪魔の力のせい♥」
アタシはそう言ってスリクさんの背中に回した両手から吸精を続ける。彼の濃く甘い命はアタシに流れ込み続け、アタシは彼をもっと食べたいと彼に顔を近づける。
「あっあっ?千歳っ!もう止めてくれっ!あっあっあっ?俺おかしくなるっ!このままじゃっ!?」
怯えているのかはたまた期待しているのか、どっちだか分からない複雑な表情でアタシに止めてくれと懇願するスリクさん。
ただまあアタシは止まらないです。アタシはスリクさんの身体に胸をグイグイ押し付け、彼の顔に自分の顔を更に近付けて行く。
「ダメ♥ダ~メ♥止めて上げない♥絶対に逃がさない♥」
「あっ、ああっ、あああ~~っ!?」
逃がさないとのアタシの言葉に、スリクさんはただ悲鳴を上げる。
正直、スリクさんが見せたあの強大な闘気の力であれば、アタシを振りほどくのは簡単だろう。だけど彼はそれをしない、いや、もう出来ない。もう既に、スリクさんはアタシに魅入られている。密着したアタシの身体から出る媚香の匂い、アタシの両腕からの吸精の代わりに彼に与えられる快感、そして一度彼の脳に刻まれたであろう口付けでの吸精の快感。彼はもうアタシを拒否できない、蜘蛛の巣に掛かった蝶々のように、もう逃げられない。
アタシもそんな彼を逃がすつもりはない。彼の命の味は、サティさんやマース、キートリー達とはまた違った味わいで、喉に絡みつくほどの濃い甘さ。それに闘気のバチバチした炭酸水のような刺激が合わさり、くどく無くあっさりといくらでも喰えるようになっている。ようするにアタシに言わせると、
(ご馳走♥ご馳走♥)
餌だ。悪魔の餌、悪魔に捕食されるモノ。アタシが捕食者で、彼が被食者だ。アタシが彼に抱く好きの感情は情愛じゃない、食欲の好き、だ。
「いただきますっ♥ あむっ♥じゅるるるるる♥」
-ギュゥゥゥン-
「うむっ!?む゛ーっ♥」
再開される口からの吸精。戸惑うスリクさんを前に、アタシは舌を伸ばし、また彼の口に自分の舌を潜り込ませた。
「んっ♥じゅるるっ♥んむっ♥」
「むむむ゛む゛む゛む゛ーーっっ♥」
彼の逃げようとする舌を無理やり吸出し、自分の舌で絡めとり、そこから彼の命を強制的に吸う。そして、吸った命の代わりにアタシが彼に与えるのは、常人では味わえない程の強烈な快感。
「む゛ーっ♥ん゛っ♥ん゛ーっ♥ん゛ーっ♥」
アタシに命を吸われ、悦楽の声を上げる事しか出来ないスリクさん。ここでアタシは気付いた。アタシの太ももに当たっていた彼のイチモツが、シナシナと萎んで行ったのだ。そしてさっきまで逃げようとしていたスリクさんだったが、諦めたのかなんなのか、次第にアタシに吸われるがままになり、低い喘ぎ声を上げ口から涎を垂らしつつ、両手をだらんと下げて、目もどこかお空を向いている状態になって行く。
「ん゛っ♥ん゛っ♥ん゛っ♥ん゛ーーっ♥」
スリクさんはすっかり恍惚の表情を浮かべたまま完全に無抵抗になってしまった。
ただ彼がそんな状態になったところでアタシは止まらない。
「じゅるるるっ♥」
(ヤッバ♥これヤッバイ♥そろそろ止めないと♥)
アタシはこのままでは本当にスリクさんを吸い殺してしまうと察し唇を離そうとするのだが、これがまるで離れない。スリクさんの命の味が美味しすぎてアタシは舌を絡ませるのを止められない。。
(あー美味しい♥ヤバイ♥これ殺しちゃう♥でも止まんないんですけど♥これ殺しちゃったらもう味わえないよね?どうしよ♥やだ♥もっとこれ食べたいのに♥)
彼への認識を、脅威から餌に変えてしまっているアタシ。彼の同族に敵対されたら、とかの思考は完全に頭の中からすっ飛んで無くなっている。話し合いだとか命乞いだとかはもう二の次、今はただ"これ"の命をもっと味わいたい。
そんなワケで暴走仕切ったアタシは止まらず、
(もういっか♥命吸いきっちゃってもいいよね♥)
などと破滅的考えをし出した頃、
「獣人……千歳姉様!?何がっ!?」
マースの声で、目が覚めた。いつの間にかスリクさんの時間停止能力が解除されていたのだ。周りの森も風も空も、色を取り戻し時間が流れている。
「んぼっ!やっばっ!?やりすぎたっ!?スリクさんっ!?スリクさんっ!?しっかりして!?」
焦ってスリクさんから急遽口を離したアタシ。アタシの身体の下で倒れっぱなしのスリクさんの顔を見たアタシは、彼が明らかにヤバい状態になっているのに気付く。なんせもう身体中シワシワだ、さっきまで若々しいムッキムキの若いお馬さんだったのが、今はシワッシワのお爺ちゃん馬になっている。あばら骨が浮いて見えるし、毛並みはボサボサになり、目は白く濁っている。
「えっ?あっ!?その獣人!さっき前戦キャンプを襲ってきたヤツ……に似てますね……?」
ロシュくんがスリクさんを指差して自信なさそうにそう言った。多分ロシュくんの言っているキャンプを襲ったヤツはスリクさん本人だとは思うけど、肝心のスリクさんはアタシが吸精し過ぎたせいで老人のようにしわくちゃになっており、ロシュくんは彼が同じ人物だと判別が付いていないらしい。
「スリクさんっ!大丈夫ですか!?スリクさんっ!?」
アタシは自分の下のスリクさんに声を掛け続ける。
「……ィ……ォ……」
アタシの心配する声を聞き、スリクさんが僅かに反応を示した。だが声が小さすぎて何を言ってるのか聞き取れない。
「えっ?スリクさんなんて言ったんですか?スリクさん?」
彼が何を言っているのか聞き返すアタシ。そうしたらスリクさんはカタカタ震える唇を開いて言う。
「……サイッコー……」
スリクさんはそれをアタシに伝えたっきり、ガクッと白目を剥いて気絶した。
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勝てばよかろうなのだ。