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流着のオードゥスルス ~アラサー悪魔化ねーちゃんの異世界奮闘記~  作者: 逗田 道夢
第2.5章 「魔女の昔話」
68/105

15.魔女の独り言_08

 あの日、フレーキに助けられ、色欲の首飾りを掛けて貰ったあの日から、僕とフレーキの同居生活が始まった。フレーキの巣であるこの部屋の中で、フレーキの腕の中で目を覚まし、フレーキの用意してくれた食事を食べ、フレーキに連れられて地下水脈の水を飲んで、排泄し、フレーキが外に狩り行く際には行ってらっしゃいと声を掛け、フレーキが外に行っている間は暇つぶしに地面の魔法陣を解読し、フレーキが狩りから帰ってきたらお帰りなさいと声を掛け、フレーキの用意してくれた食事を食べ、また地下水脈に連れられて水を飲んで排泄し、フレーキと一緒に水浴びし、フレーキに抱かれて悦楽の声を上げながら、彼の腕の中でまどろみの中へ沈み、また次の日、フレーキの腕の中で目を覚ます。


 そんな爛れた日々をもう何日?何週間?何ヶ月?何年過ごしただろう?迷宮のこの小部屋の中のヒカリゴケはただ光るだけで時間なんて知らせてくれない。私は途中まで削ったハイオーガの骨を咥えて壁に傷を付けて日付を刻んでいたのだけど、何年目だったろう?馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。正直に言えば馬鹿馬鹿しくなったんじゃなくて、一人で這いつくばって壁に傷を付けられる高さを超えてしまったからなんだけれど。


 私の髪はすっかり伸びて、腰より下まで伸びていた。もうフレーキに支えられて座らせてもらっても髪は地面に付いたまま。洗うのは専らフレーキがしてくれるので手入れには苦労してないけど。でも長すぎるので腰より少し上のところでフレーキの爪で切って貰うことにしている。フレーキは私の金色の髪が好きらしく切るときは凄く残念そう。髪を洗った後なんかは私を抱きしめながらよく私の髪の中に長い鼻を埋めてスンスンと匂いを嗅いでいる。

 髭は元々薄目だったのもあったのだけど、何故か全く伸びずにいる。代わりなのかなんなのか、最近胸が少し膨らんだ気がする。お尻もなんだか前よりおっきくなったような?身体つきもなんだか以前より柔らかに。そんな身体でフレーキに抱かれていると、たまに自分が男だってことを忘れそうになる。多分私の身体の異常はこの色欲の首飾りのせいだと思うんだけど、フレーキは喜んでいっぱいペロペロしてくれるし、段々変わっていく自分が楽しみでもっと変われって思ってる。鏡は無いからフレーキに連れられて地下水脈の流れの緩いところで自分の姿を最近見たのだけど、すっかり女性のような顔つき身体つきになっちゃっていた。修道服の似合う敬虔な女僧侶、そんな感じ。ホントは色欲まみれの男魔法使いなのにね。


 服はずっとメリッサの遺してくれた修道服を着ている。魔力の込められた糸で編まれたこの修道服は、とても丈夫で汚れも水洗いですぐに落ちる。もう何年も着続けているハズだけど、地下水脈でフレーキに洗って貰うとすぐに新品みたいな質感を取り戻す。とても便利で清潔で着心地が良い。ごめんねメリッサ、もうちょっとだけ貴女の服借りさせてね。

 私の元来ていたボロボロのローブはもうすっかりただの雑巾になっていた。雑巾なんて何に使うんだって言われそうだけど、フレーキが狩りに出かけている最中、私がどうしても我慢できずに部屋の中で漏らしてしまう事があるの、それの掃除用。掃除してくれるのはフレーキで、私はただ拭かれているだけなんだけど、凄く申し訳なくて、そんな日は私はいっぱいフレーキにご奉仕するの、いつもありがとうって。フレーキったら凄く喜んでくれて、そんなに喜ばれたら私も嬉しくなっちゃう。

 ゴードンとカーラの金属の鎧はすっかり色がくすんじゃっている。私も手が有ったらピカピカに磨いておきたいんだけどでも手足は無いままだからそれは出来なくて。フレーキに頼んでみたことがあるんだけど、長い爪の生えた手で鎧を磨くのは凄くやりづらそうだったので、やらなくていいよって言っちゃった。


 そうそう、フレーキの事なんだけど、彼はもう何十年もずっとこの迷宮の小部屋に住んでいるみたい。もしかしたら何百年かも?でも全然歳を取ってるって感じ、しないのよね。付けてる銀色の首輪のせいなのかな?あの首輪に何か魔力が込められているのは想像が付く。彼の前のご主人様が何者なのかはまだ分かってないんだけれど、彼の言葉が次第にわかるようになってきたのと、地面の魔法陣と部屋の真ん中の蓋の開いた宝箱、それを調べてたらなんとなく年代の予想はついてきたの。

 そうそうそう、魔法陣の古代文字の解読、大分進んで来たわよ。やっぱり最初にフレーキの首輪の文字、あれが"フレーキ"って読むってわかったのが一番のヒントだったわね。発音と母音がいくつかわかったのが解読に役だったわ。まああれ以来、いくらフレーキの首輪に意識を向けてもあの不思議な声は聞こえなかったから、解読は自分で頑張ったんだけど。あともう少し解読を続ければ、そろそろ魔術の発動が可能になりそう。媒体は私が日付を書くのを諦めた壁の上部、フレーキに抱きあげて貰えば届くから、そこにハイオーガの骨のペンで文字を刻みつけましょ。


「……」


「……」


「……」


「……」


「フレーキ、フレーキぃ……寂しいよぉ、早く帰って来てぇ……」


 私はそんな独り言を言いながら芋虫みたい寝転がったままグネグネ移動しながら魔法陣の古代文字の解読を続ける。もうすっかりこの身体にも慣れてしまった。長い事こんな生活を続けていたせいか、腹筋と背筋が鍛えられ、転がる、進む、戻る、背伸びする、立ちって言うか座るだけど、これぐらいは自力で出来るようになった。唯一出来ないのが隠し通路の扉を開ける事。手足が無いせいで体重が軽すぎるのか、通路を開くギミックが作動しないの。このせいでいまだに一人で便所っていうか地下水脈に行く事だけど、排泄はフレーキが居ないと出来ない。フレーキもそんな私を気遣ってか小まめに帰って来てくれるんだけど、


「そんなにちょくちょく帰ってきたら狩りに集中出来ないでしょ?大丈夫よ?私は」


 って今日言ってしまって、そんな私の言葉を素直に聞いてくれるフレーキは彼是数時間狩りに行ったまま、先に彼が帰ってこない寂しさが出てきちゃって弱音を吐いて涙目になっているのがこの私ってワケ。

 もう今になると見も心も全部フレーキに依存しちゃってて、彼が居ないと寂しいし泣いちゃうし、彼が居たら絶対にくっ付いたまま離れないし、彼に抱かれたら頭の中幸せでいっぱいになっちゃうしでもう大好き。


 そんな寂しさで涙目の私だけど、ついに今さっき古代文字の解読が完了した。何年越しなのかわからないけど。古代文字の文法に合わせて魔術の詠唱も考えてある。フレーキが帰ってきたら古代文字を壁に刻んで魔術の行使を試してみるつもりだった。

 だからなんとなく先入観があったのだと思う。文字として外部に、壁なり地面なり紙なりに出力しておかないと魔術は発動しないっていう思い込み。私はただ、頭の中で古代語の魔術式を組み立て思い浮かべながら、なんとなく魔術の詠唱を声に出して言ってみただけだった。


「我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って彼の者の呪いを打ち払え、ディスペル!……ってところかしら?」


 -キィィィン-


「は?」


 突然頭の中で耳鳴りのような甲高い音が反響し、私は訝しんで疑問の声を上げた。

 なんとなく口走った魔術の詠唱。本当なら壁に古代文字を刻んで媒体とする予定だったが、まだ文字を壁に描いてない、つまり媒体を用意していない、本来なら発動しないハズの魔術。だが発動した、私の胸元の宝石が紫色に光り輝き、眩い光が私の身体を包みだす。


 -ザシュゥッ-


「うあぅっ!?」


 突然の刺激に声を上げる私。身体がびくんと跳ね上がる。急に身体が重くなった。無いハズの手足が痛む、今までは無かったハズの手足が。手足、私の?


「えっ?治っ……た?」


 久しく無かった感触が、懐かしい四肢の感触が帰ってくる。


「嘘……治った?本当に治ったの?」


 確かにそこにある自分の腕、確かめるように顔の前に手のひらを持ってきて握っては開きを繰り返す。


「あはは……手だ……私の……私の手だ……」


 私はまだ信じられずに左手で右手を握り、右手で左手の親指を握り返す。暖かい、自分の手がこんなに暖かいと思ったことは無い。そのまま自分の手で自分の手を揉み続ける。私は確かめる、手を、肘を、腕を、肩までちゃんと繋がっているか、自分の手で触って確かめる。


「ある……私の腕、両方、ある……あああ……」


 私は嬉しくて感極まって寝っ転がったまま両手で自分の腕を抱きしめて泣き出した。腕がある、ただそれだけの事なのに、嬉しくて涙が止まらない。顔を触ってみる。


「柔らかい……私の顔……あはは、涙で濡れてるの、手で、わかる……」


 感動しつつ一頻り自分の顔を手で触って泣いた後、一息ついてから上半身を起こし、足の方に気を向ける。


「重たい、足って、こんなに重たかったっけ……」


 ずっしりと重さを感じる自分の足。自分の足を手で触って確かめる。太もも、膝、ふくらはぎ、足の甲、足の指まで、確かに付いていた、両足とも、確かに。


「ある……あるよ、ちゃんと私の足、あるよ……」


 私は自分の両足を抱き寄せて、両膝の間に顔を埋めて自分の足の存在を確かめる。


「あは、足で顔挟めちゃう……ちゃんと両足、あるんだ……」


 やっぱり嬉しくて泣いてしまった。足がある、本当にただそれだけの事だけど、今の私にとっては何よりも嬉しい事に感じた。

 一頻り泣いてそろそろ涙も枯れた頃、私は数年振りの感覚を頼りに、自分の両足で地面を踏ん張り、腕を支えにして体勢を起こし、そして足を延ばす、そう、立つ、つもりだった。


「立っ、あっ?あああっ!?」


 バランスが、思い出せない。立ったときって、どうやってバランスとっていたっけ?思い出す暇も無く、ふら付いて足を滑らせ、しまった!?と思った時にはもう遅い、後頭部から地面に倒れ込む私。衝撃と痛みが来るとぎゅっと目を瞑って身構えていたが、いつまでたってもそれはやってこない。その代わりにと持ち上げられて宙ぶらりんになるいつもの感触。


「ガウッ」

「フレーキ!」


 目の前に広がるのは見慣れたモフモフの彼の顔。私の身体はいつの間にか戻ってきていた愛しのフレーキの両腕に抱えられていた。


「お帰りフレーキっ!見てみてっ!これっ!私の手と足!治ったの!治ったのよっ!」


 身体を支えて貰ったお礼を言うのも忘れ、今誰よりも戻った手足を見せびらかしたい相手に、存分に手と足を見せびらかす私。


「ガウワウッ!」

「あははっ!ありがとうフレーキ!あむっ♥ん~っ♥」


 よくやった!と褒められたので思わず彼の首に腕を回し、抱き寄せて私の方から口付けをする。長年フレーキと一緒に過ごしてきたが、こうやって私から口付けをするのは初めてだった。手があるって素晴らしい。愛しの人をこの手で抱きしめる事が出来るんだから。フレーキも私を抱きしめ返してくれる。いつもしてくれいていた、モフモフの腕での抱擁。暖かくて逞しい大好きな彼の腕。


「んんっ♥」

「ヴァウッ」


 唇を離す暇も無く、私はフレーキにそのまま干し草のベッドの上に押し倒され、そのまま二人で絡み合う。


「……」


「……」


「……」


「……」


「ん……ん?あっ、あっはは♥またしちゃってた♥」


 目が覚めても、私の手足はちゃんと付いている。私から見れば元に戻った、彼から見れば新しく生えた、私の手足。昨晩フレーキはガブガブと私の手足を甘噛みしまくり、私はその度に悦んで声を上げた。気づけばまた一晩経っている。フレーキは私を抱きしめたまままだ眠っていた。ちょっと前まではこんな時は二度寝するしかなかったのだけれど、手足の戻った私は彼に軽く口付けし、すぽんっと彼の両腕から抜け出して這いずりながら離れる。


「さて、手足が戻ったのはいいけれど、いろいろ考えたいことも増えたかも」


 独り言を言いつつ、半身を起こした上体で考えを巡らす。

 とりあえずは立つことだ。数年間物理的に足の無い生活を強いられていたため、完全に立つ、歩く、走る、の感覚を忘れている。不思議な事に手足はトラップで消された時と比べても筋力的に劣っている風な事は無かったので、後は立ち方、歩き方、走り方を思い出せば良い。と、簡単に言ったが、言うは易し。当分はフレーキに支えて貰いながら立ち方歩き方を思い出すところからだろう。まずは自分一人で隠し通路の地下水脈まで行って用を足せるようになりたい。

 次、手足の呪いを解いた時、私は杖も壁への古代文字の記述も無しに、媒体無しに詠唱だけで魔術の発動をした。確かにあの時、頭の中で古代文字の魔術式を組み立ててはいたが、ただ頭の中で思い浮かべていただけだ。感覚で撃てる魔法と違って、魔術は複雑な論理を法則に乗っ取ってきっちり組み立てていかなければ発動条件を満たさない。普通は予め式などは紙や土、今回なら壁に記述し、それを読み取りながら詠唱を行って魔術を行使する。が、今回私はその手順をすっ飛ばして頭の中だけで式を構成しながら、並行した思考で詠唱も行った。これでは杖だけで発動できる魔法と大差ない、と言うか今回は杖すら使っていないので、その部分だけ取って考えるなら魔法より優れた方法で魔術を行使してしまったことになる。これでは外側から見ればどっちが奇跡起こす法則なのか分かったモノじゃない。


「なんで媒体無しで発動出来たんだろう?……やっぱり、この、色欲の首飾りを媒体に?」


 私は自分の首元にある首飾りの宝石を指で摘まんで持ち上げる。あの時、魔術を発動させた際に色欲の首飾りが媒体となった、そう考えるなら説明は付くが?とすると、


「もしかしてこの首飾りが杖と同じ働きをするなら、魔法を……む、えっと……?」


 右手を掲げたまま固まる私。首飾りを杖に見立てて魔法を発動するつもりだったが、数年ぶり過ぎて魔法をど忘れしていた。と言うかなんかもう普通の魔法使いやってた頃の記憶が曖昧だ。数年間毎日フレーキと乳繰り合ってただけなんだからしょうがないんだけれど。


「ああ、思い出した!アクアバレット!」


 やっと思い出した魔法を叫びながら、右手を壁に翳して魔法を撃つ。が、魔法は出ない。


「あれぇ?私もしかして魔法の感覚すら忘れてるぅ?それともこの首飾りじゃやっぱり杖の代わりにはならない?」


 うんともすんとも言わない首飾りの宝石を摘まみながら頭を捻る私。どっちが原因か分からない。分からないけど確かめようにも杖はこの場には無く……いや、以前フレーキに私の杖を探しに行って貰ったことがあるんだけれど、フレーキは木の破片のようなモノだけ持って戻ってきた。彼曰く、粉々になってた、らしく、ちょうど私が杖を飛ばされ落としたのがあの天井の落ちる部屋だと言うこともあって天井に潰されて壊れたのだろうか?とも思いつつ、あの女悪魔の事だから私に魔法を使わせないよう念入りに潰した可能性もあるなどと。この際どっちでも杖がない事には変わりないからいいんだけど。

 さて無いモノに頼っていてもしょうがない。私は意識を切り替え、脳内で魔術式を組み立てる。あの時の、手足の呪いを解いた時の感覚を思い出しなさい。水の魔術よ。手のひらから水の塊を発生させ、魔力で撃ち出して対象を加害する。水の魔法を擬似的に魔術で再現しようと試みる。壁に向けて右手を翳しながら魔術式を組み立てつつ、即興で詠唱を考えて言葉にする。


「我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が敵を水の弾丸にて撃ち弾け、アクアバレット!」


 -キィィィン-


 胸元の首飾りの宝石が紫色に光輝いた。魔力が右腕を通り手のひらから噴き出すような感覚。それと共に勢いよく何かが飛び出す。


 -バシュッ!-

 -ビシャッ!-


「おぉ~、出た、水の弾丸……」


 自分の右手の手のひらから勢いよく握り拳大の大きさの水の弾丸が射出され、壁にぶち当たり大きな音を立てる。


「ウガッ!?」

「あっ、ごめんねフレーキ。起こしちゃった?今ちょっと魔術の練習してるの。ちょっとだけ我慢してて?」

「ワウ……」


 水の弾丸が壁に当たった音で眠ってたフレーキが飛び起きた。狩りやら私との情事やらで疲れて眠ってた彼を起こしてしまい非常に申し訳ないのだけれど、今丁度魔術のコツらしきモノが掴めてきたのでこれは習得しておきたい。幸いフレーキはまだ眠かったらしく二度寝に入った。


「思考をもっと分ける必要がある、かな」


 私は魔術を命中させた壁を見て呟く。そこには私が狙った場所より弾丸1個分も右にズレて凹んでいる壁があった。ほんの目と鼻の先、両腕を広げて真ん中に立てば届く、そんな距離なのに大いに狙いが外れている。


「魔術式と詠唱を両立するのはそんなに難しくないかもだけど、肝心の狙いが定まらないかも……」


 この媒体無しの魔術は魔術式と詠唱を両立すれば発動するのだが、もう一つ、腕での照準を付ける必要があった。魔術が発動しても実際には撃ち出した弾丸が敵に当たらなければ意味は無い訳で。さらに戦闘中となるなら敵に狙いを付けるだけじゃなく、自分の安全にも気を配る必要が出てくる。

 つまりだ、思考を、1.魔術式の組み立て、2.長めの詠唱、3.放った魔術の手動照準、4.自身の回避行動、この4つを並列で同時進行する必要がある。これは相当なセンスと慣れが必要だ。前まで使っていた魔法は、1.一言詠唱、2.ほぼ自動追尾の照準、3.自身の回避行動、と分類的には3つあるものの実際は詠唱と標準についてはほとんど気を配らず感覚だけで撃てたので、撃ってさっさと自身の回避行動だけ考えていれば良かった。分かり易く分類するならば、魔法はオートマチック、魔術はマニュアル操作、そんな感じ。


「これを実戦レベルまで高めるの、キッツイかもだわー……」


 リアルタイムで魔術を思考しつつの戦闘の複雑さに思わず弱音を漏らす私。地上にいる時、魔法使いのように戦闘中で即興で魔術を組み立てて使う魔術師を全く見なかった理由を今更思い知る。複雑すぎる、戦闘に集中出来ない、回避どころか足が止まる、挙句の果てに魔術式を書き込む媒体が必要となれば誰もそんな非効率的なモノは使わない。とは言うモノの、弱音を吐きっぱなしにしている訳にもいかない。現に杖は無いから魔法は撃てない、なので魔術で戦うしかない。以前フレーキに私の杖以外に杖っぽいモノが落ちていないか聞いたが、どうやら見つからないらしい。私達のパーティー以外にも他の冒険者が冒険者ギルドやあの女悪魔が外に撒いたダミー人形に騙されてこの迷宮に入ってきているハズだが、地下20階までホイホイやってこれるパーティーが居ないのか、それとも別の理由でもあるのか、さっぱり人の気配は無い。だから助けは呼べないし、協力してくれるような味方もフレーキを除けば他には全くいない。数年間ずっとこれだ。


「まあ、やるしかないわね」


 私はグッと握り拳を作りつつ、覚悟を決めてそう呟く。幸い今私が行使している古代文字の魔術は媒体を必要とせず思考するだけで魔術を行使出来る。媒体必須な地上の魔術師に比べれば幾分マシなの。だから泣き言は無し。


 そんな訳で、それから私の歩行リハビリと魔術戦闘の訓練が始まった。今まで通りフレーキに食事の世話をしてもらいつつ、彼が部屋にいる時は彼の肩を借りて歩行訓練。彼が狩りで外に出ている時は4重の水平思考での魔術行使の訓練。これの繰り返し。因みにここからまた壁に日付を刻むのを再開した。もう壁っていう媒体は必要ないからね、落書きし放題よ。

 幸い、歩行の方は1カ月も経たずに一人で歩くことが出来るようになり、彼が居なくても一人で便所に行ける程度にはなった。勿論まだ走る事は出来ない。この部屋はさほど広く無いので隠し通路を通って地下水脈へ歩くルートをひたすら往復しているのだが、満足にも足場が良いとは言えず歩くだけで転んで頭をぶつけそうになる。ここを走って転んで大怪我ってのだけは避けたい。いや、色欲の首飾りのせいで多少の大怪我はすぐに治るんだけど、あまり気分のいいモノじゃないので。それにどうせ急いでいないしね……。

 逆に魔術の水平思考訓練は難航していた。とりあえず歩きながら壁に描いた的に魔術を当てる、それを訓練しているのだが、


「ああっ、またズレた!」

「あっ?当たったけど歩いてない!?」

「うやーっ!?魔術式ぐっちゃぐちゃで魔術発動してないよぉ!」

「あんがっぐっぐっ!?えう、舌噛んだ……」


 回避行動に気を配ると照準がズレ、照準に気を配ると回避行動が疎かになり、この両方に気を配っていると思考が乱され魔術式を組み立て間違え、挙句の果てには詠唱中に舌を噛む始末。何度やってもこんな感じ。


「あー、4重の水平思考とか、本当に出来るのかな……」


 地面に座り込み天井を仰ぐ私。1か月過ぎた辺りで私はいよいよ弱気になってきた。そもそも動かない壁に付けた的相手にやってこれである。避ける敵相手に狙い付けて、自分も相手の攻撃を避けながら魔術式組み立て長い呪文詠唱?馬鹿なの?非効率的すぎるでしょう?あー、ぱっと唱えれば勝手にすっ飛んでいってくれる魔法が恋しい……。

 そんなことを思いつつも訓練を続けていたある日。


「ガウッ」

「え?フレーキと訓練?」


 私の体たらくに業を煮やしたのか、それともただのいつもの気遣いか、フレーキが俺相手に訓練したらどうだ?と言って来た。確かに一人で壁打ちするよりも訓練相手が居てくれた方が上達は早いだろう。だけれども、


 「無理無理無理よぉ。貴方自分がどれだけ強いか分かってないでしょお?貴方魔法の自動追尾すら振り切れるレベルの速さなのよ?」


 私は謙遜でもなんでもなく首を横に振る。とてもじゃないけどフレーキの速さは尋常じゃない。単純なスピードなら私の放つ魔術のアクアバレットよりも速い。弾丸より速い相手にどうやって当てろと言うのよ。


「ガウ」

「攻撃はしないから回避は考えなくていい?そりゃ助かるし、貴方に当てられるならあの女悪魔くらいなんとかなりそうだけど……」

「ガウッ!」

「って!ちょっと!?」


 私の了承を待つことも無く、フレーキは壁に向かって駆け出した。


 -ザザザザザザザザザザッ-


「あっ、当たり前みたいに壁を走らないでよっ!?」


 今部屋の中でフレーキが四方の壁を蹴って飛び回っている。いや、飛び回っているらしい。あまりにも早すぎて、青い閃光がスッと視線を横切るのが僅かに見えるだけで、振り向いた先にはもういないと言う有様。狙って当てる云々の前に今どっちに居るかもわかったものじゃない。


「ガウウッ!」

「撃てって!?これで!?」


 フレーキに急かされ、私は破れかぶれで狙いを付けて魔術を撃ってみる。


「うぅーん!そこぉー!?我は魔を司りし者フレイ、此の魔力を持って我が敵を水の弾丸にて撃ち弾け、アクアバレット!」


 -キィィィン-

 -バシュッ!-


 発射された水の弾丸は、当然のように外れて何もいない壁に当たった。


「ガウ」


 何事もなかったかのように目の前に降りてくるフレーキ。彼は大分手を抜いていたらしく、息一つ上がっていない。彼のその余裕っぷりを見て私は地団駄を踏みながら彼に訴える。


「こんなの無理よぉ!狙いを定めて、魔術式を組み立て、詠唱をして、実際に魔術が発射されるまで大体7秒!これだけあったらフレーキならこの部屋から地下水脈に行って水を汲んで戻って来れるでしょ!?水平思考の難しさを抜いても魔術行使までが長すぎるのよ!更に手動照準、身体がフレーキの動きについていけてないわ!この上実戦なら回避行動までついてくるなんて、無理無理無理無理っ!」


 とてもじゃないけれど無理難題すぎる。要求難易度の高さに泣き言を言う私。


「ヤダヤダ!もうヤダ!フレーキと一生ここで暮らす!フレーキのお嫁さんになってここで寿命で死ぬからっ!ちゃんと娶って!」


 バタリと地面に寝っ転がって駄々を捏ねつつ子供のような事を言う私。修道服を来たいい歳こいたオネエさんが駄々捏ねているのは傍目から見たらキッツイだろうなあって思いつつ、どうせ私とフレーキしかここにはいないし、フレーキなら許してくれるのでとついつい甘えてしまう。


「ガウガウッ」


 ほら、フレーキは優しいからそうやって私を甘やかして……ん?寝っ転がる私に顔を寄せて言ったフレーキの意外な言葉に私を状態を起こし聞き返す。


「え?今上げた欠点を改善してみたら、って?」

「ガウ」

「んー……?」


 確かに私はさっき地団駄を踏みつつ出来ない事を羅列して彼に訴えた。それを改善する?うーんと?私がさっき上げた魔術の欠点は……。私は指折りして私の魔術の欠点を数えだす。


「一つ、魔術行使までが長すぎる」

「ガウ」

「二つ、手動照準で身体がフレーキの動きについていけてない」

「ガウ」

「三つ、実戦の回避行動まで気が回らない」

「ガウ」

「うーん……」


 私は三本の指を立てて自分の指とフレーキの顔を交互に見て考えた。まずは一つ目の、魔術行使までが長すぎる。


「魔術式の最適化、簡素化?詠唱の短縮、もしくは、無詠唱……?」

「ガウ」


 長いなら短くすればいい、単純だが効果的だ。

 次は二つ目、手動照準で身体がフレーキの動きについていけてない。


「強化魔術での身体強化?もしくは相手への鈍足化魔術?」

「ガウ」


 狙えないなら狙えるようにすればいい、これも単純だ。

 次は三つ目、実戦の回避行動まで気が回らない。


「予め防壁魔術を張っておく?設置魔術での相手の進路妨害?」

「ガウ」


 これは動けないならいっそ守りを固めてしまえと言う案だ、並列する思考を1個減らせるので他の思考に意識を向けられる。

 一見荒唐無稽で難易度が高すぎるアイデアだが、一つ二つのハードルを越えるのは時間さえあれば出来そうではあった。そして一つのハードルを越えることが出来れば他に余裕が出来る事も。ただ全部が全部出来る訳じゃない、身体強化や防壁のような魔法は私の専門外だ。そう言うのは今着ている修道服の元の持ち主、メリッサが得意な魔法だった。

 メリッサ、そうメリッサだ。彼女の修道服が装備品としても服飾としてもとても優秀なため私は最初にフレーキ着せられてからずっと着ている。メリッサの遺品の服を勝手に借りて着ているのは彼女に対して非常に申し訳ないとは思いつつ。そんな日々を続けている内に、私の心持はこの女物の修道服に引っ張られてか変わって来ている。最初はただの暇つぶしのお遊びだった。女物の服を着ているからと、言葉遣いを女性風に変えてみたら、なんとなくしっくり来た。いや、上手く演じきれずに独自のオネエさん言葉になってしまっているけど。手足が戻った後、腰まで長く伸びた髪がを最初は後ろで紐で縛っていたのだけれど、そう言えばメリッサは三つ編みにしていたなと思い出し、彼女を真似して自分も三つ編みにしてみた。その後ふと、地下水脈で水面に映る姿を見た時、自分が自分では無くメリッサに見えたのだ。金髪と銀髪と言う大きな違いはあるのだけれど、その服飾と髪型が懐かしいあの飲兵衛の女僧侶を思い出させた。懐かしい心地よい仲間の感覚。私のお遊びはそこからエスカレートし、髪型や服、身振り手振りまでメリッサを模倣していくようになった。もしメリッサ当人に見られたらフレイさん気持ち悪いですってきっと言われると思うけど、気づけばいつの間にかこっちが素になっているんだからしょうがない。


「今なら強化魔術も防壁魔術も行け……いや、やっぱり……ううん、イケる、きっとイケる!」


 メリッサは私と違って割とポジティブなところがあった。勿論、最期はあんな有様だったけれど、それは彼女の恋人のゴードンの不意の死があったからで、あの取り乱しようは仕方がない。普段の彼女はもっと明るく楽観的だった。彼女を見習ってもっと楽観的に考えてみよう。そう、どうせ悲観したって事態は好転しない。


「フレーキ、私ちょっと頑張ってみる!」

「ガウッ!」


 それからまた、私の魔術訓練の日々が再開する。まず魔術式の最適化を行った。これは後から作り直すと他全部に影響が及ぶので必然的に最初になる。魔術の行使時に一々新しい式を作り出すのではなく、有りものの式を使いまわすこと。腕の中に魔力を通して手のひらから発射するだなんて部分は、全部使いまわしでいいのよ。また、必ずしも正確な値を要求する必要は無いので、近似値で澄ませられるところはそれで澄ませる。髪の毛1本分の座標誤差も許さないだなんて魔術式は必要に迫られた時に構築すれば良くて、普段は近似値でいいのよ、テキトーテキトー。

 私は次に詠唱の短縮、無詠唱化を検討した。詠唱を短くすれば短くするほど身体から魔力を捻り出す時間が短くなって威力は落ちるけど、咄嗟の防御や迎撃時はそれでも役に立つ。後は詠唱の圧縮、複数音声を同時発声する。発音から考えないといけないけど、どうせ暇だしやってみる。

 私はさらに身体強化の魔術を検討した。メリッサのグロウフォースを受けたら、非力な私でさえカーラのハルバードを振り回せるようになったっけ。勿論本職には全く敵わなかったけれど。アレは確か、皮膚表面の空間ベクトルを筋肉の動きを連動させて擬似的に筋力を上げていたハズ。皮膚全部は流石に無理だけど、手だけ足だけとか、目だけとか部分単位ならイケる、ハズ。鈍足化はそれの逆をする。ベクトルの向きを変えるだけ。

 私は最後に防壁魔術の検討をした。メリッサのプロテクト、あれは空中の位相を魔力で無理やりずらして特定物が侵入不可な空間を出現させるんだっけ。流石に壁空間を展開したまま持ち上げてぶん投げるんなんて高等技術のは出来ないし、メリッサほどの密度の壁を作れる訳じゃないけれど、薄くて小さくていい、一撃だけ軽減するような壁ならなんとか。相手の進路妨害ならもっと薄くていいからその壁を大量に相手の進路上に立てれば……。


 そうして試行錯誤して、さらに3か月が経った。

お読みいただきありがとうございます。

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