15.魔女の独り言_07
僕の貞操はさておき、結界が張られているこの小部屋に特になんの障害も無く入って来る彼に対して疑問に思った。彼は魔物じゃないのか?彼は何者なんだ?そう思いつつ彼を見ていると、気づいたことがある。彼の首元が1点、紫色に光っているのだ。どこかで見たような、妖しく光る紫色の輝き。
そんな紫色の光をじーっと見て何かを思い出そうとしていたら、彼は肩に下げていた大きなモノを僕の目の前にドサッとぶっきらぼうに置いた。
「なにこれ?」
「ガウ」
「肉?なんの肉?」
「ガウガーウ」
相変わらずのヒカリゴケに照らされた薄暗い小部屋の中、彼曰く何らかの肉だと言うのは分かった、が、何の肉だか分からない。ただ、何か以前どこかで見たような……?
「腕?足と?」
「ワウッ」
「頭……うわーっ!?ハイオーガ!?」
彼がよく見えるように僕の目の前に突き出した何者かの頭は、ハイオーガの頭だった。思わぬ生首の登場に悲鳴を上げる僕。そんな僕に、彼はハイオーガの首を差し出しては得意げに見せつけて来る。狩ってきた獲物を見せつけて自慢したいのはわかるけど、流石に心臓に悪いからやめてほしい。それとどうにも血抜きされているのかハイオーガの顔色が悪い。いや、死んでるから当然なんだけど。あと差し出されたハイオーガの首は耳が千切り取られていた。この千切られた耳は恐らく昨日彼が僕に見せてくれた耳、要するに、この生首の持ち主は昨日僕を散々犯して踏んづけてたハイオーガなんだろう。どうやら血抜きしてどっかに干していたハイオーガの肉塊を部屋に持って帰ってきた、と言う訳らしい。
「そっ、そんなの持ってきてどうすんのさっ!?」
「ガウガウ」
「えっ?えっ?」
吃驚してて軽い動悸がして落ち着かないままの僕は上擦った声で彼に質問する。そんな僕を前に、彼はハイオーガの首を地面に置いてから腕らしき肉塊を持ち上げて、その肉塊をギラリと光る大きな牙で齧った。齧り取ったハイオーガの肉をむしゃむしゃと咀嚼する彼。それを呆然と見てる僕の前で、彼は僕の背中を支えて身体を起こし、咀嚼したハイオーガの肉を口から取り出して……嫌な予感がした僕だったが、さりとて拒否する時間も与えられず、容赦なく僕の口にはハイオーガの肉が突っ込まれた。
「もがーっ!?」
ついさっき生首を見たばっかりのハイオーガの生肉を口に突っ込まれ、僕は何とも言えない悲鳴を上げる。彼の涎の臭いとハイオーガの生肉の臭いが口の中いっぱいに広がる。相変わらずくさい。くさ……ん?この肉なんか食い覚えがあるぞ?ちょっと生臭いけど、そう、昨日食った干し肉……。
「んぐーっっ!?」
思い出した、あの干し肉、昨日食った干し肉、ハイオーガだあれ、今喰ってるこれ。理解して思わずもう一度悲鳴を上げる僕。今口の中に突っ込まれているハイオーガの肉も大概だが、もう昨日既に食っていたのも衝撃だった。
「ワウッ」
「んぐぅっ、んぐっ、んぐぐっ」
こんなモノを喰わせてとなんとか彼に抗議したいところだったが、生憎口は彼に喰わされたハイオーガの肉で塞がっており肉を飲み込まないと抗議の声すら上げられない。手が有れば自分で口の中から肉を引っ張り出すことも出来ようが、今僕に手も足も物理的に存在しない。何が悲しくて自分を犯した相手の肉を食わなけりゃならないのか。僕は涙目で戸惑いつつもなんとかハイオーガの肉を咀嚼し飲み込んだ。
「んぐっ、うむっ、おまっ!なんてもの食べさせて……えっ、ちょっと待っ……もがーっ!?」
僕が彼に抗議したが、彼は僕の抗議を無視してまた容赦なく自分の咀嚼したハイオーガの肉を僕の口に突っ込んで来た。くさい。生臭い。
「もがーっ!?」
こんなことを何回か繰り返している内に、ハイオーガの片腕の肉を全部食わされてしまった。悔しいが、それで腹ペコだったお腹は満腹になってしまった。本当に悔しい、途中から根負けしてそこそこ食えるしお腹も脹れるなとか思って素直に食わされていたのが余計悔しい、でも食べちゃった。乾いていた喉も彼のたっぷりの涎で潤ってしまった。何が悲しくて水の代わりにワーウルフの涎で喉を潤さなきゃならんのか。
そんな悔しがる僕の前で彼は今、残りのハイオーガの肉を豪快に齧り切り食っている。美味そうに食いやがるの腹立つなコイツ、と思いつつ、彼の彼の行動に疑問を持つ。ホント、コイツは僕をどうしたいんだ?お腹減ってたしご飯を食べさせてくれたのは有難いけど、まさかのハイオーガの肉だし。と、そのまま食事を続ける彼を見ていたら、彼と目が合った。
「ガウ?」
「いや、もうお腹いっぱい」
ススッと近寄ってきて残っている肉を僕の前に差し出す彼。流石にもうお腹いっぱいで食えないのでお断りする僕だが、彼が近くに来たついでなので、疑問に思っていた事を、彼が僕を匿ってくれる訳を彼に問う。
「ねえ、僕をどうしたいの?なんで僕なの?」
「ワウ?」
僕の質問にピンとモフモフの耳を立てつつよくわからないと言った顔をして首を傾げる仕草をするワーウルフ。狼のクセに犬みたいな仕草するなコイツ……と思いつつ見ていると一瞬、彼の毛皮でモフモフな首元にチラリと銀色に光る金属のようなモノが見えた。そう言えば彼が部屋に入ってきた時に光っていた首元の紫色の光が消えている。それが気になった僕は彼に聞いてみる。
「ねえ、その首元のは……?」
「ガウウ?」
彼は自分の首の毛をかき分けて、僕に首元のモノを見せてくれた。彼の首に着いていたのは、紫色の宝石の付いた銀色の首輪だった。今僕が付けている首飾り、それについている紫色の宝石と同じ色の。
「お前、主人が居るのか?」
僕は彼が首輪を付け犬のような仕草をすることから、人に飼われていたのではないかと予想し、彼に問うた。
「ウ……」
珍しく僕の質問にまともに答えずに言いよどんで視線を落とす彼。彼はそのまま黙りこくってしまったので、なんとなく居心地が悪くなった僕は、なんとか話題を捻り出そうとクイっと首を上げて自分の首飾りを彼に見せて言った。
「ほ、ほら、この首飾りとお揃いだね、お揃いお揃い、同じ銀と紫の宝石の……ん?」
ここでふと気づく。そうだ、彼の首輪と同じ、銀色と紫の宝石の付いた首飾り、それが今僕の首に掛けられている。誰が?手足の使えない僕に誰がこれを掛けてくれた?僕はこの部屋に入るまで首飾りなんて付けていなかった。だけど、この部屋で目が覚めた跡、いつのまにか首飾りを付けていた。その間に会っていた相手は目の前のしょんぼりしている彼一人。つまるところ僕にこの首飾りを付けてくれたのは?
「クゥーン……」
目の前の彼は、しょんぼりと耳を垂れさせながら僕の首元と部屋の中央の蓋の開いた宝箱に交互に視線を送る。彼の主人は今ここに居なくて、彼の首輪と同じ意匠の首飾りを僕が付けている。首輪と首飾り、この二つを比べてみれば、銀の使われている量は首輪の方が多いモノの、紫の宝石は明らかに僕が付けている首飾りの方が一回り大きい。彼の視線と自分の首飾りを見て何となく察した僕。つまるところこの色欲の首飾りは、彼の主人の証だと言う事だ。
「もしかして僕に、ご主人様になってほしいの?」
「ガウッ」
黙ってしょんぼりしていた彼が、顔を上げて真っすぐ僕の目を見て答えた。どうやら当たりなようだ。
「んんー……」
さて僕は悩む。昨日会ったばかりのワーウルフにいきなり主人になれと言われても、はい、なりますとはそうは行かない。魔物との主従関係、生き物一人の人生を面倒見るという事。軽々しく返事していいものじゃない。それに主従関係を結ぶ上での力関係も問題だ。僕は今手足が無い。自分一人では何もできない。今の僕は世話してもらわないと生きていけない状態だ。そんな僕に従うと、僕の使い魔になると言うのか?このワーウルフは?いや、例え僕が手足が自由な万全な状態だとしても、彼ほどの強さの魔物をホイホイ使い魔に出来るとは思えない。生半可な主従関係の契約なら速攻で破られて下剋上、機嫌を損ねれば主人の方が殺される。魔物を使い魔にするなんてそんなものだ。
とここまで考えて、そう言えば昨日から割と僕の言う事は聞いてくれてたような?と思い直す。確かに彼は初めからやたら友好的ではあった。いやいやいやちょっと待って、その彼に昨晩襲われたばっかりなんですけど?……んん、でもこの色欲の首飾りのせいとは言え、僕から誘ったようなモノだし……うーん、まあ気持ちいいのしてって確かに言ったけどさぁ……。僕は昨日の正気を失った後の痴態を思い出し顔を紅潮させた。恥ずかしい、だってこの色欲の首飾りのせいとは言えまさか僕が頼んだから抱いてくれたなんて思わないじゃん。そ、そりゃ気持ちは良かったけどさあ……。
うんうん唸ったまま考えている僕を前に、ワーウルフの彼は落ち着かない様子で僕の返答を待っている。僕は気を取り直し、そんな彼と部屋の真ん中の蓋の開いた宝箱を一瞥してから、彼に質問する。
「僕を助けてくれたのは、僕に主人になってほしかったから?」
「ワウ……」
僕の質問に、彼は申し訳なさげに答える。
「瀕死の僕に、あの宝箱からこの首飾り出して、僕に付けてくれたの?」
「ワウ……」
叱られた子どもみたいな顔をして申し訳なさそうに答える彼。僕はそんな彼のしゅんとした仕草を見て、怒る訳にもいかず頭を整理する為大きく深呼吸する。
「すぅーっ……はーっ……」
よく考えろ、彼は僕の命の恩人だ。あのままハイオーガに殺されるだけだった僕を救ってくれた。恩には恩で返したい。それにどの道今の僕は一人では生きられない、彼の手伝いが必要だ。衣食住全部、彼無しでは三日と持たない。彼の誘いを断り、首飾りを外され外に放り出されたらその日のうちに魔物に襲われて僕は死ぬだろう。昨日のハイオーガのように玩具にされて散々弄ばれてから殺されるか、メリッサがされたようにマルチローパーに串刺しにされて死ぬか。どっちも嫌だ。どうせ殺されるなら、この目の前の狼に襲われて殺される方が幾分マシ。そうだ、元から僕には選択肢は無いんだ。彼の望む通り主人になって彼を使役する、これが一番だ。彼の主人として、彼に世話をしてもらいながら、この地面に掛かれた魔法陣の解読を進め、手足の呪いを解いて、迷宮を脱出する。いや、脱出してどうする?メリッサ達の魂はあの女悪魔に喰われたんだぞ?そうだ、彼の力を、あの閃光のような速さの力を借りて、女悪魔を倒す、倒してメリッサ達の仇を取る。脱出はそれからで良い。
我ながら、彼に恩を返したいと思っている割には打算的過ぎるなと反省しつつ、僕は彼に答えを言った。
「分かった、僕がお前の主人になるよ」
僕のそんな答えを聞いた途端、彼は垂れていた耳をピンと立て、目を煌かせながら立ち上がる。
「ワウウウウッ!ワオーーーンッ!」
そしてよっぽど嬉しかったのか天井に向かって高らかに遠吠えを始めた。
「そんなに喜ぶ程なこと?……って!?」
僕の返答に喜び勇む彼を見ていたとき、その彼の首元の首輪の紫の宝石がピカッっと一瞬強く光った。同時に僕の首飾りの宝石も紫色にピカッと光る。僕はまた正気を失い彼に襲われるのかと身構える。まあ手足が無いから身構えたところで何が出来る訳でも無いのだけど。
「あっ、待ってっ!あっ、ってこらっ、舐めすぎだっ、くさいってっ」
遠吠えを止めた彼がささっとしゃがみ込み僕を抱き寄せた時また襲われるのかと覚悟していたのだが、彼は長い舌でベロンベロンとただ僕の顔を舐めまわした。どうも杞憂だったらしい。さっきの首飾りの発光は、恐らくは契約完了のお知らせとかそんなところだろう。ただまあ今の僕の顔は彼の涎でべちゃべちゃです。不思議とそこまで嫌な気にはならないけど、くさいんだけど。
さて主従関係も結んだことだし、このまま彼だのお前だのワーウルフだのと呼んでいくのはめんどくさい。なので僕の顔を舐め回しっぱなしの彼に名前を聞いてみる。
「なあお前、名前は?」
僕の質問に我に返ったのか、彼は僕を倒れないよう慎重に直立させたままスッと離れて僕の質問に答える。
「ガウウク」
名前があるのはわかったが、なんて言ってるかさっぱりわからない。ワーウルフ語なんてわからない。
「何言ってるかわかんないよ、なんかこう、名前がわかるモノとか無いの?」
「ガ……ワウッ」
僕の質問に何か思いついたらしく、彼はまた首元の毛をかき分け銀色の首輪を僕に見せてくる。目を凝らして彼の見せてくれた首輪をよく見ると、何やら文字が刻まれているのに気づいた。
「なになに?……いや、古代文字だこれ。これじゃやっぱりわからな……」
古代文字なんて分からない、そう答えようとしていた僕の頭の中に、突然声が響く。
『フレーキ』
男とも女ともどちらとも聞き訳が付かない、不思議な声。だけど確かに聞こえた。意味はわからないけど、音として、フレーキと。そう、このワーウルフ、彼の名前はフレーキだと僕に告げるように。
「お前の名前、フレーキって言うのか?」
「ワウッ!ワウッ!ワオーーーンッ!」
「ああっ、もう、舐めすぎだって」
また喜び勇んで遠吠えをした後、僕に抱き着いて顔を長い舌でベロンベロンに舐め回すフレーキ。僕はもうなんかフレーキの涎の臭いにも慣れてきたし、毎回拒否るのもめんどくさいので抵抗しない。
「じゃあフレーキ、これからよろしく頼むよ」
「ワウッ!」
僕の言葉に元気よく答えるフレーキ。間近で見る彼の青い瞳はキラキラと光ってとても綺麗だ。ホントなら手でも出して握手でもしたいところなんだけど、生憎手足は無いままなので言葉だけで。
「とりあえず~、今日はどうしようかな?お腹もいっぱいになったし……ってちょっと何してんの?」
「ワウワウッ」
僕がこれからの方針をどうするか考えていると、彼がグイグイと僕のボロボロのローブを引っ張り上げて服を脱がそうとしてくる。
「えっ、あっ、こらっ、待ってっ?」
対して抵抗も出来ない僕はあっという間にすっぽんぽんにされた。また発情したんだろうか?しょうがないな、まあ少しくらいなら、いいけど……とちょっと期待しつつ顔を赤らめて拒否の言葉も上げずにいると、すぽんと上から別の服を着せられた。
「あれ?違うの?……あ、この服……っ!?」
僕がフレーキに着せられた服、それは女性用の修道服だった。魔力の込められた糸で編まれた見た目よりもずっと丈夫な僧侶ギルド特製の修道服。僕はこの修道服に見覚えがある。当然だ、この服の持ち主と僕は何年も一緒に旅をしたんだ。忘れる訳がない、見間違えるわけがない。
「フレーキッ!なんでお前がメリッサの服を持っているんだッ!?」
「ワウッ!?」
いきなり語気を荒げた僕の声に、大きな身体をびくりとさせて驚くフレーキ。だが驚いている暇が有ったら答えてほしい。メリッサは、メリッサとゴードンの遺体はマルチローパーの群れに飲み込まれてそれっきりだった。僕はその後落とし穴に落ちてカーラとも別れている。この修道服を持ってきたってことは、この部屋からメリッサ達がマルチローパーに襲われたあの階層まで登る手立てがあるのか?
「メリッサは!?この服の持ち主は!?銀髪の女性なんだ!!近くに遺体は無かったか!?ゴードンは!?デカい茶髪の男はいなかったか!?そうだ!カーラ!!カーラはどうなっていた!?彼女の姿を見なかったか!?赤毛の大柄な女だ!!僕の大切な人なんだ!!そもそもどうやって登った!?階段は!?階段は消えるんじゃなかったのか!?」
「ガウウ……ワウ……」
早口で捲し立てる僕の言葉に、困惑した表情で僕を見つめるフレーキ。わからない、そう言いたげだった。考えたくない事だが、もしフレーキがメリッサの遺体を辱めたのなら、僕はフレーキを許さない。だが目の前の彼は僕の怒りが理解できず困惑し不安そうにしている。彼のそんな仕草を見て、僕は焦る気持ちを一旦抑え、心を落ち着かせる。事情も聴かずにこちらの一方的な想像でそうと決めつけるのは良くない。
「ふーっ、ごめん、一気に聞きすぎたねフレーキ。……教えてほしい、この服はどうやって手に入れたんだい?……誰かから剥ぎ取ったのかい?」
「ガウウッ」
僕は落ち着きながらも強い意志を込めて彼に聞く。だけどフレーキは違う、と首を横に振る。僕はフレーキがメリッサの遺体を辱めた訳では無いと知って心底ほっとした。怒りの感情を抱えたまま彼の世話になる事は出来なかっただろうから。僕は質問を続ける。
「じゃあどうやってこの服を手に入れたんだい?」
「ガウ」
フレーキは部屋の外を指差した。
「外?いや、まあ外だとは思うけど……って、ちょっとフレーキ?」
フレーキは僕の身体を持ち上げて一緒に部屋を出ようとする。恐らくこの修道服を手に入れた場所に案内しようと言うのだろう。だけどマズい、今この部屋の結界の外に出てあの女悪魔に僕の所在を知られるのは非常にマズい。フレーキはS等級の冒険者でも手古摺るであろう程強い獣人だが、相手は悪魔。しかもポータル、空間転移魔法を使う神出鬼没の手練れだ。そう簡単には倒させてくれないだろう。それに僕を抱えたまま戦うのは非常に不利だ。間違いなく僕がフレーキの足を引っ張る事になる。少なくとも僕が手足の呪いを解いて、自力で動けるようになるまでは、戦えるようになるまではあの女悪魔に見つかるのはマズい。
「フレーキ!止まって!フレーキ!ストップ!」
「ガウッ?」
僕の静止の声でピタリと歩きを止めるフレーキ。あと数歩で部屋を出る、と言うところでなんとか止まってくれた。一先ず安堵する僕。今後の事も考えて、僕のこの状況をフレーキにも共有しておく必要があるだろう。言って伝わるかどうかは別として。
「フレーキ、僕はまだこの部屋から出られない。この結界から出てはいけない理由があるんだ。だから元の干し草の上に降ろしてほしい」
「ワウッ」
言ってることがフレーキに伝わったのか、とりあえず元の干し草のベッドの上に降ろして貰った。僕は彼にあの女悪魔の事を聞く。
「フレーキ、この迷宮に住む女悪魔の事は知っているかい?」
「ワウ?」
「んん?会ったことも無い?」
「ワウ」
首を傾げるフレーキ、知らないようだ。どうもフレーキはあの女悪魔とは全く面識も無いらしい。これはどういう事だろう?魔物の魂はあの女悪魔の捕食対象ではないから顔を合わせていない?と言う事だろうか?それともフレーキがあの女悪魔に取って危険すぎて姿を現さない方が良いと判断されている?それとももっと別の理由でも?どれかはわからないけれど、兎も角フレーキとあの女悪魔に繋がりは無いと知って安心した。僕はフレーキへ説明を続ける。
「この迷宮には人の魂を喰らう女悪魔が居てね、僕はそいつに命を狙われているんだ。で、この部屋に張られている結界はその女悪魔から僕を隠してくれている。どうか僕の手足が元に戻るまで僕をこの部屋から出さないで欲しい。頼めるかい?」
「ガウッ!」
任せろ、そう言いだけなフレーキの表情を見てほっとする。ホントに任せていいかはわかんないけど。
また一息ついた僕は、メリッサの、ゴードンの、カーラの、3人の所在をフレーキに聞く。
「ねえフレーキ、僕以外の人間を、さっき外に出ていた時に僕以外の人を見ていないかい?」
「ガウウ」
「そうか、見ていないか……」
静かに首を横に振るフレーキ。残念だがフレーキは僕以外の人間は見ていないと言う。つまりフレーキが嘘を付いていないのなら、メリッサの遺体は無く、メリッサの修道服だけが落ちていた、と言う事になる。メリッサの遺体はマルチローパーの群れに飲み込まれ捕食され、服だけが排出された、そんなところだろうか。メリッサは死に、魂を女悪魔に喰われ、身体もマルチローパーに喰われた。もう二度と会えない。僕は彼女の女神様のような優しい笑顔を思い出し胸を締め付けられるような思いを抱えながら、微かに震える声で他の二人の所在を聞く。
「フレーキ、銀色のプレートメイルを着た大柄の男と、黒いハーフプレートメイルを着た赤毛の女を見ていないかい?」
「ガウ……」
「そうか、見ていないか……ん?フレーキ?どこへ?」
僕の質問に答えたフレーキが立ち上がり、僕の言葉を聞き終える前に部屋の外へ出て行った。何かを思い出したような表情をしながら彼は駆けて行った。僕は脳裏に嫌な想像が浮かぶ。出来れば当たって欲しくない、そんな想像。
だが、
-ガシャン、ガランガラン-
「ガウ」
フレーキが間も無く戻ってきた。持ち主の居ない、銀色のプレートメイルと黒いハーフプレートメイルを持って、僕の前にその二つを降ろす。
「ああ……ああ……ああ……」
銀色のプレートメイルは、ゴードンはダメだろうって予想はしていた。メリッサと一緒にマルチローパーに飲まれたから。だけど、黒いハーフプレートメイルは、カーラは、知りたくなかった。心のどこかでカーラはまだ生きているって、でもそんな希望は、目の前の持ち主の居ない黒いハーフプレートメイルに打ち砕かれて、僕の心も砕いて行った。
「うああああ~~~~~~っ!カーラぁぁぁ~~っ……」
「ガウウ……クゥーン……」
僕は泣き崩れた、自分で涙を拭う事も出来ない、ただ自重に任せてうつ伏せに倒れるしか出来ない。
フレーキはそんな僕の身体を支え、頬を伝う涙をペロペロと舐めて優しく慰めてくれる。フレーキが何者なのか、彼の前の主人はどういう人物だったのか、なぜこんな古代言語の結界の上に住んでいるのか、いろいろ聞きたいことはある。だけど今はただ暖めてほしかった、もっともっと慰めてほしかった、この悲しみを消してしまいたかった。だから僕は、
-キィィィン-
色欲の首飾りの魔力を解放した。使い方なんてわからなかったハズなのに、ただ思うだけで使えてしまう。なんで使ったかなんて、自暴自棄、それしか言い様が無い。紫色に光る首飾りの魔力は、次第に僕の身体を熱く火照らせていく。僕の濁った思考を強制的に紫色の色欲が塗りつぶしていく。
「フレーキ……アハッ、きもちいいのしてえ♥」
「ガウウウッッ!!」
完全に光を失った目、死んだ魚のような目をした僕は、その割に艶を帯びた表情でフレーキを誘う。直後、唸り声を上げてメリッサの修道服を纏った僕に覆いかぶさるフレーキの大きな身体。彼の熱さを身体の奥で感じながら、僕は何もかも忘れようと自分の欲望に身を任せ、ただ悲しみの感情を打ち消そうと身体が求めるがままに叫んだ。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。