15.魔女の独り言_10
「ガアアッ!」
今、私の目の前には、私を守るフレーキと、巨大な金棒を持ったハイオーガが3体。ハイオーガ達は金棒を振り上げ、私達を摺り潰さんと向かってくる。
すると一瞬、目の前のフレーキの姿が揺らいだ。
-ヒュゥゥンンッ-
「ガッ?」
「グッ!?」
甲高い風切り音と共に、2体のハイオーガの周りを数本の青い閃光が走り通りすぎた。そして何事も無かったかのように目の前に立つフレーキが、鋭く長い爪にいつの間にか付いた血糊を払いながら、後ろの私に振り向きつつ得意げな表情を向ける。
-ブシュウゥゥッ!-
-ボトッボトッ-
-ドサドサッ-
フレーキの得意げな表情に少し遅れて、2体のハイオーガの首が胴体とサヨナラし血飛沫を上げて倒れ込む。
「ガウッ?」
「凄い凄い、流石フレーキ♥今日の晩御飯はハイオーガの焼肉でいいわね……っと!」
どうよ?と自信有りげなフレーキをパチパチと拍手しながら褒めちぎりつつ、私は今日の晩御飯の献立を……いや考えてる場合では無かった。
「グガッ!?」
もう1体ハイオーガが残っている。今は同族2体が即死した事に驚いているようで足が止まっていた。これは別にフレーキが仕留め損ねたわけでは無く、私が攻撃魔術の試し打ちをしたいからわざわざ頼んで残してもらったモノだ。
「じゃあ遠慮なく全力で試させて貰っちゃおうかしら!我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が敵を水の弾丸にて撃ち弾け、アクアバレット!」
-ドシュゥッ!-
「ガッ……?ア゛ッ……」
-ブシュッ-
-ドサッ-
私の杖……風のただの骨の棒から放たれた1発の水の弾丸は、残ったハイオーガの胴体に広げた手のひら大の大穴を開け貫いた。腹から血を噴き出しながら倒れるハイオーガ。ただの水の弾丸で腹に大穴開けられて死ぬなんてあのハイオーガも想像もしていなかっただろう。私もこんな威力が出るとは想像していなかったのでびっくりした。
「えっ?なんでこんな威力になってるの?」
「ガゥェ……」
フレーキですら私の全力魔術にドン引きしている。フレーキと実戦訓練していた時は無詠唱だったり短縮詠唱だったり多重詠唱での拡散弾で1発の威力が低いモノしか撃っておらず、確かにキチンと詠唱して1発の弾丸に全力込めてでのアクアバレットを撃つのは久しぶりではあるのだけれど、この威力は想定外。魔法使いやってた昔の私より格段に威力が上がってしまっている。一体何が原因なのかも全く心当たりが無い。
「ん、でもまあ、強くなってるならいいかな」
心当たりは無いのだけれど、強くなって困る訳でも無いので深く考えるのは止めた。むしろ好都合だ。
「ガウガウウウ……」
「撃たない、フレーキには撃たないってば。そもそもフレーキなら簡単に避けられるから平気でしょ?」
「ガウワウワウ……」
フレーキがもしも当たったらの話をだな……と渋りながら言っているけど、フレーキは強いから私には負けないもん。私がフレーキには敵わないってことは心と身体にたっぷり染み付いてるもん。なのでフレーキが心配する必要は無いんだもん。
と、フレーキに対して過剰な信頼を寄せつつ部屋の中央に立つ私。私達はついさっき私が昔手足を無くした階段のあった部屋まで行ったのだけど、階段はいつの間にか無くなっており、あーそう言えば降りると昇る階段が消える迷宮だったなあ……などと数年前の事を思い出しつつ、他に進む道も見つからないので仕方なしに元の私達の部屋に戻っている最中だった。そんなとき戻る途中の部屋でハイオーガ3体と遭遇。ついでなので晩御飯用の狩りと魔術の試し撃ちをしたってワケ。
「ガウウウ」
「ん、お願いね」
狩った獲物の血抜きをしてくると言い、首を切ったハイオーガ2体を担ぎ、私達の部屋、その前の比較的広い左右に地下水脈のある部屋に向かって行くフレーキ。私達は一旦、わざと単独行動を取る。少々危険だが、釣りをするなら餌が必要なワケで、私はその餌。
フレーキは女悪魔を見たことがないと言っていた。恐らく女悪魔はフレーキを警戒してわざと彼の前に姿を晒さないようにしている。フレーキはS等級冒険者でも容易には倒せないほどの強さを持つ。女悪魔がビビりなのか慎重派なのかは知らないけど、私がフレーキと一緒に行動していては何時まで経っても姿を現そうとしないかもしれない。ならばとの別行動。
一人道中の部屋に残された私。今の私は魔術師として相当な強さを得ている。ハイオーガだろうがマルチローパーだろう群で来ても怖くない。狙うは女悪魔ただ一人、アイツが釣れるのをひたすら待つ。
しばらく待っていると、部屋の中でのそりと動くモノの気配を察知した。
「んっ?あれは……アーマーキングロブスターだー!」
狙っていたアイツではないが、部屋の角、その隅っこをノソノソと歩いている巨大なロブスターを見つけた。アーマーキングロブスター、鍋で煮込むととても美味な甲殻類の魔物。肉もだし汁もホント美味しいのよこれが。
私はワザとらしく声を上げて部屋の隅に居るロブスターに近寄った。隙を見せていれば女悪魔も釣れるだろうと言う魂胆。まあ半分くらいは美味しい晩御飯が見つかって嬉しくてただ喜んでるのもあるんだけど。
「ギギギ……」
「大人しく私の今日の晩御飯になりなさいっ!我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が敵に凍てつく暴風を、アイスブラスト!」
-パキパキパキィッ!-
「ギギィ!……ギ……」
氷の魔術を詠唱しつつワザとらしく杖を振りかざした。その杖風のただの骨の棒から強力な冷気が扇状に放たれ、アーマーキングロブスターを冷気が包んでいく。そして完全に凍り付き動きを止めたアーマーキングロブスター。我ながら見事な食材冷凍保存魔術、これで晩御飯は万全だ。
「よしよし、これで……っ!!」
アーマーキングロブスターが凍り付いたのを確認した時、私の脳内の魔力感知は多数の魔物の出現を感知した。
「マルチローパー……」
部屋の角に居た私が振り向いた先には、私を逃がすまいと天井まで届く触手と共に私を取り囲むように大量のマルチローパーの群れが出現していた。ついさっきまで周りには居なかった、突然召喚されたマルチローパー達。あの時と同じだ、カーラが襲われたあの時と同じ。
私は湧き上がる煮えたぎりそうな怒りを抑え、演技を続けた。
「もう一度アイスブラストで!我は魔を司りし……っ!?」
私がマルチローパーの群れに偽物の杖を構え詠唱を始めた、その瞬間だった。私の脳内の魔力感知にひと際大きな光が出現する。
-カンッ-
突如杖が何者かに弾き飛ばされ、私の手を離れてマルチローパーの群れの方にすっ飛んでいく。その光景にデジャヴを覚え、私の頭のボルテージが一気に上がる。
来た、アイツだ、そうだ、待ってた、私はずっと待っていた、その一瞬、この一瞬を、この瞬間を待っていたのよ!!
[[[[[ストロングアイ!]]]]]
[[[[[ストロングボディ!]]]]]
私は即座に脳内で魔術式を組み立て、無詠唱と多重詠唱で瞬時に自分に身体強化魔術を行使した。私の身体が仄かに光り、視力と身体能力がでたらめなほど底上げされる。そして頭の中の魔力感知に映る光の位置から、杖を弾き飛ばした主の位置を割り出した。私の左腕のすぐ後ろにいる。今まさにポータルから伸ばした青い腕を引っ込めようとしている。そいつを即座に確認し、それ目掛けてありったけの鈍足魔術を叩きこむ。
[[[[[スロウムーブ!]]]]]
『なにっ!?』
驚愕する女の声。私の魔術によって突然腕を重くされ、ポータルに引っ込もうとする青い腕の動きが止まった。私はそれを確認するや否や、即座に上に跳び退き、遠くの彼に向かって叫ぶ。
-トンッ-
「フレェェーーーーキッッッ!!!」
-ヒュゥゥンンッ-
私の叫びとほぼ同時、私が空中へ跳び上がった瞬間に青い閃光はやってきた。青い閃光はポータルに浮かぶ青い腕を一直線に横切る。
-ブシュウゥゥッ!-
『ギャアアアアッ!!??』
-ボトッ-
-カランッカランッ-
断面から噴き出す青い血、悲鳴を上げる女の声、肘の先からブツ切りにされ地面に落ちる青い手。それと今頃地面に落ちる偽物の杖。
-ドシュッ!-
少し遅れて青い閃光が通った道のマルチローパーの群れが繊切りになり散って行く。
勢いよく上に飛び退き逆さに天井に着地した私は、間髪入れずに真下のフレーキに再度叫ぶ。
「引きずり出せェ!!」
「ガウウウッッ!!」
ポータルから出たままの肘から先がブツ切りにされた青い腕。フレーキがその二の腕の部分に爪を立て青い腕の持ち主をポータルから力任せにこちらの空間に引きずり出そうとする。
『ぐがああッッ!?こいつっ!?は、離せェェッ!!』
青い腕の女は焦りを含んだ声を上げながらフレーキの引き摺りに抗う。だがフレーキの力は強く、抗う女の腕を無理やりポータルから引きずり出し、ついには肩まで見えるところまで露出させる。
『くそがああああああッッ!!』
いける、そう思った時だ。私の魔力感知がポータルの魔力が急激に減少していくのを感知した。これが何を意味するかを咄嗟に察した私は、青い腕を引っ張っているフレーキに向かって叫ぶ。
「手を離してっ!」
「ガウッ!?」
-バツンッ!-
フレーキが青い腕から手を離した瞬間、ピンと張った糸がブツ切れるような音と共にポータルが閉じた。肩まで引きずり出されていた腕をそのまま残して、だ。
-ボトッ-
-ブシュゥッ-
地面に落ち血を噴き出す、閉じたポータルによって切断された、女の肩から二の腕の部分の青い腕。
「くッ、逃げたッ!?」
逃げられた、トカゲの尻尾切りの様に、あの女悪魔は自分の左肩から先を犠牲にしてポータルを閉じたんだ。
私は天井から自由落下しつつ、八つ当たり気味に残っているマルチローパーの群れに向けて右手を掲げ、魔術を放つ。
「アイスブラスト!」
-パキパキパキィッ!-
空中の私の右手から強烈な冷気が放出される。一瞬で凍り付き、その命を止めていくマルチローパー達。私の八つ当たりの氷魔術はその余波で、私とフレーキを除いてほとんど部屋の全体を凍り付かせた。
-トンッ-
地面に着地した私。逃げられた、千載一遇のチャンスを逃した。思わず両拳に力が入る。頭の中は悔しさでいっぱい。これであの女悪魔は私を警戒して私の前には現れなくなる。手の内もほとんど全部見せた。次は無い、恐らくは私が死ぬまで、引っ込んで出てこないでしょうね。
「ガウッ……」
「ううん、フレーキのせいじゃないわ。アイツが自分の腕を犠牲にする可能性を考えなかった私のせい」
私は自分のせいだと落ち込むフレーキに慰めの声を掛けながら、足元に落ちている凍り付いた女悪魔の肩から先と肘から先に二分割されてる腕を拾い上げる。
「一矢は報いたけど、思ってたより潔い判断してるやつだったわね。自分の腕ぶった切るなんてそうそう……っ!?」
悔しいけれど即座に撤退した相手の判断を褒めておきたい。そんなことを言っていた時だった。また私の魔力感知が大き目の魔力の出現を感知する。
『ふざけんじゃねええええええ!クソゴミがあああああああああああ!!!』
褒めた私がアホだった。どうも相手は思っていたよりもずっと馬鹿だったらしい。
悪態を付き怒声を上げる女悪魔の声。私とフレーキの前に霧のようなものが集まり、人の形を成していく。左肩から先の無い、角と蝙蝠のような翼の生えた青い女悪魔の姿が現れる。
『ゴミがッ!!ゴミがッ!!ゴミがッ!!ゴミがッ!!私の腕をッ!?ふざけんなッ!!ふざけんなッ!!ふざけんなッ!!ふざッッけんなッッ!!??』
女悪魔は私達に左肩を切り落とされた事が相当にお怒りらしく、激高し目を見開いて表情を歪ませたまま私達を罵倒する。怒声が止まらない。
「ガウウウッッ!?」
「フレーキ、これは実体じゃないの、殴っても無駄よ」
「ウウウーッ?」
私は相手の狼狽っぷりに逆に冷静になってきており、フレーキが女悪魔の映像に殴りかかっているのをやんわり止める。これはただの映像でいくら殴っても女悪魔にダメージは与えられない。
私がフレーキにそんな事を言ってる間も、女悪魔の怒声は続いていた。
『殺してやるッ!!殺しッ!!殺してやるッ!!テメーは喰わねえッ!!喰わねえッ!!私に歯向かった事を後悔させてヤルッ!!テメーの魂引き摺り出してッ!!魂ごと身体も全部グチャグチャのガチャガチャに犯してヤルッ!!引き抜いた魂に苦痛だけ100年以上は与え続けてヤルッ!!脳みそ弄くりまわして鼻からクソぶち込んでヤルッ!!!クソ塗れの腐乱死体に無理やり魂戻してから犯してヤルッ!!』
女悪魔は随分物騒な事を喚きながらアタシを罵倒しているが、よく顔を見ると左腕を無くした痛みからか涙目になっていた。まだ切断された左肩からの血が止まらないみたいで、残った右手で左肩を必死に掴み止血している。
「……ぷっ、あっははっ!あははははははははははははっっっ!!!!
『何笑ってやがる!何が可笑しいッッ!!??』
私は口から思わず笑いが漏れる。
「随分余裕無いじゃない?何ぃ?腕無くしたの初めてなワケぇ?でもたった1本?まだ右腕も両足もあるでしょぉ~?1本!?あっははははははっっ!!!泣き言言うの早く、あっはははっっ!たった1本!たった1本よ!?あっはははははは!!!早いって!あはっははははははっっ!!」
煽りながら腹を抱えて笑う私。左腕1本無くした程度で泣きながら怒れ狂う相手がアホらしくて可笑しくてたまらない。私は両手両足を無くしたのよ、今更1本くらい何?神と対を成す人の世に災いをもたらす悪魔が、たった腕の1本でこの慌て様、これが滑稽すぎて笑いが止まらない。手足無くしたままハイオーガにケツ掘られながら殺されかけた事も無い奴が、自分で動けないままクソションベン漏らして惨めな思いをした事も無い奴が、悪魔名乗って人様の魂喰って捕食者気取ってる奴が、腕の1本で泣き入れて怒り狂ってるのクッソ笑えるわ。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!??テメッ!?コロッ!コロシッ!!??殺してヤルッ!!殺してヤルッ!!』
私に煽られて表情に血管が浮き出るほど怒り狂いながら、こちらに罵声を浴びせる女悪魔。そんなに怒ったらまた左腕から血が吹き出るでしょうに。ほらまたピュルッと青い血が吹き出てる。バッカみたい。
いや、多分コイツ馬鹿なんだわ。さっさと撤退しとけばいいものを、腕きり落とされて悔しいからってわざわざ私の前にまた現れるんだもの。魔力感知でバレバレよ?目の前の女悪魔の映像じゃない、これを映し出している本体の居場所が。この階層よりも随分と下にいるみたいだけれど、場所さえ分かればあとは目指すだけ。
ああ、そうそう、相手が馬鹿なら馬鹿なりの対応をしてあげるわ。私はすぅーっと息を吸い込み、馬鹿に罵声を浴びせ返す。
「ああッ!?やれるもんならやってみろってんのよッ!!たかが腕1本で泣き入れるヘタレのクソ劣等悪魔がッ!!ほら!アンタの千切れた左腕!ほらほらっ!このカチコチに凍り付いたままの冷凍保存のヘタレ悪魔の左腕!私がアンタのところに持ってってやるわよッ!感謝しなさいっ!このクソザコ劣等悪魔!ククククッ!あっはははは!劣等!!ド劣等!!たった腕1本で泣くヘタレド劣等悪魔!!あははははははははははは!!!」
両手で持ってる女悪魔の凍り付いた腕をかち合わせてカチンコチンと音を鳴らす私。ここまで全力で相手の尊厳を踏みにじって煽ったのは初めてかもしれない。だが最初にやってきたのはあっち。最初に私の仲間の尊厳を踏みにじったのはあっち。煽るなら煽られる覚悟もしておくべきよ?そして殺すと言うからには殺される覚悟も。
『ガグギッ……ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!コロスッ!!ゴロスッ!!!!』
最早まともな罵倒セリフも浮かばなくなったらしい女悪魔。映像はそこで消えた、が同時に、
-ガシャンッ-
「消え……ん?今の音なに?」
「ガウ」
近くで何かが開く音がした。私達の煽り合いを腕組して黙って聞いていたフレーキに聞いてみると、そこ、と部屋の隅の地面を指差している。フレーキの指差した場所に近づきそこを覗いてみれば、部屋の地面に穴が空いている。
「落とし穴?」
さっきの音は落とし穴が開いた音だったようだ。黙って座り込み落とし穴を観察してみるが、穴の中は真っ暗で下の地面はかなり遠いらしくまるで見えない。私は目を瞑り、視覚では無く魔力感知で様子を探ってみる。すると落とし穴のずっと下の方で、さっき捉えた女悪魔の魔力を感じた。ほぼ真上だ。何やら準備しているらしく、女悪魔以外の魔力がポツポツと増えて行っている。
「アイツ、殺してやるから早く来いってところかしら?」
「ガウ」
「ああ、やっぱり?ポータルある癖にあっちから仕掛けてこないで待ってるって、ポータルで腕落とされたのが相当ショックだったみたいね」
フレーキの鼻でも感知したらしい。女悪魔はこの落とし穴の下にいる。落とし穴は、あの女悪魔の棲み処に通じる直行便と言ったところだった。ご丁寧に待ち伏せしてくれるらしい。こっちとしては降りる道を探す手間が省けてラッキーだけど。
相手から向かってこないところを見るに、馬鹿は馬鹿なりに自分から仕掛けるリスクを理解したようだ。私の魔力感知がポータルの出現を感知出来ることまで気付いたかはわからないけれど。
「さて、ご招待して頂ける内にさっさと行くべきかしら?」
「ガウッ、ガウワウ」
待ち伏せされている以上、罠仕掛け防衛準備万端なんでもござれってところでこっち不利なのは明白なのだけれど、だからとへそを曲げられて雲隠れされるのもこっちは困る。フレーキも他に下に行く手段は知らないらしい。そりゃあもう飛び込むしかないでしょうね。
「ガウ、ガウウ?」
「腕?ああ、この女悪魔の腕どうするって?ん、んー?どうしようかしら?」
私は持っている凍ったままの女悪魔の左腕を見つめた。実は悪魔の腕に興味が有ったりする。悪魔自体滅多に会える魔物では無く、神と同等とまで言われる存在。寿命は無く不老不死、高い魔力と高い身体能力を備え、人知を超えた魔法を操る。元魔法使いとしては敵対してないならば会ってみたかった存在ではある。
「魔力は感じるのだけど……とりあえず解凍してみよっか」
「ガウッ?」
「ディスペル」
ええっ?と驚くフレーキを余所に、私は凍り付いた女悪魔の腕を持ったまま解呪魔術を唱えた。アイスブラストで凍り付いた女悪魔の腕、肩から二の腕部分と、肘から手のひらまでの部分が解凍される。
「触感は……普通の腕ねえ」
両手で女悪魔の腕を持ち、右手でグニグニと切断済みの腕の手のひらを握って見るが、別段勝手に動くワケでも無く。ただ色が青いのと爪が長いのが目に付くくらいで、あとはただの女の腕。んーまあ、ちょっと筋肉質かしら?
「ふぅん、まあ折角持っていくって言ったんだし、持って行ってあげましょうか……えっ?」
「ガウッ!?」
驚く私とフレーキ。私の手のひらの上で、女悪魔の切り落とされた青い腕が私の両手にめり込んでいく。
「なにこれっ!?ちょっ!ちょっと!?」
-ドプンッ-
まるで粘度の高い沼にでも投げ込んだかのように、女悪魔の腕は私の両手の中に沈んで消えた。
「あつっ!?な、何この感じ!?」
同時に私は両手に異常なほどの熱さを感じ慌てた。皮膚や肉が焼けている訳ではない。ただ両手を流れる熱い血液が私の全身を巡り、体温を上昇させ、私に異常なほどの汗をかかせる。
思わず立っていられなくなり、私は地面に両手を付いて膝を付く。
「ぐっ!?か、身体がっ!?なんなのっ!!」
自分の身体の異常に困惑する私は、ふと胸元の色欲の首飾りが紫色に輝いていることに気づく。私は使おうと思っていない、勝手に発動している。それで、私の首飾りが発動しているという事は……
「フレー……っっ!?」
「ガウアアアアッッ!!」
案の定、フレーキの首輪も紫色に輝いていた。こうなった時の彼は猛獣だ。私に止める術はない。
そのままフレーキの巨体に伸し掛かれ、抵抗できないよううなじを噛まれる。痛みと共に切り替わる私の思考。長年身体に刻み込まれた癖と言うのは凄いモノで、ただ彼に首を噛まれただけで私は条件反射で抵抗を止めてしまう。こんな結界も張られていないいつ魔物がやってくるか分からない、あの女悪魔が見ているかもしれない危険な場所で、私は汗だくになりながら無防備な姿を晒していた。
「はーっ、はーっ、フレーキぃ……ダメよぉ……♥」
言葉とは裏腹に蕩けた表情をしながら湧き上がってくる劣情に身を任せ、地面に突っ伏しながら彼の股間に向かって自らの尻を押し付ける私。彼のイチモツの大きさと熱さを臀部に感じ、これから行われるいつもの情事に期待してゾクゾクと身体を振るわせる。
が、その期待は裏切られた。
「ガウワウッ!」
「へっ?あっ!?フレーキぃ?……あむっ?」
噛みついていた私のうなじから牙を離したフレーキが、うつ伏せの私の身体を仰向けに返し、私の唇にその大きな口を合わせてきた。
「あむ……んっ……ちゅっ……♥」
フレーキに口付けをされたまま、抱きかかえられ立たせられる私。
「ガウッ……フーッ、フーッ……」
「んはっ♥はーっ、はーっ……しないの?」
「ガウ、ガウウウッ」
「んふっ♥そっか♥よく我慢できたね、えらいえらい♥」
互いに口を離し荒い息を立てているフレーキと私。フレーキは色欲の首飾りの発情効果を理性で無理やり抑え込み、私を襲うのを我慢した。まさかそんなことまで出来るようになっていたとは露とも知らず、私は素直に彼を誉める。ただ完全に抑え込めている訳でもないようで、さっきから彼の股間のいきり立ったモノが私のお腹辺りをツンツン突いているのではあるけれど。そう言う私も一度火の付いたモノは抑え込めず、彼の太もも辺りに自分のモノを擦り付けていたりする。
「ガガウ、ガウワウワウ」
「ふふっ♥そうね、アイツを倒してからいっぱい、ね?」
そう言って一息ついた私達は互いに離れた。このまま密着してると我慢しきれずに初めてしまいそうだ。私は意識を切り替えてこんな事の原因になったモノを思い出す。
「はーっ……私の腕に、あの女悪魔の腕、入っちゃったのよね」
「ガガウ?」
フレーキに異常はは無いか聞かれつつ、改めて自分の両手を見る。異常?大有りよ?さっきから両腕から魔力が止めどなく溢れて全身を巡っている。更に、両腕から溢れてきた魔力が、私の脳内に私の知らない情報を大量に流し込んで来ている。
「あっあっあっ、あっ?何これ?何これ何これ?」
見たことの無い景色、知らない言葉、知らない人達、これが私の頭の中に刻みつけるようにリフレインする。
加えて大量の不可思議な魔力、あの女悪魔の思考の一部まで流れ込んできて、私は反動でビクンビクンと身体を震わせる。
「あうっ?ああああっ??うううっっ!?」
雪崩のように流れ込んで来る謎の記憶と魔力の奔流に頭を抱えて苦しみ、その場に座り込む。
「ガウッ!?」
苦しみで唸り続ける私。フレーキがそんな私の惨状を心配し、私の肩を抱きながら大丈夫かと声をかけてくれた。
「うっ……く……ふう……」
すると不思議とすぅっと苦しみが引いていく。さっきから紫色に光りっぱなしだった私の胸元の色欲の首飾りと彼の銀色の首輪の光も収まった。
次第に落ち着いて冷静になった私。さっきとまでの濁った感じとは打って変わって青空のように晴れた思考。私は私の様体を心配しこちらの顔を覗き込んでいるフレーキを見上げて言った。
「なん……となく、なんとなく」
「ガウ?」
「うん、うんうん、なんか少しづつ……」
私はまだ整理仕切れてない記憶を反芻するように言葉に出しながら、立ち上がる。
「ポータル、悪魔の魔法……?門番、管理者……?」
「ガウウ??」
何言ってんだ?と私の独り言を理解できずに不思議がるフレーキ。私も口走っていることを全部理解できている訳じゃない。ただ、あの女悪魔が何故この迷宮に居るのか、何故人の魂を喰うのか、その理由を取り込んだ記憶からなんとなく推察する。
「悪魔、ジャンヴィエ……?魂喰い、魔力への変換……ソウルイーター?」
「ガウウウ???」
どういう事?とフレーキ。説明してあげたいが、どうにも女悪魔の腕だけでは情報が断片的過ぎて説明出来るほどの情報が引き出せない。私は部屋に中央に戻って女悪魔に吹っ飛ばされた偽物の杖を拾いながら、ブツブツ独り言を言いつつ落とし穴の前に戻る。
「それで人間狩り?ふぅむ、まだよくわかんないわねぇ……」
「ガ、ガウ?」
お、おう?と分からないまま頷くフレーキ。私も情報がブツ切りすぎて結局何もわかっていない。ただやる事はわかってきた。何故だか知らないけど私の首元の色欲の首飾り、これにはあの女悪魔を乗っ取る力がある。首飾りの魔力を発動させ、そのまま触れれば乗っ取れる。そこは理解した。なればやる事は決まりだ。
「あの女悪魔の身体を全部乗っ取る。よし、これでいきましょ。フレーキ、私を抱えてこの穴降りれる?」
「ガウ?ガウッ」
「それじゃ、ライティング!」
私は時間経過で光量が落ちて来ていた照明魔術を掛けなおし、また右手のひらの上に浮かべる。私はそのまま結局何もフレーキに説明しないまま、彼に抱えられ落とし穴を降った。
-ザッ、ザーッ-
照明魔術に照らされる落とし穴。そこをフレーキが片手で私を抱えたまま、落とし穴の壁に爪を立てゆっくりと穴を降る。この間、私は下で待ち伏せしている女悪魔への対抗策を練っていた。カーラ達の恨みは晴らす。それはそれとしてこの女悪魔の記憶の断片も、迷宮の謎も、全部理解するために、私があの女悪魔を喰う。今度は私がアイツを狩る側だ。私とフレーキの二人なら出来る。仕留めて見せる。
魔力感知に映る女悪魔の魔力、落とし穴の底はもうすぐそこまで近づいて来ていた。
お読みいただきありがとうございます。
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