21.悪魔の血筋_prey_01
シュベルホ村の西側の街道、そこに一人置き去りにされて倒れているガレリア。両腕をボースに切り落とされた後、ブラグによってここに避難させられた彼女は、ただ悔し涙を流しながら空を見つめていた。
(ブラグのヤツ、ホントに一人で行ったのかい……)
ガレリアはそんな事を思いつつ、ほんのちょっとだけブラグの心配をする。昨日会ったばかりの相手とは言え、ついさっき自分を救出し応急手当までしてくれたのだ。彼女も恩を感じない程薄情ではない。
「うおおおおっっ!!??」
(……ボース?)
そんな彼女の耳に入るボースの驚愕の声。少し上半身を起こした彼女の視界には、何かに引っ張られる様に村の南側に吹っ飛んでいくボースの姿が見えた。
(あれはブラグがやってんのかい?へえ、ボース相手によくやるよあの黒鹿毛野郎。アイツなら、もしかしたら……)
ガレリアはブラグが相応の実力者であることを認識し、ブラグならボースを倒せるのでは無いかと思い、また寝転がり空を見つめ直す。
(エクウス族、か)
ガレリアはブラグの種族、彼らエクウス族の事を思う。昨日流着したばかりの新参モノのエクウス族であるが、彼らの族長であるスリクはジェボード国首都のジゲーレに着くなり、ジェボード国のしきたりに従い国王の座をかけて雷帝ロカに挑戦した。そしてスリクはあっけない程あっさりとロカを倒し王権を奪取する事に成功する。
(あの葦毛野郎、一瞬でケリを付けた。あのロカ相手に)
そんな彼らの強さを目の当たりにしたガレリアは、まだこの世界の情勢を分かっていないエクウス族長であるスリクに取り入り、ボーフォート辺境伯であるボースの暗殺を持ち掛けた。
ガレリアがエクウス族に告げた大義名分は獣人奴隷の解放であるが、実質のところボーフォート領は獣人どころか奴隷制度を採用していない。獣人奴隷が居るのはボーフォートの本国であるエペカ国である。
だがそこはまだこの世界の事を分かっていないエクウス族相手である、言葉巧みにボースは邪悪であると言いくるめ、暗殺作戦へ同行させた。
(騙して悪いけどねえ、こっちはチビ共の生活が掛かってんのさ。その為なら馬のケツでも何でも舐めてやるよ。武功を立てちまえばこっちのモンなんだ。しかし、あの事象滞留、ロカをやった、時間停止能力、ねえ……)
エクウス族の使う超能力、事象滞留は、条件付きではあるが一時的に時間を止められる。雷帝と呼ばれる程の強さを持った獅子王のロカも、彼らのこの能力にはまるで歯が立たなかった。
(ホントに時間を止められるんならそりゃ強いのはわかるさ、だけどそれだけで勝てるほどロカは甘くない。アタイだって何度もヤツに挑んだんだ、だけど勝てなかった。ロカはクソみたいにタフで、アタイが何度爪で斬りつけようが炎で燃やそうが倒れないんだよ)
ガレリアは、彼女の目の前で行われたスリクとロカの戦いを思い出していた。ジゲーレの闘技場で行われたエクウス族とレオン族の族長同士の戦い。片や馬タイプの草食獣人、片や獅子タイプの肉食獣人、誰もがロカの圧勝で終わると予想していた。だが結果を見て見ればスリクの圧勝、と言うよりは瞬殺だった。
(あのロカを一瞬で倒したんだ。エクウス族長のスリク、ヤツのあの戦闘能力、尋常じゃあないねえ)
スリクによって倒されたロカは、どてっぱらにU字の蹄鉄型の傷を負い、意識不明の重体となり仲間のレオン族に引きずられて闘技場を後にした。いくらロカがタフだとは言えあの傷だ、ジェボード国にはエペカ国やボーフォートの様な治癒の技術や魔術は無い、流石のロカももう死んでいるのかもしれない。
(自称雷帝様のあのザマはもう笑っちまったねえ。久々にスカッとしたよ、ねえトローノ?)
空を見上げながらロカが倒された時の事を思い出しふんっと鼻を鳴らすガレリア。彼女にとってレオン族のロカは、元ジェボード国王のルプス族族長トローノを倒した憎むべき相手であった。
ガレリアの夫であったトローノはロカに敗北した後、ロカに負わされた傷が癒えず、ロカとの戦いでついてしまったのか負け癖に塞ぎ込み、寝込み、ついにはそのまま亡くなってしまった。
(アンタをあんな情けない姿にしたロカは馬共が倒したんだよ。後はアタイがボースをやるだけ、だったのにねえ……悔しいねえ……)
ガレリアは自分達の手でボースを倒しきれなかった事に悔しさを覚え、ギリリと歯ぎしりする。
そもそもどうやって彼女らルプス族がこのボーフォートのゴブリン討伐隊を襲撃したかだが、ガレリア達ルプス族は、エクウス族の時間停止能力を使ってジェボード国からメルジ山の東側、ここを守るメルジナの巫女の結界を通り抜け、そのままボーフォート領の北端に到着してきていた。本来ならメルジ島の東南東にある、ジェボードとボーフォートの国境線を抜けないと行けないところを、三国協定の協定違反を承知で中央のメルジ山と言う最短ルートを通ってシュダの森を抜けてきたワケだ。
その後はスパイであるウルペス族の信号弾を確認してボーフォートのゴブリン討伐隊に奇襲を仕掛ける予定だった。だったのだが、
(しかし肝心のスリクは?他のエクウス族は何やってんだい?)
ガレリアはブラグに窮地を救われた事自体は感謝して居たモノの、他のエクウス族が見当たらない事に不満を抱いていた。元より、ボース強襲はルプス族とエクウス族の共同作戦だったハズなのだ。エクウス族を上手い事先にボーフォート軍にぶつけ、ボーフォート軍が弱ったところをルプス族である自分達で仕留めて美味しいところを頂く、そのつもりだった。だがエクウス族はメルジ山を抜けた後、別行動を取り始めてしまった。
(家畜の馬がなんだってんだい、本当に)
自分達ルプス族とエクウス族との価値観の違いに苛立つガレリア。
ガレリアを含むルプス族は灰色狼の獣人であるが、ただの獣の狼が鎖に繋がれていたとしても気にも止めない。だがエクウス族は違ったようで、ボーフォート領に侵入した後、直ぐのコリーヌ村で家畜の馬を見るなり奴隷化された同胞を解放すると言い出し、村の家畜の馬を解放し出し、そのままどこかへ走り去ってしまった。
しかしエクウス族が居なくなってしまったとは言え、敵地へ突入したガレリア達ルプス族は奇襲のため引く訳にものんびりエクウス族が戻るのを待つ暇も無かった。ボースがゴブリン討伐の為、少数の隊を率いてシュダ森に出陣しているのは彼を討つに当たって最高のタイミングだった。スパイのウルペス族からこの情報を聞いていたガレリアは、このタイミングを逃せば次は無いと判断し作戦を決行したのだ。
(アイツラを待てばよかったのかねえ?アタイが焦ったのが悪いのかねえ……?)
ガレリアは天を仰ぎながら、大勢の仲間を失った事に後悔し、苦い表情をする。
(いい加減、メルジナの巫女も気付いて追いついてくる頃さね。スリク達の能力でメルジ山の結界をすり抜けたと言っても、メルジナの巫女共がそれに気づかない程度のポンコツ共だったらとっくに他の国に潰されてるハズ。そいつを考えれば、ボーフォートに突っ込んだ以上、アタイにはこのタイミングしかなかったんだよ……いや、これも失敗したただの言い訳かねえ)
彼女は焦って仕掛けた理由を自分の頭の中で組み立てたが、本当にただの言い訳にしかならないと思い思考を止める。
(なあトローノ、アンタならどうしたかねえ……?教えておくれよ、トローノ……)
ガレリアは今は亡き夫、トローノならばどう立ち回ったのだろうと、一人空を見上げ思案していた。
そんな時、彼女の北側の森でガサッと何かが動いたような音が聞こえた。
「ん?」
ガレリアは寝ころびながら音のした方角に顔を向けた。その何モノかはふらふらと彼女の方へと近づいて来ていた。よく見ると緑色で、小さい身体をしている。相手は"シュダ森の緑の子猿共"ことゴブリンだ。
(はあ……こんな時に緑の子猿共かい。コイツラ相手が雌と見れば人族だろうが獣人族だろうが見境無いとは聞いていたけど、この戦場の中でホントに来るとはねえ。どうせ腕を無くしたアタイが戦えないと思って寄って来たんだろう?悪いけど手が使えなくたってアタイはアンタら雑魚の相手くらいどうとでもなるんだよ)
ガレリアはめんどくさいなと思いつつ、反動を付けて上半身を起こした。布で縛られて止血されてるとは言え、斬られた両腕が痛む。だが雑魚とは言え迫って来る脅威が居る以上、贅沢は言っていられない。そして寄って来るゴブリン目掛けて口を開き、青い炎のブレスを吐こうとする。
「コォォォ……ん?」
が、彼女が炎を吐く前にゴブリンが突然地面に倒れた。それを見て炎のブレスを中断するガレリア。
(何だい?様子が可笑しい……あの子猿、背中の肉が抉れられてる?)
ガレリアは倒れたゴブリンを見て眉を顰めた。倒れたゴブリンの背中の肉がごっそりとそぎ落とされていたのだ。
尋常ではない死に方をしているゴブリンを見て、ガレリアは警戒する。
(やったのはボーフォートの連中か?こっちまで来るなんて、カールもパオロもジーノもやられたのかい?……っと、来てるねえ)
ガレリアは北の森から自身に迫って来る何モノかの気配を感じ、無事な両足と上半身の反動だけでなんとか立ち上がる。
(アタイもいよいよ年貢の納め時、ってところかねえ)
ガレリアは苦い顔をしながら思った。迫って来る相手がゴブリン程度の雑魚相手なら兎も角、ボーフォートの正規兵ともなれば、両腕無しで相手にするのは流石の彼女も荷が重い。
そんな覚悟を決めたガレリアの前に、彼女の想像を遥かに超える相手が森の中から姿を現す。
「……ハハッ、まさかボーフォートの爆裂お嬢が直々に来てくれるとはねえ?」
苦笑しながら相手に話しかけるガレリア。森の木々の合間から姿を現し、彼女の前に出てきたのは、緑色の長髪の女性、キートリー・ボーフォスだった。ガレリアに取っては、ボースに次いでボーフォートとの戦争で何度も相まみえた因縁の強敵である。五体満足の時ならいざ知らず、両腕を失った今、キートリー程の相手に勝つ算段など何一つも無い。
そんなガレリアの目に、キートリーの左手首に付けられた金色の腕輪が映る。
「あれは……憤怒の腕輪……」
(そうかい、カール、アンタ、先に逝ったのかい。ああ、待ってな、アタシも直ぐに逝くよ)
ガレリアは、キートリーの付けている金色の腕輪、憤怒の腕輪と、キートリーが自分の側に寄って来ている事で、彼女の足止めを担っていたカールが死んだことを察した。憤怒の腕輪については、恐らくキートリーが倒したカールから奪ったモノを身に付けているのだろうと、彼女はそう察する。
ガレリアは夫だけでなく、実の弟まで失ったのだ。最早彼女に残されているのは両腕の無い自分と、彼女の子ども達だけ。
(……後はブラグがボースを倒せば、少なくともチビ達の生活も多少はマシになる。エクウス族とはそう言う約束だからねえ。これだけはキッチリ守ってもらうよおスリク)
視線だけをチラリと後方の森の中へと向け、シュベルホ村の南で戦っているだろうブラグとボースの戦いを思うガレリア。全てはルプス族の次世代を担う彼女の子ども達の為。完全に自らの死をも問わない覚悟を決めたガレリア。
そして彼女は迫るキートリーへと口を向ける。最早敵わない相手だとは分かっていても、それでも最後まで足掻いて見せる。そのつもりだった。
(何だい?いつもなら憎まれ口の一つや二つ飛ばしてくるあのお嬢の様子が、おかしい?)
だが、ガレリアはキートリーの様子がおかしいことに気が付く。全身血だらけで、服のところどころは無残に破れており、特に服の破れは胸の間の大穴が目立つ。更に両手をぶら下げたような格好で、解けた長い髪で顔を覆いつつ、俯きがちにこちらにふらふらと寄って来ている。
そしてガレリアはキートリーがだらんと両腕をぶら下げているのを見て、相手も両腕を損傷しているのだと察し笑った。
「ハハハッ!爆裂お嬢!アンタも両腕をケガしてんのかい?クククッ、よくやったよカール!」
(周りに他のボーフォート兵は居ない。あの様子だと自慢の回復能力も使えてないようだねえお嬢様?これなら共に腕を使えない五分と五分、互角の勝負が出来るってヤツさ。まだアタイが諦めるには早いかもしれないねえ?)
ガレリアの表情に闘争心が戻って来た。自分と同じく両腕を負傷したキートリー相手であれば勝てるかもしれない、とのその一心で、希望が湧いて来る。
「いいねえ!お嬢!見なよ!アタイもこの通り丁度両腕が無いんだよ!面白いじゃあないか!これでお互いイーブンって事だ!!」
そう言ってガレリアは二の腕から先を切られて無くなっている両腕を開きキートリーに見せつけた。相変わらずキートリーは顔を上げないが、ガレリアはそんなことまではもう気にしていない。どうも両腕の痛みからアドレナリンが出て、興奮状態になっているようだ。
(勝つ見込みがあるのなら、全力で戦ってやるさ。ボースに加えてお嬢まで倒したとなれば、ルプス族の名誉も更に回復するってもんさ。そしてお嬢にもボースにも勝って、生き残って、国に帰って、チビ達にもっといい生活をさせてやるんだッ!)
興奮気味に戦士の表情に戻ったガレリアは、キートリーに向かって口を向けて青い炎のブレスを吐こうとする。
「お嬢、悪いけどアタイ達の為に死んでもらうよっ!コォォォッッ!!」
ガレリアの口から放たれる青い炎のブレス。直撃を受ければ一瞬にして骨まで焼き尽くす地獄の業火。キートリーは避けるしかない、そう予想していたガレリアだったが、キートリーは避ける様子が無い。両腕の使えないキートリーは闘気での防御する様子も無かった。
(動かない?足もやられてんのかい?ならば取ったッ!!)
そして青い炎はキートリーを覆い尽す。完全に直撃だった。青い炎がキートリーの緑色の髪を焼き、彼女の肉を焦がし、骨まで焼き尽くしたことを想像して、ガレリアは勝利を確信した。
「運が無いねえお嬢、こっちなら誰も居ないと思ったかい?残念だったねぇ……」
ガレリアは青い炎に包まれて焼かれて行くキートリーらしき人影に向けて言う。いつもなら周りの水魔術師の防御魔術に阻まれて届かない炎のブレスも、孤立して更に回避も防御も出来ない今のキートリーであれば一たまりも無い。ガレリアは完全にキートリーを取ったと思っていた。
が、
「……なっ!?」
炎に包まれ燃えている人影から、炎を振り払いながらキートリーが飛び出した。完全にキートリーを倒したと思っていたガレリアは一瞬反応が遅れた。それでも咄嗟に後ろへ跳んで間合いを離そうとする。
「ガッ!?」
だが相手は予想よりもずっと速かった。ガレリアは離しきれなかった間合いを一気に詰められ、動かないと思っていたキートリーの右腕に首を掴まれて、そのまま地面に叩きつけられる。
(コイツッ!?朱色の闘気!?)
首を掴まれ地面に押さえつけられながらも暴れるガレリアは見た。自分に覆いかぶさる女の纏うオーラ、赤と橙色の混じった色の闘気、朱色の闘気を纏ったキートリーを。
「グッ!ア゛ッ!?離しっ!?」
それでもガレリアは暴れて抵抗する。だが両腕を失っている彼女が出来る事などほとんど何も無い。唯一無事な足でキートリーの後頭部を狙って蹴り上げるも、軽くいなされて有効打にならない。
そしてガレリアは暴れながらキートリーの顔を見た。
(なんだいっ!?コイツの目っ!?)
ガレリアはキートリーの目を見て驚愕する。元々キートリーの目が普通のエペカ人と比べれば異彩を放っているモノだったのは戦場で何度か顔を合わせていたので知っていた。だが今のキートリーの目はそれともまるで違っていた。
今のキートリーの目は、黒い白目、紫色の虹彩、山羊の様な横長の瞳孔。その異様な瞳と尋常では無い腕力にガレリアは恐怖を覚え思った。
(悪魔ッ!?)
悪魔であると。
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お嬢様、覚醒しました。
2号ラ○ダー的なアレ。