13.アタシの報連相_04
「わかりました。基本的にはボースさんの指示に従うという形で動けばいいんですね?」
また各自テーブルに座りなおし、作戦会議を開始したアタシ達。会議をするに当たって、テーブルの上からはパンやスープが片付けられ、キャンプ周辺の地図が広げられた。
ボースからメグ救出作戦の概要を聞く限り、基本は最初にキートリー達と決めた作戦と同じだ。昨日サティさんが言っていた、
"「出発は明朝。日の高いうちに護衛と共にシュダ森の中央を突破、シュダ森南の砂浜にて千歳さんの船を転覆から復帰させ乗船、日が落ちるまでにクラーケンを発見して海中から引きずり出し、海上にてこれを撃破。クラーケンに囚われている庭野恵様を救出。そのまま千歳様の島へ庭野恵様を送り届けます」"
で、大まかなところは変わらないらしい。
「そうだ、俺が水中に潜っている間の指揮権はマースに委ねる。水中じゃあ全体の状況把握が難しいからな。こっちの状況は水中から魔術で、マース、お前に状況を知らせる。皆は俺が水上に戻って来るまでマース指示に従い行動してくれ」
「本来ならばお父様かワタクシが指揮をするべきところなのですけれど今回はどちらも前衛、それも水の中。だからマース、頼みましたわよ」
「承知しました父上、キートリー姉様」
ボースが水中にいる時の一時的な事とは言え、現場の指揮権を任せられる14歳の少年なマース。僅か9人でも命が掛かっている、アタシならプレッシャーで潰れてしまうところだ。と、少し心配になってマースを見ていたら、大丈夫ですよと言わんばかりにニッコリ笑顔で返されてしまった。
(ヤダカッコイイ、マース好き)
「後は千歳の船が使えなかった時のために、明日の夕刻前ぐらいにはボーフォートからの船がトーヴィオンの海に着く事になってる。まあ、念のためだ、基本は千歳の船でクラーケンを探す作戦になる」
ボースの言うトーヴィオンの海と言うのは、シュダ森の南の砂浜、そこから先の海の事を言うらしい。つまりトーヴィオンの海深くにメグは囚われている。
「おっけーです。アタシは操舵に専念する感じですね」
アタシのプレジャーボートを操舵できるのはこの世界では今のところアタシだけだ。よってアタシが船を運転するのは変わらない。
「ああ、しかしなんだ、お前一人でホントに船を操れんのか?」
「ふっふーん、アタシはこう見えて一応1級の船舶免許持ちですからね。任せてくださいよ」
ボースがアタシの操舵に疑念を持っているらしいが、アタシはポンッと胸を叩いて得意げに答える。自慢じゃないがアタシは一応一級小型船舶操縦士の免許持ちだ。やろうと思えば外洋にだって出れる。もっとも燃料の問題があるからそんな遠くまで行く気はないし行けもしないけれど。操舵だってエンジンの整備だって、おばあちゃんに死ぬほど教え込まれている。
「でぃーぜるえんじん!でぃーぜるえんじんの船ですよね!?」
ディーゼルエンジンにご執心なマースが、興奮気味に椅子から身体をテーブルに乗り上げて目を煌かせている。
「そうだよ、エンジン付きだから一人で動かせるの。まあ今は転覆してるから復帰させて……あっ」
「お姉様?どうしましたの?」
自分で喋っていて気付く。転覆した船、それも2日も放っておいたエンジンが浸水しているのは確実だ。分解して整備して乾燥は勿論、点火プラグも交換しなければエンジンはまず動かないだろう。だが今のアタシは点火プラグどころかエンジンを分解させる工具すら持っていない。
「しまった……キートリー、ボースさん、アタシの船なんですけど、今転覆しっぱなしで復帰させてもエンジン乾燥させて整備しないと動かないかもしれません、って言うか多分そのままじゃ動かない……」
完全に勇み足だった。自分の浅はかさに溜息が出る。
「オイオイオイ、今頃それ言うか」
「ごめんなさい……メグの事ばっかり考えてて船の状態の事が頭から抜けてて……一応、交換部品とか工具とかはアタシの島にあるんですけど」
ボースの困惑の声が飛ぶ。だがそれも当然だろう、作戦は明日、前日の夜にいきなり作戦の根幹をひっくり返されてはたまったものではない。アタシはアタシで不安になり思わず指を噛んでしまっている。
「と言う事は、お姉様の島に行けば船を治す部品はあるんですのね?」
「うん、だけど島まで行く手段が……」
あの砂浜から島まではボートを走らせて十数分掛かる。工具や交換部品を濡らすのは問題外なので、泳いで行く訳にはいかない。
「んならアレだ、千歳、お前空飛べるだろ?それで島まで行けばいんじゃあねえか?」
「あ、そっか、今のアタシ空飛べるんだっけ?じゃあ部品調達はアタシが島まで飛んでいくとして」
ボースが後ろの吹っ飛ばされたテントを見つつアタシに言った。そうだ、今のアタシは空を飛べるのだ。今回は着地に失敗してボースのテントごと滅茶苦茶にしてしまったが、次こそは失敗せずに着陸してみせる。それでもダメそうだったら、プレクト達に手伝ってもらうつもりだけど。
「後は……ちょっとエンジンの乾燥に時間が掛かると思う。エンジンの中が濡れてるとエンジンの始動が出来ないんだよね。そのまま無理にエンジン始動させようとすると下手をすればボンっだし」
水上を走る船と言えど、中身は機械、電子部品も電気配線も沢山ある。精密機器に水は天敵だ。エンジンを分解し乾燥させもう一度組みなおすとなると、正直何時間かかるか分かったものではない。
(エンジンは勿論のこと、航海計器はきっと浸水で壊れちゃってるだろうな。無線とかは使えなくてもこの世界じゃ受信してくれる相手がいないから困らないけど、レーダーやソナーが使えないのはかなり不味いよねえ。特にソナー。水中のクラーケンの探索に絶対役立つはずなのに、壊れてちゃなんにもならないじゃない)
アタシは考え込みながら指をガジガジ噛んだ。プレジャーボートに付いている航海計器はこの世界ではオーバーテクノロジーの塊みたいなものだろう。当然そんなものは一度壊れてしまえば治す手立てはない。勿論、エンジン本体も。
アタシが後悔と焦りで指を噛み千切りそうになっていると、マースがアタシを見て言う。
「千歳姉様、でぃーぜるえんじんを乾燥させれば良いのですか?であれば乾燥用の魔術がありますけれど」
「えっ?そんなのあるの?」
予想していないところからの助け舟に、素っ頓狂な声を上げるアタシ。だが乾燥させると言っても風を当てて乾かす程度の代物かもしれない、船を正常に動かすには、密閉されているエンジンと計器の中の回路の乾燥をしなければならないのだ。
「マース、それって密閉された金属の中の水だけ乾燥させるとかも出来たりする?」
「こう、空間を指定して水分を消滅させるので、可能かと」
マースはアタシの質問を受けて、人差し指で眼前に半畳サイズくらいの四角を作って答えて見せる。奥行がわからないが、数回やって貰えばエンジンも計器も乾燥が出来そうな大きさだ。
「そう言えばマース、以前そんな魔術を研究していましたわね。何に使うのかと思っていましたけれど、意外なところで役に立つものですわねぇ……」
キートリーは顎に手を当ててうんうんと頷き感心している。彼女はどうも以前からマースの乾燥させる魔術の存在は知っていたらしい。
「マース!それ!それお願い!それ使って!エンジンと計器乾かして!」
「千歳姉様、お任せください!」
自信ありげにアタシの願いを承るマース。渡りに船とはまさにこの事で、マースの魔術次第ではボートを転覆から復帰させて即エンジンが始動できるかもしれない。上手く行けば計器まで回復出来るかもしれないが、回路が海水で錆びて使えなくなっている可能性は高い、なのでそっちは当てにしないようにする。
「よぉし、じゃあ状況整理だ。まずはシュダ森を護衛隊に任せて突破、現地に着く。そんで千歳の船を復帰、マースがそのでぃー……ナントカえんじんとやらを乾燥させて船を動かす。それでダメなら千歳の島に向かって交換部品を持ってきて船を整備。それでも動かねえなら、まあ最悪は千歳の船は諦めて、夕刻まで待ってボーフォートから来る魔術動力船でトーヴィオンの海に出る」
ボースが作戦の流れを再確認し出す。作戦遂行に当たってアタシ、というかアタシのボートの重要度は非常に高い。エンジン始動に失敗したら、その時点で半日が潰れてしまう。明日の昼の時点で、メグを守っている薄膜、守護の腕輪の残り時間はもう1日しかない。ボーフォートからの船を待って夕刻からクラーケンの捜索となると、夜に海中海上の戦闘となる。危険は格段に増すし、そもそも夜中にクラーケンを見つけられるかも怪しくなる。下手をするとそのまま朝、昼となってタイムリミットだ。ボートのエンジンは明るい内に必ず始動させなければならない。
(責任重大すぎて吐きそう。でもアタシが頑張らなきゃ。メグを助ける、あの子を取り戻してみせる、絶対に)
もう二度とメグを手放すつもりはない。アタシは胸に握拳を当てて心に掛かるプレッシャーを押し殺してボースに答える。
「はい、それで問題ありません」
「おーし、でだ」
ボースはアタシの返答を聞き、満足そうに頷いた。そして彼はキートリーに目線を渡す。
「ええ、それで沖に出てからですけれど」
「はい、僕が魔術でクラーケンの探索を行います」
キートリーの話にマースがすっと手を上げて返答する。
「はあ、こればっかりはマース達頼みですわねぇ」
肩を竦めて軽い溜息を付くキートリー。彼女は魔術が使えないので、手伝えなくて歯がゆいところがあるのかもしれない。もっとも魔術が使えないのはアタシも同じなので、アタシも歯がゆいっちゃー歯がゆいのだけれど。
(アタシも何か手伝えたらなぁ、って、あ、ボートのソナーが生きてたら手伝えるかもなのかな?)
ふとボートについてるソナーを思い出す。真下だけ探知できる普通の魚群探知機と違い、アタシのボートのに付いてるソナーは周囲方向まるごと探知可能な優れものだ。あのデカい触手、クラーケンならソナーにバッチリ映る。とは言え、それは運よくソナーが壊れていなかったらの場合だ。基本はマースの魔術に頼ることになるだろう。
「それで、クラーケンが見つかってからはどうしますの?」
「はい、恵さんを探すにしてもクラーケンを放っておいての探索は危険すぎますので……」
「ああ、一度捕まえられれば、どでかい船でも簡単に沈没に追い込むのがクラーケンってやつだ。千歳のボートみたいな小型船じゃ触手に捕まえられたら一巻の終わりだろうよ」
「うええー」
ボース達の言葉を聞き、クラーケンにボートごと海に引きずり込まれる嫌な想像をしてしまった。よしんば転覆するボートから逃れたとしても、あの強力な触手に捕まりでもしたら皆まるごとクラーケンの餌食になる。もっともその触手に実際に海に引きずり込まれてしまったのがメグだ。アタシは怯えてなんていられない。
「そういうことで、まずはクラーケンの無力化が必須です。僕が強化魔術と一緒に潜水用の魔術を父上とキートリー姉様に掛けますので、父上達にはそのまま水中でクラーケンとの戦闘に入って頂きます。この際、出来るだけクラーケンを水上におびき寄せてください。クラーケン相手となると、いくら潜水魔術を使っても水中のままでは不利です」
「水中じゃ踏ん張れねえからなぁ」
「ワタクシの体術も、流石に満足な踏み込みが出来ませんと威力半減と言うレベルじゃありませんわ」
(地の利があるにしても、この二人でも不利になる相手なのかクラーケンって。ああ、昨日のアタシの無謀っぷりよ)
クラーケンはボースとキートリーでさえ水中では不利となる相手だと言う。アタシは昨日そのクラーケン相手に悪魔化も出来ないただの人間のまま立ち向かった訳だが、結果は知っての通りの両腕複雑骨折と頭蓋骨骨折。
(悪魔化なんてチートがなければアタシの魂は今頃オードゥスルスの腹の中。これは神様、いや、フラ爺に感謝するべきなのかなぁ?)
アタシは悪魔の力を授けてくれた、と言うか遺伝させてくれた祖父のフライアに感謝するべきか迷っている間も会議は進む。
「それで水上におびき寄せたら、パヤージュとエメリーの風魔術で触手を切断し、クラーケンの戦闘能力を奪い無力化します」
「アタシはその間、触手に捕まらないよう船の回避行動をしていればいい感じ?」
「そうです、僕も魔術で船の防御をしますが、クラーケンの触手ともなると直撃を喰らうと耐え切れるかは怪しいです。なのでここは千歳姉様の腕の見せ所になります」
「うへえ、責任重大だわ……」
マースの言葉に、アタシは更なるプレッシャーで胸に当てている握り拳にさらに力が入る。おばあちゃんに一通り操舵技術は教え込まれてはいる。止まってるブイを避けるとかは楽勝であるが、今回の障害物はデカい触手、それも複数で、相手は動いてこっちを狙ってくるのだ。レース用のボートと違って、アタシのボートは一応レジャー用なので全速力な機動なんてしたことが無い。とは言え泣き言も言ってられない。やるしかないのだ。
「勿論補助はしますわ、水魔術での水流操作と、風魔術での空力補助で、船の速度と旋回性能は各段に上がるハズですの。後は船の直掩としてショーンが付きますわ。最悪、マースの魔術防壁が破られてもショーンがあのバトルアックスで触手から船を守りますわよ」
キートリーがプレッシャーで暗い顔をしていたらしいアタシを気遣ってか、フォローを入れてくれた。ショーンさんのバトルアックスと言えば、彼が背中に背負っていた人の背丈ほどもある異様にデカい斧だ。あれならクラーケンの触手相手でも有効打を与えられるかもしれない。とは言え、ショーンさんに頼るのは最後の手段。基本はアタシの操舵技術だよりだ。
「わかった、全力で避ける。悪いけどショーンさんの出番は無いようにさせてもらうから。あの触手が危険なのは身をもって知ってるし。アタシ、アイツに腕2本ともバッキバキに折られてるんだからね」
キートリーの言葉に気を取り直したアタシ。昨日折られた両腕を軽く掲げ自虐ネタを混ぜて返答する。自分でネタを振っておいてなんだが、今のアタシの両腕に傷は無い。本来なら病院に行って全治何か月モノの大ケガだ。それが一日どころか当日の夜で何事も無かったかのように治ってた辺り、悪魔の力が如何に反則モノなのかを実感する。
「それでクラーケンを黙らせたらどうするの?メグは?」
「恵さんですが、恐らくは水中のクラーケンの巣、そこに囚われていると思います。恵さんを守っている守護の腕輪から発せられるサラガノの魔力であれば、僕やサティ、ジェームズが探知出来るのでそれを目印に探す事になるでしょう」
「それで恵さんを見つけたら、水中のワタクシ達が船上まで引き上げますわ」
「恵さんを救助したら、即座に全員で船ごと砂浜に戻って陸上で治療を行います。守護の腕輪が発動していることから、重傷または重体クラスのケガを負っているのは確実でしょう。なので、僕とサティとジェームズで治癒魔術を重ね掛けして恵さんの治療を行います」
アタシの質問に、マースとキートリーがメグ救出の一通りの説明をしてくれている。だがアタシはメグの容態が気になって仕方がない。アタシが最後に見たメグは、触手に巻き付かれ意識が無くピクリともしていなかった。すぐにでも病院の集中治療室に担ぎ込まなければ助からないような状態だった。無事引き上げたとしても命が助からないのではあんまりだ。
「それで、メグは助かる、の?」
「魂が抜けていないのならば、治療は可能です」
アタシの不安そうな声に、マースはその朱色の力強い瞳でアタシの目を見つめ答える。アタシは彼に頼るしかない。彼を信じる他ない。
「マース、お願い」
「はい、恵さんは僕達が必ず助けます、千歳姉様」
マースの力強い返答がアタシの不安な心を和らがせた。マースならきっとメグを助けてくれる、そう信じられる。
「よぉし、そこから先は、その恵って娘を助けてからだが、千歳の島に送り届けちまえばいいんだな?」
「ええ、ギアススクロールの契約では、恵さんをお姉様の島に送り届けて契約成立ですわ」
ボースの疑問にキートリーが答えた。キートリーは右腕を指でトントンと叩き、腕に出現したギアススクロールを開いてボースに見せて確認を取り出す。一通りボースにギアススクロールを確認させたあと、キートリーはまた自分の右腕にギアススクロールをぐるぐると巻きつけて消した。
「おーしわかった。そんじゃあ各員の役割確認だ。俺とキートリーが水中での戦闘及び救助者の探索担当、マースが船の整備補助とクラーケンの探索と俺らへの潜水魔術と船の防御と水流操作と救助者の治療担当、サティとジェームズはマースの補助、パヤージュとエメリーが水上でのクラーケンとの戦闘と船の空力補助担当、ショーンは船の直掩、そして千歳、お前は船の整備と操舵担当だ」
「マースのやること多すぎない……?」
アタシはボースの役割確認を聞いて率直な感想を述べる。マースだけ人の3倍くらい働かせられている印象だ。どう聞いたって一人でこなす仕事量じゃない。マースに掛かる負担にマースの身が心配になってくる。
「問題ありません、大丈夫ですよ千歳姉様。そのためにサティとジェームズには僕の補助について貰いますから」
そんなアタシの心配に、案ずるには及ばないと自信を持った笑顔で答えるマース。やっぱりカッコイイ、好き。でもマースはアタシみたいにプレッシャーで怯んだりしないんだろうか?何故彼はこんなにも強いのだろう?単にアタシが弱いだけなんだろうか?
「ま、後は俺達だな」
「ええ、水中戦闘はホンット、しんどいですわよぉ~?ジェボードの魚人と水中で何回も戦ってますけど、あぁー、あの動きづらさはなんとも言えませんわねえ。ましてや今回の相手はクラーケン、気を抜いて良い相手ではありませんの」
ワインに軽く口を付けたボース。キートリーはそのボースを見つつ、顔の前に拳を作って水中の戦いについて熱く語っている。
「皆、し、死なないでね?いざとなったらアタシが代わるから」
「お姉様、心配してくれるのは嬉しいのですけれど、お姉様の船を操れるのはお姉様だけですのよ?そう易々と交代はできませんの」
「ううう……」
今度はキートリー達が心配になってきたアタシ。今のアタシなら常人なら死ぬレベルのケガを負っても悪魔化してほっとけばすぐに再生する。だから代わると言ったのだが、キートリーに船の操縦の件を言われては反論できない。即席でボートの運転を誰かに代わろうにも、スロットルとハンドルの操作、計器の見方なんてすぐに教えられるモノじゃない。結局はアタシが操舵するしかないのだ。
「ま、こっちも死ぬ気はないんでな、クラーケンの一つや二つ、水上に誘い出してやらぁ」
「そういうことですの。ワタクシ達は自力でなんとでもしますから、お姉様は船の操舵に心血を注いでくださいまし。マース達の事、頼みましたわよ?」
ボースとキートリー、流石は歴戦の戦士と言った表情で、アタシの不安をかき消すような力強い言葉を返してきてくれた。
「うん、わかった。でもボースさん、クラーケンが2体は困っちゃうよ?」
「そうですわお父様、また縁起でもない事を」
「はっはっは、確かにな!」
アタシとキートリーの言葉に大笑いするボースさん。
まだ不安が完全に消え去った訳ではないけれど、希望は見えてきている。
「すーっ、はーっ、メグ、待っててね」
アタシは深く深呼吸をして空を見上げ、メグを想う。一度は失ったと思っていた親友。明日必ず救い出して見せる。
「なあ千歳、俺たちはその間どうしてたらいいかな?」
そんなアタシの後ろから、プレクトの声が聞こえてきた。声に気付いて後ろを振り向いてみれば、プレクトとヒルドがアタシを見つめて立っている。
「プレクト?あ、そっか」
昨日の夜の段階ではプレクトもヒルドもおらず作戦の勘定に入っていなかったので忘れていた。二人とも貴重な航空戦力だ、危険を伴うので積極的に戦闘に参加させるつもりはないが、手伝ってもらえるのならそれに越したことはない。
「ボースさん、ヒルドとプレクトも連れて行って大丈夫かな?二人とも空を飛べるから船の定員とは関係なく一緒に行けると思うんだけれど」
「おお?二人が良いなら問題ねえが、いいのかお前ら?命の保証は出来ねえぞ?」
アタシはボースに二人の同行を提案する。危険だぞとの注意喚起を込めてか、二人の目を見て確認を取るボース。
「ご主人様のご友人の救出作戦とあれば、付いて行かない理由はありません」
「千歳の友達の為なんだろ?手伝う手伝う」
「二人とも、ありがとう……」
ヒルドもプレクトも即決で付いて来ると答えてくれた。アタシはただ感謝する以外ない。
「あら、貴重な航空戦力が二人も。では二人には上空からクラーケンの探索の補助とー、……そう、二人とも、自分以外の誰かを担いで飛ぶと言うことはできたりしますの?」
キートリーがヒルド達の翼を見て言う。彼女が担いで飛ぶと言った事から、落水者の救助を頼みたいのだろう。クラーケンの触手がうようよしている中での落水は命に係わる。それを空から救助出来れば大きなアドバンテージになる。
「二人とも出来そう?」
「試してみましょう。この中で一番バランスのいい重さの方は……」
ヒルドが誰を持ち上げるかとアタシ達の姿を見まわして、キートリーに目を付けた。確かに、ボースはデカく重たすぎて無理そうだし、アタシもデカくて重いがアタシはそもそも自力で飛べるので参考にならないし、マースは逆に小さく軽すぎて参考にならない。となると自然とキートリーになる。キートリーの身長はアタシよりは小さいモノの、標準的な男性に比べる少し大きく、体重も付いてる筋肉を考えれば妥当な重さだろう。キートリーを持ち上げられれば、キートリーよりも小柄なパヤージュやサティさんは勿論、男性であるジェームズさんやショーンさんも持ち上げることが出来る。ただショーンさんの場合はやたらデカいバトルアックスを諦めて手放してもらう事になりそうだが。
「ワタクシ?」
キートリーは自分を指差してきょとんとしている。ヒルドはそんなキートリーの前に回った。
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