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流着のオードゥスルス ~アラサー悪魔化ねーちゃんの異世界奮闘記~  作者: 逗田 道夢
第2.5章 「魔女の昔話」
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15.魔女の独り言_04

「メリッサ……くそっ!くそぉ……っ」


 触手に貫かれ自らの赤い血で顔を染めているメリッサを見て悔し泣きするカーラ。

 僕らは凍り付いたままのマルチローパーに囚われているメリッサ達を触手から解放した。そして地面に下ろした凍ったままのメリッサ達の身体に杖を向けて魔法を唱える。


「ディスペル」


 アイスブラストで凍り付いたメリッサとゴードンの身体が解凍される。柔らかだったメリッサの肌が元に戻り、頑強だったゴードンの身体も氷が取り除かれる。僕はメリッサのような蘇生魔法は使えない。せいぜい、こうやって解呪の魔法で凍った身体を元に戻してあげる程度しか出来ない。勿論、ゴードンの前例を考えれば僕が蘇生魔法が使えたところで二人が生き返る訳でも無いのだろうけど。だけどせめて、その血と苦しみに満ちた顔だけは綺麗に整えてあげたかった。僕は自分のローブで隠し通路に並べたメリッサ達の遺体の顔の血を拭い、手を添えてそっと瞼を閉じさせる。そしてカーラと一緒に地面に膝を付き両手を合わせて祈りを捧げた。

 メリッサもゴードンも、死体は消えていない。当初の予定では、サクッと迷宮を攻略して帰る。ダメそうなら早めに元来た道を戻る。緊急なら帰還のスクロールで撤退する。その手筈だった。それでダメでも死んで迷宮の入り口に戻される、裸で戻ってみんなで馬鹿みたいに笑って帰る、それだけのハズだった。

 なのになんで?なんでこうなっている?何を間違った?何故戻る階段が消えた?何故帰還のスクロールが使えない?どうして死体が残る?どうして蘇生魔法が効かない?わからない。

 僕は答えの見つからない考えを巡らせながら、メリッサ達の遺体に一通り祈りを捧げた。いい加減落ち着いた頃、隣のカーラが僕に聞いてくる。


「ねえフレイ、この迷宮、死んだら入口に帰れるんじゃなかったの?」

「戻れる、と言うか実際に戻ってきた人達が居た。カーラだって悠久の迷宮の入り口で裸で倒れてる人達を見ただろ?」

「……見たわよ、だけど死体がこっちに残ってるとかどう見たって変でしょ。地上じゃゴードンとメリッサが裸で倒れてる?人の身体が2つに増えてるってこと?そんなのおかしいでしょ」

「ああ、おかしい。この迷宮、地上で言われているような迷宮とはかなり実態が違う、と思ってる」

「どう違うのさ!アタシにはさっぱりわかんないよっ!」


 カーラが僕に向かって声を張り上げた。カーラは不安で苛ついている、それだけだ。釣られて僕まで苛つく訳には行かない。僕は常に極めて冷静でなければならない。冷静に判断をして皆に進む道を示す、それはこのパーティーにおける僕の、リーダーの役目だ。そのパーティーはもう、僕とカーラの二人しかいないけれど。


「カーラ、僕だってわからないんだ。でも少なくとも、死んでも地上に戻れるなんて甘い状況じゃないってのは理解してる。ゴードンの死体に蘇生魔法が効いたってことは、このゴードンは本物だ。ただ……」

「ただ?」


 蘇生魔法で身体が治っても、ゴードンが目を覚まさない理由。考えられること、それは生き返るには足りないものがある、と言う事と僕は考える。


「中身、魂さ。それが無くて身体は戻っても生き返らない」

「なんでそんなことわかるのさ?」

「カーラと組む前にさ、死後3日以上経った遺体にリザレクションを掛けた場面を見た事があるんだ。それはさっきのゴードンと同じ、身体は元に戻っても目を開けなかった、生き返らなかった。3日以上経った遺体と魂からは繋がりが消える、そう言われてる」


 蘇生魔法のリザレクションには、蘇生の限界時間が存在する。蘇生できるのは死んでから3日以内だ。カーラと再会する以前にその蘇生魔法で生き返らない状況を知っていた僕は、目の前のゴードンと昔の状況を照らし合わせ答えを出す。だが僕のその答えにはハッキリと辻褄が合わない部分が存在する、蘇生の限界時間だ。


「じゃあ、ゴードンの魂は?3日どころか10分だって経っていなかったハズなんだよ?」

「うん、そこが分からないところなんだ。たったの10分で、身体と魂の繋がりが消えるとか普通では考えられない。でもゴードンの事を考えれば、その普通じゃないことが起きているとしか」


 死ぬと3日待たずに身体と魂の繋がりが消える。つまり、蘇生魔法で生き返らせることが出来ない。ゴードンもメリッサも、二人とももう生き返らない。


「二人を連れて地上へ戻れても、もう……」

「っっっ~~~っ」


 カーラが悲痛な顔をして両手で自分の喉元を抑えている。僕も同じ気持ちだ。メリッサもゴードンも長年一緒に旅をしてきた仲間だ。良い事も悪い事もあったけれど互いに手を合わせ乗り越えてきた仲間だ。ゴードンにもメリッサにも何度助けられたかわからないくらい。その二人がこうもあっさりと。完全に僕の判断ミスだ。冒険者ギルドから手軽に挑戦できる迷宮などと言う触れ込みでこの迷宮を紹介されたが、無視しておくべきだった。実際にこの迷宮に挑戦し、死に戻った同業者達が居た。皆口々に「死んでも外に裸で放り出されるだけ」と言っていたのを信じてしまった。僕は思いついた事をカーラに率直に言う。


「この迷宮は、罠だ」

「罠?」

「そう、ギルドの触れ込みも、死んで戻った人達も、恐らくは全部。3日待たずに身体と魂の繋がりが消える、この事象を鑑みるに、死んだ際に魂を無理やり引き剝がされている、もしかしたらだけど、魂を"喰われている"」

「魂を……?」

「ああ、そして死んで地上へ戻されるとなっている人達、あれは疑似餌だ。僕らのような魂を持って生きている人間をこの迷宮へ誘い込むための、人間によく似た人間ではないナニモノか。誰が何のためにそんな事をして、誰がそんな力を持っているのかまではわからないけど……」


 僕はそう考えカーラに伝える。そんな事例は聞いたことが無いが、そうでも考えない限り説明が付かない。でも現状からはこんな考えしか浮かんでこない。


「わかんない、アタシわかんないよフレイ……」


 僕の考えを聞いていたカーラが、心細くなったのか僕に抱き着いて来る。ここで彼女を払いのけるほど僕も野暮じゃないし、僕も心細かった。だからカーラをそっと抱き返し、一緒に心を落ち着かせる。彼女の身体は暖かかったが、見た目よりも小さく感じた。


「アタシら、ちょっと遊んで帰るって話じゃなかったの……?」

「僕もそのつもりだった。けど状況はそうじゃない」

「フレイ、アタシどうしたらいい?どうすればいい?」

「帰還のスクロールも使えない、戻る階段も見つからない。危険だけど進むしかない、と思う」

「……」


 カーラが酷く怯えている。いつも勇敢に僕の前で戦ってくれているカーラが震えている。


「カーラ?」

「アタシのハルバード、壊れちゃった……見たのよ、さっきの小部屋で落としたハルバード、天井に押し潰されてぐちゃぐちゃになってた。アタシもあんな風に、さっきのゴードンみたいにぐちゃぐちゃになって死ぬのかな……?それとも、メリッサみたいにローパーに身体の中貫かれて死んじゃうのかな……?」


 ここまで怯えているカーラを見るのは、孤児院で一緒に過ごした時以来だった。あの時のカーラは、親を戦争で亡くし孤児院に引き取られてきたばかりだった。心を閉ざしたまま、誰とも馴染めず、よく部屋の片隅で泣いていた。見かねた僕がちょっと強引に声を掛けた時、彼女が今と同じようにビクビクと怯えながら返答したのを覚えている。


「僕はフレイ・アミティエって言うんだ。はい、じゃあキミの名前を教えて?」

「……」

「僕はキミに名前教えたんだし、ちゃんとお返しに名前教えてほしいなぁ~?」

「……カ、カーラ、カーラ・サウダーデ」

「カーラ!カーラ、じゃあ僕とカーラはもう友達!はい、決まり!あっちで玉蹴りやってるんだ、一緒にやろうよ」

「……うん」


 あの頃のカーラは、僕より小っちゃくて、気も弱かったんだけど、冒険者ギルドで再開した時は逆転してた。背は僕の一回り以上大きいし、力だって僕はカーラには全くかなわない。いつも僕の前で僕達を守りながら戦う、勇敢な女戦士。そう思ってたんだけど、今のカーラの様子を見るに、どうも根はそう簡単に変わらないらしい。


「大丈夫、死なせない、そうならないように、二人で頑張ろう」


 何の根拠もない、虚勢の言葉。だけど今の僕にはそんなことしか言えない。こんなことでも言わなければ、僕も不安で動けなくなりそうだった。


「……うん、ありがとうフレイ。アタシ頑張るよ」


 そんな僕の虚勢の言葉でも、ほんの少しだけど、カーラの目に力が戻る。カーラは僕の身体から手を離し、目元の涙を拭った後、自分の装備の確認をし出す。


「アタシが今持ってるのはこの短剣2本と鎧だけ。フレイは?」

「いつものこの杖と、このボロいローブだけさ、こんな長く潜るつもりも無かったからね」


 いつもの調子に戻ったカーラと軽口を叩きつつ、二人で隠し通路の奥へ目線をやる。


「はは、まあそうよね。やるしかない……か」

「ああ、進もうか」


 メリッサ達の遺体を置いて僕達が立ち上がった、その瞬間だった。


『アッハハハハッ、涙ぐましいねェ』


 甲高い声の女の嘲笑が通路に響く。

 声の聞こえた方向に咄嗟に戦闘態勢を取る僕とカーラ。


「フレイ、今の」

「ああ聞こえた、女の声」


 二人で構えたまま周囲の気配を探る。だが周りにはなんの気配もしない。


『そっちの魔法使いのお兄さん、お兄さんの考えバッチリ当たってるよォ?よく気付いたねぇ?』


 またどこからか女の声が響く。僕の考えが当たっている?魂を喰っている?何なんだこの声の女は?


「お前は誰だ!?」

「隠れてないで出てきなよっ!!」


 カーラと二人でどこにいるかもわからない声の主に向かって吠える。出てこいと言って素直に出てくる相手がいるとすれば、何も考えてない馬鹿か、よっぽどの自信を持った強者かなのだが。

 が、相手は出てきた。今カーラと一緒にいる隠し通路の前、そこに霧のようなものが集まり、人の形を成していく。


「シッ!」


 -シュッ!-

 -カンッ!-


 声の主が朧気ながら姿を成した瞬間、カーラが持っていた短刀を声の主に向かって投げた。だがカーラの投げた短刀は声の主には当たらず、後ろの壁に当たって地面に落ちる。


「嘘っ!?すり抜けたっ!?」

「違う!実体が無いんだ!これでっ!エーテル・クラック!」


 -ピシッ!-


 僕は声の主に向けて精神衝撃系の魔法を唱え放った。これは霊体や気体などの明確な実体を持たない魔物に対する攻撃魔法で、白い閃光と共に対象の精神を破壊して撃退する。僕は氷と水魔法以外はあまり得意ではないが、実体の無い魔物に備えて精神衝撃系の魔法も習得していた。

 声の主の身体にヒビが入り、人の形をしたものが霧散していく。

 が、しかし、


「効いてない!?」

『アハハハ!お兄さんいいセン行ってるけどハズレ~!これは実体でも精神体でもないんだよォ?ただの映像だからねェ!ギャハハハ!』


 下品な女の声と共に、霧散していたものがまた人の形を成していく。実体でも精神体でも無いならこちらに攻撃手段は無い。カーラと共に戦闘態勢のまま構えていると、次第に声の主のその姿がハッキリと見えてくる。


「フレイ!あの女何!?」

「あれは」


 頭には大きな禍々しい角、背中には蝙蝠のような大きな翼が生えている。全身にタトゥーのような黒い模様、黒い白目、山羊の様な横長の瞳孔。そして全身青い肌の女。本で知識だけは知っていたけれど、本物を見るのは初めてだ。そいつは神と対を成す、人の世に災いをもたらすモノ。


「……()()だ」


『ギャハハ!お兄さんよく知ってるねェ!また当たりィ!』


 姿を現した女悪魔が、僕を指差して下品な笑いを上げている。


「悪魔……だって?」


 カーラが訳が分からないと言った表情で女悪魔を見ている。そりゃそうだ、僕だって訳が分からない。なんでこんなモノがこの迷宮に居る?どうして僕らの前に出てきた?困惑する僕らを前に、女悪魔は得意げに自分から語り始めた。


『アハァ!なんでこんなところに居るかって?ここに居たらイキのいいエサがそっちから勝手に来てくれるからねェ!馬鹿な連中だよ、私の撒いたダミー人形の話を面白いくらい簡単に信じちゃってさァ!入れ食い入れ食いィ!』

「ダミー人形?」

『そうだよォ?魂の無い人間を模したダミー人形!もうこの地域の冒険者?だっけ?連中のほとんどは人形だよォ?もうここじゃエサは取れないかナーとか思ってたけどォ、ほっとくと外からエサ共が勝手に集まってくるんだよねェ!どこの誰かは知らないけど超助かってるよォ!?』


 この女悪魔が言っている事、恐らくダミー人形の噂に乗せられた他の地方のギルドが冒険者をこの悠久の迷宮に勧めているのが原因だろう。僕らもその噂に乗せられてここに来たクチだ。まんまと誘い込まれた。この地域の冒険者がほぼダミー人形と言われても、僕らは普通の人間と見分けがつかなかった。どれだけ精巧に作られているんだあの人形たちは?


『アッハハ!あっ、そこのデカイ男と女僧侶の魂、美味しかったよォ!?ご馳走様ァ!ギャハハハハハハッ!』


 ふと僕らの足元の遺体に目をやった女悪魔が、下品に笑いつつゴードンとメリッサの魂を喰ったと告げてきた。


「ゴードンとメリッサの魂を……」

「喰った……の?」


 僕とカーラは共に口にしたくない事実を口にし、力が抜けてしまう。ゴードンとメリッサは魂を喰われたと言う事が、確定してしまった。二人は生き返らないことが、二人が死んでしまった事が確定してしまった。


『喰った喰った!プリップリの魂でさァ!もっと食べたいよォ?そうだ、お兄さん達ももう助からないんだからさァ?そこの女僧侶みたいにローパーにでもい~っぱい気持ちよくされてさっさと死になよォ?ほら、あっ♥あんっ♥あっ♥あっ♥ってさァ!ギャハハハ!似てたァ?今の似てたァ?』

「ふざ、けんなぁぁっ!!」


 -シュッ!-

 -カンッ!-


 メリッサの死を愚弄する女悪魔にブチ切れしたカーラが、持っていたもう1本の短剣を女悪魔に目掛けて投げつけた。だが相手には実体がなく、投げた短剣は女悪魔を素通りし後ろの壁に当たって地面に落ちるだけだ。


『無駄無駄ァ!すぐにお姉さんの魂も美味しく喰ってあげるからねェ?ホラホラ!ローパーいっぱい送るよォ?いっぱい気持ちよくされてあんあん喘いでいいんだからねェ?私優しいでしょォ?ギャハハハハハハ!!じゃあねェ!』


 女悪魔が笑い声と共に姿を消した。そしてその直後、僕らは通路の凍り付いたマルチローパー達の奥、天井の落ちる小部屋に多数のマルチローパーが出現した気配を察した。


「カーラ!」

「クソッ!ご丁寧に少なくとも10体以上居るよ!」

「僕がもう一度アイスブラストで仕留める!カーラは下がっ……」


 僕が魔法を放とうと杖を構えカーラに指示を飛ばしたその瞬間だった。


 -カンッ-

 -カランカランッ-


 僕の杖が何者かに弾き飛ばされ、マルチローパーの群れが居る小部屋の中に吹き飛んで転がって行った。


「なっ!?杖がっ!?」

『あっ、お兄さんほっとくと粘っちゃいそうだから魔法禁止ね。ギャハハハハハハハ!!』


 女悪魔の手、実体のある手だけが一瞬だけ僕の死角から現れ、僕の杖を吹き飛ばしていた。女悪魔は僕が油断する一瞬を狙っていたのだろう。僕がその死角を見た時、既に女悪魔の手は笑い声と共に消えていた。恐らくポータル、異なる空間を繋げる転移魔法の一種だが、器用に手だけを出して僕の杖を吹き飛ばし、攻撃される前にすぐに引っ込めたのだろう。最悪だ。魔法使いは杖と言う媒体が無ければ魔法を行使出来ない。杖を失った僕はもうただの凡人だ。もう僕にマルチローパーの群れをどうこうする力は無い。


「フレイ!?アタシがっ!!」


 カーラが杖の転がって行ったマルチローパー群がる小部屋に杖を取りに向かおうとする。いくらカーラの足が速くても無理だ。目の前に凍り付いたままの5体のマルチローパーの壁がある。僕の杖はこのマルチローパーの壁の隙間をするりと抜けて飛ばされてしまったが、この隙間はカーラが容易に抜け出せるような大きさじゃない。よしんば抜けられたとしても、小部屋のマルチローパーの群れは今僕らの居る隠し通路の目の前まで迫っている。カーラはさっき短剣を2本とも女悪魔に投げつけてしまい、今は丸腰になっている。丸腰でマルチローパーの前に出るなど死にに行くようなものだ。


「カーラダメだっ!こっち!逃げるんだっ!」

「でもフレイの杖がっ!」

「諦めろ!もう間に合わないっ!!」


 僕はカーラの腕をぐいっと掴み、隠し通路の奥へ駆け出す。瞬間、僕らの居た場所にマルチローパーの触手が伸びてきた。


 -パキパキッ-

 -パキィンッ!-


 凍り付いたままの5体のマルチローパーの壁が割れる音。後ろから迫るマルチローパーの群れの触手によって、凍り付いたマルチローパーも、ゴードンとメリッサの遺体も全てが呑み込まれて行く。


「メリッサ!ゴードン!」

「逃げるんだっ!!」


 メリッサ達の遺体を置いていくことに後ろ髪を引かれているカーラ。彼女の腕を強引に引っ張り、僕らは隠し通路の奥へ奥へと逃げる。カーラの投げた短剣を拾う暇も無い。少しでも早く逃げる必要がある。もし触手に捕まってももう抗う術はない。それでももう逃げるしかないんだ。

 僕らはそのまま隠し通路を全力で走り逃げた。

 だが、この迷宮を作ったヤツは僕の想像以上に根性が捻じ曲がっていたらしい。


 -ガコンッ-


「えっ?」


 隠し通路を抜けた先の部屋、その入り口に1歩踏み込んだ時だった。突然の浮遊感が僕を襲う。これもトラップだった。足元の地面が突然開き、落とし穴になったのだ。


「うっ、うわああああっっ!?……っっ!?」

「フレイっ!?」


 間一髪、僕は穴に落ちる寸前に片手をカーラに掴まれ、穴の上のカーラに掴まれながらぶら下がっていた。


「カーラ!」

「フレイッ!待ってっ!今っ引き上げるからっ!」


 掴んだ僕の片腕を引っ張り、穴から僕を救い出そうとするカーラ。だが、カーラの後ろの連中はそれを待ってはくれなかった。


 -シュルルッ-


「あっ!?」

「カーラ!?」


 はっとした顔をして甲高い声を発したカーラ。力強く僕を引っ張り上げていたカーラの腕から一瞬力が抜けた。僕はまたずるりと穴の中へずり落ちる。


「フ、レイッ!……うあああっっ!?」

「カーラ!?」

「だいじょう……ひぐっ!?」


 びくんっとカーラの身体が跳ねた。カーラは僕の腕を掴みながら必死な形相で耐えている。ほとんど穴に落ちている僕の視点からではカーラの身に何が起きているのか見えない。だが想像は付いた。さっきまで僕らは何から逃げていた?メリッサはそいつらに捕まってどんな目にあった?そうだ。


「マルチローパーに捕まったのか!?」

「へ、へいき、あうっ!?これ、くらいっ……うううぅっっっ!?」


 カーラの表情が不快感で歪む。カーラの身体が不規則に跳ねる。


「ぜったいっ……たすけるっうっぐっからっ……ああああっっっ!?」


 ついに穴にぶら下がっている僕の視点からも、カーラの身体に絡みつく触手が見えてくる。マルチローパーの触手は、カーラの黒いハーフプレートメイルの下を這いずり回りカーラの身体を絡めとっているようだった。


「カーラ!なんで逃げない!?僕の事は放っておいてさっさと逃げるんだ!」

「そんなことっ、あぐっ!出来る訳っ……ひあああっっ!?」


 普段は絶対に上げないような甲高い叫び声を上げながら、それでもカーラは僕の手を離そうとしない。


「離していいっ!僕の手は離していいからっ!逃げてくれっ!カーラっ!逃げてっっ!!」

「いやだっ!あはァッ!?もうアタシの傍からっ!うアっ!?居なくならっないでっ!!」

「カーラっ!?」


 涙目になりながら触手の責め苦に耐えるカーラ。


「フレイッ!うハァっ!?アタシっ!あの日からずっとっ!あゥッ!?フレイの事ッ!好きだったぁぁぁあっっっ!!」

「うわっ!?」


 触手に絡みつかれたまま、全身全霊の力を込めてカーラが僕もう一度を穴の上に引きずり上げる。僕はその拍子に落とし穴の縁を両手で掴み、なんとか自力で穴の上に上がろうと藻掻けるようになった。

 ちょっと待て?カーラが?僕を?あの日から?あの日って?孤児院で初めて声を掛けた日?冒険者ギルドで再開した日?その日からずっと僕を???

 違う!今はそんな場合じゃない!早く穴から上がってカーラを助けないと!


「うぎぎっ!カーラっ!!」

「あっ!?ああああっっ!?」


 僕が穴から這い上がろうと藻掻いている内に、カーラの身体が強引に触手に引きずられ、僕の腕を掴んでいたカーラの手が離れる。


「いやあああああっっっっ!!フレイッ!!フレイッ!!フレイィィィッ!!」

「カーラ!?カーラっ!?カーラァァッ!!」


 僕の目の前で、僕の名前を叫びながら、カーラがマルチローパーの群れに飲み込まれて行く。


「フレっんむぐぅっ!?うぐぅぅっ!?んんっ!?ううううぅぅ~~~っっ!!」


 触手の群れの中で僕に手を伸ばし助けを求めながら、カーラはボロボロと涙を流す。だがマルチローパーの触手は勢いを緩めるどころか更に強くうねりを増し、カーラの口からも侵入し塞いでいく。カーラの喉が不自然な程に膨らみ、うねうねと左右に動いている。カーラの綺麗な腹筋が見れた腹は、今は破裂せんばかりに膨らみ、ぐりゅぐりゅと不気味にうごめいている。


「う゛~~っ!!う゛う゛~~っっっ!!う゛う゛ぅぅ~~~っっっ!!」


 最早言葉も発せられなくなったカーラは、それでも僕に手を伸ばし、必死に僕に助けを求めていた。僕はどうだ?落とし穴の縁にぶら下がるのに必死で、這い上がる事すら満足に出来なかった。自分の体重を自分の両腕ですら支えられない。それが僕だ。そんな僕を好きでいてくれるカーラを、ただ見ているだけしか出来ないのが僕だ。


「うあああああああああああ~~~~っっっ!!!」


 僕は悔しくて情けなくて、叫びながら涙を流していた。パーティーリーダーは何時如何なる時も冷静であれ、そんなものはもうクソくらえだった。カーラが目の前で弄られている、そんな時に冷静で居られるモノか!ふざけるのも大概にしろ!!僕はカーラを助けるってさっき誓ったばかりじゃないか!舌の根の乾かぬ内にそれを破るつもりか!?ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!!!こんな結末があってたまるか!!僕がカーラを助ける!!魔法が使えなくたって!命に代えたって助けてみせる!!こんな穴ぐらいなんだ!こんな穴くらいすぐに昇って……、


 -ズルッ-


「あっ!?」


 手を、滑らせた。

 不意に僕を包む浮遊感。

 僕の視界から消えるカーラ。

 最後に見た彼女の表情は、大粒の涙を流したままの、


 (仕方ないよ、フレイは、昔からそんな感じだったもんね)


 そんな事を言いたげな、苦笑いだった。


「カァァァァァァァラァァァァァァーーーーーーーっっっ!!!」


 僕の身体は、漆黒の暗い暗い闇の中へ、どこまでも落ちていくようだった。

お読みいただきありがとうございます。

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