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流着のオードゥスルス ~アラサー悪魔化ねーちゃんの異世界奮闘記~  作者: 逗田 道夢
第2.5章 「魔女の昔話」
71/105

15.魔女の独り言_11

 落とし穴を降りていった先、そこは石造りの祭壇のような部屋だった。壁を見てもヒカリゴケは無いのに何故か視界はよく、どうやら祭壇そのものが光を発しているらしい。大分天井の高い広い部屋で、祭壇も地面からはかなり上の、私が縦に5人繋がれば届くかしら?と言った高さに設置されている。


 -トンッ、トトンッ-


 フレーキと一緒に祭壇の部屋の地面に降りたつ。するとすうっとさっき降りてきた穴が消えてしまった。もう戻る道無くなってしまった。


「逃がすつもりはない……か。ま、そういうことなんでしょうね」


 私とフレーキは振り返りながら視線を上に向ける。私達の目当ての相手は、見上げた祭壇の上に居た。お目当ての相手は怨嗟に塗れた随分とブッサイクな顔をしている。天下?の悪魔様があの表情、笑えるわ。切断された左腕の断面はそのままだが、流血は止まったようで右手を力の限り握りしめ私達に向けて怒りを露わにしている。


『おっせええんだよ!男のクセに女みてぇな恰好でナヨナヨしやがってこのカマホモ野郎がっ!!!ケツの穴だけじゃなく時間の感覚まで緩いってかッ!?ハッ!そのテメエのユルケツから魂引き摺り出してぐっちゃぐちゃにしてヤルからなッ!!』

「あはっ、随分な言い草ね」


 女悪魔に好き勝手貶されたが私は一笑に付す。悪いけど私はあの馬鹿の挑発に乗っている場合じゃ無い。私の魔力感知はこの祭壇の部屋の至る所に魔力反応がある事を告げていた。見えないけど、確かにそこにある何か。私は女悪魔を睨み付けつつ、部屋中に仕掛けられている見えない罠を警戒する。


『それとクソ犬!テメエはブッ殺シダッ!邪魔なんだよテメエは!なんで私がテメエ如きにビビって何時までもコソコソしてなきゃならねえんだっ!?ここは私の餌場ダゾッ!?』


 フレーキにも盛大に小汚いセリフで吠える女悪魔。大方の予想通り、あの女悪魔はフレーキを警戒して彼の前に姿を現そうとしていなかったらしい。どうやら私達に左腕を切り落とされた怒りでその警戒心すら投げ捨ててフレーキにも敵意を向けたようだけれど。


「……?」


 肝心のフレーキは黙って聞いているが、何言ってるんだコイツ?と言った表情をしている。まあさっき初めて顔合わせた相手に、実はビビって顔合わせないように何年も……フレーキは何十年くらいになるのかな?で、隠れてましたとか言われてもだから何なの?って感じでしょうけど。

 と思っていたらと女悪魔が少し黙り、私達を見下ろし右人差し指で指差しながら何かを確認するように言う。


『おいテメエら!私の左腕はどうしたッ!?ちゃんと持ってきたんだろうなァ!?』


 女悪魔は自分の切り落とされた左腕の心配をしているらしい。そう言えば持ってくるって言っておいたっけ。


「腕?あー!しまった!置いてきちゃったみたい!ちゃんと持ってくるって言ったのに!ごめんなさいねぇ?」


 私はワザとらしく頭をポンと叩いて如何にも忘れてましたと言う素振りを取って答えた。勿論忘れてなどいない、女悪魔の左腕は色欲の首飾りの効果でとっくに私の両手に取り込まれて吸収されている。

 さて、こうやって腕を在り処を私達に聞いてくる辺り、アイツは私がアイツの腕を自分の身体に取り込んだ場面を覗いていなかったらしい。大方、この部屋に大量に設置している罠を作るのに必死でこっちに構っている暇が無かったんでしょうね。私からすればこれは非常に好都合。相手は私と接触すると身体の乗っ取られる事を知らない。これを想定できてないなんて貴女、致命的よ?

 そして、惚けて煽る私の態度が気に入らなかったらしい女悪魔が右手をグッと握り叫ぶ。


『テメエェ~ッ!ふざけやがってッ!?テメエら丸ごとブッコロシてヤルッ!!犬ッコロがなんだッ!そうだ!最初からこうやってブッコロシておけばよかったんだヨォッ!!』


 相手の怒りの声と共に、私の魔力感知が女悪魔の右手に高い魔力が集まるのを知らせた。その直後、近場の空間に新たなのポータルの発生を感知する。場所は……、


「フレーキ!」

「ガウッ!」


 -ドンッ-

 -ブゥゥン-


 フレーキは咄嗟に私を抱えて瞬時に地面を蹴り前に走る。一瞬遅れて私達の居た場所に丸い縁だけ光っているポータルが斜め向きに開いた。何が飛び出してくるワケでもない、ただのポータル。ただしポータルの内側は先の見えない真っ暗な空間、どこへ繋がっているかもわからない、何もない真っ黒。


 -ボコォッ-


 地面を掠めた黒いポータルの下部、その付近の石畳がひび割れて黒いポータルの中に吸われていく。粉々になってポータルの中に消えていく石の欠片。


『ン?避けた?ハッ、運のイイヤツだ。ヒヒヒヒッ!!ソイツに触れたら終わりダゼェ!?亜空間に飛ばされてバラバラだァ!』


 女悪魔がニヤリと笑いながら叫ぶ。ご丁寧に説明ありがとうございますってところね。要するにあの黒いポータルに触れれば一発即死でアウト。吸引力もあるらしく、直接触れなくても石畳の欠片がバラバラになるのを見るに近づくのも危険。私達は何としてでもアレを避けなければならない。


「ぐっ!?」


 さて、丁度身体強化魔術の効果が切れた私の身体はフレーキの閃光のような加速の衝撃に悲鳴を上げている。加速の衝撃があまりにも強く視界がモノクロに見えるのだ、このままでは気絶する。私は意識を失う前に再度身体強化魔術を行使する。


[[[[[ストロングボディ!]]]]]

[[[[[ストロングアイ!]]]]]


 すぅっと色彩戻す視界、楽になる身体、ハッキリして来る意識。だが私の魔力感知がまた女悪魔の右手に魔力が集中するのを知らせてくる。次のポータルの出現位置は私達の目の前だ。


「やばっ!?」


 -ブゥゥン-


「ガアッ!」


 -ザッ-


 私達の目の前にまたもや斜めに開いた黒いポータル。自分の身体強化魔術に意識を向けていた私は一瞬反応が遅れた。が、私と魔力感知の情報を共有しているフレーキが私の指示を待たず咄嗟に出現したポータルを身体を捻り私ごと横に避けてくれた。1発直撃で終わるこの攻撃、全く背筋が凍るってレベルじゃない。幸い身体強化魔術を行使してなお反応速度はフレーキの方が上。このまま彼に抱き上げられたままの状態ならば回避は彼に任せた方が良さそうだ。

 さてそれはそれとして私達に安心している暇は与えられないようだ。


「!?」

『ヒャハッ!』


 勝ったと言わんばかりに嗤う女悪魔、さっきと比べると微かだがアイツの右手に魔力が集まる。危機を察知する私。フレーキが避けた先の空間、そこには魔力感知に映る小さな光があった。あからさまに浮いているその空間の小さな光点。これは私達がこの祭壇に降りて来るまで、女悪魔がせっせと張っていた罠と思われるモノだ。フレーキもこの光点には気付いているハズだが、さっき出現したポータルを躱したばかりで体勢的にもタイミング的にも方向転換するのが厳しい。このままでは危険と判断した私はその空間目掛けて手を伸ばし、


「[[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-


『ああん?』


 空中の罠の前に縦に防壁魔術を張った。思わず声に出してしまったが、短縮詠唱なら無詠唱より効果の高い防壁が張れる。女悪魔は不審がって疑問の声を上げているが、すぐにこの判断は正しかったと悟る。


「ガウッ!」


 -ザッ-

 -ブゥン-


 咄嗟に防壁魔術の壁に私を抱えたまま蹴り上がったフレーキ。と同時に防壁魔術1枚挟んだ向こう側で、小さな光点、女悪魔の張った罠から、よく来たねと言わんばかりに黒いポータルが口を開く。憎たらしい事に女悪魔が右手を翳して開く黒いポータルより明らかに罠ポータルの方が展開が早い。手動で位置を指定してポータルを開くよりも、予めポイントを指定してあるポータルの方が展開が早いと言うのは理解出来るけど……。


「跳んでっ!」

「ガウウッ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 私の合図に防壁魔術の壁を蹴って上に飛び上がるフレーキ。一瞬遅れて私の防壁魔術の壁が割れ、黒いポータルに吸い込まれて行く。

 アイツが部屋中に張った罠、これ全部黒いポータルが開く罠ってこと?私の魔力感知には見えているが、この部屋の至る所に点在する小さな光点、これが全て黒いポータルの出現する罠だとするならば……。当然のように今跳び上がったフレーキの向かう先の空中にも多数の小さな魔力の光がある。

 私は空中の小さな光点目掛けてまた手を伸ばし防壁魔術を張る。


「くっ!? [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -トンッ-


 空中に張った防壁に逆さまに着地するフレーキ。だがゆっくりしている暇はない。また防壁の向こう側で黒いポータルが開く。


 -ブゥン-


「ガウッ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 フレーキが防壁を蹴って前へ進むと同時に、防壁が割れポータルに吸い込まれて行く。だがフレーキが前に跳んだ先にも罠は張ってあった。

 私はまたしても連続して手を伸ばし罠の前に防壁魔術を張った。


「そこっ!! [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥン-


「ガウッッ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 女悪魔への進路を塞ぐ様に張り巡らされている多数のポータルの罠。私とフレーキは防壁魔術を使い部屋中を飛び回って回避を続ける。


「ここもっ!! [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥン-


「ガアッ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


「こっちっ!! [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥン-


「ンガアッ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


「ええいっ!! [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥン-


「ングアッ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 フレーキの跳び退く方角に上下左右と防壁魔術を張り続ける私と、同じく私の張った防壁魔術を足場に空中を上下左右に飛び回りポータルを避けるフレーキ。見事なコンビネーションだと褒めてほしいところだけど、これに時折女悪魔の手動ポータルが挟まるんだから溜まったモノじゃない。


『死ねオラァ!』

「誰がぁっ!! [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥゥン-


「フンガアァ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 流石のフレーキも私を抱えたまま右へ左へと急速な方向転換を伴う動きをさせられて辛そうである。さて、このままではジリ貧間違い無し。ならばと祭壇に居る女悪魔に近づいて仕留めたいのだが祭壇に近づくほどに小さな光点、罠の密度が高まり、更に女悪魔も手動ポータルで罠ポータルの隙間を塞いで来るものだから、私達はアイツに近寄りたくても安易に近づけず空中を飛び回らされている。


『なんでだァ!?なんで当たらねえェ!?』

「せぇいっ!! [[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥゥン-


「ウガアァ!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 私達がポータルの罠を回避し続けている間、女悪魔はポータルの魔法が私達にまるで当たらない事にイラ立ち、疑問の声を上げていた。アイツが放つ手動のポータルも部屋中に配置されている罠の方のポータルも、私が的確に防壁魔術を掛けて直撃を回避し続けている。本来なら見えない場所に突然展開される、当たれば即死の魔法のポータルだ。相当に自信のある攻撃手段だったのだろうけど、私にはポータルの展開場所が見える魔力感知がある。残念かもしれないけどこちらとしてはそのまま気付かず居てほしい。

 と、ここで私はフレーキが跳び上がった直線状のまだ展開していない罠ポータルの直前にまた防壁を張る。


「そりゃっ!![[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-


 防壁魔術でポータルを防ぐにも慣れて来ていたので、安全の為かなり早めのタイミングで防壁魔術を唱えた。


 -ザッ-


「ガウッ!」


 -トンッ-


 フレーキも早めに防壁を蹴り空中に跳ねる。


 -ブゥゥン-


 今頃開く罠ポータル。だがどうもこれが不味かったらしい。私達の行動を見て流石に気付いたらしく、声を張り上げる女悪魔。


『ア゛ア゛ア゛ーッ!?どーやってるかは知らねえが!テメエ!私のポータルが見えてやがるなッ!?』


 しまった、私の魔力感知が気付かれた。どうせまた罠ポータルが開くと思って防壁を張ったのだが、安全マージンを取り過ぎたらしく罠ポータルが展開される前に私達は罠ポータルから離れていた。この行動で女悪魔は違和感の正体に気付いたらしい。これで魔力感知の全貌までは見抜かれていないだろうけど、少なくとも手動ポータルの出現と罠ポータルの配置くらいは分かると言う事は理解されてしまっただろう。


『だったらァ!』


 女悪魔が叫びつつ私達に向けてまた右手を構える。私の魔力感知がフレーキの跳び退いた直線コース上に、さっきまでの手動ポータルよりも大きな魔力の光が集まるを感知する。


「デカっ!?[[[[[プロテクト!]]]]]」


 -キィィィン-

 -ザッ-

 -ブゥゥゥン-


 冷や汗をかきつつ咄嗟に飛びっきり厚めの防壁魔術の壁を空中に設置した私。その防壁の向こうでこちらも飛びっきり大きなポータルが口を開く。

 その私が張った防壁に着地し、またすぐさま跳び退くフレーキ。


「ガウウウッ!!」


 -トンッ-

 -バリィィンッ-


 厚めに張った防壁もあっさり割られポータルの中に吸い込まれて行った。あの女悪魔、見えていても避けられないモノをぶつけてやろうって魂胆だ。小細工無しの力押しだが効果は確か。

 さあこれはマズい、このまま部屋中の罠ポータルを回避しつつ、女悪魔の手動ポータルを回避し続けるのは非常にマズい。何がマズいって重めの多重詠唱を連続詠唱させられて私の脳の疲労がヤバイ。高速戦闘に次ぐ高速戦闘、それに多重詠唱の疲労が合わさって私の思考能力が落ち始めている。そこにこの力押しの特大サイズのポータル、これを回避するために5重の防壁魔術を詠唱させられてはたまったモノじゃない。なるべく早めに攻勢に出なくては。

 だけどどうする?近づいて攻撃しようにもアイツの周りは罠ポータルだらけでまるで近づけそうにない。どうしたら?


「ガアアウッ!」


 困り果てる私を抱えたまま、フレーキが回避を続けつつ私に叫びつつ告げてきた。


「うんっ!」


 考えてる暇も惜しい私は頷き、フレーキの提案に即座に乗った。ダメ元だけどやってみる。


 -トンッ-

 -ザザッ-


 私達は空中からの女悪魔への接近を一旦諦め、祭壇から離れて罠ポータルの密度の薄い場所まで、地上を走って逃げる。


『ア゛ア゛!?逃がすと思ってんのかクソ野郎共ガァ!!』


 -ブゥゥゥン-


 当然追撃してくる女悪魔だが、罠ポータルの密度の薄い遠方、更に地上を走るのであれば回避を完全にフレーキに任せられる。


「ガウウッ!」


 -ザザザッ-


 思った通り私を抱えたまま女悪魔の手動ポータルを避けてくれるフレーキ。これならイケる。

 私は思考から右手の防壁魔術の構築を追い出し、左手を中心に水の弾丸の魔術式を組む。有効打にならなくていい、狙いも付けなくていい、1発でも掠れば良い。私はフレーキに抱えられたまま祭壇上の女悪魔に振り向き、左手で握った偽杖を向けて魔術を放つ。


「[[[アクアバレット!]]]」


 -キィィィン-

 -バシュシュシュシュシュッ!-


 女悪魔に向けて放たれる十数発の水の散弾。もともと効くか分からない水系の基本攻撃魔術な上、この遠距離からだ、有効打になるとは思えない。だけど嫌がらせ程度にはなるかもしれない。


『ハッ!遅ェ!遅ェ!』


 私の水の散弾を余裕顔で翼を開いて飛び上がりヒラリと躱して見せる女悪魔。まあ避けられるとは思っていたけれどね。だから私はすぐさま次の攻撃魔術の構築に集中する。こっちが本命だ。


「フレーキ!」

「ガウウッ!」


 フレーキが私を離して地面に向けてポイっと投げた。私は地面に着地し、しゃがんだまま左手の偽杖で思いっきり地面を叩く。


 -ゴォンッ!-


「喰らえっ![[[アイスブラストォ!]]]」


 -キィィィン-

 -パキパキパキィッ!-


 偽杖から扇状に地面を凍り付かせながら迸る凍てつく暴風。私は女悪魔に向けて特大広範囲の冷気の魔術を放った。放たれた冷気の暴風は私と私の後のフレーキを除き、前方の部屋全体、祭壇の上まで丸ごと凍り付かせて覆い尽くして行く。カーラ達と一緒に冒険していた時から使っていた私の得意魔法、それを古代魔術で再現し、限界まで威力と範囲を強化したモノだ。逃げ場なんてない、逃げ場なんてやるもんですか。


『チッ!』


 祭壇の上に着地した女悪魔は、不機嫌そうに舌打ちをしながら右手を翳す。アイツの手動ポータルの展開位置は私に向けてじゃない。私の魔力感知に映る大きな魔力の光は、あの女悪魔の目の前に集中していた。


 -ブゥゥゥン-

 -パキパキパキィ-


 女悪魔の目の前に展開される黒いポータル。私の放った冷気の魔術は部屋中の壁と祭壇を凍り付かせつつ進んで行ったが、肝心の女悪魔にはあの黒いポータルに阻まれて届かなかった。

 あのポータル、防御にも使えるのね……。と感心していたら、


 -ゴトゴトゴトッ-


 小さな氷の塊が地面に落ちる音が聞こえた。それと同時に私はは冷気を放った後の部屋の変化に気付いた。


「んっ?消えてる?」


 私の冷気は黒いポータルに守られた祭壇の上の女悪魔を除き、部屋中丸ごと冷気で凍り付かせた。冷気が通り過ぎたモノは地面も壁も天井も満遍なく、空中の空気や埃すら凍り付いている。で、魔力感知を探ってみれば、部屋中にあった小さな魔力の光、罠ポータルが一つ残らず綺麗さっぱりと無くなっていた。いや、無くなっていたってのは正しくない、全部地面に落ちていた、あの小さな氷の塊と共に。


「ガウウ?」


 私と魔力感知を共有するフレーキが不思議がっている。私は地面に落ちている大量の小さな氷の塊を見て察した。


「ははーん?あの空中の罠ポータル、空気中のチリか何かを媒体にして設置してたってワケ?まあ、今の私の魔術で全部氷付いて地面に落ちたみたいだけど?」

『何?……あっ!?』


 私の声を聞いて目の前の黒い手動ポータルを解いて私達に顔を見せる女悪魔。それで周りを見てアイツも気付いたらしい。私達が来るまで部屋中にせっせと配置した罠ポータル……の媒体が丸ごと凍り付いて地面に落ちているのを。


「あはっ!ざまぁ無いわっ![[[アイスブラストォ!]]]」


 -ゴォンッ!-

 -キィィィン-


 私は苦虫を噛み潰したような顔をして部屋を見渡している女悪魔に向けて偽杖でもう一度地面を叩き、ダメ押しの凍てつく暴風を放つ。


『クソォッ!!』


 -ブゥゥゥン-


 部屋を確認していて反応が遅れた女悪魔は、右手を翳し手動ポータルを開いた。魔力感知の知らせるポータルの展開場所はまたアイツの目の前で、冷気を防ぐ防御用らしい。


 -パキパキパキィッ!-


 また部屋中が冷気で凍り付き始める。だが女悪魔へは黒いポータルが開かれていては私の冷気は届かない。でも今だ、冷気が部屋中を漂い、黒いポータルで身を守っているあの女悪魔の視界が遮られている、この瞬間。


「フレーキっ!!」

「ガウッ!!」


 -ザザザザッ!-


 再度私を抱え上げたフレーキが前へ走り出した。彼の走るスピードは私の氷魔術より早い。いくらフレーキと言えど、私の氷魔術の中を突っ切っては無事では済まない。なので私はフレーキの前に右手を翳し防壁魔術を唱える。


「これで進みなさいっ![[[プロテクト!]]]」


 -キィィィン-


 私は彼の目の前に防壁を展開させた。これで冷気の中を突っ切るのだ。あの女悪魔の隙を付くなら今しかない、私の氷魔術を防ぐために黒いポータルを開き、アイツの視界の遮られている今しか。


「アオーンッ!!」


 -ザザザザザッ!-


 咆哮し青い閃光となって私の放った氷魔術の中を突っ切るフレーキ。彼の足の爪は鋭く、凍り付いた崖のような大壁も難なく駆け上がり、見事な壁走りを披露する。そのまま女悪魔の側面に回り込む私達。


『ナニッ!?このッ!』


 壁を走る私達に気付き右手をこちらに向ける女悪魔。だが私は女悪魔に余裕も猶予も与えない。


「[[[アクアバレット!]]]」


 -キィィィン-

 -バシュシュシュシュシュッ!-


『ンなモノォッ!』


 また飛んで水の弾丸を躱そうとする女悪魔。だが今度は躱させない。この位置ならあの魔術が届く。


「[[[[[スロウムーブ!]]]]]」


 -ズンッ!-


『ウアッ!?なんだッ!?足がッ!?』


 飛ぼうとしていた女悪魔の足が地面に張り付く。私は鈍足魔術を行使し女悪魔の両足を重くした。飛んで躱そうなんてさせない。飛ぶのを阻止された女悪魔に私の放った水の弾丸が迫る。


『クソガッ!』


 -ヒュヒュンッ-

 -バシャバシャッ!-


 女悪魔は側面の開いたままの手動ポータルを閉める暇も無かったのか、右手の青い爪を長く伸ばし、私の放った水の散弾を爪を振り回し切り払って防御した。


「このままっ!」


 -ザザザザッ-


 その間に私達は祭壇の真後ろの壁まで回り込んだ。足を重くされた女悪魔は私達の方に振り向くのが遅れていてまだこちらに構えられていない。

 今だ、アイツの反応が遅れているこのタイミング。私はフレーキに目配せし、女悪魔に接近戦を仕掛けるよう促す。


「フレーキ![[[プロテクト!]]]」

「ガウウウウッッ!!」


 -ヒュッ-


 私は壁際と祭壇の間の空中に魔術防壁を出現させ、フレーキのための接近用の足場を設置する。同時に私を天井に向けてぽいっと放り投げるフレーキ。彼は壁を蹴り、青い閃光は魔術防壁の足場に1バウンドしてそのまま祭壇上の女悪魔に襲い掛かった。


 -ヒュゥゥンッ-


「クソガァァァァッッ!!」


 苛立ちと焦りの混じった表情でフレーキを見ながら叫ぶ女悪魔。


 -ガキィンッ!-


 女悪魔の前に立ち止まったフレーキが女悪魔の首目掛けて爪を立て、左手の手刀で切り掛かる。女悪魔は右手の長い爪で咄嗟にフレーキの手刀を払いのけた。両者の爪がかち合い火花が飛び散る。

 だが、女悪魔にとっては片腕しかないのが敗因、こちらにとっては勝因だった。がら空きになった女悪魔の腹部に向かってフレーキはすかさず右手の手刀を突き入れた。


「ガウウッッ!」


 -ザシュゥッ!-


『ウゲアッ!?』


 フレーキの鋭い爪の右手が女悪魔の腹に深々と突き刺さる。


 -ブシュゥッ-


『ガフッ……』


 そのままフレーキの右手刀は勢い余って女悪魔の腹を突き破った。アイツの背中からフレーキの手首が突き抜けている。


「やったっ!っと![[[プロテクト!]]]」


 -トンッ-


 私は空中に防壁魔術で作った足場に乗りつつ、勝利を確信し思わず拳を握った。あとはゆっくり近づいてアイツの身体を奪ってやるだけだ。割とアッサリ片付いた。フレーキの力を借りれば悪魔なんて怖くなかったみたい。まあアイツが弱かっただけかも知れないけど。

 兎も角、これでカーラ達の仇は討った。カーラ達は戻って来ないけど、せめてもの手向けは出来たのかもしれない。この後どう生きるかはまだ決めていない。それはフレーキと話し合って決めよう。彼と一緒ならこの迷宮で寿命を迎えるのも悪くない。

 そんなことを考えていた時だった。


「フレーキ?」


 フレーキの手を伝って地面にポタポタと滴り落ちる女悪魔の青い血。彼は女悪魔の腹に右手を突き刺したまま動かない。フレーキの様子がおかしい。そうだ、いつものフレーキならすぐさま獲物の首を落としてトドメを差す。だが今日はそれをしていない。


「ガッ!?ウ、ウウウッ……」

「フレーキ?どうしたの?フレーキ?」


 一度ビクンと身体を震わせた後、何故か苦しそうな声を上げるフレーキ。フレーキに外傷はなく、彼の右手は女悪魔の腹に突き刺さったままだ。何がどうなって?


『グッウゥッ……ガッハッ!?』


 苦しそうな女悪魔の声。フレーキの右手が女悪魔の腹肉から引き抜かれる。女悪魔はまだ死んでいなかった。


「まだっ!?フレーキ!トドメをっ!!」

「ガッ……!?グッ……!?」


 フレーキは動かない。いや、動けない。


『ハーッ、ハーッ、ハーッ……クソ犬が……』


 涙を流しつつ腹から青い血を垂らした女悪魔が、よろけながらフレーキを避けて私の方へ1歩前に出る。


「フレーキ!?どうしたの!?フレーキっ!?」

「ッ……!?……ッッ……!?」


 私が呼びかけてもフレーキは動かない。小さく呻き声を上げ時折ピクッと身体を震わせるだけだ。


『ぐっ、はーっ、はーっ、ふざけやがって……オラァァッッ!!』


 -ドンッ-


 女悪魔はそのまま動けないフレーキを後ろへ殴り飛ばした。殴られて前方へよろけるフレーキ。

 私は勝ったと思って浮かれすぎていた。女悪魔の真後ろの黒いポータル、それがまだ消えていなかったのだ。アイツはポータルに向けてフレーキを殴り飛ばしたんだ。


「フレーキ!!??」


 フレーキは、そのままふらふらと黒いポータルに近寄って行く。マズいマズイマズイ!?あのままではフレーキがポータルに吸い込まれ亜空間に飛ばされてしまう。彼がなんで自分でポータルに向かって行っているのか、どうしてポータルから離れようとしないのかはわからないけれど、兎に角彼を止めないといけない。

 私は右手をフレーキに向け、防壁魔術を行使して彼を止めようとした。


『私を無視してんじゃ~~ネエヨッ!!』


 女悪魔の右手が私に向けられた。そして長かったアイツの鋭い爪が更に伸び、私に迫る。


 -ヒュッ-

 -ザシュッ!-


「がはっ!?」


 伸びた女悪魔の爪が、壁際の防壁の上に乗っている私の腹部に深々と突き刺さった。


「あ゛っ……あっ……ああっ……」


 異常な程熱くなる腹部、乱れる思考。修道服を貫き、腹を伝わり、滴り落ちる私の赤い血。組み立て途中だった魔術式がバラバラになり、防壁魔術は中断される。


『ざまぁ無ェナァ?』

「うあ゛っ」


 女悪魔が私に爪を突き刺したままニヤリと笑う。そのまま私の腹に刺さった爪で私を空中に持ち上げ、私は空中に爪で吊られる事になる。全体重が爪に掛かり、貫かれている私の腹の肉がブチブチと音を立てて今にも切り裂かれんと悲鳴を上げる。

 だが私の視界にはまだポータルに向かおうとしているフレーキが映っていた。彼を失いたくない。腹の痛みに耐えながら、私はもう一度魔術式を組み立てて防壁魔術を行使しようフレーキに向かって右手を伸ばす。


「プロ……テ……」

『私を無視するなって言ってンダロウガッ!』

「うあ゛あ゛あ゛っ!?」


 女悪魔が右手を捻り、爪で貫かれている私の腹の肉を抉る。痛みに悲鳴を上げる私。また頭の中の魔術式が霧散し、防壁魔術が唱えられない。


『ゴミ共が……』


 そう言って長く伸ばした爪を短くし、私を自らの元に引き寄せる女悪魔。


『私はテメェのせいで歩くのすらめんどくせぇんでなァ……』

「う゛っ!あ゛っ!離し……てっ!」


 女悪魔の顔が目前に迫り私は抵抗するが、痛みで魔術式は組み立てられず、女悪魔の爪は私の腹に深々と刺さっていて抜ける気配が無く、ジタバタするだけで碌な抵抗にしかなっていない。


『よくも好き勝手やってくれたナァ?クククッ、今度は私の番だ』


 -キィィーン-


 女悪魔の黒い白目の赤い瞳が怪しい光を放つ。


「……ぁっっ……!?」


 ビクンッと跳ねる私の身体。それと同時に耳鳴りと共に私の身体が突然動かなくなる。息すら出来ない、言葉も発せられない。目すら満足に動かせない。思考も魔力も乱れに乱れ、魔術式を組み立てるどころか体内の魔力を集めるのも満足に出来ない。

 そして、私の目の前の女悪魔の肩越しに、彼が、僅かに視線の片隅に映るフレーキが、黒いポータルの中へと、姿を消していった。


「……」


「……」


「……」


「がふっっ!?」


 女悪魔が祭壇の上に向かって乱暴に右手を振り下ろした。女悪魔の右手爪で腹を貫かれたままの私は祭壇の上に放り投げられ、仰向けのまま石造りの地面に叩きつけられ悲鳴を上げる。


『ぐっ、はーっ、はーっ、ただの餌が手古摺らせやがって……でもあのクソ犬は始末した、やっと始末したぞ!ギャハハハッ!』


 涙目のまま穴の開いた腹を右手で押さえながら、下品な声で笑う女悪魔。

 私はまだ自由に息が出来ない。女悪魔に睨まれた後、ずっと身体は固まったままだ。爪で貫かれたお腹からは赤い血がドクドクと流れている。

 何をされたか分からない。苦しい。思考が乱れて魔術式を組み立てられない。フレーキが居なくなってしまった。私と一緒に居てくれる人が、また誰も居なくなってしまった。愛していた人をまた助けられなかった。フレーキ……フレーキ……ごめんなさいフレーキ……。

 動けない私の上で、女悪魔は長く伸びた右手の爪をクイクイと動かし、何かに狙いを定めている。


 -スゥッ-

 -ブスブスブスブスブスッ-


「ぎゃあっ!?」


 女悪魔の爪が更に伸び、私の両肩と両太ももを貫いた。痛みに悲鳴を上げる私。私の身体は祭壇の石造りの地面に磔にされる。


『はーっ、はーっ、ギャハハハハハッ!無様だなぁッ!ギャハハハハッ!男のクセに女物の修道服着てシスターごっこってかァ?ギャハハッ!!テメエみたいなカマホモ野郎が私に勝てるワケねえだろうガァ!!』


 爪で私を磔にしたまま、息を荒げつつ勝ち誇る女悪魔。反論したいが私は声どころか息すら満足に出来ない。魔術で対抗したいが、女悪魔の赤く光る瞳を見てから、思考も魔力も定まらずそれも出来ない。


「……っ……かっっ……」


 私は必死で息をしようとするが、私の身体は痙攣したまま呼吸をさせてくれない。


『はーっ、はーっ……』


 -パキンパキンッ-


 荒い息をしたままの女悪魔が伸びた爪を根元から切り離した。切り離された爪は私の四肢を貫き地面に刺さったままだ。そして近くに落ちていた私のハイオーガの骨で出来た偽の杖を持ってきて私の上に来る。


『こんなモンで私を騙しやがって……人間のクセに杖無しで魔法使うとか生意気やってんじゃねえぞオラァ!!』


 女悪魔は私の偽杖を思いっきり振りかぶり、私の胸間目掛けて突き刺した。


 -ドスッ!-


「げああっっ!?」


 偽杖が私の胸骨を砕きながら私の身体を貫き、地面に突き刺さった。私は偽杖の衝撃で肺に僅かに残っている空気が無理やり外に押し出され、凄惨な悲鳴を上げる。今にも意識が途切れそうだった。

 痛みと苦しみで涙を流す私だが、苦しいと声を上げる事すらできない。次第に肺の中が血で満たされて行く。苦しい、苦しい、溺れているみたい。


「ごぶっ……!?」


 私の口から赤い血が吐き出される。両頬と喉まで生暖かい血が伝って行く。痛くて苦しくて死んでしまいそうなのに、私の意識はまだギリギリのところで途切れていなかった。

 そんな仰向けて倒れる私の顔の真上に、あの女悪魔の顔が現れて下品な顔で笑う。


『私言ったよナァ?テメーは喰わねえ、テメーの魂引き摺り出して魂ごと身体も全部グチャグチャに犯してやるってヨォ?腕どころか腹まで穴開けやがって……100年で済むと思うなよ?聞いてんのかオラァッ!?』

「ぐぶっ……げぶっ……」


 胸に突き刺さった偽杖をグリグリと左右にかき回され、私は潰れたカエルのような、悲鳴にもなっていないを血を吐く吐瀉音を上げる。


『はーっ、はーっ……もういいか、これ疲れるんだよナァ……そのクセ近寄らなきゃマトモに使えねぇし……』


 -キィィーン-


 目の前の女悪魔の目がまた赤く怪しく光ったと思うと、今までずっと続いていた耳鳴りが消えた。呼吸も微かだが可能になったが、最早致命傷を受けていた私にとっては死ぬまでの猶予が僅かに伸びただけだ。


「ヒュー……ヒュー……」

『こんだけされてまだ息してるとか、意外としぶとてえなコイツ……クククッ!まあいい、面白いオモチャだ、どれだけやったら死ぬか試してみるか。アア?安心しろ?死んでもすぐに魂戻してまた殺してやるからヨォ!?』


 女悪魔が何か吠えているが、今の私はそれを悠長に聞き取る余裕も無かった。痛い、苦しい、足が動かない。気づけば足の感覚が無くなっている。私の胸に刺さった偽杖は、どうやら私の背骨ごと砕いて地面に突き刺さっているらしい。


 -ブンッ-

 -バキィッ-


「げひゅっ」


 頭が衝撃で揺れた。側頭部に鈍痛が走り、頭ごと視界横にズレる。血で歪み真っ赤に滲む視界。


 -ベチャッ-


 私の視界を何か白い塊が飛び散り横切った。頭痛がする、吐き気がする、気持ち悪い。それでも私の意識は途切れない。


「ヒュー……ヒュー……」

『ギャハハハッ!脳みそブチ撒けてまだ生きてんぞコイツ!ギャハハハハハッ!!』


 女悪魔の笑い声が聞こえる。何が楽しいのか。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


『もしかして心臓を取っちまっても生きてたりすんのカァ?』


 次第に薄れていく意識の中、私の脳裏には様々な昔の思い出が浮かび上がっては消えていく。私にも両親が居た、だがその顔はもう思い出せない。孤児院に入った後、優しいと評判の院長先生に追い出されたくなければ言う事を聞けとまだ幼かった身体を弄ばれた、だがその院長先生の顔も思い出せない。孤児院でカーラと初めて会った時の、まだ幼かったカーラの顔が思い出せない。孤児院から僕を魔術ギルドに引き抜いてくれた恩師の顔が思い出せない。年下のクセに生意気だと僕に暴力を振るい、性的に虐めてきた兄弟子の顔が思い出せない。初心者冒険者の頃ギルドの依頼の途中で賊に襲われ、殺さない代わりにと僕の身体を弄んだあの賊の顔が思い出せない。始めてのパーティーで、僕のどこを気に入ったのか僕を執拗に寝床まで追い回し、僕を力づくで手籠めにして弄んだあの仲間の男戦士の顔が思い出せない。ギルドで久しぶりにカーラに会って、互いに昔話を語り合ったあの時のカーラの顔が思い出せない。酒癖が頗る悪い癖に普段は清楚な風を装ってる手のかかる仲間のメリッサの顔が思い出せない。大きな身体と強い力で初めはまた襲われるんじゃないかと怖かったけど、互いに信頼できる仲間として背中を預けさせて貰ったゴードンの顔が思い出せない。

 良い思い出も悪い思い出もいっぱいあった。だけど誰一人として顔が思い出せない。

 そしてフレーキ。絶望の淵に居た私を救ってくれた、ずっと私に寄り添ってくれた、彼の顔すら朧気になっていく。あんなに愛し合ったのに、なんで私はフレーキの顔すら忘れてしまって行くのだろう?最後に映ったのは、フレーキの後ろ姿。黒いポータルに消える、彼の姿。フレーキ、私を置いていかないで……フレーキ……。


『ギャハハッ!!エグってみるか!!』


 -グブッ-


「え゛う゛っ」


 女悪魔の声が聞こえた後、私の身体を貫く強い衝撃で私の頭に浮かんでいた思い出が一掃された。左の肋骨の下部分から私の体の中に異物が入り込み、私の中のモノを無理やり引き抜こうとしていた。最早私の目は霞み、目の前は真っ暗なのに、痛くて苦しいのは終わらなかった。気持ち悪いのも続いている。

 もうやめてほしい、殺してほしい。どうかお願いだから、僕を殺してください。魂を食べて貰っても構いません。だからこの苦しみから僕を解き放ってください。

 そうして、僕が、死を望んでいた時だった。私は一瞬だけ、フレーキの顔を思い出した。何がきっかけになったのかは分からない。だけどハッキリと、フレーキのあのモフモフの耳と、長い鼻と口と鋭い牙、そして青い瞳を思い出した。その一瞬思い出した彼の顔で、私はやっぱり死にたくないと、もう一度会いたいと、強く願った。


 -フォォン-


『ン?なんだこの宝石?なんで光って……なっ……ナンダッ!?ナンダコレッ!?おいテメエッ!何しやがったッ!?オイッ!離せッ!?クソガアアッ!?離せクソッ!?クソッ!?クソッ!?アアアアアアアアアアアアッッッッ!!??』


 女悪魔が何か叫んでいた。だが私の意識はついにそこで途切れ、闇に落ちていった。

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