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19.お馬さんのお嫁さん_01

「「馬!?」」


 マースと一緒に迫りくる動物の種類をハモリながら言い当てる。まあ言い当てるも何もあの鳴き声で馬以外の動物だったらむしろ困る。そんなワケで地響きを上げながらアタシ達に近づいてくる馬だが、その鳴き声はどこか聞き覚えのある声だった。

 その声の主がアタシ達の視界の届く範囲内にまで近づいてくる。その子は全身黒い毛に覆われていて、身体はやたら大きくムッキムキ、額から鼻先までは白い毛が流星のように流れており、よく見れば手綱や鞍を付けている。

 当然あの子に見覚えのあるアタシはマースと顔を合わせながら、その馬の名前を叫んだ。


「「グラングラ!?」」


 -ドドドドドド-


「ヒヒーンッ!!」

「うわーっ!?うわーーーっっ!!??」

「「ロシュ!?」くん!?」


 迫るグラングラに加えて聞こえてくる少し高い少年の声。その声に思わずマースと一緒に彼の名を呼ぶアタシ達。走り寄るグラングラの背に、見覚えのある少年が乗っていたのだ。いや、乗っていると言うのは正しく無いのかもしれない。ロシュ少年はグラングラの手綱を握ったまま、右へ左へと振り回されている。よく落馬しないもんだと感心するくらいの勢いで。


「ヒヒーンッ!!」


 グラングラがアタシ達を見つけたらしく、アタシを呼ぶようにひと際大きく鳴き声を上げた。


「グラングラ!こっち!アタシはこっちだよ!!」


 アタシもグラングラの名前を呼びながらあの子に手を振りこちらへ誘導する。するとグラングラが一目散にアタシ目掛けて走って来る。

 そうしてアタシとマースの側に走って近づいて来たグラングラ。寄って来たはいいモノの混乱しているのか勢いづきすぎて止まれなかったのか、グラングラはそのままアタシ達の横を通り過ぎようとする。アタシはそんなグラングラの手綱を咄嗟に掴んでこの子を止める。


「よいしょぉっ!っとぉっ!?」

「ヒヒーンッ!」


 両手に闘気を込めて全力で引っ張ったのだが、相手はばん馬級の大型馬だ。そう簡単には止まってくれず、アタシの身体は立ったままズサササッと地面を引きずられ出す。ばん馬は1トン近い体重になると言われ、100キロにギリ届かないアタシ程度の体重ではそもそもウェイト差に10倍近い差がある。闘気込みで引っ張ったところで人間と馬で力比べをすれば馬の方に軍配が上がるのは当然だった。


(あっ!やばっ!?身体ごと持って行かれるっ!?)


「グラングラっ!止まって!!止まって!!」


 アタシはこのままだと走るグラングラに引きずられて地面で身体をすりおろしにされると思い、なんとかこの子に止まって貰えないかとお願いする。するとアタシの想いが通じたのか、グラングラは数メートル進んだところで走るのを止めてくれた。


「おぉっととと!」


 急に止まったグラングラ、その手綱を握るアタシの前で、


 -ドシャッ-


「あいっ!いっぎっ!?ぁ~~っ!?」


 ロシュ少年が勢い余って地面に落馬した。彼は地面に背中を強く打ったらしく、痛そうな悲鳴を上げて倒れたまま背中を海老反り状態にさせている。


「ロシュ!大丈夫か?」


 マースが地面で寝転びながら痛そうに背中を擦るロシュ少年に駆け寄った。


「っ~~~~、あ゛っ?マース様!?ぼ、僕は大丈夫で……はぎゃっ!?」


 マースは遠慮するロシュ少年の背中を唐突にパシンと軽く叩く。すると痛みに悲鳴を上げるロシュ少年。どうやら傷の程はそれ程大丈夫では無いらしい。


「ほらっ!大丈夫じゃないだろ!?いーから大人しくこっちに背中を向ける!」

「はっ、はいぃぃ」


 マースはそれ見た事かとロシュ少年を抑えてそのまま強引に治療を始めた。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って彼の者の傷を癒せ、ヒール!」


 -キィィンッ-


 マースの手に持った杖が青く光る。ロシュ少年の身体がほんのり光り、傷を癒していく。

 マースがロシュ少年の治療をしている間もアタシはグラングラの手綱を握っていたが、グラングラはどうにも興奮している様子で鼻息荒く何度も立ち上がる。


「フーッ!フーッ!ヒヒーンッ!!ヒヒーンッ!!」


 何を怖がっているのか知らないが、グラングラ程の巨体にこうも暴れられると手綱を握ってるアタシも危ない。仕方ないのでアタシはグラングラの手綱を一旦離し、落ち着くよう声を掛けた。


「どうどう、落ち着いてグラングラ。どうしたの?何を怖がってるの?」

「ヒヒーンッ!!フーッ!フーッ!」


 アタシの声掛けを聞いてもグラングラはまだ興奮しているらしく大きな鳴き声を上げてもう一度立ち上がった。アタシはこの子の前足で踏んづけられないよう注意しつつもまだ声掛けを続ける。


「どうしたのグラングラ?大丈夫だよ、アタシは怖くないよ?」

「フーッ!フーッ!」

「大丈夫だよ、大丈夫、だいじょーぶ」

「フーッ!フーッ……」


 声掛けの甲斐もあってか、なんとか落ち着いてきて立ち上がるのを止めたグラングラ。まだ鼻息は荒いモノの、アタシはその隙にグラングラの首に手を回しグラングラの首を優しく撫でる。


「よしよし、怖かったの?大丈夫だよ、もう怖くないよ」

「フーッ……フスーッ、フスーッ」


 荒い鼻息も収まり、アタシの顔に自分の顔を擦り付けてくるグラングラ。どうやらやっと落ち着いてくれたらしい。


「よぉーし、良い子だね。よしよしよし」

「ブルルッ」


(温厚そうなグラングラがあんなに怖がってたなんて、ただ事じゃなさそう)


 落ち着いたグラングラの首を撫でながら、アタシそんな事を思う。そのままマースの治療を受けているロシュ少年の方を向き、彼に何があったのかを聞く。


「ねえロシュ君、何があったの?」


 丁度ロシュ少年は治療を受け終わったところらしく、マースに手を引かれて立ち上がっているところだった。


「あ、ありがとうございますマース様。千歳様、それが……」


 ロシュ少年がアタシに向かって話し出した、その瞬間、


 -ザァァッ-


「……えっ?」


 突然、アタシの視界に映るモノ、アタシ以外の何もかもが、色素を失った白い色に変わる。マースも、ロシュ少年も、グラングラも、地面や森、空までもが真っ白い辛うじて輪郭が分かるだけの色を無くした世界に変わる。

 そして同時に、動画の一時停止ボタンを押したかのように、音も、空気の揺らぎも、アタシ以外の何もかもが止まったような光景になる。マースはロシュ少年の手を引いたまま、ロシュ少年はマースに手を引かれて立ち上がろうとしている中腰のまま、グラングラはアタシに顔を擦り付けたまま、明らかに不自然な状態のまま、ピタッと止まっているのだ。


「何、これ……」


 その状態はほんの短い時間だった。色が付いているのはアタシだけ、動いているのはアタシだけ。異様な光景に戸惑うアタシ。

 すると体感にして約3秒ほど経った頃、


 -サッ-


 何事もなかったかのようにまた周りの景色が色を取り戻し、空気も音も動き出した。


「……前戦キャンプが……」


 だが一呼吸、たったの一呼吸だった。マースに手を引かれて立ち上がっているロシュ少年が、たった一言だけ言った後、


 -ザァァッ-


「またっ!?」


 また周りの景色が輪郭だけを残して真っ白になり、同時に動きも何もかもが止まる。アタシを除いて。

 この光景になるのは2度目だ。直ぐにアタシはとてつもない異様な事態に巻き込まれていると認識する。

 アタシは咄嗟に周りを確認した。だが右も左も、ただ白くなった森が存在しているだけだ。それに誰も動いていない、アタシ以外、人間や馬どころか、風すら止まっている。


「何なの?何なのこれ?」


 動揺しているアタシは周りをキョロキョロ見まわしながら、ふと真後ろ、前戦キャンプのある方の道に振り向いた。


「なんか来てる」


 アタシの目に映ったのは、何もかもが動かなくなった色を無くした世界で、何故かこちらに向かって元気に走ってきている灰色の大きな馬。


「アタシを……見てる?」


 ソイツは明らかにアタシを見ながら、一目散にこちらに向かってきている。

 そして今度は5秒程立った後、


 -サッ-


 また周りの景色が色を取り戻し、空気も音も動き出した。


「……獣人に……」


 だがしかし、また一呼吸。ロシュ少年が、たった一言だけ言った後、


 -ザァァッ-


 また同じ光景だ、周りの景色が輪郭だけを残して真っ白になり、同時に動きも何もかもが止まる。


「はっ!?これって!?」


 また止まったロシュ少年を見ながらアタシは察し出す。実のところ、アタシはこの光景にどこか既視感があった。メグと一緒に見た、あれはアニメだったかゲームだったか、とあるキャラクターが使ってきた超能力だ。使った本人以外、全てのモノを止まらせる。すべてが止まった自分だけの世界を作る。そんな超能力と同じ光景。


(これ知ってる!?アレだ!)


 アタシはその既視感が合っている事を信じ前を向く。アタシの視線の先に居る、その灰色の大きな馬だけは止まった時間の中を走っていた。

 今度は6秒程たった頃、


 -サッ-


 またまた周りの景色が色を取り戻し、空気も音も動き出すが、


「……襲われて……」


 またまたロシュ少年が、たった一言だけ言った後、


 -ザァァッ-


 やっぱり周りの景色が輪郭だけを残して真っ白になり、同時に動きも何もかもが止まる。


(時間停止!!間違いない!!ヤバイやつだコレ!!)


 アタシは困惑する。所謂、フィクションにおける時間停止能力と言えば、強敵が使ってくる超強力な能力だ。これ一つでその世界では無双し放題になるくらいの、いわゆるチート能力。異世界に来てまだ三日目のアタシが会っていい相手の能力じゃない。いや、何年経とうが敵としては会いたくない能力者だけども。


(なんで!?なんでそんな大物の能力者が来てんのよ!?)


 アタシは焦る。とんでもない相手の登場に危機感を抱き、アタシの頬を冷や汗が伝う。


(嘘でしょ!?敵うワケ無いじゃないっ!?アタシ今変身出来ないんだよっ!?いや変身出来たって敵わないって!?)


 時間停止能力者、そんな相手を敵にしてアタシ達に勝ち目はない。今はただでさえ悪魔体に変身不可能で、戦闘能力が闘気が使えるただちょっと腕力の強い人レベルにまで落ちているのに、そんな相手にぶつかって敵対されたら終わりだ。マースを守るどころじゃない、アタシもマースもロシュもグラングラも、時間を止められている間に気付いた頃にはまとめてあの世へ直行させされる。


(ダメっ!逃げよう!!マースとロシュくんを抱えて、グラングラを……んんっ!?持てるワケない!!)


 頭の中で逃げる算段を立て始めるアタシ。が、小さな体の少年二人は抱えられるが、巨体のグラングラを悪魔化もしていないただの人間体のアタシが抱えられるハズもなく。


(じゃあグラングラを置いて……ダメダメダメ!そんなのダメに決まってるでしょうが!)


 グラングラを置き去りにする事も考えたが、アタシは自分に懐いてくれているこの子を見捨てる事が出来ない、所謂とんでもない甘ちゃんだ。

 別にアタシは正義の味方じゃあないし、博愛主義者でもないから、誰でも助けるって訳じゃない。だけど自分を好きでいてくれる相手にはとことん甘い。兎に角アタシの手の届く範囲内なら、つい手を伸ばしてしまう。差し伸べた手を引っ張られて一緒に痛い目を見た事もあるし、手を掴んだ相手が実はアタシを騙す気満々でアタシだけ痛い目を見たなんてこともザラにある。騙されて痛い目を見て泣いて後悔して、それでも涙が枯れた頃にはまた誰かに手を伸ばしてる。正直自分でもバカみたいな性格だと思うし、こんな性格だから毎回余計な被害に巻き込まれるのだけど、今更生まれ持った性分は変えられない。

 さて、アタシは目の前に迫る灰色の馬からまるで良い逃げ方が思いつかない。アタシがそんな事で迷っている間にも灰色の大きな馬は怒涛の勢いで真っすぐこちらに向かって走って来る。アタシから一度も目を離さずに、だ。


(ダメっ!逃げられないっ!?んんん~~っっ!?そうだっ!話し合いをしよう!?そうだそうだ!!要は敵対しなければいいんだから!?アレは馬だし!グラングラみたいに仲良くすればいいんだから!?)


 悩んだ挙句に自分では良い考えだと思ったのか、ぽんっと手を打ったアタシ。アタシは何をトチ狂ったのか、逃げるのも戦うのも放棄し、話し合いで決着を付ける方向に決めた。

 相手は馬だが、幸いアタシは今朝の事を鑑みても何故か馬に人気がある。初対面のグラングラやその仲間の馬達がアタシにハム付きまくってきたのがその証拠だ。ルロイがアタシの媚香の効果だとかなんだとか言っていたけれど、この際助かるならなんだっていい。

 そんなワケでアタシは目の前の灰色のお馬さんに下手に、もとい、友好的態度で出ることに決めた。


「お、お馬さ~ん♥」


 アタシは右手を上げて、止まった時間の中をアタシをガン見しながら走って来る灰色のお馬さんに笑顔で手を振りながら呼びかける。出来るだけ敵意を抱かれないよう、フレンドリーに、何ならちょっと媚びた声色で。


「灰色のお馬さ~ん♥ちょっとお姉さんと、お話、しよっか~♥」


 自分で言っていてちょっと気持ち悪いななどと思うが、敵意を抱かれて時止め中にどてっぱらに大穴を開けられるよりはマシだ。アタシは灰色のお馬さんに笑顔で手を振り続けた。

 そう、振り続けたのである。後で考えればもっと早く気付くべきだったのだけれどもう遅い。マースと、ロシュくんと、グラングラと、木も風も空も、肝心の灰色のお馬さんとアタシ以外、何もかも白くなって一時停止しているハズの時間の中で、アタシは灰色のお馬さん相手に手を振り続けたのである。手を振り続けたのである!


 -ドドッ、ドドッ、ドッ-


 灰色のお馬さんがアタシの目の前まで来た。


「あはは♥どうもこんにちわ~♥」


 お馬さんの前でニコニコと笑顔をキメて手を振っているアタシ。お馬さんはそんなアタシの目の前で、


「お前、なんで動けるの?」


 と、ちょっと低めな男性風の声でそんな事を言いながら、スッと立ち上がり、二足歩行を始めたのである。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。


時間停止とか言う反則技。

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