18.深淵と救世_01
マースを攫い逃げる狐獣人を追いかけるアタシとケリコ。今はマースの救出が最優先、ケリコが何故ついて来たかこれ以上呑気に追及してる暇も無く、アタシ達は狐獣人を追いかけ続ける。
マースが攫われるのを見た時、アタシは守ると約束したパヤージュを迷った挙句に置き去りにして出てきた。攫われたマースを取り戻すか、結界に穴が空いたパヤージュ達を護るかの2択だったけど、結局マースを選び、パヤージュ相手に恰好だけ付けて約束を守らないアタシはかなり最低の部類の人間になるんではなかろうか。またパヤージュと顔を合わせた時、二度と近寄らないでとか裏切ったとか言われても何も言い返せない。多分彼女からのアタシへの信頼は地に落ちたと思う。本当にごめんなさい。
さて、ここまでやっておいてマースを取り戻せませんでしたでは最早なにやってんだお前状態になるので、アタシは、
「マース!必ず助けるからね!!」
と狐獣人に抱えられ連れ去られているマースに声を掛ける。勿論気休めだ。マースはぐったりとしたまま動かない。外傷は無いようなので多分気絶しているだけだとは思うんだけれど。
とは言えやっぱりパヤージュ達も心配だったアタシ。
(バヤールの皆は……あっそうだ)
と、ここで戦える人物がもう一人だけアタシの中にいる事を思い出す。そしてその人物にパヤージュ達の救援に向かって貰おうと、自分の中に意識を向けるアタシ。
(ヒルド!お願い出て来て!アタシの代わりにパヤージュ達を助けに行って欲しいの!!ってあれ?ヒルド?ヒルドー???)
(……ご、ご主人様、こっ、これ、ひっ、こわい)
アタシの中のヒルドは、何故か怯えて出て来てくれない。
(どうして……って、あぁーっ!これっ!フラ爺の魂のせいか!?)
怯えるヒルドの魂の隣りに、やたらデカい紫色の魂を見たアタシ。アタシは今朝、プレクトが拾ってきてくれたポムの実の中に入っていたフラ爺の魂を身体の中に取り込んでいた。その時、ヒルドがフラ爺の魂に酷く怯えてアタシの意識の奥の奥まで引っ込んでいたのを思い出す。とどのつまり、このフラ爺の魂、邪魔なのだ。なので迷ってる暇すらない今のアタシは、
(フラ爺!ごめん!これ邪魔!だから!フラ爺の魂を!潰す!!!)
-グシャッ-
アタシの中のフラ爺の魂を潰した。
(どうせ幾つも散らばってる魂の一つなんだし、1個くらいなら多めに見て貰えるでしょ!!)
と言う楽観的な思考だ。フラ爺に怒られるかもしれないけど、それはもう仕方がない。それよりも今アタシにはやるべき事がある。アタシは間髪入れずに左手を空に翳し、もう一度ヒルドに呼び出しを掛けた。
「ヒルド!出て来て!」
すると左手が熱くなり、キラリと白く光がアタシの左手から出て、光が集まり人の形を成していく。
-フワァッ-
走るアタシの左側に、アタシと併走するように空中に浮かんだままの緑色の鎧のヴァルキリー、ヒルドが出現する。
「ヒルド!パヤージュ達をお願い!」
走りながらそうヒルドに頼むアタシ。
「はい!」
-バサァッ-
アタシの頼みを聞いてそのまま踵を返してシュベルホ村の方角へ飛び去るヒルド。
(ヒルドの弓ならパヤージュ達の助けになるハズ!)
ヒルドの中身は多数のゴブリンの魂の集合体だが、ヴァルキリーに転生した彼女の射撃の腕は折り紙付き、ヒルドなら上空から弓を射ち下ろすだけでも皆の良い援護になる。剣の腕も優秀なので、接近戦になって正面からあの狼の獣人達とぶつかってもそうそう負けないだろう、との判断だ。
因みにプレクトも同じヴァルキリーの身体なので同じ弓を持ってはいるのだけれど、プレクトはアタシが3日間だけ保護者になっているだけなのであまり危険な事はさせられない。だからプレクトは戦力としてはノーカウント扱い。後はパヤージュのところに残してきたアリアーヌがどうにかしてくれるのを祈るしかない。
そう算段を付けてもう一度前を、逃げている偽物ボースに視線を向けた。だがそこに居たのは偽物ボースでは無く、ルプス族よりもわずかに長い耳を持ち、赤みを帯びた褐色の毛色の獣人。
(なんだコイツ!?って、あっ、この人が偽物ボースの正体か!)
戸惑いながらもすぐに目の前の獣人が偽物ボースに化けていたヤツだと悟ったアタシ。まるで狐のようなその獣人は、右手に杖、左腕にマースを抱え走りながら、ボースと同じ声で何かブツブツ呟いていた。
(何を言って?やばっ!また魔術だ!)
その呟きが魔術の詠唱だと悟ったアタシは、
「ケリコっ!」
「ニ゛ャッ!?」
走りながら咄嗟に後ろのケリコの前に出て、彼女の盾になろうとする。
そしてその狐獣人は右手の杖を、何故か前方の道の大きな木の方に向け魔術を発動させた。
「水の女神メルジナよ、その冷たき怒りを持って我が敵を切り刻め、アイスバースト!」
-キィィィン-
-ヒュヒュッヒュゥゥンッ!-
-バキッ!バキバキッ!-
狐獣人の杖が青く輝き、射出された氷の刃が木の方へ飛んで行き、木の幹をごっそりと切り裂いた。
(何を?)
てっきりこっちに魔術を放ってくると思っていたアタシは、相手の行動の意味が良く分からず、一旦横にずれてケリコの前を塞ぐのをやめ、とりあえずそのまま走り続けた。が、直ぐにそれの意味を理解する事になる。
-ミシミシミシィッ-
「……えっ?うっそでしょぉぉーーーっっ!?」
予想外の事態に素っ頓狂な叫び声を上げるアタシ。氷の刃で幹を削られた木が、軋む音を上げながらちょうど追いかけるアタシと逃げる狐獣人の間くらいに、モロに道を塞ぐような形で倒れ込んで来たのだ。
-ガサガサガサッ!バサァッ!-
「だああああっっ!?」
-ドンッ!-
「りゃああああーーっ!!」
考えてる暇も無かったアタシは、走りながら叫んで気合を入れつつ、足に力と闘気を入れて思いっきり跳躍、空中に飛び上がり、倒れてきた木を飛び越える。下には倒れた木と、辺りに舞う木の葉。
「ニャッ!!」
空中を跳ぶアタシの僅かに後ろには、流石猫と言うべきか、音も無く四つ足で見事な跳躍を決めて木を飛び越えているケリコ。
-ダンッ!-
「っと!」
「ニャンッ!」
衝撃と大きな音を立てて着地するアタシと、体重の差なのか、アタシとは対照的にほとんど音も無くスタッと四つ足で見事に着地するケリコ。そのまま二人揃って前を向きまた走り出したが、
「ニャッ?」
「っておわっ!?」
-ガサガサガサッ!バサバサァッ!-
アタシに落ち着く暇は無く、1本目を無事飛び越したその先、前方の道にはもう既に2本目と3本目の木が倒れ道を塞いでいた。
だが逃げる狐獣人を追いかけるアタシに止まっている余裕は無い。アタシはもう一度足に闘気を込めて全力で跳躍する。
「だああああっっ!!」
-ドンッ!-
「ってうわーーっ!?」
そのまま2本目と3本目の木をまとめて飛び越えようと空中に跳び上がったが、目の前には倒れた木の太い枝がアタシの進路上にほぼ垂直にそびえ立っていた。どう見てもアタシの身体との衝突コースで、アタシはアタシでジャンプした以上もうコースは変えられない。キートリーのように足から闘気を出して空中を蹴るなんて器用な真似が即興で出来るハズも無く、アタシはそのまま木の枝との衝突コースを直進する。
「止まれるかあぁぁぁーーっ!!」
-ヒュンッ-
アタシは瞬時に右手の爪を伸ばし、半悪魔化で青くなっている右腕で枝を左から右へと薙ぎ払った。見事スパッと切れる木の枝。だが爪の切れ味が良すぎたせいか、バラバラになった枝は空中に留まり、
-ゴンッ-
「あいたぁっ!?」
木を飛び越そうとするアタシの頭に見事ぶつかった。
「ニャッ!ニャニャッ!!」
アタシにぶつかって後方に吹き飛んだ枝を、空中で態勢を変えて綺麗に避けて見せるケリコ。
(なんか凄いぞこの子)
アタシは心の中でケリコの身のこなしに感心しつつ、
-ダンッ!-
「っっんん!」
「ニャッ!」
そうしてまた着地したアタシとケリコだったが、やはり相手はアタシ達に休んでいる暇なんて与えてくれないらしい。
-ミシミシミシィッ-
前方の4本目5本目の木が軋む音を立ててもう倒れ始めて来ていた。どうもアタシは全力ジャンプ後の着地時にスピードが落ちるようで、前方に見えるマースを抱えた狐獣人の姿がかなり離れ始めている。
「こんなの一々跳んでらんない!!」
これ以上離されては相手を見失ってしまう。そう思ったアタシは前に突き出した左右両方の手の爪を長く伸ばし、
「うおりゃああっっ!!」
-ヒュヒュンッ-
気合の入った声と共に、そのまま両腕を広げるようにして4本目と5本目の木を思いっきり薙ぎ払った。スパスパッと切れた二つの木は、そのまま道の外に崩れ落ちる。
-ガサガサガサガサッ!バサバサッバサァッ!-
ただ勢い余って長くし過ぎたアタシの爪は、倒れてきてもいない他の木々までスッパリ切ってしまっていた。左右合せて10本近くの罪も無い木がアタシの爪の餌食となり、無残に崩れ落ちて行く。
「危なってレベルじゃないんですけどぉ!?」
自分で切っておきながら自分でビビるアタシ。伸ばした爪を元の長さまで引っ込めつつ、また前の狐獣人をケリコと共に追いかける。
するとそんなアタシの様子を見ていたのか、逃げる狐獣人が逃げ方を変えた。
「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我が身体を強化せよ、ストロングボディ!」
-キィィィン-
狐獣人の杖が青く光り、狐獣人の身体が仄かに光る。すると狐獣人の逃げるスピードが格段に上がり、アタシと狐獣人との間に大きく差が開き始めた。
「あっ!?こら待って!!止まりなさいよぉぉぉーーっ!!」
(ヤバイ!逃げられるっ!)
このままでは逃げ切られてしまう。そう思っている間にも狐獣人はどんどこ遠くへ逃げて行く。アタシももう四の五の言ってられないので、走りながらお腹と口に手を当てて、半悪魔から完全な悪魔に変わるイメージをする。
(変われ!アタシ!)
-バチッ-
-メキメキ-
「んくっ!?」
頭の軋む痛みにアタシは仰け反るが、走るのは止めない。痛みと共にアタシの頭蓋骨がメキメキを音を立て角が生えるが、正直角生やすの痛いし要らないんだけど生えてしまう。アタシの手以外の部分も一気に青くなっていくが、なんで一々色が変わるのか意味が分からない。そして背中に翼を生やす、戦うだけなら要らないけど、今回は狐獣人を追いかけるのに飛ぶのも辞さないので今日は要る。マースと同じにしてあるおかっぱ頭の髪が黒色から金色に変わる、金髪はカッコイイけどアタシに似合うかと言われれば微妙。さらに身体に黒い模様が出現する、裸の時なら兎も角ちゃんとフラ爺から貰った服着てる時にこれ要る?
色々文句付けたいところはあるけれど、とりあえず完全体の悪魔に変身したアタシ。
「ふっ!」
アタシは青くなった足に闘気を込めて、逃げる狐獣人に向かって軽く地面を蹴った。
-ミシィッ!-
-ドンッ-
「ン゛ニ゛ャッ!?」
踏み込みの際に地面に思いっきりヒビが入ってアタシの足跡の形に地面が凹む。そのままの勢いで真っすぐ前に跳んだアタシ。後ろでケリコの変な声が聞こえたような気がするけど、まあさっきアタシに見せた彼女の身体能力ならこれくらい大丈夫そうな気がするので悪いけど放っておく。
-ヒュンッ-
「あっ」
「ぬおっ!?」
アタシは勢い余ってあっという間に狐獣人を追い越してしまった。思いがけぬ追い越しに間抜けな声を上げるアタシと、吃驚した様子の狐獣人の声。このままじゃ元居た前戦キャンプまで飛んで行ってしまいそうだと思ったアタシは、咄嗟に身体をクルッと回して後ろを向き、両手の爪を1メートル程伸ばして、そのまま伸ばした爪を両手諸共地面に突き刺してすっ飛んで行く自分の身体にブレーキを掛ける。
-ガリガリガリガリッ!-
アタシの爪に削られて、合計10本の長ーい削り跡を残す地面。
「……ふう、止まった」
(ぶつからなくてよかった、これ大事故になるやつじゃん。完全体での闘気の扱いは要注意だってのにほんとアタシは)
などと自分の不注意を反省しながら立ち上がり、狐獣人と狐獣人が抱えているマースの方を向く。アタシに行く手を阻まれた狐獣人の彼は、アタシの身体能力を目の前にして逃げるのを諦めたのか、それとも何かまだ策があるのか、どっちだが分からないけど道の真ん中で足を止めていた。彼はやはりと言うか、また目を瞑っている。よほどアタシの魔眼が恐ろしいらしい。
そんな彼を見つつ、アタシは彼に語り掛ける。
「ねえ、もう逃げられないと思ってくれてるんなら、マースを返してくれない?」
「……」
「答えてよ」
「……」
「ねえ」
アタシの要求に耳だけをぴくぴくと動かし、目を瞑ったまま全く答えない狐獣人。
「黙ってちゃわかんないじゃない」
「……」
このままじゃ埒が明かないと悟ったアタシは、実力行使に出る事を決めた。
「答えてくれないなら、力で取り返させてもらうから」
アタシは伸ばした両手の爪を元の短さに戻し、広げた両手をほぐすように振りながらその場でトントンとほんの軽く跳躍。その後、片足を半歩前に出して闘気を込めずに両拳を握り、両手を顔の前で構えて、キッと狐獣人を睨みつつ闘いの構えを取る。
(爪も闘気もダメ、どっちも使ったら手加減出来ない。上半身もダメ、あのまま脇にマースを抱えられてちゃマースまで傷付けちゃう。やるなら下、足をやる、か)
アタシと10メートルも離れていない近い位置にいる狐獣人。彼は片手に杖を握り、脇にマースを抱え、目を瞑ったまま動く様子は無い。アタシはとりあえず彼の足に狙いを定めた。マースを傷付けないようにしつつ彼を行動不能にするには、相手の足の骨を折り、物理的に走れなくしてしまえばいい。少々物騒な発想かもしれないけど、この世界には治癒魔術なんて便利なモノがある。魔術で治せるなら足を折るくらいどうってことは無いでしょうよ。
「悪いけど、骨の1本や2本は覚悟してね?」
アタシがそう言って踏み込もうとした時、狐獣人は口を開いた。
「フフフ……ハハハ……ハハハハハハ」
「何が可笑し……え?」
こちらを嘲笑しているかのような笑い声に、思わず文句を言いそうになったアタシ。だが、アタシの聞いた狐獣人の声は、彼の声には聞き覚えがあった。
「えっ?えっ?」
(なんで?なんで?)
どうして彼と同じ声がこの狐獣人から発せられるのか。理解が及ばず構えまま疑問の声を上げ続けるアタシ。
彼は笑いを止め、目を瞑ったままアタシに顔を向けて言った。
「やはり面白い、面白いですよ貴女は。水魔術を完全に無効化する体質に加え、その絶大な圧倒的なまでの悪魔の力を持っていながら、自ら力を振るうのはまるで好まず、この期に及んで私を殺そうともしない蜂蜜のようなその甘い思考」
「なんで……?いやいや、またアタシを騙すつもりなんでしょ?その手は食わないから」
アタシは目の前の狐獣人が彼であることが信じられず、考えを吹き飛ばすように首を左右に振った後、またキッと狐獣人を睨む。彼が偽物ボースの時のように、アタシの知っている彼の声に化けているのだと思い込もうとする。
(だってそうでしょ?昨日、グレッグさん達の前でアタシが悪魔化した時、ショーンさんと一緒にアタシを庇ってくれた人だよ?アタシの吸精が暴発してマースが死んじゃいそうになった時、マースの命を救ってくれた人だよ?戦いが始まるまで、さっきまで皆と一緒に楽しそうに笑っていた人だよ?)
アタシは精一杯の考えを巡らし、何となく心の奥底で察し始めている答えを否定しようとする。だが、考えれば考えるほどアタシのそんな儚い願いは崩れ去って行く。
(でも、バヤール5両目から信号弾が打ちあがった時、確認しに行ったのは彼だった。彼が5両目のバヤールに移った後、アタシは彼の姿を一度も見ていない。偽物ボースが外に居た時も、一度も彼は外に顔も聞こえる様な声も出していない。それに彼だけじゃなくて、結界が消えたとき、5両目の兵士達だけ、全く誰一人として姿を見せていないし声も出していない)
アタシの頭の中で状況証拠は揃っていく。それでもまだ、彼が裏切り者だったと言う事を信じたくないアタシ。
「っ……っっ……」
彼はショーンさんと一緒に悪魔化したアタシを兵士達から庇ってくれていた人だ。それだけで少なからず彼らに好感を持っていたし、昨日のマースの治癒の件で、更に信頼できる人だとアタシは信じ込んでいた。最初の出会いはアタシの媚香のせいで最悪だったけど、だけどこの世界で出会った人達で、マースやキートリーにサティさん、それにフライアやボースの様な身内を除けば、最も信頼に値する人だったハズだ、ハズだった。
そんな考えのアタシを嘲笑うかのように、彼は声を発する。
「おやおや、ミス千歳、動揺しているようですね?震えた声が漏れていますよ?どうしたんです?私の骨を折るんでしょう?ああそれとも、私の命を吸いたいのですか?昨日のマース様のように」
そう言って杖を持った右手を口元に寄せ、体毛の少し長い毛に包まれた人差し指で自分の口を指差して見せる狐獣人。
昨日のマースへの吸精の暴発の件、これは他の兵士達には伝えられていない。あの時のマースのテントには防音魔術が掛かっていて、どれだけ中でアタシ達が騒ぎを起こしていても外には音は漏れず知られていない。なんなら吸精の暴発だと言う詳細は、ボースにすら伝えていない。マースを野戦病院で治療させ寝かせた事は、連日の戦闘でただ少し体調を崩しただけと伝えている。だから吸精の暴発の件を知っているのは、当事者のアタシとマース、キートリーとサティさんを除けば、マースに治癒魔術を掛けてくれた彼しかいない。アタシはここにいるし、マースは目の前で狐獣人に抱えられたまままだ気を失っている。キートリーは偽物ボースが現れた時その場に居なかったけど、シュベルホ村の中央で戦い続ける彼女の声と気配は感じていた。いや、元を辿ればキートリーに偽の指示を与えて出撃させたボースが偽物、あの時から、戦闘が始まってから第4車両に乗り込んで来たボースがもう偽物で、キートリーは偽物ボースによって外に誘き出されていたんだ。サティさんはそもそも偽物ボースと対峙している。だから、もう、彼しかいないのだ。
「ああ……ああ……」
彼の決定的な言葉を聞き、最早構えも取れず、棒立ちのまま、アタシは動揺し震えた声で彼に問う。
「どうして?何故なんですか?ジェームズさん……」
シュベルホ村と前戦キャンプを結ぶあぜ道、その周りの木々の隙間より零れる日光が照らす中、アタシは今にも泣き出してしまいそうな程、酷く情けない表情をしながら、そう言った。
お読みいただきありがとうございます。
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それぞれ章を追加してみました。
章管理なんて便利なモノがあるの知らなかったそんなの……。