17.獣が来りて炎を吹く_09
-カンカンカンッ!-
-ドスドスドスッ!-
「ぎゃあっ!?」
「がはっ!?」
「ぎっ!?」
氷柱がバヤールの金属製の天井に弾かれる甲高い音と共に、地面とその上に居る人達に襲い掛かった。アタシの目の前で、女神像の護衛達と、祈る魔術師達に多数の氷柱が突き刺さる。あるモノは背中を貫かれ、あるモノはうなじを貫かれ、あるモノは脳天を貫かれる。血を流し蹲るモノ、祈りの為しゃがんだ状態から倒れ事切れるモノ、立った状態からバタリと倒れ込みそのまま動かなくなるモノ。
この氷柱の音と魔術師達の悲鳴は、結界内のほぼ全てのボーフォート軍の兵士達に聞こえたようで、
「んなっ!?なんだぁ!?今のは!?」
アタシの後ろ、第4車両の連絡管からボースの疑問の叫びが聞こえた。
「氷柱が落ちた!外の人達がっ!!」
アタシはそう叫びながらバヤールの扉から飛び出し外に出て、女神像の近くで倒れ込む魔術師達に駆け寄る。そして一番近くに居た倒れている魔術師の一人を声を掛けながら抱え上げる。
「大丈夫!?ちょっとキミ!しっかりして!!大……!?」
アタシの抱え上げた魔術師の胸部、丁度心臓に当たる位置には、氷柱が刺さっていた。彼を抱え上げたアタシの手を見てみれば、べっとりと彼の赤い血が付着している。そして彼はもう息をしていなかった。目は見開いたまま、口を半開きにして、ピクリとも動かない。
「嘘でしょ……」
まだ暖かい彼の身体を抱えながら、動揺の声を上げるアタシ。
そして女神像の周りの彼らの口から、この世界でもっとも分かり易い、死を表す事象が起こる。周りで倒れている魔術師達の口から一斉に白い煙玉がフワリと飛び出し、次々に空に昇って行くのだ。アタシの抱えている魔術師の口からも白い煙玉が飛び出し、そのまま空に昇って行く。アタシは感じた、次々と消えていく魔術師達の気配を、命を。感じなくても見りゃわかる、こんなに分かり易い死に方してくれりゃ嫌でも理解する。
どうしたらいいかわからず、呆然とした表情のまま、昇って行く煙玉を見つめるアタシ。そんなアタシを嘲笑うかのように、もう一度どこからかボースの声が聞こえてくる。
「水の女神メルジナよ、その冷たき怒りを持って……」
「千歳様!これは……はっ!?まだ数名息が!すぐ治療を!」
僅かに聞き取れる程度の小声でボース声の何モノかの詠唱が続く最中、アタシの後ろ、アタシの名前を呼びながらバヤールの第4車両からサティさんか降りてきていた。手に杖を握り、女神像周りの惨状を見ながら、まだ何人か息のある魔術師がいるらしいのか、タタタッとアタシの方に駆け寄ろうとするサティさん。
-ガチャッ-
-ガチャッ-
「今のはなんだ!?」
「何が起きたんですか!?」
サティさんに続き、第1車両と第6車両からも兵士達が数名出て来る。そんなサティさんと兵士達は、アタシの目の前で倒れている魔術師達に気を取られて、ボース声の何モノかの魔術詠唱に気付いていない。
アタシは瞬時にこの危険を察知する。
「皆!!出て来ちゃダメ!!」
「はっ!?しまっ……」
「何?」
「えっ?」
アタシの忠告に何かに気付いた風の声を上げたサティさん、何が起きているのか理解できていない兵士達。だがアタシはサティさんと彼らの反応を見ている暇も無く、
「……我が敵を撃ち貫く雨を降らせよ、アイシクルレイン!!」
-キィィィン-
またボース声の詠唱と魔術の発動を示す青い光が見えた。この時、僅かに視線を上に向けていたアタシには、上方にいくつもの氷柱が形作られて行くのが見えていた。
(マズいッ!?)
視線を前に降ろしたアタシは、咄嗟に立ち上がり一番近くに居たサティさんのクラシックメイド服に包まれた腕を右手で掴み引き寄せ、覆いかぶさるようにして彼女の身体を両腕で抱き込む。この拍子にサティさんは持っていた杖を手放してしまったが、今杖に構っている余裕は無い。
-ヒュヒュヒュヒュンッ-
-カランカランッ-
アタシがサティさんを庇うと同時に、頭上から降り注ぐ大量の氷柱の風切り音とサティさんの杖が地面に落ちた音が聞こえた。そしてまた、結界内の全てのモノの上に氷柱が降り注ぐ。今、車両から出ているアタシとサティさん、第1車両と第6車両の数名の兵士達の上にはバヤールの金属製の天井は無い。完全に無防備だった。
-カンカンカンッ!-
再度氷柱がバヤールの金属製の天井に弾かれる甲高い音と共に、バヤールの外に居るモノ達に襲い掛かった。
-スゥッ-
「くっ!」
「きゃっ!?」
アタシの腕の中で抱きこまれたまま軽く悲鳴を上げたサティさん。だが降り注いだ氷柱はアタシとサティさんには当たる事は無かった。水魔術を消し去ってしまうアタシの体質、これでアタシに降り注いだ氷柱は全て刺さる寸前に霧となって消えた。
だが車両から外に出た兵士達と、女神像周りの魔術師達はそうは行かない。
-ドスドスドスッ!-
「あがっ!?」
「ぎゃっ!?」
「がふっ……」
「おごっ……」
彼らの悲鳴を聞き顔を上げたアタシ。アタシの目の前に広がっていた光景。それは、立っていた兵士達の脳天と身体に数本の氷柱が一斉に突き刺さっていたところだった。ただ突き刺さるだけでなく、勢い余って身体を貫通した氷柱もあったらしく、開いた身体の穴から盛大に血を噴き出しつつ、バタリバタリと倒れていく兵士達。そして初弾の氷柱の魔術を喰らいながらも、僅かにまだ息の有った魔術師達。彼らに再び襲い掛かった氷柱は、彼らに脳天と身体を再び貫き、確実なトドメを刺していた。
目の前のあまりの凄惨な光景に、サティさんを抱いたまま固まるアタシ。
「千歳様、千歳様っ」
「はっ!?サティさん!大丈夫!?ケガは無い!?」
「わ、私は平気ですっ」
サティさんのアタシを呼ぶ声で我に返り、彼女のケガの心配をする。どうやらサティさんにもケガは無いようで、アタシに抱かれたままアタシの胸元で顔を上げてアタシに返答している。
さて、サティさんが平気だったのは良いが、氷柱魔術を放ったボース声の何モノか、そいつがまだ近くに居る。そいつが近くに居る以上、アタシは安易にサティさんを離すワケには行かない。またいつ氷柱の雨が降り注ぐか分かったモノじゃないのだ。アタシは周りを警戒し、そいつの魔術の青い光、その光が輝いた方向に視線を向けた。
(いる)
第6車両のバヤール、それの更に右側、結界の縁のギリギリの場所に、そこにヤツはいた。ボースと同じ見た目ながら、片手に長い杖を握っている何モノかと、そしてもう一人、ぐったりと意識を失ったような状態でそのボースの片腕に粗雑に抱えられている白いローブの小さな緑髪の少年。
「マース!?」
その何モノかの腕に、マースが抱えられているのを、アタシは見た。
「旦那様?いや、えっ……マース様!?」
アタシに抱えられたまま、遠くのボースらしきモノとマースに気付いたらしいサティさんも声を上げる。
「ドリス!?フィリップ!?だぁぁぁ!?なんだってこんなっ!?」
アタシの左前方、第6車両の扉から、氷柱の雨に倒れた新兵らしき兵士達の名前を呼びながらショーンさんがバヤールから顔を出す。
「ダニー!?トム!?クソがっ!いったい何がどうなってやがんだ!?なんで結界内で被害が出てやがる!?」
後ろから、第1車両の前で倒れている兵士達の名前を叫ぶ本物のボースの声が聞こえた。第6車両より更に右側、結界の縁で気を失ったマースを抱えているボースと、第1車両で部下の名前を呼びながら状況把握しきれていないボース。どっちが本物のボースかなんて聞かなくても分かる。何故ならボースは味方を殺したりしないからだ。
アタシは結界の縁でマースを抱えたままの偽物のボースに向かって言う。
「アンタ誰?いや、誰でもいいから、マースを返して」
「フフフ……」
アタシの要求にボースの顔と声で不敵に笑う偽物。どうやらアタシの要求には素直に従うつもりはないようで、その場から動こうとしない。そしてその正体以外にも不審に思う事がもう一つ、偽物ボースはさっきから目を瞑っている。目が見えないのか、それとも何か他にもあるのか。
(もしかして、アタシの魔眼を警戒してる?って事は、アタシの魔眼を知っている?)
推測ではあるが、半悪魔化したアタシの魔眼を警戒してワザと目を瞑っているのでないかと考えた。確かにアタシの魅了の魔眼は目を合わせた相手にしか掛けられない。目を瞑られただけでアタシの魔眼は封印されたも同然になる。とは言え普通は目を瞑っての戦闘なんて万全に熟せるワケも無いだろう。勿論、いわゆる座頭市みたいな、盲目の熟練剣士と言うフィクションでよく見るとんでもない手練れの可能性もある。油断は禁物だ。
偽物の挙動を不審に思いつつもマースを取り戻すのが先決と考えたアタシは、抱きっぱなしのサティさんから手を離し、半悪魔化した青い両拳と、両足に闘気を込めて、戦いの構えを取る。
「お願い、マースを返して。じゃないと……」
(この距離なら魔術の詠唱中に、魔術が撃たれる前に先にアタシの拳をアイツに殴り込める。間に合わないようならヴァルキリー相手にやったみたいに足元の石拾って指弾で。後ろは結界、逃げ場所は無いハズ)
背中に結界を背負ったままの偽物ボースを睨みながら、すり足でじりじりと間合いを詰めるアタシ。
「ニャッ!?」
「千歳様!?サティ様!?御無事ですか!?」
第4車両の扉からケリコとパヤージュが顔を出した。皆外は危険だって言ってるのにまるで聞きやしない。
そんな時、後方の第1車両から切羽詰まった感の兵士の声が響いた。
「結界出力が3割に低下!ダメですっ!このままではっ!!」
「んなっ!?しまったっ!!やられすぎたっっ!!」
マズイと言った風のボースの焦り声。そして後方、結界の外から聞こえてくるドスの効いた女性獣人の叫び声。
「喰らえってんだよおおっっ!!ガルルァァァアァァァーーーッッッ!!!!」
-バチバチバチバチィッ!!!-
「ゲギャアアアーーーッッ!?」
女性獣人の叫びと共に、電気がショートしたかのようなバチバチと言う音と、何故かゴブリンの悲鳴が辺りに轟く。
そして、
-バツンッ!-
一瞬、電気ブレーカーの落ちたような音が聞こえた。
「結界!破られましたっ!!」
「うおおおっっ!?サティ!!頼むっっ!!」
そう叫び報告する兵士の声。焦った様子でサティさんの名前を叫び呼ぶ本物のボース。
それを聞いたサティさんが真っ先に動いた。
「短縮で行きます!」
そう言いつつ、サティさんはさっきアタシが抱き寄せた時に地面に落とした杖に走り、杖を拾う。
「ハハハッ!」
同時に偽物ボースも動く。笑い声を上げつつマースを脇に抱えたまま踵を返し、結界があった場所の外に出て、村の東の道に向かって走り逃げ始めた。
「結界がっ!?あっ!偽物っ!!待って!!マースを返してっ!!」
対してアタシは判断が一瞬遅れた。迷ったのだ、結界の破られたこの地点に残って皆を守るか、マースを抱えて逃げた偽物ボースを追いかけてマースを取り戻すか。
そんなアタシの迷いを余所に、どんどん村の出口に向かって逃げる偽物ボース。ぐったりとしたまま全く動きを見せないマースを見て、アタシは決断する。
「あああああっっ!!皆ごめんっ!!アタシっ!マースを取返しに行くっ!!」
アタシは前方へ思いっきり足を踏み出し、全力で駆けだした。連れ去られたマースを取り返すために、偽物ボースを追いかけて、守ると言ったパヤージュ達を置き去りにして。
「ニャニッ!?」
「マース様が!?千歳さんっ!?」
「ごめんパヤージュ!ホントにごめんっっ!!」
後ろからケリコとパヤージュの声が聞こえる。走り出したアタシの名前を呼ぶパヤージュに、全力で謝りながらアタシは偽物ボースを追いかけ走った。
そして走り出してすぐアタシの後方で、
「プロテクテッドエリア!!」
-キィィィン-
サティさんの短い魔術詠唱の声と、杖から放たれる青い光、
「殺しに来たよおおぉぉっ!!ボースゥゥゥッッ!!!」
それと、女性獣人のボースへの殺意たっぷりなドスの聞いた叫び声が聞こえ、
-コォォン-
走るアタシの後で再び張り直された結界。
「クソッ!やってくれんじゃねえかぁっ!ガレリアぁぁっっ!!」
ボースが悪態を吐きながら、女性獣人の叫びに答え相手を称賛するような声。
さらに上空に待機していたプレクトから報告が入る。
「げっ!?結界内に敵が入ってる!!北西から1!北東から3!他は……」
プレクトが報告を言い切る前に、間髪入れずサティさんの大声での報告が聞こえた。同様にパヤージュの大きく叫ぶ声も聞こえる。
「短縮で結界を張りました!!誰か私の護衛をっ!!」
「マース様が攫われましたっ!!」
「よし!サティの護衛を……なにぃぃーーーっっっ!?」
パヤージュのマースが攫われたという報告を聞いて驚愕の声を上げるボースの叫び声を聞きつつ、アタシは攫われたマースを取り返すため、逃げる偽物ボースを追いかけ走る。
「待ってっっ!!まてえええええっっ!!」
そう逃げる偽物ボースに叫ぶアタシ。逃げてる相手に待てと言って素直に待つモノが居る訳も無く、アタシは兎に角全力疾走で走り追いかけるしかない。
そんなアタシの耳に聞こえてくる上空からのプレクトの拡声器付きの大声。
「千歳!?なんで結界の外に出てんのっ!?猫のねーちゃんもだ!!は??ボースのおっさん!?なんで二人いんの!?なんでマースを抱えてんの!?」
プレクトの質問に答えられるモノなら答えたいが、アタシは偽物ボースを追いかけ絶賛全力疾走中であり叫んでいる余裕も無く、そもそも叫んだところでもう大分プレクト達からは離れてきているので、拡声器も何も持ってないアタシの生の声が彼に届くかどうかも怪しい。偽物ボースを追いかけているうちにもう既にシュベルホ村からは飛び出しており、今朝来た森の中の道を逆戻りすることになっているアタシ。余分なエネルギーを使って偽物ボースを見失うのは避けたかったのでアタシはそのまま走る。走るのだが、
(猫のねーちゃん??)
プレクトの上空からの報告内容に、一つ引っ掛かるところがあった。そしてアタシの左斜め後方に、誰かが走っているような音と気配がする。偽物ボースを追いかけ結界を飛び出した時は夢中で気が回らなかったが、確かに誰かがアタシの隣りを走っている。アタシは走りながらその音の方向にサッと視線を向けた。
「ニャッ!ニャンッ!」
「なんか付いて来てる!?」
思わず叫びながら後ろにいる誰かに振り向いたアタシ。アタシの後ろには杖を背中に背負い四つ足で走るケリコが付いて来ていた。
「なんで付いてきたの!?」
思わず彼女に付いてきた真意を問いただすアタシ。まあ普通に考えれば攫われたマースを取り返すためとなるのだろうけれど、彼女は、
「ニャッ!?にゃ、にゃんとなく……」
特に考えていなかったらしい。
「何となくで!?」
ケリコのどうにも軽い理由に思わず聞き返してしまうアタシ。
(でも今更戻れとも言えないし)
既に結界が張り直されてしまった今、ケリコが戻っても結界の外で待たされることになる。とてもじゃないが危険すぎて戻れとは言えない。なんせ結界の周りには獣人達がまだいるのだ。恐らくゴブリンもまだそばをうろついているだろう。そんなところに一人で戻らせるのはケリコに死ねと言うのと同じ事。そんなことアタシが言えるワケも無く、アタシは渋々、
「危ないからアタシより前には出ないでね!」
と告げて、彼女と共に狐獣人を追いかける事にする。
「はいニャッ!」
元気に答えるケリコ。彼女と共に、アタシ達は狐獣人を追いかけた。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。