14.蜜月_01
「ええ、それではお開きですわ。お姉様、今日はワタクシのテントでお休みになりますわよね?」
隣のキートリーがアタシに今日の寝床の確認を取りに来た。ただアタシは、今日もまたマースと寝ると決めていたので彼女のお誘いを断る。
「あのねキートリー、アタシ今日もマースのところで寝ようかなって」
「んんんーっ!?」
「えっ?キートリー?突然どうしたの?」
「い、いいえ、なんでもありませんの。そうですわよね、そこの二人の寝床も必要ですわよね。ではヒルドにはワタクシのテントで、プレクトにはマースのテント寝ていただこうかしら?それでお姉様は……」
突然大声を上げ渋い顔をしてみせるキートリー。どうもヒルドとプレクトの寝床を心配しているらしい。キートリーはこういう細かいところまで気にしてくれるとても良い子だ。だがヒルド達の寝床は別に用意してもらわなくてもアタシの中で眠って貰えばいいのでそこまで心配する必要はない。
「ねえヒルドー、プレクトー、二人とも寝床はどうするー?」
「俺はご主人様の中で眠りたいっす」
「俺もー、千歳の中が一番安心するんだよな」
二人に寝床の話をしたが、外で寝るよりもやっぱりアタシの中で寝る方がいいらしい。なので二人をアタシの中へ戻す。
「ん、わかった、じゃあ二人とも戻ってー」
-フワァッ-
すると二人の姿が光となって散り、アタシの中に戻っていった。
(くぁぁ~、千歳の中あったけぇ……おやすみ)
(ふあぁ……おやすみっすご主人様)
頭の中で聞こえる二人の就寝の挨拶。二人はあっという間に眠りに入ってしまった。
「うおっ?なんだ?二人が消えた?」
「消えましたね……」
「うん、今二人ともアタシの中にいるよ?もう寝ちゃったけど」
ボース達は光となって消えたヒルドとプレクトを見て吃驚している。だがヒルド達は消えたのではなくアタシの中に戻ったのだ。呼べばまた出て来てくれる。勿論寝たばっかりの二人を無駄にたたき起こすつもりもないけど。
「凄いですね、ヴァルキリーの召喚術、ですか。興味深いです」
「まあ、そんな大層なモノじゃないけどね」
マースがアタシのヒルド達の呼び出しに興味を持っている様子だ。目がキラキラしている。ただアタシは何となく呼び出して、何となく戻ってきてもらっているだけなので、何も凄いという感覚はないのだけれど。
さてとアタシはマースとそのままこの場を離れようとしたのだけれど、
「よっし、じゃあアタシ、マースと寝るから、みんなおやす……」
「あー!あー!いけませんわお姉様!お姉様!男女が二人っきりで寝床を共にするなどと、いけませんわ!何か間違いでもあったらと!ワタクシ!心配で!お父様!お父様からも何か言って下さいな!」
キートリーからやけに大声の待ったが掛かる。マースとなら昨日一緒に寝たハズなのだけど、キートリー曰く二人きりはダメらしい。
「別に俺ぁ相手が千歳なら構わんけど。血筋がどうの言うつもりはねえし。っていうか千歳なら血筋も問題ねえなぁ?元を辿ればフライアなんだし?だからマースが良いんなら良いんじゃあねえの?」
「あー!あー!このハゲ!この好色一代ハゲ!」
「なんだよ好色一代ハゲって」
ボースが血筋がどうのと言い出した。キートリーはやたら大きな声で叫んでいる。
(えっ?待って?血筋?マースと一緒に寝るのにアタシの血筋がなんで関係してくるの?)
アタシは本当にただマースをぎゅーって抱きしめて眠りたいだけだ。そうすれば安心できるから、理由はそれただ一つ。だが二人の認識は違う様子。
「キートリー姉様、別に僕は千歳姉様になにもするつもりは……」
「ほ・ん・と・う・に?本当に心からそう思ってますの?お姉様を一度もそう言う目で見たことが無いと?このお姉様の身体を見て?本当に一度も?メルジナ神に誓えますの?フライアに誓えますの?」
キートリーがマースの肩を掴み、彼の顔前に自分の顔を近づけ、アタシを指差しながらそのまま彼を問い詰め始める。
「あ、いや、それは、その……」
マースがアタシをチラリと見た。その後キートリーに視線を戻したがキートリーの迫力に怯んだのか、質問の答えに詰まっている。
「あー!やっぱりそうですのね!お姉様をそう言う目で見てますのね!!」
黙るマースを前に、キートリーが小さな瞳を見開いてわざとらしく大きな声で言った。そしてキートリーはマースから手を離し、くるりと大げさな動作でアタシの方に振り向いて訴える。
「お姉様!男は狼なのですわ!マースは見た目は子どもですけれど、中身はもう立派な狼なのですわ!」
両腕を広げ興奮気味にアタシに訴えるキートリー。マースを守ると言うよりはアタシを守る風な言動だ。で、鈍いアタシもそろそろ二人の言っている意味に気づき始める。
(マースが狼って……マースがアタシに?そりゃ、相手は健全な男の子な訳だから、そういうのにも興味はあるかもだけど。でもマースだよ?マースがアタシにそんなことする?)
マースがアタシに性的興奮する可能性があるのは、昨日の媚香の暴風をやってしまった時に知っている。だがそれはあの媚香の暴風という異常事態での事。平常時、マースがアタシを襲うなどと言う事態は到底予想出来ない。この子がそんなことする訳がない。
「おいおい、キートリー、ちょっと落ち着けよ。お前そんなんだから未だに婚約の相手も……」
(ボースさん、年頃の娘にそれは禁句)
ボースはアタシとマースの事で興奮気味なキートリーを止めようと口を挟んだのだが、よりによって一番相手を怒らせそうなことを口走ってしまった。
-ヒュンッ-
「せやああああっ!!」
-ドゴォッ!-
「うげぇええええっ!?」
キートリーの怒りの蹴りがボースのみぞおちにキレイに入った。そのまま近くの木に叩きつけられ、崩れ落ちるボース。
「あー……」
「ああー……」
アタシはマースと二人でボース達の様子を伺っていた。今のは口を滑らせたボースが悪い。
「このハゲーッ!」
「だ、旦那様ぁぁーーっ!?」
「お嬢様!お嬢様いけません!お待ち下さいお嬢様!お嬢様!」
そんなアタシ達の前で、追撃を入れようとするキートリー、それを止めようと焦って集まってくる従者さん達。崩れ落ちたボースを介抱しようと近付くセルジュさん。
「成敗!成敗ですわ!!巨悪は成敗!!」
「お゛っ……お゛ぉぉぉい゛、キー、トリー、ちょっ、待て、待て待て」
数人の従者さん達がキートリーを止めようと彼女に絡みつくが、キートリーはまだキレ足りないらしく、絡みついた従者さん達をズリズリ引きずりながら倒れているボースに迫っていく。ボースは蹴られた鳩尾を庇いつつ、立ち上がりキートリーに待ったをかける。だがキートリーは容赦なくボースに迫る。
「わかった、わかった、俺が悪かった、話をしよう、な?キートリー?だから落ち着け?落ち着け?」
「おーとーうーさーまーぁぁ?」
何とかキートリーに落ち着いて貰おうと説得するボース。キートリーは口はニヤリと笑っているが、目が全く笑っていない。
「おちつ」
-ドゴオ!-
「うげえぇぇーーっ!?」
「あぁっ!?旦那様ぁぁーーっ!?」
猛獣と化したキートリーは従者さん達では止められず、ボースに2撃目の蹴りが入った。ボースがまた盛大に近くの木まで吹き飛ばされている。流石に心配になったアタシはマースに止めるべきか聞いてみる。
「ねえマース、アレ止めた方がいいかな?」
「父上なら平気です。キートリー姉様もちゃんと手加減していますので、恐らくは放っておいて良いかと」
「そ、そうなんだ?」
(手加減、手加減ってなんだ?)
アタシは手加減の意味を忘れそうになりつつ、またキートリーに蹴られて吹っ飛んでいくボースを横目にマースと共にテントへ戻ることにした。
「じゃあマース、行こっか?」
「はい、千歳姉様」
そのままマースのテントへ向けて歩くアタシ達。
そうしてしばらくマースと歩いていると、マースがアタシの顔を覗き込んで聞いてきた。
「あの、千歳姉様?」
「なぁにマース?」
アタシの顔を見つめるマースの表情はどことなく心許なげで、落ち着かない。
「今日も、僕のテントで一緒に眠ってくれる……ので、いいのですよね?」
「ん?うん、マースさえ良ければ、だけど」
「……」
マースの言いたいことは何となくわかった。アタシと二人っきりで寝るのが恥ずかしいのだろう。マースだって年頃の少年だ、アタシみたいな女と眠るのに抵抗があるのはいたって普通なこと。断られるのは正直悲しいが、マースが嫌なら仕方がない。アタシはマースに断られたらそのままキートリーのところに行って眠らせて貰うつもりだ。
「あ、やっぱ嫌だったり?」
「嫌じゃありません!嫌じゃないです!一緒に!一緒に寝ましょう!千歳姉様!」
マースはぐっとガッツポーズを決めて一緒に寝ると言ってくれる。アタシはアタシで二人っきりは嫌なのかなと思っていたので、ほっとした。
「あははっ、そんなに喜ばれるとなーんか恥ずかしいなぁ」
アタシとしてはありがたいことで今日もマースと眠れると思うと本当に安心する。ただちょっとそこまで熱く返答されるとアタシも少し恥ずかしい。
「……」
「……」
そのまま二人で道を歩くアタシ達。その途中、マースが何故か常にソワソワしている。マースがちらちらとアタシの身体を見ているような気がした。自意識過剰かもしれないと思いつつも、さっきからアタシがマースへ視線を向けると、マースが何か罰が悪そうに目線を逸らすのは確かだ。
アタシはここでキートリーが言っていた"男は狼なのですわ!"の話を思い出す。
(やっぱり男の子だし興味あるのかな?でもまさかなぁ、相手はマースだし。何より対象がアタシだよ?アタシ?んんー、でも一応、聞いておく、かな?)
興味本位で聞かなければいい事を聞いてしまうアタシ。
「ねえマース」
「はい、なんでしょう千歳姉様?」
「キートリーがさっき言ってた様なことって、アタシの、その、身体に興味とかって、ある?」
アタシがそう言った途端、マースが足を止めて大きく目を見開いた。アタシとしてもその反応は予想外だったので、吃驚してその場に止まってしまう。そしてマースがアタシの目を見つめたまま力強く答える。
「あります!」
マースのキャンプに響き渡るほどの大きな声。その声は昨日の夜や今日の朝のような怒声ではなく、少し裏返ったような甲高い声だ。そしてマースの返答を聞いたアタシも動揺が広がる。まさかマースが直球でそんなことを答えるとは思っていなかったのだ。
(あるんだ、アタシに、興味あるんだ……えっ、どうしよう?)
マースの事を神聖な何かと思い込んでいたアタシは、彼の普通の少年としての姿を見せつけられ、どうしようかと迷い始める。マースが自分は子どもではなく男だと自己申告したのだ。これから男女が二人っきりで同衾するのだ。否応なしに意識させられる。
「あっ、いやっ、そのっ、これは一般的な男子としての興味があると言う事で、千歳姉様をどうしたいとかそう言う意味ではなくて、ああでも千歳姉様の事が嫌いとか言う訳ではなくてむしろ好きと言うかその……」
マースは今度は赤面したまま弁解を始めた。イマイチ煮え切らない態度ではあるが、初心な少年としては当然なのかも。これでグイグイ来るようであってもアタシは弱ってしまう。アタシはどの道断れない、断らないかもだろうから。だって相手はマースだもの。
「ち、千歳姉様のことはすっ、好きですっ、けどっ、興味があると言ったのは、べっ、別に嫌らしい意味とかではなくて……」
マースはまだ赤面したままモゴモゴと弁解を続けている。本当にアタシの事がどうでもいいならここまで粘らないだろう。その仕草が可愛らしくて、アタシを傷付けまいと言動を選ぶ姿が尊くて、だけど、
(あともう一押し言ってくれないと、このまま終わっちゃうよ、マース)
そう思ったアタシはまだ少し迷いつつもマースを後押しする問いを彼に放つ。
「じゃあ、もしアタシが、えっちなこと、してもいいよって言ったら?」
「したいです!」
アタシの誘いに、マースは顔を上げて即答した。彼はアタシの目を真剣にじっと見つめ、嘘でも偽りでも無いと暗に訴えてくる。
そんな彼の瞳を見てゾクリと、身体の奥が疼いた。
「そ、そっか、そっか。ふーん、したいんだ、そっか」
アタシはそんな彼の真っすぐな瞳が眩しくて、平然とした表情を装ったまま、彼から目をそらして歩き出した。だが内心は揺れに揺れている。
(マースがアタシと?マースがアタシに?このまま?テントで?)
アタシはまるで生娘のようにパニくっていた。過去に何人も、と言っても片手で数えられる程度だけれど付き合った男は居たし、やることはやっている。今更何に動揺しているのか、アタシにもわからない。
マースも一緒に隣りを歩いているが、彼はその後もしばらくアタシへ熱い視線を注いでいた。
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