15.魔女の独り言_06
「……ん……う?」
いつの間にか仰向けに寝ていた僕は、気だるさと若干の空腹感を感じて目を覚ます。くるりと視線を動かして周りを見てみると、意識を失う前と変わらない、真ん中に蓋が開けっ放しの宝箱と壁にはヒカリゴケのある小部屋。そこの干し草のベッドの上でボロボロになったローブ一枚着せられて一人で寝かされていた。日光も差さないダンジョンの中で時間の感覚なんてわからないけど、なんとなく一晩くらいは眠っていたような気がする。僕の身体は相変わらず手足の無い状態で、昨日踏んだトラップの呪いはまだまだ続くようだ。
「あっ……?んんっ……」
身体を揺すった拍子に、お尻の違和感を感じて僕は思わず声を上げてしまった。今までの事が全部夢だったら良かったのだが、未だに無くなったままの手足とこのお尻の違和感のせいで、昨日の事は全部現実だったと言う事を思い知らされる。思わず手で顔を覆いたくなるような痴態を演じてしまった僕だが、その手すら今の僕には無い。何故か身体の汚れはほとんど無く綺麗になっていたが。
「はぁ……」
自分の汗と体液を吸って湿気を帯びた干し草の上で、天井をぼーっと見つめたまま深くため息を吐く僕。今、近くにあのワーウルフの彼はいない。昨日は彼に散々泣かされてしまった。僕を爆発させてとか悦びながら懇願していたような気がするが、我ながら気が狂っていたと思う。思い出しながらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきてやっぱり顔を覆いたくなるが、残念ながら僕には手が無いのでただ顔を紅潮させるしかなかった。
「うぅ~」
何より参ったのが僕がワーウルフの彼との行為を嫌悪感無く受け入れてしまっている事だ。正気を失っていた時ならいざ知らず、今こうやって落ち着いている今この瞬間でだ。目を瞑って昨晩の快感の残響を思い出すと、会陰の辺りが疼き、辱められたハズの僕の男の部分がまた反応し膨らんでしまう。こんなのおかしい、おかしいよ、僕は男のハズなのに……でもあんなに良いなら……もうちょっとだけなら……。この変わりようは何なんだろう?昨日ハイオーガに凌辱された時は不快感で吐き気を催し、自分の中の男のプライドをへし折られる悔しさで涙を流していたというのに。
「ん?昨日……僕は……?」
ここで僕は昨日の出来事を思い出し始め違和感に気付く。落とし穴に落ちてカーラと別れ、呪いのトラップを踏んで手足を失い、ハイオーガに凌辱された、ところは覚えている。その後何故かこの小部屋であの青と白のワーウルフの彼に介護されて、その、発情した彼に抱かれてしまったのは覚えてるんですけど。
「……えっ?僕……は……?」
ハイオーガに凌辱された後、僕は瀕死の重傷を負っていたはずだ。僕はハイオーガのイチモツによって身体が内部から切り裂かれた感触を覚えている。ハイオーガの踏みつけで僕の内臓が潰される感触を覚えている。体中が痛みと熱い感覚で満たされて、喉を昇ってきた自分の血で溺れて苦しんだ感覚を覚えている。正気を失い壊れた思考の中、死を受け入れた事を、覚えている。
「なんで、生きてる?」
今の僕に、手足が無い事とお尻の違和感以外に異常な部分は無い。いや、呪いで手足が無くなっている事は凄く異常なことだし、お尻にまだ何か入っているような感覚に不快感を持ってないのもかなりの異常事態ではあるのだけれど。で、僕の今の身体、相変わらず自由に動くことはかなわないが、とりあえずすぐに死ぬような状態ではないんだ。そうだ、ハイオーガに潰されたハズの僕の身体は治っている。
あのワーウルフが回復魔法を使った?とも考えたが、僕は気を失う直前にワーウルフによって肺の中の血を吸いだされた感触を覚えている。治癒するつもりならそんな回りくどいことをせず、その場で回復魔法を使うハズだろう。それに魔法を行使するには杖が必要だ。ワーウルフは杖を持っている様子はなかったし、昨日彼と話した限りでは彼は言葉を話せないようで、あれじゃあ魔法の詠唱すら出来ないだろう。
「じゃあ、なんで?」
現状を理解できない。回復魔法すらなく僕の身体をここまで治せるとは思えない。でも僕の身体はこの通り治っている。勿論消えている手足以外だけど。
僕はグルグルと同じ事を考えそうになる思考を抑え、冷静に消去法で自分の身体が治っている理由を考える。あのワーウルフ以外に魔法を使える誰かが居た?いや、そんな気配は無かった。昨日この部屋に居たのは僕とワーウルフの二人だけだ。じゃあ瀕死の僕が回復魔法を使った?いや、そんな訳は無い。僕は氷と水魔法の専門家で、回復魔法は専門外。何より杖が無くては魔法は行使出来ないし、瀕死の僕は気絶していたハズで、手足の無いこの身体でそれは無理。
じゃあ何だ?と考えたところで思い出したのは、僕の手足を消した呪いのトラップ。あのトラップに引っ掛かる前の僕は落とし穴から落下した衝撃で身体中骨折して、満足に歩けもせずに階段をズリ落ちていた。力尽きる寸前にトラップを発動させた僕の身体は、手足を失うのと引き換えに身体の損傷は治っていた。ワーウルフの彼はわざわざ僕を再度あのトラップに掛けたと言うのだろうか?いや、リスクが多すぎる、間違って僕ごとワーウルフも手足が無くなったらどうするつもりだったんだ?それ以前にワーウルフがあのトラップの位置を正確に知っていた&トラップの効果を知っていたかも怪しい。これも無しだよ、無し。
「とすると……」
消去法で考え得る理由を消して言った結果、僕は首を動かして自分の首元で光る紫色の宝石の付いた首飾りを見た。僕が瀕死の重傷を負ってワーウルフに連れ去られる前には無くて、この部屋で目が覚めた時には付けていたモノ。そして昨日、この首飾りを見た後、僕は頭がおかしくなって正気を失い、割と友好的だと思っていたワーウルフまで突然正気を失い僕を襲いだした。
「これだ、これ……魔術具……、いや、魔法具か?」
魔法具、魔力が込められた道具で、魔法使いでなくとも使用できる特定の魔法が込められた道具。魔術具も似た用途で用いられるが魔法具と魔術具との違いは、世界の法則に縛られる魔術では無く、魔法、つまり奇跡を起こすだけの大魔力が秘められていること。また、単一の機能しか成せない魔術具と違い、その秘められた大魔力によって複数の機能を持ち合わせていることもある。魔法具はその秘められた魔力故に希少価値が高く、滅多にお目にかかれるモノじゃない。僕も実物を見たのは片手で数える程しか無い。
で、この紫の宝石の首飾りが、装備した僕の身体の傷を治した、そう考えるのが一番納得が行く。そう言えば僕は昨日ワーウルフに抱かれている最中首筋を執拗にガブガブ噛まれていたのだが、既に首に痛みは無くどうも傷は既に癒えているようだった。散々噛まれながら悦んでた僕も本当にどうかしていたと思うんだけど……うん、ともあれ、この首飾りが秘めた魔力が原因な可能性が高まった。
僕はこの首飾りに対する認識を整理する。この首飾りに秘められた魔力は、装備したモノの再生力を増して傷を癒し、ついでに装備者とその周りのモノを欲情させ……ついでじゃないな、多分こっちメインだ。昨晩から僕の思考を乱しては堕落させているのが良い証拠だろう。そうじゃないと僕がワーウルフに襲われて悦ぶ変態になってしまう。そうだ、僕の思考はこの首飾りのせいで乱れてるんだ、決して最初からこっちの趣味があった訳じゃない。そうだそうだ、僕が今、昨晩は気持ちよかったとか、もっとあのワーウルフに襲われたいとかナチュラルに考えてるのはこの首飾りのせい。僕は悪くない。
そんな僕の首もとでゆらゆらりと妖しく紫色に光る首飾り。これに名前を付けるなら、"色欲の首飾り"とかが妥当かも。秘められている機能は他にもありそうだけど、今わかっているのはこの二つ。
「ついでに手足の呪いも解いてくれればよかったのに……はぁ……」
だが生憎、この色欲の首飾りには呪いを解く機能は無かったらしい。首飾りのおかげで傷は治っているが手足は呪いで消えたままだ。僕は思わずため息を吐く。手足が無くて不自由なのは変わらない。一晩寝ても手足が消えたままなのを考えると、この呪いは時限性で解かれるタイプの呪いではない可能性がある。永続性の呪い、そうとなるとどうにかして呪いを解く方法を考えなければならない。が、今の僕は手足は無いから魔法が使えず、杖もあの女悪魔によって天井の落ちてくる小部屋に吹き飛ばされて無くしたままだ。
「ん?……そうだ、女悪魔、アイツなんで僕にトドメを刺しに来ない?」
ふと思い出す。僕の杖を吹き飛ばし、マルチローパーの群れを呼び出してカーラを襲わせたあの女悪魔。この迷宮に入った人の魂を捕食して殺し、迷宮の外にダミー人形をばら撒いて冒険者をおびき寄せると言っていたあの女悪魔。魔法も使えず手足の不自由な今の僕なら容易に殺しに来れるだろうに、何故かあの女悪魔はまだ現れていない。こんな有様になっている僕なら、わざわざ手を下さずとも勝手に死ぬとだろうと思って手出してきていないのだろうか?確かにハイオーガに襲われて死ぬところだったけど、今僕はまだ生きているワケで。居場所を把握しているなら、ポータルで僕の目の前に現れて首でも切って殺せばいいだろうに。イマイチ腑に落ちない。
「……もしかして、僕の居場所を特定できてないのか?とすると、この部屋……」
僕は思いついたまま考えを確かめるため、寝ころんだまま首を動かして今いる部屋の地面をヒカリゴケの光を頼りに目を凝らす。ヒカリゴケ一つ一つの光量は1本の松明よりもずっと暗いが、壁中びっしりと生えたヒカリゴケは暗闇の迷宮を照らすには十分だった。そんなワケで見渡した部屋の真ん中には蓋の開いた宝箱、僕の足元ともう一つワーウルフが寝ていたところには干し草のベッド、そして薄っすらとだが、石造りの地面に白い線で引かれた紋様が見えた。そうアレだ、僕が確かめたかったモノは。
「魔法陣、結界だ。この部屋、結界が張られてる」
小部屋の中心、蓋の開いた宝箱を中心にして白い線で魔法陣が描かれていた。恐らくは、この魔法陣が張っている結界が結果的に僕をあの女悪魔から守るコトになっている、と見る。居場所がバレないよう見えない様にしているだけか、そもそも侵入できないような結界になっているか、どっちかはわからないけど。そう言えばあのワーウルフ以外にこの部屋に魔物が居た気配もない。外から入ってくる様子も無い。魔物が外から入って来れるなら、僕が今こうして思案している最中に入って来て抵抗できない僕を襲ってくるだろうけど、実際には来ていない。となるとこの魔法陣、やっぱり侵入を防ぐなんらかの結界が張られていると見る。
「安全地帯、でいいのかな?ここは」
今いる場所が守られている場所だと判断した僕は少し安堵する。女悪魔も魔物も入ってこれない、傷も首飾りのおかげですぐに治る、ちょっと性癖が拗れたけど死ぬよりかは幾分マシ、すぐ死ぬ危険は無い。
しかしあの女悪魔すら欺くこの結界、相当熟練の魔術師が描いたと見る。僕も杖さえあれば自分一人を守る結界くらいは使えなくも無いが、部屋まるまる一つ、それも悪魔相手に気配を悟らせないレベルとなるとそうそう真似できない。
さてそれはそれとして、今すぐに死ぬ危険は無いとしたけれど、
-ぐぅ~-
「……お腹減った」
昨日、ワーウルフに彼の涎だらけの干し肉をご馳走になってから一晩経ち、起きてからまだ何も食べていない。困ったことに手足が無くても生きているだけでお腹は減るようで、僕のお腹はそんな腹ペコ具合を音で知らせてきたのだった。
「はぁ……皆……」
僕は腹ペコのまま、天井を見つめてまた仲間の事を思い出し深いため息を吐く。一旦命は助かったモノの、動けない僕はこのまま放って置かれれば餓死まっしぐら。仲間の仇も打てずに腹ペコで餓死してしまうなど彼らに申し訳が立たない。やっぱり僕は無力だった。杖が無ければ、魔法が使えなければ何もできないただの凡人。魔法ギルドに才能を見出されて魔法使いとなり、A等級の冒険者だなんて得意げになっていたけれど、所詮はその程度。取るに足らないただの人間。
何も出来ない、そう思ってもう一度地面の魔法陣を見た。魔法陣にはよくわからないが、文字のようなものが刻まれている。見た事の無い文字だ。少なくとも地上で見かけた事は一度も無い。古代語だろうか?
魔法使いの僕は杖を媒体として魔法を発動させるが、この魔法陣は地面とそこに描かれた模様と古代文字を媒体にして魔法を発動させているようだ。杖が無くても模様と文字、この二つの法則性を解読出来れば、魔法……とまでは行かなくとも、擬似的な魔法、つまり魔術だけれども、それを行使出来るかもしれない。そうすれば、呪いを解いて手足を復活させるくらいはいけるんじゃないか?
「古代魔法陣の逆行魔術学……か」
魔法使いとしての僕は魔術式を組み立てて魔術具を作ったりするタイプじゃなかった。魔法ギルドで魔術を学ぶ機会もあったが、本腰を入れていなかった。それもそのハズ、魔法使いは魔法が使えれば魔術なんかに頼ることなんて無いからだ。魔術は魔法の才が無いモノ、他の職にすら付けない魔法使い崩れ、持たざるモノが縋り付く弱者の技術。傲慢と想われるかもしれないが魔法使いから見た魔術なんてどこもこんなモノだ。そんな傲慢な僕が弱者の技術と見下した魔術に今更縋り付こうとしているのだから滑稽な話である。
「ははっ」
そんな滑稽な自分が可笑しくて思わず乾いた笑いが漏れた。とは言えただ笑っていても自体は好転しない。僕は記憶の片隅から大して聞いていなかった魔術式の講義の内容を思い出そうとするが、そう都合よく思い出せたりはするなら苦労しない訳で。今更ながらキチンと習っておかなかったのを後悔している。だがしかし、今はこれしかないんだ。見下してようが無様だろうがこれしかない。たった今、必要な時に役に立たない魔法使いのプライドなんて、今更だ、ドブに捨ててしまえ。
「やる、時間は掛かるけど、やるさ」
僕は藁をも掴む思いで自分に言い聞かせ魔法陣を見る。地面に描かれているのは現代の魔術語ですらない古代の魔術語。意味も文法もまるで分らない。だけど今使えそうなのはこれしかない、この魔法陣を解読するしかない。
やってやる、僕はそう意気込み身体を起こそうと、したんだけど。
「ふっぐっ……ダメだ」
情けないことに、筋力不足の僕は身体の反動だけでは起き上がれない。手足が無いなら猶更。さらにそこに人として生きている以上避けられない追い打ちが入る。
-ぐぅ~-
「……お腹減った」
またお腹が鳴った。解読云々の前にこのまま餓死する方が先かもしれない。笑えないが。折角朧気ながら光明が見えたと言うのにこの体たらく。あの世で皆に会ったらどう言い訳したものか。
「いや、魂を喰われたらあの世で会う事も出来ない、か」
輪廻転生、人が死に、また何者かの命として生まれ変わる、僕らの世界で信じられている命と魂の循環。悪魔に魂を喰われたモノは、この輪廻から外されてあの世に行けず、生まれ変わる道、転生する道を閉ざされると聞く。要するに僕がこのまま死んでもあの世で皆に会う事は出来ない。皆の魂は揃ってあの女悪魔の腹の中。ギャハハハハハハと下品に笑う女悪魔の声と顔を思い出す。ムカつく顔だ、皆を殺したアイツの下品な顔。あの顔を思い出したら、なんか腹が立ってきた。お腹は減ったままだけど。
「ぬがぁぁぁっ!!」
怒りに任せて無理やり身体を横回転させてゴロンゴロンと地面を転げまわる僕。傍から見ればやたら活きの良い芋虫かダンゴ虫みたいな情けないことこの上ない移動の仕方だが、今の僕にはこれが精いっぱい。それでも何回転か転げまわったところ、なんとか干し草の敷かれていない地面、魔法陣の見える地面の上に到着した。
「読むぞぉ~!読んでやるぞぉ~!」
やる気十分な声を上げ、大して鍛えてない背筋で海老ゾリしつつ、魔法陣の模様か文字かもよくわからない線の上で僕は魔法陣の解読に入ったのだった。
がしかし、
-ぐぅ~-
「……お腹減った」
ここは太陽なんて見える訳も無い、薄暗いヒカリゴケの光に照らされた迷宮地下深くの小部屋。当然、時間の感覚なんてあやふやな訳だけれども、それでも体感で1時間くらいは集中して魔法陣の解読を頑張ったと思う。頑張ったんだけど、お腹の鳴る音でまた自分が空腹な事を思い出し、うつ伏せのままぺたんと地面に突っ伏した。古代魔法陣の解読なんて一日二日で終わるようなものではなく、月どころか年単位掛かるのが普通だ。解読か餓死かどっちが先かと聞かれれば間違いなく餓死が先だと答える。元々無謀な挑戦だが、せめて動ける内に1小節でも魔法陣の解読が出来れば、手足、いや手の1本でも元に戻せればいいんだけれど。
「お腹減ったぁ~」
地面に突っ伏したまま力なく言う僕。気づけば口もカラカラに乾いている。よく考えたらそもそも餓死以前に起きてから水も全く飲んでいない。このままじゃ餓死する前に脱水症で死んでしまうんじゃないか?この部屋の隠し通路の奥に地下水脈があるのは知っているけど、今の僕の身体じゃ自分一人で水すら飲みに行けない。昨日はワーウルフの彼の手を借りて水を飲んだのだけれど。
「うん?そうだ、ワーウルフ。アイツ帰ってこないけど、どうしたんだろう?」
ふとワーウルフの彼の所在が気になった。僕が目を覚ましてから彼是数時間。目を覚ます前からこの部屋に居なかったワーウルフ。この部屋は彼の巣のハズだから戻って来るとは思うけど、ちょっと心配になってきた。なんで昨日会ったばかりで昨晩中ミッチリ襲われたワーウルフの心配をしているのか?そりゃあこのまま放っておかれたら僕の命に関わるからだ。
「外で他の魔物にやられて……それは無いな」
僕はあの青と白のワーウルフの強さを覚えている。正気を失った僕がハイオーガに踏みつけられている前で、一瞬でハイオーガを屠って見せたあの閃光のような動き。とてもじゃないが尋常な強さではない。僕とカーラ達はA等級の冒険者パーティーだった訳だけど、万全の状態であのワーウルフに遭遇し戦闘になったとしても……カーラもゴードンも強力な戦士だけど、あのスピードは速すぎて捉えられないだろう。そして前衛の二人が反応する暇も無く、後衛の僕とメリッサがあの爪と牙で切り裂かれてズバッと……そこからパーティーは総崩れで……うん、容易に予想出来る。彼を倒したかったらS等級、英雄クラスの冒険者を呼んで来い、そんな異常な強さのワーウルフ。
そんな彼がなんで僕を助けて挙句に世話までしてくれたのか。ただの気まぐれか?若しくは、肥やしてから喰うタイプか?
と、ここでまたお尻の違和感を思い出した。こうやって忘れた頃にうずうず疼いきてまた変な気分になるの困る。さて僕のお尻の具合も含め、ワーウルフの昨晩の僕への処遇を省みればこんな考えが浮かんで来る。
「あー、アイツ、やっぱり僕をつがいにしようとしてるのかなぁ……。ははは、ちゃんと男だって主張したんだけどなぁ……。そう言うのって気にしない方なのかなぁ……」
彼が戻ってきた途端また激しい求愛行動をされるんじゃないかと思い苦笑いする僕。普通なら焦るなり恐怖するなりするモノだけど、少々困惑しつつも満更でもない風に考えている僕はやっぱりおかしい。悪いのは僕じゃない、首飾りのせい、そうだ、この首元の色欲の首飾りのせい。
そんな時、部屋の外に何者かの気配がした。咄嗟に身体を揺り動かし、体勢を仰向けにして部屋の入り口を見る。手足が無くて何の抵抗も出来ないとは言え、見えないまま殺されるのは怖くて嫌だからね。
「だ、誰だっ!?」
僕は精いっぱいの虚勢を張って部屋の中に入って来る何者かに向けて声を張り上げた。が、相手の対応は穏やかなものだった。
「ガウ」
「お、お前かぁ~」
僕はワーウルフの彼の呑気な返事に胸をなでおろす。彼は何か大きなモノを片手で肩に下げたまま部屋に戻ってきた。結界が張られているとは言え、彼以外の魔物や、あの女悪魔が現れたらどうしようと思っていたところだ。現れたのがワーウルフの彼で良かった。いや、相手がワーウルフでも僕の貞操の危機はまるで去っていないんだけども。
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