17.獣が来りて炎を吹く_02
「うわっ!?何っ!?何っ!?」
耳を劈くような騎馬隊の一斉の怒号にアタシはビビった。ビビった拍子にそのまま近くの席にどすんと座り込む。
そんなアタシにキートリーの叱咤が飛ぶ。
「お姉様!窓から離れなさいと言ったでしょうっ!?各員は引き続き外部警戒!」
「あっ!?ごめんなさいっ!」
キートリーの迫力に思わず素で謝り、四つん這いのままカサカサと這いずるようにバヤールの覗き窓から離れ、バヤールの隅っこ目掛けて避難するアタシ。離れた先に居たサティさんに服の袖をぐいっと掴まれて、そのままバヤールの隅っこに引っ張らっれたアタシは、彼女に何が起きてるのか事情を教えてもらう。
「サティさん!今のって!?」
「今のは騎馬隊の戦意高揚の魔術です!痛みと恐怖を取り除き、死を恐れず勇猛果敢に戦いに臨む!ボーフォートの戦士は戦闘時に必ずこれを行います!間も無く闘いが始まります!不用意に窓から顔を出さないでください!」
「はっ!はいいっ!」
サティさんにまで説明されながら怒られてしまっては、アタシはもう素直に返事するしかない。
その内に、外から聞き覚えのある嫌な声が聞こえてきた。
「ゲァッ!ゲッゲッ!」
「ゲゲゲッ!」
「ゲーッ!」
(来たっ!ゴブリンだっ!)
遠くから聞こえるゴブリン達の声。今のアタシに取っては喰いモノ同然の相手だったりする連中だが、初日に物理的にボッコボコにされたり身体を乗っ取られたりと声を聞いていて気持ちのいい連中なワケも無い。それが今、外の護衛隊に襲い掛かろうとしている。
-ヒュンッ ヒュンッ-
-カカンッ-
間を置かずに風切り音と共に何かが飛んできてバヤールの壁に当たり、金属のぶつかるような高い音が車内に響いた。
何が飛んできたかって?アタシはそれに覚えがある。
(矢だ!弓ゴブリン!)
転移初日、生身のアタシが散々辛酸を舐めさせられた相手だ、忘れるモノか。だが今は鉄板張りのバヤールの中、弓ゴブリンの放った矢は、バヤールの金属壁に守られた車内には届かない。と思っていたがしかし、
-ヒュヒュンッ-
-ドスドスッ-
「うっひゃっ!?」
キートリーやサティさんに言われていたように、バヤールの覗き窓、その狭い穴から矢が入り込んで来た。その矢はアタシの目の前、ほんの手の届く範囲の床に2本ほど突き刺さりながら、矢羽を揺らしている。
(あっぶな!確かあれ、毒矢だっけ?)
ゴブリンの矢の矢じりには痺れ毒が塗ってあり、毒矢を喰らえば身体が麻痺して動けなくなる。転移初日にシュベルホ村の家の中でパヤージュが動けなくなっていたアレだ。恐らく今窓から飛び込んで来たこの矢にも毒が塗ってあるだろう。こんな厄介なモノがポンポン飛んで来るのが分かっていれば、そりゃキートリーやサティさんが窓から離れろと怒るのも当然ってワケである。
「相変わらずコントロールだけは良いこと」
キートリーがそう呟きながら、床に刺さったゴブリンの矢を引っこ抜き掴み上げる。彼女が何をするのかと見ていれば、闘気で包まれた人差し指と中指の間に矢を挟みながら、そのまま特に勢いを付けるワケでも無く、
-ビシュッ-
指と手首の力で軽く投げられた矢。だが風切り音を響かせるほどの確かな勢いを持った矢は、狭い覗き窓から外へすっ飛んで言った。
「ギャッ!」
外からゴブリンの悲鳴が聞こえた。キートリーが外に投げ捨てた矢はどうやら外のゴブリンに命中したらしい。窓から白い煙玉、死んだゴブリンの魂が空に昇って行くのが見える。
(え?今の当てたの?ノールックで?)
あまりにも当然のようにサラリとやってくれたのでツッコミを入れる隙も無い。手と指の勢いのみで矢を射った力もそのコントロールも凄いが、外を見ずにでもまるで外のゴブリンがどこにいるのか分かってるかのような正確な射撃。達人級の腕前を惜しげも無く披露されてしまう。
アタシがキートリーの腕前にたまげている間に、バヤールの外では護衛の騎兵隊とゴブリン達の争う声が聞こえてくる。
「うおりゃあっ!」
-ザシュゥッ!-
「ギィーッ!?」
「ギャイーッ!」
-ガキィンッ!-
「死ねぇ!ゴブリン共ォ!!」
-ドゴォッ!-
「ギャーッ!?」
-ヒュヒュンッ-
-カカンッ-
「ぬっ!?」
「10時の方向!弓ゴブリン3!」
「左翼隊!魔術投射!」
「了解!輪唱!」
「「「水の女神メルジナよ、その冷たき怒りを持って我が敵を切り刻め、アイスバースト!」」」
-バシュゥッ-
-ドスドスドスッ-
「グギャアアッ!?」
外では激しい戦闘が行われているらしい。と言っても、聞こえてくるのはゴブリン達の悲鳴ばかりで、護衛の騎兵隊が優勢のようだ。覗き窓からは死んだゴブリン達の魂がフワリフワリと次々と空に昇って行くのが見える。
(ひょえー、外の人達なんかガンガンゴブリン蹴散らしてる?流石にゴブリン狩りに来たって言うだけあるわ。まあ軍隊がゴブリンに狩られていては元も子も無いかー……って、あっ)
と、思ったところで、アタシはパヤージュの一行がゴブリンに壊滅させられていたを思い出してその考えを止める。チラッとアタシと反対側の車両の隅っこに居るパヤージュを見てみれば、彼女は両手で杖をギュッと握り、悲痛な表情をしてで目を瞑っていた。さもありなん、平気なワケが無いのだ、彼女がゴブリンにされた事を考えればああもなる。
パヤージュの傍らのエイミーがパヤージュを心配してか、彼女の長い耳元で何か話している。外の喧噪もあってアタシの耳でもエイミーが何を言っているのかは聞き取れない。
その間に、また外の護衛隊から伝令が入る。
「敵増援を確認!12時の方向!バヤールの進路上に敵影10体以上!」
「正面ってかぁ!?ガハハッ!!バヤール隊!構うなぁ!最大戦速!!輪唱ォ!!」
「了解にゃ!」
「「「了解!」」」
護衛隊の報告を受けて、バヤールの連絡管からボースの怒鳴り声が聞こえた。どうもゴブリンの群れの中にバヤールごと突っ込むつもりらしい。ケリコがまた連絡管の金属蓋をパカッと開けて了解の返答をした。前回同様、ケリコの返答とほぼ同時に連絡管から他のバヤール車両の操舵手の了解の声が反響して聞こえてくる。
そしてケリコは間髪入れずに、バヤールの操縦席に突き刺している杖を握り、呪文を唱え始める。
「「「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って大地を踏みしめる我らの走りを速めたまえ!バイオレントエクスプレス!」」」
-キィィィンッ-
青く光るケリコの杖。同時に身体に感じる加速度。ぐんっと連結した6両の車両全てが同時に加速していく。車両の反対側に見える窓から外の景色を見てみれば、
-ゴォォォォッ-
時速30キロ程度だったバヤールのスピードが、35、40とグングン速くなっていっているのがわかった。ついには50キロ以上と、現代日本の公道を走る自動車と大して変わらない速度まで増速するバヤール。
-ゴロゴロッ ガタンッガタンッ-
「んげっ!?」
当然ながらサスペンションも無い金属製車輪のバヤールがそんなスピードを出せば揺れは更に激しくなる。アタシは舌を噛みそうになりながらも、その揺れを近くの手すりに必死に掴って耐える。
「行けーッ!引き殺せェーッ!!」
「ギッ!?ギギーッ!?」
-ドンッ ドドンッ ゴンッ-
バヤールの連絡管からボースの物騒な怒号が聞こえた後、ゴブリンの悲鳴と共に、3~4回、バヤールに何かがぶつかった音が響いた。バヤールは鉄板張りの装甲車だ。そんな重量物が減速無しで時速50キロ以上で突っ込んで来たら、人、いや今回はゴブリンだけどまあ似たようなもの。さあ、どうなると思う?
-ゴゴンッ ドンッ ガンッ ゴロゴロゴロッ-
(うわあ、なんかが天井を転がって行った音が)
当然、こうなるワケ。アタシの乗っているバヤールは4両目だ。その4両目のバヤールの上を、何か人くらいの大きさのモノが生々しい物騒な音と共に、前方から後方へ転がって行った。あんまり想像したくはないが、天井を転がって行った物体が五体満足だったかも怪しい音だった。
そんなダイレクトな暴走装甲車アタックを決めた後、バヤールは元の速度に戻って行く。自動車並みの速度での走行はそう長くは続けられないらしい。まあアタシとしては無茶苦茶な揺れが元に戻ったのだから逆に助かったのだけれど。
ただ、バヤールの速度が元に戻っても、ゴブリンの攻撃はまだ続いている。
-ヒュンッ-
-ドスッ-
「ひっ!?」
「きゃっ!?」
左側の覗き窓から入り込んで来た矢が、今度はアタシではなくパヤージュの目の前の床に刺さった。思わず悲鳴を上げるパヤージュとエイミー。
「こんなろっ!しつけえぞてめえら!」
クロスボウを構えたショーンが即座に左側の覗き窓から顔を出し狙いを定め、矢を撃ってきた弓ゴブリンの方へ撃ち帰す。
-バシュッ-
-ドスッ-
「ギーッ!?」
「っっしゃあ!」
響く弓ゴブリンの悲鳴。弓ゴブリンの口からフワリと魂が吐き出され空に昇って行く。それを見てガッツポーズを取るショーン。どうも見事1発で当てたらしい。キートリーとはまた違った、鮮やかなクロスボウの腕前に思わずパチパチと拍手するアタシ。
「ショーンさんって見た目ただの荒くれモノなのに、実は強かったりします!?」
「千歳のねーちゃん!ただの荒くれモノはひでえよぉ!!」
勘弁してくれと言わんばかりの表情をしてアタシに返答するショーン。ちょっと失礼な事を言ったみたい。兎も角、ショーンは見た目よりもずっと練度は高いようだ。外の護衛隊も被害はまだ出ていないようで、さっきキートリーが言っていた"勇猛果敢で知られるボーフォートの兵"と言うのもあながち間違いでは無いらしい。
そんな時、外から、
-ボヒュゥゥゥゥ-
空に花火でも飛んだような、そんな音が聞こえてきた。
直ぐに外の護衛隊から伝令が届く。
「バヤール5両目から魔術信号弾が打ち上げられています!!色は青!色は青!」
「なんだぁっ!?」
護衛隊の報告を聞いたらしいボース。彼の怒号が連絡管から響く。
「なんですの!?信号弾?」
ボースの言葉を聞いたキートリーが険しい顔をしてキッと後ろを向く。
「えっ?信号弾?5両目って、一つ後ろの車両だよね!?」
「そうです!だけどなんで信号弾が?しかも青??」
アタシはワケが分からないので車両の後方にいるマースに叫びながら語り掛ける。マースはアタシの質問に答えながら不思議そうに後ろを振り向いている。マースの言う事を聞いて見るに、信号弾の色に意味があるらしいが、青色がどういう意味を持つのかはアタシはよくわからない。と思っていたら真隣りにいるサティさんから説明を貰えた。
「今上がったのは魔術信号弾です!青色の信号弾は"異常なし"の意味しています!ですがこのタイミングで異常なしの信号弾が打ち上げられるのは不可解です!戦闘中、バヤール内での連絡は普通この連絡管を使用しますし、異常が無いなら信号弾を打ち上げる必要もありませんから!」
サティさんはそう言って金属製の連絡管の蓋をパカッと開いて、一指し指で連絡管を指しつつアタシに見せてくれる。アタシはサティさんが蓋を開けてくれた連絡管に顔を近づけていたところ、
「5両目ェ!何があったァ!?報告しろォ!!」
「んがっ!?」
ちょうど連絡管からボースのバカでかい声が響いてきて、アタシの鼓膜に直撃、耳がキーンとなってしまい、しばらく何も聞こえなくなる。
「……!?」
アタシの耳が聞こえない間も、連絡管は振動していたので恐らくボースと他の車両とで連絡が飛び交っていたっぽいのだけど、何せ今のアタシの耳はボースの怒声をモロに喰らい、耳鳴りがして声も音も良く聞こえない。
「……!……!」
「……!」
その間にキートリーとジェームズが何か話しているのが見えた。その後、立ち上がったジェームズは覗き窓に近づくと、そのまま器用にするりと窓からバヤールの天井に出て行った。
少し時間が経ってやっと耳鳴りが収まってきたアタシ。戻ってきた聴力で周囲の状況を再確認する。外からは相変わらず馬の走る音、護衛隊とゴブリン達の戦闘音が聞こえる。と、隣のサティさんがアタシに謝っているのに今頃気づいた。
「……せん!千歳様!申し訳ありません!聞こえますか!?千歳様!?」
「あっ、サティさん!大丈夫!聞こえるよ!」
「すみません!先ほどは不注意でした!本当に申し訳ありません!」
「ちょっと吃驚したけど大丈夫!」
どうもサティさんは連絡管の蓋を開けてアタシを連絡管に誘導しボースの怒声を直撃させてしまったのを謝っているらしい。まあ確かに不注意と言えば不注意なのかもだけれど、アタシの聴覚を麻痺させたのはボースのデカイ声なので別に気にしていない。
サティさんとそんなやり取りをしている間に、バヤールの覗き窓からジェームズがするっと中に戻ってきた。彼の手には筒のようなものが握られている。
「キートリー様、5両目の装甲板にこれが」
「やはり魔術信号筒……装甲板に何故こんなモノが?やはり誤報ですの?」
「うーむ、わかりかねます」
怪訝な顔をしてジェームズの持ってきた筒を見ているキートリー。同じく頭を捻っているジェームズ。キートリーは凄く怪し気に魔術信号筒を睨みながら、車両前方の連絡管の蓋をパカッと開けた。
「4両目!キートリー・ボーフォスより先頭車両ボース・ボーフォスに報告!5両目の装甲板に魔術信号筒が括り付けられていた模様!意図は不明!以上!ですの!」
そう報告してからパタンッと連絡管の蓋を閉めたキートリー。当然のことながらまた先頭車両のボースから連絡管に怒号が飛ぶ。
「あぁ!?装甲板に魔術信号筒ゥ!?なんだぁ!?悪戯かぁ!?」
「意図は不明と言っているでしょう!?これはもういいですからお父様は指揮に専念してくださいましっ!もうそろそろシュベルホ村に入りますわよっ!」
「ああっ!?どういうこったぁ!?ワケがわから……」
ボースの怒声にまた連絡管の蓋をパカッと開けたキートリー。言いたいことを言い返して蓋を乱暴にバタンッと閉めた。ボースがまだ喋っている最中に乱暴に蓋を閉めたモノだから、最後ボースが何を言っていたのかよく聞こえなかった。
(戦闘中に親子ケンカしないでね)
アタシはなんかイライラした様子で連絡管から離れるキートリーを見てそんなことを思いつつ苦笑していた。
その間に、覗き窓から見える外の景色が森から開けたところに変わってきた。ついにシュベルホ村に入ったのだ。アタシが最初にパヤージュと出会った、ゴブリンによって滅ぼされていたあの村だ。
「シュベルホ村に入りました!このまま村を抜ければ西の砂浜はもうすぐです!」
アタシの向かい側の車両の隅っこに居るマースが叫ぶ。確かにここから砂浜まではアタシが走ってもそう遠くない位置にあった。このままのバヤールの速度で抜けてしまえば、砂浜はもう目と鼻の先だ。
(もうすぐあの砂浜に着くんだ、メグと別れたあの砂浜に。船、アタシの船大丈夫かな)
クラーケンによってメグを連れ去られた苦い記憶。それを思い出しながら自分の船の心配もする。アタシのプレジャーボートが無事でなかったら、砂浜でボーフォートから来る魔術動力船?とやらを待つことになる。夜から夜中にかけての捜索となるのは非常に危険でなるべく避けたい。アタシは自分のボートが無事であることを祈るしかない。
そんな時だった。
-ドンッ-
バヤールの天井、そこに何かが空から降り立った音がした。
「今のは!?」
「なんだっ!?何か上に居る!?」
「ゴブリンかっ!?」
マースとショーン、ジェームズが険しい表情で天井を睨んでいる。恐らくゴブリンがバヤールの上に取り付いた、そんな反応だ。サティさんや、パヤージュ、エメリーも不安そうな表情で天井を見ている。
「ん?あら?」
だがキートリーだけは反応が違った。まるでバヤールの上いる何かが分かっているような、そんな口ぶり。そしてそれはアタシも。ゴブリンみたいな嫌な感じはしない、と言うか、なんか割と身近な誰かな感じがする。
そんなワケでアタシとキートリー覗き窓にひょこっと顔を出して天井を確認する。
「ふっ!二人とも!戦闘中ですよ!?危険です!!」
「ち、千歳様!?いけません!あー!?」
危険だとアタシ達二人を注意するマース。アタシの袖を掴んだままアタシを止めようとするサティさん。残念ながらサティさんのパワーではアタシは止められないので、必然的にサティさんはズルズル引き摺られながら覗き窓に顔を出しているアタシの隣りまで引きずられる事になる。
それでキートリーと二人揃って上を覗こうとしたその時、外から聞き慣れた少年の声が聞こえた。
「千歳、遠くになんかいる。灰色のデカいのが」
天井に居たのはプレクトだった。覗き窓から逆さまに顔を覗かせつつも、彼はいたって真剣な顔をして報告をしてくる。いつも割と興味津々で何か楽しい事はないかなーと好奇心旺盛な少年らしい顔をしているイメージのある彼だが、この反応は今までにない反応だった。
「灰色のデカいの?」
「うん、ヤツら、森の中突っ切って真っ直ぐこっちに走ってきてる」
アタシはプレクトの言う、灰色のデカいヤツに心当たりがない。だがプレクトの真剣具合を見ると平然ともしていられない。彼は元々猛禽類のような強力な視力を持つ有翼人だ。猛禽類の視力は数キロ先のウサギを見つける程に高い。そして今はヴァルキリーになっていて、もともとあった各種身体能力が更に強化されている。特に上空からの偵察能力に関しては優秀だ。悪魔化したアタシが空を飛んだって彼と同じ働きが出来るとは思えない。そのプレクトが言うのだ、遠くから迫るデカいヤツらが居ると。
("遠くから"、"森の中突っ切って真っ直ぐこっちに"、"走ってきている"、"灰色のデカい"、"ヤツら"がいる?)
アタシはプレクトの報告を脳内で反芻して情報を整理する。"灰色のデカい"、"ヤツら"の部分が一番気になる。今護衛隊は引き続きゴブリンと戦闘中であるが、プレクトがゴブリン程度の雑魚モンスターでこの報告をするとは思えない。次に、"走ってきている"と言う事は、アリアーヌのようなヴァルキリーでもない。ヴァルキリーならば飛んで来るからだ。肝心のアリアーヌも、車両の隅っこでマースを守るように座っているだけで、特に近づいてくる連中に反応していない。ヴァルキリーの線は無さそうだ。
ゴブリンでもヴァルキリーでもない、となると全くの未知数。プレクトの反応から見るに、相当に危険なヤツ、いやヤツら。
そんなアタシとプレクトのやり取りを聞いていたキートリーが、一瞬ハッとした顔をした後、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら持っていた魔術信号筒をぐしゃりと握りつぶした。
「やられましたわ……」
「キートリー?」
「お姉様、プレクトにもう一度上空から偵察するよう指示をしてくださいな。出来れば正確な数と相手の特徴を知りたいですわ」
「え?う、うんわかった。プレクト、近づいて来てるヤツらの数と特徴、見てきて貰ってもいい?」
「わかった、見てくる」
-バサァッ-
キートリーの指示する通り、プレクトに偵察を続けるよう告げるアタシ。素直にまた空に上がって行ったプレクト。プレクトが戻って来るまでの間、キートリーは眉間に皺を寄せたまま、森の先をずっと睨んでいる。そしてキートリーがアタシにだけ聞こえるようにポソリと喋る。
「お姉様、恵様の救出作戦、少し遅れる事になりそうですわ」
「えっ?どう言う事?」
そんな非常事態なのか?何が起ころうとしているのか?アタシはキートリーが何故メグの救出が遅れると言ったのかわからず聞き返す。アタシの質問を聞いたキートリーがアタシを見上げながら口を開こうとした時、丁度プレクトが戻って来た。アタシとキートリーはプレクトに視線を戻して、彼から報告を聞く。
「千歳、キートリーのねーちゃん、見てきたよ。数は見える範囲内で30体程度、見た感じ灰色のオオカミで、大きさは千歳くらいだ。連中、さっきからずっと真っすぐこっちに向かってきてる」
「決まりですわね……」
プレクトの報告を聞いたキートリーは、覗き窓を離れ車両前方に移動し、連絡管の蓋をパカッと開けてすーっと息を吸い込み、叫んだ。
「4両目!キートリー・ボーフォスより全車両、全護衛隊へ通達!上空の有翼人義勇兵が敵軍の接近を察知!ジェボードのモノと思われる獣人部隊が急速接近中!数は約30!特徴からルプス族と推測!対獣人戦闘、全隊迎撃準備を要請しますの!」
「なぁにぃぃぃぃっ!!??」
キートリーの衝撃の報告に、当然また連絡管からボースの怒声が飛ぶのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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