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17.獣が来りて炎を吹く_enemy05

 上空、僅かに真上より外れるだろうかと言うところから照り付ける日差し。その下のシュダ森の奥深く。茂る木々から僅かに漏れる日光の中、ひと際高い木の上の枝に立ち、空を見上げる人影があった。


「……」


 長身でがっしりとした体格、灰色の体毛に、後頭部から背中まで長く逆立ったタテガミ、長い鼻づらと頭頂部には二つの毛に覆われたピンッと立った耳が有り、口には尖った牙、両手には長く鋭い爪がある。大よそ普通の人間の出で立ちとはまるで違い、見た目は野生の狼、これに近い。がしかしこの生物は2つの足で立ち、腰には申し訳程度の布が巻かれ股間は隠されていて、手には黒く長い金属製の道具が1つ握られており、器用にそれを覗き込んで遠方を確認している。完全な野生の獣とは違い、一定の文化レベルを感じさせるこの異形の生物の正体は、人狼、ワーウルフと呼ばれる亜人種の一種である。


 -……ゥゥゥゥ-


 遥か遠く、普通の人間では聞き取れない程の僅かな音だが、何かが撃ち上げられた音をこのワーウルフは聞き取った。


「光ったっ!!姉貴!左前方!10時の方向だ!」


 このワーウルフは、木の枝の上で黒く長い筒を覗きながら空に浮かぶ青い光を視認し、隣の別のワーウルフにその光の報告する。


「ふんっ!上等だカール!!マナスコープとか言ったかその筒?B級流着物なだけあって役に立つじゃあないか!」


 姉貴と呼ばれたワーウルフが、灰色の体毛に包まれた両腕を胸下で組みつつ、カールと呼んだ雄のワーウルフが持っている筒を顎でくいっと指し、ふんっと鼻をならし評価をする。

 こちらのワーウルフは、大よそカールに似た風貌だが、カールよりも更に長身で僅かにしなやかな体格を持ち、腰には布が巻かれ、更には豊かに膨らんでる胸には布が巻かれその胸は布に隠されている。その風貌から雌のワーウルフのようだが、特に目立つのが、鋭利な刃物で斬られたのだろうか?彼女の顔には、右目に斜めに走る深い傷があった。隻眼の雌ワーウルフ。右目は眼球ごと完全に損失して見えないようで、痛々しい傷の入った右瞼を閉じたまま、左目だけでカールと呼んだワーウルフを見ていた。

 彼女は傲慢そうに両腕を組んだまま、青い光の上がった場所からいくらか右方を顎でくいっと指し、木の下に居る他のワーウルフ達に指示を飛ばす。


「よぉし!お前達!アイツらまだ走ってるハズだよ!あのクソッタレの箱戦車で!だから……」


 -ザッ-


 そして彼女は乗っていた太い木の枝から飛び降り、


「こっちに先回りするよ!ド真ん前だ!カール!お前達!気合入れてアタイに付いてきな!!」

「お前らァ!姉貴に恥かかせるんじゃねえぞ!」


 -ザザザザッ-


 四つ足で風のような速さで駆け出した。カールも持っていたマナスコープを腰の道具袋にしまいつつ、姉貴と呼んだ隻眼の雌ワーウルフに続き同じく四つ足で走る。


「「「ウオオーンッ!」」」


 -ザザザザザッ-


 木の下に居た他のワーウルフ達も、その雌ワーウルフに続くように四つ足で駆けだした。


 この灰色狼の集団は、隻眼の雌ワーウルフを先頭に扇状に広がる陣形を取りつつ駆け続ける。数は全部で30程度だろうか?颯爽と森の中を駆ける灰色の集団。

 駆けだして間も無く、先頭の隻眼の雌ワーウルフは前方を見つつ走りながら後方の集団に向けて確認するように声を掛ける。


「お前達!わかってるだろうねぇ!?呑気に森ん中を行軍中のボーフォートの連中を横っ面からブッ叩く!狙うはボースの首ただ一つだ!他には目もくれるんじゃあないよっ!!」

「わかってるぜ姉貴!あのクソッタレのハゲ野郎をブチ殺して!俺達の天下を取り戻すんだァ!」

「「「ウオオーンッ!」」」


 隻眼の雌ワーウルフの問いかけに、走りながら威勢よく吠え答えるカール達。だが、雌ワーウルフの表情は険しいままだ。


「馬鹿モノ共が、ホントにわかってんのかい……そういや馬鹿と言えば、おい、馬共から連絡は?」

「南へ向かうって言ったっきり、全くありませんぜ!ガレリアの姉御!」

「チッ、何が"同胞を解放する"だぁ?獣人と家畜の違いも分からないのかいアイツらは!?」


 部下の報告を聞き、しかめっ面の不快さを隠そうともしない表情で愚痴る隻眼の雌ワーウルフことガレリア。


「姉貴!あんな新入り共をアテにするこたぁねぇぜ!俺達だけで十分だ!俺達なら!そうだろお前ら!」

「「「ウオオーンッ!」」」


 そう言って後方に続くワーウルフ達に心意気を聞くカール。部下達も調子よく答えたものの、


「カール!だからお前は馬鹿だってんだ!ボースがそんな簡単にヤレる程ユルい相手だったらハナっからこんな苦労しちゃあいないんだよ!それにあの馬共がやらかしたのをもう忘れてんのかい!?白雷帝のロカを正面からブッ飛ばしたんだよ!?あいつらは!!」


 カールに向かって声を荒げて怒るガレリア。


「うえっ、姉貴怖えぇよぉ。だけどよ、ロカの野郎がブッ飛ばされたのを見た時はスカッとしたぜぇ?姉貴も見ただろ?ロカがヤラれた時の猫共の無様な顔をよぉ!なぁお前ら!」

「全くだ!」

「ざまぁねぇぜ!」

「ザコ共のクセに気取りやがってよぉ!」


 姉に怒られて少し怯んだカールだったが、直ぐに立ち直りニヤリと笑いながら語り、後ろの他のワーウルフ達に同意を求める。他のワーウルフ達もカールの意見に同感のようで、口々にカールの言う"猫共"への罵り声を上げている。

 それを聞いたガレリアは、不快そうに眉間の皺を更に強めて言う。


「ああ~っ!もう何もわかっちゃいないんだからこのクソ馬鹿モノ共が!ロカが馬共にやられたってことは、また種族間のパワーバランスが変わるんだ!しかも今回のトップは猫共でもアタイら狼でもない!馬共なんだよ!?今ここでルプス族の存在感を示しておかないと、今度はアタイ達がフェレス族みたいに虐げられるかも知れないって言ってんだ!!」

「げえーっ、それは勘弁だぜ」


 ガレリアの言葉を聞き、走りながらもざわざわとざわつくカールと部下のワーウルフ達。


「チッ、全く、アイツらが居なかったらそもそもメルジ山だって通れなかったんだってのに……」


 ガレリアはそう弟にキレ散らかしながら、ワーウルフ集団を引き連れつつ、森の中の道なき道、木々の間を軽やかにすり抜け、全速力で目指す場所へと駆け続ける。


 幾ばくか進んだその時、先頭のガレリアの一つ後ろを走るカールから声が上がる。


「姉貴!前方に人影だ!小せえけど5つ!」

「出たねぇ!シュダ森の緑の子猿共!お前達!ちゃっちゃと片付けちまうよ!!」

「「「ウオオーンッ!」」」


 ガレリアの指示に吠え答えるワーウルフ達。そんな部下達に念を入れるようにガレリアが釘を指す。


「お前達わかってるね!?こんなところでザコ相手に炎は使うんじゃないよ!!絶対だよ!?」

「おう姉貴!煙でボーフォートの連中にバレるからな!」

「「「ウオオーンッ!」」」


 姉の問いに分かってるぞと自信ありげに答えるカール。それに続き吠え答えるワーウルフ達。だがガレリアはそんな部下達をチラっと睨みつつ言う。


「この馬鹿モノ共!そろそろボーフォートの連中も近いんだ!その無駄にデカい吠え声でバレたらどうすんだいっ!答えるにしてももう少し静かに吠えな!」

「「「ウ、ウォン」」」


 ガレリアの言葉に従い、どこかやりにくそうに控えめな返答をするワーウルフ達。


 -ザザザザッ-


 そうしている間にも駆けるガレリア達の前方の、"シュダ森の緑の子猿共"ことゴブリン達との距離は近づいていく。


「ギッ?」

「ギゲッ!?ギッ!ギギーッ!」


 ゴブリン達もようやく草木をかき分け進軍するガレリア達の存在に気付いたようだ。焦った様子で背負った斧やこん棒を構えようとする。だがゴブリン達の対応は既に遅すぎた。


「ガルルァッ!」

「「「ガァァッ!」」」


 唸り声を上げつつ速度を上げたガレリアが一直線にゴブリンに襲い掛かる。ガレリアに続き他のワーウルフ達も一斉に唸り声を上げながらゴブリン達に襲い掛かった。


 -ヒュゥゥンッ-


 灰色の閃光が、一つ、二つ、三つ、と立て続けにゴブリン達の横を掠めて行った。そしてガレリア達は一瞬の内に5体のゴブリン達を追い越し、遥か遠くまで駆け抜けていく。


 -ボトッ ボトボトッ-

 -ブシュウゥゥ-


 残されたゴブリン達の身体が、ブロック崩しでもしたかのようにボトボトと崩れた。周囲に飛び散るゴブリン達の血。ゴブリン達の身体は鋭利な刃物なようなもので数枚の輪切りにスライスされた後、念入りにみじん切りにされていた。物言わぬ肉片になったゴブリン達の口であったであろう肉片からは、煙玉、彼らの魂が吐き出され、魂は空に昇って行く。


「ペッ!姉貴、あの子猿共、やっぱ不味いわ」

「はぁ……この馬鹿、なんでも口に入れようとするんじゃあないよ」


 カールが口に咥えていたゴブリンの肉片を吐き捨て、不味そうに顔をしかめる。ガレリアはそんなカールを見て溜息を付きつつ、一応苦言を呈するのであった。


 そうしてゴブリン達を一瞬に片付けドンドン駆けていくガレリア達だったが、


「……おかしい、何だ?お前達!一旦止まりな!」


 ガレリアは謎の違和感を感じ、自分の足を止めながら部下達の歩を止めた。


「なんだ姉貴?小便か?」

「このバカタレ!違うよ!……誰がアタシ達を見てる。カール、マナスコープでボーフォートの連中を確認!急ぎな!」

「お?おう?」


 弟のデリカシーの欠片もない受け答えを一蹴しつつ、彼に望遠鏡で周囲の確認をするよう急かすガレリア。カールはよくわからないまま、腰の道具袋から黒い望遠鏡を取り出し、近くの高めの木の枝に昇って望遠鏡を覗く。

 カールは進んでいた南西の方角から、最初に青い光の上がった南東までを左右に確認しながら、ふと上空を見た。そして彼は望遠鏡越しに目にする、シュダ森の遥か上空を飛行する、こちらを伺う人影を。その人物の猛禽類のような黄色く鋭い目を。


「チッ!そう言う事かよ!」


 悪態を付きながら急いで木から降りるカール。望遠鏡を道具袋に仕舞いながらガレリアに急ぎ報告する。


「姉貴!ボーフォートの連中!有翼人を使ってやがる!」

「なんだって!?相手は子猿狩りの小部隊だったハズだろう!?なんだって有翼人なんて……」


 カールの報告に、驚きの表情を見せるガレリア。少し考え込む素振りを見せたガレリアだが、すぐに頭を切り替え弟を含む部下達に指示を出す。


「まだだっ!見つかったのが今ならまだッ!相手が防御を固める前に横っ面を叩く!急ぎな!全速力だよッ!」

「「「ガウッ」」」


 -ザザザザッ-


 焦り顔で言葉通り全速力で駆けだすガレリア達。ガレリアの言う通り、見つかったのが"今"であれば奇襲は成功したであろう。だが事態はガレリアの思惑通りには行かなかった。


 ガレリア達が森を全速力で進み、南側にシュベルホ村が見えてきた頃、


「クソッ!布陣が早すぎるッ!アイツらいつから気付いていたんだいっ!?」


 ガレリアは目の前の状況に悪態を吐いていた。進軍を止め、高い木の枝の上に乗って村を伺うワーウルフ達。ガレリアとカールの見つめる先、シュベルホ村の南方の石壁の前に、鉄板張りの箱戦車ことボーフォート軍のバヤール戦車が、仰々しい女神像を真ん中に構え、周りをバヤールで囲む輪形陣を張っていたのである。更に輪形陣を組んだバヤールの周りにはいくつかの騎馬兵が走り回りながら、散発的に襲い掛かるゴブリン達を追い払っている。


「どうする姉貴、突っ込むか?」

「バカタレ!アレに真正面から突っ込むなんて無駄死に一直線だよ!」

「だったらどうす……」

「今それを考えてるんだよっ!少し黙ってなッ!」

「お、おう」


 弟を八つ当たりするような勢いで黙らせながら、苦い顔で爪を噛みつつ考え込むガレリア。


「正面からは自殺行為……力押ししようにもこっちは数が……相手は村の広場に陣取ってるし……森に紛れて回り込むにもどうやったって……そもそもあの有翼人いつから……クソッ!手札が少なすぎるッ」


 考え込みながらブツブツと独り言を言うガレリア。彼女がいくら考えても良い答えは出ない。そんな時、部下の一人が声を上げる。


「ガレリアの姉御!あの馬共を待ってみたらどうですかい?」

「そうだ姉貴!連中もあの信号弾の光は見てるハズだろ?アイツら足早ええからちょっと待ってればすぐこっちに来るんじゃねえか?」

「「「おおー」」」


 部下の提言にそれはいい考えだと乗っかるカール。それと感心したように提言を行った部下を称賛声を上げる他の部下達。だがガレリアは不快感を露わにして、拳を握り、


 -ゴンッ!-


「あいってぇっ!?なんで俺を殴んだよ姉貴ぃ!?」


 隣の弟の頭を殴った。姉に殴られた頭を痛そうに手で擦るカール。ガレリアはそんな弟の顔を見ながら、叫ぶ。


「それじゃあダメなんだよッ!アタイ達の目的はルプス族の地位確保!このまま馬共が来るまでボーフォートに手出しせずぼーっと見ててご覧!?馬共に、ルプス族は敵前で怖気づいた臆病モノ!って言われるに決まってんだ!お前らは故郷のチビ共がフェレス族みたいに虐げられる姿を見たいってのかいッ!?」


 ガレリアの真剣な叫びに、カールを含むワーウルフ達の表情も真剣なモノに変わっていく。


「それは御免だな」

「ああ、チビ共をあんな風にはさせたくねえ」

「チェッ、姉貴にそれを言われちゃやるしかねえか」

「ああ、やりましょうぜ、元々俺らはそのつもりで来たんだ」


 ワーウルフ達は口々に決心を語った後、ガレリアの顔を真っすぐと見る。


「……悪いね、お前達の命、無駄にゃしないよ」


 ガレリアは一瞬優しい目つきをした後、直ぐに真剣な表情に戻る。


「いいかい?3方向から攻める。右はアタイとパオロの隊、左はジーノ隊、真ん中はカール隊だ。戦力は左右に集中させての十字炎撃。アイツらの結界を炎撃で削って削って削りまくって、穴を開けたらアタイが突撃して結界を解除させる。そっから先は乱戦になるだろうけど、アタイが狙うはボースただ一人。お前達は突っ込むアタイを援護してくれればいい」

「姉貴、それじゃいくらなんでも姉貴が……」


 一人敵陣に突撃すると言うガレリアに対し、カールが心配そうな顔を向ける。だがガレリアはそんなカールの頭に手をポンと置き、


「バーカ、アタイが突っ込むのが一番成功率が高いんだ、アタイが行かないで誰が行くんだい?」


 ふんっと、鼻で笑いながら弟に胸を張って言って見せる。


「それにさ、今回はあの爆裂お嬢も居るみたいだ。カール、アンタも臭いで分かるだろう?」

「……スンスン……ああ、いやがる、あの爆裂女の匂いがする」


 ガレリアはカールの頭から手を離し、鼻で臭いを嗅ぐ仕草をカールに見せ話す。カールはそんな姉の仕草を見て自分も臭いを嗅いだ。そして戦場で幾度も戦った怨敵の臭いを感じ取る。


「アイツはカール、お前が引き付けな。別に倒さなくたっていい、アタイがボースをヤルまでの間、アイツを引き離していてくれれば……」

「いいや姉貴、アイツは俺がやる。アイツには同胞を何人もヤラれてるんだ、仇はキッチリ取ってやらねえとな」


 引き付けるだけで良いと話すガレリアの言葉を遮り、怨敵を仕留めると言い拳を握るカール。その顔は牙を剥き完全に怒りに満ちている。


「ふん、言うようになったじゃないか。いいよ、やってみな」

「ああ、やってやるさ」


 カールの怒りの表情を見ながら、ガレリアは少し誇らしげな表情をした後、また真顔に戻る。


「ガレリアの姉御、姉御が突撃した後は俺達はどうすりゃいいんです?」

「パオロ、ジーノ、お前達は水魔術師共を徹底的に燃やしな、2度目の結界は絶対に張らせるんじゃあないよ?」

「わかったぜ、姉御」 

「へへ、ヤツらめ、また黒炭にしてやる」


 パオロとジーノと呼ばれたワーウルフ二人も、ガレリアの目を見て再度決意を固めたようだ。


「後は紛れ込んでるウルペス族だけど、ヤツがどこまでやってくれるかは……」

「ウルペス族かあ?姉貴、アイツらって戦えるのか?」

「さぁねえ?アイツらもアタイらと同じ犬系獣人だけど、持ってる能力は戦闘向きじゃあないからねえ……」


 そう話しつつ肩を竦める仕草を取るガレリア。


「そっちもアテにはならないって事か、まあしょうがねえな」


 そう言って木を降りるカール。ガレリアと他のワーウルフ達も続いて木を降りた。


「じゃあいいね、行くよ?魂はヴァルキリーにでも拾って貰いな!散開!!」


 -ザザッ-


 ガレリアの散開の声と共に、三隊に分かれるワーウルフ達。

 その時だった、上空の人影から森中に響き渡る大音声。


『敵が分かれた!ってうわっ!?声でっか!?』


「「「~~っ!?」」」

「あっがっ!?なんだいこの馬鹿デカイ声はっ!?」


 空からの大音声に耳がやられ、一旦足を止めてしまうガレリア達。咄嗟に頭の上の両耳を手で押さえたモノの、空からの大音声は容赦なくガレリア達の両耳から頭の中までを振動で揺らす。


「なっ!?茶色いヴァルキリー!?なんでヴァルキリーがボーフォートの味方してんだい!?」


 ガレリアの目に映ったのは、上空を浮揚する茶色と銀色の混じった色の鎧のヴァルキリー。遠目ではただの有翼人としか思っていなかったが、ここまで近づいてやっとその有翼人が色違いではあるものの、ヴァルキリーと同じ鎧を着こんでいる、ヴァルキリーであることにガレリアは気付いた。

 神の使いヴァルキリー、英雄の試練を与え、勝利したモノは英雄として認められ、ジェボード国では一定の地位を約束される。ただし地位を約束されるのは勝った英雄のみ、種族そのものの優遇が成されるワケではない。このガレリアも試練を超え、英雄として認められた一人である。

 その英雄の試練を与える神の使いであるヴァルキリーが、何故か敵軍に味方している。おかしな話であるが、だが相手にヴァルキリーが居るからといって、ガレリア達は戦いを止めるワケには行かない。ガレリアには、今ここに戦いに来ているルプス族には引けない理由がある。


「クソッ!ワケが分からないけど、敵対するってならヴァルキリーごと焼き尽くすだけさ!お前達!止まってんじゃあないよ!」


 再び走り出すガレリア達。だが再度上空のヴァルキリーから大音声が響く。


『調整……?ダイヤル……?わかんねぇ!?』

「「「~~っ!?」」」

「っっ!?あんのヴァルキリー!?ホントなんなんだいっ!?」


 なんとか耳を塞いだまま足を止めずに進むガレリア達。上空のヴァルキリーは下方の誰かと話している様子だが、ヴァルキリーの大音声で一時的に聴覚をやられているガレリア達にはヴァルキリーの話している相手の声が聞こえない。


『んだよぉー。あー、あー、これくらいか?よし、北西に13!北に5!北東に12人!来てるぞ!』

「クッソ!数も位置もバレバレかいっ!!」


 ガレリアは悪態を吐きながら走る。ヴァルキリーが声量を少し落としたおかげで脳を揺らすほどの大音声ではなくなったものの、数も位置も敵に把握されてしまっている。先ほどの大音声と言い、詳細な状況把握と言い、早急にあのヴァルキリーを撃ち落としたいところではあるが、ヴァルキリーに構っている暇が無いのも実状である。


「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!」」」」

「クソッ!ボーフォートの連中!始めやがったねえっ!」


 村中央のバヤールの布陣から、ボーフォート兵達の雄叫びが聞こえた。ボーフォート軍は戦闘前に必ずこの雄叫びを上げる。仲間達を魔術で凍り付かせ、時には氷の刃で貫く、忌々しい水魔術師連中の声だ。

 そしてそのボーフォート兵の雄叫びの直ぐ後、ガレリア達が森の際の配置に着く前に、


「「「「水の女神メルジナよ!」」」」」

「「「「その慈悲深き力を持って我と大地を守り賜え!」」」」

「「「「「プロテクテッドエリア!」」」」」


 -カキィィィンッ-

 -コォォン-


「結界!?クソッタレのボースめ!張るのが早いんだよ!!」


 悪態を吐くガレリア。敵軍はバヤール周りに魔術で堅固な結界を張った。こちらの攻撃を遮断する結界だ。触れるだけで軽くはあるものの痛手を負う。アレを打ち破るには相当数の攻撃を加えなけばならない。そのクセあちらからの魔術は素通りしてくる始末。ガレリア達は敵の魔術を耐えながら躱しながらあの結界を突破しなければならない。これが防御陣形を組んだボーフォート軍へ正面攻撃を仕掛けるのは自殺行為とされる理由だ。例えるならば移動できる簡易要塞。ガレリア達は要塞を容易に攻略出来る効果的な武装など持っていない。圧倒的な不利を背負ったまま、戦わざるを得ないのだ。


「ああ、分かってたことさ!腹括ってやるしかないってねぇ!炎撃準備!」


 森と村の際に到着したガレリア達。ガレリアの攻撃合図と共に、ワーウルフ達の手のひらの上に、赤い炎が渦を巻いて集まって行く。集まった炎は次第に圧縮され、燃え盛る炎を纏ったまま握り拳大の大きさの球になっていく。そしてガレリア達はシュベルホ村中央のボーフォート軍に向けて手のひらを向けた。


「黒炭にしてやりなぁ!!撃てええ!!」


-ゴウゥッ-


 ガレリアの掛け声と共に、ガレリア達の手のひらから燃え盛る紅蓮の炎球が一斉に放たれる。撃ち出された炎球は、強烈な熱で周囲の光を屈折させながら、敵であるボーフォート軍のバヤールに襲いかかった。

お読みいただきありがとうございます。

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2021/12/25より、カクヨムの方でも当作品を掲載始めました。

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