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16.決戦の朝_03


 -ハムッ-


「うひえあっ!?……って?」


 湿った生暖かい感触に吃驚して思わず素っ頓狂な声を上げるアタシ。が、アタシはアタシの顔にハム付いて来た見慣れた生き物を見て安堵する。大きくて獣臭い、だけど優しい目をしている生き物。


「わっ?ちょっと、あははっ、くすぐったいって、あははっ」


 フェアリーとゴブリンとヴァルキリー以外では初めて見た、異世界の、でもアタシの世界でも割と見慣れた人以外の生き物。長い四つ脚、長い首と頭をしていて、体毛は黒い毛で被われている。スラッと長い尻尾を高めに振ってアタシにじゃれついて来るこの子。やたら人懐っこいようで、バヤールの覗き窓から頭を出しているアタシの頬をひたすらハム付いて来る。おかげでアタシの頬はこの子の涎ででろでろだ。だが不思議と嫌な気はしない。


「千歳姉様?どうしたんですか?」


 アタシが突然はしゃぎ出したので、マースが不思議に思って声を掛けてくる。アタシは一言、


「馬!」


 とだけマースに告げて、バヤールの覗き穴から顔を引っ込め、そのまま前方の扉へ駆け出して外へ飛び出す。


 -ガチャッ-


 そしてバヤールの外の馬の前に両手を上げてバンザイのポーズをしながら立って言う。


「馬だー!」


 馬相手に子供みたいなはしゃぎっぷりをするアタシ。満面の笑みを浮かべたまま、目の前の馬に向かっておいでおいでと手招きしてみる。

 するとアタシの思いが通じたのか、その黒い馬がアタシの方にすすすっと寄って来て、またアタシの顔にハム付いて来た。


 -ハムハム、ベロベロ-


「あははっ、くすぐったいよっ」


 長い舌でアタシの顔を遠慮なくべろんべろんに舐めてくる馬。アタシもお返しとばかりに下から手を伸ばし馬の頬や首筋をわしゃわしゃと撫でる。毛むくじゃらだけどふわふわで、ちょっと獣臭がするけど暖かみを感じる。


「ブルルッ」


 馬は特に嫌がる様子も無く、軽く鼻を鳴らした。どうもアタシにもっと撫でろと言っているようだ。アタシはこの子の要求通り存分に撫でながら馬に声を掛ける。


「よーしよしよし、アンタでっかいねー?どこの子?」


 馬の顔を撫でながらこの人懐っこい馬の様子を確認するアタシ。よく見れば馬には手綱や鞍が付いていた。乗馬用の、この前戦キャンプにいるという事は大方軍馬だろう。馬の体格はずっしりとしており、現代日本で例えるなら大型の"ばん馬"に近いんじゃないだろうか。体重も1000キロ以上は有りそうで、スピード命なサラブレッドとは見るからに違う見るパワー型。背丈も高く、馬の身長は肩までの高さで測ると聞いたことがあるけど、アタシが立ってギリギリ肩越しに反対側が見えるくらい、つまり体高は170cm以上。足はず太く、黒い毛に包まれている。


(黒王号かな?いや、流石にあれよりは大きさ控え目だけど)


 目の前の巨大な黒い馬に、アタシはふと某世紀末覇者の愛馬を思い出す。ただ、この子は全身真っ黒なワケでは無く、足先は靴下でも履いているかのように白い。馬の額から鼻先までも白い毛が流星のように流れており、さっきからアタシの顔をハムハムしている鼻先はほんのりピンク色。身体はムッキムキでガッシリとしていて厳つい印象を受けるが、顔は割とのほほんとしており穏やかそうな感じである。

 そんな軍馬がアタシ相手にじゃれつきながら顔を撫でられている。威圧感は無い、ただただ可愛くて、暖かい。


「んふふー、よぉーしよしよし。……どこの子ってまあここの子だよねえ。あー、人間より馬の方が仲良くしてくれる、かあ……」


 と、馬を撫で続けながら、懐いてくれているこの馬とイマイチ仲良く出来ていないここの人達との関係を比べて勝手に肩を落とすアタシ。


「お姉様?と、あら?グラングラではありませんの」


 後ろから聞こえてくるキートリーの声。アタシが開けっ放しにしたバヤールの扉から、キートリーが長い緑髪のポニーテールを揺らしながらひょいっと顔を出していた。キートリーは直ぐに馬と戯れるアタシに気付いたようで、そのままバヤールを出てこっちに来る。


「グラングラ?この子の名前グラングラって言うの?」

「ええ、お父様の軍馬ですわ。大きい子でしょう?お父様があの体格ですから、この子ぐらいの大きさの馬で無いと乗れませんの」


 アタシにそう説明しながらグラングラの長い首筋を優しく撫でるキートリー。グラングラは上機嫌な様子で、鼻と首を伸ばしながらもっと撫でてとキートリーにもおねだりをする。


「へぇー、まあボースさんアタシよりずっとでっかいからそうなっちゃうかー。あははっ、くすぐったいってば」

「ブルルルッ」


 アタシがキートリーと話している間も、グラングラはアタシの肩や顔をハムハムと甘噛みして来ていて、アタシはくすぐったくて声を上げてしまう。


「千歳姉様?」


 外ではしゃぎ続けるアタシが気になったのか、マースがバヤールの覗き窓からひょこっと顔を出し、アタシに声を掛けてくる。


「あ、グラングラですか。……珍しいですね」

「珍しい?」


 ちょっと考え込むようなポーズを取るマース。ただ珍しいと言われてもアタシはよくわかんない。するとキートリーが説明してくれる。


「お姉様、グラングラは誰にでも懐く馬ではありませんのよ?興味の無い対象には本当に塩対応なんですからこの子」


 そう言ってグラングラの太い首筋をぺちぺち叩くキートリー。グラングラはそんなキートリーの仕打ちにも特に嫌がるワケでもなく大人しく叩かれているので、少なくともキートリーには懐いているよう見える。何がどう塩対応なのかアタシにはよくわかんない。


「そうなの?なんか凄い仲良くしてくれてるけど?」

「はは……僕にはまだ撫でさせてくれないんです。撫でようとするとグラングラの方からすすすって離れていっちゃって……やっぱり僕がまだ子供だからですかね……」

「あー」


 そう言って苦笑しながら残念そうな顔をするマース。なる程、そりゃ塩対応だわと納得するアタシ。馬にも好みがあるんだろうけど、少なくともアタシよりも長くグラングラと付き合いのあるハズのマースには懐いてなくて、初対面のアタシにはこの懐き様、はてさてよくわかんない馬だ。


「うーん、アンタ結構選り好みするタイプなんだ?」

「ブルルッ」


 アタシの疑問に鼻を鳴らすグラングラ。そんな事はどうでもいいからもっと撫でろと言わんばかりに、相変わらずアタシの顔をハムハム甘噛みしながら長い舌でベロベロ舐めてくる。


「んっふふふふ、よしよし、アタシの何を気に入ってくれたんだか。まあ良いけどね」


 よくわかんないけどグラングラの大きな顔をを撫でていると落ち着くし、安心するのでアタシはまあいいかとひたすらにグラングラの顔をわしゃわしゃ撫で続ける。

 しばらくグラングラの顔を夢中で撫でていたところ、


「ん?なぁに?んひゃっ?」


 突然アタシの首筋当たりを生暖かいモノが撫で上げてきた。吃驚して声を上げるアタシ。


「あら?ずいぶん集まって来ましたわね?」


 キートリーがアタシの後ろの何かを見ながら言った。

 アタシはグラングラに夢中で気付いて居なかったが、アタシの後ろから、いつの間にかグラングラよりも一回りか二回りくらい小さい、おおよそサラブレッドくらいの大きさな軍馬達がゾロゾロと現れて、アタシの首や肩や背中をひたすらハム付いて来ていた。


「良い馬達でしょう?ウチの自慢の軍馬達ですのよ?」


 腰に手を当てて、えっへん、とあんまり大きくない胸を張るキートリー。アタシはそんなキートリーの慎ましやかな胸を見ている間に軍馬達にすっかり囲まれて、周り一面馬だらけになる。


 -ハムハム-

 -ベロン-


「あはっ!くすぐったっ!ちょっ?なになにっ?アンタ達なんなのっ?」


 すっかり軍馬達に囲まれ全方位から馬にハム付か舐められるアタシ。アタシの顔は馬の涎ででろでろだ。懐いてくれているのはいいのだけれど、ここまでの懐かれ様はちょっと経験が無い。

 元の世界で乗馬の経験は少々有りますけれど、餌をやったワケでも世話をしているワケでも無いのにここまで人懐っこく寄ってくる馬と会うのは初めてだ。それもこんな複数同時に。どの子もリラックスした優しい目つきでアタシと触れ合ってくれるんで悪い気分では無いんだけど。


「よしよし、あっ、アンタも?はいはいわかったわかった、撫でるから、わかったから。あっひゃっ?はいはい、アンタもね……んひゃあっ!?こらっ!そこに顔を突っ込まないの!ちょっと待って、わかったから、撫でるから、うひっ!あはははっ!」


 馬達に揉みくちゃにされながら彼らを撫でまわるアタシ。馬達は兎に角撫でろとハム付きながら催促してくる。アタシが右手と左手で別々の馬を撫でている間に、他の馬達が自分にも構ってくれとアタシの顔や背中、挙句胸にまでハム付いて来るもんだからアタシは上半身丸ごと涎だらけだ。それでも大して嫌な気にならないどころか安心してしまうのはなんだろう、アニマルセラピーってやつなんだろうか?


「お姉様、妙に懐かれてませんこと?」

「ははっ、やっぱりそう思う?んっひっ!はいはいはい、次はアンタね」

「グラングラ以外にも結構気難しい子も混じってますのに……不思議ですわ」


 そう言って頭を捻りながら近くの灰色の軍馬の顔をを撫でているキートリー。アタシだってこのモテっぷりは訳が分からない。


「大人気みたいですね千歳様」

「そうですねパヤージュ。ああ、でも私にも解ります。馬達が千歳様に惹かれるその気持ち……」


 バヤールの覗き窓からマースに続いてパヤージュとサティさんまでひょっこり顔を出してきた。サティさんがまた変な事を言ってるような気がするけど、アタシは馬達の撫でてのおねだり対応で忙しくそっちに構っている暇がない。

 またしばらく馬達に揉みくちゃにされていると、そうこうしているうちにジェームズとショーンが戻ってきた。


「うおっ?なんだあれっ?」

「……ぬ?キートリー様、真ん中に居るのはミス千歳ですか?」


 馬に集られているアタシの見て吃驚した様子のショーンとジェームズ。ジェームズはは近くのキートリーに状況を伺う。まあ一番吃驚したいのはアタシなんだけれど。


「ええ、何故か軍馬達が千歳姉様に寄って来てしまって」


 キートリーがジェームズに状況を説明していた時、馬達の隙間から栗色の髪の少年がこちらに駆け寄ってきたのが見えた。


「うわあああああ!?」

「あら?ロシュ?」


 焦った様子で叫びながら駆け寄ってきた栗毛の少年。キートリーが少年を見ながら彼の名前を呼んだ。この栗毛の少年はロシュと言うらしい。背丈はマースよりは大きいものの、まだ中学生くらいの年齢に見える。ロシュ少年は落ち着かない様子で両手をすり合わせ、キートリーと馬に囲まれっぱなしのアタシを交互に見ている。


「もっ、申し訳ありません!お嬢様!とんだご無礼を!直ぐに馬達を避けさせます!申し訳ありませんっ!」


 少年らしい高い声でキートリーに向かって必死に謝っている様子の少年。馬達の隙間からは地面に膝をついてキートリーに首を垂れているロシュが見えた。


「構いませんわ、ロシュ。ちょうどお姉様も良い息抜きになってるようですし。それに毎日グラングラ達の世話は大変でしょう?ロシュ、いつもありがとう」


 キートリーが跪いているロシュの前に屈んで微笑みながら目線を合せ、彼にねぎらいの言葉を掛ける。

 ロシュ少年はキートリーに間近で顔を見られてえらく緊張している様子で、なんとなく動きがぎこちない。


「ぼ、僕なんかに勿体ないお言葉!っとえっ?お、お嬢様!?」


 そんなロシュ少年の頬にそっと手を添えるキートリー。ロシュ少年はキートリーからのいきなりのスキンシップで思考が混乱している様子が見て取れる。


「ふふ、さ、立ち上がって?」

「はっ……はい……」


 キートリーはロシュ少年に優しく笑いかけながら立ち上がるよう促す。ロシュ少年はそのキートリーの笑顔を見て完全に思考が止まったらしく、じーっとキートリーを見つめたまま、キートリーに促されるままに立ち上がった。


(流石、キートリー。そういうのサラッとやっちゃう辺りなんかお嬢様っぽい。ぽいじゃないか、ホンモノのお嬢様だし)


 アタシは呑気にキートリーのお嬢様っぷりに感心しているが、その間中もずっと馬達にハムつかれっ放し舐められっ放しである。上半身ほぼ馬の涎だらけ、まあ今更と特に気にもしていないけれど。

 キートリーは立ち上がったロシュ少年の頬からゆっくりと手を離した。すると思考がどこかに飛んでいたロシュ少年が間もなく正気を取り戻す。


「おっ!?こっ、お心遣い、ありっ、あっ、ありがとうございますお嬢様っ!」


 緊張しているのか時折声を裏返しながらキートリーに元気よく返事をしたロシュ少年。互いの身長差から立ち上がっても彼はキートリーを見上げる形になっているが、その顔は真っ赤に染まっていた。ロシュ少年はガッチガチに緊張している様子で、ただ目だけはキラキラと輝いており、アタシに言わせれば心底嬉しそうに見える。


「よろしくてよ。……と、あら、ロシュ?どうしましたの?」


 また固まったまま動かなくなっているロシュ少年、そんな彼にキートリーが微笑みながら声を掛ける。ロシュ少年は固まっていた、と言うよりはキートリーに見惚れていたようだ。


「ロシュ~?」


 キートリーが少し屈み込み、ぼーっとしたままのロシュ少年の目線に自分の目線を合わせて彼の意識を確かめる。ロシュ少年は一瞬はっとしたような顔をして目を覚まし、


「えっ!?あっ!お嬢様!直ぐに馬達を避けますっっ!!」


 と、赤面したまま挙動不審気味にキートリーに返答した。


「ええ、そうして頂けると助かりますわ」


 ニッコリ笑って返答するキートリー。ロシュ少年はガチガチの緊張状態のまま、くるりと回れ右してアタシの方を向き、馬達に囲まれたままのアタシの方に寄って来る。

 そんなロシュ少年、アタシからは赤面したままチラチラとキートリーの方へ視線を向ける彼の綻んだ表情が丸見え。今までの彼の行動と、この表情を見れば彼がキートリーの事をどう思っているは一目瞭然ってやつである。


(おやおやおや、これはロシュ少年、完全に落ちてるね。怒られると思いきや、逆に憧れの伯爵ご令嬢に構って貰えて棚ぼたラッキーで超嬉しい、ってところかな?)


 アタシが彼にそんな感想を思っていたところ、


「イテッ」


 このロシュ少年、キートリーと話せたのがよっぽど嬉しかったのか、そのまま前を碌に確認もせず歩き、アタシの目の前の馬の尻にぶつかっていた。

 とまあ、だいたいキートリーとのやり取りでわかっていたが、彼は軍馬の世話係らしい。


(それにしても、こんな年端もいかない少年がこの大きな軍馬達の世話を?大丈夫?)


 と思ったが、あえて口には出さない。ここは異世界、アタシの世界の常識で語るのは野暮ってもんでしょうよ。

 そんな彼はアタシに集っている馬の手綱を一生懸命に引っ張って馬達をアタシから離そうとしている。が、しかし、


「こらお前たち!千歳様から離れるんだ!こらっ!」


 馬達はロシュ少年の言う事はまるで聞いておらず、引き続きひたすらアタシをハム付いている。


「ふんぐっ!なんでっ!?お前たちっ!ダメだって言ってるだろーっ!あーっ!僕の言う事を聞けーっ!?」


(うん、ロシュ少年、がんばれ)


 案の定まるで動かない馬達、引き続きアタシをべろんべろんに舐め続ける馬達。アタシは一生懸命に手綱を引っ張って馬達を動かそうとしているロシュ少年を心の中で応援するのだった。


「ミス千歳、そろそろ出発です。こちらに戻って来れますか?」

「えっ?ああ、はい。でもどうしよっかなこの子達……」


 流石に待ってられなかったのかジェームズがロシュの言う事をまるで聞かない馬達を見ながら、アタシにバヤールの方に戻って来れるか聞いてきた。アタシも出発とあらば戻りたいのだが、ちょっと迷っていた。両手に闘気を込めてぐいっと押せば馬達をどかすくらいは出来るだろう。だけど、


(せっかく懐いてくれてるこの子達を無理やりどかすのもなんかねえ)


 腕力で無理やりと言うのは馬達を怖がらせるかもしれないのでアタシは避けたかった。ただでさえ悪魔化でボーフォートの兵達に怖がられているのだ、ここは何としても穏便に済ませたい。アタシは少し考えを巡らせ、何とか平和的に馬達の方から退いてくれる方法は無いか模索する。


(あ、そうだ、伝心!フラ爺の伝心って馬にも効くのかな?)


 アタシはフラ爺の伝心の魔法が有ることを思い出した。伝心の魔法は異世界人の言葉を丸ごと翻訳するようだけど、一口に人と言ってもいわゆる普通の人間から、エルフ、はてはゴブリンの言葉まで翻訳するのだ。相手が動物でも行けるんじゃないか?アタシはそう判断する。なのでダメ元で馬達に語り掛けて見るコトにした。馬が言葉を理解しているのか分からないけど、群れで生活する非常に社交性の高い動物だと言うのは知っている。そんな訳でとりあえずお話して見ても悪いこともないでしょうよ。


「えっと、皆、そろそろお開きだって。今日はここまでにして、また明日遊ぼ?」


 アタシは子どもに言い聞かせる様に、努めて優しい声色でグラングラ達に語り掛けた。するとグラングラ達はアタシへのハム付きをピタッと止めた。そして一斉に、


「「「ヒヒーン」」」


 とちょっと寂しげに嘶き出す。そのまま名残惜しそうにすごすごと元居た方へ戻って行くグラングラ達。


(アタシの言葉が通じた?馬に?伝心って、動物にも効くんだ?)


 自分で言って自分で吃驚しているアタシ。本来意志疎通の難しい動物相手にまで言葉で気持ちを伝えられるフラ爺の伝心魔法恐るべしと言ったところだろうか。

 それはそれとして馬達があまりにも寂しそうに鳴くもんだから、アタシも離れるのが名残惜しくなってしまう。とは言え今のアタシにはメグを助けるって言う使命がある。ここはグッと堪えて、メグを助け出してからあの子達と一緒に遊ぶことにしよう。


「わわっ!?急に!?あっ!お前たちそっちじゃないこっちだ!こっちー!!」


 因みにロシュ少年は去っていく馬の手綱を掴んだまま、馬達に引きずられて離れていった。


「なんだったんですの?あの子達?」

「なんなんですかね?」

「あはは……なんだったんだろうね?」


 アタシの一声で一斉に帰って行く馬達を見ながら、頭に疑問符を浮かべた何とも言えない表情をしているキートリーとマース。アタシはアタシで、なんであんなに懐かれたのかよくわからないままだが、とりあえず解放されたのだった。


 去っていくロシュ少年と馬達を見送った後、キートリーはさっきまでのお嬢様然とした振る舞いはどこへやら、真面目な戦士の顔付きに戻り、腕組仁王立ちをしながらジェームスに問う。


「それでジェームス、バヤールの件ですけれど、貴方が操舵するんですの?」

「いえ、私では無く、ケリコに……ケリコ?」

「おっ?あっ!?またあいつは……どこ行ったケリコー!?」


 キートリーにバヤールの操舵をどうするのか聞かれたジェームスが、また聞き慣れない名前を呼びつつ後ろを振り向く。だが彼が振り向いた先には誰もおらず、ジェームスとショーンは呼んだ名前の人物がいないとキョロキョロと探している。

 そんな時、アタシの背中に暖かい毛むくじゃらの何かが触れる感覚があった。


「うん?」


 アタシはまたグラングラが来たのかと思ってふっと後ろを振り向こうとした。がしかし、アタシの身体は背後からむぎゅっと、もふっもふの両腕に抱き着かれる。


「うひゃあっ!?なに?なになにっ!?」

「うにゃあー!うにゃにゃにゃにゃっ!!」

「えあっ!?ちょっ!?ダメだって!あっ!あっ!ダメぇっ!」


 甲高い獣のような声を上げながら、背後からもふもふの両腕で遠慮なくアタシの身体を弄る謎の生き物。アタシは胸やら腹やら脇やら至る所を弄られ揉まれて、思わずヘンな声を上げてしまう。


「あっ!ケリコ!いつの間に!?」

「おいこらっ!ケリコ!おめえ千歳のねーちゃんになにやってんだっ!」

「うにゃっ!?」


 アタシに抱き着いていた背後の謎の生き物は、アタシの様子を見て焦って近づいて来たジェームスとショーンの手によって無理やり引き剥がされる。

 やっと解放されたアタシは、両腕で自分の身を守るように抱きしめる。アタシだって女なのだ、さっきの馬達のようにハムハムと可愛く懐いて来る程度なら兎も角、こうも露骨に揉みまくられては警戒する。警戒するだけでそれ程嫌悪感が無かったのがまた不思議なところだけども。

 さて警戒しつつ後ろを振り向いたアタシ、するとそこに居たのは、


(毛むくじゃらの、獣人?)


 身長はキートリーより少し低い程度の、毛むくじゃらのだけどなんか見慣れた感じの動物、いや、獣人が立っていた。頭から顔・手足まで、白・茶色・黒の3色の短めの毛に包まれており、両目は黄色い猫のような縦長の瞳。もふもふの猫みたいな耳に、しなやかな四肢、ほんのり膨らんだ胸。青い宝石の付いた杖を背負い、ガーリーなケープとミニスカなワンピースに身を包んだ獣人。


(獣人?いや猫だこれ)


 猫のような、というかそのまんまちょっと人間女の子ぽいだけの二足歩行の猫。これが獣人なのだろうか。

 その猫獣人が、アタシの後ろでジェームスとショーンに怒られていた。


「いきなり襲い掛かるとは。ケリコ、キミはもう少し自分の立場と言うモノをですね……」

「そうだぞケリコ、ただでさえおめえは……」

「うにゃあ……ごめんなさい、ついやってしまったにゃ……」


 ジェームズとショーンが地面にぺたんと座り込んだ猫型の獣人に説教をしている。


(いきなりアタシに襲い掛かるっていうなら、一昨日にジェームズさんとショーンさんだってやって……いや、これは話が拗れるからやめよう)


 アタシはこの前線キャンプにやってきた初日、アタシの媚香で暴走したジェームズ達に襲われた事を思い出していた。あの時のアタシは特に精神的に参っていたので情けなくも泣き叫んでしまったけれど、あれは元を正せば悪魔化しかけていたアタシが媚香を出しっぱなしだったのが原因なのでジェームズ達を責めるのはお門違いだ。アタシはジェームズ達にツッコミたい気持ちをぐっと飲みこんだ。

 気を取り直して目の前の猫型獣人について聞いてみる。


「えっと、この子は?」


 アタシの声を聞くなり、猫耳をピンッとアタシの方に向け、続いてアタシに顔を向けて特徴的な猫目でアタシをじっと見てくる猫型獣人の女性。アタシの問いかけを聞いたジェームズは、そんな彼女を立たせながらアタシに言う。


「ミス千歳、彼女は……」

「あちし!?あちしはケリコ・カリコだにゃ!」


 立ち上がるなりジェームズの言葉を遮りながらアタシの目の前まで近づき、食い気味に自己紹介をしてくるケリコ。


「アンタが千歳サマ?」

「そうだけど……」


 ケリコと名乗る猫獣人は、アタシの返答を聞くなりシュバッと一歩下がり、親指・人差し指・中指を立てて顔の前にビシッと構え、


「不肖!ケリコ・カリコ!千歳サマの乗るバヤールの操舵を任されたにゃー!よっろしくにゃー!」


 そう言ってアタシに向けてキラッとウインクをして見せた。


(語尾ににゃーって付ける人、人?獣人?初めて見た……)


 アタシは突然現れた猫型獣人、ケリコのやたら明るいノリに付いて行けず、彼女の語尾に心の中でツッコミを入れる。とは言え挨拶された以上挨拶し返すのは実際大事。アタシは気を取り直して彼女に挨拶を返す。


「よろしくケリコ、さん?」

「ケリコでいいにゃあ。千歳サマ、馬の匂いがプンプンするけどなんかあったにゃ?」


 ケリコはそう言ってアタシに鼻を近づけてスンスンと匂いを嗅ぐ。何かあったも何も、ついさっきまでアタシは馬達にべろんべろんに舐められていたので馬の匂いがするのは致し方無いのだけれど。


「あー、ちょっとさっきまでグラングラ達と遊んでて……って、貴女がバヤールの操舵をしてくれるの?」

「そうにゃあ、今日はあちしがこのバヤールの操舵手をするにゃあ」


 ケリコはそう言ってくいっと背中の杖をアタシに見せてくる。


「貴女が?魔術を使うの?」

「そうだにゃあ?なんか変かにゃあ?」


 アタシの疑問に不思議そうな顔をするケリコ。アタシは目の前のケリコが、獣人が魔術を使えると言うのにいまいちピンと来ていない。アタシの勝手なイメージだが、獣人と言うのは人間には無い獣由来の高い身体能力を使って戦うモノだと思っていた。だが確かに目の前のケリコは背中に青い宝石の付いた杖を背負っており、服装もショーンのような戦士風な重装備では無く、ジェームズの様な魔術師風の軽装備。他に腰に道具袋を一つ下げている程度で、後はまあなんと言うか少女風の可愛いファッションをしている。ただ顔がモロに猫なんだけど。

 そんな事を思っていたら、マースがいつの間にバヤールを降りてアタシの隣りに来ており、彼女についての説明をしてくれる。


「千歳姉様、ケリコは獣人ですが、女神メルジナは人種を問いません。信仰心さえあれば等しく魔力を与えてくれるのです!」


 そう言って腰に手を当てて、えっへん、と胸を張るマース。アタシはマースのその仕草を見てさっき自軍の軍馬を自慢げに紹介していたキートリーの姿を思い出し、


(流石姉弟だなあ、この子達)


 などと思いつつ、ケリコの獣人だと言う事が気になったのでもう少し突っ込んで聞いてみる。


「獣人って、ジェボード?国に住んでいるって話を聞いたけど、その国とは最近まで戦争をしてた、って話だったよね?この子はなんでここに?」

「あ、あちしは、その……」


 さっきまで元気だったケリコが、突如耳を伏せて暗い表情をしだした。


(ん?)


 彼女の変わりように、もしかしてあまり聞いては欲しくないことを聞いたのかもとチラッとマースとキートリーに視線を向けて見てみれば、アタシにも分かるように二人とも露骨に首を横に振っていた。


(しまった、地雷踏んじゃった)


 アタシは黙って震えてるケリコを見て、自分の配慮に欠けた発言を取り繕おうと思考を巡らせる。


「あっ!?そうだ!出発!出発の時間だったよねジェームズさん!?」


 両手をパンッと鳴らし合わせ、多少捲り気味にジェームズさん達に出発を促すアタシ。我ながら下手くそで強引だが、アタシだって聞かれたくない事の一つや二つはある。そもそも最近まで戦争してた国の住民なケリコがここにいて、この反応をすると言うことはだ、何か後ろ暗い事か、もしくは思い出したくも無い酷い目にあったかのどっちか。そんなものむやみやたらに詮索するのは宜しくない。ただでさえアタシはここの兵達に避けられてるんだ。せっかく友好的?に近づいてきてくれたケリコに嫌われるのはゴメンだし、何よりこれ以上メグの救出作戦の出発が遅れるのが一番困る。こっちは譲れない時間制限があるのを忘れてはいけない。


「……あっ、ああ!そうですミス千歳!皆さんも早くバヤールの中に戻ってください。ほらケリコ、キミはバヤールの操舵を」

「……にゃっ?う?うん、頑張るにゃ」


 アタシの強引なパスを聞いて皆に出発を促すジェームズ。ジェームズに発破を掛けられて我に帰るケリコ。バヤールの外に出ていたマース達もジェームズに促されてバヤールの中に戻り出発の準備に入る。


(まあ、ケリコのことは後でナイショでマースに聞いておけばいっか)


 アタシもそんなことを思いながらバヤールの中に戻り、やたら頑丈そうな金属の手すりに捕まり出発の準備をする。

 出発準備中にこっそりマースにケリコの事情を伺って見れば、どうも彼女はジェボード国からの亡命者らしい。フェレス族と言う猫系獣人の一族出身で、他の獣人種族に比べて戦力としては弱いフェレス族は、弱肉強食思想なジェボード国ではアタシの想像通り酷い迫害を受けていたそうだ。それでケリコはその扱いに耐え切れず、ボーフォートに亡命したとのこと。

 ケリコが亡命したその時はボーフォートとジェボードはちょうど戦争中。ケリコは祖国からは裏切り者と罵られ、ボーフォートからはスパイではないかと疑われの板挟み。苦しい思いをしただろうに、彼女は明るく振る舞い続け、ついにメルジナ教に改宗もしたらしい。そして必死に魔術の勉強をして獣人でありながら晴れてボーフォートの魔術師に。

 そんな彼女が何でゴブリンの討伐隊に?と聞けば、恐らくはジェボード国から物理的に離れたいからだろうとマースは言っている。後はボーフォートの魔術師として皆の役に立ちたいのだとも。


(なんだ、良い子じゃん)


 ケリコにいきなり抱き着かれた時は何だこの子と思ったけれど、事情を聞いて見れば不遇な環境から抜け出してめっちゃ頑張ってる良い子だった。少なくともアタシからの心証はグッとアップ。

 アタシの事も他の皆みたいに怖いだろうに、皆の役に立ちたいからと、それで怖がる素振りを一つも見せずにバヤールの操舵を買って出た、と言うワケだ。


(けなげな)


 因みに獣人なのにアタシみたいに怖がられてないのはなんで?とマースに聞いて見れば、ケリコは他のジェボードの獣人のように強力な力は持っておらず、性格も温和で、ついでに猫だから……と言葉を濁して言った。


(可愛いからか、猫が可愛いから怖くないのか、可愛いは正義なのか)


 アタシはイマイチ釈然としない思いを抱きつつも、アタシ達を乗せたバヤールはついに出発したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。


最近リアル馬の可愛さに気付きました。

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