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流着のオードゥスルス ~アラサー悪魔化ねーちゃんの異世界奮闘記~  作者: 逗田 道夢
第2.5章 「魔女の昔話」
65/105

15.魔女の独り言_05

 暗い暗い、何も見えない、真っ暗闇。ここが死の世界か?そうぼんやりと思っていた矢先、僕の手足が、寝ている場合か起きろと叫び出す。


「あ゛ぐっっっ!?あ゛あ゛あ゛っっっ!?」


 右足と右腕に激痛が走る。


「はーっ、はーっ、はーっ……」


 僕はなんとか息を整え、自分の右側を確認してみた。折れている、手も腕も、分かり易いほどにポッキリと。あり得ない角度に曲がっている。


「うっぐっっ!いっぎぎぎっっっ!!はーっ、はーっ……」


 動かさなくても定期的に襲い来る痛みに、思考が乱される。息を整えるのに精いっぱいだ。

 朦朧とする意識の中、さらに右目が見えなくなっている事に気付いた。なんで?なんでこんなことになってるんだ?僕は何をしたんだ?どうして?どうしてこんな?ごちゃ混ぜになる思考の中、意識を失う前に見た光景を思い出した。大切な人の、苦笑い。


「カーラ……カーラっ!?うっぐあ゛あ゛っっ!?」


 カーラの名前を叫んだ途端、再び右腕右足の激痛が僕を襲う。またもや思考がぐちゃぐちゃになる。だけどカーラの苦笑い、あの表情だけは目に焼き付いて、消えなかった。


「うぐっ……ううぅぅ……あああああ……っ」


 両目から涙がボロボロ流れる。痛みと悲しみと悔しさとがごちゃ混ぜになった涙だ。別れ際に僕の事を好きだと言ってくれた幼馴染。必死に僕の事を救おうと自分の身体を危険に晒してまで手を差し伸べてくれた幼馴染。僕は何も出来なかった。目の前で、彼女が弄られて行くのを見る事しか……いや、それすらも成し遂げられなかった。僕は彼女の最期すら見れていない。

 そんな僕が、なんでまだ生きている?最低のへなちょこ野郎の根性無しな僕は、なんでまだ生きている?

 そうだ、僕は落とし穴に落ちた。どの程度の高さを落ちたのかは分からない。だけど右半身が再起不能にはなる程度のケガを負っているところを鑑みるに、1階や2階下ったくらいじゃあ済まなさそうだ。だけど完全に助からない程の絶望的な高さを落ちた訳でも無い。現にこうやって生き恥を晒している。


「はーっ、はーっ、はーっ」


 息が苦しい。いくら呼吸をしても楽にならない。視界が赤い。右目だけじゃなく、左目も見えなくなってきているのか?それもそうか、これだけのケガを負っているんだ。もうこのまま放っておけば、僕は死ぬんだろう。カーラが自分の命を捨ててまで救おうとしてくれた、僕の命は終わる。

 ……本当にそれでいい?じゃあカーラは何のために?僕を放ってあの落とし穴を飛び越えれば、彼女一人で逃げる事だって出来たハズだろう?でもカーラは僕の為にあそこに残って、そして……。


「うっぐううううううっっ!!!」


 このまま終わっていいはずがない。あのカーラを無駄死ににさせる?ふざけるなよフレイ・アルミティ!?いつまで呑気に寝ているつもりだ。右腕が折れようが、右足が折れようが、まだ左腕も左足もあるじゃないか。視界は滲んでいても、左目だってまだ見える。進め、進むんだ。這ってでも、進め。


「ぐっ、ここは……」


 僕は赤く滲む視界のまま周りを観察してみる。真っ暗だと思っていたが、どうも薄っすらと光がある。壁が緑色に光っている。ヒカリゴケだろうか?だがおかげで周りの状況が把握できた。

 今僕は階段、土だか石だかどっちで出来てるか分からない階段に仰向けで転がっている。この階段は緩いカーブを描いており、時計回りで下るようになっている。上を見上げてみるも、上にはヒカリゴケは無く、真っ暗で見えない。下には壁にヒカリゴケがポツポツと生えており、辛うじて視界が確保できた。

 上と下、どっちに行く?決まっている。


「カーラ……」


 目に焼き付いているカーラの最期の顔を思い浮かべ、上に向かう事を決意する。僕が向かったところでもう間に合わない。彼女の魂は、あの女悪魔、アイツにもう喰われているだろう。だけど、カーラはあの時僕ともう離れたくないと言った。せめて彼女の願いくらいは。僕がただカッコつけたいだけなのかもしれないけれど、今僕が力を出せそうなのは、カーラに関することだけだった。だから僕は辛うじて動く左腕を伸ばして階段の段差を登ろうとする。が、だ、


 -ズルッ-


「うっ?あっ!?」


 左腕にもほとんど力が入らなかった。故に段差を掴み損ね、階段を昇るどころか、階段を転げ落ちることになる。


 -ゴンッゴトンッドンッ-


「うぎっ!?あがあっっ!?ぎゃあああっっ!!??」


 回転して落ちる自分の身体、それに折れた右腕と右足が巻き込まれ、押しつぶされて、更に変な方向に曲がる。その度に失神してしまいそうなほどの激痛が僕を襲う。


 -ズルズルズル-


 時計回りで外側より急な勾配になっている階段の内側の段差、そんなところに居るものだから、満足に力の入らない左手と左足で踏ん張ろうにもなかなか止まらない。気づけば、僕は完全に階段を降り切ってしまっていた。


「はーっ、はーっ、はーっ……」


 死ぬ気で奮起しても、カーラの近くに行く事すら叶わない。僕はこんなにも情けなかったのか。こんなにも弱かったのか。


「カーラ……ごめん……カー……ラ……」


 薄れていく意識の中、最後に仰向けに転がり遥か上の階層のカーラに向けて左手を伸ばして……そしてもう腕を上げる力すら無くなり、ぼとりと腕を地面に落とした時だった。


 -ガコンッ-


 何かの音がした。


 -ザシュゥッ-


「なんだ今の?」


 急に身体が軽くなった。意識もハッキリとしてきている。視界も明瞭になってきた。


「えっ?治っ……た?」


 不思議な事に、僕のケガが完治している。なんだろう、メリッサの蘇生魔法を受けた時みたいな……いやそれよりももっと身体が軽い。手も足も重量を感じない、まるで羽が生えているようだ。


「治った?治ったぞ!?なんで?なんで?」


 僕は頭を動かし元気に左右に振ってみる。スムーズに動く。頭を振った反動で右半身が激痛で悲鳴を上げるようなことも無い。手も足も動く。前よりもずっと軽い。

 ここまで来ておいて不思議な事に、起き上がろうと手を伸ばしても上手く起き上がれない。


「あれっ?おかしいな?」


 しょうがないので、手足の反動で起き上がってみようとする。


「せーの、ふんっ!……あれ?ふんっ!……ええ?」


 おかしい、絶対におかしい。起き上がれないどころか、手足を動かしても反動で身体が浮き上がることすらない。


「なんなん……だ……え……?」


 そして僕は気付いた。無いんだ、()()()が。ほかの誰でもない、僕の手足が、無い。


「えっ?えっ?腕……?足は……?えっ?」


 背筋を冷たい物が走る。想像したくない事態を想像する。だが視界に入る僕の腕。すっかり小汚くなったローブの下で、


「……僕の、腕が……腕があああああ!?」


 肩から先、すっかり無くなってしまった僕の両腕が。


「あああっ?足っ!足っ!?足も!?僕の足いいいいいいっ!?」


 股関節から先、綺麗さっぱり無くなってしまった僕の両足が。


「ひああっ!?ひぃっ!?なんでっ!?どうしてっっ!?」


 四肢切断、そんなモノですらない。斬られたような傷口の跡すらない。まるで最初から手も足も存在しなかった、そんな状態になっていた。

 驚き混乱しバタバタと暴れる僕。だが暴れようにも手足が無いのだ。その場で虚しく肩を動かし腰を動かし……それだけだ。それ以上何もできない。


「はーっ!はーっ!はーっ!」


 突然置かれた状況に極度の不安とパニックで呼吸が荒くなっている。自分で自分の呼吸をコントロール出来ない。


「はーっ!はーっ!はーっ!」


 息が苦しい。次第に頭が真っ暗になっていく。僕はそこで意識を失った。


「……」


「……」


「……」


「……う?」


 ふと、身体に不自然な浮遊感を感じ意識が戻る。背中と腹を揉まれてる?臀部の仙骨辺りに何か暖かいものが当たっている?そんな感覚で目を開けた。


「……えっ?何?……えっ?ハイオーガ?」


 目の前に巨躯の亜人の顔があった。僕の身体を、人食い鬼、ハイオーガが片手で持ち上げていた。


「グガアア……」

「えっ?嘘でしょ?待ってっ!待てって!僕に何するつもりだっ!おいっ!」


 僕の仙骨辺りに当たっているハイオーガの暖かいものが、ぬるりと角度を変え、臀裂辺りをなぞって行く。


「やめっ!やめろっ!やめろっ!やめろっ!やめっ!そんなのっはいらっ!?」


 -メリィッ-


「痛い痛い痛い痛い痛いっっ!?」


 -ミチミチミチッ-


「ぎゃあああっっ!?いだいっ!?いだいっいだいっいだいっ!?いだっ!?」


 -ズボンッ-


「っがあああああ~~~っっっ!?」


 ハイオーガから与えられる体内の激痛と苦しみと熱さに藻掻く。だが手足の無い僕の抵抗など何の意味も無く、僕はただハイオーガにされるがまま、泣き叫ぶしか出来なかった。なんで僕はこんな目に合っているんだろう。僕が何か悪い事でも……したな。ゴードンをメリッサを、そしてカーラをこの迷宮に連れ込み、死なせてしまった。3人とも悲惨な死に方だった。僕だけ生き残ろうとか、綺麗に死のうだなんて虫の良い話だ。カーラの為なら頑張れるなんて、そんなの僕が意地汚く生きるための理由でしかない。これは罰なんだ、皆をみすみす死なせてしまった僕への、罰。罰なら僕は甘んじて受けなければならない。例え相手が魔物でも、僕は受け入れなければならない。僕は罰せられなければならない。

 僕は悲鳴を上げるのを止めた、抵抗するのも止めた。これは僕が受け入れなければならない罰。だったら受け入れよう。例え圧迫感でお腹が張り裂けそうになっていても、不快感で吐き気を催していようと、全部、受け入れて。


「あ゛っ、あ゛っ……あ゛っあ゛っあ゛っ……」


 ただ、どうしても涙だけは止まらなかった。


「あ゛っあ゛っあ゛っ……あ゛っあ゛っ……」


 最後に残った僕の男としてのちっぽけなプライドが、悲鳴を上げていた。


「あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っあ゛っ……」


 罰を受けているハズの僕の身体が、反応してしまっていた。それが恥ずかしさと悔しさに変わって、情けない声を上げながら、涙を止めどなく流していた。


「……」


「……」


「……」


 -ぼとっ-


「……あぐっ」


 どれくらいの時間が経っただろうか?もう下半身の感覚などとうに無くなっていた。そんな頃、ハイオーガは満足したのか全身分泌液だらけの僕を雑に手放し、地面に投げ捨てた。そしてハイオーガは、僕の無様に膨らんだ腹目掛け、


 -ドンッ-


 足を踏み下ろした。


「うぎゅっっ!?」


 -ぐっちゅるるるびゅぶぶぶぶっっ-


 潰れたカエルみたいな無様な声を上げる僕。僕の身体から噴出するハイオーガの分泌液。ハイオーガは楽しそうにニヤニヤ笑っている。ハイオーガはもう一度足を持ち上げ、


 -ドンッ-


 また僕の腹目掛けて足を踏み下ろした。


「ひぎゅっっ!!」


 -ぶびゅっぶぶびゅびゅっっ-


 また潰れたカエルみたいな無様な声を上げる僕。ハイオーガは僕の声と飛び出る分泌液の様子が凄く楽しいらしい。それから何度も僕の腹を踏みつけては止め、踏みつけては止めを繰り返した。

 いい加減出る物も出なくなってきた辺りで、ハイオーガは飽きたのか僕を踏みつけるのを止めた。


「はーっ♥はーっ♥……あはっ♥」


 男のプライドは粉々に砕かれ、涙も完全に枯れた僕は、もうとうの昔に壊れていた。僕はハイオーガ相手に媚びるような声と視線を向け、ニタニタ笑いながら次は何をされるんだろうと期待していた。

 だがハイオーガにとっては僕のその態度は面白くなかったらしい。ハイオーガは巨大な金棒を手に取り、僕目掛けてゆっくりと金棒を振り上げる。


「ああっ♥僕殺されちゃう♥ころしてっ♥ころしてっ♥その金棒で僕をぐちゃぐちゃにしてっ♥」


 自分でもう何を言ってるのか理解していない。金棒で身体を摺り潰される事をなんか気持ちよくしてくれる程度の事としか受け取れていない。頭の壊れた僕は、いたいのももくるしいのもぜんぶきもちいいことだっておもってる。だってぼくはいたくてくるしいのにいっぱいきもちよくなったから。ぜんぶおなじなんだ、ぜんぶきもちのいいことなんだ、ぜんぶぼくのすきなことなんだ。だからぼくははいおーがさんにころして♥ってたのんだんだ。はいおーがさんはいっぱいすきなことしてくれるから♥きっところしてもらうのもきもちよくてすきなことだから♥


 僕のそんな態度が最高に気に入らなかったハイオーガは、一つも躊躇せずに地面の僕に向かって金棒を振り下ろした。


 -ブォンッ-

 -ヒュゥゥンンッ-

 -ゴーン-


「グガッ?」

「ふぇ?」


 一瞬だった。ほんの一瞬。薄暗い迷宮の中を、僕の目の前を一瞬、青い影が横切った。その一瞬で、ハイオーガの両腕が千切れて吹き飛び、持ったままの金棒ごと反対側の部屋の壁まで吹き飛ばし、壁にぶつかって大きな音を上げた。


 -ブシュウゥゥッ!-


「ガアアアアッッ!?」


 ハイオーガが両腕から血飛沫を上げて混乱している。何が起きたのか分かっていない。勿論壊れっぱなしの僕にも分かる訳がない。


「あはっ♥あったかーい♥僕これも好き~♥」


 僕は生暖かいハイオーガの血飛沫を全身で浴びて喜んでいる。誰がどうしてどうなってんのかなんて頭には無い。


「グガアアアアッ!!」


 両腕を失ったハイオーガが、横切った青い影が過ぎ去った方を向いてブチ切れている。

 そこには、青と白の体毛に、鋭く長い爪と尖った牙を持つ、人狼、ワーウルフが立っていた。


「あー♥おおかみさんだー♥」


 ワーウルフは、彼の姿を見て無邪気に笑う僕を一瞥した後、ワーウルフに復讐せんと向かっていったハイオーガに目を向け、


 -ヒュゥゥンンッ-


 また一瞬、ハイオーガの周りを囲むように、5本ほど、青い影のようなものが横切った。


 -バシュゥゥゥッ!-

 -ドサドサドサッ-


 ほんの一息ついた後、ハイオーガの胴体から首と両手足は別れ、千切れ飛んで行った。ハイオーガの亡骸から噴き出す血飛沫。


「おおかみさんすごーい♥」


 僕は無くなった両手で拍手をするマネをする。勿論腕も足も無いので拍手なんて出来ないのだが。

 ワーウルフはそんな僕の前に来て、身動き出来ない僕を見下ろす。


「今度はおおかみさんが僕をころしてくれるのー?いいよー♥ころしてっ♥ころしてっ♥」


 頭のおかしい僕は今度はワーウルフに殺してほしいとねだる。ワーウルフはそんな僕をじーっと見つめたまま、何を考えているのか動かない。

 そうこうしているうちに僕の身体に異変が起きた。


「ころしてっ♥ころしっうおぇえげぼぉっ!?」


 仰向けのまま僕は吐血した。ハイオーガに沢山腹を踏んづけられて内臓が完全に破裂していた。昇ってきた大量の血が、僕の気道を、肺を塞ぐ。


「お゛ぼっ?え゛お゛ぼっっっ?……お゛ぶっ♥がぼっ♥お゛ぼぼぼぼっっ♥」


 窒息死一直線の僕は、この期に及んで窒息状態の苦しみすら快感に変換し喜んでいた。脳に酸素が行っていない。内臓破裂しているため放っておいても死ぬが、このまま仰向けで置いておかれるなら先に窒息死するだろう。

 そんな死ぬ寸前の僕を見ていたワーウルフは、突然僕の身体をむんずと片手で掴んで持ち上げ、横向きに吊るす。


「えぼぼぼぼっ♥」


 強制的に横向きされた僕の身体からは、気道に溜まっていた血が自然と流れ出る。だが僕の血は肺までも完全に満たしていた。ワーウルフはそれを知ってるのか、まだ血を吐いている僕の口に自分の牙だらけの口を近づけてそのまま加え込んだ。そして一気に息を吸い込み、僕の肺の中の血を吸いだしていく。


「おぼっ♥ぼぼぼっ♥♥♥うぉえぇぇぇ♥」


 -ペッ-

 -ビシャビシャビシャッ-


 ワーウルフは地面に吸い込んだ僕の血を吐き捨てる。


「はーっ♥はーっ♥はーっ♥」


 僕は辛うじて自力で呼吸できるまでに回復した。だが死は見えている。僕は出血多量で最早死ぬのは秒読み段階だった。頭はおかしくなったままなのでさっきからずっとワーウルフの所業に喜んでいるが、それも次第に力が無くなって行く。


「はっ♥はっ♥はっ♥はっ♥」


 ついに深い呼吸が出来なくなり、浅い呼吸を繰り返すようになった。もう僕は死ぬだろう。このまま何もなければ、カーラ達と会える。ああでも悪魔に食べられちゃうんだっけ?でもそれもきっときもちいいよね♥

 そう思っていた矢先、ワーウルフは僕の身体を掴んだまま走り出した。一瞬、強い重力加速度が僕を襲う。ただそれだけで僕は僕の意識を手放した。


「……」


「……」


「……」


「……ぅ……うん?」


 僕は目を覚ます。この迷宮に入っていったい何度目の失神だろう?数えてないからわからないけど。


「ここは……?」


 僕は周りを見渡してみた。小部屋だ、正面に1本だけ通路がある。という事はここは袋小路の部屋?あとなんだろう、干し草の~ベッドかな?そんなのが僕の下に敷いてある。意外とふわふわで気持ちがいい。と言っても相変わらず僕の手足は無いままで、自分で動けはしないんだけれど。ただ、なんだろう、なんでか視点が高いと言うか、あー、干し草のベッドの上に寝っ転がっているんじゃなくて、"座っている"のか。でもなんで?誰がそんなことを?

 僕は首を動かして周りを見る。ん?あれば宝箱?蓋が空いてるけど……?部屋の隅っこに蓋の開いた宝箱が置いてあった。古い……やけに年代物の宝箱だ。この部屋に僕より先に誰か来てたんだろうか?他には……


 -ぐらっ-


「あっ!」


 手足の無い状態で座っていた僕は、あちこち見るのに夢中でついバランスを崩し倒れそうになってしまう。地面が眼前に迫り、反射的に目を瞑った僕だったが、地面に倒れることは無かった。


「えっ?」


 僕を支えたのは、青と白の体毛に青い瞳の、ワーウルフだった。


「なっ!?ひぃっ!?……え?な、なんで……?」


 突如見知らぬワーウルフに身体を掴まれた僕は、またハイオーガのように乱暴されるのだと怯えた。だがワーウルフは僕を座らせた後、僕から少し離れたところに下がって胡坐をかいて座り、そのままじーっと僕を見つめている。


「な、なんなんだ?お前……?」


 ワーウルフはただ僕をじーっと見ているだけで特に何もしてこない。僕を殺す気ならいつでも出来るから玩具にして遊んでみようって腹なんだろうか?まあ僕はこの通り手も足も無くてどうせ逃げられないし、どう嫌がったって何も抵抗できない。玩具にするなり殺すなりするなら好きにすればいい。ふんっとそっぽを向いた僕だったが、普段の勢いでやってしまったため、


 -ぐらっ-


「わあっ!」


 またバランスを崩し倒れそうになる。が、倒れ込む僕を目の前のワーウルフがまた支えてきた。さっきは突然の事でわからなかったが、ワーウルフは何故かやたらソフトタッチで触ってくる。勿論その大きな爪で刺されたら僕なんか一撃なんだけど、なんというか、僕を傷付けまいと細心の注意を払っているような気がする。そのまままた僕を座らせて、ワーウルフも定位置に戻って座る。


「なんなの、お前?」

「ガウッ」

「うわっ」


 ワーウルフが僕の質問に答えた、ような気がした。言葉が通じるのかわからない。少なくとも相手の言葉はわからないので。でも問いかけてみる意味はありそうだった。僕は気を失う前の、一番新しい記憶……あれっ?なんだっけ?……そうだ!ハイオーガ!僕に乱暴してきたハイオーガはどうなったのだろう?僕はあのハイオーガに……うぅ……思い出したくないけど、一応聞いておこう。


「なあお前、あのハイオーガ、僕を捕まえてたハイオーガ居ただろう?アイツどうしたの?」

「ワウッ」

「うわーっ!いらないっ!いらないっ!」


 ワーウルフは得意げに耳、恐らく色的にハイオーガのだろうけど、を僕に差し出してきた。トロフィーのつもりなんだろう。なんでそのトロフィーを僕に差し出すのかわからないけど、だけど僕はハイオーガの耳なんてとてもじゃないけど要らないので首を横に振って拒否する。


「ワウ……」


 あー、なんかしょんぼりしてる。なんだろう、僕に受け取ってほしかったんだろうか?プレゼント?のつもり?なんで僕に?……えっともしかして僕を女の子だとか思っているタイプ?いや、僕地味顔だけど流石に女の子には見えないと……ああでも相手はワーウルフだしなあ。いやーいきなり襲って来ないだけハイオーガよりマシだけどさ、ワーウルフに求愛行動されちゃうのもどうかと思う。ここは僕の性別をハッキリさせておくべきだろう。


「なあお前、僕は男だからな?」

「ワウッ」


 分かってるのか分かってないのか、また何かゴソゴソ部屋を漁り出したワーウルフ。そしてまた得意気に何かを僕に差し出してきた。


「今度は何?」

「ワウ」

「あれ?干し肉?」

「ワウッ」

「……くれるの?」

「ワウッ」


 正直お腹が減っていた。この迷宮に潜ってから何も食べていない。もともとこんなに長く潜るつもりは無くてさっさと帰るつもりだったんだ。だから食料も何も持ってきていないし、途中で食べたりもしていない。だからワーウルフが差し出しているこのなんだかよくわからない干し肉も、食指が伸びてしまう。


「あ、ありがとう……って!もがっ!」


 いきなり干し肉を口に突っ込まれてしまった。よくよく考えたら手が使えないのでこうしてもらうしかないのだが、突然のことなので吃驚する。


「んぐっ?んーっ!んんっ!?んぐっ!んぐっ!」


 肝心の干し肉はやたら堅かった。味はまあこんなもんか言った感想なのだが、全然歯が立たないというか、噛み千切れない。なんとか噛もうと苦戦しているうちに、ぽとりと口から干し肉を落としてしまった。思わず自分で拾おうとして、手が無い事を思い出しながら、またバランスを崩す。


「ああっ!?……って、うん……ありがとう」

「ワウッ」


 またワーウルフに支えて貰ってしまった。なんだろう、こいつ悪いヤツじゃないと思うんだけど、僕をどうしたいんだろう?そんなことを思っていたら、ワーウルフが僕が地面に落とした干し肉を拾い、自分でくっちゃくっちゃと喰い始めた。


「なんだ、くれないんだ……」


 すっかり自分の都合のいい感じに相手を解釈してしまっていた僕は、そう易々と貴重な食料を分けて貰える訳もないよねと思いつつ肩を落とす。


「あう……お腹減った……えっ?あっ?ちょっ!ちょっと待ってそれ待ってっ!?」


 ワーウルフは喰ったと思っていた干し肉を口から取り出し、僕の口にまた差し出してくる。差し出してくるのはいいんだけど、涎が、干し肉がワーウルフの涎でネチャネチャになっててですね、いや食べやすくしてくれたのはわかるんだけど、臭いがですね。


「もがっ!?……うぅぅ……くさい……」

「ワウッ」

「うー……あむっ、うむ、んっ、んっ」


 問答無用で涎でネチャネチャの干し肉を口に突っ込まれた。勿論くさい。だけど今度は噛み切れた。ゴクリと一口。くさい。味まあまあ。くさい。

 そんな問答を数回繰り返して、3切れほど干し肉を頂いた。お腹は脹れたしこの際文句は言うまいて。くさかったけど。

 さて喰うモノ喰ったら出したくなるもので、でも僕は今自力で動けない。目の前のワーウルフの彼に頼むしかないのだが、今日会ったばかりの人間のシモの世話するか普通?と言う話になる。だが尿意便意は止められない。このままここで垂れ流すのは忍びないと言うか、僕にだって最低限これは死守したいってラインはある。第一ここはベッドだ、干し草を敷いたただけだけども。寝られなくなるのは困る。僕は恥ずかしさを堪えてワーウルフの彼に頼んでみる。


「トイレ……えっと、便所ってどこ?つ、連れて行ってほしいんだけど……」


 僕はもじもじしながら彼に頼み込む。なんだってこんな恥ずかしいんだ。


「ガウッ」


 どうも伝わったらしく、彼は僕を持ち上げて部屋の片隅に立った。


「えっ?ここ?」

「ワウウ」

「違うの?じゃあどこで……」


 -ガコンッ-


 何かが作動した音がした。


「ひっ」


 僕にとってこの音は恐怖の対象でしかない。両手両足を消されたんだ、当然のことだ。が、思っていた結果とは違うギミックが動いた。目の前の壁がすっと消えて、奥に通路が現れたのだ。


「……隠し通路?」

「ワウッ」


 彼は僕を抱えたまま隠し通路の奥へと進む。するとどうだろう、水の音が聞こえてくる。


「地下水脈?湧き水?こんな迷宮の地下に湧き水があるの?」

「ワウッ」


 彼はどことなく得意げだった。自分の家を友達に自慢しているみたい。実際凄い、こんな地下20階より下の階層で、新鮮な水が飲めるとは思わなかった。ただ今は水より先に出すものを出したい。


「水はわかったけど、便所はどこ、かな?」

「ワウッ」

「うぅ~~なんとなくそんな気はしてたけどぉ~」


 僕は彼に抱えられたまま、湧き水の下流の方で出すことになった。ローブを捲られて下着も下げられて下半身が丸見えだ。そんな状態で抱えられている。正直恥ずかしい、死にたい、いや死にたくはないけど死にたいくらい恥ずかしい。でもなんとか終わった。これで今日は乗り切れる。


「ガウッ!ワゥーン!」

「臭いを嗅ぐな!吠えるな!馬鹿!」


 恥ずかしい、ホントに。

 また部屋に戻され干し草のベッドの上に座らされた僕は、もう疲れ切っていた。時間の感覚は狂っていて何時間この迷宮にいるかなんてわからないけど、もう体力の限界に来ていた。


「眠い……」


 うとうととし出す僕。眠気でまたバランスを崩し倒れそうになる。すかさず僕のフォローに入るワーウルフ。


「ありがとう、でももう僕眠いんだ、そのまま横にしてほしい……」

「ワウ」


 僕はそのまま無防備にもワーウルフの前で目を瞑り始める。だがこれは一種の諦めも含んでいる。どうせ手足が無いから起きてたって抵抗出来ないんだ。心配して眠らないよりは諦めて眠った方が良い。寝てる僕に乱暴するならすればいいし、殺すなら殺せばいい。本当はそんなことしてほしくないし、諦めてたって怖い物は怖いんだけど。

 ……アイツ、僕をどうするんだろう?そう思ってそっと目を開けてみると、ワーウルフは反対側の干し草のベッドで眠っていた。普通に寝るんだ……。本当によくわからないヤツだと思う。人狼、ワーウルフだけど、魔物って感じじゃない。妙に人懐っこいと言うか、なんとなく昔、孤児院で飼ってた犬を思い出す。そんなやつ。へんなやつ。


「んっ、しょっ」


 ちょっと背中が痛いので寝返りを打てないかチャレンジしてみる。首と肩と腰を一辺に動かして、


「反動で……うわわっ」


 横向きで止まるつもりが止まらず、そのままうつ伏せになってしまった。ちょっと苦しい。


「戻れない……」


 僕の筋力不足なのかもだけど、うつ伏せから仰向けに戻れない。どうも今日はこのまま眠る事になりそうだ。


「はぁ……僕いつまでこのままなんだろ……」


 僕の手足を消したトラップ、あれは物理的に手足を切り落とした訳じゃない。魔法、と言うか呪いのような物だ。呪いなら解呪の方法があるし、期限付きの呪いの場合もある。期限付きの呪いならこのままここで待っていれば治るかもしれない。勿論、いつまで経っても治らない可能性もある。


「どうしよう……カーラ、メリッサ、ゴードン……」


 ほんの数時間前まで一緒に居たハズの仲間たちの名前を呟く。今は僕だけ。


「カーラ……カーラ……ぅぅ……ごめんよ、カーラ……」


 やっぱり悔しくて不甲斐なくて泣いてしまう。あの時、僕がもっと周囲に気を払っていれば、杖を飛ばされることも無かった。少なくともカーラをあんな目に合わせることは無かった、ハズ。僕の涙で干し草のベッドが濡れていく。今の僕はこうやって泣く事しか出来ない。本当になんの力も無い。自分で動けないことがこんなにも辛い事だとは思わなかった。情けない、悔しい、そんなネガティブな思考ばかり浮かんでくる。

 そんな時、自分の首にネックレスが掛けてあるのに気づいた。紫色の宝石?結構大きい。こんなの付けてなかったハズだけど……、


「うぅ?」


 ネックレスを見ていたら、突然ユラリと視界が歪んだ。そして頭に知らないハズの記憶が浮かび上がる。


『ああっ♥僕殺されちゃう♥ころしてっ♥ころしてっ♥その金棒で僕をぐちゃぐちゃにしてっ♥』


「あああああっっっ?」


 僕の脳裏に、ハイオーガに乱暴され、腹を踏みつぶされる僕の記憶がフラッシュバックする。


「こっ……ころされっ……死にたく……いっ、いたいのっ♥くるしいの♥すきなのっ♥ころしてっ♥ぼくをころしてっ♥」


 身体は火照り、僕は次第に正気を失う。


「いたいのっ♥いたいのしてっ♥くるしいのしてっ♥きもちいいのしてええ~~~っっ♥」


 誰かに媚びるように声を張り上げる僕。そんな僕の前に立つ人影が一つ。


「フゥゥ~ッ!フゥゥ~ッ!」

「あーっ♥あーっ♥おおかみさんっ♥しよっ♥しよっ♥きもちいいのしよお♥」


 なんでか鼻息荒く興奮しきったワーウルフが僕の前にいた。再び壊れた僕はそんなワーウルフに向けて媚び媚びの声を上げながら身体をくねらせる。


「ガウウウッッ!!」

「あああああっっっ♥♥♥」


 ワーウルフが僕を持ち上げて僕の首元を噛んだ。僕は噛まれたまま首筋から血を垂らしながら喜びの声を上げる。そしてワーウルフの熱い物が、僕の臀裂辺りを撫でて行く。


「おおかみさんっ♥おおかみさんっ♥ちょうだいっ♥おおかみさんのほしいよぉっ♥」


 僕はワーウルフに噛まれたまま、彼のモノが欲しいとねだる。身体が熱い。触られたところがきもちいい。噛んでもらってるところがきもちいい。

 そしてワーウルフは僕の希望に答え、自らの熱いモノを僕の体の中へ突き入れる。


「ガアアアウウッッッ!!」

「あああああああ~~~~っっっっ♥♥♥」


 火傷してしまいそうなほど熱い彼のモノを受け入れた僕の身体は、激しく反応していた。あたまのなかがばちばちする♥くびもせなかもこしもおしりもばちばちする♥からだぜんぶばちばちしてばくはつしちゃいそう♥


「ふあああっっ♥♥♥あたまがぱーんって♥おなかもからだもぱーんって♥ばくはつするのっ♥♥♥ぱーんっ♥ぱーんっ♥ぱーーーんっ♥♥♥」

「ガアアウウッッ!!ガウアッ!ガヴヴヴヴッッ!!!」

「あ゛ーっ♥あ゛ーっ♥おおかみさんっ♥ばくはつさせてっっ♥()()()をばくはつさせてっっっ♥♥」


 僕はワーウルフのモノを受け入れながら悦び叫ぶ。僕を壊してほしい、()を爆発させてほしい。そう願い頼みながら、僕とワーウルフの初めての狂宴の夜は過ぎて行った。

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