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流着のオードゥスルス ~アラサー悪魔化ねーちゃんの異世界奮闘記~  作者: 逗田 道夢
第2.5章 「魔女の昔話」
69/105

15.魔女の独り言_09

 フレーキと私の巣の小部屋、その天井には私が魔術で設置した照明が光り輝いていた。ヒカリゴケの薄暗い光ではない、部屋全体を明るく照らす太陽を思い出すような確かな光。

 そんな部屋の真ん中に、女物の修道服に身を包み金色の髪を後ろで三つ編みに結んだ女僧侶、のようないで立ちをした私ことフレイと、青と白の毛に包まれたワーウルフのフレーキが向かい合うように立っている。


「フレーキ、今日も勝負しよ?貴方が勝ったらいつも通り何してもいいよ?私の身体、全身噛み痕だらけにしてもいいし、思いっきり爪立ててしてくれたっていいよ?」

「ガウガウッ!」


 私は自分の身体を生贄にフレーキを勝負を挑む。勝ち目があるかと聞かれればまだまだ薄いが、私は彼に荒々しく抱かれるのも大好きなので負けても損は無い。


「ふふっ、その代わり私が勝ったら今日のご飯はアーマーキングロブスター取って来てもらうから♥あれ茹でるとジューシーで美味しいのよね♥」

「ガウワウワウッ!」


 アーマーキングロブスターとはフレーキがたまに狩って来てくれる大きな海老のような魔物だ。あれは非常に美味いが手に入れるのがめんどくさいらしく大抵は簡単に手に入るハイオーガの肉が主食になる。もうこの頃になると私は簡単な火起こしの魔術も行使できるようになっており、食事は専ら火を通してから食べるようになっていた。焼肉から鍋物まで自由自在である。鍋とフライパンはゴードンとカーラの鎧を加工して作った。ナイフはフレーキが拾ってきた黒曜石のナイフ。水は元々隠し通路の地下水脈から取り放題。食への情熱とはスゴイモノで、味を占めたフレーキが岩塩まで拾ってきたモノだから、いつの間にやら食事事情は万全に。

 そんな訳で、どっちに転んでも私は楽しめるので実質私に負けは無いのだ。フレーキは既に勝った気でいるらしく、股間のアレがもうふっくら膨らんで来ている。ギラギラ光る彼の牙と爪を見て、思わず負けた方が楽しめるかなとか思ってしまったが、ロブスター鍋の美味しさも捨てがたく、それに最初から負けるつもりで勝負を挑むのは相手に失礼だと私は思うので私は勝つ気で挑む。

 時間は10分、部屋中を走り回る彼に1発でもアクアバレットを当てられれば私の勝ち、時間切れまで逃げ切られれば私の負け。今のところの戦績は、11戦0勝11敗で私の全敗。勝負した日の晩は、毎回フレーキに身体中甘噛みされて、胸も背中も尻も爪でガリガリされて終わるころには私の身体は血だらけ。そんな血だらけにされても悦びの声を上げて愉しんでいる私も大概だけれど、でも次の日の朝には綺麗さっぱり治っているのだからこの色欲の首飾りの効果には驚く。


「さて、この時計で10分ね?」

「ガウッ!」


 私は手巻き時計をフレーキに見せルールを互いに再確認する。今私の持っているこの手巻き時計は、ある日フレーキがどこからか拾ってきたモノだ。この迷宮に誘い込まれた冒険者の遺品か、はたまた迷宮のどこかの宝箱にでも入っていた財宝か。別に他の冒険者が居たとしても今更な話で、私にはどっちでもいい事だ。こうやってフレーキとの真剣勝負、時間を図れる便利な道具はありがたいってだけ。

 そして私は時計の秒針を見て勝負の合図をする。


 -カチッ-


「スタート!」

「ウォォンッ!」


 -ザザザザザザザザザザッ-


 いつも通りフレーキが壁を蹴り壁中を飛び回る。フレーキが飛び跳ねる音と、私の周り、全方位に青い閃光の影だけが見える。


「やっぱりはっやーい、生の視線じゃ全く追えないわね」


 私は時計を足元の干し草の上に放り投げ、両手を合わせ魔術の詠唱に入る。


「我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が瞳を強化せよ、ストロングアイ!」


 -キィィィン-


 私の両目が仄かに光り、私の視力を強化する。

 私は魔術の詠唱を続けた。


「我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が身体を強化せよ、ストロングボディ!」


 -キィィィン-


 私の全身が仄かに光り、私の全身を強化する。

 私はまず強化魔術で動体視力と身体能力の底上げをした。それのおかげで青い閃光の影が、形を持った人狼の影として視界に捕らえられるようになる。

 この二つの強化魔術は短縮せずにキッチリ詠唱を行う。10分は持続する強化魔術だ、ここで効果を下げた短縮詠唱を使うと勝てる物ものも勝てない。

 ともあれ、これで下準備はおっけー。これからが本番よ。私は両手を壁を走る彼の影目掛けて掲げ、詠唱をする。


「[[[アクアバレット!]]]」


 -バシュシュシュシュシュッ!-

 -バシュシュシュシュシュッ!-


 私の喉から発声された詠唱が多重の残響音を奏で、不可思議な音声を立てる。と同時に片手から5発づつ、両手合わせて10発の水の弾丸が一斉に発射される。


「ガウッ!?」


 -ザザザザッ!-


 フレーキは壁を蹴り跳ねるスピードを一段速く上げて見事に回避して見せた。だが私にとってそれは嬉しい事この上ない。


「あははっ!フレーキ!今ちょっと余裕無かったでしょ!?ちょっと圧縮言語試してみたの。一言を短くするんじゃなくて、一言に10発分の弾丸を込めるようにね!」


 フレーキを焦らせたことが嬉しくてちょっと饒舌になっている私。私は3か月かけ、圧縮言語を行使出来るようになっていた。そして今日初めてその圧縮言語を試してみたのである。私はフレーキに対して水の弾丸を散弾として10発同時に発射した。点では無く面で制圧してみようと言う試みだ。結果は上々、当たりこそしなかったが、その試みは成功。手加減していたハズのフレーキの速度が倍に近いレベルまで一気に上がっている。まだ本気ではないけれど相当警戒してくれている。今まで負け続けていた11戦の間、私の放つ魔術はずっとフレーキに涼しい顔をして避けられていたのだが、今回初めてそのフレーキの焦り顔が見れた。これがとても嬉しい。

 こうなってくるともう楽しくなってもっと焦らせてやろうと調子に乗って来る。私は四方の壁面を走り回るフレーキの影を目で追いながら、狙いを付けて詠唱をする。


「次は本気でいくよフレーキ![[[アクアバレット!]]][[[バレット!]]][[[バレットォー!]]]」


 -バシュシュシュシュシュッ!バシュシュシュシュシュッ!-

 -バシュシュシュシュシュッ!バシュシュシュシュシュッ!-

 -バシュシュシュシュシュッ!バシュシュシュシュシュッ!-


 多重詠唱、手加減無しで両手合わせてたっぷり30発、壁を埋める勢いで水の弾丸を撃ち付ける。


 -ザザザザザザザザザザザザッ!-


 進行方向を完全にふさがれたフレーキは更にスピードを上げつつ避けようとするが、避けきれないと判断したのか急転回して天井を蹴り、私を間に挟んだ向かい側の壁に跳び移ろうとする。

 それを読んでいた私は、彼が通るであろうその天井と真後ろの壁の間の空間に薄いプロテクトの壁を数枚予め張っておいた。勿論進路妨害用の罠なのでバレないよう無詠唱だ。


「ガッ!?」


 -バリィンッ!-


 一瞬だがフレーキがプロテクトの壁にぶつかり足を止める。当然こんなことろで終わるフレーキじゃない。すかさず空中のプロテクトの壁を蹴って再加速して小部屋の壁に取り付こうとする。だがその一瞬、私には一瞬で良かった、姿を捕えられた一瞬、振り向き際に手を掲げ、鈍足化の魔術をフレーキに叩きこむ。


[[[スロウムーブ]]]


 発声は必要ない、無詠唱だ。頭の中で魔術式を組み立てて、そのまま頭の中で魔術行使のトリガーを引く。


「ヴガッ!?」

「やったっ!初めて捉えたっ!」


 空中で態勢を崩し、地面に落ちるフレーキ。それを見て思わずガッツポーズを取る私。


「ごめんねフレーキ、今スロウムーブを無詠唱の多重詠唱で思いっきり叩きこんだの。足が重たくてイライラするでしょ?動けないでしょお~?」


 自分の足を重そうに引きずるフレーキを見て、煽る私。私がフレーキに掛けた鈍足魔術、スロウムーブは、掛けた相手の両足の神経伝達のベクトルを阻害し、擬似的に足に重りが付いているかのように錯覚させる。スロウムーブを無詠唱にすると音も何も無く突然足が鉄の塊のように重くなる。フレーキも説明されなければ何をされたか理解できないだろう。

 私はもう勝ったつもりでフレーキを煽った。足元の時計を見てみれば、まだ3分しか経っていない。そりゃあ勝利宣言もしたくなる。肝心のフレーキは両足を引きずりながらまだ動こうとしていた。だけどそんなの手足の無かった頃の私が地を這いずり回るのと大して変わらない速度。スロウムーブの効果恐るべしと言ったところかしら。まあそのスロウムーブをフレーキに当てるまで11敗してるんだけれど。


「あっははははは!私の勝ちね!フレーキ!晩御飯のアーマーキングロブスター楽しみに待ってるから!」


 フレーキに対して高笑いを決める私。12戦目にしてやっとフレーキに勝てた。嬉しくて笑いが止まらない。ついでに晩御飯はロブスターの煮込み鍋だ。私の勝利記念には丁度いい。


「我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が敵を水の弾丸にて撃ち弾け、アクアバレット!」


 -キィィィン-


 私は勝利宣言をした後、わざわざご丁寧に長文の詠唱を行い、スロウムーブで動けないフレーキに水の弾丸を浴びせる。勿論1発、当てるだけで私の勝ちなのだ。何発も叩きこむ必要も無い。

 ……だが私は完全に忘れていた。この勝負がそもそものハンディキャップ戦だと言う事を。ハンデを貰って勝ち誇っても、実戦では不足がある事を。彼の次の行動で私はわからせられる。


 -バシュッ!-


「やったっ!勝っ!?」


 フレーキは私の放った水の弾丸、たった1発の弾丸を容易に肩手で弾き飛ばし、


「グウアアアッ!!」


 もう片手で地面を弾き、私に向かって猛然と正面突撃してきた。私はフレーキの動きをスロウムーブで完封したつもりでいて、そんな方法強引な方法で向かってくるとは露程も思っておらず、勿論プロテクトの壁で防壁を張ったりしてないし、咄嗟に防御に入る判断も遅れた。


 -ドシャアアッ!-


「キャアアアアッッ!?」


 フレーキの巨体に押し倒されて地面に叩きつけられ、私は悲鳴を上げる。


「ガウアアアアアアアアアーーーッッッ!!!!」

「ひっ……」


 私の上に覆いかぶさり、強烈な形相で私に咆哮するフレーキ。彼の咆哮で思わず怯み上がってしまった私は、なんの抵抗も出来ずに怯えて身体を縮こませる。

 フレーキの咆哮で一気に弱気になった私の思考。そうだ、これから私は彼に食べられる。喉を食いちぎられ赤い血飛沫を上げながら目の前が真っ暗になって死ぬ。私は何を調子に乗っていたんだろう?長年彼に甘やかされてきたから勘違いしてしまったのだろうか?そもそも彼なら私に強化魔術を使わせる暇も無く、一瞬で殺すことも可能。私は彼に待って貰って、手を出さないようにしてもらって、それで初めて同じ土俵に上がれる、その程度の実力しかないのに。なんで私は……


「ガアアアアアアーーーッッッ!!!」

「ひぃぃぃぃっ!?」


 彼は私の思考を潰すかのように私の目の前でもう一度強く咆哮した。二度目の咆哮で完全に頭が真っ白になる私。


「!!??……はっ!はっ!はっ!」


 私はその咆哮と彼のギラギラと光る牙を間近で見せられ、ガタガタと震えながら涙を流してただ彼に恐怖する。息が苦しい、もっと息を吸いこみたいのに出来ない、恐怖で浅い呼吸しか出来ない。涙がボロボロと流れていく。口は開けているのにいくら呼吸しても肺は満たされない。重たい、動けない。怖い、怖い、怖い、怖いよ、怖い、怖い、怖い、怖い……。


 -ペロッ-


「クゥーン」


 -ペロッペロペロペロベロンッ-


 フレーキが攻撃的な形相をやめ、私の頬をペロッと舐めた。いつもの穏やかな表情に戻った彼は、涙を流したまま震えている私の頬をペロペロと舐めて、脅かしてごめんねと言っている。


「はっ!はっ!はっ!はーっ、はーっ、はーっ……あ゛ーっ!あ゛ぁぁぁぁ~~っっっ!!」


 私は彼が元の優しい表情に戻った後も、しばらく浅い呼吸で苦しい思いをしていたが、頬を思いっきり舐め上げられた辺りで深い呼吸が出来る様になり、思いっきり呼吸をして足りない酸素を補給した跡、声を上げて改めて泣いた。怖かった。死の恐怖に怯えるのと同時に、信頼し依存している相手から突然敵意を向けられることが怖かった。


「ガウッ!?ワウワウウア……!?」


 フレーキは泣き止まないどころか更に泣き始めた私を見てオロオロしている。私は今思いっきり泣きたい気分なの。貴方が泣かせたんだから、今はいっぱい泣かせてよ。


「………」


「………」


「………」


「うぐっ……ひっぐっ……」

「ワウ……ワウ……」


 さっきのフレーキの咆哮から私が泣き続けて10分くらい経った。まだ地面に仰向けになってべそをかいている私と、その隣で申し訳なさそうにしゅんとなって猫背で座ってるフレーキ。


「うっぐ……ごめんなさい……私は貴方に敵わないってこと……忘れてました、ごめんなさい……」


 何とか落ち着いてきて私がやっと搾り出した言葉がこれ。一応私が主人って肩書だったような気がするけれど、もう今更で。そもそも実力の伴わない主人が使い魔に殺されるなんてのはよくある話だったわけで、私は長い事フレーキに甘えて過ごしてきてこの辺を完全に忘れ去っていた、ついさっきまで。


「クゥーン……」


 フレーキは本当にごめんと、ちょっとやり過ぎてしまったと、私に謝っている。幸い私に対して本気で敵意を向けた訳じゃないらしい。彼の言葉を聞いて安堵こそしたモノの、私の涙はそう簡単には引っ込まない。そのまましばらくはさめざめと泣き続け、やっとこ涙も枯れた辺りで、私は目元を拭いながら上半身を起こし彼のモフモフの身体に無言で抱き着きつく。


「ガウウッガウッガウッ」


 フレーキは私を抱き返しながら負けた約束を守ると、アーマーキングロブスターを捕りに行くと言っているが、行ってほしくない。私は勝ってない、あんな内容じゃ万が一にも勝ったなんて言えない。彼が本気だったなら私は今頃生暖かい腸をクチャクチャと音を立てて喰われているところだ。

 私は立ち上がろうとするフレーキに抱き着いたまま、彼の逞しい胸元に顔を埋めながら言う。


「ダメ、行っちゃヤダ」 


 私は彼を引き止める。勝負に負けた悔しさと、久々に感じた震え上がる程の恐怖。手足が戻り古代語の魔術を会得した程度で自惚れた自分を恥じながら、それでも彼の優しさに甘えたい。

 フレーキはすぐに私を抱き返し、そのまま私を干し草のベッドの上に横にした。私はゆっくりと覆い被さってきた彼に抱きしめられ、大きな口を開けた彼に甘噛みされる。彼の鋭い牙が私の首肉に刺さり、私は血を垂らす。痛いけどそれよりも強く私の身体はゾクゾクする快感を私の頭に伝えてくる。私はそのまま彼の求愛を受け入れて、また一晩中、悦びの声を上げ続けた。


-------------------------


 また一カ月が経った。

 一度コツを掴んでしまえば早いもので、フレーキ相手に多重詠唱、無詠唱、更に防御魔術までを実戦レベルに高めた私は、ついにこの結界を張られた小部屋を出る決心し、部屋の入り口の前に立つ。

 目的は勿論、あの女悪魔を倒しカーラ達の仇を取る事。毎日フレーキと爛れた生活をしてるからって当初の目的を見失ったりはしていない。アイツは殺す、あの女悪魔は絶対に殺してやる。


「ガウ」

「うん?……あはっ、そんな酷い顔してた?」

「ガウウ?」


 フレーキに笑っておどけてみる私だが、私は一目見てわかる程度には憎悪に満ちた酷い顔をしていたらしい。彼に凄い怖い顔してる、怒ってるの?と指摘されてしまった。私は彼と生活したこの数年間、笑顔や泣き顔こそ見せ続けていたモノの、彼の前で怒りの感情を表に現したことは無かった。悲しみの感情も彼に慰められ、獣欲をこの身で受け止め歓喜の声を上げている内に薄らいできた。ただし、恨み、怒りの感情だけは別だ。私は彼が狩りで部屋に居ない間、仲間達の遺品、今私が来ているメリッサの修道服と……カーラとゴードンの鎧は鍋とフライパンに加工されてしまっているけど……を見ては、あの女悪魔に殺され魂を喰われた仲間の事を思い出し、憎しみを募らせては怒り復讐の日を待ち、力を付けてきた。

 手足は戻った。魔術、戦う力も整えた。もう何も迷う必要は無い。あの悪魔を殺す。殺した後の事なんて今はどうでもいい、やってから考える。


「フレーキ、手伝ってくれる?」

「ガウッ」

「ありがと♥お願いね♥……じゃあ行こっか」


 私の問いかけに、勿論だと返してくれたフレーキに艶っ気のある笑顔で返事を返しつつ、私は着ているメリッサの遺品の女物の修道服を翻し、数年間引き籠りっぱなしだった部屋をフレーキと共に後にした。

 部屋を出て早々、私は左手に持ったハイオーガの骨で作った杖……のようなただの棒をクルリと回し、詠唱をする。


「我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って闇を払い我が道を照らせ、ライティング」


 -キィィィン-

 -ポウッ-


 部屋の外、ヒカリゴケの淡い光のみで照らされた薄暗い空間が、私の照明魔術で照らされて姿を鮮明にする。人が横に2~3人並べば通れなくなる程度の細い通路だった。


「へー、こんな風になってたんだ……」

「ガウ」


 そうだよ、と私を庇うように私の前を歩くフレーキ。彼はワーウルフらしく夜目も鼻も効くのでこの暗闇の中でも平気なのだが、私はこう暗くては周りが良く見えないので照明魔術を使わせてもらっている。

 因みに無詠唱魔術まで習得した私がわざわざ詠唱をしているのは、あの女悪魔に無詠唱で魔術が放てると言う事をばらさない様にである。部屋から出て結界の外に出た以上、あの女悪魔がどこから見ているか分からない。使える手札は出来るだけ隠しておきたい。左手で握っているこのハイオーガの骨で出来た杖風の棒もその欺瞞工作の一つだ。杖が無ければ魔術を使えない、そう思わせればあの女悪魔はまたあの時のように私の杖を弾き飛ばそうとするかもしれない。それで隙を晒すならば、また一枚相手の隙を付く手札が増える。有効な手札は大いに越したことはない。

 そんな訳で、私は右手の手のひらの上に照明魔術の光の球浮かべながら、フレーキの後ろから数年越しの部屋の外を見まわりながら先へ進む。細い通路を通ってすぐ、私達は広めの部屋に出た。


「うん、結構広い、部屋?……ふうん、3つの通路かあ……?」


 部屋に入ってすぐ、私は右手のひらの照明魔術を左右に振りキョロキョロと部屋を見回す私の目には、左右両方に一つづつと前方に一つ、今通ってきた通路と同じような通路が見えた。部屋自体は私達の巣の部屋に比べる随分広いが、壁はゴツゴツの岩肌がむき出しの簡素なもので、少々ヒカリゴケが付いている程度。地面は何もないただ広いだけの空間だ。


「ガウ、ガウ、ガウウ」


 フレーキの説明を聞く限りでは、左右の通路にはそれぞれ私達の部屋の隠し通路にあったような地下水脈がある部屋があるだけで、基本的に寄る事は無いと言う。


「へえ、じゃあいつも真ん中の通路を通って狩りに行ってるの?」

「ガウ」


 私の質問にそうだと答えて部屋から真ん中の通路に入りそのまま前を歩くフレーキ。私も彼の後に着いて歩く。


「ガウ、ガウウウ?」

「えっ?これからどうするのって?うーん、そうね、フレーキが最初に私を見つけたあの時の階段まで連れて行ってもらってもいい?」

「ガウ」


 フレーキは分かったと言ってそのまま私の前を歩く。実のところ私にあの女悪魔を探す確かな手立てがある訳じゃない。この迷宮の部屋をしらみつぶしにマッピングしつつ歩いてあの女悪魔の棲み家を探し当てるか、若しくは適当に暴れてあの女悪魔の方から現れるのを待つ。この二つ。そもそもこの迷宮で生活して歩き回っているフレーキがあの女悪魔に会ったことが無いと言うのだから、棲み家が見つかる可能性は低い。なのでほとんど相手の出方次第。なんとも頼りないやり方だけど、他にないんだからしょうがないじゃない。

 とは言え、闇雲に探すのにも限界があるし、不意打ちは避けたい。折角部屋の結界の外に出たので、結界の中では役に立たなかったが今は役に立ちそうな魔術を使ってみる事とする。私は頭の中で魔術式を組み立て、無詠唱で魔術を発動した。


[マナトレース]


 -ポウゥ-


 私の脳内に幾つかの光が点在する地図のようなモノが展開された。今私が行使したのは魔力感知の魔術だ。これは私の頭の中に魔力の痕跡を感知する受信機を立てるようなモノで、何かしら魔法や魔術が使用されれば即座に私はそれを感じ取る事が出来る。部屋の結界内に居た時は外界と遮断されていたのでこの魔術を使っても私とフレーキの魔術しか感知出来なかったのだが、外に出た今なら存分に役に立ってくれる。

 無詠唱で行使したのは今度は逆にこれをあの女悪魔にバレないようにするため。魔力を感知され居場所がバレると分かれば、あの女悪魔が仕掛けてこなくなる可能性もある、それは困る、なので無詠唱。魔力探知魔術は私の脳内にのみ展開されるので、無詠唱でやってしまえば外部からは私が魔術を行使したことがわからない。私と同じ感知魔術を相手が使っていないという前提が必要だけれど。


「1、2、うん、これは私とフレーキ。この小さいのがいくつかあるのは……」

「ウ?ガーウ?」

「あー、魔物達なのね?」

「ガウガウ」


 私の魔力感知には、大きく私自身と目の前のフレーキの魔力が映っていた。これはどうも私の色欲の首飾りと、フレーキの銀の首飾りが魔力を放ちっぱなしだかららしい。まあ感知の邪魔になる程では無いし、女悪魔にバレてるならあっちから仕掛けてくるだろうしで特に問題は無いでしょう。

 それよりも私達以外に魔力感知に小さく映っているこの光。フレーキによるとハイオーガ達じゃないか?俺の鼻もだいたい同じ位置の臭いを拾ってる、とのこと。ハイオーガなどの魔物は魔法を使える訳じゃないけど、魔力自体は持っている。凄い小さいから普段は気にするほどでは無いのだけれど、どうやら私の魔力感知の感度が高すぎて魔法を使えない魔物の魔力まで拾ってしまっているらしい。

 因みに私の魔力感知はフレーキとも感覚を共有している。私だけ魔力を感知していても、女悪魔がポータル魔法で私の死角からやってきたら仕留められない。もしも出てくるならフレーキのスピードでスパッと決めて貰った方が手っ取り早いし、情報を共有するってのは大事だからそう出来る様に予め魔術式を改良している。

 それで感知した魔力を探っていて気付いた事がもうひとつ。


「ねえフレーキ、こっちは私達の部屋だけど……この左右のふたつの大きいの光、何だと思う?」

「ガウ?ウー……ウウ?」


 ふたつ?何だこれ?と私の質問に頭を捻って考え込んでいるフレーキ。私も正直わからない。ひとつならあの女悪魔じゃないかと目星は付けられるのだけれどふたつ光っている。いや、正確には三つ光っているのだけれど、ひとつは私達の結界の張ってあった部屋だ。これは恐らく結界の魔力に反応して光っているのだろう、だからこれは除く。今光っている他ふたつは最初に通り過ぎた部屋の左右、フレーキが地下水脈しかないと言った部屋だ。それぞれ左右ひとつづつ光っている。それも結構な強さの光。


「ガウウウ?」

「うーん……さっきの地下水脈の部屋?何かいる臭いはしなかったのよね?」

「ガウ」


 フレーキは地下水脈のあるふたつの部屋からは魔物も何も臭いを感知していないと言う。


「うん、なら良いわ、フレーキの鼻に間違いは無いもの。先に進みましょ?」

「ガウ」


 私は地下水脈のある部屋の魔力を一旦無視し、先に進むことにした。フレーキが何もいないと言っているなら、私はそれを信じる。ま、だからと言って全く確認しないのも何だから、帰りにでも覗いてみましょう。

 そして私たちはそのまま通路を歩き、私が手足を失ったあの階段を目指し進んだ。

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