15.魔女の独り言_01
夕暮れ時のジェボード国北東の海上、赤く染まったその空に、金髪の髪にやけに露出の多い黒装束、広いツバと上部の尖った帽子、先端にバイオレットの宝石が付いた杖に乗って飛んでいる女性の人影があった。
否、女性ではない、彼女の股間には僅かに膨らみが見て取れる。そしてやけに大きな胸をあからさまに揺らしながら空を飛ぶその人物、その名は…。
"フライア・フラディロッド"
何を隠そう、私の名前よ。巷では大魔女だの、伝心の魔女だの呼ばれているけど、別に好きで魔女やってる訳じゃ……やってるかも、ま、まあ女ではないし?
まあそれはそれとして、私は今、この世界オードゥスルスに新たに流着した島に今ら伝心の儀を行いに向かい、島の民全てに伝心の儀とこの世界の大まかな説明をし終わり、その島の所有国となるジェボード国の首都にいるジェボード首長に伝心の儀の終了報告をしに向かっている途中だった。
今回の島は住民が多く、今朝から島に向かって全島民に伝心の儀をやり終えたのがついさっき、もう夕方よ?しんどいわー、でもやっておかないと、ね。
メルジ山を所有しメルジナの巫女より島の出現の神託を受けられるエペカ国と違い、ジェボード国やエッゾ国の首長達は、領海内に新たな島が出現しても知る術がない。あ、ボースの治めるボーフォート領はエペカ国所属だけれど、最近はテドノス坊やの怠慢でこの2国と同じ扱いになってるわね……。
さて、この世界に流着した島の民と言うのは基本的に漂流者と同じで、そのまま放っておくと大抵は餓えて死ぬか、死ななくても島内で争いを初めて凄惨な事になるわ。そうなってはマズイので早急に中央の島、私はメルジ島と呼んでいるけど、の3国の内どこかの国に従属させ支援を受けさせるの。と、その前に異世界から流着した住民たちとこの世界の住民たちではそもそも言語体系が全く違う事が多くて、意思疎通も満足にできない。それではスムーズな支援を受けるどころかこの世界の住民達と争いが起きかねないじゃない?ってことで意思疎通を図れるよう私がさっさと島へ向かって私の魔法で意思疎通を可能にするのと、ついでに軽くこの世界の説明をすると言うのが大まかな流着した島への対応なのよ。
なんでそんなメンドクサイ事を私がやっているの?かと言うと、意思疎通の魔法が私にしか出来ないからよ。メルジ島の民の誰に教えても、ついぞ意思疎通の魔法どころか簡単な火起こしの魔法すら出来ない。困ったことにこの世界の民達、見事に全く魔法の適性が無いのよ。だからまあしょうがなくというか……私はこの世界、オードゥスルスに飛んできた際に魂ごと分裂させられて大幅な魔力の低下と、一部の魔法が使えなくなった訳だけれど、その際、元の身体にアクセスして魔力を引き出せるように独自の魔術規約を作成したわ。その魔術規約を改造して彼らにも使えるよう水魔術として完成させ、女神メルジナを名乗って宗教を傘に水魔術を布教させたの。当然タダじゃなくて、対価として生命力をちょっとだけ分けて貰っているけれどね。
で、勿論例外はいて、私以外に2人、魔法と言える力を行使する人物がいる。それぞれ主に火と風の魔法を得意とする二人よ。因みに私は水と氷が担当らしいんだけれど、別にそれにそれに限った訳じゃなく色々使うわよ?
火と風と私とは顔見知りなんだけど、その内の火の方は、
「水の!よいか!そもそも神とはそう易々と人前に出るモノではないのじゃ!」
「私は神じゃなくて悪魔なんだけど……」
「天の使いであろうと悪の使いであろうと関係はない!人知を超える力を持つものを人は神と呼ぶのじゃ!」
「じゃあどっちでもいいから火ちゃん手伝ってくれないかしら?」
「面倒は嫌いじゃ!」
とか言って面倒くさがって引き籠るし、風の方は、
「私も同じ神としてお手伝いはしたいのですが、生憎動けない事情が」
「そうね、風ちゃんはまずそこから顔を出せるようになってからよね……」
「面目次第もありません……」
と、申し訳なさそうに言ってくるしで。そもそも私は神じゃなくて悪魔よ?何故か2人にも神扱いされてるけれど。とまあ私を含めた3人とも魔法の体形と言うか魔力の使い方が全くバラバラに違うようで、私以外意思疎通の魔法が使える訳じゃないから結局私が動くしかないのだけれど。
あと他に魔法の適正がありそうなのは私の子孫達……いや、最近増えた1人はどうかしら?魔法ってより、肉体言語の方が近そうよねえ。でもあの子、私と日高千代の孫の、日高千歳、運命の悪戯か、私とルゥルアの娘であるヌールエルと全く同じ声のあの子。最初彼女の声を聞いた時は耳を疑ったわ。叔母と姪であんなに似るモノ?まるでヌールエルが帰って来たみたいに……ううん、光になって消えたヌールエルが、蘇る訳ないのに……。
まあそれはそれとして、彼女が一番私の血を色濃く継いでいるみたいね。千歳の世界の言葉で、隔世遺伝ってやつなのかしら?オードゥスルスに来たその日の内に私と同じ悪魔の力を発揮したのは流石に驚いたわ。もしかしたら前の世界に居た時から悪魔の力を使えたのかしら?ああでも千歳はまだ自分の力を上手く制御できずに戸惑っているみたいだし、その線は薄いのかも?ま、使ってたらその内に慣れるわよヘーキヘーキ、私もそうだったし、ってな具合で軽くレクチャーして放置したけれど……大丈夫よね?
「はー……しんどいわ」
私は飛行する杖の上で思わず独り言を漏らす。ここ連日、流着する島のラッシュで各地を飛び回っているせいだろう。いくら不老不死の悪魔の身体を持っていても気疲れはする。今回の島は住民も多かった。
流着する島の民、これも島によって様々である。種族、食性、倫理観、とまあいろいろあるけどこの辺のもろもろをこの世界の民に摺り合わせつつ意思疎通を図るのよ?しんどいわよー。友好的な民ばかりじゃない、中には懇切丁寧に説明した上で敵対してくる流着の民もいる。結局は暴力が一番のコミュニケーションになってしまうことだってあるわ。私としては勿論平和的な解決に最善を尽くすけれど、どうにもならない時は最終的にメルジ島3国の判断に任せる事になる。
メルジ島3国と戦いになってしまった流着の民が辿る結末は、大抵は死。島民が全員死ぬと島ごと消えるこの世界のルール上、全滅させられることは少ないけれど、生き残ったとしてもそう良い生活は保障できないわね。
幸い、今回の島は穏便に話が進みそうだった。本人たちは竜の島と言っていたけど、どう見たってアレはトカゲの島よねえ、リザードマンってやつ。まあ気質的にジェボードの首長達とは気が合いそうだから助かるわ。武闘派って言うのかしら、強い物に従うって感じの連中だったから、同じ気質のジェボード国では歓迎されそうよ?まあ、
「オマエツヨイ、ワカル。オレタチ、オマエニシタガウ」
「いやいやいや、説明したでしょ?私じゃなくてジェボード国と交渉して頂戴?」
「ワカッタ、シタガウ」
っとまあ危うくリザードマンの首長に担ぎ上げられそうになったけれど。
「あー、後はジェボードの獅子王に報告して終わりー」
またしても独り言を漏らす私。どうせ今この空を飛んでいるのは私だけ。どんだけ独り言を漏らそうが聞いているのはせいぜい鳥くらいなものよ。
「あ~~♪眠りったい~♪眠りったい~♪暖か~い彼の腕に抱かれて眠りったい~♪っと……」
即興で訳の分からない歌を歌っている私。相当に疲れている。人肌が恋しい。いっそ報告ついでに獅子王に抱いて貰おうかしら。彼なら私が求めれば朝まで優しく抱いてくれるでしょうね。ただそのままだと求婚されて困ってしまうので控えてはいるのだけど。ベッドを共にしたとき何度か、
「伝心の魔女よ、我が妻となり、我の子を産んではくれぬか?」
「残念だけど私は男だから子どもは産めないわよ?」
と言うやり取りをした覚えがある。あの毛むくじゃらでモフモフなネコ科の獅子王は未だに私を女だと思っているらしい。私は何度も自分は男だと主張しているのだけれど、どうも獅子王は私を両性具有と誤認しているフシがある。そりゃ異世界人種ごった煮なオードゥスルスにはそう言う人種もいるけれど。違うわよ、私は両性具有じゃなくて正真正銘の男。千歳の世界の言葉で言うと、乳房のある男性、"シーメール"と言うモノになるの。獅子王も私を抱いたのなら穴が1個足りない事に普通気付くでしょうに。戦い以外の事には鈍感すぎるのよあの雄ライオン。まあ、嫌いじゃないけど。
-フォン-
そう思案していたところ、私の首元の紫色の宝石の首飾りが仄かに光りを放った。
-ビクンッ-
「ぅうんっ♥……っっととと」
背筋にピリッとした感覚が走り、私の身体を仰け反らせ快感に震わせた。拍子に杖からずり落ちそうになった私は焦って姿勢を直す。
私の首に掛かっているこの紫色の宝石の首飾り、これを私は"色欲の首飾り"と呼んでいる。私が性的思考をすると反応し光るようになっており、正に色欲を司る……というか助長させている魔法具だ。私を今の私にたらしめた元凶、その発端となる事件である人から貰い受けたもので、あの時の彼が居なければ今の私は居なかったし、悪魔にもなっていなかった。悪魔になって次元移動の魔法など覚えなければ、今の世界、オードゥスルスに来ることも無かっただろう。
こんなものを何故好き好んで付けているか?別に千歳がマースに付けられたサーヴァントチョーカーのように魂と同化していて外せない、という訳じゃない。ちょっと呪われていて他人では外せないが、今の私の力なら外そうと思えば普通に外せる。それでも外さないのは何故か、それは勿論かつて愛した人のモノだから。
そう、"かつて"。もうあの彼はいない。それでも、この首飾りだけは付けていたい。私を私にしてくれた大事な彼のモノだから。
そうね、私の最初の世界の話をしましょう。
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Q.「エタりそうになった?」
A.「リアルとウマで忙しかった」