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18.深淵と救世_04

「ふーっ!ふーっ!」


 両手を降ろしたモノの、興奮が冷めず、酷く荒い呼吸の音を鳴らすアタシ。

 アタシはルロイがどうなったのか分からなかった。ゴブリン達のように喰ったワケじゃない、ケリコのように身体を破壊し殺したワケでもない、このどちらでもない。消えたのだ、身体が、気配が、魂が、この世界のどこからも、ルロイの存在そのモノが消えた、()()した。ルロイはいなくなった、もうどこにもいない。


「ふーっ!ふーっ!」


 アタシの興奮がまだ冷めない。どす黒い感情はまだ高まったまま、アタシの中を渦巻いている。その感情のままに両手の拳を力いっぱい握り、自分の手のひらから青い血をポタポタと地面に垂らしていた時、


「はーっ、はーっ……ち……千歳……ねえさま……」


 後ろの方でほんの小さく弱弱しい声だが、アタシの名前を呼ぶ彼の声が聞こえた。


 -バチンッ-


 その声を聞いた途端、アタシの中の入っていてはいけなかったスイッチが切れる。


「マース……?」


 正気に戻ったアタシは、ゆっくりと後ろを振り向く。


「はーっ、はーっ、ちとせ……ねえさま……」


 振り向いたの目線の先には、アタシの名を呼びながら地面に地面に蹲るマースが居た。


「マース!!」

 

 アタシはマースの名を呼びながら、彼に駆け寄り、急いで彼を抱き上げる。


「マース!マース!大丈夫!?マース!?」

「へ、平気……です……はは……つっ!?はーっ、はーっ……」


 アタシに抱えられたままマースが強がりを言って笑って見せる。だが強がる彼は苦しそうに肩で息をしていて、とてもじゃないが平気には見えない。マースの可愛い顔は目元も頬も鼻も青あざで酷い色になっており、彼の綺麗な緑髪と白いローブは所々血で赤黒く染まっていた。彼の左手は酷い切り傷でこちらも真っ赤に染まっており、指の隙間からところどころ真っ赤な肉と白い骨が見える。


「全然平気に見えないよマース!?魔術は!?治癒魔術は!?」


 焦るアタシは、マース自身の治癒魔術でのケガの治療が出来ないかと彼に聞く。本当はアタシが治せるモノなら治してあげたいのだけれど、アタシにはそんな便利な技術も道具も力も無い。


「はーっ、はーっ……姉様、アイツは……?」

「消した……アタシが消したっ!」


 マースにルロイの事を聞かれてアタシは表情を曇らせた。アタシは人生で初めて明確な殺意を持って相手を殺した。例え相手が悪人だったとは言え、自分が何をやってしまったのかを改めて思い知る。当然ながら気持ちのいいモノでは無い、すっきりするようなモノでも無い。確かな罪悪感がアタシの心をチクチクと責めたてる。


「そうです、か……」


 アタシからルロイが消滅したことを聞いたマースが、少しだけ残念そうな顔をしたような気がする。


「はーっ、はーっ……つ、杖は、ありません、か?」


 マースは苦しそうにしながらも杖が無いかとアタシに聞いて来た。マース自身はシュベルホ村で攫われた瞬間から杖を持っていなかった為、彼の愛用の杖は今この場に無い。


「杖?杖!?」


 マースに杖が無いかと聞かれ、アタシは急いで周りを確認する。キョロキョロと周りを見まわしていた時、ふと強烈な血の臭いが漂っている事に気付き左を向いた。そこには僅かに上半身と下半身の形が分かるだけのそれ以外破裂してしまったケリコの遺体と、ケリコの背負っていた杖があった。


「ケリコぉ……」


 悲嘆に暮れた表情をするアタシ。ケリコの杖は確かにあった。だがそこは目を背けたくなるような惨状で、肝心の杖はアタシの踏みつけでケリコの身体ごと粉々になっておりとても使えそうな状態ではない。彼女の悲惨な遺体を見た事により、罪悪感が一層激しくアタシの心を刺し責め立てて、心が締め付けられるように苦しくなってくる。


「はーっ、はーっ……ケリ、コ……」


 マースは荒い息を上げたままケリコの遺体を見て、悲しいような、悔しいような、苦悶の表情を浮かべている。


「僕、が、はーっ、はーっ……もっと、早く、はーっ、はーっ……」


 マースは何も悪くないのに、そう言って自分を責める。


「違う、マースは悪くないっ!アタシがやったんだ、アタシがケリコをこっ……殺した、の」


 アタシはマースが気に病まないようあえてドライな感じに振る舞うつもりだったのだけど、自分がやってしまった事を考えるとどうしても動揺して声が震えてしまった。罪悪感で心が痛くて、不安で不安で堪らない。

 だから自分の心を落ち着かせる為、青い腕でマースを軽く抱きしめた。本来なら年長のアタシがマースを元気づけるべきところを、こんな時でも自分の事しか考えられない。我ながら身体は大きくても心はちっちゃい、自分勝手で臆病で優柔不断などうしようも無いヤツで、自己嫌悪で本当に嫌になる。

 そんなアタシの腕の中で、マースが右手でアタシの右手の甲を握り、アタシの手のひらをアタシの首へ、サーヴァントチョーカーへと押し付けた。すると右人差し指のマースの指輪、マスターリングが赤く光る。


(ごめんなさい、千歳姉様。またチョーカーの力、使います)


 申し訳なさそうに謝るマースの声がアタシの頭の中に響く。アタシの思考と感情が、チョーカーを通じて全てマースに流れ込んでいく。同時に彼の思考と感情が、全てアタシの中に流れ込んで来る。


(これ、は……?)


 マースの思考から、とある少女のイメージが浮かんできた。


 僅かに身体を隠しているだけの、ぼろきれを着ている、ボサボサな体毛の、ガリガリな身体の猫獣人の少女がいる。捨てられた猫のような、何もかもに怯えているような不安げな表情で、身体を震わせながら、大きな屋敷だろうか?そこで毛布に包まりながら、キョロキョロと落ち着きなく周りを見まわしている。近くには、両腕を組んで偉そうに立っているロングウェーブな緑髪で赤ドレスを着こんだ少女が居た。視点の主は、その少女に近寄り、寄りかかるような体制でボロボロの怯える猫少女を見つめている。


 ザーッっと砂嵐のようなモノが流れた後、場面が変わった。次の場所は、教室、だろうか?屋根の無い青空教室だが、いくつかの小さな椅子と、いくつかの手持ち出来るサイズの小さな板とチョークのようなモノ、教卓らしきモノが見える。視点の主は遠巻きから見ている様子で、遠くでワンピースを着た、いくらか毛並みのマシになった猫少女が、近くの木を背に数人の子ども達に囲まれ何か口論をしているのが見えた。猫少女の足元には、真っ二つに割れた小さな板が落ちていて、猫少女は必死な表情で首を横に振っている。するとどこからか緑髪で赤ドレスを着こんだ少女が現れて、足でドンッと地面を踏みつけた。視点の主が吃驚したのか少しよろけたのか、画面がゆらっと揺れる。すると猫少女を囲んでいた子どもたちは蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行った。残された猫少女と赤ドレスの少女は、落ちて二つに割れていた小さな木の板を拾い、二人で何かを話し込んでいる。


 またザーッっと砂嵐のようなモノが流れた後、場面が変わった。次の場所は、庭、だろうか?大きな庭で、視点の主の視線の先、少し離れた場所には、木で出来た的のようなモノが地面に置いてある。視点の主の隣りで、幾分かふっくらとした身体つきになった猫少女が、短い杖を持って何かを叫んでいた。何度やっても上手くいかない様子で、薄っすら涙目のまま杖を振り続けている。視点の主は先端に青い宝石の付いた長い杖を持っている様子で、こちらはひょいひょいと軽く杖を振っては杖の先から発射した氷の塊を的に的中させていた。そんな時、またどこからか緑髪で赤ドレスを着こんだ少女が、今度は古びた本のようなモノを持って現れて、猫少女と話し合っている。二人は座って互いに話し合った後、立ち上がって隣同士で片手に小さな杖を構え、的に向かって一緒に何かを叫び出す。するとどうだろう、猫少女の杖の先から、小さな氷の塊が発射された。猫少女の撃った氷の塊は的に届かず、ぽとりと地面に落ちたモノの、二人は手に持った杖を放り投げ、互いに手を繋いでぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている。


 またまたザーッっと砂嵐のようなモノが流れた後、場面が変わった。次の場所は、厳かな雰囲気の建物の中だった。すっかり成長し、白いケープとちょっと短いスカートに身を包んだ猫少女が、祭壇の前で大きな杖を持った厳格な感じの白髪の老人の前に跪いている。白髪の老人は隣の初老の男性から、先端に青い宝石の付いた長い杖を受け取り、猫少女にゆっくりと差し出す。猫少女は跪いたまま、両手を差し出してその長い杖を受け取った。白髪の老人と初老の男性が祭壇から離れた後、長い杖を持った猫少女は視点の主と、その隣に居たこちらもすっかり成長し幾ばくかガタイがよくなった緑髪で赤ドレスの少女に近寄り、嬉しそうに杖を見せびらかすように掲げてぴょんぴょん跳ねている。赤ドレスの少女は、一度大きなため息を吐いた後、猫少女の身体を軽くひょいっと持ち上げ、その場で猫少女を抱えたままぐるんと横に一回転した後、満面の笑みで建物の扉を蹴り開けて猫少女ごと外に走り出て行った。

 その時、視点の主が聞いた声がアタシの頭の中にも流れた。


「ほらほらっ、貴女がやり遂げたって事!アイツらにも見せびらかしに行きますわよっ!」

「ニ゛ャッ!?キ、キートリー様ぁ~~っ!?」


 イメージが見えたのは、ほんの一瞬だった。だけどアタシの記憶にはしっかりと彼女達の思い出が刻まれる。アタシは、このマースの記憶で見た猫少女と赤ドレスの少女、そして視点の主が誰か悟った時、自分がまた両目から涙を垂れ流している事に気付いた。


(アタシとメグと同じだ。キートリーとケリコは、アタシとメグだったんだ)


 親友と幼馴染、その差はあれど、二人共とても親しい中であった事、その事にアタシは自分とメグの関係を重ね、もしメグが死んだら?との思いを重ね、悲しみの感情が涙となって止めどなく溢れ出る。そして、キートリーにとってそのメグに当たる人を、アタシが踏み殺してしまった事、この膨れ上がった罪悪感がアタシの心にトドメを刺す。


 -スウゥッ-


 悪魔化を解くなんて思考にまで頭が回ってすらいないのに、アタシの悪魔化は解除され、アタシは人間体に戻ってしまった。角も翼も消え、肌の色も身体中に走る黒い模様も消える。ただ、伸びた髪は戻らず、髪色も銀色のままであったが。

 人間体に戻ったアタシだったが、


「うぅぅ……ああぁ……ごめ、ごめんねケリコ、ごめんねキートリー……ああぁぁぁ……」


 涙が溢れて前が見えなくなって、口からは嗚咽の声が漏れて、両手が震えて、全身に悪寒が走っていた。弱いアタシの心はもう耐えられない。

 そんなアタシの頭の中に、マースの声が聞こえてきた。


(ケリコ、そこに、千歳姉様の中にいるんですね?良かった……)


 悲しみに包まれた声でありながら、どこか安心した様子のマースの声。アタシがマースの思考からキートリーとケリコの記憶を覗いたように、マースもアタシの思考からケリコの魂の場所を探り当てたようだ。

 そんな時、アタシに抱きしめられているマースが少し苦しそうな顔をした。


「うっ、うえええっっ」


 -ビチャビチャ-


 アタシの右肩から胸にかけて、マースの口から赤い血と胃の内容物が混じった鉄っぽくも酸っぱい臭いの吐しゃ物が掛けられた。


(ご、ごめんなさい、千歳姉様……なんか、気持ちが悪くて)


 アタシはマースの心の声と吐しゃ物の臭いで我に返る。


(悲しんでいる場合じゃない、マースの治療が先だ)


 アタシはマースに掛けられた吐しゃ物はそのままに、抱きしめたままの彼の背中を手でポンポン叩きながら、また杖を探し周りを見渡す。すると右の方に日光を反射してキラリと青く光るモノが見える。


「マース、あったよ……アイツのだけど」


 いつ落としたのか、アタシ達の右側にはジェームス、いや、ルロイの杖が落ちていた。特にどこか折れている事も無く、使い古しではあるモノの使えはしそうだ。

 アタシはマースを抱えたまま、少しよろけながら立ち上がった。そのままルロイの杖の側に近寄り、しゃがんで左手で杖を拾う。


「マース、これ、杖」

「ぅ……」


 マースの無事な方の手、マースの右手に杖を握らせる。そして抱いたままのマースを地面に横向きに寝かせる。そしてマースにいわゆる回復体位と言う体勢を取らせた、簡単な救命処置の一つだ。気道確保のためにマースの下顎をくいっと上に向け、後ろに倒れないようマースの右側の足を前に出し、膝を90℃曲げておく、それだけ。それだけだが、傷病者が吐いた場合の窒息を防ぐことが出来る。

 本当なら抱きしめたまま介抱してあげたいけど、アタシがマースに触れたままではマースが魔術を使えない。悔しいけどアタシが触れている水魔術を無効化される、そう言う体質なんだ。アタシはマースから離れるしかない。


「マース、アタシ、離れたよ」

「ぅ……」


 マースから離れたところで銀色になってしまった長い髪を揺らしつつしゃがみ込むアタシ。小さな声で微かに返事するマースを見ていると、アタシはまた不安になってくる。魔術は唱えられるのかとか、喉にさっきの吐しゃ物が詰まっていて呼吸が妨げられているんじゃないかとか、そもそも気持ちが悪いと言っていたから、ルロイに執拗に頭を殴られた時に脳震盪を起こしているんじゃないかとか、いろいろだ。だけど分かっていても、いくら心配しても、アタシが今のマースに触れれば彼の魔術の邪魔になる。今のアタシには祈ることぐらいしか出来ない。

 だから、アタシは地面に跪き、両手を合わせて神様に祈る。


(神様、いるならマースを助けて)


 普段大して信じてもいない神様に、こんな時ばっかりは頼るのだった。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。


主人公のシリアスはここまでです。

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