14.蜜月_03
マースはテントに入るなりアタシを毛布の上に座らせ、アタシの両肩をがっしり掴んでじっと目を見て言ってくる。
「いいですか千歳姉様?千歳姉様は何も悪く有りません。これは必要な事だったのです。あの状況で僕達の邪魔をしたグレッグが悪いのです」
「そ、そうかな?」
アタシはマースの言うように自分を正当化出来ず、彼に疑問を呈する。だがそれすら満足に考える時間も与えられないまま、アタシはマースに押し倒され仰向けに転がされた。
-ドサッ-
「あっ?」
「そうです、僕が保証します、千歳姉様は何も悪く有りません。もしそれでも自分が悪いと思ってしまうのなら、僕のせいにしてください。千歳姉様は僕が守ります。貴女が罪の意識に耐えられないなら、貴女の罪は僕も一緒に背負います。だから大丈夫です」
マースは私の上に覆い被さったまま顔を間近に寄せてそんなセリフを言った。普段のアタシなら何気取ってんのアッハハハと笑い飛ばすところだ。でも今のアタシは笑わなかった、いや笑えなかった。
「いいの?アタシ何するかわかんないよ?きっとまたマースに迷惑かけるよ?」
「問題ありません、いくらでも受け入れます。その代わり僕の側に居て下さい。離れても必ず戻ってきて下さい。貴女の心を僕に……むぐっ?」
アタシは真剣な顔でアタシに告白するマースの事が堪らなく愛おしくなり、喋っている最中のマースを両腕で抱き寄せ、自分の胸の谷間に埋めた。
「マース、ありがとう。アタシの方こそ、貴方の側に居させて?この世界に来てから、アタシは不安で不安で堪らないんだ。昨日も今日も、アタシ一人じゃどうしようも無い事ばっかりで……。でもこうやって貴方に触れていると、その不安な気持ちも全部消えていく。マースは不思議な子だよね、こんなアタシなんかの事心配してくれてさ。アタシなんかただの筋肉女だし、パヤージュや従者さん達の方がずっと可愛くて……ぅむっ?」
マースがアタシの胸の谷間からすぽっと抜けて、喋ってる最中のアタシの唇を自分の唇で塞いできた。
「んっ……❤」
目を瞑り唇を塞がれたままマースの頭を撫でていると、間もなくマースの唇が離れた。
「あむっ……い、いきなりで吃驚しちゃった」
「僕は、千歳姉様が一番可愛いと思ってます」
マースに真顔で恥ずかしげもなくそんなセリフを吐かれたアタシは、赤面したまま歳がらも無く慌てふためく。こうもストレートに好意をぶつけられるとどうしたらいいか分からない。マースは昨日もアタシの事を可愛いと言ってくれたが、アタシは自分の事を可愛いだなんて一度も思ったことはない。アタシの人生は、兎にも角にも空手に打ち込んだ人生だ。子どもの頃は、おばあちゃんの道場でひたすら空手の修練をし、合間に学校、放課後の部活動も当然のように空手部。社会人になってからも、道場で空手をやりながら、合間に仕事。アタシがそれ以外の事をしたのなんて、メグの付き添いでサブカル趣味に少しハマった程度。オシャレともファッションとも程遠い、女子力なんかとは関係の無い人間だ。それでも付き合った男は居たけれど、どれもアタシみたいなデカ女相手に好奇心で近寄ってきた軽率なヤツばっかりで長続きなんてしない。一人だけそこそこまともな奴が居たけれど、ソイツもアタシと居ると疲れるっていって去って行った。それで気づけば32歳。そうこうしているうちにおばあちゃんは死んじゃって、ついぞ花嫁姿すら見せてあげられなかった。
そんなアタシがだ、アタシにだ、真正面から本気で可愛いとか言っちゃってくるマースには、恥ずかしくてどう対処したらいいかわからなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになる訳で。
「ああああぅあぅ……そ、そぉーだ!こんなこと誰に習ったの?」
恥ずかしさで思考が止まりかけのアタシは頭の中が停止寸前のギリギリのところで踏み留まり、初心な少年としてはかなり大胆な方法で迫ってきたマースの行動に言及する。
「今日、サ……親切な人に教えて貰いました」
一瞬名前を言いかけて言葉に詰まったマース。だがアタシには"サ"で始まる名前の親切な人なんてこの世界で一人しか心当たりがなく、大体誰かわかった。すぅーっと冷静さが戻ってきたアタシ。マースのバレバレの態度が面白いのであえて突っ込んで聞いてみる。
「サ?」
「し、親切な人です。きっと千歳姉様が喜ぶだろうからって……」
そっぽを向いてすっ呆けるマース。実際思考が止まるレベルで喜んでしまったのでこれ以上追求するのは止めた。アタシの知ってる"サ"の付く名前の親切な人ならマースにもアタシにも悪いようにはしないし、マースと彼女がどんな練習をしたのか想像してもそれほど悪い気分にもならない。何故そんな感想になるか考えたが、彼女の人柄もあるけど、なによりアタシがマースも彼女の事も同じく好きだからだろう。
「あとはこれも……水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我らの声を隠したまえ、サイレンスエリア!」
-キィィィン-
マースがテントの中にあった小さなステッキ状の杖を手に取り、魔術を発動させた。マースの杖が仄かに青く光り、その光がテントの膜材にすぅっと入り込み外へ抜けていく。
「今のは?」
「魔術でこのテントに音を閉じ込める壁を張りました。これでいくら声を上げても外の皆は気付きません」
「これもその親切な人が?」
「魔術自体は元々あったモノです。ただこういう使い方があると、その、サ……親切な人に」
(サティさん準備いいなぁ)
正直このテントの中での行為はアタシの恥ずかしい声が外の兵士達に丸聞こえになるのは確実だったので、この魔術はとても助かる。これでアタシは思う存分声を上げて鳴いていいらしい。何の遠慮もいらないとなってアタシの身体は益々熱くなる。
「その人はこうやって身体を優しく撫でると、千歳姉様がもっと喜んでくれると言ってました」
「あっ……❤んっ……❤」
マースの手が、指が、アタシのお腹から胸間までゆっくりと撫で上がってくる。ゾクッとする快感がアタシの全身を駆け巡る。そしてマースの指がアタシの胸間に到達したとき、アタシの身体に電流が走った。
-バチィィィッ-
-メキメキ-
「んくっ!?」
「千歳姉様!?」
突然の頭の軋む痛みにアタシは仰け反った。痛みと共にアタシの頭に角が生えたのだ。
「ふえっ?」
角の生えた痛みで涙目になりつつ身体を確認する。角だけじゃない、全身の肌が青くなっていて、髪も金色で暗いテントの中がほんのり明るい。背中には翼、体中に黒い模様も入っている。中間形態だったアタシの身体は、マースの手によって完全悪魔化してしまったのだ。
「アタシ、マースに撫でられて変身しちゃったの?」
「そうみたいですね」
マースも少し驚いたようで、上半身を起こし変身したアタシの身体を見ている。正直アタシはこの悪魔の身体はあまり好きじゃない。勿論戦う時は人間じゃあり得ない程のパワーとスピードに、胸に大穴を会開けられても勝手に治るチート級の回復能力と、この身体はとても便利で良いものではあるのだけれど。兎に角、規格外すぎてアタシの手に余るし、何より青い肌と全身の黒い入れ墨のような模様、それに黒白目が不気味で人に怖がられるのが嫌だった。
「不気味でしょ?今戻るからちょっと待っ……あっ?」
「僕はっ!青いお肌の千歳姉様も大好きです!」
悪魔化したアタシにも構わず、再び覆い被さってくるマース。彼は悪魔のままのアタシも愛してくれると言う。その宣言通り、彼はアタシの青い唇に再び唇を合わせた。
「んんっ……❤」
彼がどうしてアタシにここまでしてくれるのかはわからないけど、怖がらないでいてくれて、好いていてくれるのはとても嬉しい。こんなアタシすら受け入れてくれるのは、とても。
(マース大好き❤)
幸せいっぱいでドロドロに蕩けていく思考の中、アタシは彼の身体に両腕を回し抱きしめる。
(もっと欲しい、もっと来て、マース❤)
アタシが彼をもっと強くと求めた時だった。
-ギュウゥゥン!-
突如、口いっぱいに果汁100%のメロンジュースの甘味が広がり始める。その意味も理解しないままそのままゴクゴクと飲み干すアタシ。満たされて行く身体、更に、もっとと強く吸う。
(甘くて、美味しい。もっと飲みたい……ん?美味しい?)
何故アタシの口の中にメロンジュースの甘味が広がっているのか?どうしてこれを飲んでいるとアタシの身体が満たされて行くのか?不思議に思っていたところ、
(……しまった!?)
これの出所に気が付いた。だがメロンジュースの出所に気付いた時にはもう遅かった。
「んんんんんんんんーーーーーっっっ❤❤❤」
アタシに唇を合わせたまま、悲鳴のような艶声を上げ続けるマース。彼は上気した顔のまま、アタシの上で全身を陸へ上げられた魚のようにビクンビクン跳ねさせている。
(ヤバいヤバいヤバいッ!このままじゃマースが死ぬっ!!)
アタシは無意識のウチに吸精をしていたらしい、それも口から。口からの吸精のスピードは手を首筋に合わせるよりもずっと早かった。フライア曰わく、サティさんほどではないが、フライアの血を引いているためそこそこ吸精に耐性があるらしいマース。だがその彼はアタシの吸精であっという間に弱って行く。
「んんんんんーーーーーっっっ❤❤❤」
(吸精止まれ!止まらないっ!?なら口を!離れないっ!?)
アタシに流れ込み続けるメロンジュース味の彼の命。美味しいとか言ってる場合じゃない、早く口を離し吸精を止めなければマースが死んでしまう。だが肝心の口が離れない。瞬間接着剤でくっつけたかの如く、いくら引っ張っても唇が離れない。
さらに、マースの口を伝ってアタシの口の中にメロンジュース以外の感触が増える。わた飴のような、饅頭のような、とにかく柔らかくふわっとしたものだ。アタシの吸精でメロンジュースに混じり、それの欠片のようなものがアタシの中に入り込んでくる。これが何かはわからないが、兎に角マースの口からアタシが強制的に引っ張り出しているモノだ。早急に止めなければならない。
「んんんーーーーっっ❤❤❤」
(どうする!?どうすんの!?あっ!解除!変身解除!戻れアタシ!!全部戻れアタシ!!)
-スウゥッ-
口が離れないのを異常なまでの命の吸引力の強さだと察したアタシは、自分の悪魔化を解いて元の人間体まで戻す。
「ぷはっ!離れたっ!口!」
「ぅ……❤」
人間体になりなんとかマースから口を離す事に成功したアタシ。身体の上のマースを毛布の上に下ろした。だが肝心のマースの様態がおかしい。
「……」
「マース?マース!?大丈夫っ!?マースっ!?」
マースの身体はやせ細り、アタシの呼びかけにも応じずピクリとも動かない。不審に思ったアタシは彼の口元に耳を近づけた。
「まさかマースっ!?……うああっっ!!息してっ!?息してないっ!!」
マースは呼吸をしていなかった。恐らくアタシの吸精で命を吸われ過ぎたのだ。ゴブリンのように骨と皮になった訳ではないが、このやつれ様は尋常ではない。アタシは緊急事態であることをすぐさま察し、両手を伸ばし咄嗟に一番素早く呼べる助けを呼ぶ。
「ヒルド!プレクト!出てきてーっ!」
-フワッ-
アタシの眼前に現れる眠たげなヴァルキリー二人。
「んん……ご主人様?なんすか?うわっ狭っ、って、マース様?」
「なんだよぉ千歳ぇ、俺眠いんだけど……えっ?マース!?どうしたんだよこれ!?」
ヒルド達が足元のやせ細ったマースに気付き、驚きの声を上げた。
「マースが息してないの!!今すぐここにキートリーとサティさん連れてきて!!」
「よくわかんないっすけどわかったっす!」
「キートリーとサティだな!?すぐ連れてくる!!」
-バサァッ-
-バサバサバサッ-
状況を説明してる暇がない。アタシは二人に兎に角キートリー達を連れてくるよう頼んだ。テントを出てキートリーのテントへ飛び立つ二人。
そして残されたアタシと呼吸していないマース。アタシものんびりしている暇は無い。自力で呼吸が出来ていない以上、アタシが酸素を送り込む必要がある。アタシはマースを仰向けに倒し、救命活動を始める。
「人工呼吸!気道確保ヨシ!鼻つまみヨシ!」
マースの首をくいっと上に向け、片手で鼻を摘まむ。息を吹き込む前準備をした後、息を吸ってマースに口付けし、ゆっくりと息を吹き込む。
(1秒!……胸部確認!空気ヨシ!2回目!1秒!……胸部確認!空気ヨシ!)
「ぷはっ、次!胸骨圧迫30回!」
人工呼吸が終わったので即座に心臓マッサージに入る。アタシが下手に力を入れればマースの肋骨が折れる。折れない程度に胸に力をかけ心臓を圧迫するためには絶妙な力加減が必要だ。
(訓練はしてる!あの感覚を思い出せ!)
人工呼吸の訓練は何度も職場でやっている。実際にやるのは初めてだが、訓練通りやるしかない。
(1、2、3、4、5、6……)
人工呼吸2回、胸骨圧迫30回、これが心肺蘇生法の1セットだ。これを救助が来るまでずっと繰り返す。この世界にAEDなんて便利なモノはないだろう。サティさんの魔術か、キートリーの闘気治療、このどちらかが来るまでアタシは心肺蘇生法を繰り返すしかないのだ。
と、胸骨圧迫中にここでテントの外の気配に気が付く。ヒルド達じゃない。背が高め、どうやら男性だ。
「これは……防音魔術?何故マース様のテントに?」
聞き覚えのある声。今朝の騒動中、悪魔化し恐怖の対象として刃を向けられていたアタシを最後まで庇ってくれた二人の内の一人。
「ジェームズさん!」
アタシは彼の名を叫ぶ。ジェームズさんは魔術師だ。もしかしたら回復魔術も使えるかもしれない。マースを助けてくれるかもしれない。アタシは藁にも縋る思いで彼の名を叫んだ。
が、ジェームズさんにアタシの叫びは届かない。このテントには防音の魔術が掛けられている。もっとも魔術を掛けた当人は今呼吸をしていないが。
「む?そう言う事か?ふふふ、マース様もそう言うお年頃ですか」
ジェームズさんは何を察したのか、テントを離れようとする。だが今彼にここを離れられては困る。アタシは咄嗟にテントから飛び出し、ジェームズさんの腕を掴んだ。
「うおっ!?ミス千歳!?」
「ジェームズさん!助けて!」
いきなり飛び出したアタシに吃驚したらしいジェームズさん。彼のの腕を無理やり引っ張り、マースのテント内に引きずり込む。
「お願いジェームスさん!マースを助けて!」
「どういうことですミス千歳!?マース様を?マース様……マっ、マース様!?」
ジェームズさんもマースの状態に気付いたらしい。この狭いテントの寝床の上でマースがやせ細り呼吸も無しに倒れているのだ。
「マースが息してないの!!助けて!」
「なんとっ!?承知しました!外傷はないっ!ならばすぐに!」
そう言ってジェームズさんは持っていた杖を掲げた。
「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って彼の者の傷を癒せ、ヒール!」
-キィィィン-
杖が青く輝き、マースに治癒魔術が掛けられる。ほんのり光るマースの身体。アタシの吸精でやせ細っていた身体が、僅かに膨らみを取り戻す。
「……かはっ」
「マース!?」
マースが息を吹き返した。ジェームズさんの治癒魔術で一命を取り留めたらしい。
「マース!マース!大丈夫!?マース!!」
「マース様!ご無事で?」
「千歳姉様……?ジェームス……?大丈夫、僕は平気だよ……」
まだやせ細ったままの身体で気丈にも強がって見せるマースだが、傍から見てまだ大丈夫には見えない。
「マース様、まだ御無理はいけません。念のためもう一度ヒールを」
「マース!マースぅっ!ごめんっ!ごめんねっ!!アタシっ!アタシっ!」
アタシはそのままマースの手を握った。アタシのせいでマースの命を奪ってしまうところだった。興奮していたとはいえ、よりにもよって軽いキスで吸精が暴発してしまうとは。昨日フライアが言っていた、"力の使い方がわからない貴女が仲間連れて歩く方が危険なのよ?"と言うのはこう言う事だったのかもしれない。それに手より口の方が吸精のスピードが速いのも知らなかった。確かに吸うんだから口の方が早いのは当然なのかもしれないが、アタシは吸精は手でやるものだと思っていたので完全に油断していた。
アタシがそんな後悔を思いつつ、マースの手を握ったままでいると、ジェームスさんの困惑の声が聞こえてくる。
「ヒールが発動しない?何故だ!?」
「ああっ!?それアタシのせいでっ!離れますっ!」
「ミス千歳の?ああ、そういえば今朝の一件の時もそうでしたか」
アタシは水魔術の効果を打ち消す体質らしい。どういう原理かは知らないけどアタシの身体はそうなっている。そしてそんなアタシがマースに触れていたら、マースへの魔術も発動しない、そんなところだろう。アタシはマースにくっ付いていてはダメなのだ。
アタシはマースから手を離し、テントの隅っこに寄った。
「ジェームスさん!お願いしますっ!」
「むっ?水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って彼の者の傷を癒せ、ヒール!」
-キィィィン-
ジェームズさんによってマースの身体に再度治癒魔術が掛けられた。マースはまだやせ細ってはいるが、今のヒールで大分もとの身体に戻った。
「おお、発動した。ミス千歳、貴女はいったい?」
「ごめんなさい、アタシこういう体質なんです、ごめんなさい。これ以上は、その、よくわからなくて……」
「ふーむ、悪魔化だけではなく……いえ、何か事情がお有りのようですね。お気になさらず」
ジェームズさんはアタシの正体が気になる様子だったが、何か納得してくれたらしくそれ以上は突っ込んで聞いては来なかった。
「うっく、ジェームズ、助かったよ、ありがとう」
「いえ、マース様、間に合って良かった」
マースが身体を起こした。まだ完全ではないが、動けるようにはなったらしい。
アタシはそんなマースを見て安心したあと、改めて自分の口に手で触れる。
(アタシがマースを殺してしまうところだった?アタシが、マースを?)
アタシはマースが大好きだ。だから彼に身を委ね唇を重ねた。幸せだった、もっと彼に触れたかった、もっと彼に触れてもらいたかった、身体の隅々まで、もっと奥まで触れ欲しかった、ただそれだけだった。ただそれだけで、アタシの吸精は発動してしまった。アタシの唇がマースの命を奪っていた。手より口の方が命を奪うスピードが速かった。それよりももっと深いところなら、きっと更に早いスピードで彼の命を奪うだろう。彼の事が大切ならば、アタシは彼に触れてはならない、彼の事が好きならば、アタシはマースに近付いてはならない。彼の事が愛おしいならば、彼の愛を受け入れてはならない。
(アタシは、マースの側に居ちゃいけない?)
そのジレンマに気付いた時、
「あ゛あ゛ーーーーっっ!!」
「千歳姉様!?」
「ミス千歳?」
アタシの口から漏れたのは悲鳴だった。
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