20.続・獣が来りて炎を吹く_side&enemy04
煌煌と日光の降り注ぐシュベルホ村、その村に張られた結界内外でボーフォート軍とルプス族との戦闘が繰り広げられる中、上空を浮遊している茶色の翼に茶色と銀色の混じった鎧を着た少年風のヴァルキリー、プレクト。彼は迷っていた。
「結界は破られるし、マースは攫われるし、千歳は出て行っちまうし、俺どうすりゃいいんだよぉぉっ!?」
彼の眼下の結界内では、侵入した四体のルプス族とボーフォート軍の戦闘が行われていた。その少し前方、結界の外では騎兵隊がルプス族と白兵戦を繰り広げている。さらに前方のシュベルホ村の中央では、キートリーが赤い闘気を纏った雄のルプス族と死闘を繰り広げているのが見える。
「さっきから何度も状況報告してるけど、もう誰も聞いてねえし……?お、俺、飛ぶのは得意だけど、剣も弓もちゃんと練習してこなかったから、じ、自信ねえのに……?でも何かしないと……」
プレクトは結界が破られた後も何度か片手に握った魔力拡声器のマナホーンで状況報告をしていたのだが、戦闘の騒音と乱戦の混乱で最早誰も報告を聞いていなかった。皆、目の前の相手の対応で精一杯で所轄それどころじゃないと言った感じである。
「エメリーっ!!」
プレクトは結界の中で魔術師達に混じって戦うエメリーが心配になって彼女の名前を叫んだ。エメリーとは今朝合ったばかりの間柄ではあるが、小さな身体で美しく羽ばたくフェアリーのエメリーに惹かれ、この作戦の出発前、二人っきりでバヤールの上で互いに故郷の話をして盛り上がった。プレクトに自身未だ薄っすらとしか気付いていないが、この異世界に来て初めて友情以上の好意を抱いた人である。
プレクトにはそんな彼女が三体のルプス族に襲われて危機に陥っているのが見えているのだが、彼と彼女の間はサティが張った結界によって強固に隔てられており、近づくことすらできない。
「なにか、何かできないのかっ!?なにかっ!?」
何か出来ないかと考えるプレクト。だがそんな直ぐに思いつくくらいならもうやっている。そんな悩むプレクトの元に東側から空を飛んで近づいてくる気配。
「んっ!?誰っ!?」
「プレクトさん!俺っす!ヒルドっすよ!!」
「ヒっ、ヒルド!」
悩むプレクトの元へ現れたのは、自分と同じく千歳の悪魔の力によってヴァルキリーへと転生を果たした、黒い翼に茶髪のロングヘア、緑色の鎧を着たヒルドであった。
「お前っ、なんでここに!?」
「ご主人様にパヤージュさん達の護衛を頼まれて飛んできたんすよっ!今状況は!?どうなってるんすかこれっ!?」
「わかんねえよ!あっちこっちで乱戦してて!エメリーが戦ってて!でも結界の中には入れなくて!俺だってよくわかんねえんだよぉっ!!」
ヒルドの質問に混乱しつつそう答えるプレクト。プレクト自身、戦闘の経験はほとんどなく、ただ戦場を俯瞰しているだけの時は兎も角、乱戦になってしまった今の状況では判断が追い付かない。所轄荷が重かったらしい。
そんなプレクトの叫びを聞いていたヒルドは、周りを見渡した後、落ち着いた表情でプレクトに言う。
「プレクトさん、落ち着くっすよ!あの灰色狼の連中が敵で間違いないっすよね?」
「あっ、ああ、そ、そうだ!あいつらルプス族が敵で間違いないよ!」
「ふむ……」
そう言って考え込む仕草を取るヒルド。眼下の状況を鋭い視線で目まぐるしく確認した後、光の中から大きな弓を取り出し、下方に弓を向けながら言う。
「結界手前に居るのは……西の騎兵隊と戦闘中の6体、中央に2体、東に2体……」
そしてヒルドは迷いなく弓を引いた。風切り音と共に西へと飛んでいくヒルドの光る矢。
「ガァッ!?」
西に居た1体のルプス族の喉元をヒルドの矢が貫いた。悲鳴を上げて倒れ、致命傷だったのかすぐさま死に至り、口から魂を吐き出したルプス族。
「まず一つ!」
ヒルドは倒れたルプス族を確認するとまた弓の弦を引き、光と共に次の矢を装填し、弦を手放して次の矢を発射する。
「グアッ!?くっ!?なんだっ!?もう一人のヴァルキリー!?」
「んんっ!しぶといっすねっ!」
2体目のルプス族の背中に矢が刺さり、ルプス族は悲鳴を上げる。だが致命傷には至らなかったようで、そのルプス族は上空のヒルドを睨みつける。
「味方のヴァルキリーか!?」
「助けてくれるのか!?ありがたい!!」
西側でルプス族と戦闘中だった騎兵隊が、上空のヒルドからの援護を確認して感嘆の声を上げる。結界外で孤立し、ルプス族の炎撃でむざむざ死人を出すしかなかった騎兵隊にとってはヒルドはまさに女神であったようだ。
そんな騎兵隊を確認しつつ、弓矢を西側のルプス族へと次々と射ちながらヒルドはプレクトに言う。
「プレクトさん、東側のルプス族を射って貰えるっすか?」
「射つって、射ってどうすんだよお!?」
「いいっすかプレクトさん?サティ様が結界を張り続けてるのは結界外に多数のルプス族がいるからっす。結界を解いたら外の連中から滅多打ちにされるっすからね。でもそいつらを俺達が排除しちゃえば、結界を張り続ける理由も無くなるんすよ。そうすりゃサティ様も結界を解いて戦闘に専念できるし、結界が無ければ俺達も防御陣地の中へ援護に向かえるって寸法っす」
「へ……?」
弓を射ちながら淡々と説明するヒルドに、プレクトはぽかーんとした表情を向けた。プレクトは少し呆然とした後、真面目な顔に戻り、手に持ったマナホーンを腰のベルトに巻き付けて、自身も光の中から弓を取り出し東側のルプス族に向けて弓の弦を引いて構える。
「そういうことかよっ!」
プレクトも光の矢を放った。東側のルプス族の目の前の地面に突き刺さるプレクトの矢。
「もうちょっと前かっ!?」
「くっ!?なんでヴァルキリーがボーフォートに味方するんだっ!?」
「生憎っ!俺達は千歳の味方だからこの世界のヴァルキリーがどうするかまでは知らねえよっ!!」
プレクトはヒルドと同じく次々と矢を射ち出す。プレクトはヒルド程の命中率は無いモノの、数射ちゃ当たるの精神で兎に角射撃しまくる。
「なあヒルド、お前ホントに元ゴブリン?」
「ははは……、自分でもたまにわからなくなるんすよねえ」
プレクトの忌憚のない質問に、ちょっと苦笑しながら答えるヒルド。その笑顔にゴブリンの面影などなく、最早ただの美女にしか見えない。
「っとぉ!敵も撃ってきたっすよぉ!火球に当たらない様に!」
「へへっ!弓は苦手だけど、避けんのは得意なんだよっ!当たれ当たれぇっ!!」
そうしてヒルドとプレクトは上空で踊るように羽ばたきながらルプス族の火球を避けつつ、結界前に展開するルプス族に光る矢を雨の如く射ち降ろす。
「ギャッ!?」
「二つ!」
「ガアッ!?」
「三つ!」
正確な射撃で西側のルプス族を一人二人と次々と屠って行くヒルド。反対にプレクトは空中でヒルドと背中合わせの状態で東側に矢を乱れ撃ちする。
「どれか当たれーっ!!」
「くっ!?このっ!?ぐあっ!?」
「よしっ!俺も一つ!」
数射ちゃ当たるの乱射でついに東側の一人のルプス族を仕留めたプレクト。開いた手で軽くグッとガッツポーズを決めつつ、残りのルプス族へと射撃を続ける。
「残りはどれくらいっすか!?」
「西3!中央2!東1だ!」
二人は射撃を続けながら状況を報告し合う。二人のヴァルキリーの上空からの援護により、地上で白兵戦を続ける騎兵隊もついに優勢となって行く。
「グレッグ!行けるぞっ!!」
「応!うおおおっっ!!」
「グアッ!?」
騎兵隊の奮闘により西側のルプス族が一人倒される。それを確認していたプレクトが弓矢を乱射しながら状況報告を続ける。
「西残り2!おいヒルド!中央でキートリーのねーちゃんと戦ってる赤いヤツはどうする!?」
「ちょっと遠いっすね!!っていうかアレどっちもヤバすぎっすよ!?キートリー様もなんで橙色に身体燃やしてるんすか!?アレ闘気っすよね!?」
ヒルドがシュベルホ村中央で一人戦っているキートリーを見て驚く。キートリーは全身に橙色の闘気を纏わせて目の前の赤い闘気を纏ったルプス族となにやら話しているようだった。プレクトもそちらに意識を向けてキートリー達の様子を探る。
「なんか相手滅茶苦茶怒って叫んでるぞ!?ねーちゃん何考えてんだ!?」
プレクトがそう言って弓矢を乱射していた時だ、異変が起きたのは。
「っ!?なんだ、これ!?」
「空が……白く!?」
「ヒルド!空だけじゃないっ!地上も!森も真っ白だ!?どうなってるっ!?」
突然、二人の視界に映るモノが全て色を失った真っ白の背景に変わる。そして同時に、音も風も止まり、地上のルプス族や騎兵隊、キートリーまでもが真っ白になって動きを止めてしまった。
「プレクトさん!これ何が……皆どうなって!?」
「俺が分かるワケないだろっ!!」
空中で矢を射る手を止めて異変に困惑の声を上げる二人。そんな二人の耳に響いて来る何か大きな動物が走っている音。
「何か来る、来てる!?」
「なんすか!?どこから!?」
「東から!森の間!黒いのが走ってる!?」
プレクトの鷲のような強力な目は、遥か遠方から迫る黒い物体の動きを察知していた。
「デカい!あれは……馬!?速いぞっ!!」
「馬!?馬っすか!?なんで!?」
突如として迫る黒い巨体の馬に驚くプレクト。状況を飲み込めていないヒルド。そんな混乱する二人の前で、何事もなかったかのようにまた周りの景色が色を取り戻し、空気も音も動き出した。
「景色が戻った!?」
「下の皆も動き出したっす!今のなんだったんすか!?」
「だから!俺が分かるワケないだろっ!!ってまたっ!?」
混乱した状況でヒルドに聞かれて思わず声を荒げるプレクトだったが、言い切る前にまた異変が再開する。また景色が白く染まり、自分達二人以外の動きが止まる。
「またっすかっ!?」
「……ヤ、ヤバイぞっ!!アイツもうそこまで来てるっ!?あの黒い馬!!」
プレクトの目に映っていたのは先ほど東側に見えていた黒い馬。だがその黒い馬は二人が混乱している最中も周りの木々をなぎ倒しながら一直線にシュベルホ村に向かっていた。プレクトが再度確認した時には、もう村の東、森と村の境目まで到着していた。そしてその黒い馬の向かう先には、赤い闘気を纏ったルプス族と対峙しているキートリーが居る。
「キートリー様!?」
ヒルドがキートリーの名を呼んだ時、キートリーは井戸を背にした赤い闘気のルプス族へとトドメの掌打を叩きこみもうとしていたところだった。
だがそのキートリーの横合いから黒い馬が猛烈な勢いで迫っている。
「アイツ!ねーちゃんを狙ってる!?」
「なっ!?」
咄嗟に黒い馬の狙いがキートリーであると察したプレクトは、弓矢を黒い馬に向けて構え、ヒルドに告げる。
「ヒルドっ!あの黒い馬を撃つぞっ!ねーちゃんを守るんだ!!」
「了解っすっ!!」
ヒルドも同時に弓矢を構え、二人は同時にキートリーに迫る黒い馬に狙いを定めて光の矢を射った。真っすぐ黒い馬へと飛んでいく光の矢。
が、黒い馬がすっくと立ち上がり、二人を睨み言った。
「事象滞留の中を動けるヤツが、それも二人もいるのか。流石異世界って言ったところか……」
「立った!?喋った!?アイツ獣人かよ!?」
プレクト達と黒い馬以外何も動かない真っ白な静寂の世界で、黒い馬、いや、黒い馬型の獣人の声はよく通る。相手の声を聞いていたプレクトは相手が獣人と知り驚く。
「っとぉっ、ほぉ~?」
トトンッと横にステップを踏み、二人の放った光の矢を事もなげに躱す馬獣人。
「避けられたっす!!プレクトさん!もっと射つっすよ!!」
「あ、ああ!当たれ当たれっっ!!」
あっさり矢を避けられるも、ヒルドは弓矢を構えて連射を開始する。プレクトもヒルドに急かされて同じく弓矢を乱射するのだが、馬獣人は空中の二人を見上げながらひょいひょいと光の矢の雨を躱し続けた。
「光の矢か、面白れぇが、今は仲間が優先なんでな。後で相手してやる……せあぁぁっ!!」
馬獣人が叫びながら濃い橙色に染まった腕を空中の二人に向かって一閃した。すると闘気の塊が波となって、空中のプレクト達に襲い掛かる。
(これ、ヤバッ!?)
プレクトの目は自身に迫る闘気の波が非常に危険なモノであると認識していた。だが認識はしていても回避をする余裕が無かった。馬獣人の放つ強烈なプレッシャー、それに威圧され身体が竦んでいたのだ。そんな彼の前に、ヒルドが彼を庇うかのように咄嗟に立ちふさがる。
「プレクトさんっ!!」
「ヒルドっ!?」
「「うわあああっっ!!??」」
プレクトとヒルドは馬獣人の闘気の塊の直撃を受け、悲鳴を上げつつ遥か後方まで吹き飛び、錐もみ状態でシュベルホ村の南側へと墜落していった。
「ほぉ……あの緑の鎧の雌、今のに反応するのか、益々面白れぇな。っと、こんなことしてる場合じゃあねえ。ルプス族の弟の方、カールつったか?トドメ刺される寸前じゃあねえか、しゃあねえな……おらよっっ!!」
馬獣人はカールへと走るキートリーの腹に、掛け声と共に蹴りを叩きこんだ。ドムッと言う音と共にキートリーの腹がUの字に凹み、彼女の身体が数メートル横に吹き飛んだところで止まる。
「これぐらいか?応答」
馬獣人が応答と言ったところで、白い世界が、止まった時が動き出す。
「がふっ!?」
動き出した時の中、馬獣人に腹に一撃を喰らわされていたキートリーがくぐもった悲鳴を上げながら、空中を吹き飛び、
「がはっ!?ぐぅっっ!?」
廃屋の壁を突き破って廃屋の中へ転がり込んで行った。その光景を見て馬獣人は苦い顔をしながら思う。
(チッ、思ってたよりモロかったな。あの雌、アレじゃあもう助からん)
この黒い馬獣人的には手加減をしたつもりだったらしい。だが彼はキートリーに与えた手応えから、キートリーがもう助からないと察する。
(手加減も満足に出来ねえとは、兄者見てえには上手くは行かねえモンだ)
反省でもしてるのか、頭を蹄付きの手でポリポリ掻きつつ、井戸の手前で倒れている赤い闘気を纏ったカールを見下ろす馬獣人。
「おい、起きろカール。随分とやられていた様だが?」
馬獣人はそう言ってカールに手を差し出す。
「ぐっ!?……エクウス族か?チッ、今頃来やがって……」
手を差し出した馬獣人を睨みつつ悪態を吐くカール。カールは腹が痛むのか、腹を擦りながら血だらけの顔を馬獣人に向ける。
「ブラグだ、ブラグ・サン・エクウス。覚えておけ」
差し出した手をさっさと掴めとくいっと動かす馬獣人ことブラグ。そんなブラグの仕草を見て、カールも渋々と言った感じでブラグの手を取り、立ち上がる。
「ふんっ、ブラグさんよ、助けて貰ってわりぃが、この通り、俺はもうそうは長く生きられねえんだわ」
そう言ってブラグへ金色の腕輪を見せるカール。腕輪についている目盛りは目一杯捻られており、腕輪から赤い闘気がカールの全身を覆うように噴き出していた。それを見たブラグが目を見開いてカールに質問する。
「憤怒の腕輪か?まさか全開で使うとはな。命が惜しくは無かったのか?」
「姉貴も仲間も命張って戦ってんだ、俺一人惜しんでなんかいられるかよ」
カールの真剣な眼差しに、ブラグは満足げな爽やかな笑顔を見せ答える。
「フ、その気概や良し。では俺はその姉貴とやらの援護にでも向かうか」
ブラグはそう言って耳をクルクルと回しながら周りを見渡し、
「あっちか、滞留」
滞留の一言でまた時間を止めた。ブラグ以外、全て真っ白に、音も風も人も動きを止める。
そんな静寂の世界の中、彼はボーフォート軍の結界の中、西側にいるルプス族族長のガレリアの元へ走った。
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脇キャラ奮闘&敵キャラ無双回。
気付いたら100部超えてたけどまだ全然終わりが見えない。