15.魔女の独り言_03
-ミシミシミシッ-
「うっごおおおおっ!」
「「ゴードン!?」」
「ゴードンさん!?」
行き止まりの小部屋のど真ん中、あからさまな宝箱を開けた途端、天井が落ちてきた。今、僕達を押しつぶそうとして迫るその天井を、ゴードンが両手で踏ん張って持ち上げて耐えている。
「ぐっ!くっそがっ!お前らっ!俺が支えているうちにさっさのこの部屋出ろぉっ!!」
「すまないゴードン!」
「出るよメリッサ!メリッサ!?何やってんの!?」
「ゴードンさん!!」
「ちょっとメリッサ!モタモタしないっ!!さっさと出る!ほらっ!」
「ああっ、ゴードンさんっごめんなさいっ!!」
「気にすんなメリッサ!また地上でなぁぁぁああああっっっ!?」
-ボキボキボキッ!グシャァ!-
-ズゥゥゥン-
人間つっかえ棒として割と粘ったゴードンだったが、僕達3人が小部屋から脱出したのを見届けたあと、あっさりと天井に押しつぶされた。潰される寸前に骨の折れる音が響いていたので、恐らくは天井の重さで両腕の骨が砕かれて天井を支えることが出来なくなって、耐え切れずにそのまま潰れたのだろう。
「ゴードンさんっ……」
メリッサが悲痛な顔をしてゴードンの名前を呼んでいる。まあ恋人が目の前で圧死したらショックだろうとは思う。がしがしだ、ここは悠久の迷宮。原理はわからないが、死んでも素っ裸になって外に放り出される。ゴードンは今頃迷宮の外で素っ裸で倒れていることだろう。
「あー、メリッサ?ゴードンとはほら、また地上で会えるだろうしさっさと次行かない?」
カーラがその場から動こうとしないメリッサに先へ進もうと声を掛ける。僕ら3人のいる通路は無事だが、目の前の小部屋の天井は落ちてきたままだ。カーラの言動は少々薄情にも聞こえるが、状況を鑑みれば間違っていない。いつこの通路の後から魔物の群れがいつ追ってきてもおかしくない状況なのだ。実際このまま待っていてもゴードンは戻って来ず、というかゴードンは地上にいるはずで、残った3人で迷宮の攻略を進めるしかない。とは言え、今までの冒険では誰かが倒れてもメリッサの蘇生魔法で即座に回復を行っていたので、誰かを残してその場を去る、と言うのはあまり経験が無い。だからメリッサがその場を動こうとしない気持ちも理解できた。
こう言う意見の分かれる時はパーティーリーダーである僕の意思決定が重要となる。僕もカーラと同じく、即座にこの袋小路になってしまった通路から抜け出し、カーラのハルバードと僕の氷魔法が存分に振える広域な場所を探すつもりだった。
「メリッサ、名残惜しいのはわかるけど、ゴードンとはまた地上で会えるから……」
「しかし……うう……わかりました」
僕はそうメリッサに声を掛け、彼女の手を引いて小部屋から少し離れた、直後だった。
-ゴゴゴゴゴ-
「えっ?」
すぐ後ろの小部屋の天井が、地面まで落ちていた天井がゆっくりと元の位置に戻り始めたのだ。すぐさま3人で通路から小部屋の様子を伺う。そこで見た光景。
-ガシャン-
「……どう言う、事なんだ」
「……ウッソでしょ」
「ああっ……ゴードンさんっ……」
天井の上がり切った小部屋、その中央にはまるで何もなかったかのように蓋を閉じた宝箱と、銀の鎧ごと潰れて身体の中身を地面にブチ撒けているゴードン、の死体があった。僕はすぐに違和感を覚えた。地上で聞いていた話と違う、地上で見てきた事と辻褄が合わない。
「……フレイ、この迷宮ってさ、死んだら入口に戻されるんじゃなかった?」
「そのハズ、だけど」
「じゃあ、あのゴードンは、何?」
「それは……」
カーラの疑問ももっともだ。僕だって疑問に思っている。地上で聞いていた話とはまるで違う、この悠久の迷宮は、死んだら地上に戻される、そのハズだ。実際、迷宮内で死んで裸で戻ってきたと人もこの目で見ている。じゃあ、あの小部屋の中央で、ぐちゃぐちゃに潰れているゴードンの死体は何だ?ゴードンは死んでいない?まさか?あの潰れようで生きているならゾンビも真っ青だ。だって金貨数枚重ねた程度の厚さにまで圧縮されているんだぞ?虫を踏んだことはあるかい?靴の下で潰れて内容物を噴き出しながらぺしゃんこになるだろう?ゴードンは今そんな感じなんだ。
僕とカーラがゴードンの惨状を見て固まっていたところ、
「ゴードンさんっ!」
突然メリッサが小部屋の中へ入り、ゴードンの死体へ駆け寄った。
「待ってメリッサ!まだその部屋は危険だ!」
「ちょっと!メリッサ!駄目よ!戻ってきな!」
僕らの制止を聞きもせず、メリッサは小部屋の中央でゴードンに向かって蘇生魔法を行使しだす。
「ゴードンさんっ、今起こしますからっ!リザレクション!」
-フォォン-
メリッサのロッドから柔らかな青い光が放たれ、ゴードンの死体を包む。
「ああもうっ!こんな罠の小部屋のど真ん中で蘇生魔法使うやつがあるかいっ!」
-ダッ!-
「きゃっ!?」
-ズシャアッ-
-ビシャッ-
カーラは小部屋に飛び出し、魔法行使中のメリッサの首元の服を掴んで通路に放り投げ、ついでにぺしゃんこになっているゴードンの死体も通路にぶん投げた。
「カーラっ!」
-ズズズズッ-
また小部屋の天井が落ちてくるのが見えた僕は、カーラの放り投げたメリッサの身体を受け止めつつ、天井に目配りして危機を知らせる。
「うひゃああああっ!?っとおおおーっ!」
-ズゥゥゥン-
「あっぶな!?」
また天井の落ち切った小部屋から、カーラは全力疾走で通路へ戻り、間一髪逃げ切った。
「カーラ、良かった、ケガは?」
「無い無い、それよりメリッサ!アンタねえ!気持ちはわかるけど少しは考えなさいよ!アンタがやられたら元も子もないでしょうが!もうちょっとこう、ゴードンの鎧に釣り針引っかけて通路まで引っ張ってみるとか……って、メリッサ?」
僕の心配を余所に、カーラがメリッサの軽率な行動を叱りつける。だが、その語気を強めた言葉は長く続かなかった。メリッサの様子がおかしいのだ。肝心のメリッサはゴードンの死体の前で座り込み呆然としている。
「メリッサ?どうしたんだ?」
「……おかしいです、動かないんです」
「何が……えっ?」
僕の疑問を余所に、ただ一点を見つめているメリッサ。僕もそのメリッサの見つめる先を見てみると、そこにはぺしゃんこに潰れていたはずのゴードンの身体が、元の綺麗な身体に戻り、そのまま倒れていた。
「蘇生は、リザレクションは発動したんです……ゴードンさんは生き返るハズなんです……でもなんで……?なんで動いてくれないんですか……?」
メリッサの声が震えている。メリッサの蘇生魔法、リザレクションは完璧だ。生身の身体だけじゃなく、壊れた装備一式ごと人を復活させる、数ある魔法の中でも奇跡中の奇跡な魔法なのだ。例えそれが靴で踏まれた虫のようにぺしゃんこになっていても、寿命で死んだ訳じゃないのなら、3日以内であれば元通り復活させられる。完璧なのだ、このメリッサの蘇生魔法は。
だからこそ、完璧だからこそ、目の前の動かないゴードンがおかしいのだ。
「嘘ですよね?ゴードンさん。私を驚かそうとして、死んだふりをしてるだけですよね……?ホントは起きてるんですよね……?ゴードンさん……、起きてくださいっ!ゴードンさんっっ!」
「ゴードン……なんで」
メリッサが両手で動かないゴードンの身体を揺らす。だがゴードンは起きる素振りは無い。先ほどまでの見るも無残な潰れた身体ではない、綺麗なただ寝ているような顔をしたゴードン。彼は彼の愛しの人に揺さぶられてなお、動かない。
そうこうしているうちに、目の前の小部屋の天井が、またゆっくりと元の位置に戻り始めた。
-ガシャン-
僕が元の位置に戻った天井を見ていると、カーラが通路の後を向き、聞き耳を立てている。
「……2、3……5体、来るよ!後ろから!」
カーラが僕達に魔物の襲撃を警告した跡、ハルバードではなく腰に付けた短剣2本を逆手持ちで構え戦闘態勢を取る。今僕らが居る通路は狭く、ハルバードのような長物は振るえない。カーラはそんな閉所での戦闘用に短剣を装備している。勿論戦闘能力はハルバードと時に比べれば落ちるが、今はそうも言っていられない。
「ゴードンさんっ!ゴードンさんっ!!」
「メリッサ!立て!座ってる場合じゃないぞ!魔物が来る!」
僕はまだ座り込みゴードンの身体を揺すっているメリッサを横目に戦うよう声を掛け、杖を構え戦闘態勢に入る。この閉所だ、アイスブラストのような広域魔法を使えば前のカーラを巻き込んでしまうので使えない。だからと言って天井の落ちてくるような小部屋の中へは危な過ぎて入れない。今ここで戦うしかない。僕は閉所でも使える単体攻撃用の魔法をいくつか思い浮かべながら、どうにかならないかと周りを見渡していた。そこで気づく。
天井の落ちてくる小部屋の奥に、もう一つ通路がある。最初部屋に入った時は無かったハズだった。恐らくは宝箱の蓋か落ちてくる天井の仕掛けか、どちらかが作動すると現れる隠し通路、と言ったところか。嫌らしい仕掛けだ、この迷宮を作ったヤツは性根が腐ってるに違いない。ともあれ、このままこの狭い通路で意気消沈しているメリッサを抱えたまま魔物と戦うよりはマシだろう。小部屋の天井が落ちてくる前にメリッサがゴードンに近寄れたことを鑑みて、反対側の通路までは全力で走れば天井が落ち切る前に逃げられる、間に合う。
だけどゴードンはどうする?彼は本当に死んでいるのか?こんな短時間で蘇生魔法が効かないなんて初めてだ。実は身体だけここに残っていて、本体は地上に戻っているなんてことは?でもそうすると身体が二つに分裂したことになる。それはおかしい、理由が付かない、絶対におかしい。
僕がそう思案していたところ、ついに魔物が姿を現した。円筒形の身体に一つ目と触手の生えた魔物、"ローパー"だ。それの上位種、触手の本数がローパーの倍以上な"マルチローパー"。そいつが狭い通路にぎっしり5体。触手でもう横の壁も向こうの通路も見えない。
「クソッ!よりによってめんどくさいのが来たっ!」
カーラが思わず悪態を吐く。広所ならいつものハルバードで一薙ぎすればどうとでもなる相手だ。だが今は通路の閉所、短剣2本でマルチローパーの触手を捌くのは容易ではない。手足に絡みつかれでもしたらすぐに身動きが取れなくなり、そのまま奴らの餌食になる。
-ザシュッ-
カーラが短剣を振るいマルチローパーの触手を切り落とす。だが5体みっちり通路が見えなくなるほどの触手がこちらに迫っている。
カーラだけに任せておく訳には行かない。僕は杖を構えて魔法を発射する。
「アクアバレット!」
-バシュッ!バシュッバシュッ!-
杖の先端から勢いよく水の弾丸が射出され、マルチローパー目掛けて飛んでいく。だが水の弾丸はマルチローパーの何本もの触手に阻まれ、マルチローパー本体への有効打は取れない。アイス・ブラストさえ使えればこんな奴ら相手ではないのだが、今ここで使えば前のカーラだけじゃなく真横のメリッサやゴードン、それどころか自分さえ巻き込んでしまう。自分の魔法で自滅なんて冗談じゃない。僕は手遅れになる前に、カーラに小部屋の奥の隠し通路の事を伝える。
「カーラ!部屋の奥に隠し通路が見える!走れば天井が落ちる前に間に合う!」
「なんだって!?それ早く言ってよ!ああっ!触手来んなっ!」
「メリッサを抱えてあそこまで走れるかっ!?」
「それぐらい余裕!」
カーラはマルチローパーの触手を短剣で切り払いながら僕の提案に乗った。そして僕はこの一瞬でゴードンを見捨てる事を決めた。蘇生魔法事態は成功しているハズだったが、まるで動かない、息もしていない。理由は分からないが、少なくともこの目の前のゴードンは残念ながら死んでいる、そう言わざるを得ない。このゴードンの身体の事は諦めて、悠久の迷宮の特性を信じて地上で笑って会える事に一縷の望みを賭ける。感じている違和感の通りそんな希望は薄いのは知っている、だけど今はそう信じるしかない。今この瞬間、生きている人間が少しでも助かる方に賭ける。
「フレイ!合図寄越して!」
「カーラ!3、2、1!今だっ!退けっ!!」
「ひやぁっ!?」
僕の合図と共に、僕とカーラは座り込んでいるメリッサを抱え上げ天井の落ちる小部屋の奥の、隠し通路に向かって走る。倒れたゴードンをそのままにして。
「いやっ!カーラ離してっ!!ゴードンさんっ!ゴードンさんがっ!?」
「あっ!馬鹿メリッサっ!暴れんなっ!?きゃあっ!?」
-ガランガランッ-
メリッサがカーラに抱えられたまま倒れているゴードン目掛けて手を伸ばし暴れた。その拍子にカーラが態勢を崩し部屋のど真ん中でずっこける。こけた拍子に背中のハルバードを縛る紐が解け、カーラのメインウェポンであるハルバードが外れて部屋に落としてしまう。ついでに暴れたメリッサはカーラの手から離れ、倒れているゴードンの元へ走り戻る。マルチローパーの群れが居るあの狭い通路へ。
「ゴードンさんっ!ゴードンさんっ!起きてくださいっ!ゴードンさんっ!」
「馬鹿メリッサぁぁっ!!」
メリッサは倒れているゴードンに駆け寄り必死に起きてほしいと揺さぶっている、目の前にはマルチローパーの触手が迫っているのに。対してカーラは立ち上がりながらメリッサの愚行にブチ切れて叫んでいた。
-ズズズズッ-
そうしているうちに、また小部屋の天井が落ちてくる音が聞こえた。カーラ達が倒れている間に小部屋の奥の隠し通路に着いていた僕は、まだ部屋の中にいるカーラに天井の仕掛けがまた作動したことを警告する。
「っつっ!?カーラ!早くこっちに!また天井が落ちてくるっ!!」
「っっ!?でもメリッサっ!?あああっっ!!くっそおおっっ!!」
僕とメリッサの両方の様子を見ながら迷ったカーラだったが、迫り来る天井を見て元の通路と比べて僅かに自分に近い方の隠し通路へ、悪態を付きながら駆け出す。
「うらああっ!!」
「っとあっ!!」
迫る天井スレスレにスライディングで隠し通路に飛び出したカーラ。僕はカーラの足を掴んで思いっきり通路側へ引っ張り、カーラの天井からの圧死を阻止する。
-ズゥゥゥン-
「カーラ!大丈夫か!?」
「アタシは平気!それよりもメリッサ!メリッサっ!!」
重苦しい音と共に再び落ち切った天井。カーラは立ち上がるや否や、天井が落ちて実質部屋が閉まってしまっている小部屋、その反対側にいるハズのメリッサの心配をし出す。今あそこにいるのは、メリッサと、死んでいるゴードンと、それと、
「いやあああああああっっっ!?」
「「メリッサっ!?」」
小部屋の落ちた天井越しに、メリッサの悲鳴。
「やだああああっっ!こないでぇっっ!!やだっやだっ!!やめてっ!!離してっ!!離してっ!!いやっ!いやああああっっ!!こないでっっっ!!こないでええ~~っっ!!ゴードンさんっっ!ゴードンさん助けてっっ!!起きてゴードンさんっ!こんなのいやですっ!いやっっ!ひぃっ!?やだっ!やだっ!やだやだやだやだあああっっ!!」
メリッサが動かないゴードンに助けを求めながら、子どもが駄々を捏ねるかのような凄惨な悲鳴を上げているのが聞こえる。悲痛な声だった。素面の彼女は礼儀正しく一見すると聖母のような優しさを感じさせるが、今の彼女の声にそんな面影はない。
「やだっ!入ってこなっ!!ひぎっ!?がっ!?あぁああぁぁあ~~ッ!!たすけてっ!やだたすけてぇっっ!!カーラっ!フレイっ!!たすけてぇっっ!!あぐっ!?もう勝手にお酒飲みませんっ!うっぐっ!?ちゃんと禁酒しますっ!あ゛ゥゥんっ!?だからっ!たすっけてっ!カーラっ!フレイっ!たすけてくださいぃぃっっ!こんなのいやああっっ!!」
僕はメリッサの発する悲鳴から、彼女がマルチローパーにどのような凄惨な状況に会わされているか察した。襲われる恐怖に叫び狂うメリッサはゴードンだけでなく、僕やカーラにも助けを求めている。だが助けに行きたくても行けない。小部屋の天井は落ちたままなのだ。
-ガンッガンッガンッ-
「メリッサ!?メリッサっ!!フレイっ!メリッサがっ!!」
カーラがメリッサの名を呼びつつ落ちたままの天井の壁を握り拳で叩きながらどうにかならないのかと僕を見る。まだ天井が上がる気配は無い。加えて僕の魔法はこんな分厚い壁ごと向こうのマルチローパーに叩きこめるようなシロモノじゃあない。例え壁越しで魔法を撃てたとしてもメリッサごと吹き飛ばすことになるだけだ。
「ダメだ……この部屋の天井が上がらないと……っ」
「そんなっ!?早くっ!早く上がれっ!!じゃないとメリッサが!!早く上がりなさいよっっ!!」
-ガンッガンッ-
カーラが壁を叩き続けるが、無情にも天井は落ちたまま動かない。
「たすけてっっ!たすけっっ!?んあっ!?あっ!あっ!あンっ!?やだっ!こんなっ!あっ!あっ!あっ!あはァッ!?いやっ!あっ!あっ!あっ!はぅッ!?あっ!あんっ!?だめっ!はあぁッ!んくぅっ!あはっ!あっ!あんっ!はああっ!うっあっ!あっあっあっあっ!」
その内に壁向こうのメリッサの悲鳴に次第に艶が混じり始めた。マルチローパーの習性だが、ヤツらは捕まえた獲物の身体を触手で何処も彼処も兎に角弄り、中に入り込む。湿った場所や濡れている場所などが主立って狙われるが、特に臭いの強いところを好むらしい。人間の身体で臭いの強い穴など大体決まっている。
「やだっ!こんなのっ!ひっ♥はあっ!あうっ♥あっあっあっあっ!?ああっ♥」
メリッサが特別色を好むと言う訳じゃない。メリッサの身体はマルチローパーの触手に含まれる毒によって感覚を狂わされている。だからこんなのは触手に体内を弄られての生理現象で、ただの心の防衛反応だ。それにこの状態は長くは続かない。ヤツらは魔物だ、人間の作った楽しい玩具じゃない。マルチローパーにとっては人間の身体などただの生暖かい湿った肉袋程度にしか思っていないだろう。メリッサの身体の中、奥へ奥へと入り込んだ触手はどこから出ると思う?
「あっ♥あんっ♥あっ♥あっ♥あっ!あっ!?あ゛っっっっっ!?うぼえっっっっっ!?」
壁越しにメリッサの嘔吐音が響く。身体へ入り込んだ触手が口へと貫通したのだ。今彼女は必死に酸素を取り込もうと呼吸しているがそれは出来ない、彼女の気道は触手によって塞がれている。
「ん゛っっ!?ん゛ん゛っっ!ん゛グッ!?ん゛ん゛ん゛~~~っっっ!!ん゛う゛っ!ん゛う゛っ!う゛~~~っ!?う゛!」
口を塞がれたメリッサのくぐもった悲鳴が聞こえる。彼女は今呼吸をしようと全力で藻掻いているのだろう。だけど体内に侵入した触手相手に何が出来る?何も出来やしない。彼女の声は次第に勢いを無くしていく。
「ん゛う゛っ……ん゛っ……ん゛ん゛っ……ん゛……っっ……っ…………」
ついにメリッサの声が聞き取れなくなった。恐らくは、彼女はもう。
「メリッサ……っ」
僕は肩を落とし苦虫を噛みつぶしたような顔をしてメリッサの名を呟く。
-ガンッ-
「馬鹿メリッサっ……アンタが暴れるからっ……」
握り拳で落ちたままの小部屋の天井を思いっきり叩きその場に崩れ落ちるカーラ。その顔には悔し涙が見て取れた。
-ゴゴゴゴゴ-
今頃、また天井が元の位置に戻り始める。
「カーラ!部屋から離れろっ!壁に巻き込まれるぞ!」
「う、くそっ!」
僕の忠告を聞き、カーラが涙を拭きながら立ち上がり壁から離れる。
-ガシャン-
上がり切った小部屋の天井。僕らはその反対側の通路にいるハズの、メリッサの様子を恐る恐る伺ってみる。ダメだろうと言うのは分かっている。だけど声を掛けずにはいられなかった。
「メリッサ……?」
「メリッサっ……っっ!?」
僕らの呼びかけに答えて出てきたのは案の定、マルチローパー。ご丁寧に5体全部、小部屋に這い出てきた。そして、
「メリッサっ!?ゴードンっ!?くっそぉぉっっ!」
僕は思わず悪態を吐いた。マルチローパーの触手の先、何本もの触手に貫かれ、だらんと手足と垂れ下げたまま血だらけになっているメリッサとゴードンがそこにいた。メリッサの修道服の下から入り込んだ触手が、彼女の身体の中から口を通り真っ赤な血を噴き出しながら頭上で何本もにゅるにゅると蠢いている。ゴードンも同じ、銀のプレートメイルの隙間から入り込んだ触手が、彼の身体を突き抜けて血と共に口から這い出ていた。
「……この野郎ぉぉっっ!!」
そんなメリッサ達の様子をみたカーラが、今まで見た事の無いような怒りの形相をしながら、短剣を構えてマルチローパーに斬りかかろうとする。
「ダメだカーラ!ダメだ!!下がれ!下がるんだ!!」
僕は今にも飛び出そうとしているカーラの身体を両手で掴み抑え、制止する。何が仕掛けになっているか分からないが、僕らがこのままこの小部屋に入ればまた天井が落ちてくる。そんなところで戦う事は出来ないし、何よりメリッサ達の死体までがぺしゃんこに潰れてしまう。僕はメリッサのそんな姿は見たくないし、ゴードンを2度もあんな目に合わせたくはなかった。
「フレイ!アタシを止めんな!メリッサが!あんな風にされてるんだよ!?」
「カーラ、下がってくれ。二人があれ以上汚されるのは僕も見たくない。だから下がって」
「フレイ……?……わかった、下がるよ」
僕の覚悟を汲んでくれたのか、カーラは僕の指示に従ってくれた。そのままカーラと一緒に隠し通路の奥に下がり、メリッサ達の死体をぶら下げたままのマルチローパー達を隠し通路に誘い出す。こっちの隠し通路はさっき来た通路に比べれば若干広かった。アイス・ブラストを放っても、多少の反動は喰らいそうだが、ギリギリ自滅はしない程度の広さ。だから僕は決意した。
そして僕は静かな怒りを抱えたままマルチローパーに向けて杖を構え、魔法を行使する。
「メリッサ、ゴードン、ごめんよ……アイスッ・ブラストッ!!」
-パキパキパキィッ!-
杖から強力な冷気が扇状に放たれた。放たれた冷気は5体のマルチローパーを丸ごと包んでいく。そして僕は吊られたままのメリッサ達ごと、マルチローパー達を魔法で凍り付かせた。この氷の魔法は、受けた相手の動きと命を同時に止める。メリッサもゴードンももう死んでいる。ならばせめて、これ以上汚されないように死なせてあげたい。我ながらねじ曲がっているとは思うが、これが僕なりの慈悲だった。
お読みいただきありがとうございます。
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