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18.深淵と救世_05

(神様、どうかマースを……神様ってフラ爺だこれぇ!?)


 祈りを初めてすぐに変な雑念が混じり、イエーイとピースサインを決めている笑顔のフライアの顔が浮かんできた。


(なんでこんな大事な時に思い出すのがフラ爺なの?まあ、この世界の神様なんだから祈ったら浮かんでくるのは普通か。普通か?)


 と、アタシが自分の心の声に自分で突っ込んでる間に、


「ごふっ」


 マースが咳込み、口から血混じりの嘔吐をする。


「マース!?」


 彼を心配するアタシを余所に、マースがアタシに向けてゆっくりと握った杖を横に振る。


「返事しなくていいから!治療!治療に専念して!?」

「ごふっ!がふっ!おえっ!」

「あぁ~っ!?あぁ~っ!?」


 アタシがマースに語り掛ける度に、何故か吐血と嘔吐を繰り返すマース。アタシはいよいよ持ってどうしたらいいかわからなくなり、手を組んだまま身体を左右に揺すり、奇声を上げながら挙動不審になる。何やったってぶっちゃけマースの邪魔にしかならないのは実際歯がゆい。職場で習った救命措置も回復体位だけで、今は他はまるで役に立たない。救急車は来ない、そんなモノこの世界には無い。ここは異世界オードゥスルス、ようこそエサの流着者、頂きます生き物の魂。


「おえぇっっ!オロロロロロロ」

「あぁ~っ!?マースぅ~っ!?あぁ~っ!?」


 横になっているマースの口から、止めどなく嘔吐が続く。絶望的な状況なのにアタシは何も出来ず、神様に祈っても浮かんでくる顔がフライアと言う有様。焦燥感と無力感の合わせ技でアタシは気が動転している。


「……あっ?」


 が、この辺でアタシはマースの身体の異変に気付く。


(ゲロって、あんなにずっと出るモンだったっけ?)


 マースの吐きっぷりに違和感を覚えたアタシ。マースが朝喰ったモノはついさっき彼が吐いたアタシの右肩にまだたっぷり掛かっているし、胃液も吐血もマースの小さな体からあんなに大量に出続けるのはおかしい。じゃあ今吐いている中身はなんだって事になるワケで。マースの吐しゃ物は最初こそほんのり赤茶色の色が付いていたモノの、段々と色が薄くなり今はほとんど透明になっている。頭の上に疑問符を浮かべたままのアタシの前で、マースは口からマーライオンみたいにドポポポっと透明な液体を吐き続ける。


「……マース?」

「オロロロロロロ……あふっ、げぷっ、はい?なんでしょう千歳姉様?」


 顔の青あざこそ治ってないモノの、何故かケロッとした顔で普通に返答し出したマース。アタシは彼が何をやってるのか分からず、もう一度問いかける。


「大丈夫なの?今何やってるの?」

「無詠唱で治療をしてます。今吐いてるのは体内洗浄用の魔術で作った水ですね。オロロロロロロ」

「無詠唱?」


 アタシは気が動転して気付いていなかったが、アタシがマースから離れた辺りから、ずーっとマースの持っている杖の先端の青い宝石がピカーっと光り輝いていた。マースにはどうも無詠唱、つまり、黙って治療を、それも体の内側からじっくりとやっていたらしい。それでマースが吐き続けてるのは体内洗浄用の水と来たもんだ。


「ああ、無詠唱ね、無詠唱、おーけー、おーけー。ははははは……」


 アタシの乾いた笑いが辺りに響き渡る。


(杞憂で終わって良かった)


 マースが無事な事に安堵したアタシは完全に身体の力が抜け、その場にポトリと横になった。


「けぷっ、千歳姉様?大丈夫ですか?髪が伸びて銀色になってますけれどー」

「あー、うーん、なんかこんなんになっちゃってたけど大丈夫だよー。マースは傷治るのにどれくらい掛かりそうー?」

「10分くらい放っておいてくれれば、完治するかとー。オロロロロロロ」

「そ、そうなんだー」


 またマーライオンと化したマースを見てるとそのビジュアルに噴き出して笑いそうになるので、アタシは向きを変えて後ろを向く。ちょうど後ろを向いた時、ハラワタが四散したケリコの遺体が目に入った。


(ケリコのお墓作ってあげなきゃ)


 アタシはプレクトの時も彼の墓を作った。ケリコの魂はプレクトと違ってまるで反応をしてくれないのが心配だが、魂さえあればまだ生き返る道はある。そうだ、アタシにはケリコを蘇らせる、と言うか、転生させる術がある。


(ヴァルキリーの身体を使えば、ケリコの魂も、ね?)


 丁度今一人だけ転生体になってくれそうなヴァルキリーがいるのを思い出した。アタシの魔眼の影響下にいるアリアーヌだ。時折人の心があるような挙動をする彼女をケリコの転生体に使うのは申し訳ないような気もするけど、ケリコをこのままアタシの中に置いておくワケにもいかない。


(このまま帰ってケリコが死んだって伝えたら、多分キートリーが落ち込む。もしかしたら泣いちゃうかも。キートリーの事だから、どうせ誰も見てないところでひっそりと泣くんだろうけど、そんな悲しい事あの子にさせたくないし)


 キートリーが悲しそうに泣く姿を想像し、アタシは重い腰を上げた。アタシはすっくと立ち上がって、ケリコのお墓を掘ることにする。


(どうせマースが治療終えるまで暇だし、丁度いいや)


 そう思って、自分の口元に右手を当てた。今はスコップもシャベルも持ってないのだ、素手で地面を掘るにはキツイので、プレクトの時と同じように自分の無駄に堅い悪魔の爪で掘らせて貰おう。とそう考えていたのだけれど、


(ん?)


 どうも様子が可笑しい。いつも悪魔に変わる時にアタシの身体に流れる、バチッと言う電気の感覚が無い。


(あれっ?)


 もう一度口に右手を当ててみたモノの、やはり電気の感覚は無い。


(えっと……?さっきアタシは何をやったか?)


 アタシは少し前の事を思い出す。アタシの両腕から発生した深淵の闘気は、アタシの両腕を中心にブラックホールのような空間を作り出し、中に居たルロイを魂ごと消滅させた。


(あの深淵の空間か?あっ?)


 アタシは自分の長くなった銀色の髪を見て大体察してくる。ヒーロー物でたまにある、限界を超えた力を発揮したが為に、変身機能に支障をきたすアレだ。


(あの深淵の空間が、アタシの限界を超えた力ってワケ?で、そんなモン発揮したせいで、アタシの髪の色が変わって?悪魔への変身機能がぶっ壊れた?)


 人間体のまま、血の気が引いて青い顔をし出すアタシ。


「つまり……変・身・不・能……ってヤツぅ~~~っ!?」


 つい両手で頭を抱えて叫ぶアタシ。


「千歳姉様?どうかしましたか?」

「あっ、うん、何でも無いよ?うん」

「う???オロロロロロロ」


 寝っ転がったままマーライオン……じゃなかった、治療を続けているマースに心配を掛けないよう、問題ない風を装って返答するアタシだったが、問題は大有りだった。


(素手でケリコの墓掘るの!?いやちょっと待って!?それ以前にここゴブリンの出るシュダ森だよね!?マースあと9分は動けないよ!?もっと待って!?確かアタシ達出てくるとき、パヤージュ達はルプス族に結界破られてとんでもないピンチだったよね!?ああっ!?あぁ~~~!?)


 ルロイからマースを取り返して何か全て終わった気でいたが、実際のところ何も終わっちゃいない。パヤージュ達のいるボーフォートのメグ救出作戦の本隊は、絶賛ルプス族と戦闘中。パヤージュ達は敵に結界の中に侵入されて多分みんなで大乱戦中。キートリーは敵のど真ん中で恐らく孤立中。グレッグさん達騎兵隊はルプス族の火球で燃やされて多分真っ黒こげ。どこに安心する要素があるのか?いや、無い。


「あぁっ!?ああっ!あああ???んんんん????」

「千歳姉様?やっぱりまだ何か?」

「ああっ!なんでも無いよっ!?なんでもっ!!」

「ううん????オロロロロロロ」


 一人で起きてる事態にテンパって焦るアタシは、またマースの質問に問題ない風を装って返答してしまう。


(と、とりえあず、ケリコのお墓を掘ろう)


 アタシは何もかもワケがわからんくなってきたので、とりあえず目前の課題であるケリコの遺体を埋めることにした。悪魔の爪で掘るより素手の方が当然大変だけど、贅沢言ってる暇は無いのだ。アタシは右肩に掛かりっぱなしのマースの吐しゃ物をちょいちょいっと払い落した後、両手に橙色の闘気を纏わせて道端の木の下の一心不乱に手を突っ込み、土をかき分け穴を掘り始める。


「ほおおおぉぉっぉっっるぅぅぅっっっ!!って、なんだこれぇぇぇ!?」


 勢いよく土を掘っていた時、そんな時に限って土の中から何か出てきてしまうモノで、アタシが手で掘った地面からは金色のハートマークな形をした石のようなものが出土してくる。異世界であるオードゥスルスでハートマークのモノが普通に出てくる時点で既に異様な雰囲気だ。


「なにこれ?ホントなに?」


 アタシがそれを手に取りマジマジと見つめていると、頭の中にどこかで聞いたことのある誰かの声が聞こえてきた。


『こんな感じで土に埋まってるかもしれないから、私の魂、ちゃぁんと見つけてねぇ~♥』


 その誰かの声は、フライアであった。恐らくアタシの記憶を読み取った時にこのハートマークの形を思いつき、練習も兼ねてこの石に自分の魂を入れてここに埋めたのだろう。しかしだ、


「チュートリアルをこんなところに埋めるなぁぁあぁーーーっっ!!!!」


 思わず自分の祖父の行いにツッコミの叫びを入れるアタシ。ここはどう見てもシュベルホ村への通り道で、実際一度バヤールに乗ったまま通り越している。アタシがこのまま気付かず掘り起こさなかったらどうするつもりだったのか?


「千歳姉様ー!?」

「ひっ、独り言ぉーっ!!」


 後方で引き続き治療中のマースには何も無いと答えておく。こんなこと真面目にマースに話しても、自分の信じてたメルジナの女神様が、道端に自分の魂を埋めて孫に見つけて貰おうとかやってるアホな神様だと言う事実を知り落胆するだけだ。

 そんな事よりアタシはさっさとケリコの遺体を弔ってやるべきである。ヴァルキリーに転生してから自分の遺体が道端に転がってるのを見たら嫌でしょうよ?

 そんなワケで拾ったハートマークの形の石の汚れを自分の服で適当に拭い、そのまま口の中へ頰張り、


「ン゛、ごくんっ」


 勢いよく飲み込んでフライアの魂を自分の中へ取り込む。例によってアタシの胃の中で炭酸飲料のようにパチパチと元気よく弾けるフライアの魂の石。

 そしてアタシの意識の中にやたらデカい紫色の魂が浮かぶ。フライアの魂だ。ヒルドはアタシが取り込んだフライアの魂に酷く怯えていたが、今アタシの中にいるケリコの魂はやっぱりまるで反応は無い。

 悩んでいても仕方がない無いと、アタシはまた気を取り直して土を掘る。


「はい、と、言う訳で、ケリコの遺体を埋葬しました。墓標は折れたケリコの杖です、はい」


 引き続きテンパってるアタシは思ってる事をそのまま独り言にして言葉に出している。とりあえず道の端っこの地面に掘った穴にケリコの飛び散った遺体を全部かき集めて埋めた。墓標としてケリコの折れた杖を二本組み合わせ、更に例によって杖を縛る丁度いい長さの物が無かったので、フライアに貰った今来てる黒装束の左袖、その生地を破り二本の折れた杖を組み合わせケリコのお墓を作った。右袖はプレクトのお墓に使ったので、おかげで今のアタシは両腕が見事にノースリーブだ。


(島に来る前に脇の処理をしっかりとしておくんだった。こんなことで後悔するハメになるなんて……この場で全部むしってやろうか?いや、痛いからいいや)


 両脇がノーガードになってしまい、アタシの脇は今や無防備だ。しかし今更恥ずかしいだのなんだと言ってる余裕は今のアタシには無く、脇でもなんでも見せつけてあげるしかない。まあアタシの脇を見て喜ぶ変態もこの世界にはおるまい。いや、前の世界でもいないとは思うけど。


(いや、でもやっぱ目立つかなこれ?)


 やっぱり心配になって左腕を上げて自分の脇を確認するアタシ。毛自体は割と薄い方ではあると思う、多分。そんな事を思いつつ右手で左脇の毛をぐいぐい引っ張っていた時、後ろから声が掛かる。


「千歳姉様?」

「ホアアーッ!?」


 奇声を上げて赤面しながら腕を下ろし脇を隠すアタシ。後ろにはいつの間にか魔術での治療が終わったマースが不思議そうな顔でアタシの所業を見つめて立っていた。彼はルロイの杖を背中に背負い、着ている白いローブこそ所々血と吐しゃ物で汚れているモノの、その他は顔と身体ともに外傷も無く綺麗な状態に戻っている。


「千歳姉様、脇がどうかしましたか?」

「……マース、あれ、重大な事思い出した」

「う?は、はい」


 アタシは強引に話題を逸らす。マースの肩に両手を置いて、そのまま道の真ん中にマースを誘導して二人で戻る。

 アタシの目を見つめたまま、何の疑いも持たないまま、ぱちくりと瞬きをしている綺麗な朱色の瞳の少年。アタシはそんなマースを見て、ルロイに言われた事を思い出す。


『貴女の身体からは、今もほんの僅かに媚香が出続けている。貴女はそのわずかな媚香の力で無意識に人を魅了しているんです』

『誰もが無差別に無意識に貴女を好きになってしまう』

『誰もが貴女に惹きつけられる。まさに心を惑わす悪魔と呼ぶに相応しい』


 ルロイに言われてから、ずっと気にかかっていた。マースがアタシを好きなのは、マース自身からも聞いているし、チョーカーの力でマースの気持ちを読んだりもしたので、知っている。知っているけど、それは全部、アタシが悪魔の力で彼の意志とは関係なく、無意識にアタシを好きにさせているから。アタシの声がマースの母親のヌールエルさんに似てるからとか、アタシの見た目や仕草、情けない性格が彼の庇護欲を刺激しただとかなんかは、結局はアタシの悪魔の力が彼にアタシを好きになるように仕向けていたからに過ぎない。となれば、彼の本心はどこに?悪魔の力を除いた時、彼はアタシをどう思うんだろう?それが、知りたかった。

 だから少し深呼吸をしてから、彼の目線に合うようにしゃがみ込み、目を見つめて、彼の白いローブの裾を右手の人差し指と親指で摘まみながら、聞いてみた。


「すぅー、はーっ……あのね、マース」

「はい」

「もしも、もし、アタシが、誰でも知らない内に好きにさせてしまう能力を持ってて、それがマースにも掛かってて、マースの知らない内に、勝手にアタシを好きになるように仕向けてしまっていたとしたら、マースはどうする?」


 アタシの問いに、ぽかんと口を開けたままアタシを見つめているマース。アタシの内心は、不安ではち切れそうだった。今ここでマースに、よくも僕の心を弄んだな、とか、軽蔑の目を向けられ裾を掴んだ指を払いのけられて後ずさりされたりとか、そんな事をされたら、アタシは何もかも投げ捨てて自分の殻に籠ってしまうかもしれない。だけど、何も聞かないでそのままモヤモヤした気持ちを持ち続けながら生きるのもアタシには出来ない。過度の緊張で早鐘のように打つ自分の心臓の鼓動を感じながら、アタシはマースの返答を待った。


「どうもしません」

「えっ?」

「僕の気持ちは変わりません」


 マースはアタシの目を真剣な目で真っすぐ見つめ返しながら答える。彼のローブを掴んでいるアタシの右手の指が、彼の小さな暖かい両手によって握られる。


「でもさ、アタシのこの力が無かったら、マースはアタシの事なんて……」

「変わりません」

「でも」

「何も変わりません。千歳姉様の悪魔の力があろうと無かろうと、僕の気持ちは変わりません」


 自分の力を否定しようとするアタシ。だけどマースはキッパリと何度も変わらないと言い放つ。


「ジェームズ……じゃないや、ルロイでしたか?アイツに言われた事を気にしているのでしょう?」

「う、うん」


 マースはそう言ってしゃがんでいるアタシの首元に両腕を回しアタシを抱きしめた。フワリと彼の白いローブが揺れて、アタシの身体を包み込む。


「あんなヤツの言う事、真に受ける必要はありません。僕は千歳姉様が大好きです」

「……うんっ……アタシもマースが大好き……」


 彼の優しい言葉に、また感極まって泣きそうになるアタシ。嬉しくて泣きそうになるのを我慢しながら、マースの小っちゃい身体を抱きしめ返す。彼の体温を感じ、柔らかくて暖かい感触に、曇っていたアタシの心のモヤモヤが、スゥッと晴れて行く。

 そのまましばらく抱き合っていたら、マースが言って来た。


「そもそも、千歳姉様のその力は個性だと思うんですよね」

「個性?」


 いきなり何を言い出すのかと頭に疑問符を浮かべるアタシ。アタシとマースは抱き合うのを止め、また互いに目線を離したまま話す。


「はい、個性です。例えば僕やキートリー姉様のようなこの緑色の髪や、パヤージュの長い耳とかも個性ですよね?」

「う、うん?」


 自分の顔の隣りでピンッと右の人差し指を立ててアタシに話すマース。


(マース達の髪の色は遺伝だろうし、パヤージュの耳はエルフの種族的特徴なのでは?)


 アタシはそんなことを思いちょっとツッコミたくなったが、マースなりの言い分があるんだろうとしてここは黙る。


「もっとわかりやすいところで行けば、キートリー姉様は普段あんな感じでツンツンしてますが、裏ではよく僕やケリコの事を考えてくれる優しい方ですし、ついでに植物が好きで園芸が趣味の一つです」

「キートリーが園芸!?」

「そうです。キートリー姉様が屋敷の庭師とああでもないこうでもないとよく話しているのを見てます。これも個性ですね」


 ぱっと見ガタイの良い武闘派気風に見えるキートリーの趣味が園芸と聞き、アタシは吃驚した。長靴とツナギ服を着て土いじりをしているキートリーの姿を想像し、


(キートリーが園芸……似合わないな)


 などと失礼な事を思いつつも言葉には出さない。


「僕はその、自分で言うのもおかしいですけど結構うっかりモノで……今回も眠らされて攫われちゃいましたし……」

「眠らされた?」

「は、はい。これで」


 ちょっと言いよどみながらルロイに眠らされたと白状するマース。マースが申し訳なさそうな顔をしながら腰の道具袋からピンク色の花を取り出し、アタシの前にそっと差し出す。


「これは?」

「ルロイが持っていたモノをさっき拾いました。多分どこかの島の流着物だと思うのですが、この花の先からプシューっと煙みたいなものが出て、それを吸わされた僕は急に眠たくなって……気づいたらここで転がってました」

「なるほど」

「すみません千歳姉様、これ危ないので仕舞いますね」


 マースはそう言ってピンク色の花をまた道具袋にしまう。どうやって使うのかは分からないが、煙を吸わせると一瞬の内に相手を眠らせる事が出来るアイテムだ、危ないのは理解できる。


「あ、そうだ、あとこれなんですけど」


 そう言ってマースが道具袋をゴソゴソし、いくつか中から何かを取り出した。


「あーっ!?それアタシがサラガノから貰ったやつ!と、アタシのペンライト!」


 アタシの目の前に差し出されたモノ。それはサラガノから貰った青い宝石の付いたガラス瓶ことスタミナ回復薬と、アタシが現代日本からこの世界に流着した時に持っていた乾電池式の青いペンライトだった。


「やっぱりそうでしたか。これらもルロイと揉み合いになっている時にアイツが自分の道具袋から落としたモノですが、拾っておいて正解でした。恐らく一昨日シュベルホ村の西の砂浜で千歳姉様を見つけた時にルロイがくすねていたんでしょう。これはお返しします」

「うん!ありがとうマース!」


 アタシは喜んでマースからサラガノのスタミナ回復薬と自分の青いペンライトを受け取る。ルロイがネコババしていたんなら、そりゃ探しても見つからないワケだ。

 アタシは上機嫌で受け取ったモノを黒装束のポケットにでも仕舞おうとしたが、そもそも今着ているこの服、この胸元の上部分の開いたスリット入りのスカートな黒装束にはポケットなど無かった。


「えーと、ポケットはー……無い、よね?」


 -シュルッ-


 アタシがポケットは無いと言った途端、アタシの黒装束が何か思い出したかのように動き、両方の腰付近に袋状のモノを作り出した。


「えぇ……」

「不思議な服ですね」

「うん、まあいや助かるんだけどね」


 アタシはマースにそう答えつつ、戸惑いながらも今出来たばっかりの腰の袋にスタミナ回復薬とペンライトを仕舞う。この黒装束はフライアから貰ったモノで、かなり得体の知れない服だ。サイズフィット機能も付いており、アタシが悪魔化した時も膨れ上がった筋肉に勝手にサイズを合わせる。本当にワケがわからない。


「こほんっ、話が逸れました。話を戻しましょう。個性の話です、個性。えーと、あっ、僕は趣味でいっぱい本を読みます!」

「へえ、読書好きなんだ?」

「はい」


 マースが強引に話を元に戻した。彼はまた自分の顔の隣りでピンッと右の人差し指を立てる。マースの趣味は何となく腑に落ちた、知識を身に付けて知見を広げるのが好きなんだろう。なんというか、研究者気質な感じは元々受けている。マースが我儘だと言うのは少なくともアタシはあまり実感は無い。だいたいマースの方からアタシに合わせてくれるし、なのもなんとなく理解できる。悪い意味では無く、アタシはマースの我儘のおかげで元気づけられて今ここに居る。


「サティは歌が上手くてよく音楽会で素敵な歌声を披露してくれます」

「サティさんが歌……」


 サティさんの歌と言うのはちょっと吃驚する。確かに声も綺麗な人だけど、歌まで上手いなんて想像していない。今度聞かせて貰おう。


「ケリコは寝るのが好きらしいです。暖かそうなところを見つけてはそこで丸まって気持ちよさそうに寝ているのを見かけます」

「そっか……」


 ケリコの事を言われてアタシはまた元気を無くして俯く。ケリコの魂はアタシの中にいるけど、未だ何も返事をしてくれない。


「あっ、あー!そうそう!パヤージュは鳥と遊ぶのが好き見たいですし、父上はお酒好きで屋敷の酒蔵で一人でグッヘグッヘとだらしない顔をしているのを見た事があります!」


 マースはまた落ち込みそうになったアタシに強引に別の話題を振ってアタシの気を逸らそうと頑張る。アタシもマースが元気づけようとしてくれているのは分かるので、気を取り直して顔を上げた。


「みんなそれぞれの個性なんだと思います。そうなれば千歳姉様の悪魔の力も個性にしていいと思うんです」

「アタシの悪魔の力が個性……?いいのかな?」


 アタシの力は個性だと、そう主張するマース。アタシはイマイチ自信が持てなくて彼に聞き返す。


「いいんです、個性です、強みです、どんどん前に出していきましょう!……みんなが吃驚しない範囲内でですけど」

「はい、その節は誠にご迷惑をおかけしました……」


 マースが言いよどんだのは昨日の朝のアタシがやらかした一件の話だ。あのやらかしが無ければサーヴァントチョーカーを付けることもなく、ルロイに操られることもなかったであろう。謝りながら後悔してまた俯くアタシ。


「あーっ!?千歳姉様!千歳姉様!」

「は、はいっ!?」


 マースが俯くアタシの両肩を掴み、ぐいぐい揺さぶる。かなり強引なやり方でアタシを励ますマースに吃驚しつつも顔を上げるアタシ。


「いいですか!?皆が千歳姉様の事を好きになるのも個性です!個性だと思ってください!」

「は、はい」

「個性とは、個人的特徴です!個人を好きになるに当たって、個性を気に入るのはなんらおかしい事では無いですよね!?」

「は、はいぃー」


 マースの迫力に押されて、はいとしか言えないアタシ。


「それとは別に!僕の髪の色がある日突然緑から茶色に変わったり、本を読まなくなったりしたとして!千歳姉様は僕を嫌いになりますか!?」

「えっ?あっ、いや、心配はするけど、嫌いになったりはしない、かな」

「ですよね!!??僕だってそうです!!いつもの千歳姉様の黒い髪も好きですけど!今の千歳姉様の銀色の髪を見ても嫌いになったりしません!むしろ好きです!!確かにちょっと心配ですけど!!??千歳姉様の悪魔の力も同じなんです!!有ったら有ったで好きですし!無くなっても嫌いになんかなりませんし!!同じなんですよっ!!同じ!!わかりましたかっ!?」

「はっ、はいっ!」


 マースに両肩を掴まれたまま、彼の言う事をただ肯定するアタシ。


「じゃあこの話は終わりです!終了です!以上です!シュベルホ村に戻りましょう!!」

「う、うんっ!」


(なんか丸め込まれた気がする。するけど、でもいっか)


 かなり強引ではあったが、マースなりの理論でアタシを励ましてくれたのはわかった。もう自分の悪魔の力で悩む必要は無いし、悩んでもマースに相談すればいい。アタシの悩みは全部マースが晴らしてくれる。吹っ切れたというか、吹っ切れさせられたというか、兎も角清々しい気分だ。

 アタシは立ち上がり、満面の笑顔でマースの隣りに並んだ。マースもアタシを見てニコっと笑ってくれる。そうして彼と共にシュベルホ村へ歩を向けた、その1歩踏み出した時だった。


 -ドドドドドド-


「ヒヒーンッ!!」


 アタシ達の後方、ちょうど前戦キャンプの側の道から、地響きと馬の嘶く声が聞こえてきたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。


変身不能とか言うロマン。

そしてなかなか全力戦闘をさせて貰えない主人公。

活動報告に主人公の設定(とりあえず初期の)とか追加してみました。

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