20.続・獣が来りて炎を吹く_side&enemy06
「ぐっ……クソっ、やっぱ見えねえっ」
そんなブラグに吹き飛ばされつつ、痛みに耐えながらも立ち上がったボース。彼にはブラグの動きが一瞬で消えているようにしか見えておらず、全く姿を捕えられていない。
「ほおー?頑丈なヤツだ、さっきの緑髪の雌とは大違いだな」
「なに?」
立ち上がったボースを見て、ブラグがボースの頑丈さを称賛しつつ言った。だが、そのブラグの一言でボースの表情が変わる。
「てめぇ……キートリーに何をした?」
「ん?キートリーと言うのか、あの緑髪の雌は?」
「キートリーに何をしたんだって聞いてんだ!!」
ボースは怒りの形相を浮かべてブラグを問いただす。
「ふん、悪いがカールがやられそうだったんでな、俺が横合いからその雌を殴りつけた。手加減はしたつもりだったが、まああの手応えじゃあ助からんだろう」
少しばつの悪そうな言い方で答えたブラグ。ボースはそんなブラグを前に、
「そうかよ」
と一言いい、剣を右へとくるりと回して構え直した。そしてボースの体中から橙色の闘気が立ち上がり、ボースの全身が燃え上がる炎のように闘気に包まれていく。
(キートリー、すまねえ。俺ぁやっぱ役立たずのダメ親父だ。魔術の使えねえお前が、魔術学校で苦い思いをしたのも聞いてたさ。サティからお前ともっと話をしてやって欲しいと何度も言われてたがよぉ、俺ぁ戦争を言い訳にしてお前とゆっくり話そうとしなかった。ヌールエルが亡くなった時も、お前にはほとんど構ってやれなかった。そんなお前があの武術を引っさげて戦場に出てきた時はそらぁ吃驚したぜ。戦い方が若い頃のヌールエルにそっくりなんだからよぉ。今から思えば、あれはお前なりの俺へのアプローチだったんだろう?散々ハゲだタコだ色々言われたが、あれぁお前なりに俺とコミュニケーション取ってくれてたんだろう?こんなダメ親父を嫌いにならないで居てくれて、本当にありがたかったぜ……守ってやれなくて、すまねえ。バカな親父ですまねえ)
ボースは憤怒の表情を浮かべつつブラグを睨み、今度は左へと剣をくるりと回して構え直す。
「なるほど、良い闘気だ。流石は人族の族長を名乗るだけある。しかしだ、それだけで勝てると思うな」
ブラグはボースの燃え上がる闘気を見て感心した様子だったが、自身も闘気を燃え上がらせて対抗する。
「……仇ぁ取るっ!行くぞぉぉっっ!!」
ブラグ目掛けてボースが駆けだした。一瞬で間合いを詰め、ブラグへと横薙ぎの一閃を浴びせる。
だが、ボースが剣を振った場所にブラグの姿はもう無かった。そして、
「ぐぼぉっ!?」
ボースの見ている光景が数メートル横にズレる。
(時間停止かっ!?)
ボースが時間停止を喰らったと理解した時には、彼の身体は真横に吹き飛んでいた。
「がっ!?」
そのまま横に有った木の幹へと叩きつけられたボース。
「ぐぅっ……!」
(肋骨が2・3本いったか?)
ボースの左脇腹に激痛が走った。彼は肋骨が折れた事を察しつつ、激痛に耐えながらも即座に立ち上がる。
そんなボースの視線の先で、ブラグが叫んだ。
「ぐおおおっっ!?俺の腕がぁぁっっ!!??」
激痛に叫ぶブラグ。ブラグの右肘から上の腕がバッサリと切り落とされて地面に落ちていた。右腕から血を噴き出しつつまるで信じられないと言った感じで眼を見開いているブラグ。
「ぐぅっ!?お前っ!?何をしたっ!?」
状況を理解できない様子のブラグの顔を見てボースがニヤリと笑った。
「へっ、俺の周りをデュランダルで切っておいたのさ。さっき構えてた時にな。置き斬撃ってーヤツだ。バカが、案の定見えてなかったみてぇだな?」
そう言うボースの後の木が、幹からスッパリと切れて音を立てて倒れる。彼が吹き飛ばされていた間の木もスパスパと切れて地面に音を立てて倒れて行く。
「ぐっ!?滞留中の時間に介入したのかっ!?」
「そいつぁ知らねえが、デュランダルはこう言う剣だ。切ろうと思えば何でも切れる。それが時間だろうが、空間だろうがな。今は俺の周りを切って、そこに不可視の斬撃を置いておいた。実質斬撃のバリアみたいなモンだな。テメエが何をしようが関係ねえ、俺に手を出せばテメエの手足が切れるぞ?」
そう言ってボースがまた剣を構え、剣を自分の周辺でクルリクルリと回して見せる。ブラグはそんなボースを前にして、怒り狂いながら残った左腕に濃い橙色の闘気を溜めて行く。
「こいつッ!!」
そして左手をボースに向けて一閃した。闘気の塊が波となり、ボースを襲う。ブラグの闘気の波を受け、ボースの周りの木々が吹き飛び、地面が抉れて行く。だがボース自身にはその闘気の波は届かない。
「うおっ!?っと、はっ!……殴れないから遠距離攻撃ってか?悪ぃが俺の周りは隙間なく全部切ってある。テメエの技は届かねえんだよ」
「何だとぉ……っ!?」
完全に自分の周囲を斬撃のバリアで囲ったボース。ブラグにはその斬撃のバリアは見えておらず、また闘気を飛ばしての攻撃もバリアに阻まれ届かない。ブラグはボース相手に全く攻撃の手段が無くなってしまい、動揺する。
(何だコイツはっ!?俺は確かに時間を停止させたハズだ!それで停止した時間の中でコイツを殴った!だが飛んだのは俺の右腕だっ!撃った闘気も全部防ぎやがった!周囲を切っただと!?何も見えなかったぞ!?何なんだコイツは!?)
一瞬にして理解の及ばない相手となったボースを前に、ブラグは混乱する。混乱しつつ1歩後退したブラグを見て、ボースは釘を指すように言った。
「おい、キートリーをやっておきながら今更逃げるとかは言わねえよなぁ?ブラグさんよ?それともアレか?エクウス族ってぇのは偉そうに出て来ておいて、不利と見るや尻尾を巻いて逃げるド卑怯でド臆病な一族か?」
「……貴様ァッ!?我が一族を侮辱するかッ!?」
逃げる算段を立てていたブラグはボースに煽られ、思わず叫んだ。自分の一族を卑怯だ臆病だと煽られ、一族のプライドを傷付けられたブラグの思考から逃げの手段が掻き消えてしまう。相手に乗せられていると分かっていても、彼もこればっかりは譲れないようだ。ブラグは怒りの表情を浮かべつつ相手を睨む。同様にブラグを怒りの表情で睨みつつ、ブラグの方へとじりじりと間合いを詰めて行くボース。
(落ち着け!例え斬撃に守られていようともっ!どこかに隙はあるハズだっ!それを探す!時間さえ止めてしまえばっ!!)
斬撃のバリアの隙を探そうと考えたブラグは、咄嗟に時を止めて間合いを離そうとする。
「滞留ッ!」
ブラグの滞留の声と同時に白く染まる森、止まる時間、風も音も、目の前のボースも止まる。
(これでっ!)
所詮は止まった時の中で行動出来ない相手である。焦る必要はないのだ。そう思っていたブラグだったが、そこに停止した時間の中に入れるモノ達、ブラグの行動を阻む二人が現れた。
「ヒルドっ!居たぞっ!」
「プレクトさんは左からっ!!って!?ボーフォート辺境伯!?」
「ボースのおっさん!?なんでこんなとこにいんの!?」
時間が止まり白い色となっている森の中を、茶色の鎧を纏ったプレクトと、緑色の鎧を纏ったヒルドがブラグを見つけて駆け寄って来ていた。二人はブラグの前にボースが居るのに気付いて立ち止まる。
「さっきの羽付きの雌共!?なんでもう動ける!?」
木々を避けながら走って迫って来るプレクト達に驚愕するブラグ。致命傷とまでは行かなくても、しばらくは動けない程度のダメージを与えたと思っていた相手がピンピンした状態で自身に迫って来たのだ。しかも相手は止まった時間の中を動ける二人だ。この二人とボースに連携されては非常にマズい。
「俺だってわかんねえよ!こっちも死ぬかと思ったけどなんか治ったんだよ!」
「あぁ~、まあ多分ご主人様のおかげっすよね。なんか身体がポカポカして妙に調子いいですもん」
「やっぱ千歳かな?」
「二人一緒に元気になったなんて、それ以外考えられないっすよ?」
妙に元気な表情で語り合う二人に、呆気にとられるブラグ。だが彼もぼーっとしているワケには行かない。真後ろには斬撃のバリアを纏ったままのボースがいるのだ。ブラグはまた左腕に闘気を溜め、プレクト達に向けて左腕を一閃し、闘気の波をぶつける。
「せあぁぁっ!!」
余波でなぎ倒される木々。だが、肝心の二人は、
「よっとっ!」
「おっとっ!」
バサッと翼を広げてブラグの放った闘気の波の上に飛び上がり、あっさり回避した。そのままブラグの方へ飛んで急接近してくる。
「なにぃぃっ!?」
「プレクトさんっ!」
「おっけー!」
渾身の一撃を回避されて動揺するブラグを前に、飛び上がった二人は手元を光らせて出現させた長剣を握り、ブラグを挟み込む形で接近し、
「「せーのっ!」」
ほぼ同時に×印にクロスする形で、二人一緒にブラグを正面から剣で斬りつけた。
「ぐっ!?」
パキンッと音を立てて折れた二人の長剣。ブラグが咄嗟に身体を闘気で包み、二人の斬撃を防御したのだ。
「かーっ!?硬ぇー!?」
「剣が折れたっすよ!?」
折れた自分の剣を見て驚くプレクトとヒルドだったが、すぐさま間合いを離し、空中で弓を構えだす。
「だったら!」
「俺はこっちが本職っすからね!」
そう言ってプレクト達は左右から斜め下のブラグに向けて容赦なく光の矢を乱射し始めた。
「うおおおおおっっ!!??」
プレクトとヒルドから放たれた光の矢が流星雨のように絶え間なくブラグに降り注ぐ。ブラグはまたも闘気で身体をガードしたが、しかし矢に身体を貫かれこそしないモノの、光の矢が当たった個所は微かに焼けて行き、光の矢は連射され続けそのたびにその火傷部分が加速度的に増えて行く。
「なんか前より撃ちやすくなった気がする!」
「そうっすね!束ね撃ちも出来るっすよ!」
以前より連射スピードが上がり、マシンガンの如く光の矢を射ちまくるプレクト。ヒルドに至っては4本の光の矢を束ねて一斉に射撃しており、さながらショットガンを連射しているようだ。
「うおおおおおっっ!!??」
左右から光の矢を撃ち降ろされ続け、ブラグは闘気での防御をしたままその場から動かない。彼はこのまま光の矢を受け続けるのは非常に危険だと言う事を理解していたが、移動の為に防御の闘気を切ってしまっては致命傷にすらなりうるため、動きたくても動けなかったのだ。
(マズいっ!?このままではっ!!ヤツが動き出すっ!?)
光の矢を防御しながらブラグは焦った。完全に足を止められているこの状態で、後ろの相手で動き出してしまえばどうなるか?
だがそんなことを考えている間に、ブラグの時間停止の限界時間が来てしまった。景色が色を取り戻し、時間が再び動き出す。勿論、ブラグの後ろに控えていたボースもだ。
「……うおっ!?なんだぁ!?ヒルド!?プレクト!?お前らどっから来た!?」
止まっていた時間の出来事など知るワケもないボースが、突然目の前に現れてブラグに光の矢の流星雨を降らせているプレクト達を見て驚愕の声を上げる。
「ボーフォート辺境伯!」
「ボースのおっさん!こいつ倒せばいいんだろ!?」
二人はブラグに光の矢の流星雨を降らせ続けながらボースに答える。
「ぐぅっ!?おおおおおっっ!!??」
時間停止が途切れ、ボースが動き出したことをマズイと思いつつも、ブラグには降り注ぐ光の矢の前に満足に呼吸する暇も与えられなかった。深呼吸する暇がなければ再度の時間停止は出来ない。
ボースはそんなブラグとプレクト達を見て、ニッと笑った。
「上等だお前らぁ!そのままコイツを固めとけ。……ブラグ、仇は取らせてもらうぜ。魂はヴァルキリーにでも拾って貰えよ?」
ブラグの前に剣を突き出し、彼の首へと狙いを定めるボース。ブラグはそれを見ていても逃げる事も逃げる算段も浮かばない。
(クソッ!クソッ!クソッ!油断したっ!!目の前のハゲも!両隣の羽付きの雌共も!想像していたよりも遥かに脅威!!慢心した俺が悪いのかっ!?それともこれが異世界の洗礼かっ!?)
最早どうにもならない状況に陥ったブラグ。光の矢の雨を降らせ続けるプレクトとヒルド。トドメの剣を振り下ろそうとするボース。
決着が付くかと思われたその時、彼らの耳に響いて来たのは予想外のモノの悲鳴だった。
「……なにすっ!?あっがっっ!?ぎぃぃぃっっ!!??やっ!?やめっっ!?やめてっっ!!??腹はっ!?腹はやめとくれぇぇぇーーっっ!!!!」
何モノかに襲われ、怯えて悲鳴を上げる女の声が森に轟く。
「ガレリアの声!?」
「ガレリアさんっ!?」
その声の持ち主、ガレリアの声を聞いたボースとブラグは、悲鳴の聞こえた方向へと視線を送るのだった。
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