21.悪魔の血筋_side_02
「筋の戒め」
「ガアアッ!?」
ボーフォートの防御陣地、その中央で、ルプス族のパオロを刺付きの紐で地面に縛り付けるヴァルキリー・アリアーヌの姿があった。
「第三目標の無力化を確認。主要目標の無力化を達成しました」
そう言いながらアリアーヌが中央に居るパヤージュの方へクルリと身体毎振り向いた。その表情は相変わらずの無表情なのだが、パヤージュにはアリアーヌがどこか自慢気な風に映っている。
「ふぅー……やっぱすげえなヴァルキリー、あっという間に全員縛り上げちまいやがったぜ」
そんなアリアーヌ後ろで、ショーンが腕で自分の顔の汗を拭いつつ地面に縛り付けられているパオロ達を見下ろしながら感服した風に彼女の力を賞賛する。ショーンの着込んだ皮鎧と鎖帷子には幾つか鋭い武器で斬り付けられたような跡があり、これがパオロの爪によって激しい攻撃を受けた事を物語っていた。
そんなショーンの視線の先で、
「むごっ!!」
「ん゛ん゛~っ!!」
「グウウッ!!」
地面に縛り付けられたまま呻き声を上げる3人のルプス族。結界を張っているサティを狙っていた彼ら、パオロ、ジーノ、ラケーレの3人は、アリアーヌの手から出現する筋の戒め、その刺付きの紐によって、残らず全員地面に磔にされていた。手足だけでなく、ご丁寧に口まで縛り上げられた3人は身動きどころか炎のブレスを吐くことも出来なくなっている。
「オリハルコンの枷も無しにルプス族を拘束するなんて……」
新兵魔術師のサニンツが驚愕の表情でアリアーヌの出した刺付きの紐見て言う。本来ならばルプス族は通常の金属の手枷程度、力でこじ開けてくるほどの怪力の種族である。それを一見ただの刺付きの紐でしかないモノで行動不能にさせているのである。サニンツが驚くのも無理は無い。
そんなアリアーヌの実力に驚いている各人に向けて、杖を掲げたままのサティから指示が入る。
「ふう、これでなんとか……サニンツ、怪我人の手当てと周囲の状況確認を。第一車両の旦那様と外のお嬢様の形勢を優先して確認」
「はっ!?はいっ!!キスズ!お前達は治療班だ!怪我人手当てに当たれ!ワカキサ!お前達は偵察班!周囲の状況確認だ!旦那様とお嬢様がどうなっているかよく確認して報告しろ!急げ!」
「「はいっ!」」
サニンツはサティの指示を受けて、キスズとワカキサと呼ばれたまだ幼さが残る少年魔術師達にそれぞれ命令を出す。サニンツは無事な新兵魔術師達を2グループに分け、キスズのグループを治療班に、ワカキサのグループを偵察班に割り当てた。両グループ共、サニンツの指示に従い拙いながらも各自割り当てられた仕事に動き出す魔術師達。
そんな中、縛られたルプス族達の前で一息付いていたパヤージュの前に、アリアーヌがサッと近寄って来て言った。
「パヤージュ・パヤヴェール、指示を」
「ふぅ……あっ?えっ?」
「指示を」
「ひゃっ!ア、アリアーヌさんっ!近いっ!近いですっ!」
「指示を」
アリアーヌは相変わらず無機質な声であるが、パヤージュにグイグイと近付き顔を近付け、彼女の目と鼻の先で指示を仰ぐ。パヤージュはアリアーヌが突然異様な程接近して指示仰ぎに来たため、戸惑うやら恥ずかしいやらで赤面しつつ答えに詰まる。
「……パヤージュ、彼女にも周囲確認の状況確認を頼めますか?」
「は、はい!サティ様!」
アリアーヌを前に戸惑うパヤージュを見ていたサティは、ワカキサのグループと同じ様にアリアーヌにも周囲の状況確認をするよう指示出来ないかとパヤージュへと聞いた。サティの言葉に我に返って返答するパヤージュ。
「ア、アリアーヌさん、わかる範囲内でいいので、結界の外の状況を確認して頂けますか?」
相変わらず顔を近付けっ放しのアリアーヌに、戸惑いつつもお願いするパヤージュ。
「……パヤージュ・パヤヴェールよりの指示を了解。索敵開始」
パヤージュからの指示を聞いたアリアーヌは一瞬の沈黙の後、コクリと頷いて返答し、バサッと翼を広げて空中に飛び上がった。そんなアリアーヌを見上げつつパヤージュが何か思い出したかのように言う。
「あのっ!アリアーヌさん!サティ様の張った結界に触れないよう気を付けてくださいっ!ケガしちゃいます!」
アリアーヌはパヤージュの忠告を聞き、またコクリと頷いた。
「了解。結界の上部を索敵の限界高度に設定。上昇を継続」
そうしてアリアーヌは上昇速度を緩めつつもバサリバサリと羽ばたきながら結界の高さギリギリの高度まで上がっていく。
そんな中、周囲を確認していたワカキサ達のグループから報告が入った。
「西側!第一車両は……あっ!?」
「うおおおおおっ!?」
ワカキサ達が報告し終わる前に、ボースの叫び声が周囲に轟いた。
「ボース様が飛んでますっ!?」
「ワカキサぁ、お前何が飛んだって?ってうおっ!?マジでボースの旦那空飛んでるじゃねえか!?って言うかぶっ飛ばされてんだろアレ!?」
6両目バヤールの上に乗って周囲を確認していたショーンが驚きの声を上げた。ショーンの目には、まるで何かに引っ張られ投げ飛ばされたかのように、空中を弧を描いて飛んでいく行くボースが見えていた。
そんなボースが咄嗟に空中で向きを変え、剣で結界を切りつけて結界外へと飛んでいく。
「旦那もあの図体でよくやるよ……」
ボースの空中での曲芸師的な動きに感嘆の声をショーン。ショーン自体もそれなりに良い体格をしているのだが、ボースの規格外なドデカい身体に比べると余裕で一回りは小さくなる。ショーンは自身よりも重いハズのボースの機敏な動きに、驚きを隠せない。
「本物の旦那様であればあれくらいは平気でしょう。それよりも外の状況を知りたいですね」
「えぇ……相変わらずサティ様と言いお嬢と言い、ちょっと旦那に厳しくねえ?もうちょっと心配しても良くねえ?……って言うか本物の旦那ってなんだ?」
ボースの状況を確認してなおドライな対応で状況確認を続けるサティ。そんなサティの対応に若干引きつつ、ボースの心配をするショーン。
そんなショーンとサティを余所に、上空のアリアーヌから追加で状況報告が入る。
「状況報告。ルプス族の残数、西1、中央2、東1。西側で騎兵隊8騎が戦闘中」
アリアーヌの声は決して叫んだりはしていない大声では無いのだが、何故かよく通る澄み切った声だった。それを聞いたサティが反応する。
「なるほど、大分減りましたがまだ結界は解除できないようですね。サニンツ、私は結界の維持を続けます。貴方達は怪我人の手当てと周囲の状況確認を引き続き……」
サティが新兵魔術師達へと護衛継続の指示を出している途中、周囲の状況確認中のワカキサ達から驚愕の声が上がった。
「なっ!?なんだこれっ!?」
「ワカキサ?どうした?……っ!?」
ワカキサの声を聞いたサニンツがサティの傍を離れ、第五車両の扉を開けて中を見ているワカキサ達のところへと寄っていく。そして第五車両の中を確認するなり、サニンツも驚きで言葉を失った。
「サニンツ、どうしましたか?」
「サティ様!だ、第五車両の乗員が皆……凍って……」
「なんだって?ちょっと見せろサニンツ」
サティからの問いかけに第五車両の中の状況を報告するサニンツ。それを聞きつけたショーンが第六車両の上から飛び降りて、第五車両の扉の前に急いだ。そしてショーンは第五車両の中を見た。
「マジかよ……全員、凍ってやがる……」
ショーンの目に映ったのはバヤール第五車両の中で北側へと杖を構えたまま凍り付き、身動き一つ取れない状態になっている第五車両配備の新兵魔術師達。そしてショーンは、その第五車両の中で一人、足りない人物が居る事に気が付く。
「ジェームズ……おいっ!ジェームズはどこだ!?」
「わ、分かりませんっ!」
興奮気味に迫るショーンに胸倉を掴まれて、ビビりながらもなんとか答えるワカキサ。ショーンは掴んでいたワカキサから手を離し、第五車両の中を捜索し出す。
「ジェームズ!どこ行った!?ジェームズ!!何でお前だけ居ないっ!?」
ショーンは車両内の凍り付いた魔術師達の姿をさっと確認しジェームズの姿を探すが、見つかる訳が無かった。何故ならジェームズはもうこの世界には居ないのだから。
そんなショーンを放っておいて、エミリーが小さな身体で羽をパタパタさせながら凍ったままの魔術師達の顔を覗き込んでいた。そして何かを確認した様で彼女は言う。
「サニンツ!ワカキサ!生きてる!スルバ達、まだ生きてる!」
「エミリー?なんだって?」
凍り付いた魔術師達の周りをパタパタ飛びつつ、サニンツ達へと叫ぶエミリー。エミリーに続いてサニンツが確認したところ、エミリーの見立て通り、第五車両の中の凍った新兵魔術師達はまだ息が有った。
「……ほ、ほんとだ、まだ息してるぞ!生きてる!おいキスズ!治療班!来てくれ!!解凍魔術の得意なヤツが数人欲しい!」
「サニンツ!?わかった!!」
サニンツはまだ息の有る第五車両の新兵魔術師達を確認し、直ぐにキスズ達治療班を呼びつけた。その声を聞いてキスズ達治療班が直ぐに駆けつける。
「キスズ、皆の治療を任せた!ワカキサ!偵察班は状況確認を続けてくれ!」
「「「了解!」」」
サニンツはワカキサ達偵察班とキスズ達治療班に各々与えられた役割を続ける様指示し、第五車両を降り、サティの元へと戻る。
そんなサニンツに続いてショーンも第五車両を降りてくる。
「ジェームズ、お前ぇどこ行ったんだよぉ……」
そうポソリと呟くショーン。その表情はどこか落ち込んでいる様子だった。
「サニンツ、第五車両の中の状況は?」
「はい、サティ様。第五車両の乗員、ほぼ全員が凍り付いていますが、息はあるようです」
サニンツがサティへと第五車両の中の状況を報告する。その報告を聞いて何か引っかかったのか、サティがサニンツへと聞き返す。
「ほぼ?ですか?」
「はい、その、ジェームズさんだけ、見つからなくて……」
後ろのショーンを振り返りつつ、少し言いづらそうにして返答するサニンツ。ショーンはまだジェームズの事が気になっているのか、周りをキョロキョロと確認している。
サティはそんなサニンツとショーンの姿を確認しつつ、少し考え込んだ後、
「そうですか、という事は恐らくジェームズが……」
何かに気付いたように、ぽつりと呟いた。
「サティ様?」
「いえ、なんでもありません。サニンツ、引き続き怪我人の治療と偵察を続けるように」
「は、はいっ!」
サティは自らの発言に不思議がるサニンツへ、引き続き任務に当たるように指示し顔を上げた。
「ショーン、貴方も偵察を続けなさい。今は戦闘中ですよ」
「あ、ああ、わりい、サティ様。持ち場に戻る」
サティは落ち込むショーンへと偵察に戻るように指示した。ショーンは浮かない顔のままだったが、サッと動きそのまま第六車両の天井へと昇って周りの状況確認を続ける。
そうしてサティが再度結界を張る杖へと意識を向けた時、上空のアリアーヌから追加報告が入った。
「北北東から強力な魔力反応を検知。耐ショック態勢」
「強力な魔力反応?はっ!?総員!上空に防御魔術展開!!」
アリアーヌの報告を聞いたサティが、杖を掲げたまま急いで周囲の新兵魔術師達に上空に向かって防御魔術を展開するよう指示する。
「「「はっ!?はいいっ!!水の女神メルジナよ、その……」」」
サティの指示に一斉に立ち上がって杖を掲げ詠唱を始める新兵魔術師達。だが、新兵魔術師達が詠唱を終える前に、アリアーヌの告げた強力な魔力反応の元となるモノが飛んできてしまった。
「なんだっ!?」
空を見上げたショーンの目に映った、その強力な魔力反応のモノ。それは雷であった。第六車両のバヤールの上に昇って周囲を確認していたショーンの見ている前で、結界の外のルプス族の上に、正確に雷が4本、次々と落雷して行く。
「「ギャッ!?」」
「「ガッ!?」」
雲一つ無い晴天の空からビシャアッっと強烈な光と音と共に、ルプス族の上に雷が落ちる。被雷したルプス族達は、短い悲鳴を上げ、一瞬で真っ黒焦げになってその場に倒れて行く。
その落雷の状況を見上げているパヤージュの視界に、ふと結界の上空に居るアリアーヌの姿が目に入った。
「あっ?」
パヤージュの視界に、遥か上空でパチリと小さく走る光が見えた。パヤージュは何かを察したらしく、アリアーヌの身を案じ、上空のアリアーヌに向かって叫んだ。
「アリアーヌさんっ!!」
そんなパヤージュを上空で羽ばたきながら見下ろしていたアリアーヌ。彼女はパヤージュの叫びを聞いて直ぐ様クルリと上へと向きを変えた。
「力の盾」
アリアーヌはそう言いつつ左腕に持っていた円形の盾を頭上に掲げた。彼女の構えた盾がユラリと青い光を発し、彼女の周りを人一人分程度の大きさで青い球状のバリアの様なモノで囲んで行く。
そしてアリアーヌが青い光のバリアを貼ると同時に、彼女の上、結界の上部にビシャリと雷が落ちた。
「くぅぅっ!?」
バチバチと大きな音を立ててサティの結界に直撃する雷。サティは杖を掲げたまま結界破られまいと耐える。だが雷の威力は強烈で、サティの努力も虚しく、落雷は数秒としない内に結界を貫き、その直下に居たアリアーヌに直撃した。
「ぐっ」
バチンッと電気の弾ける音が轟いた。小さな呻き声を上げて空中でアリアーヌがよろめく。どうやら落雷自体は彼女の青い光のバリアで防いだようだが、その衝撃までは防ぎきれなかったようだ。
「うっ……」
落雷の直撃を喰ったアリアーヌの青い光のバリアが消失した。雷の衝撃で意識を失ったのか、飛ぶこと出来なくなったアリアーヌがそのまま錐揉み状態でひゅるひゅると地面へ落ちて来る。
「アリアーヌさん!!」
パヤージュがそんなアリアーヌを見て、彼女の地面への激突をなんとか阻止しようと彼女の落下地点へと杖を投げ捨てながら走る。
その時、サティの隣りに戻ってきて居たエメリーから詠唱の声が周囲に響いた。
「ケセラセラ!風の女神シレヌー!レビテーション!!」
エメリーの掲げた小さな杖から放たれた緑色の光が空中のアリアーヌを包み、彼女の落下速度を緩和する。エメリーの魔術によって、ゆっくりと落ちてくるアリアーヌ。その真下に間に合ったパヤージュは、アリアーヌの身体を両腕で支え、しゃがみ込みながらゆっくりとアリアーヌを地面に降ろした。
「アリアーヌさんっ!?大丈夫ですか!?」
「……」
アリアーヌを心配して彼女に声を掛けるパヤージュだったが、アリアーヌは目を瞑ったまま反応が無い。どうも気絶しているようだった。
「アリアーヌさんっ!アリアーヌさんっ!」
「……」
パヤージュは両腕に抱えたままのアリアーヌを心配して声を掛け続ける。だがアリアーヌは反応を示さない。
そんなパヤージュとアリアーヌの目の前に、突如として見知らぬ人物が現れた。
「そこのエルフ、そのヴァルキリーから離れなさい。さもなくば貴女ごと焼き尽くしますよ?」
パヤージュを見下ろしつつ高圧的に接する女。紫色の瞳に、紺色の修道服とベールに身を包んだその修道女は、手に持った紫色の杖にバチバチと雷を纏わせてヴァルキリーを指しつつ、パヤージュへ警告する。
「おいエイール、ちょっと過激すぎやしないか?そのエルフは関係ないだろ?」
エイールと呼ばれた修道服の女の後に、もう一人修道服とベールに身を包んだ修道女が居た。その水色の瞳の修道女はパヤージュを脅すエイールを止めようとしているようだったが、
「レナ、貴女は黙りなさい」
「おおこわいこわい、はいはい、黙りますよっと」
エイールは後ろに控えるレナと呼ばれた修道服の女を横目でキッと睨みつけた。エイールに睨まれたレナはやれやれと言った感じで即座に意見を引っ込める。
「貴女達は……?」
「ああ、分からない?流石は女神シレヌーの信徒。俗世を好まないと言うよりは、最早ただの世間知らずなようですけれど」
エイールを見上げつつ戸惑うパヤージュに、こんな事も分からないのかとバカにしたような言い方をするエイール。
そんなエイールが自己陶酔気味に自己紹介を始めようとしたとき、サササッと素早くエイールに近付くモノが居た。
「ふふん、まあいいでしょう。私達は、メルジナの巫……」
「ストロングナックル!」
「へぶっ!?」
サティである。サティが拳を強化する短縮魔術と共に喋っているエイールの頭に上から右手拳を振り下ろし、げんこつを喰らわせた。
エイールは殴られた頭を痛そうに抱えつつしゃがみ込み、涙目を浮かべながら顔を上げて自分の頭を殴りつけた相手を睨みつけて言った。
「いきなり何をするのですっ!?サティ・リィオン・マーカル!!」
「いきなりはそっちでしょう!?エイール・エインゲール!!人の張った結界を雷撃で消し飛ばしておいて!!」
涙目で自分を睨みつけるエイールに向かって、キレ気味のサティは逆にエイールに詰め寄るのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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花粉症で目が重いやらくしゃみが止まらないやら。
この季節、集中出来ない&やる気が削がれるのでとてもおつらい。
あとすみません、ストックがもう無いのでまた投稿感覚空くと思います……。