2話
「おい!ルル! 来てみろ! 凄いぞ! あの公爵家の坊っちゃんが幻想種を召喚しやがった! それも3体もだ!」
毎年このての嘘をつく奴がいる。今年はオレの師匠だったか。
オレも竜騎士科3年生、つまり最終学年。ついでに16歳。今さらそんな嘘に引っ掛かりはしない。
そもそも、オレも騎竜召喚儀式に参加するんだ。少しは集中させてほしい。
「おい!ルル! お前嘘だと思ってんだろ? マジだって! ほら! こっからでもギり見えっから! ほらあれ! 金剛竜の羽だよ! めっちゃキレイ、ほら! お前も見てみろって!」
「うるさい!! もう出てって!!」
「うるさいってなんだよ。俺は師匠としてお前に「もう! 集中したいんだってば!」
「バッカだね~お前は。平民出身者は、成績関係なく最後って説明されたろ? 毎年日を跨いで明日の明け方になるんだから。気にしないで今日は早めに寝るくらいでいいんだよ!」
オレは師匠みたいにテキトウにはなれない。絶対緊張で寝れないし、きっと変なタイミングで寝ちゃって寝坊すると思う。自分の事だ、分かるんだ。
「ルル! ルル・ゲイナーズ! 君の順番が繰り上げになった。来なさい!」
「ええ!?」
オレは突如寮の自室にやって来た担任に腕を引かれ、騎竜召喚儀式が行われている校庭に連れ出された。
「あの、何で急にオレの番になったんですか?」
「トップバッターのエインリッヒが幻想種を召喚した。それも3体もだ。次の奴らが『幻想種の後では何が来ても恥をかく』と言ってな。いっそ、最後のお前からやらせろとなってな。
すまんがやってもらうぞ」
どうしよう、心の準備が全くできていない。つか、何で師匠までついてきてんだよ。
オレはたぶん、期待してたんだと思う。
師匠がアドバイスとかくれて、それで不思議と心が落ち着くんじゃないかって。でも振り返らなきゃ良かった。
師匠は、『ほら、だから言ったじゃん、幻想種が召喚されたって』と言わんばかりな、ドヤ顔をしていた。
そこから、『あ~あ、残念だったな、幻想種見れなくて』と形だけ憐れんだ、自慢気な顔に変わった。
「先生、あいつ殴るんでちょっと待ってください」
「師匠を悪く言わない。ここまで着いて来てくれてるじゃないか」
「でもあの顔はそんなんじゃ、」
先生が振り返ると、『大丈夫! お前なら絶対上手くいく!』と弟子を励ますような顔をしていた。直前まで舌を出してたってのに。
「良い師匠じゃないか。さあ、師匠の前で良いとこ見せてやりなさい」
先生に背中を叩かれ、魔法陣の前に進み出てしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヤバい。緊張で頭空っぽなった。ヤバいヤバいヤバいヤバい!
「ったく、しょうがねぇな」
師匠が隣に来てくれたが、正直、何の足しにもならないと思う。
「先ず、魔法陣の中央に立つだろ。そしたら、3方の魔法陣の中央に血を垂らして、垂らして、え~とっ、・・・・
・・・・
・・・・
ヘヘっ、忘れちった」
信じられん。ホントに何しに来たんだ。
「血ぃ垂らした後どうすんだっけ? ルル覚えてる?」
「バカ師匠! 足元をノックするんだろ!」
「なんだ、覚えてんじゃねえか」
この野郎、取って付けたような事言いやがって! あと、オレの頭グシャグシャするな!
オレは今度こそしっかり儀式を進めた。でもノックしようとしたら師匠が止めやがった。
「ちょい待ち。そんな強く叩くな」
「邪魔すんなよ! 強く叩く方が強いドラゴンが来るって習ったんだよ!」
「ま、そう言う俗説もあるけどな。魔法師いわく、叩く力は関係ねぇらしい。
いいか? この時のノックは寝てるのを起こすような意味あいなんだとよ。だからあんまり強いのは嫌われちゃうぜ?」
そんな話は聞いたことがない。先生も『初耳』って顔していた。
でも次の師匠の言葉で、オレは優しく叩く事にした。
「騎竜と仲良くしたいなら、優しく起こしてやれ」
嘘ついている顔じゃない。
ならオレは、師匠を信じてみる。騎竜とは仲良くしたいし。
だからオレは優しくノックした。
「うわっ!」
3回目のノックが終わると同時に、足元の魔法陣から真っ白い煙が大量に出てきた。
出た、と言うより、真っ白な爆発と言った方がいいかもしれない。
オレは当然爆発の中心に居たが、どこも痛くないしけむくもなかった。不思議な煙だった。
煙が風に流されていく。せっかちな教師が魔法の風で払ったんだろう。急に視界が開けた。でもどこにもオレのドラゴンは居なかった。
「え!? 失敗!?」
今まで誰も失敗したことのない儀式だ。召喚に使う、必要最低限の魔力量さえ持っていれば問題ない筈の儀式なんだ。オレの魔力量は余裕でクリアしている筈だ。今だって魔法陣に吸われたにもかかわらず、全然へっちゃらなんだ。
何がダメだった? オレが平民だから? 前の奴が幻想種を召喚したから? それを信じなかったから?
ヤバい、泣きそう、煙のせいにできるかな。
「バカ! 下だ下! 足下!」
師匠、こんな時くらい慰めてくれてもバチは当たらないよ。
「だから足下見ろって! ったく!」
師匠がずかずか歩いてきて、オレの頭に手をのせた。またグシャグシャされるって思ったら、なんだか少しホッとしてしまった。
「バカ! 下見ろって言ってんだろ? ほれ!」
違った。頭をぐいっと、無理矢理下を向かせられた。
そこには、全然ドラゴンなんて居なかった。オレの靴の間に居たのは、人間の上半身と蜘蛛の下半身を併せ持つ、アラクネと呼ばれる生き物だった。
「師匠、これ」
「ああ、よくやったな。お前の騎竜だ」
「オレの騎竜。・・・・ お前がオレの騎竜なのか?」
『キャー』
両手と前足を上げている。だっこをせがんでいるように見える。意外とかわいいな。
「よろしくな、イッテえ!」
めっちゃ噛まれた。手の平サイズのアラクネにめっちゃ噛まれた。握手しようと指差し出したらめっちゃ噛まれた。
威嚇してたのかよ!
『キャー!』
「ハッハッハ! 良いコンビだ! ほれ! 次がつかえてんだ。さっさと場所空けろ」
オレは荒ぶるアラクネを捕まえてその場をあとにした。
「イタっイタい、やめ、やめろって! もお! おとなしくしろよ! 噛むな!」
『キャー!』