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20.続・獣が来りて炎を吹く_side&enemy05

 ボーフォート軍の防御陣地、結界の中の西側で、ハゲの大男と雌の灰色狼獣人が戦いを繰り広げていた。互いに傷だらけになりながらも、戦況は僅かにハゲの大男に軍配が上がっているようだった。


「おぉぉりゃああっっ!!」

「ぐぎっ!?」


 ボースが剣を振り上げた時、爪での一撃を振り下ろそうとしていたガレリアの右腕が二の腕からバッサリと切れ、上空に吹き飛ぶ。


「ガアッッ!?このっ程度おぉぉぉっっ!!」


 右腕から血を噴き出しつつ、ガレリアは怯まずに左手の爪をボースに振り下ろす。


「ぐぅっ!?」


 ガレリアの左爪がボースの右腕に深々と突き刺さり、ボースが呻き声を上げる。ガレリアはその隙を見逃さず、牙を剥きだしながら鬼の形相を浮かべ叫んだ。


「取ったよボースッッ!!消し炭になりなァァァッッ!!」

「ぐおおおっっ!!??」


 ガレリアの左手が青い炎に包まれ、突き刺した左爪からボースの身体に炎が燃え移り、ボースの右腕を焦がして行く。熱と苦痛に顔を歪ませるボース。


「ボース様ぁ!?」


 周りで二人の戦いを見守っていたボースの部下達が、ボースを心配して声を上げた。


「邪魔すんじゃぁっ!!」


 だがボースは助けなど不要とばかりに部下達を一蹴し、咄嗟に両手に握っていた剣の柄を逆手に持ち替え、そのまま反時計回りに剣を回転させた。


「ねえっ!!」

「ガアッ!?」


 ヒュンッと言う風切り音と共に横に回転したボースの剣は、ガレリアの青く燃える左腕を切り上げ切断した。これでガレリアは左腕までも二の腕から切断され、両腕を失ってしまった。


「あ゛あ゛あ゛っっ!?」


 この一撃に悲鳴を上げ、怯みつつ後方に仰け反ったガレリアだったが、彼女は諦めなかった。仰け反った身体を踏ん張り、両腕から血を噴き出し髪を振り乱しながらも前を向き、


「まだぁぁっっ!!コォォォッッ!!」


 苦痛に表情を歪ませながらもボースに向かってガレリアは口を開いた。彼女はその開いた口に青い炎を溜めてボースに向けて炎のブレスを吐き出そうとする。

 だが彼らの戦いにおいて、ガレリアのこの一瞬の怯みは最早致命的だったようだ。


「終いだっ!ガレリアァァッ!!」


 彼女の眼前にはもうボースの剣が振り下ろされようとしていた。


(死っ……)


 ガレリアは一瞬で自らの死の気配を察した。そして彼女は思う。


(トローノ……御免よ、今アタイも逝く……)


 今は亡き愛する夫の事を想い、死を覚悟したガレリア。しかし彼女の予想と反し、その時はすぐには訪れない。


「りゃああっっ!!」


 ボースの振り下ろした剣が風切り音と共に空を斬った。


「……なにっ!?ガレリアが消えた!?」


 困惑するボース、そこに居たハズのガレリアの姿が無い、忽然と消えてしまったのだ。


「どこだっ!?どこいったガレリア!?」


 消えた雌の灰色狼の名前を呼びながら、ボースは周りを見渡す。だが、どこにもいない。周りに居た部下達も消えたガレリアの姿を探しているが、見つからない。ただの一瞬で、居たハズのガレリアは消えた。


 その消えてしまったガレリアだが、彼女自身も自分の置かれた現状に困惑していた。


「な、なに……?」


 不思議な事にガレリアはボース達からさらに離れたシュベルホ村の西側、結界の外に仰向けに倒れていた。ガレリアの両腕は切り落とされていたが、いつの間にか両腕とも根元から布でしっかりと縛られて止血されており、出血が止まっている。そして彼女の斬られた両腕も切っ先からしっかり縛られ止血された状態で、彼女の腹の上に置いてあった。

 そんな彼女の側に立つ黒い獣人の影。


「よう、ガレリアさん。こっちもこっぴどくやられたみたいだな」

「ア、アンタ……たしかエクウス族の、ブラグ?」

「おう。とりあえず両腕の止血はしておいた。あのハゲ男をやればいいんだろう?ちょっとここで待ってな。後でもっとマシな治療をしてやるからよ」

「ちょっ!?ま、待ちなっ!!って、き、きえた……?」


 少し優しさを感じさせる声で言うだけ言ってガレリアの目の前から消えたブラグ。ガレリアはポカンとしたまま消えたブラグの姿を探していたが、すぐに諦めて地面に寝転がり空を見つめる。


「ハハッ……取ったと思ったのに、あと一歩、あと一歩だったのに……その一歩がこんなに遠いなんてねえ……」


 そのまま切り落とされた自分の両腕を確認し、痛みと悔しさに顔を歪ませるガレリア。彼女は寝転がったまま燃える村の中央部を見て、聞こえてくる戦闘の音と声から味方がもうほとんど残っていない事を悟る。


「一緒に付いて来てくれた仲間たちも、もうほとんど残っちゃあいないみたいだ。カール、アンタはまだ、戦ってんのかい?すまないね……皆、命張って戦ってくれたってのに、肝心のアタイは新参モノの馬男に助けられて、このザマさ。」


 ガレリアはそう呟きながら晴天の空を見上げつつ、日光に眩しさを感じ、思わず手で顔を覆い隠そうとした。だがそれは叶わなかった。彼女は自分の両腕が無くなっている事実に改めて気付き、眩しさに目を細めながら、遠い誰かへ伝えるように弱々しく言う。


「……トローノ、やっぱアタイに族長は向いてないよ。トローノ、アンタさえ生きていてくれればこんな事には……情けない……情けないねぇ……ぅぅ……」


 空を見つめながら、ガレリアは悔しさと寂しさに涙を流し頬を濡らすのだった。


・・・・・・


「がはぁっ!?」


 突如、ボースの身体に猛烈な衝撃が走り、彼の身体が吹き飛ぶ。そのまま大きな音を立てて1両目のバヤールに激突するボース。


「なっ!?」

「「「ボース様っっ!?」」」


 ボースの部下達もその様子を周りで見ていたが、まるで何が起こったのか理解できない。突然ボースの身体が吹き飛んだのだ。


「ぐぅっ!?何が、何が起きてやがる!?」


 状況を理解出来ないまま、なんとか痛みに耐えてボースが立ち上がる。


「うおっ!?」


 だがボースはなんの理解も出来ないまま、今度は彼の身体は宙を浮いていた。


「うおおおおっっ!!??」


 まるで何かに引っ張られ投げ飛ばされたかのように、空中を弧を描いて飛んでいく行くボースの身体。彼は元居た防御陣地の1両目のバヤールの元から、シュベルホ村の南方向に吹っ飛んでいく。


「なんだっ!?今度は何だっ!?はっ!?結界っっ!!」


 ボースは状況を理解できないまでも、今迫る危険は察せられた。ここはまだ結界の中だ、サティの張った結界の内側。だが、このまま空中を吹き飛ばされていれば当然結界の内側にぶつかる。結界にぶつかればどうなるか?最悪、身体が焼かれて焦げて死ぬ。よしんば焼けなくてもこのままの勢いで結界に激突すれば衝撃でただではすまない。

 さすれば彼のやることは一つ。ボースは空中を吹き飛ばされながら手に握った剣を結界に向けて振った。


「うおおりゃあっっ!!」


 ひゅんひゅんと言う音と共に、結界を剣で斬りつけたボース。すると結界に人間一人通れる程度の大きさの穴が空く。そのままそこをすり抜けて吹っ飛んでいくボースの身体。彼の眼下には森が見える。


「俺ぁは何をされてる!?なんで空を吹っ飛んでる!?わからねえ!!わからねえが!!とりあえず着地だあぁ!!」


 そう叫びつつボースは空中で体勢を立て直し、一旦持っていた剣を腰の鞘に納めた。そして両手両足に橙色の闘気を溜め、四つん這いに近い体勢で地面に墜落していく。


「んがっっ!?」


 ところがボースの思いとは違い、地面に降りる前に彼の身体は背中から森の木に衝突して勢いを止めた。ボースがぶつかった勢いで木は幹からぼっきりと折れて音を立てて倒れて行く。


「っつぅ~~!!いったいなぁんだってんだ!?」


 折れた木の下、ハゲた頭に積もった枯葉を手でどけつつ、ボースは立ち上がる。ぱっと周りを見渡して見たが近場には何も居る気配は無いように感じられた。だが、


(こりゃヤベえな?)


 彼は経験と勘から危険を察知していた。ボースはその勘に従い、懐から魔術用のステッキを取り出してすぐさま詠唱を開始する。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って彼の者の傷を癒せ、ヒール!」


 ボースのステッキが青く光り、ボースの傷を癒して行く。ボースは詠唱を続ける。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我が身体を強化せよ、ストロングボディ!」


 ボースのステッキがまた青く光った。ボースの全身が淡く光り、彼の身体を強化する。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我が瞳を強化せよ、ストロングアイ!」


 ボースは更に詠唱を続けた。今度はボースの瞳が淡く光り、彼の視力を強化する。


「さあ、なんでも来やがれってんだ」


 ボースはそう言ってステッキを懐に仕舞い、腰に下げていた鞘から剣を抜いて両手で構えた。少しの間、森の中を静寂が包む。彼はその間も視線を左右に動かし、迫る脅威を探った。

 そして脅威は彼の前に現れた。


「水魔術、だったか?さっきのその光は?」


 ボースの目に映るのは自身の身長を優に超える大きさの、二足歩行の黒い馬獣人の姿。木々の間から姿を現したその馬獣人は、ボースを見ながら興味深そうな視線をこちらに向けていた。


「チッ、やっぱり獣人かよ」


 相手が獣人と知って悪態を吐くボース。彼に取って、戦場で会う獣人は基本敵である。例外はケリコのようなボーフォートに亡命してきた獣人達であるが、少なくとも彼の記憶に馬型の獣人が亡命してきたなんていう記憶は無い。


(ルプス族の援軍か。っつーかなんだ?馬型の獣人?初めて見たぞ?……まさか新しく流着した連中か?)


 ボースは思考を巡らす。狼、猫、獅子、鳥、魚人と幾つかの獣人達と対峙してきたボースだったが、目の前に居る馬獣人はこれまでに見たことが無いタイプの獣人だった。そもジェボード国の獣人達は種族毎に特定の超能力を持っている。例えば灰色狼のルプス族であれば炎を操る発火能力(パイロキネシス)、三毛猫のフェレス族であれば念写能力(ソートグラフィー)などだ。大体どの種族の超能力も戦うか保護するかで知っているのだが、新しく流着した種族となるとこれがまた情報が無い。


(なんの超能力を持ってやがる?触れずに俺を吹っ飛ばしたアレを考えると、念動力(サイコキネシス)が近いが、それじゃあガレリアを一瞬で待避させた理由にはならねえ。少なくとも俺が目で追えないレベルでガレリアを動かせるとは思えねえ。じゃあアレはなんなんだいったい?)


 馬獣人を睨みながら相手の能力を考えるボースだったが答えは出ない。

 そんなボースを前に、黒い馬獣人は不機嫌そうな表情を浮かべた。


「無視か?」

「あぁ?何がだ?」

「それは水魔術かと聞いている」

「……それに答えて俺に何の得があんだよ?」


 ボースと問答し、くいっと片眉を上げた馬獣人。


「確かに、何の得も無いな」

「じゃあ聞くんじゃねえよ」

「まあそう言うな。俺の能力は、事象滞留(ステイベント)だ。止めた時間の中を動ける」

「なに?時間停止だと?」


 あっさり自分の能力を白状する馬獣人に、拍子抜けするボース。


(自分の能力をあっさり言いやがったなコイツ。とんでもない馬鹿か、それともブラフか、若しくはよっぽどの自信があるのか。しかし時間停止だって?冗談で言ってるようにゃ見えんが、そんなこと可能なのか?)


 相手の能力と自分の能力を暴露した思惑がどうにもわからないボースは、疑心暗鬼のまま構えを取っている。


「で、お前のさっきの光は?」

「あ?まさかそれを知りたいから自分の能力を喋ったのか?」

「そうだが?で、どうなんだ?魔術か?魔法か?能力か?」


(生真面目……ってよりはやっぱり馬鹿なだけだなコイツ?)


 ボースは相手の律儀言うか馬鹿正直な物言いにあきれ果てる。だがこれをただの馬鹿だと切って捨てるほどボースは薄情でも無い。


「……水魔術だ」

「ほお、なる程な」


 ボースの返答に満足したような表情を浮かべた馬獣人。イマイチ相手の考えの読めないボースは、相手の馬鹿が付くほどの生真面目さに賭けていっそ全部聞いて見る事にする。


「俺ぁボース・ボーフォス・ボーフォート。エペカ国ボーフォート辺境伯のボースだ。てめぇは?」

「俺か?ブラグ・サン・エクウス。エクウス族族長スリク・サン・エクウスの弟だ。ま、副族長ってヤツらしいな」


 自分の自己紹介に礼儀正しく自己紹介し返す相手に調子を狂わせられながらも、ボースは質問を続ける。


「何故俺を狙う?」

「俺達は昨日この世界に着いたばっかりでな。そこでルプス族の、ガレリアさんの世話になった。彼女から事情は聞いている。お前を仕留めれば彼女の子供達が不幸にならずに済むんだとよ。あとは……」

「があっ!?」


 一瞬の内に間合いを詰めたブラグは、ボースの身体をまた吹き飛ばしていた、地面を擦りながら横へと滑り吹き飛ばされるボース。そんなボースを見降ろしながらブラグは言う。


「ご挨拶と……俺の恩人を痛めつけてくれた仕返しってヤツだ」


 ブラグは後ろに耳を倒し、大きく目を見開き、白目を剥いてボースを見る。馬面ではあるが、彼は静かに怒り狂っていた。

お読みいただきありがとうございます。

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ハゲと馬男回(1回目)

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