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16.決戦の朝_01

 アタシの、異世界生活三日目が始まる。


 -ピピッ、ピピピッ-


 昨日の朝も聞いた知らない鳥の鳴き声。アタシは目を開けて天井を見る。ここはキートリーのテントの中。その隅っこの簡易ベッドに毛布を被って寝ているのがアタシだ。テントの膜材の隙間から朝日が差し込んでいる。


「すー、すー」


 そんなアタシの隣りには、静かな寝息を立てる水色の長い髪の女性が一人。と言っても正確にはこの子は寝ていないのだが。


「おはよう、アリアーヌ。起きてる?」

「はい」


 案の定起きていたアリアーヌ。彼女はアタシの問いかけに目をパチッと開けて返事をする。彼女のエメラルドグリーンの瞳に見つめられつつ、アタシは毛布を開けベッドから降りる。


「んっ、くぅ~、朝支度しよっか」

「はい」


 両手を上げて伸びをするアタシ。アタシについてベッドを降りるアリアーヌ。

 朝支度と言っても、着替えをするわけでも化粧をするわけでもないので、せいぜい顔を洗う程度だ。服はフライアから貰った黒装束で間に合ってるし、化粧品は持ってきてない。もっともアタシのする化粧なんて普段から顔洗って軽くファンデーション塗る程度。所謂時短メイクってヤツ。リップもアイメイクもめんどいからやらない。冠婚葬祭とかビシッと決める必要のある特別な行事は別だけど。

 この世界の美容事情については、今のところキートリーもサティさんもパヤージュでさえほぼノーメイクだったので分からない。単純にこの世界に化粧文化が無いのか、それともこのゴブリン討伐隊に来てる戦う女性達はそんなモノ使ってる余裕が無いだけなのか。

 で、一人バッチリ化粧を決めている人物を思い出す、フライアだ。特徴的な紫のアイメイクとルージュでもうちょっと加減しろと言わんばかりにメイクをしている。となれば化粧文化そのものが無いわけでは無いという事になるけれど……いや、フラ爺をこの世界の標準として語るのはなんかダメな気がする、うん。そもそもアタシはこの世界をまだここのゴブリン討伐隊の前線キャンプでしか見ていない。人の集まる街やお城に行けばもうちょっとこの世界の文化を知ることが出来るだろう。メグを助けたら、メグと一緒に見て回りたいものである。

 さて、顔を洗おうとテント内を見渡し水を探すが、見当たらない。どうやって顔を洗おうかと悩んでいたところ、テントの外から誰か中に入ってくる。サティさんだ。


「おはようございます、千歳様」

「サティさん、おはようございます」


 既にネグリジェからメイド服に着替えているサティさんが、アタシに向けて軽くお辞儀をする。アタシもお返しで軽く頭を下げた。


「サティさん、顔洗いたいんですけど、自由に使っていいお水とかってあります?」


 元の世界では異様に発達したインフラのあまり気にしていなかったが、元来、水資源は貴重なモノである。水の奪い合いで殺し合いから戦争まで行った国もある。余計な揉め事は避けたいので、先に聞いておくべきだろう。


「はい、少々お待ちください」


 するとサティさんはどこからか桶のようなものを取り出し、地面に置いた。そして壁際に立てかけておいた杖を取り、目を瞑る。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我らにその恵みを分け与えたまえ、クリエイトウォーター」


 -キィィィン-


 青く輝くサティさんの杖。そしてサティさんの杖から透明な水の塊が出現する。その水の塊はふわふわと宙を浮いたままサティさんが地面に置いた桶の上にゆらりと飛び、そのまま桶の中に落ちた。


 -ドポンッ-


「おおー、水が出来た?」


 桶の中には2リットル程度の、顔を洗うには十分な水が生成された。アタシの前で杖を下ろし一息つくサティさん。水の入った桶をアタシに差し出して言う。


「どうぞ、この水をお使いください」

「わー、ありがとうございます」


 アタシはサティさんから水の入った桶を受け取った。これで顔を洗える。水資源の心配をしていたが、魔術で水を作れるならさほど心配はいらないようだ。


「凄いですね、魔術で水を作った?んですか?」

「ふふ、メルジナ様は水の女神ですから」


 アタシの質問に得意げに微笑むサティさん。だがすぐにその笑顔は消えて真顔になる。


「……本来であれは補給部隊から十分な水の支給があるのですが、その補給部隊の到着が一部遅れていまして」


 魔術で水を作れるのに補給部隊が水の支給をしている、という事は魔術での水の生成だけでは追いつかないという事だろう。前言撤回だ、水の心配はした方がいいらしい。


「おっ、冷たい。なんかあったんですかね、その補給部隊」


 アタシはさも自分は関係無いみたいな顔をしながら、水の入った桶に手を突っ込んで自分の顔をバシャバシャと洗いつつサティさんに事の事情を聞き返す。


「はい、どうやら一昨日の夜、帰還中の補給部隊が一斉に気絶したらしく、その影響で補給が滞っていまして。食料は足りているのですが、水に関しては今は節約するか魔術で作り出すしかないのです」

「一昨日……あ、タオルありがとうございます」


 アタシはサティさんから手渡されたタオルで顔を拭きつつ、サティさんの言ったことを頭の中で反芻する。


(一昨日の夜?一昨日って何あったっけ?)


 アタシ的には連日怒濤の目まぐるしく状況の変わる忙しい日々を送っている感覚でいるため、一昨日あった事を思い出すのにも一呼吸要る。


(一昨日って言うと、この世界に迷い込んで、飛龍の騎士のサラガノに会って、ゴブリンの村でパヤージュを見つけて、クラーケンにメグを攫われて?)


 しかめっ面で宙を見上げながら一昨日の出来事を思い出すアタシ。こう思い出しているともう何ヶ月も前の話に思えるから不思議だ。


(気絶して目が覚めたら、ここの前線キャンプに居て、そんでマース達と出会って、キートリーとメグを助けて貰う契約を交わして、それからアタシは悪魔の身体になってなんか暴走しちゃって)


「……あ"っ」


 アタシは素っ頓狂な声を上げて手に持っていたタオルをポトリと地面に落とした。ここまで思い返してアタシはやっと思い出す。

 一昨日の夜に部隊が気絶、とくればアタシが思いつくのはただ一つ。


「媚香の暴風……」


 媚香の暴風とはアタシがフラ爺から悪魔化のレクチャーを受けていた時にやらかしたヤツだ。あの時はマースが正気を失ったままアタシに抱きつき、同性のキートリー達すら発情して地面に倒れ込み悶えていた。


(早く抑えないとキャンプで死人が出るってフラ爺が言ってましたってーな)


 アタシが無意識に撒き散らかしていた媚香の暴風は、ぱっと見地平線の彼方まで届いていた。そりゃあそれだけ広範囲に影響を及ぼしていれば、近くのキャンプは当然のこと、帰還途中の補給部隊を巻き込むのもあろうもんと言う訳で。


「あはは……アタシのせいです、本当にごめんなさい」


 乾いた笑い声を上げつつ、ささっとサティさんにジャパニーズ土下座をするアタシ。この世界に土下座の文化は無いと知っていてもこのやらかしは謝らずにはいられない。


「あああ、千歳様顔を上げて下さい。ア、アレは事故のようなものですから千歳様がそう重く受け止める必要も……」


 土下座文化は無くとも、アタシの意図を汲み取ってくれたらしいサティさん。ちょっと焦りながら地面に頭を擦り付けるアタシに駆け寄り顔を上げさせようとする。


「いや、でも流石にこれはですね」


 申し訳なさでいっぱいのアタシは顔を上げつつももう少し土下座で粘る。軍隊に取って補給、と言うか兵站が命なのはアタシみたいな素人だって分かる。何十人何百人の水や食料を維持する、それだけでもどれだけ大変な事か。吸精してればお腹いっぱいになるアタシとはワケが違う。兵站不足で軍隊が自壊した、なんて話も耳にした事があるくらいだ。

 事は重大、アタシが謝ったところで物資不足が解消されるワケじゃないのはわかっているけれど、申し訳なさ過ぎて頭を上げらんない。


「お姉様、過ぎた事を言っていてもしようがありませんの。今日の事を考えましょう?」


 アタシが申し訳なさ過ぎて項垂れていると、後ろからキートリーの声が聞こえてきた。


「あっ?おはようキートリー」

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、お姉様、サティ」


 アタシが振り向くと、そこにはネービーブルーのズボンと白いフリル付きのブラウスを来たキートリーが立っていた。一昨日アタシがこのキャンプで目を覚ました時に着せて貰っていた服である。キートリーは昨日一昨日と赤いドレス姿かネグリジェ姿しか見ていなかったので、なかなかどうして新鮮味がある。


「いやでもほら、兵站線とかって大事だって聞くし……」

「幸い、食糧は足りていますし水は無いなら魔術で作れますの。例の補給部隊も直ぐに立て直したようですし、お姉様がそこまで気に病む必要もありませんのよ?」

「そ、そう?よかったぁ~」


 キートリーよりそれほど重大な事態にはなっていない事を聞いたアタシは、ほっと胸をなでおろす。ただでさえ連日ボーフォートのゴブリン討伐隊の皆さんには迷惑かけっぱなしなのだ。これ以上迷惑をかけて心証を悪くするのは避けたい。

 安心したアタシはサティさんが差し出している手を取り、ゆっくりと立ち上がる。そしてふと、昨日の寝る前のキートリーの惨状を思い出したので彼女に聞いてみる。


「キートリー、そういえば昨日のお酒とか……大丈夫だった?」

「あらお姉様、ワタクシ翌日に酔いを持ち越したことはありませんのよ?」

「ありゃ、お酒強いんだ」


 アタシの心配を余所に元気そうにビシッとガッツポーズを決めて答えるキートリー。アタシは昨日でろんでろんになるまで酔っぱらっていたキートリーの心配をしていたんだけれど、どうやら杞憂に終わったらしい。


「その服、アタシが一昨日破いちゃったやつ、だよね?」

「それの予備ですわ。狩り用の装束ですから、いくつか予備はありますのよ?」


 アタシの質問に、腕を組んでふふんと得意げに構えて見せるキートリー。アタシには似合わないフリフリのブラウスではあるが、キートリーにはとてもよく似合う。何よりサイズが丁度いい。当然だけど。


「予備があるならあんなに怒らなくてもよかったのにー」

「あ゛っ?あぁぁの時はちょっと虫の居所が悪かっただけで……こほん、お姉様、過ぎた事を言っていてもしようがありませんの。今日の事を考えましょう?」

「アッハイ」


 一昨日の初顔合わせ時にブラウスを破ってしまっていたことでキートリーこっぴどく怒られた事を蒸し返すアタシ。キートリーはちょっと動揺し弁解した後、忘れろと言わんばかりにもう一度さっき聞いたセリフで誤魔化した。


「さてお姉様、朝支度を済ませたらお父様のところへ参りますわよ?本日の恵様の救出作戦、覚悟はよろしくて?」


 キートリーがさらさらの長い緑色をかき上げ、腰に手をビシッと当ててポーズを決めて見せる。彼女のやる気は十分のようだ。


「大丈夫、いける。キートリー、サティさん、宜しくお願いしますっ!」


 アタシはキートリー達に向かって背筋を伸ばし礼儀正しくビシッと頭を下げた。昨日一昨日と波乱の日々だったが、今日メグさえ助けてしまえば当面の不安材料は無くなる。アタシが悪魔になってしまったことと、元の世界に戻る方法が果てしなく時間が掛かるって事をメグにどう説明するかはさておいてだけど。


「ええ、お任せあれですの」

「はい、全力を尽くさせていただきます」


 キートリーとサティさんはアタシの日本流のお辞儀にも慣れたのか、ニコッと笑って返事をしてくれた。二人ともまだ会って三日目の間柄だけど、随分仲良くなれたと思う。


(早くこの二人にもメグを紹介したい。メグならこの二人とも絶対に仲良くなってくれるはず)


 そんな想いを胸にアタシは手早く朝支度を済まし、朝ごはんとしてサティさんをちょっと吸精させてもらった後、


「いくよアリアーヌ、アタシに付いて来て」

「はい」


 見事一晩中アタシの抱き枕任務を完遂したアリアーヌを連れて、キートリー達と共にボースの元へ向かうのだった。


 -----------------


「よーし!6両目繋げー!」

「「「あいさー!せーのーっ!」」」


 -ガッゴォン-


 朝日の照らす前線キャンプ。ぽーっと突っ立ってるアタシ達の目の前で、ボースの号令と共に十数名の兵士達が鉄板で囲まれた荷馬車の様なものを金具で次々と連結していく。昨日マース達とお祈りした時、メルジナの女神像が乗せられていた物と同じヤツだ。アレが直列に6台ほど繋がれている。


「良い具合に始まってますわね」

「はい、お嬢様」


 キートリーとサティさんは見慣れた様子で車両連結作業見守っている。


「へえー、四角い戦車って感じだけど、アレなんだっけ?バザール?」

「バヤールです千歳姉様」


 アタシが目の前の鉄板荷馬車の名前が思い出せず思い浮かんだそれっぽい名前を言っていると、後ろからアタシに語りかける聞き慣れた少年の声が聞こえた。このたった一言だけでたちまち胸が高鳴ったアタシはすかさず振り向き、愛しい彼の名を呼ぶ。


「マース!」

「おはようございます、千歳姉様」


 アタシの呼び声に答え、アタシに向かって礼儀正しくお辞儀をしてみせるマース。


「おはよっ!マースっ!おはようっ❤」

「わっ、わわっ?」


 そんな彼との再開に喜びを我慢しきれず、と言っても一晩しか離れてないのだが、即座に彼に抱き付きその小さい身体をひょいっと抱き上げて彼の温もりを感じるアタシ。


「大丈夫?昨日の疲れ取れた?」

「えへへ、もう元気です」


 彼は抱き上げられたままアタシの問いかけにニッコリと輝かしいまでの笑顔で返してくれる。


「よかったぁ❤マースぅ❤」


 彼の笑顔に堪らなくなったアタシは、彼を抱え上げたまま軽くほっぺにキスをした。


「ちゅっ❤」

「わっ」


 アタシがマースの頬から唇を離すと、笑顔のマースが少し恥ずかしそうに顔を紅潮させアタシを見つめながら、


「お返しです、ちゅっ」


 アタシの顔を抱き寄せアタシの頬にキスを仕返してくれた。


「んん~っ❤」


 これだけで思考も顔もすっかり蕩けたアタシは人前だと言うのも忘れてそのままマースと熱く抱き合う。が、しかし、


「ゴラァァ!マァァスゥ!!ちょっと!?お姉様もですわっ!!離れなさいっ!!は・な・れ・な・さ・い!!こんな人前で!少しは恥を知りなさい!恥を!!」


 そんなアタシ達はボースと兵士達の視線の中、闘気で両手を橙色に染めたキートリーの手に無理やり引っ剥がされ離される。


「ああっ、マースぅ、アタシのマースぅ……」

「ああ、僕の千歳姉様……」


 キートリーを間に挟みつつ、互いに手を伸ばし離れまいとするも、抵抗虚しく離されていくアタシとマースの手。


「キートリーの意地悪ぅぅ~!うぇ~~ん」

「演技が下手くそ過ぎますわよお姉様!意地悪でもなんでも、人前でやらないでくださいましっ!」


 アタシはぺたんと地面にへたり込み、キートリーの非道な行いにワザとらしい泣き真似をして彼女に抗議する。そんなアタシの痴態を叱りつけるキートリー。我ながらこの情けなさ、これではどっちが年上だかわかったものではない。


「ふふふっ」


 そんなアタシ達を見ていたサティさん、キートリーの必死っぷりが面白かったのか口元を緩ませ小さく笑った。


「サティ!?貴女笑ってるんじゃありませんのよ!?サティ!?」

「あらお嬢様、私がどうか致しました?」


 キートリーはその笑い声を聞き逃さなかったらしくサティさんを責めるも、サティさんは真顔ですっとぼけて誤魔化した。サティさんは神経が図太いと言うか慣れていると言うか、伊達にキートリーの従者をやっている訳では無いらしい。


「あっはは!」


 そんな二人の様子が可笑しくて、アタシも笑い声を漏らした。


「お姉様っ!?なんでお姉様まで笑いますのっ!?」

「いやあ、ごめんごめん。なんかちょっと楽しくて」


 キートリーにビシッと突っ込まれ、若干笑いを引きずりつつ言い訳する私。いや言い訳じゃなく、アタシは今のこの瞬間が本当にとても楽しかった。元の世界でお婆ちゃんが急逝してから現在に至るまでの怒涛の様な近況の中で、お婆ちゃん以外の初めての親族達と出会えて、こうやって仲良くできて、アタシはどこか安心してしまっている。勿論メグの現状を考えれば安心なんてしてられないんだけど。


 さて、アタシ達がこんなじゃれ合いをしていたそんな折、アタシ目掛けて白く眩く光と共に謎の小さな物体が飛んできた。その物体は座り込むアタシの目の前で動きを止めて小さな手らしきものをいっぱいに広げ元気に言葉を放つ。


「アンタ!アンタだ!デカ女!アンタがマースを誑かしてる悪魔の女!」

「え?何?」


 アタシの目の前でけたたましく喚き散らすこの小さな人影は、ヒラヒラと小さな透明感のある羽をパタ付かせながらやたら甲高い声でアタシに向かって文句を言い続ける。


「何?じゃない!昨日グレッグが言ってた!アンタが人を惑わす淫魔!」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「何!?エメリーの言ってる事に文句ある!?一応聞いてやる!」


 アタシのほんの鼻の先でヒラヒラと宙を漂う人影。蒼い目に金色のツインな縦ロール髪、緑色のワンピースを着て背中から虫のような透明の羽を生やしている、まだ若い少女。それだけならまだ良い、翼のある人間ならプレクトっていう前例がいるし、なんならヴァルキリーはみんな翼生やしてるので見慣れてる。

 問題はその大きさ。彼女、エメリーって彼女の名前かな?エメリーの頭から足の先までの身長と、アタシの肘の先から指の先までの長さが大して変わらない。どう見たって人間のサイズじゃない、兎に角小さい、手も足も顔も小さい。そんなのがアタシの目の前でヒラヒラ飛んでいるのだ。明らかに人間じゃない。

 そしてアタシはこの小さな姿の生き物、キャラには見覚えがあった。おとぎ話からファンタジー物まで定番の、羽根を持つ小人キャラ。アタシはエメリーを見て思い付いた事を包み隠さず口に出す。


「ぅせい……」

「何?聞こえない!?」

「妖精!フェアリーだ!!」

「いひゃぁぁっ!?いっ、いきなり叫ばない!」


 アタシの大声にビビったのか、身を縮こまらせるエメリー。妖精、フェアリーって言えば、所謂ところ人と神の中間の存在だとか、天使の一種だとか呼ばれる存在だ。不思議な力で人を導いたかと思えば、悪戯好きで逆に人を惑わせたりと、この世界ではどういう存在かはわからないけど、少なくともアタシの認識ではそう。小難しい事は置いておくと、要は羽の生えた小さい人。ここに綺麗でちっちゃくて可愛いって言うアタシのどうでもいい感想が付く訳で。


「フェアリー!フェアリーだよね!?キミ!?フェアリーだよね!?」


 本物のフェアリー見たアタシは、感動のあまりキラキラした目をしたまま彼女に手を伸ばし掴もうとする。が、すんでのところでそれをやったときの事を考え手を止めた。


(触りたいっっ!だけどいきなり触ったら絶対嫌われるっ!)


 フェアリーな彼女の体はとても細くか弱い。アタシの無駄にデカい手で不用心に触れればケガをさせてしまうかもしれない。それに相手は羽根をヒラヒラさせて空中に漂っているのだ、下手な触り方をして地面に落ちてしまうのもマズい。誰もがアタシみたいに空からキャンプに墜落しても平気な顔をしていられる訳じゃないのだ。

 そんな訳で、アタシは両手をエメリーの前に差し出した体勢のまま、


「ひょええええ~~っ!リアルフェアリー!?ちょっ!?やばっ!?マジでかわいいんですけどっ!?かわいい~~っ!マジで!?」


 と、伸ばした手を震わせながら思っている事を喜び一杯の大興奮でいつもより一層貧弱になった語呂で相手に伝える。


「ひへぇぇぇ!?なに!?アンタなにっ!?」


 びくっとアタシの顔を見て身体を震わせたエメリー。どうもアタシは相当酷い、と言うかだらしない顔でエメリーを見つめていたらしく、勢いと挙動不審っぷりも合わさって、警戒したエメリーはアタシと距離を離し始める。とは言えこれは致し方ない。今のアタシはどう見たって不審者だ。

 と、ここで事態を見守ってたマースが動いた。


「エメリー、千歳姉様は僕を誑かしたりしないし、人を惑わせたりもしないよ?」


 マースはそう言ってエメリーと呼ばれたフェアリーの側に寄り、彼女に向けて手の平を差し出す。エメリーは差し出されたマースの手のひらの上に着地し、小さな手でアタシを指差しながらぷりぷりと怒りつつマースに抗議する。


「マース!コイツ頭おかしい!マース絶対コイツに騙されてる!」

「ダメだよエメリー、千歳姉様にそんな事言っちゃ。今の千歳姉様はキミを見てびっくりしてるだけだから。そうですよね千歳姉様?」


 慣れた様子でエメリーを窘めるマース。笑顔のマースに話を振られ、アタシは我に返る。


「えあっ?ああ、うん、そう!本物のフェアリー見るのは初めてだったから取り乱しちゃった」


 興奮を抑えつつ立ち上がり、改めてマースの手のひらの上の小さなエメリーに向き直るアタシ。


「こほんっ、驚かせちゃってごめんねエメリー。アタシの名前は日高千歳。最近異世界から来たんだけど、アタシはキートリーとマースの従姉なんだ」


 軽く咳払いしたアタシは、目の前の小さな小さなお嬢さんにお辞儀をしながら自己紹介する。エメリーを驚かさないよう努めて柔らかに、落ち着いて。


(興奮しすぎだアタシ。初対面の相手にあの挙動不審っぷりは失礼過ぎるでしょ)


 と、心の中で自省しつつ、顔を上げてエメリーの反応を待つ。

 肝心のエメリーはと言うと、羽をパタパタと動かしながら、アタシとマース、そしてキートリーの3人をキョロキョロと見ている、と言うか見比べている。


「従姉?アンタが?マースと?キートリーと?」


 信じられないと言った怪訝な表情を浮かべるエメリー。


「いやまあ髪の色から瞳の色まで似てるところはほとんど無いですけれども……」


 エメリーに痛いところを突かれて口ごもるアタシ。マースとキートリーは緑髪に朱色の瞳のファンタジー住人顔、対して今のアタシは黒髪に黒目の純正東洋人顔だ。島に来た頃茶髪だったのは染めてただけだし、エメリーが私達の似てる要素を探しても見つからないのは致し方ない。だけど実際のご先祖様、フラ爺から直々に血縁者であるって言うお墨付きは頂いているので間違いは無い。


「あらエメリー、ワタクシ達そんなに似てませんこと?」


 すっとアタシの隣りに立ったキートリーがアタシに腕を絡めて顔を寄せてくる。エメリー達の方を向きながら、ピトッと頬をくっ付け合うアタシ達。くっ付いたキートリーの頬の暖かさを感じ少し安心するも、昨日マースを誤って吸精し殺しかけてしまった恐怖を思い出して、今度は不安になってアタシはキートリーから顔を離そうとした。が、


「おっねえさまっ!」


 キートリーに肩をガッシリと掴まれた。悪魔化したアタシ程ではないけれど、それでも女性としては驚異的な腕力を持つキートリーだ、アタシはキートリーから離れられなくなる。


「離れたら比べられませんでしょう?ね?」

「う、うん」


 そう語りかけてくるキートリー。ワタクシは大丈夫ですわ、と言ってくれているようなどこか安心感を与えてくれる優しい微笑みが、アタシの不安を消し飛ばす。ともあれ根負けしたアタシは抵抗を止めた。


「それでエメリー、どうですの?お姉様とワタクシの顔、髪の色や瞳の色は違えど、なんとなく似ている気はしなくて?」


 アタシと頬をくっ付けたままエメリーに聞きなおすキートリー。


「う~ん、目元、ちょっと似てる……かも?」


 マースの手のひらを離れ、アタシとキートリーの目の前でパタパタと空中を羽ばたきながらエメリーが言う。


「ふふふん♪でしょう?」


 どうだ参ったかと言わんばかりにドヤ顔をしているキートリー。


「んん、そりゃまあパーツ単位で見れば似てるところはあるかもだけど」


 アタシの言葉を聞きつつ、すっとアタシから顔を離すキートリー。ガッシリ掴まれていた肩も離され、アタシはキートリーと向かい合った。


「パーツ単位で似ていれば十分ですわ。それでエメリー、お姉様がワタクシ達の血縁者である事、信じて貰えて?」


 流し目でアタシの言葉に答えつつ、エメリーに向き直るキートリー。エメリーは少し悩む仕草をした後、私を見てお辞儀をした。


「千歳、エメリーは、ストームフェアリーのエメリー。エメリー、千歳の事、まだ信用してない。だけどキートリーとマースの言う事、聞く」

「うん、ありがとうエメリー」


 彼女の言う通り、まだ信用はしてもらってないようだけれど一応話は聞いて貰えるようだ。それで彼女の口から聞いたことがない単語が出た。ストームフェアリーとはなんだろう?彼女に聞いてみる。


「エメリー、ストームフェアリーってなあに?」

「ストームフェアリー、風と嵐の妖精。女神シレヌーに仕えている」

「シレヌー?……ああ、風の女神様の?」

「そう」


 風の女神シレヌーと言うと、パヤージュが信仰しているこの世界の女神様だ。後はプレクトのお母さんもシレヌーに祈りつつ魔術を放っていた記憶がある。


(風の魔術、アタシの胸元に大穴開けたあれの神様かぁ……)


 プレクト母に風魔術で穴を開けられた自分の胸の間を摩るアタシ。穴はすっかり治っているのだけど、痛かったものは痛かったワケで、風魔術事態にあまり良い記憶が無い。


「お姉様、今回の恵さん救出作戦では、エメリーにはパヤージュと一緒に風魔術で戦闘の船の補助をして貰うんですのよ」

「うん、エメリー、頑張る」


(エメリー、かわいい)


 キートリーの説明にふんすと気合を入れているエメリー。アタシはエメリーの仕草が可愛くて思わずニヤけてしまいそうになったので慌てて両手で口を隠した。


「作戦前に船に乗る全員の顔合わせ、しておいた方が宜しいでしょう?会っていないのはお姉様とエメリーだけでしたから、これで全員顔見知りですわよね?」

「ああ、うん。アタシを含めて9人でー、……えーと?」


 キートリーにメグの救出作戦の話を振られて、アタシは人数までは覚えていたモノの全員の名前をすらっと言えずに頭の上に疑問符を浮かべた。別に忘れているワケじゃない、まだ慣れていないだけだ、多分。


(いや、覚えてないワケじゃないから、でも名前とか間違えると相手に失礼だし、ちょっと、ええと……)


 アタシは困ったのでチラっとマースに視線を向けて助けを求める。ついさっきまでアタシとキートリー達の話をじーっと黙って聞いていたマースは、ぱぁっと嬉しそうな表情をしてアタシに助け舟を出してくれる。


「まず千歳姉様、それから父上、キートリー姉様、サティ、パヤージュ、エメリー、ジェームズとショーン、そして僕の9人ですね」

「そう!それそれ」


 すかさず入ったマースのフォローに待ってましたと言わんばかりに乗るアタシ。


「ジェームズ達は今バヤールへの荷物詰み込みを……」


 マースがバヤールの方に振り向いて様子を伺っていたところ、一人の女性がこちらへ歩いて来るのが見えた。赤髪に長い耳、綺麗なチョコレート色の肌、パヤージュだ。


「マース様、キートリー様、作戦準備が整いました」

「っと、どうやら終わったみたいですね」


 パヤージュの作戦準備完了の連絡を受けて、パヤージュに頷きながらアタシの方へ向き直るマース。


「パヤージュ、おはよー!」

「おはようございます、千歳さん、あっ!じゃなかった千歳様」


 まだパヤージュには朝の挨拶をしていなかったので、アタシは両手を上げひらひらと振りながら彼女に挨拶する。パヤージュも挨拶し返してくれたのだが、何故か千歳さん呼びだったのが千歳様呼びになっていてなんかよそよそしいと言うかなんと言うか。


「様なんて付けなくていいのにー」

「千歳様はキートリー様とマース様の血縁者ですから、そう言うワケにも……」


 アタシの抗議の声にちょっと困った感じの反応を見せるパヤージュ。アタシはここの領主の息女と子息の従姉となるワケだけれど、パヤージュの言い分を鑑みるに身分的に貴族と大して変わらない扱いをされてしまっているらしい。アタシとしては、パヤージュとはもっとフランクに付き合いたいのだけれど。折角この世界で最初にあった人で互いに助け合った仲なんだし。


「ハイハイ、お姉様、パヤージュにも世間体と言うモノがありましてよ?あまり彼女を困らせないでくださいまし。ほら、お父様が待っていますわ、皆行きますわよ?」


 と、アタシの考えをキートリーが遮り、皆をボースの元へ急かす。


(世間体、世間体かぁ。確かに周りからどう見えるかを考えればしょうがないのかもだけれど)


「アリアーヌ、おいで」

「はい」


 アリアーヌに付いて来るよう言いつつ、パヤージュの対応に少し寂しくなりしゅんとしたままトコトコ歩き出したアタシ。その横にパヤージュが付いて、コッソリとアタシにの耳元で囁いた。


「二人っきりの時は、いっぱいお喋りしましょうね、千歳さん」

「う?うん!」


 ニッコリ笑顔でアタシに囁いたパヤージュを見て、どうやらアタシの心配は余計な心配で終わりそうだ。アタシはビシッと元気に前を向いてボースの元へ向かった。

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