19.お馬さんのお嫁さん_02
(んひぇっ!!!???)
立ち上がった馬獣人を見て心臓が飛び出しそうな程ビビったアタシ。だがそんな思いは極力心の中に留め、アタシは両手を広げて吃驚したような仕草をしながら、
「わ~っ、獣人さんだったんだ~♥」
と、笑顔で媚びた声のまま相手に語り掛けた。
だがアタシの内心は、大暴走。
(んんん~~~っ???よりによって獣人さん!?獣人さんってボーフォートと敵対中のジェボード国の民の方達ですよねぇ!!??って言うか今ならシュベルホ村でボーフォートの部隊と灰色狼獣人さんのルプス族の皆さんが交戦中ですよねぇ!!??って言うかアタシついさっき狐獣人さんのルロイをこの世界から消し去ったばっかりなんですけどぉ!!??ついでに言うなら元ジェボード国な猫獣人のケリコをついさっき殺してお墓に埋めたばっかりなんですけどぉ!!??)
思わず笑顔が引きつる。相手が獣人だった事でアタシの頭は大混乱に陥った。ボースの領地であるボーフォート領がジェボード国と敵対している事と、アタシがついさっきやったことを鑑みれば、非常にマズい事態になっている。じゃあ逃げるかと言われても、既に相手は目の前、ただの人間体状態のアタシが目の前の馬獣人から逃げ切れるとも思えない。もうアタシに逃げ場など無いのだ。
(落ち着け!落ち着けアタシ!やり過ごせ!まだ間に合う!)
冷や汗伝う自分の頬に手で触れつつ、それでもなんとかノリと勢いでやり過ごせないかなとか思って、
「凄い筋肉ですね~♥」
などと目の前のアタシの身長を優に超える大きさの馬獣人を見上げながら、彼の身体つきを褒めていたアタシ。だが、
「なあお前、なんで動けるんだ?」
「あっ、あっ、あっ、やめてください♥」
どうも相手に明らかに特殊な物体として認識されてしまったらしく、大きな蹄の付いた手?足?で頬をグニグニと押されて、思わず刺激しないよう滝のような汗を流しつつ変な喘ぎ声を上げるハメになるアタシ。
(確かになんでアタシこの止まった時間の中を動けてんの!!!???)
自分でもさっきから不思議ではあったのだけど、時間が止まっているハズの世界でアタシだけは普通に動いていた。所謂、入門と呼ばれる現象であるけれど、だけど入門出来ている理由なんてアタシにわかるハズもなく。
(いや、待て、落ち着け、まだだ、まだ終わってない、敵対しなければいいんだ、そうだ、お話ししよう)
そんな考えをしている間、アタシの頬や胸、腰や太ももまでご丁寧にグニグニと突っついている二足歩行の灰色のお馬の獣人さん。彼は6秒どころか贅沢に既に10秒くらい時間を止めてくれている。マースもグラングラもロシュ少年も、アタシとこのお馬の獣人さんの話は聞けていないし動けていない、なんせ彼らは時間が止まっているからである。
アタシがなんとか穏便に済まそうと考えを巡らせてる間に、灰色のお馬獣人さんはアタシを問い詰め出した。
「おい、俺の質問に答えろよ、失礼だろ」
「はい♥なんですか?なんでも質問してください♥」
「だーかーら、さっきから言ってるだろ?なんでお前、俺の事象滞留の中を動けてんの?」
「ステイベント???な、なんえすかそれ?よ、よくわからないです~♥」
「ああ、わからんか、つまりなんでお前は止まった時間の中を動けてんのか?って聞いてんだ」
「あっ、はいっ、ご、ごめんなさい♥分からないです♥」
「ふざけてんの?」
「本当に分からないんです~♥」
アタシの返答に不機嫌そうなしかめっ面をするお馬の獣人さん。明らかに不愉快そうだ。だが、どう問い詰められようが、アタシは自分が止まった時間の中を動けてる理由など露も知らない。
(ヤバい!ヤバイ!ご機嫌を損ねていらっしゃる!でもダメ、今のアタシじゃ逆立ちしたって勝てない!もう何秒止めてんのこの人!?絶対ダメ!殺される!どうしよ!?あっ、アレだ、身体を差し出せば許してくれるかも?そうだ命乞い!アタシの身体は好きにしていいですから命だけはってヤツ!って、そもそもアタシの命乞いが通じる相手か!?)
完全に戦意を喪失して後ろ向きな事ばっかり考えているアタシは、ついに命乞い手段すら考え始めた。
時間停止は既に10秒を超えて20秒に迫りつつある。実のところ時間停止能力者が相手でも数秒ならば、相手の認識外からの奇襲や相手に認識させない超スピードであれば倒せるんじゃないかと考えていた。だけど、アタシの目の前のお馬の獣人さんはそんな生易しい相手では無さそうだ。秒数が伸びれば伸びるほど、いわゆる無理ゲーのハードルが高くなる。
灰色のお馬獣人さんに問い詰められつつ体感で約18秒経った頃、グラングラ達とマースが再び動き始めた。
「ヒヒーンッ!?」
「僕はグラ……えっ!?」
「なっ!?」
グラングラとロシュ少年、そしてマースが事態を把握し出したのか、一斉にそれぞれ驚愕の言葉を発した。それもそうだ、彼らから見てみれば突如としてアタシの目の前に灰色の馬獣人が現れたように見えているだろう。
が、それを理解する猶予も和えられず、またまたたった一呼吸のみ経って、また世界が一時停止した。動けるのはアタシと目の前のお馬の獣人さんだけな、二人っきりの世界。
「お前何なの?」
「あっ♥アタシは日高千歳って言います♥32歳の雌です♥よ、よろしく~♥」
再び二人っきりの世界にされてしまったアタシは、目の前に迫る馬獣人さんに極めてフレンドリーに自己紹介をした。年齢まで言わんで良いだろうに、混乱しているアタシは余計な事を言ってしまう。
「ふーん?そこの子どもらは息子か?」
馬獣人さんは止まったまま驚きの表情をしているマース達を指、と言うか蹄で指してアタシに聞く。
「あっ♥そっちの子は従姉弟で、あっちの子は従姉弟の友達で」
馬獣人さんの質問にマース達をそれぞれ指差してご丁寧に答えるアタシ。
(アタシの年齢的に子どもが居ても可笑しくは無い、可笑しくは無いですけども!)
お馬の獣人さんはアタシをマース達の母親だと思ったらしい。勿論アタシに子どもなんて居るワケも無く。異世界基準で見たら、と言うか、現代世界でもアタシくらいの年齢なら確かに子どもの一人や二人いても可笑しくは無いんだけどね。
で、話の流れからまたポロリと漏れるアタシの余計な情報。
「そんでアタシは独身ですー♥」
(何言ってんだアタシぃぃ!!??まあ!元彼には親紹介ならぬお婆ちゃん紹介の時点で逃げられましたけど!あぁぁぁっ!!こんな時にアイツの顔思い出すなぁぁぁ!!)
顔は笑顔で頭は大混乱。言わなくていい事ばっかり口から洩れる。頭の中にアタシとヤルだけヤッてアタシの前から逃げ出した憎い元カレの顔が浮かび、軽く殺意が湧き出た。晩婚化甚だしい現代日本だ、ただでさえ自分の馬鹿デカイ体格と無駄に鍛えた筋肉のせいでまともな男が寄り付かないってのに、元カレに逃げられたアタシに次の相手なんぞそうそう見つかるワケも無く。アタシは只今絶賛独身街道をまっしぐらなのだ。
さてアタシの元の世界での恋愛事情は一旦置いておくとして。
馬獣人と対峙したままのアタシ。頭の中の混乱状態とは別に、表情はニッコリ笑顔のまま自己紹介。職場でもこんな媚びた声で話したことは一度も無い。自分でもこんな高い声出せたんだぁ~って感心するくらいである。
「ほう?独り身か」
アタシの言わんでも良い自己紹介を聞いた肝心のお馬の獣人さんだが、何故かアタシにさっきとは別の興味を抱いたらしく、両腕を組んでアタシの周りをグルグル回りだす。アタシは引きつった笑顔を崩せないまま、お馬の獣人さんにじっくりと身体を見せる事になる。
「フスーッ、フスーッ」
「あっ、あのぉ~♥」
お馬の獣人さんは鼻息荒くアタシの身体の匂いを嗅いで回っている。そしてお馬の獣人さんがグルっと一回転してアタシの目の前に戻ってきた頃、お馬の獣人さんはどこかで聞いたようなセリフを言い出した。
「お前、良い匂いするな?」
「はぁっ!?はっ!?ははははっ♥そうですかっ♥」
(げぇっ!?お、犯される!?それはヤバイ!それはヤバイって!?)
媚び声を上げつつも完全に動揺するアタシ。相手の一言で一発で貞操の危機を察した。出来れば避けたい自体に陥りそうで滝汗を流しながら頭を悩ますアタシ。どうも時間は一時停止していても、アタシの媚香は出っ放しなようだ。我ながらなんて厄介な能力だろうか。話し合いで受け流してサヨナラするつもりが、逆に気に入られてぐへへっと犯されていたらシャレにならない。
アタシはどうにかならないか切羽詰まったままの頭を捻る、捻るが、
(でっか!!)
目の前のお馬の獣人さんの股間にブランブランしている巨大なイチモツ、アタシの鼻を刺激する強烈な雄のニオイ。あまりにも強い存在感を放つソレからつい目を離せなくなる。
(えっと、アレがあの長さで、アタシのお腹だと、この辺まで昇って来て……ああ、うん、死ぬ!!)
ゴクリと生唾を飲み込んだアタシ。何故か受け入れる前提で馬獣人のイチモツの長さを目測し自分の身体と比較して見たが、御立派過ぎてどう見ても内臓破裂レベルの代物だった。
現代世界の外国で、馬と獣姦して死亡者が出たと言う事件があったのを聞いたことがある。イーナムクロー馬姦事件だったか。獣姦趣味のポルノ動画を取っていた男性が内臓破裂で死んだと言うトンデモ事件だ。暇だったのでついネットで調べたのだけれど、何バカなこと調べてるんだと言われたら反論できない。ただつい調べてしまったのだからしょうがない。
(どうする?どうする?どうする?なんか、最悪の事態を避けられそうな話題っ!?)
アタシとしては異世界にまで来ておいて馬に犯し殺されたくないので、なんとか話題を逸らそうと考える。
「あのっ、奥さんとか、いらっしゃらないんですか♥」
アタシの脳裏に浮かんだ言葉がこれだった。余裕の無いアタシはその言葉をそのまま相手に投げつけてしまう。
「俺も独身だが?」
「そうですか~♥」
(ダメだぁぁぁ!!"俺も"って言った!"も"って言った!!ヤバい!お嫁さんにされちゃう!!馬はマジヤバいって!!そのでっかいのはダメだって!!!)
お馬の獣人さんに真顔で返されて、引きつった笑顔のまま滝汗の止まらないアタシ。自分のお腹が馬のイチモツでボッコリと膨らむ事態を想像して頭痛がしてきた。が、まだ諦めるワケにはいかないと頭を捻って粘る。
「あの、お名前とか♥聞かせて貰ってもよろしいですか~♥」
最早アタシはやり過ごすと言うか話題を変えられればいい程度の事しか考えてない。勿論これがやり過ごす事に繋がるかまでなんて考えが届いていない。
「俺か?スリク・サン・エクウス、エクウス族のスリクだ。見ての通り牡馬だな」
「スリクさんですか~♥カッコイイお名前ですね~♥」
(どうしようどうしようどうしよう、次の言葉が思いつかないどうしよう。立派なモノをお持ちですね?ダメでしょ!ご経験人数は?ダメでしょ!欲求不満か!!アタシは!!)
アタシは言葉が途切れないよう次の話題を考えるが、彼のご立派なイチモツが目に入って、どうしても出てくる言葉がソレに関係する言葉ばっかり。何言っても興味があるように取られてしまうモノばっかり。じゃあ怒らせればいいか?となるとそれもまたダメなワケで。
(怒らせるのは絶対ダメ!!敵対なんてしたらアタシは勿論、マースやロシュくん、それにグラングラまで皆殺しにされる!!怒らせるのは絶対にダメ!!怒らせるくらいなら喜ばせてアタシが犠牲になった方が幾ばくかマシ!!んんんーーっっ!?いや良いワケあるかぁ!!アタシはぜんぜん良くない!!内臓破裂はヤダァアァァアァッーー!!次!次の質問!!)
引きつった笑顔のまま頭の中でひたすら自問自答しつつ、次の言葉を考える。
「あのっ、スリクさんはなんでグラングラちゃんを追いかけてたんですかー♥」
アタシなりに機転を聞かせた質問だったと思う。なんで彼はこっちに来たのだろう?なんでグラングラはこっちに逃げて来ていたのだろう?アタシ的にも気になるところである。
スリクさんは両腕を組んで語り始めた。
「あ?ああ、俺は昨日この世界……オードゥスルスだったか?に付いたばっかりでな。ジェボードのジゲーレ?とか言う町に付いてすぐ、国のしきたり?だかで俺がそこの白いライオン野郎、ロカとか言ったか、そいつをちょっとシメたんだが、なんでか祭り上げられちまってよお」
「へ、へぇ~」
(ロカって、ルロイが行ってたジェボード国の現国王?そいつをシメた???倒しちゃったの!?)
「で、ガレリアっつったか?灰色狼のねーちゃんにこのボーフォートって国?に同胞がいっぱい奴隷として囚われてるって聞いてよお。そんなの聞いちまったら助けに行くしかねえじゃねえの?」
「なるほど~」
(奴隷って、家畜の馬達の事?それにガレリア……アタシがシュベルホ村を飛び出す前にボースが叫んでいた女性獣人の名前だ。多分、ルプス族のボス。じゃあスリクさんはガレリアに付いてきた!?)
「で、とりあえず目に付くところの同胞たちを解放しまくって森の手前まで来てな。そこのキャンプでグラングラちゃんを見かけたからあの子も解放してやったってワケだ」
「ほうほう」
(前戦キャンプが襲われたの!?グラングラはこの通り無事だけど、他のみんなは!?)
「そしたらグラングラちゃん走って逃げちまってよお、こっちの森はグラングラちゃん一人じゃ危険なんだろ?それで俺らが追いかけて保護しようとしてたってワケだ」
「そうだったんですかー♥」
(待って、"俺ら"って言った?"ら"って言った?このクラスのトンデモチート獣人さん達いっぱいいるの?時間停止って普通一人か二人くらいじゃないの?なんで群れなの?馬鹿なの?)
スリクさんの語りを聞いてなんとなく事態を理解し始めたアタシ。まずスリクさんに襲われた前戦キャンプの人達が大丈夫であるか心配だった。時間停止能力を持つ彼に襲われれば敵う人間はそういないだろう。
次に彼と同じエクウス族の仲間が近くに来ているらしい。今朝マースに聞いた話によると、ジェボード国の獣人達はその種族毎に同一の能力を持っていると言う。となるとスリクさんと同じ時間停止能力者が他にも複数いると言う事になる。スリクさん一人でも手に負えないのに、そんなのが複数いたら最早ボーフォートに勝ち目は無いんじゃなかろうか?
そんなこんなでアタシはそろそろ腹を決めるべきかどうか考え出す。
(スリクさん相手に勝ち目のない戦いを挑むか、大人しく彼のお嫁さんになって内臓破裂するか、どうしよう?どうしようって言うかどっちもアタシ死なないコレ?)
アタシがそんなことで悩んでいる間に、スリクさんはアタシの目の前でしゃがみ込み、アタシの太ももをガシッと掴んで、グニグニと揉み始める。
「あのっ、えっ、なんでしょう?」
「ふーむ、これはなかなか……」
そのまま上に上がり、アタシの尻は大きな蹄でグニグニと揉まれる事になる。
職場ならセクハラだなんだと訴えているところだが、ここは異世界、裁判所どころかまともな法律もあるか怪しいお国の方である。と言うか、マースに聞いた話通りであればジェボード国は弱肉強食がルールだそうで、強ければ好き放題、弱ければ人権なんてガン無視されるところらしい。ちょうどついさっきケリコの過去を見たばっかりで、ボッサボサの体毛にガリッガリの身体をしていたケリコを見て大体は想像付く。
「白毛、いや、葦毛か?良い毛並みだな」
スリクさんが今度はアタシの銀髪になっている長い髪を手で触って吟味している。
(帰りたい、お家帰りたい)
本気で現代日本に帰りたいと願うアタシだが、帰る手段は限られているし、アタシの知っている一番簡単な手段は絶対に嫌な手段である。メグを見捨てるくらいなら、このスリクさんのお嫁さんになって、内臓破裂チャレンジした方がマシ。
また一定時間経ったらしい頃、グラングラ達とマースが動き始める。
「ブルルッ!?」
「えっ!?どうなって……」
「千歳姉様っ!?この……」
一頭の馬と二人の少年は一斉に言葉を発したが、やっぱりたった一呼吸のみ喋って終わり。また世界が一時停止して、アタシとスリクさんだけの世界になる。
するとアタシの髪を吟味していたスリクさんが髪を触るのを止め、アタシの前に立つ。そして爽やかそうにニカッと笑いながら、アタシに言った。
「うん、悪くねえ。よし、なあ千歳、俺の嫁にならねえか?」
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スリクさんのイメージはDQⅤのジ○ミです。